ガス分析装置
【課題】被測定ガスの圧力が比較的大きく変化する状況の下でも目的成分の濃度を高い精度で測定することのできるレーザ吸光方式のガス分析装置を提供する。
【解決手段】発光波長が可変であるレーザ光源10と、レーザ光源10の発光波長が予め定められた一定の周期で走査されるようにレーザ光源10へ供給する駆動電流を変化させる駆動電流制御手段72、80、90と、被測定ガスが導入される測定セル20と、レーザ光源10から出射され測定セル20を通過した後のレーザ光を検出する光検出部30とを具備し、光検出部30により得られる検出信号に基づいて被測定ガス中の目的成分の濃度を求めるガス分析装置において、駆動電流制御手段72、80、90によって、前記検出信号上に現れる目的成分由来の吸収ピークの時間幅が、予め定められた目標値に近づくようにレーザ光源10へ供給する駆動電流を制御する。
【解決手段】発光波長が可変であるレーザ光源10と、レーザ光源10の発光波長が予め定められた一定の周期で走査されるようにレーザ光源10へ供給する駆動電流を変化させる駆動電流制御手段72、80、90と、被測定ガスが導入される測定セル20と、レーザ光源10から出射され測定セル20を通過した後のレーザ光を検出する光検出部30とを具備し、光検出部30により得られる検出信号に基づいて被測定ガス中の目的成分の濃度を求めるガス分析装置において、駆動電流制御手段72、80、90によって、前記検出信号上に現れる目的成分由来の吸収ピークの時間幅が、予め定められた目標値に近づくようにレーザ光源10へ供給する駆動電流を制御する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ光に対する吸収を利用して被測定ガス中の特定成分の濃度を測定するガス分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、気体中の特定成分の濃度を測定する装置として、波長可変レーザ光に対する吸収を利用したレーザ吸光方式のガス分析装置が知られている(例えば特許文献1を参照)。このようなガス分析装置では、被測定ガスを導入した測定セルにレーザ光を照射し、該ガス中を通過した後のレーザ光の強度を光検出器により検出する。様々なガス成分はそれぞれ特有の波長の光を吸収する。そのため、被測定ガスに照射するレーザ光の波長を所定の範囲で走査すると目的とするガス成分に特有の波長においてレーザ光が強い吸収を受ける。このときの吸収の強さは目的ガス成分の濃度に依存するため、前記光検出器による検出信号を解析することにより、被測定ガス中の目的成分の濃度を導出することができる。
【0003】
こうしたレーザ吸光方式のガス分析装置は、被測定ガスに光検出器などが接触しない非接触式の測定装置であるため、被測定ガスの場を乱すことなく測定が可能である。また、応答時間がきわめて短くほぼリアルタイムで濃度測定が可能である、高感度測定が可能である、といった利点も有している。
【0004】
上記のようなレーザ吸光方式のガス分析装置では、一般に、レーザ光源として半導体レーザダイオード(以下「LD」と略す)が用いられる。LDの発振波長は注入される電流(駆動電流)に依存するから、レーザ光の波長走査はLDに供給する駆動電流を走査することにより実施される。例えば、特定波長λsにおいて吸収を生じる目的成分の濃度を連続的にモニタリングする際には、図7(a)のように一定の周期Tで鋸歯状に変化する駆動電流がLDに供給される。これにより、LDの発振波長も図7(b)に示すように鋸歯状に変化し、前記の波長λs付近での波長走査が繰り返し実行される。なお、図7において、Isはレーザ光の波長がλsとなるような電流値であり、Tsは周期Tにおいてレーザ光の波長がλsとなる時刻(即ち駆動電流がIsとなる時刻)である。
【0005】
また、LDの発光強度も駆動電流の大きさに依存するため、上記のような波長走査により、光検出器で検出されるレーザ光の強度も鋸歯状に変化する。ここで、被測定ガスに目的成分が含まれていた場合は、例えば図8に示すように、前記目的成分の吸収波長λsに対応した時刻Tsにレーザ光の吸収ピークが出現する(なお、同図では周期Tで繰り返し実行される測定の内の1サイクル分における光検出器の検出信号のみを示している)。このときの吸収ピークの高さ(深さ)は前記目的成分の濃度に依存するため、前記吸収ピークの高さから被測定ガス中の目的成分の濃度を導出することができる。
【0006】
なお、前記検出信号から目的成分の濃度を求める際には、まず該吸収ピーク前後の直線部分(図8中の丸で囲んだ部分)からカーブフィッティングによって図8に示すような基準線Lが作成され、続いて吸収ピークの先端に相当する時刻Tsにおける検出信号と基準線Lとの強度差(図中のH)が求められ、その値が該吸収ピークの高さとして前記目的成分の濃度算出に使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011-43461号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のようなレーザ吸光方式のガス分析装置は、例えば大気中の特定ガス(例えば一酸化炭素、二酸化炭素など)の連続モニタリングや半導体処理ガス中の水分の連続モニタリングなどに利用されており、こうした用途では被測定ガスの圧力がおおよそ一定であるという条件の下での測定が一般的である。そのため、従来、LDに供給する駆動電流の鋸歯形状は、事前に想定した測定条件(被測定ガスの圧力や目的成分の濃度)に基づいて一意に設定され、連続モニタリングの開始から終了までに亘って一定形状に維持されていた。
【0009】
しかしながら、例えば、真空室内の特定残留ガスのモニタリングを行う場合などにおいては、被測定ガスの圧力が大きく変化する状況の下で目的成分の濃度測定を行う必要がある。このような場合、上記のように駆動電流の鋸歯波形の形状を一定とした状態でモニタリングを行うと以下のような問題が生じることがある。
【0010】
(1)被測定ガスの圧力が低くなった場合
測定セル内における被測定ガスの圧力が低下すると、気体分子間の衝突等に起因する吸収スペクトルの広がりが少なくなり、それに伴って光検出器からの検出信号波形上に表れる吸収ピークは時間幅(時間軸方向の広がり)が狭くなって急峻となる。その結果、該吸収ピークの時間幅が事前に想定していた幅よりも狭くなると、該検出信号がノイズ低減用のフィルタ回路を通過する際に前記吸収ピークの周波数成分が減衰されたり、前記検出信号をA/D変換する際にアンダーサンプリングの状態となって前記吸収ピーク部分の信号の一部が失われたりする場合がある。例えば、測定セル内における目的成分の存在量が同じであれば、該セル内における被測定ガスの圧力にかかわらず、目的成分由来の吸収ピークの高さは、図9(a)に示すように一定となるはずである。しかし、上記のようなフィルタ回路やA/D変換器による信号の減衰が生じると、吸収ピークの高さが図9(b)に示すように見かけ上小さくなり、目的ガスの濃度が実際よりも低く計測されてしまう。
【0011】
(2)被測定ガスの圧力が高くなった場合
一方、測定セル内における被測定ガスの圧力が上昇すると、気体分子間の衝突等に起因する吸収スペクトルの広がりが大きくなるため、それに伴って光検出器からの検出信号波形上に表れる吸収ピークの時間幅が広くなる。その結果、該吸収ピークの幅が事前に想定していた幅よりも広くなると、上述のカーブフィッティングにより作成される基準線Lが前記吸収ピークの影響を受けて図10に示すような凹形状となる。このような基準線Lを用いて吸収ピークの高さHを決定すると、目的ガスの濃度が実際よりも低く計測されることとなる。
【0012】
本発明は上記のような課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、被測定ガスの圧力が比較的大きく変化する状況の下でも目的成分の濃度を高い精度で測定することのできるレーザ吸光方式のガス分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るガス分析装置は、発光波長が可変であるレーザ光源と、前記レーザ光源の発光波長が予め定められた一定の周期で走査されるように前記レーザ光源へ供給する駆動電流を変化させる駆動電流制御手段と、被測定ガスが導入される測定セルと、前記レーザ光源から出射され前記測定セルを通過した後のレーザ光を検出する光検出部とを具備し、前記光検出部により得られる検出信号に基づいて被測定ガス中の目的成分の濃度を求めるガス分析装置であって、
前記駆動電流制御手段が、前記検出信号から求められる前記目的成分の吸収ピークの時間幅が予め定められた目標値に近づくように前記駆動電流を制御することを特徴としている。
【0014】
上記本発明に係るガス分析装置は、前記駆動電流制御手段が、一定の周期で鋸歯状に変化する駆動電流を前記レーザ光源に供給することにより該レーザ光源の発光波長を繰り返し走査させるものであって、前記目的成分の吸収ピークの時間幅が予め定められた目標値より大きい場合には以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを大きくし、前記目的成分の吸収ピークの時間幅が前記目標値より小さい場合には以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを小さくするものとすることができる。
【0015】
レーザ光源に供給する駆動電流を一定の割合で変化させることにより該レーザ光源の発光波長を走査する場合において、前記駆動電流の変化の傾きを大きくすると、1回の波長走査で走査される波長域が広くなり、その結果、検出信号の波形上に現れる目的成分の吸収ピークの時間幅は相対的に狭くなる。逆に、駆動電流の変化の傾きを小さくすると、1回の波長走査で走査される波長域が狭くなり、その結果、前記吸収ピークの時間幅は相対的に広くなる。従って、前記検出信号から求められる目的成分のピーク幅に基づいて以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを上記のように調整することにより、目的成分由来の吸収ピークの時間幅をほぼ一定の値に維持することができる。
【0016】
また、上記本発明に係るガス分析装置は、前記駆動電流制御手段が、更に、前記検出信号上において前記目的成分の吸収ピークのピークトップが出現するタイミングが各波長走査において同一となるよう前記駆動電流の変化の傾きに応じて波長走査の開始時における駆動電流の値を調整するものとすることが望ましい。
【0017】
このような構成とすることにより、駆動電流の傾きを大きく変化させた場合においても、目的成分の吸収ピーク波長のレーザ光を発生するための駆動電流が電流走査の範囲から外れてしまうのを防止することができる。
【発明の効果】
【0018】
以上の通り、上記のような構成から成る本発明のガス分析装置によれば、被測定ガスの圧力が比較的大きく変化する状況の下でも目的成分の吸収ピークの時間幅の変動を抑えることができるため、目的成分の濃度を高い精度で測定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施例に係るガス分析装置の概略構成図。
【図2】走査条件決定部の動作を示すフローチャート。
【図3】検出データの波形図の一例。
【図4】レーザ光波長の波形図の一例。
【図5】駆動電流の波形図の一例。
【図6】本実施例のガス分析装置における鋸歯形状の調整方法を説明する図。
【図7】駆動電流とレーザ光の波長との関係を示す概念図であり、(a)は駆動電流の波形図、(b)はレーザ光波長の波形図である。
【図8】光検出器の検出信号の一例を示す図。
【図9】吸収ピーク幅の減少による測定結果への影響を説明する図であり、(a)は理想的な検出信号を示す波形図、(b)はフィルタ回路等による信号減衰が生じた場合の波形図である。
【図10】吸収ピーク幅の増大による測定結果への影響を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係るガス分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例によるガス分析装置の概略構成図である。
【0021】
測定セル20には被測定ガスが連続的に導入されており、半導体レーザダイオード(以下「LD」と略す)10から照射されたレーザ光は測定セル20を通過する間に被測定ガスに含まれる成分による吸収を受ける。この吸収波長は成分に固有である。そうして吸収を受けた後のレーザ光がフォトダイオード(以下「PD」と略す)30に到達し、PD30は受光強度に応じた電流信号を出力する。
【0022】
PD30による電流信号はPDアンプ40に入力され、PDアンプ40は電流信号を電圧信号に変換した上で増幅する。増幅された信号はローパスフィルタ(LPF)50でノイズ成分を除去され、その後、A/D変換部60により所定のサンプリング周期でデジタル値(検出データ)に変換される。このA/D変換部60の出力はデータ処理部70に設けられた濃度算出部71と走査条件決定部72に入力される。
【0023】
濃度算出部71は、A/D変換部60から入力された検出データに対し所定の処理を実行することにより、目的成分の吸収ピークの高さを計測し、これに基づいて被測定ガス中の目的成分の濃度を計算する。ここで算出された目的成分の濃度値は制御部80に送出され、測定結果としてモニタやプリンタ等から成る出力部81より出力される。なお、制御部80には、出力部81の他に、操作ボタンやキーボード等を備えた入力部82が接続されており、該入力部82を介してユーザの指示が制御部80に入力される。
【0024】
走査条件決定部72は、A/D変換部60から入力された検出データに対し後述するような所定の処理を実行することにより、目的成分の吸収ピークの時間幅(時間軸方向の広がり)を計測し、その結果に基づいてレーザ光波長の走査条件、すなわちLD10に供給する駆動電流の鋸歯波形の形状を決定して制御部80に出力する。
【0025】
LD駆動部90は、制御部80の制御の下に、レーザ光波長を所定の周期で走査するための駆動電流をLD10に供給する。一般に、半導体レーザから出力されるレーザ光の波長と強度は、該半導体レーザに供給される電流量に依存する。従って、LD駆動部90からLD10に供給する駆動電流を所定の周期Tで鋸歯状に変化させることにより、LD10から出射されるレーザ光の波長及び強度も周期Tで鋸歯状に変化させることができる(図7、8参照)。なお、上記の走査条件決定部72、制御部80、及びLD駆動部90が協同して本発明における駆動電流制御手段として機能する。
【0026】
以下、本実施例のガス分析装置におけるガス濃度測定時の動作について説明する。
【0027】
まず、ユーザが入力部82から連続モニタリングの開始を指示すると、制御部80の制御の下にLD駆動部90による駆動電流の供給が開始され、目的成分の吸収波長を中心とした所定の波長範囲におけるレーザ光の波長走査が実行される。なお、初回の波長走査時における駆動電流の鋸歯形状は、事前に設定された任意の測定条件(例えば測定セル20内における標準的な被測定ガス圧力及び目的成分濃度として想定される値)に基づいて適当な値に決定される。なお、前記任意の測定条件は、モニタリングの開始に際してユーザが入力部82から入力するようにしてもよく、ガス分析装置内に設けられた記憶部(図示略)に予め記憶させておくようにしてもよい。
【0028】
そして、上記の波長走査に伴ってA/D変換部60から順次出力される検出データが濃度算出部71に送られ、該検出データに基づいて目的成分の濃度が算出される。このときのA/D変換部60の出力波形の一例を図3に示す。濃度算出部71は、まず、このような出力波形上に現れる目的成分の吸収ピークを検出し、該吸収ピーク前後の所定の範囲における出力波形を用いたカーブフィッティングにより、濃度算出のための基準線Lを作成する。次に、前記吸収ピークのピークトップ(即ち、該吸収ピークにおいて受光強度が最も小さくなる点)が出現する時刻における基準線Lと受光強度との高さの差を求め、これを前記吸収ピークの高さHとする。この吸収ピークの高さHは、測定セル20内における目的成分の濃度を反映しているため、予め作成しておいた検量線等の校正情報を参照することにより、前記の高さHを目的成分の濃度値に換算することができる。
【0029】
なお、A/D変換部60から順次出力される検出データは、上記の濃度算出部71のみならず、走査条件決定部72にも送出され、そこで該検出データに基づいて次回のレーザ光の波長走査に適用する走査条件(即ち駆動電流の鋸歯形状)が決定される。以下、この走査条件決定部72における処理の詳細について図2のフローチャート、及び図3〜図5の波形図を参照しつつ説明する。図3は上述の通りA/D変換部60の出力波形の一例を示す図であり、周期Tで繰り返し実行される測定の内の1サイクルにおいてPD30で検出されたレーザ光強度の時間変化を示している。図4は図3の波形が得られたときのLD10の発光波長を表す波形図であり、図5の実線で示す波形図は図3の波形が得られたときのLD10の駆動電流の波形を示す図である。
【0030】
走査条件決定部72にA/D変換部60からの検出データが入力されると(ステップS11)、該検出データに基づいて前記目的成分の吸収ピークが検出され、該ピークの半値全幅の両端における波長λl’、λr’が求められる(ステップS12)。具体的には、まず、図3のような波形図において、目的成分の吸収ピークの頂点に相当する時刻Tcの前後で吸光量(各時刻における受光強度と基準線Lの高さの差)が前記吸収ピークの高さHの1/2となる時刻Tl’、Tr’が求められる。なお、この時刻Tl’から時刻Tr’の間の経過時間(即ち、図3(a)中のA)が前記吸収ピークの半値全幅に相当する。上記の検出データが取得された際の駆動電流の鋸歯形状は既知(ここでは図5中の実線で示す波形)であるから、ここから時刻Tl’、Tr’にLD10へ供給された駆動電流の値を求めることができる。更に、LD10に供給される駆動電流の値と該駆動電流の供給によりLD10から出射されるレーザ光の波長との関係も既知であるから、時刻Tl’、Tr’における駆動電流の値が分かれば、該時刻Tl’、Tr’におけるレーザ光の波長を求めることができる。これらの波長が前記の「半値全幅の両端における波長λl’、λr’」である。
【0031】
続いて、予め定められた半値全幅の目標値(図3中のB)から、吸収ピークの半値全幅の両端に相当する時刻の目標値Tl、Trを決定する(ステップS13)。このときTl、Trは、Tr−Tl=Bであり、且つTlとTrの間(典型的には両者の中間)に上記吸収ピークのピークトップの出現時刻Tcが位置するように設定される。
【0032】
続いて、上記で求められた波長λl’、λr’と時刻Tl、Trから、次回の波長走査に適用するレーザ光波長の走査条件、即ち、波長走査時における波長の変化の傾きとオフセット値(走査開始時の波長値)が算出される(ステップS14)。
【0033】
ここで、レーザ光の波長走査時における波長変化の傾きをΔλ、走査開始時点におけるレーザ光の波長(即ちオフセット値)をKとすると、波長走査中の各時刻tにおけるレーザ光の波長λtは、以下の式(1)で表すことができる。
λt=Δλ・t+K …(1)
【0034】
そして、目的成分の吸収ピークの半値全幅が上記の目標値Bとなるような波長変化の傾きΔλは以下の式(2)により算出することができる。なお、λcは上記吸収ピークのピークトップが出現する時刻Tcにおけるレーザ光の波長を表している。この式では時刻Tcの前後(図中では左右)における波長変化の傾きをそれぞれ算出し、両者の平均を取っているが、傾きΔλの算出方法はこれに限定されるものではない。
【0035】
【数1】
【0036】
更に、傾きΔλを変更した後も、ピークトップの出現時刻が前記のTcと一致するよう、適切なオフセット値Kを算出する。このようなオフセット値Kは例えば以下の式(3)により求めることができる。
K=λc−(Δλ・Tc)…(3)
【0037】
続いて、上記で求められたレーザ光波長の走査条件から、次回の波長走査においてLD10に供給する駆動電流の走査条件、即ち波長走査時における駆動電流の変化の傾きと走査開始時における駆動電流の値(オフセット値)を決定する(ステップS15)。なお、上述したようにLD10に供給する駆動電流の値と該駆動電流の供給によりLD10から出射されるレーザ光の波長との関係は既知であるから、この関係に基づいて、ステップS14で求められたΔλとKの値を換算することにより、次回の測定に適用する駆動電流の変化の傾き及びオフセット値を容易に求めることができる。
【0038】
このような走査条件が制御部80に出力され(ステップS16)、該走査条件に基づいて次回の波長走査が実行される。該次回の波長走査に適用される駆動電流の鋸歯形状を図5中に点線で示す。このような鋸歯形状を適用することにより、次回の測定時には吸収ピークの半値全幅を目標値Bに近づけることができる。
【0039】
以上のような、濃度算出部71による目的成分の濃度算出と、走査条件決定部72による駆動電流の走査条件の決定は、ユーザが入力部82から連続モニタリングの終了指示を入力するまで(又は予め指定された時間が経過するまで)繰り返し実行される。以上のような連続モニタリングにおいてLD10から出射されるレーザ光の波長とPD30で受光されるレーザ光強度の時間変化の一例を図6に示す。この例では、1回目の測定(図中のサイクル1)で得られた吸収ピークの幅が目標値よりも狭かったため、次回の測定では鋸歯の傾きを小さくしている。これにより2回目の測定では吸収ピークの幅が目標値となったため、3回目の測定では鋸歯の傾きを前回と同一に維持している。その後、4回目の測定でも鋸歯の傾きを前回と同一としているが、得られた吸収ピークの幅が目標値を超えたため、5回目の測定では鋸歯の傾きを大きくしている。なお、このように周期Tを一定に保ったまま波長の変化の傾きΔλを変更することにより、測定1サイクルにおいて走査される波長幅が変化するが、これに伴ってオフセット値Kが上記のように変更されるため、測定の各サイクルにおける吸収ピークの出現タイミングは一定に維持される。
【0040】
このように、本実施例に係るガス分析装置によれば、検出データ上に現れる目的成分の吸収ピークの時間幅に基づいて、以降の波長走査に適用する駆動電流の鋸歯形状を調整することにより、前記吸収ピークの時間幅を連続モニタリングの開始から終了までに亘って目標値前後の適切な大きさに維持することができる。これにより、被測定ガスの圧力が比較的大きく変化する状況の下であっても該圧力変化が測定結果に及ぼす影響を低減することができ、目的成分の濃度を高い精度で測定することが可能となる。
【0041】
なお、上記半値全幅の目標値Bは、PD30からの検出信号がLPF50を通過する際に吸収ピークの周波数成分が減衰されたり、A/D変換部60を通過する際にアンダーサンプリングの状態となって前記吸収ピーク部分の信号の一部が失われたりすることがないよう、できるだけ大きく設定することが望ましい。具体的には、上述の基準線Lに影響が出ない範囲で、かつレーザの出力波長が入力電流の変化と直線性を持つ範囲で、最も大きなピーク幅を前記半値全幅の目標値Bとして設定する。これにより、LPF50やA/D変換部60による信号強度の変化を最小限に抑えつつ高精度の測定を行うことができる。なお、前記において基準線Lに影響が出るか否かは、上述のようなカーブフィッティングにより得られる基準線Lが、吸光が無い場合の鋸波の右上がりの線を模しているか否かによって判断される。
【0042】
以上、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明を行ったが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容されるものである。例えば、上記実施例では駆動電流の鋸歯形状の調整を測定1サイクル毎に行うものとしたが、これに限らず複数サイクル毎に行うようにしてもよい。また、本発明に係るガス分析装置は、検出データ上に現れる目的成分の吸収ピーク幅に基づいて以降の波長走査に適用する駆動電流の波形を調整するものであればよく、該波形調整時において上記の式(2)以外の計算式を用いるものとしてもよい。あるいは、駆動電流の波形を予め複数パターン記憶しておき、検出データ上に現れる目的成分の吸収ピーク幅に応じて以降の測定に適用する波形を前記複数パターンの中から選択する構成としてもよい。また、ピーク幅の指標としては上記の半値全幅の他、半値半幅等の他の指標を用いてもよい。
【符号の説明】
【0043】
10…LD
20…測定セル
30…PD
40…PDアンプ
50…LPF
60…A/D変換部
70…データ処理部
71…濃度算出部
72…走査条件決定部
80…制御部
81…出力部
82…入力部
90…LD駆動部
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ光に対する吸収を利用して被測定ガス中の特定成分の濃度を測定するガス分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、気体中の特定成分の濃度を測定する装置として、波長可変レーザ光に対する吸収を利用したレーザ吸光方式のガス分析装置が知られている(例えば特許文献1を参照)。このようなガス分析装置では、被測定ガスを導入した測定セルにレーザ光を照射し、該ガス中を通過した後のレーザ光の強度を光検出器により検出する。様々なガス成分はそれぞれ特有の波長の光を吸収する。そのため、被測定ガスに照射するレーザ光の波長を所定の範囲で走査すると目的とするガス成分に特有の波長においてレーザ光が強い吸収を受ける。このときの吸収の強さは目的ガス成分の濃度に依存するため、前記光検出器による検出信号を解析することにより、被測定ガス中の目的成分の濃度を導出することができる。
【0003】
こうしたレーザ吸光方式のガス分析装置は、被測定ガスに光検出器などが接触しない非接触式の測定装置であるため、被測定ガスの場を乱すことなく測定が可能である。また、応答時間がきわめて短くほぼリアルタイムで濃度測定が可能である、高感度測定が可能である、といった利点も有している。
【0004】
上記のようなレーザ吸光方式のガス分析装置では、一般に、レーザ光源として半導体レーザダイオード(以下「LD」と略す)が用いられる。LDの発振波長は注入される電流(駆動電流)に依存するから、レーザ光の波長走査はLDに供給する駆動電流を走査することにより実施される。例えば、特定波長λsにおいて吸収を生じる目的成分の濃度を連続的にモニタリングする際には、図7(a)のように一定の周期Tで鋸歯状に変化する駆動電流がLDに供給される。これにより、LDの発振波長も図7(b)に示すように鋸歯状に変化し、前記の波長λs付近での波長走査が繰り返し実行される。なお、図7において、Isはレーザ光の波長がλsとなるような電流値であり、Tsは周期Tにおいてレーザ光の波長がλsとなる時刻(即ち駆動電流がIsとなる時刻)である。
【0005】
また、LDの発光強度も駆動電流の大きさに依存するため、上記のような波長走査により、光検出器で検出されるレーザ光の強度も鋸歯状に変化する。ここで、被測定ガスに目的成分が含まれていた場合は、例えば図8に示すように、前記目的成分の吸収波長λsに対応した時刻Tsにレーザ光の吸収ピークが出現する(なお、同図では周期Tで繰り返し実行される測定の内の1サイクル分における光検出器の検出信号のみを示している)。このときの吸収ピークの高さ(深さ)は前記目的成分の濃度に依存するため、前記吸収ピークの高さから被測定ガス中の目的成分の濃度を導出することができる。
【0006】
なお、前記検出信号から目的成分の濃度を求める際には、まず該吸収ピーク前後の直線部分(図8中の丸で囲んだ部分)からカーブフィッティングによって図8に示すような基準線Lが作成され、続いて吸収ピークの先端に相当する時刻Tsにおける検出信号と基準線Lとの強度差(図中のH)が求められ、その値が該吸収ピークの高さとして前記目的成分の濃度算出に使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011-43461号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のようなレーザ吸光方式のガス分析装置は、例えば大気中の特定ガス(例えば一酸化炭素、二酸化炭素など)の連続モニタリングや半導体処理ガス中の水分の連続モニタリングなどに利用されており、こうした用途では被測定ガスの圧力がおおよそ一定であるという条件の下での測定が一般的である。そのため、従来、LDに供給する駆動電流の鋸歯形状は、事前に想定した測定条件(被測定ガスの圧力や目的成分の濃度)に基づいて一意に設定され、連続モニタリングの開始から終了までに亘って一定形状に維持されていた。
【0009】
しかしながら、例えば、真空室内の特定残留ガスのモニタリングを行う場合などにおいては、被測定ガスの圧力が大きく変化する状況の下で目的成分の濃度測定を行う必要がある。このような場合、上記のように駆動電流の鋸歯波形の形状を一定とした状態でモニタリングを行うと以下のような問題が生じることがある。
【0010】
(1)被測定ガスの圧力が低くなった場合
測定セル内における被測定ガスの圧力が低下すると、気体分子間の衝突等に起因する吸収スペクトルの広がりが少なくなり、それに伴って光検出器からの検出信号波形上に表れる吸収ピークは時間幅(時間軸方向の広がり)が狭くなって急峻となる。その結果、該吸収ピークの時間幅が事前に想定していた幅よりも狭くなると、該検出信号がノイズ低減用のフィルタ回路を通過する際に前記吸収ピークの周波数成分が減衰されたり、前記検出信号をA/D変換する際にアンダーサンプリングの状態となって前記吸収ピーク部分の信号の一部が失われたりする場合がある。例えば、測定セル内における目的成分の存在量が同じであれば、該セル内における被測定ガスの圧力にかかわらず、目的成分由来の吸収ピークの高さは、図9(a)に示すように一定となるはずである。しかし、上記のようなフィルタ回路やA/D変換器による信号の減衰が生じると、吸収ピークの高さが図9(b)に示すように見かけ上小さくなり、目的ガスの濃度が実際よりも低く計測されてしまう。
【0011】
(2)被測定ガスの圧力が高くなった場合
一方、測定セル内における被測定ガスの圧力が上昇すると、気体分子間の衝突等に起因する吸収スペクトルの広がりが大きくなるため、それに伴って光検出器からの検出信号波形上に表れる吸収ピークの時間幅が広くなる。その結果、該吸収ピークの幅が事前に想定していた幅よりも広くなると、上述のカーブフィッティングにより作成される基準線Lが前記吸収ピークの影響を受けて図10に示すような凹形状となる。このような基準線Lを用いて吸収ピークの高さHを決定すると、目的ガスの濃度が実際よりも低く計測されることとなる。
【0012】
本発明は上記のような課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、被測定ガスの圧力が比較的大きく変化する状況の下でも目的成分の濃度を高い精度で測定することのできるレーザ吸光方式のガス分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るガス分析装置は、発光波長が可変であるレーザ光源と、前記レーザ光源の発光波長が予め定められた一定の周期で走査されるように前記レーザ光源へ供給する駆動電流を変化させる駆動電流制御手段と、被測定ガスが導入される測定セルと、前記レーザ光源から出射され前記測定セルを通過した後のレーザ光を検出する光検出部とを具備し、前記光検出部により得られる検出信号に基づいて被測定ガス中の目的成分の濃度を求めるガス分析装置であって、
前記駆動電流制御手段が、前記検出信号から求められる前記目的成分の吸収ピークの時間幅が予め定められた目標値に近づくように前記駆動電流を制御することを特徴としている。
【0014】
上記本発明に係るガス分析装置は、前記駆動電流制御手段が、一定の周期で鋸歯状に変化する駆動電流を前記レーザ光源に供給することにより該レーザ光源の発光波長を繰り返し走査させるものであって、前記目的成分の吸収ピークの時間幅が予め定められた目標値より大きい場合には以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを大きくし、前記目的成分の吸収ピークの時間幅が前記目標値より小さい場合には以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを小さくするものとすることができる。
【0015】
レーザ光源に供給する駆動電流を一定の割合で変化させることにより該レーザ光源の発光波長を走査する場合において、前記駆動電流の変化の傾きを大きくすると、1回の波長走査で走査される波長域が広くなり、その結果、検出信号の波形上に現れる目的成分の吸収ピークの時間幅は相対的に狭くなる。逆に、駆動電流の変化の傾きを小さくすると、1回の波長走査で走査される波長域が狭くなり、その結果、前記吸収ピークの時間幅は相対的に広くなる。従って、前記検出信号から求められる目的成分のピーク幅に基づいて以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを上記のように調整することにより、目的成分由来の吸収ピークの時間幅をほぼ一定の値に維持することができる。
【0016】
また、上記本発明に係るガス分析装置は、前記駆動電流制御手段が、更に、前記検出信号上において前記目的成分の吸収ピークのピークトップが出現するタイミングが各波長走査において同一となるよう前記駆動電流の変化の傾きに応じて波長走査の開始時における駆動電流の値を調整するものとすることが望ましい。
【0017】
このような構成とすることにより、駆動電流の傾きを大きく変化させた場合においても、目的成分の吸収ピーク波長のレーザ光を発生するための駆動電流が電流走査の範囲から外れてしまうのを防止することができる。
【発明の効果】
【0018】
以上の通り、上記のような構成から成る本発明のガス分析装置によれば、被測定ガスの圧力が比較的大きく変化する状況の下でも目的成分の吸収ピークの時間幅の変動を抑えることができるため、目的成分の濃度を高い精度で測定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施例に係るガス分析装置の概略構成図。
【図2】走査条件決定部の動作を示すフローチャート。
【図3】検出データの波形図の一例。
【図4】レーザ光波長の波形図の一例。
【図5】駆動電流の波形図の一例。
【図6】本実施例のガス分析装置における鋸歯形状の調整方法を説明する図。
【図7】駆動電流とレーザ光の波長との関係を示す概念図であり、(a)は駆動電流の波形図、(b)はレーザ光波長の波形図である。
【図8】光検出器の検出信号の一例を示す図。
【図9】吸収ピーク幅の減少による測定結果への影響を説明する図であり、(a)は理想的な検出信号を示す波形図、(b)はフィルタ回路等による信号減衰が生じた場合の波形図である。
【図10】吸収ピーク幅の増大による測定結果への影響を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係るガス分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例によるガス分析装置の概略構成図である。
【0021】
測定セル20には被測定ガスが連続的に導入されており、半導体レーザダイオード(以下「LD」と略す)10から照射されたレーザ光は測定セル20を通過する間に被測定ガスに含まれる成分による吸収を受ける。この吸収波長は成分に固有である。そうして吸収を受けた後のレーザ光がフォトダイオード(以下「PD」と略す)30に到達し、PD30は受光強度に応じた電流信号を出力する。
【0022】
PD30による電流信号はPDアンプ40に入力され、PDアンプ40は電流信号を電圧信号に変換した上で増幅する。増幅された信号はローパスフィルタ(LPF)50でノイズ成分を除去され、その後、A/D変換部60により所定のサンプリング周期でデジタル値(検出データ)に変換される。このA/D変換部60の出力はデータ処理部70に設けられた濃度算出部71と走査条件決定部72に入力される。
【0023】
濃度算出部71は、A/D変換部60から入力された検出データに対し所定の処理を実行することにより、目的成分の吸収ピークの高さを計測し、これに基づいて被測定ガス中の目的成分の濃度を計算する。ここで算出された目的成分の濃度値は制御部80に送出され、測定結果としてモニタやプリンタ等から成る出力部81より出力される。なお、制御部80には、出力部81の他に、操作ボタンやキーボード等を備えた入力部82が接続されており、該入力部82を介してユーザの指示が制御部80に入力される。
【0024】
走査条件決定部72は、A/D変換部60から入力された検出データに対し後述するような所定の処理を実行することにより、目的成分の吸収ピークの時間幅(時間軸方向の広がり)を計測し、その結果に基づいてレーザ光波長の走査条件、すなわちLD10に供給する駆動電流の鋸歯波形の形状を決定して制御部80に出力する。
【0025】
LD駆動部90は、制御部80の制御の下に、レーザ光波長を所定の周期で走査するための駆動電流をLD10に供給する。一般に、半導体レーザから出力されるレーザ光の波長と強度は、該半導体レーザに供給される電流量に依存する。従って、LD駆動部90からLD10に供給する駆動電流を所定の周期Tで鋸歯状に変化させることにより、LD10から出射されるレーザ光の波長及び強度も周期Tで鋸歯状に変化させることができる(図7、8参照)。なお、上記の走査条件決定部72、制御部80、及びLD駆動部90が協同して本発明における駆動電流制御手段として機能する。
【0026】
以下、本実施例のガス分析装置におけるガス濃度測定時の動作について説明する。
【0027】
まず、ユーザが入力部82から連続モニタリングの開始を指示すると、制御部80の制御の下にLD駆動部90による駆動電流の供給が開始され、目的成分の吸収波長を中心とした所定の波長範囲におけるレーザ光の波長走査が実行される。なお、初回の波長走査時における駆動電流の鋸歯形状は、事前に設定された任意の測定条件(例えば測定セル20内における標準的な被測定ガス圧力及び目的成分濃度として想定される値)に基づいて適当な値に決定される。なお、前記任意の測定条件は、モニタリングの開始に際してユーザが入力部82から入力するようにしてもよく、ガス分析装置内に設けられた記憶部(図示略)に予め記憶させておくようにしてもよい。
【0028】
そして、上記の波長走査に伴ってA/D変換部60から順次出力される検出データが濃度算出部71に送られ、該検出データに基づいて目的成分の濃度が算出される。このときのA/D変換部60の出力波形の一例を図3に示す。濃度算出部71は、まず、このような出力波形上に現れる目的成分の吸収ピークを検出し、該吸収ピーク前後の所定の範囲における出力波形を用いたカーブフィッティングにより、濃度算出のための基準線Lを作成する。次に、前記吸収ピークのピークトップ(即ち、該吸収ピークにおいて受光強度が最も小さくなる点)が出現する時刻における基準線Lと受光強度との高さの差を求め、これを前記吸収ピークの高さHとする。この吸収ピークの高さHは、測定セル20内における目的成分の濃度を反映しているため、予め作成しておいた検量線等の校正情報を参照することにより、前記の高さHを目的成分の濃度値に換算することができる。
【0029】
なお、A/D変換部60から順次出力される検出データは、上記の濃度算出部71のみならず、走査条件決定部72にも送出され、そこで該検出データに基づいて次回のレーザ光の波長走査に適用する走査条件(即ち駆動電流の鋸歯形状)が決定される。以下、この走査条件決定部72における処理の詳細について図2のフローチャート、及び図3〜図5の波形図を参照しつつ説明する。図3は上述の通りA/D変換部60の出力波形の一例を示す図であり、周期Tで繰り返し実行される測定の内の1サイクルにおいてPD30で検出されたレーザ光強度の時間変化を示している。図4は図3の波形が得られたときのLD10の発光波長を表す波形図であり、図5の実線で示す波形図は図3の波形が得られたときのLD10の駆動電流の波形を示す図である。
【0030】
走査条件決定部72にA/D変換部60からの検出データが入力されると(ステップS11)、該検出データに基づいて前記目的成分の吸収ピークが検出され、該ピークの半値全幅の両端における波長λl’、λr’が求められる(ステップS12)。具体的には、まず、図3のような波形図において、目的成分の吸収ピークの頂点に相当する時刻Tcの前後で吸光量(各時刻における受光強度と基準線Lの高さの差)が前記吸収ピークの高さHの1/2となる時刻Tl’、Tr’が求められる。なお、この時刻Tl’から時刻Tr’の間の経過時間(即ち、図3(a)中のA)が前記吸収ピークの半値全幅に相当する。上記の検出データが取得された際の駆動電流の鋸歯形状は既知(ここでは図5中の実線で示す波形)であるから、ここから時刻Tl’、Tr’にLD10へ供給された駆動電流の値を求めることができる。更に、LD10に供給される駆動電流の値と該駆動電流の供給によりLD10から出射されるレーザ光の波長との関係も既知であるから、時刻Tl’、Tr’における駆動電流の値が分かれば、該時刻Tl’、Tr’におけるレーザ光の波長を求めることができる。これらの波長が前記の「半値全幅の両端における波長λl’、λr’」である。
【0031】
続いて、予め定められた半値全幅の目標値(図3中のB)から、吸収ピークの半値全幅の両端に相当する時刻の目標値Tl、Trを決定する(ステップS13)。このときTl、Trは、Tr−Tl=Bであり、且つTlとTrの間(典型的には両者の中間)に上記吸収ピークのピークトップの出現時刻Tcが位置するように設定される。
【0032】
続いて、上記で求められた波長λl’、λr’と時刻Tl、Trから、次回の波長走査に適用するレーザ光波長の走査条件、即ち、波長走査時における波長の変化の傾きとオフセット値(走査開始時の波長値)が算出される(ステップS14)。
【0033】
ここで、レーザ光の波長走査時における波長変化の傾きをΔλ、走査開始時点におけるレーザ光の波長(即ちオフセット値)をKとすると、波長走査中の各時刻tにおけるレーザ光の波長λtは、以下の式(1)で表すことができる。
λt=Δλ・t+K …(1)
【0034】
そして、目的成分の吸収ピークの半値全幅が上記の目標値Bとなるような波長変化の傾きΔλは以下の式(2)により算出することができる。なお、λcは上記吸収ピークのピークトップが出現する時刻Tcにおけるレーザ光の波長を表している。この式では時刻Tcの前後(図中では左右)における波長変化の傾きをそれぞれ算出し、両者の平均を取っているが、傾きΔλの算出方法はこれに限定されるものではない。
【0035】
【数1】
【0036】
更に、傾きΔλを変更した後も、ピークトップの出現時刻が前記のTcと一致するよう、適切なオフセット値Kを算出する。このようなオフセット値Kは例えば以下の式(3)により求めることができる。
K=λc−(Δλ・Tc)…(3)
【0037】
続いて、上記で求められたレーザ光波長の走査条件から、次回の波長走査においてLD10に供給する駆動電流の走査条件、即ち波長走査時における駆動電流の変化の傾きと走査開始時における駆動電流の値(オフセット値)を決定する(ステップS15)。なお、上述したようにLD10に供給する駆動電流の値と該駆動電流の供給によりLD10から出射されるレーザ光の波長との関係は既知であるから、この関係に基づいて、ステップS14で求められたΔλとKの値を換算することにより、次回の測定に適用する駆動電流の変化の傾き及びオフセット値を容易に求めることができる。
【0038】
このような走査条件が制御部80に出力され(ステップS16)、該走査条件に基づいて次回の波長走査が実行される。該次回の波長走査に適用される駆動電流の鋸歯形状を図5中に点線で示す。このような鋸歯形状を適用することにより、次回の測定時には吸収ピークの半値全幅を目標値Bに近づけることができる。
【0039】
以上のような、濃度算出部71による目的成分の濃度算出と、走査条件決定部72による駆動電流の走査条件の決定は、ユーザが入力部82から連続モニタリングの終了指示を入力するまで(又は予め指定された時間が経過するまで)繰り返し実行される。以上のような連続モニタリングにおいてLD10から出射されるレーザ光の波長とPD30で受光されるレーザ光強度の時間変化の一例を図6に示す。この例では、1回目の測定(図中のサイクル1)で得られた吸収ピークの幅が目標値よりも狭かったため、次回の測定では鋸歯の傾きを小さくしている。これにより2回目の測定では吸収ピークの幅が目標値となったため、3回目の測定では鋸歯の傾きを前回と同一に維持している。その後、4回目の測定でも鋸歯の傾きを前回と同一としているが、得られた吸収ピークの幅が目標値を超えたため、5回目の測定では鋸歯の傾きを大きくしている。なお、このように周期Tを一定に保ったまま波長の変化の傾きΔλを変更することにより、測定1サイクルにおいて走査される波長幅が変化するが、これに伴ってオフセット値Kが上記のように変更されるため、測定の各サイクルにおける吸収ピークの出現タイミングは一定に維持される。
【0040】
このように、本実施例に係るガス分析装置によれば、検出データ上に現れる目的成分の吸収ピークの時間幅に基づいて、以降の波長走査に適用する駆動電流の鋸歯形状を調整することにより、前記吸収ピークの時間幅を連続モニタリングの開始から終了までに亘って目標値前後の適切な大きさに維持することができる。これにより、被測定ガスの圧力が比較的大きく変化する状況の下であっても該圧力変化が測定結果に及ぼす影響を低減することができ、目的成分の濃度を高い精度で測定することが可能となる。
【0041】
なお、上記半値全幅の目標値Bは、PD30からの検出信号がLPF50を通過する際に吸収ピークの周波数成分が減衰されたり、A/D変換部60を通過する際にアンダーサンプリングの状態となって前記吸収ピーク部分の信号の一部が失われたりすることがないよう、できるだけ大きく設定することが望ましい。具体的には、上述の基準線Lに影響が出ない範囲で、かつレーザの出力波長が入力電流の変化と直線性を持つ範囲で、最も大きなピーク幅を前記半値全幅の目標値Bとして設定する。これにより、LPF50やA/D変換部60による信号強度の変化を最小限に抑えつつ高精度の測定を行うことができる。なお、前記において基準線Lに影響が出るか否かは、上述のようなカーブフィッティングにより得られる基準線Lが、吸光が無い場合の鋸波の右上がりの線を模しているか否かによって判断される。
【0042】
以上、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明を行ったが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容されるものである。例えば、上記実施例では駆動電流の鋸歯形状の調整を測定1サイクル毎に行うものとしたが、これに限らず複数サイクル毎に行うようにしてもよい。また、本発明に係るガス分析装置は、検出データ上に現れる目的成分の吸収ピーク幅に基づいて以降の波長走査に適用する駆動電流の波形を調整するものであればよく、該波形調整時において上記の式(2)以外の計算式を用いるものとしてもよい。あるいは、駆動電流の波形を予め複数パターン記憶しておき、検出データ上に現れる目的成分の吸収ピーク幅に応じて以降の測定に適用する波形を前記複数パターンの中から選択する構成としてもよい。また、ピーク幅の指標としては上記の半値全幅の他、半値半幅等の他の指標を用いてもよい。
【符号の説明】
【0043】
10…LD
20…測定セル
30…PD
40…PDアンプ
50…LPF
60…A/D変換部
70…データ処理部
71…濃度算出部
72…走査条件決定部
80…制御部
81…出力部
82…入力部
90…LD駆動部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光波長が可変であるレーザ光源と、前記レーザ光源の発光波長が予め定められた一定の周期で走査されるように前記レーザ光源へ供給する駆動電流を変化させる駆動電流制御手段と、被測定ガスが導入される測定セルと、前記レーザ光源から出射され前記測定セルを通過した後のレーザ光を検出する光検出部とを具備し、前記光検出部により得られる検出信号に基づいて被測定ガス中の目的成分の濃度を求めるガス分析装置であって、
前記駆動電流制御手段が、前記検出信号から求められる前記目的成分の吸収ピークの時間幅が予め定められた目標値に近づくように前記駆動電流を制御することを特徴とするガス分析装置。
【請求項2】
前記駆動電流制御手段が、一定の周期で鋸歯状に変化する駆動電流を前記レーザ光源に供給することにより該レーザ光源の発光波長を繰り返し走査させるものであって、前記目的成分の吸収ピークの時間幅が予め定められた目標値より大きい場合には以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを大きくし、前記目的成分の吸収ピークの時間幅が前記目標値より小さい場合には以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを小さくするものであることを特徴とする請求項1に記載のガス分析装置。
【請求項3】
前記駆動電流制御手段が、更に、前記検出信号上において前記目的成分の吸収ピークのピークトップが出現するタイミングが各波長走査において同一となるよう前記駆動電流の変化の傾きに応じて波長走査の開始時における駆動電流の値を調整することを特徴とする請求項2に記載のガス分析装置。
【請求項1】
発光波長が可変であるレーザ光源と、前記レーザ光源の発光波長が予め定められた一定の周期で走査されるように前記レーザ光源へ供給する駆動電流を変化させる駆動電流制御手段と、被測定ガスが導入される測定セルと、前記レーザ光源から出射され前記測定セルを通過した後のレーザ光を検出する光検出部とを具備し、前記光検出部により得られる検出信号に基づいて被測定ガス中の目的成分の濃度を求めるガス分析装置であって、
前記駆動電流制御手段が、前記検出信号から求められる前記目的成分の吸収ピークの時間幅が予め定められた目標値に近づくように前記駆動電流を制御することを特徴とするガス分析装置。
【請求項2】
前記駆動電流制御手段が、一定の周期で鋸歯状に変化する駆動電流を前記レーザ光源に供給することにより該レーザ光源の発光波長を繰り返し走査させるものであって、前記目的成分の吸収ピークの時間幅が予め定められた目標値より大きい場合には以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを大きくし、前記目的成分の吸収ピークの時間幅が前記目標値より小さい場合には以降の波長走査における駆動電流の変化の傾きを小さくするものであることを特徴とする請求項1に記載のガス分析装置。
【請求項3】
前記駆動電流制御手段が、更に、前記検出信号上において前記目的成分の吸収ピークのピークトップが出現するタイミングが各波長走査において同一となるよう前記駆動電流の変化の傾きに応じて波長走査の開始時における駆動電流の値を調整することを特徴とする請求項2に記載のガス分析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2012−237636(P2012−237636A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106560(P2011−106560)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
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