説明

ガス分析用に正および/または負にイオン化したガス検体を生成するための方法及び装置

イオン移動度分光計または質量分析計におけるガス分析用に正および/または負にイオン化したガス検体を生成するための方法を解決手段とし、この方法を用いて、従来のイオン化方式が伴う制約なしに、イオン移動度分光計または質量分析計におけるガス分析用にガス検体をイオン化して、正イオンおよび/または負イオンを形成することができる。これは、正および/または負のガスイオンがプラズマ(6)によって生成され、このプラズマが誘電体バリア放電によって引き起こされ、この誘電体バリア放電が、誘電体材料から成る毛細管(2)を通じて希ガスが誘導されることによって生成され、その際、毛細管の出口領域に隣接して前記毛細管に配置された、電気絶縁された2つの電極(3、4)を用いて交流電圧が印加され、前記ガス検体が前記毛細管の外側の前記出口領域へ誘導されることによって実現される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計またはイオン移動度分光計におけるガス分析用に正および/または負にイオン化したガス検体を生成するための方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン移動度分光測定は、ガス状の化学物質について、大気圧下での気相における移動度を介して特性決定を行うための方式である。キャリアガスがイオン化空間において検体分子を搬送し、そこでは、分子をイオン化するために紫外光、β線または部分放電が用いられる。こうして生じるイオンは、電界の中で検出器の方向に加速される。その際、イオンは、ドリフトガスの流動方向とは逆方向に移動し、ドリフトガス分子と衝突する。これにより、イオンは、その質量、形状及び電荷に依存して減速する。イオンが検出器に到達するために必要とする時間(ドリフト時間)と、電界強度とから、イオンの移動度が算出され、このイオン移動度を用いて検体を同定することができる。また、先立つ校正と比較して信号面を決定することによって、検出された物質の定量的な決定を行うことができる。
【0003】
イオン移動度分光計(IMS)は、例えば化学兵器、爆薬及び麻薬の検出などの多様な用途に用いられる。さらに、イオン移動度分光計は、例えばプロセス管理、食品の品質及び安全性に関する室内の空気品質の監視、肺疾患の早期発見などのために用いられる。これらの用途における通常の検出限界は、ng/Lからpg/Lあるいはppbからpptのレベルである。
【0004】
イオン移動度分光測定を実施するためには、そしてまた、分子質量分光測定のためには、検体をイオン化することが必要である。これまで用いられてきたイオン化方式は、紫外光、部分放電及びβ線であり、これらは、それぞれ下記の固有の短所が付随している。
−紫外光:感度が低い。正イオンしか生成しない。
−部分放電:長時間の安定性が低い。
−β線:放射線であり、全ての用途に適しているわけではなく、あるいは、使用許可を必要とする。
【0005】
分析器具及び分析方式の小型化において、小型化されたプラズマ源、または、マイクロチップ内に実装できるプラズマ源に対する関心が高まっている。これに関する有望なアプローチは、既に1857年にジーメンス(Siemens)によってオゾン生成に関連して発見された誘電体バリア放電である。この種の放電は、これまで、例えば、カラー画面用のプラズマディスプレイ、紫外線源及びCOレーザー、排ガス清浄、メタノールのプラズマ触媒反応、オゾン生成に用いられてきた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、従来のイオン化方式が伴う制約なしに、イオン移動度分光計または質量分析計におけるガス分析用にガス検体をイオン化して、正イオンおよび/または負イオンを形成するための解決手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この課題は、本発明では、冒頭に述べた種類の方法において、誘電体バリア放電を通じて引き起こされたプラズマによって正および/または負のガスイオンを生成することで解決され、その際、誘電体バリア放電は、誘電体材料から成る毛細管を通じて希ガスが誘導されることによって生成される。そのとき、毛細管の出口領域に隣接して毛細管に配置された、電気絶縁された2つの電極を用いて交流電圧が印加され、ガス検体は毛細管の外側の出口領域へ誘導される。
【発明の効果】
【0008】
この種の小規模化された誘電体バリア放電によって、イオン移動度分光計及び質量分析計のための従来から公知のイオン化方式が持つ制約を伴うことなく、ガス検体の正および/または負のガスイオンを生成することが可能である。β線がイオン化源である場合と比較した本方法の利点は、適用範囲の制約を伴ったり、使用許可を必要としたりなどする放射性材料を用いずに、同じ選択性及び感度が得られる点である。紫外光がイオン化源である場合と比較した本方法の利点は、感度及び選択性が高い点である。これは、特に、このプラズマイオン化法を用いることで、紫外光の場合とは異なり、負のイオンも提供でき、また、検出できるからである。さらに、イオン移動度分光計の場合、プラズマへの電力供給とドラフト区間の高電圧とを組み合わせることができるので、紫外線ランプへの電力供給の場合とは異なり、追加的な電力供給は不要である。部分放電がイオン化源である場合と比較した本方法の利点は、同じ選択性及び感度を有しながら、長時間の安定性が向上する点である。さらに、部分放電とは異なり、プラズマ源のための追加的な電力供給がやはり不要である。
【0009】
ガス検体は、例えばイオン移動度分光計のイオン化空間の中へ通常の方法で誘導され、このイオン化空間内へは、毛細管の出口領域が突出している。次に、ガス検体は、毛細管の外側を流れて通過し、プラズマによってイオン化される。
【0010】
その際、500Vから5000Vまでの範囲の交流電圧が用いられ、雰囲気圧力の下において誘電体バリア放電が駆動されるのが好ましい。設定された圧力、電極間の流れ、用いられる希ガス(好ましくはヘリウムまたはアルゴン)、及び、作用する質量の位置に基づいて、電極間に、かつ、毛細管の外側にプラズマが形成される。毛細管の外側のプラズマは、プラズマフレアである。毛細管の終端あるいは毛細管の出口領域は、イオン化源として、例えばイオン移動度分光計のイオン化室に組み入れることができる。
【0011】
空間分解分光放射測定によって、最大励起の位置がガスフローに依存していることが明らかになった。ガスフローが大きいほど、毛細管の終端において、励起された原子状態は、より幅広く存在する。しかし、毛細管の外側において2cmから3cmの幅を超えると、輝線は測定できない。なぜなら、衝突に基づいてエネルギーが伝えられるからである。この放電では、励起した窒素分子の放射が、励起した原子状態の放射よりも大きいことが分かっている。β線の場合と同様に、正イオン化はプロトン付加を通じて進行し、負イオン化は電子付着によって進行すると推測される。従って、小型化した形でもイオン移動度分光計と組み合わせることが可能である。これは、特に、大気圧の下でもプラズマを駆動することができるからである。
【0012】
上述の課題を解決するために、本発明ではまた、冒頭に述べた種類の装置が提示されており、この装置は、希ガスを誘導するための、誘電体材料から成る毛細管を有することを特徴とし、そこでは、交流電圧が印加された、電気絶縁された2つの電極が、毛細管の出口領域に隣接して毛細管に配置されている。
【0013】
この場合、毛細管はガラスから成り、50μmから500μmまでの内径を有するのが好ましい。毛細管の肉厚は、350μmのオーダーである。
【0014】
その際、毛細管の長手方向に互いに間隔がおかれた電極は、最大1cmという間隔で配置されているのが好ましい。毛細管と電極とは、電気絶縁材料からなる外装内に組み入れておくこともできるのが好ましい。
【0015】
本装置は、イオン移動度分光計において用いられるのが好ましく、その際、毛細管の出口領域が、イオン移動度分光計の配置及び構造に応じて、径方向または軸方向にイオン移動度分光計のイオン化空間内へと延在する。
【0016】
さらに、本装置は、(分子)質量分析計において用いられるのが好ましい。
【0017】
本発明について、以下において、図面を参照しながら例を用いて詳述する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る装置の模式的な拡大図である。
【図2】第1の実装状況において本発明に係る装置を具備するイオン移動度分光計の概念図である。
【図3】第2の実装状況において本発明に係る装置を具備するイオン移動度分光計を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1には、イオン移動度分光計または質量分析計におけるガス分析用に正および/または負にイオン化されたガス検体を生成するための装置全体が、符号1で示されている。この装置1は、毛細管2を有し、この毛細管はガラスから成り、肉厚が約350μmの場合に、50μmから500μmまでの内径を有するのが好ましい。この毛細管2の前側の出力領域には、毛細管2の長手方向に、2つの、例えば環状の電極3、4が配置されており、これらの電極を毛細管2が外側において包囲する。電極3、4間の間隔は、最大約1cmである。毛細管2及び電極3、4は、図示されていない電気絶縁外装に埋め込まれているのが好ましい。
【0020】
毛細管2によって、矢印5の方向に希ガス、好ましくはヘリウムまたはアルゴンが誘導される。電極3、4には、500Vから5000Vまでの交流電圧が印加され、これにより、設定された圧力、電極3、4間の流れ、用いられる希ガス、及び、作用する質量の位置に応じて、電極間3、4に、かつ、毛細管2の外側にプラズマ6が形成される。毛細管2のプラズマ6は、プラズマフレア6aである。ガス検体は、毛細管2の外側を毛細管2の出口領域へ誘導されるか、あるいは、該出口領域に沿って流れ過ぎ、その際にイオン化される。
【0021】
このような装置1は、イオン移動度分光計用のイオン化源として用いることができる。
【0022】
この種のイオン移動度分光計が、図2及び図3に模式的に示されており、全体が符号7で示されている。このイオン移動度分光計7は、イオン化空間8、イオン格子9、ドリフト区間10を有し、さらに、ドリフト区間10(あるいはドリフト空間)の終端に検出器11を有する。ガス検体は、図示されていないガス入口を通じてイオン化空間8へ誘導される。ガス検体は、外側から毛細管2の出口領域あるいはプラズマフレア6aに沿って流れ過ぎて、イオン化される。
【0023】
図2に記載の実施形態の場合、装置1は、イオン化源としてイオン移動度分光計7のイオン化空間に軸方向に配置されている。
【0024】
あるいは、図3に示されているように、装置1をイオン化空間8に径方向に配置した構成にすることも可能である。
【0025】
キャリアガスなどを用いてガス入口を通じて誘導された分析すべきガス検体は、イオン移動度分光計7のイオン化空間8において、装置1によって、あるいは、そこで形成されたプラズマによって正および/または負の検体イオンにイオン化される。その際、イオン化は、大気圧の下で行われるのが好ましい。
【0026】
装置1は、イオン移動度分光計7におけるガス分析のために用いることができるだけでなく、(分子)質量分析計でも用いることができる。これは、図示されていない。(分子)質量分析計における装置1の配置は、イオン移動度分光計の場合と類似した構成を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン移動度分光計または質量分析計におけるガス分析用に正および/または負にイオン化したガス検体を生成するための方法において、
正および/または負のガスイオンがプラズマによって生成され、プラズマが誘電体バリア放電によって引き起こされ、誘電体バリア放電が、誘電体材料から成る毛細管を通じて希ガスが誘導されることによって生成され、その際、前記毛細管の出口領域に隣接して前記毛細管に配置された、電気絶縁された2つの電極を用いて交流電圧が印加され、前記ガス検体が前記毛細管の外側の前記出口領域へ誘導されることを特徴とする方法。
【請求項2】
500Vから5000Vまでの範囲の交流電圧が用いられることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記誘電体バリア放電が、雰囲気圧力の下で駆動されることを特徴とする請求項1、2または3に記載の方法。
【請求項4】
請求項1、2または3に記載の方法を実施するための、イオン移動度分光計または質量分析計におけるガス分析用に正および/または負にイオン化したガス検体を生成するための装置において、
希ガスを誘導するための、誘電体材料から成る毛細管(2)を有し、交流電圧が印加された、電気絶縁された2つの電極(3、4)が、前記毛細管(2)の出口領域に隣接して前記毛細管(2)に配置されていることを特徴とする装置。
【請求項5】
前記毛細管(2)が、ガラスから成ることを特徴とする請求項4に記載の装置。
【請求項6】
前記毛細管(2)が、50μmから500μmまでの直径を有することを特徴とする請求項5に記載の装置。
【請求項7】
前記毛細管の長手方向に互いに間隔がおかれた電極(3、4)が、最大1cmという間隔で配置されていることを特徴とする請求項4〜6のいずれか一つに記載の装置。
【請求項8】
前記毛細管(2)の出口領域が該イオン移動度分光計のイオン化空間内へ延在するイオン移動度分光計における、請求項4〜7のいずれか一つに記載の装置の使用方法。
【請求項9】
質量分析計における請求項4〜7のいずれか一つに記載の装置の使用方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2010−507787(P2010−507787A)
【公表日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−533676(P2009−533676)
【出願日】平成19年9月14日(2007.9.14)
【国際出願番号】PCT/EP2007/007999
【国際公開番号】WO2008/049488
【国際公開日】平成20年5月2日(2008.5.2)
【出願人】(509118765)ゲゼルシャフト・ツル・フェルデルング・デル・アナリュティッシェン・ヴィッセンシャフテン・アインゲトラーゲネル・フェアアイン (1)
【Fターム(参考)】