説明

ガストロカイン産生促進剤

【課題】組織におけるガストロカイン産生を促進する新規な組成物を提供する。
【解決手段】本発明のガストロカイン産生促進剤は、リパーゼやプロテアーゼ、ペプチダーゼなどチーズ中の脂肪やタンパク質を分解する酵素を1種若しくは2種以上を用いて、ナチュラルチーズやプロセスチーズを酵素処理したチーズ酵素分解物を有効成分とする。本発明の組成物は、従来ガストロカインの産生レベルが低いとされていた組織、例えば大腸においても、ガストロカイン遺伝子の発現を促し、ガストロカインの生産を促進する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガストロカイン産生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ガストロカインは、胃幽門洞粘膜タンパク質の1つであり、管腔表面粘膜細胞で合成され、ムチン顆粒と共に分泌される。ガストロカインは、ガストロカイン1及びガストカイン2としてその存在が知られている。ガストロカイン1(Gkn1)は、AMP−18タンパク質あるいはfoveolinとも呼ばれ、胃幽門洞の細胞で高レベルに発現されるが、胃の他の部分、食道、十二指腸、大腸、大腸粘膜、扁平上皮粘膜組織、口腔粘膜、皮膚組織等での発現は低レベルである(非特許文献1、非特許文献2)。ガストロカイン1は、胃粘膜上皮細胞の分化・増殖を促進し、哺乳動物の胃腸組織の増殖及び修復の調節において促進的にはたらき(非特許文献3)、ガストロカイン1を胃腸管における上皮細胞に接触させることで、上皮細胞の増殖が促進されることが示されている(特許文献1)。
【0003】
また、ゲノムワイド関連解析研究により炎症性腸疾患(IBD)とガストロカイン1遺伝子の変異が関連していることも示唆されている(非特許文献4)。損傷した胃粘膜上皮でガストロカイン1の発現が促進されることで、胃粘膜の損傷治癒が促進され、ガストロカイン1は炎症性腸疾患及び胃潰瘍の治療剤として使用し得る(特許文献2)。
【0004】
この他にも、胃ガン細胞に強制的にガストロカイン1を発現させるとガン細胞のアポトーシスが促進されること、ガストロカイン1の接触が損傷を受けた上皮細胞及びそれらのタイトジャンクションの修復が認められること(特許文献3)、がん細胞の存在やピロリ菌による感染などでガストロカイン1の分泌が抑制されることが報告されている。さらには、炎症及び感染症のバイオマーカーとしてガストロカイン1が使用し得ることについても報告されている(特許文献4)。
【0005】
ガストロカイン2(Gkn2)は、TFIZ1(trefoil factor interactions(z) 1)、またはblottin precursorとも呼ばれている。ガストロカイン2についての研究は未だ進んでおらず、機能としては不明な点が多い。Gkn1と同様に胃粘膜組織において産生され、胃がん組織において発現の減少が認められるが、胃の他の部分、食道、十二指腸、大腸、大腸粘膜、扁平上皮粘膜組織、口腔粘膜、皮膚組織等での発現は低レベルである(非特許文献5)。正常なヒトの胃組織において発現が認められるトレフォイルファクター1(Tff1)とジスルフィド結合によりヘテロダイマーを形成する(非特許文献6)。
【0006】
一方、本願発明者らは、チーズ酵素分解物(Enzyme Modified Cheese:EMC)が、消化管における潰瘍の予防又は治療に有効であることをみいだしている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2004−532037号公報
【特許文献2】特表2004−537284号公報
【特許文献3】特表2008−514934号公報
【特許文献4】特表2008−544959号公報
【特許文献5】特開2009−120519号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Chang Gue Son et al, Database of mRNA gene expression profiles of multiple human organs, Genome Research, 2005, 15:443-450
【非特許文献2】Database National Center for Biotechnology Information(NCBI)/GEO、[online]、[平成23年2月28日検索]、Accession No. GDS3133/185703/GKN1、インターネット< URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/gds/profileGraph.cgi?&dataset=HHBBCFCDBBCBBIEEBDFEEKIQNMQJKHCDDOCCCAHzzyCDECBCECDBBBCHBDGFHAIBCEsvyCBCDMBDGFAAAFTERNOEEHFDEDCE&dataset=_0KDQZQSEIOLL2VWKUZXV418668330OST7ONQC0lllQUXQLNVQSIILP1GS_Z_B2GQVjklPHQU6GSZZDBBY-W977XX1YTXUQV$&gmin=144.357917&gmax=12342.885520&absc=&uid=48989503&gds=3113&idref=185703&annot=GKN1>
【非特許文献3】Martin TE et al,A novel mitogenic protein that is highly expressed in cells of the gastric antrum mucosa., Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol, 2003, 285(2):G332-43
【非特許文献4】Wellcome Trust Case Control Consortium.,Genome-wide association study of 14,000 cases of seven common diseases and 3,000 shared controls.,Nature,2007,447(7145):661-78
【非特許文献5】Database National Center for Biotechnology Information(NCBI)/GEO、[online]、[平成23年2月28日検索]、Accession No. GDS3133/128361/GKN2、インターネット< URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/gds/profileGraph.cgi?&dataset=CCCyzqBBAAAABAAAAAAAAAAABBAAAAAAAAAAAAADDEAAAAAAAAAABAAAAABABAAAAAAABAAABAABAAAAAAAABABAAAAAAAAA&dataset=-99wwv2_LJOEXGODMKODLUIGXXQOSSLKLMIQJJTcceLNNMLIOQUH1NRNMI1LXSSOIRVSXQSCZRO1IEINSSRM0JZOBONLOJIK$&gmin=159.781354&gmax=93406.176150&absc=&uid=49003474&gds=3113&idref=128361&annot=GKN2>
【非特許文献6】Felicity E.B. May et al., The trefoil factor interacting protein TFIZ1 binds the trefoil protein TFF1 preferentially in normal gastric mucosal cells but the coexpression of these proteins is deregulated in gastric cancer., Int J Biochem Cell Biol., 2009 March, 41(3): 632-640
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ガストロカインの投与は組織、特に消化管の損傷に対する修復に有効であると考えられるが、経口摂取時における胃での分解や製造工程における熱処理によりガストロカインの活性が低下するという問題が予想される。従って、ガストロカインの経口投与ではなく、ガストロカインの産生を組織において促進させることができれば、上記問題点が解決され、より有効に利用されることが期待される。また、大腸や皮膚等の組織のように、従来ガストロカインの産生レベルが低いとされていた組織においても、ガストロカインの産生を高めることができれば、胃に限定されずに各種組織の損傷を治療/または予防することが期待される。
【0010】
しかしながら、これまでに生体におけるガストロカインの産生を促進する物質の報告はなされていない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らはEMCについてさらに研究を進めたところ、EMCがガストロカインの産生を促進する効果を有することを見いだし、本発明を完成させた。
【0012】
本発明のガストロカイン産生促進剤はチーズ酵素分解物を有効成分とするものである。
すなわち、本発明は、
[1] チーズ酵素分解物を有効成分とする、ガストロカイン産生促進剤、
[2] ガストロカイン産生促進作用を奏する有効量のチーズ酵素分解物、および担体を含み、経口投与または経管投与によりガストロカインの産生を促進するための組成物、
[3] 前記チーズ酵素分解物が、1種又は2種以上のプロテアーゼ又はペプチダーゼによる酵素分解物である、前記[1]に記載のガストロカイン産生促進剤又前記[2]に記載の組成物、
[4] 前記チーズ酵素分解物が、Bacillus stearothermophilus由来のプロテアーゼ、Aspergillus oryzae由来のペプチダーゼ、Aspergillus niger由来のプロテアーゼの何れか1種若しくは2種以上による酵素分解物である前記[1]又は[3]に記載のガストロカイン産生促進剤又は前記[2]又は[3]に記載の組成物、
からなる。
【発明の効果】
【0013】
本発明のガストロカイン産生促進剤等は、EMCを有効成分とするものであって、ガストロカイン1、ガストロカイン2の遺伝子発現を高め、これら物質の生産を促進する。ガストロカイン産生促進剤の有効成分であるEMCはチーズの酵素分解物であり、食品として日常的に摂取可能であり、胃における活性低下も少ない。また、大腸における遺伝子発現の昂揚は、EMCの直接作用ではなく、消化管からの吸収及び全身循環を介した間接作用と考えられるので、大腸組織の修復のみならず皮膚潰瘍や褥瘡等の予防や治療にも有効である。このように、本発明によると、損傷された胃組織の修復のみならず、大腸その他皮膚など各組織の損傷に対する治療剤や予防剤として安全に使用しうる新規組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は中位大腸におけるガストロカイン1(gastrokine 1)、ガストロカイン2(gastrokine 2)、トレフォイルファクター1(trefoil factor 1)及び熱ショックタンパク質70をそれぞれコードする遺伝子(mRNA)の発現量比を示した図である。
【図2】図2は遠位大腸におけるガストロカイン1(gastrokine 1)、ガストロカイン2(gastrokine 2)をそれぞれコードする遺伝子(mRNA)の発現量比を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のガストロカイン産生促進剤は、チーズ酵素分解物を有効成分とする。チーズ酵素分解物(EMC)は、グリーンチーズや熟成後あるいは熟成途中のナチュラルチーズ、プロセスチーズにリパーゼや酸性及び中性プロテアーゼなどの微生物、動物由来の各種酵素を添加して熟成を促進させたものである。EMCは、例えば、特許文献5などに記載された公知の製造法などに従って製造され得る。
【0016】
EMCの原料となるチーズは、前記のとおり、グリーンチーズをはじめとする種々のチーズであり、ナチュラルチーズやプロセスチーズ、チーズ様食品、チーズフード、及びこれらに属しないチーズ類と称されるチーズであり得る。また、チーズの原料も特に限定されるものでなく、牛の乳はもちろんのこと、羊、山羊などの各種哺乳動物の乳の他ヒトの乳であり得る。また、その製造方法も限定されない。未熟成のチーズはもちろんのこと、乳酸菌やカビなどの各種微生物によって発酵又は熟成させたチーズなど種々のチーズが利用できる。
【0017】
チーズを分解する酵素として、リパーゼやプロテアーゼ、ペプチダーゼなどチーズ中の脂肪やタンパク質を分解できる酵素のうち1つあるいは複数の酵素が用いられる。酵素の種類は問われない。リパーゼとして、胃液に存在するトリアシルグリセロールリパーゼやプレガストリックエステラーゼ(レンコニュージーランド社製)など、ヒトなどの哺乳動物の体液やその組織、昆虫、植物、細菌などから分離された各種のリパーゼの1種類又は複数種類が使用される。プロテアーゼ又はペプチダーゼとして、消化管内に分泌されるペプシンやトリプシン、キモトリプシン、など、ヒトなど哺乳動物の体液やその組織、昆虫、植物、細菌などから分離された各種のプロテアーゼ又はペプチダーゼの1種又は複数種が使用される。また、リパーゼ単独で処理することよりもプロテアーゼ又はペプチダーゼ単独で処理することが好ましい。リパーゼとプロテアーゼ又はペプチダーゼの双方により処理することも好ましい。
【0018】
プロテアーゼやペプチダーゼには、タンパク質の途中からペプチド結合を切断するエンド型のプロテアーゼ(ペプチダーゼ)又はC末端又はN末端側から1つずつアミノ酸を切り離すエキソ型プロテアーゼ(ペプチダーゼ)がある。例えば、食品グレードのプロテアーゼ又はペプチダーゼとして、エンド型プロテアーゼ、エキソ型プロテアーゼ、エンド型/エキソ型プロテアーゼ複合酵素、エキソ型ペプチダーゼ/エンド型プロテアーゼ複合酵素、プロテアーゼ/ペプチダーゼ複合酵素、及びペプチダーゼ等が挙げられる。エンド型プロテアーゼとして、例えば、キモシン(EC 3.4.23.4、Maxiren、modified yeast Kluyveromyces lactis 由来、GIST-BROCADES N.V.)、AlcalaseR(Bacillus licheniformis 由来、ノボ社)、エスペラーゼ(B. lentus 由来、ノボ社)、ニューラーゼR(Bacillus subtilis由来、ノボ社)、モルシンF(Aspergillus saitoi由来、キッコーマン社)、プロタメックス(バクテリア由来、ノボ社)、PTN6.0S(ブタ膵臓トリプシン、ノボ社)、プロテアーゼS「アマノ」G(Bacillus stearothermophilus由来、天野エンザイム)などが、エンド型/エキソ型プロテアーゼ複合酵素として、ニューラーゼA(Aspergillus niger 由来、天野エンザイム)、エキソ型ペプチダーゼ/エンド型プロテアーゼ複合酵素としては、例えばフレーバーザイム(Aspergillus oryzae 由来、ノボ社)などが挙げられる。他に、エンド型プロテアーゼとして、例えば、トリプシン(CAS No.9002-07-7、EC 3.4.21.4、ウシ膵臓由来、Product)、キモトリプシン(ノボ社、ベーリンガー社)、プロテアーゼN「アマノ」G(Bacillus subtilis 由来;天野エンザイム)、ビオプラーゼ(Bacillus subtilis 由来、ナガセ産業)、パパインW−40 (天野エンザイム)、エキソ型プロテアーゼとして、膵カルボキシペプチダーゼ、小腸刷子縁のアミノペプチダーゼなども挙げられる。また、プロテアーゼ/ペプチダーゼ複合酵素として、例えばプロテアーゼA「アマノ」G(Aspergillus oryzae 由来、天野エンザイム)が、ペプチダーゼとして、例えばウマミザイムG(Aspergillus oryzae由来、CAS No.9001-61-0;天野エンザイム)が挙げられる。
【0019】
プロテアーゼ又はペプチダーゼの種類により至適pHや温度、タンパク質分解能、アミノ酸の切断部位が異なる。このことから、プロテアーゼ又はペプチダーゼで分解する場合には、エンド型やエキソ型などの分解タイプ、タンパク質分解能、至適pHや至適温度等の異なるプロテアーゼ又はペプチダーゼを2種以上、好ましくは3種以上組み合わせるのが好ましい。チーズの分解に使用できる酵素は上記に記載された商品名、製造元に限定されない。
【0020】
本発明において好適に用いられるプロテアーゼ又はペプチダーゼとして、Bacillus stearothermophilus由来のプロテアーゼ、例えばプロテアーゼS「アマノ」G(天野エンザイム)、Aspergillus oryzae由来のペプチダーゼ、例えばウマミザイムG(同社製)、Aspergillus niger由来のプロテアーゼ、例えばニューラーゼA(同社製)である。これらのうち1種の酵素あるいは2種以上の酵素を用いるのが好ましく、とりわけ、前述の3種のプロテアーゼを併用するのが望ましい。
【0021】
酵素による分解は、原料とするチーズを水又は温湯に分散又は溶解し、これに酵素を添加して酵素反応(酵素分解)を行わせることにより実施される。酵素による反応条件は、酵素が失活しない限り特に制限を受けない。分解を促進する観点では、用いる酵素の至適条件が好ましいが、適宜、処理するチーズや目標とするEMCの作用効果に応じて、反応時のpHや反応温度、酵素や基質(チーズ)の濃度、反応時間が調整される。酵素分解開始時のpHは、例えば3.0〜7.5であり、好ましくは4.5〜7.0であり得る。反応時間は、例えば0.5〜300時間であり、好ましくは1〜20時間であり、さらに好ましくは1〜5時間であり得る。反応温度は、例えば20〜57℃であり、好ましくは30〜52℃であり、さらに好ましくは40〜50℃であり得る。また、2種以上の酵素を用いて分解する場合、全ての酵素を一度に使用してチーズを分解してもよいし、酵素を順次使用してチーズを分解してもよい。
【0022】
プロテアーゼによって分解する場合には乳酸菌発酵を伴うことができる。乳酸菌としては、ラクトコッカス属乳酸菌を好ましく用いることができる。ラクトコッカス属乳酸菌に属する細菌種として、例えば、ラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis)、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ホルディニア(Lactococcus lactis subsp. hordniae)、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス・バイオバラエティー・ジアセチラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis biovar diacetylactis)、ラクトコッカス・ピシウム(Lactococcus piscium)、ラクトコッカス・プランタラム(Lactococcus plantarum)、ラクトコッカス・ラフィノラクティス(Lactococcus raffinolactis)などが挙げられるが、これらに限定されない。とりわけ、Lactococcus lactis subsp. lactis、Lactococcus lactis subsp. cremoris、Lactococcus lactis subsp. lactis biovar diacetylactisの3種類の菌を用いるのがより好ましい。乳酸発酵により、酵素処理工程におけるpHを酸性側に維持することが可能となる。また、酵素処理工程におけるpHを酸性側に維持する方法として、乳酸発酵に代えて、クエン酸、グルコン酸、塩酸、酢酸、乳酸、リン酸など、医薬品や食品に通常用いられる有機酸、無機酸を添加する方法が用いられる。酸性側に維持する場合のpHは、pH3.5〜6.0、好ましくはpH4.0〜5.6である。
【0023】
有効成分であるチーズ酵素分解物は、前述のように、チーズを酵素分解することによって得られる酵素分解物である。本発明において、有効成分として用いられるチーズ酵素分解物は、本発明の活性が維持される限り、前記酵素分解物から得られた処理物を含む。その処理物には、例えば、前記酵素分解物をろ過もしくはフィルター除菌して得られる濾液や上清液、ろ過もしくはフィルター除菌して得られる残査、前記濾液や残査、酵素分解物、上清液をエバポレーター等により濃縮した濃縮物、ペースト化物、又は乾燥物(凍結乾燥物を含む)が含まれる。また、前記酵素分解物や前記処理物をさらに溶媒で希釈した可溶画分又は不溶画分を抽出物として得ることもできる。前記抽出物作製における抽出溶媒には、水やアルコール類、炭化水素類、エステル類、エーテル類、有機酸類、有機塩基類、無機酸類、無機塩基類、超臨界流体が例示され、1種又は2種以上の混合溶媒が用いられる。
【0024】
本発明の組成物は有効量のチーズ酵素分解物と担体を含む。本発明の組成物はチーズ酵素分解物および担体のみを含む構成であってもよく、あるいは、少なくともチーズ酵素分解物および担体を含む構成であってもよい。ここで有効量とは、組成物を摂取した場合に、ガストロカイン産生促進効果やトレフォイルファクター1産生促進効果、HSP70産生促進効果がそれぞれ認められる量を意味する。その下限量は0.001mg/体重kgであり、0.01mg/体重kgであり、0.1mg/体重kgであり、0.5mg/kg体重であり、1.0mg/kg体重であり、2.0mg/kg体重であり、5mg/kg体重であり、10mg/体重であり得る。また、その上限量は20,000mg/kg体重であり、10,000mg/体重であり、5,000mg/kg体重であり、1,000mg/kg体重であり、500mg/kg体重であり、100mg/kg体重であり、50mg/kg体重であり得る。
【0025】
組成物中の含有量は上記有効量のチーズ酵素分解物を含むように調整される。その含有量はその形態や剤型、投与方法等によっても異なり、その下限量は、例えば、0.001%(w/w)であり、0.005%(w/w)であり、0.01%(w/w)であり、0.05%(w/w)であり、0.1%(w/w)、0.5%(w/w)であり、1.0%(w/w)であり、2.0%(w/w)であり、5.0%(w/w)であり得る。その上限量は、例えば、99.9%(w/w)であり、99.0%(w/w)であり、90.0%(w/w)であり、50.0%(w/w)であり、25.0%(w/w)であり、20.0%(w/w)であり、10.0%(w/w)であり得る。また、当該組成物の一日摂取量は年齢、症状、体重、用途などによって適宜定められる。
【0026】
本発明の組成物は医薬用組成物又は飲食用組成物のいずれの形態としても利用できる。例えば、医薬品として直接摂取することにより、また特定保健用食品等の特別用途食品、栄養機能食品やサプリメントとして直接摂取することにより大腸や皮膚等における組織損傷の治療効果及び/又は予防効果が期待される。医薬用組成物やサプリメント用組成物の剤型として、例えば、経口投与可能な剤型である錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等が挙げられる。また、飲食用組成物の形態も特に限定はなく、液体、ペースト、ゲル、固体、粉末等の各形態が例示される。本発明の組成物の投与経路は、経口投与のほか、経管投与(経鼻胃管、胃瘻、十二指腸瘻等を経由)等であり得る。
【0027】
本明細書において担体とは、チーズ酵素分解物を組成物中に担持ないし保持するための物質を言う。担体は薬理学的または食品学的に許容される物質であればよく、医薬の製剤技術分野において通常使用しうる医薬組成物の製造に用いられる公知の補助剤(製剤補助剤)を含む。例えば賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、矯臭剤、溶解補助剤、懸濁剤、コーティング剤などである。また、本発明の組成物は、各種食品、例えば、牛乳、清涼飲料、発酵乳、ヨーグルト、チーズ、パン、ビスケット、クラッカー、ピッツァクラスト、調製粉乳、流動食、病者用食品、栄養食品、冷凍食品、加工食品その他の市販食品等でもあり得る。
【0028】
本発明の組成物は、タンパク質、糖質、脂質、ビタミン類、ミネラル類、有機酸、有機塩基、果汁、フレーバー類等を含み得る。タンパク質として、例えば全脂粉乳、脱脂粉乳、部分脱脂粉乳、カゼイン、ホエイ、ホエイタンパク質、ホエイタンパク質濃縮物、ホエイタンパク質分離物、α−カゼイン、β−カゼイン、κ−カゼイン、β−ラクトグロブリン、α−ラクトアルブミン、ラクトフェリン、大豆タンパク質、鶏卵タンパク質、肉タンパク質等の動植物性タンパク質及びこれらの分解物が例示される。糖質としては、例えば、デンプン、テキストリンや可溶性澱粉、ブリティッシュスターチ、酸化澱粉、澱粉エステル、澱粉エーテルなどの各種加工デンプン、食物繊維などが挙げられる。脂質としては、例えば、ラード、魚油等、これらの分別油、水素添加油、エステル交換油等の動物性油脂、パーム油、サフラワー油、コーン油、ナタネ油、ヤシ油、これらの分別油、水素添加油、エステル交換油等の植物性油脂などが挙げられる。ビタミン類としては、例えば、ビタミンA、カロチン類、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD群、ビタミンE、ビタミンK群、ビタミンP、ビタミンQ、ナイアシン、ニコチン酸、パントテン酸、ビオチン、イノシトール、コリン、葉酸などが挙げられる。ミネラル類としては、例えば、カルシウム、カリウム、マグネシウム、ナトリウム、銅、鉄、マンガン、亜鉛、セレンなどが挙げられる。有機酸としては、例えば、リンゴ酸、クエン酸、乳酸、酒石酸、エリソルビン酸などが挙げられる。また、本発明の組成物は、バター、乳清ミネラル、クリーム、非タンパク態窒素、シアル酸、リン脂質、乳糖等の各種乳由来成分、カゼインホスホペプチド、アルギニン、リジン等のペプチドやアミノ酸も含み得る。さらに、本発明の組成物は、非ステロイド系抗炎症剤や抗潰瘍剤、消化酵素剤などいわゆる各種用途に用いられる主薬成分を含み得る。
【0029】
チーズ酵素分解物は、DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析において、ラット消化管においてガストロカイン1、ガストロカイン2、トレフォイルファクター1及び熱ショックタンパク質70の遺伝子発現を高めることが確認されている。
【0030】
トレフォイルファクター1は正常なヒトの胃において発現が認められる。ラットにおいては胃及び十二指腸で発現が認められ、回腸や結腸における発現は認められない。またヒト乳がんのおよそ半数に発現が認められるが、胃がんでは逆に半数に発現の消失が認められる。発現部位などから、胃部の修復促進機構に関係していると推定されている。一方、ラット酢酸誘導大腸炎においてトレフォイルファクター1遺伝子の一過性の強い発現誘導が起き、修復期や正常組織では発現が認められないため、修復の開始において重要な機能を持っていることが示唆されている(Itoh, H. et al., T cDNA cloning of rat pS2 peptide and expression of trefoil peptides in acetic acid-induced colitis. Biochem. J. 318: 939-944, 1996.)。また、トレフォイルファクター1のノックアウトマウスにおいて若齢期の胃幽門洞の粘膜層が薄くなる、又は胃幽門洞周囲に腺がんが発生するなどの特徴を示すことが知られている(Lefebvre, O. et al., Gastric mucosa abnormalities and tumorigenesis in mice lacking the pS2 trefoil protein. Science 274: 259-262, 1996.)。さらに、トレフォイルファクター1は尿中に見出されカルシウム−シュウ酸結晶の形成を阻害し、尿道結石を抑制するとの報告もある(Chutipongtanate, S. et al., Identification of human urinary trefoil factor 1 as a novel calcium oxalate crystal growth inhibitor. J. Clin. Invest. 115: 3613-3622, 2005)。
【0031】
熱ショックタンパク質70(Heat Shock Proteins:HSP70)は、多くの生物種、各組織において、熱や酸化などのストレスがかかることにより発現誘導される、約72kDaのタンパク質である。シャペロンタンパク質のひとつと考えられ、小胞体におけるタンパク質の高次構造形成に関係していると言われている(Ficker, E. et al., Role of the cytosolic chaperones Hsp70 and Hsp90 in maturation of the cardiac potassium channel hERG. Circ. Res. 92: e87-e100, 2003、およびKalia, S. K. et al., BAG5 inhibits parkin and enhances dopaminergic neuron degeneration. Neuron 44: 931-945, 2004.)。HSP70発現の上昇は、胃炎・胃潰瘍の発生を抑制し(Yamanaka, A., et al., GGA protects human gastric mucosa from diclofenac-induced injury via induction of heat shock protein 70. Digestion, 75, 148-155, 2007、およびTanaka, K., et al. Mol. Pharmacol., 71: 985-993, 2007)、がん患者やピロリ菌の感染者においてHSP70の発現が減少することが報告されている(Piotr, P. et al. Helicobacter 11: 96-104, 2006)。
【0032】
チーズ酵素分解物は、ガストロカイン1産生促進効果、ガストロカイン2産生促進効果、に加えてトレフォイルファクター1の産生促進効果及び熱ショックタンパク質70の産生促進する効果を有するので、細胞増殖作用、組織損傷時における組織細胞の保護作用、がん細胞のアポトーシス促進作用、カルシウム−シュウ酸結晶の形成阻害作用、小胞体におけるタンパク質の高次構造形成作用等の各種作用が期待される。従って、ガストロカイン産生低下に伴う疾患、例えば各種組織障害(痔、口内炎、辱創、外傷等、大腸炎、大腸や小腸の潰瘍など)、尿道結石の予防及び/又は治療等への応用が可能である。
【0033】
チーズ酵素分解物は古くから使用されてきたものであり、公知の工程により安定して製造可能な物質である。したがって、本発明のガストロカイン産生促進剤は簡便かつ効率よくガストロカイン産生促進剤を調製できるという利点も有する。
【実施例1】
【0034】
〔EMCの調製1〕
チーズを乳酸菌スターター及び3種類のプロテアーゼで酵素処理を行い、EMCを調製した。
【0035】
(スターター培養液の調製)
20gのスキムミルク粉末(生化学用、和光純薬工業)を200mlの蒸留水に溶解、滅菌して、10w/v%の脱脂粉乳培地を調製した。ここに約0.1gのスターター菌(Lactococcus lactis subsp. lactis、Lactococcus lactis subsp. cremoris、Lactococcus lactis subsp. lactis biovar diacetylactisの3種類の菌を含む)を接種し、37℃で16時間培養した。
【0036】
(EMCの調製)
ミートチョッパーにて粉砕したデンマークスキムチーズ(熟成期間6ヶ月)に蒸留水を50w/v%となるように添加し、さらに上記の方法で調製したスターター培養液(最終濃度0.15〜0.3wt%)、塩化ナトリウム及びプロテアーゼS「アマノ」G(Bacillus stearothermophilus由来、天野エンザイム)を添加した。このものを発酵温度34℃で2日間撹拌し、加水分解した(発酵開始時のpHは5.5であった。)。次に、クエン酸水溶液でpHを4.1に調整し、ニューラーゼA及びウマミザイムG(Aspergillus oryzae由来プロテアーゼ、天野エンザイム社製)を添加した。さらに、34℃で5日間、撹拌して分解した。分解終了後、水酸化ナトリウム水溶液にてpHを5.0に調整し、110℃にて10分間加熱して酵素を失活させ、凍結乾燥してEMC約60gを得た。EMCの調製に用いた配合表を下記に示す。
【0037】
〔配合表〕
デンマークスキムチーズ 100.0g
滅菌水 74.0g
スターター培養液 20.0g
塩化ナトリウム 0.2g
プロテアーゼS「アマノ」G 0.6g
クエン酸 3.2g
ニューラーゼA 0.3g
ウマミザイムG 0.3g
水酸化ナトリウム 1.4g
【0038】
〔EMCの調製2〕
国産ゴーダチーズに滅菌水を加えたものに、前記〔EMCの調製1〕で調製したスターター培養液、塩化ナトリウムを添加し撹拌後、プロテアーゼA「アマノ」SD(Aspergillus oryzae由来プロテアーゼ、天野エンザイム社製)、リパーゼ(プレガストリックエステラーゼ、レンコニュージーランド社製)を添加し、34℃で振とうすることにより分解を行った。48時間後、クエン酸にてpHを4.1に調整し、モルシンF(Aspergillus saitoi由来酸性プロテアーゼ、キッコーマン社製)及びウマミザイムG(Aspergillus oryzae由来プロテアーゼ、天野エンザイム社製)をそれぞれ添加し、34℃で振とうすることによりさらに分解を行った。4日後、水酸化ナトリウムでpHを5.0に調整し、110℃にて15分間加熱して酵素を失活させ、チーズ酵素分解物を得た。EMCの調製に用いた配合表を下記に示す。
【0039】
〔配合表〕
国産ゴーダチーズ 100.0g
滅菌水 50.5g
スターター培養液 18.0g
塩化ナトリウム 2.2g
プロテアーゼA「アマノ」SD 0.6g
リパーゼ 0.2g
クエン酸 3.5g
モルシンF 0.2g
ウマミザイムG 0.3g
水酸化ナトリウム 1.5g
【0040】
〔EMCの調製3〕
(チーズ酵素分解物の調製3)
国産チェダーチーズに滅菌水を加えたものに、〔EMCの調製1〕と同様に調製したスターター培養液、塩化ナトリウムを添加し撹拌後、プロテアーゼA「アマノ」SD(Aspergillus oryzae由来、天野エンザイム)、リパーゼ(プレガストリックエステラーゼ、レンコニュージーランド社製)を添加し、34℃で振とうすることにより分解を行った。48時間後、クエン酸にてpHを4.1に調整し、ニューラーゼR(Bacillus subtilis由来、ノボ社)及びウマミザイムG(Aspergillus oryzae由来プロテアーゼ、天野エンザイム社製)をそれぞれ添加し、34℃で振とうすることにより分解を行った。4日後、水酸化ナトリウムでpHを5.0に調整し、110℃にて15分間加熱して酵素を失活させ、チーズ酵素分解物を得た。EMCの調製に用いた配合表を下記に示す。
【0041】
〔配合表〕
国産チェダーチーズ 100.0g
滅菌水 50.5g
スターター培養液 20.0g
塩化ナトリウム 0.3g
プロテアーゼA「アマノ」SD 0.6g
リパーゼ 0.2g
クエン酸 3.3g
ニューラーゼR 0.2g
ウマミザイムG 0.3g
水酸化ナトリウム 1.5g
【0042】
〔消化管における遺伝子発現変動に対するEMCの効果〕
(1)材料及び方法
(供試動物)
SD系ラット、雄6週齢を実験に使用し、1週間の馴化飼育を経て試験日前日の夕方17時より16時間の絶食を行った。試験当日に、体重を基準にしてラットを4群(EMC投与群(30分後屠殺用及び60分後屠殺用の2群)及び対照群(30分後屠殺用及び60分後屠殺用の2群)の全4群(n=5))に群分けした。
【0043】
(EMCの投与及び各組織の採取)
EMC投与群には、前記〔EMCの調製1〕で調製したEMCを注射用水にて100mg/mlの濃度に懸濁した試料の10ml/kg体重を経口投与した(EMCの投与量として1g/kg体重)。また、対照群には、注射用水の10ml/kg体重を経口投与した。EMC又は注射用水を投与後、30分後及び60分後にEMC投与群、対照群ともに各群5匹のラットを頸椎脱臼にて屠殺し、中位大腸、遠位大腸を摘出した。
【0044】
(遺伝子発現変動の網羅的解析)
以下の手法を用いて、各組織のDNAマイクロアレイ解析(アフィメトリクス社)を行った。
【0045】
摘出した各組織は約1cm角の切片にして10倍体積のRNA安定化溶液(RNAlaterTM、Ambion社)試薬に浸し、4℃で一夜、インキュベーションした後に取り出して、RNAを抽出するまで−80℃で保存した。各組織からの全RNAの抽出はRNeasyキット(Qiagen社)を用い、添付の手順書に従って操作を行った。
【0046】
各群5個体の全RNAをそれぞれ同量ずつ混合し、以下のようにDNAマイクロアレイ解析用試料を調製した。調製方法はアフィメトリクス社の推奨する試薬を用い、手順書に従って行なった。各全RNA試料よりAmbionTM WT Expression Kit(Ambion社)を用いて、T7プロモーター配列を含むランダムプライマーによりcDNAを合成後、それを鋳型としてT7RNAポリメラーゼでcRNAを合成、さらにcRNAより一本鎖センス鎖cDNAを作製した。続いて、Whole Transcript cDNA標識用試薬(WT Terminal Labeling Kit、Affymetrix社)を添付の手順書に従って用い、1本鎖cDNAの断片化及び3´末端のビオチン標識を行った。
【0047】
ビオチン標識した一本鎖cDNAは全転写産物発現解析Geneアレイ(GeneChip TM Rat Gene 1.0ST Array 、Affymetrix社)に対してハイブリダイゼーションさせた。ハイブリダイゼーションは、ハイブリダイゼーション用オーブン(GeneChipTM Hybridization Oven 640、Affymetrix社)を使用して45℃で16時間行った。さらに自動洗浄・染色装置(GeneChipTM Fluidics Station 450、Affymetrix社)を用いてアレイを洗浄し、その後ストレプトアビジン−フィコエリスリンによりアレイ上に結合した一本鎖cDNAを蛍光標識した。なお、自動洗浄・染色装置の制御は機器制御ソフトウェア(AffymetrixTM GeneChipTM Command ConsoleTM Software Ver.2(以降、AGCCともいう)、Affymetrix社)にて行った。なお、ガストロカイン1のmRNA配列は、NCBIのNucleotideデータベースにGenBankアクセッション番号AY45695に「foveolin precursor」として、ガストロカイン2のmRNA配列は、同GenBankアクセッション番号AY943907に「blottin precursor」として、トレフォイルファクター1のmRNA配列は、同GenBankアクセッション番号D83231に「pS2 peptide」として、HSP70のmRNA配列は、同GenBankアクセッション番号L16764に「heat shock protein 70 (HSP70)」としてそれぞれ開示されている。
【0048】
蛍光標識操作後のアレイはレーザースキャナー(GeneChipTM Scanner 3000、Affymetrix社)を用いてスキャニングして画像データを得た。尚レーザースキャナーによる画像データの取り込みはAGCCソフトウェアにより行なった。採取された画像データは解析ソフトウェア(Expression Console(tm) ver.1.1、Affymetrix社)を用いて標準化を行い、さらにGeneSpringGX解析ソフトウェア(GeneSpring GX Ver.11、Agilent Technologies社)を用いて各群間の遺伝子発現量に関する比較解析を行った。こうして得られた各群の遺伝子発現量について、さらに、対照群の注射用水投与30分後(vehicle 30min)の各遺伝子発現量を1.0とした場合の遺伝子発現量比を算出した。
【0049】
(2)結果
中位大腸の遺伝子発現量比を図1に、遠位大腸の遺伝子発現量比を図2に示す。
[中位大腸]
対照群は、注射用水投与の30分後(vehicle 30min)、60分後(vehicle 60min)で遺伝子発現量に差はみられなかった。一方EMC投与群は、EMC投与の30分後(EMC 30min)において、ガストロカイン1、ガストロカイン2、トレフォイルファクター1及び熱ショックタンパク質(HSP 70)をコードする遺伝子(mRNA)の遺伝子発現がそれぞれ対照群(vehicle 30min)の遺伝子発現よりも高い値を示した。特に、ガストロカイン1及びガストロカイン2の遺伝子発現量は、対照群の23〜24倍の遺伝子発現量であった。また、EMC投与の60分後(EMC 60min)は対照群(vehicle 60min)と同等のレベルの遺伝子発現量であった。
【0050】
[遠位大腸]
対照群は、注射用水投与の30分後(vehicle 30min)、60分後(vehicle 60min)で遺伝子発現量に差はみられなかった。一方EMC投与群は、EMC投与の30分後(EMC 30min)において、ガストロカイン1及びガストロカイン2の遺伝子発現量は、対照群(vehicle 30min)の43〜44倍の遺伝子発現量であった。また、EMC投与の60分後(EMC 60min)であっても、対照群(vehicle 60min)の15〜18倍の遺伝子発現量であった。
【0051】
経口摂取した物質が大腸に到達するまでの時間がラットで160分であると言われている(M Uchida et al, J Pharmacol Sci, 110,pp.227-230(2009))。ところが、上記実験によると中位大腸及び遠位大腸において、EMCの経口投与30分後に高いガストロカイン遺伝子の発現が認められた。また、遠位大腸においては、中位大腸における発現量よりも高い発現量が認められた。この結果は、経口投与されたEMCによる遺伝子発現の促進作用は大腸への直接作用ではなく、EMCあるいはその消化物が十二指腸や小腸から吸収されて全身循環し、大腸にてガストロカイン遺伝子の発現を高めたことを示している。このことから、摂取されたEMCは、胃組織や大腸組織のみならず、皮膚やその他の組織においても、ガストロカイン1及びガストロカイン2の産生を促進しうると考えられる。
【0052】
以上のように、EMCは従来ガストロカインの産生レベルが低いとされていた大腸組織においてガストロカイン(ガストロカイン1及びガストロカイン2)をコードする遺伝子の発現を促進するのみならず、さらにトレフォイルファクター1をコードする遺伝子の発現及び熱ショックタンパク質をコードする遺伝子の発現を促進し、これらのタンパク質の産生を促すことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によると、ヒトやヒト以外の動物の組織損傷の予防や治療に有効で、かつ安全に使用できる新規な組成物が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チーズ酵素分解物を有効成分とする、ガストロカイン産生促進剤。
【請求項2】
ガストロカイン産生促進作用を奏する有効量のチーズ酵素分解物、および担体を含み、経口投与または経管投与によりガストロカインの産生を促進するための組成物。
【請求項3】
前記チーズ酵素分解物が、1種又は2種以上のプロテアーゼ又はペプチダーゼによる酵素分解物である、請求項1に記載のガストロカイン産生促進剤又は請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記チーズ酵素分解物が、Bacillus stearothermophilus由来のプロテアーゼ、Aspergillus oryzae由来のペプチダーゼ、Aspergillus niger由来のプロテアーゼの何れか1種若しくは2種以上による酵素分解物である請求項1又は3に記載のガストロカイン産生促進剤又は請求項2又は3に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−188372(P2012−188372A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−51981(P2011−51981)
【出願日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【出願人】(000006138)株式会社明治 (265)
【Fターム(参考)】