説明

ガス拡散層用撥水ペースト

【課題】ガス拡散層用撥水ペーストにおいて、簡単な成分組成で製造することができ、焼成残渣を生ずる増粘剤を添加することなく塗工性能を確保することができるとともに、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込むことがないこと。
【解決手段】カーボンブラックスラリーとPTFEディスパージョンの混合物に、界面活性剤として、HLB=10.5の非イオン性界面活性剤A(ポリオキシエチレントリデシルエーテル)を添加した実施例1のガス拡散層用撥水ペーストにおいては、25℃における降伏値が12.5Paであり、10℃における降伏値が2.6Paであって、常温における降伏値が大きく、低温における降伏値が小さくなっている。したがって、この特性を利用して、充填時には冷却して基材への塗工時には常温に戻すことによって、塗面でのピンホールの発生も、塗工後の基材への染み込みも、確実に防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池に用いられる電極のガス拡散層を形成するためのガス拡散層用撥水ペーストに関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池においては、高分子電解質膜の両面にカソード側電極及びアノード側電極を形成しており、通常、これらのカソード側電極及びアノード側電極は、白金等の触媒を担持したカーボンブラックとイオン交換樹脂からなる電極触媒層と、カーボンクロスやカーボンペーパー等のカーボン基材に、導電性を付与するためのカーボンブラック粉末等と撥水性を付与するためのポリテトラフルオロエチレンディスパージョン等を混練した撥水ペーストを塗工してなるガス拡散層によって構成されている。
【0003】
ここで、ガス拡散層を形成するための撥水ペーストは、塗工後のタレ及びカーボン基材への染み込みを防止するために、高分子型増粘剤を添加して適度な粘性に調整して使用されており、塗工後のタレ・カーボン基材への染み込みを防止するためには降伏値をある程度高くする必要があるが、そのような高い降伏値を有する撥水ペーストは容器・塗工ヘッド等への充填時にエアーを巻き込み易く、塗工面のピンホール発生の原因となる。また、撥水性を得るために塗工後に焼成を行う必要があるが、添加した高分子型増粘剤が焼成残渣を生ずるため、電池性能に悪影響を及ぼす恐れがあった。
【0004】
そこで、高分子型増粘剤を添加することなく撥水ペーストの粘性を調整することを目的として、特許文献1においては、カーボンスラリーにフッ素樹脂ディスパージョンとともに水に溶け難い溶剤及び水に溶け易い溶剤を混合するものであって、特に前者として分子量が70以上のアルコール等を、後者として親水親油バランス(HLB)が8〜13のアルコールのエチレンオキサイド付加界面活性剤を用いるガス拡散層用撥水ペーストの発明について開示している。これによって、混合工程や塗工工程の配管やポンプの中の比較的低い剪断力ではフッ素樹脂が繊維化せずに、高剪断力で塗工するときに基材上で繊維化させることが可能になり、バインダーとしての結着力・撥水性・基材への適度の浸透性・平面均一性に優れたガス拡散層用撥水ペーストが得られるとしている。
【0005】
また、特許文献2においては、カーボンブラックを分散させたスラリー、フッ素系樹脂ディスパージョン、繊維状フィラー(VGCF)スラリー、生分解性高分子化合物(ポリ乳酸)造孔剤、そして増粘剤としての非イオン性界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルエーテル)を混合した撥水ペーストをベース層上に塗布して、乾燥・焼成してガス拡散層を製造する技術が開示されている。これによって、高分子型増粘剤を添加することなく粘性を調整することができ、導電性と撥水性を保持しつつ、乾燥時におけるクラックの発生を確実に防止して、触媒層に均一にガスを供給することができ、更に電池性能を向上させることができる撥水ペーストとなるとしている。
【特許文献1】特開2004−247148号公報
【特許文献2】特開2006−294559号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1に記載された技術においては、水に溶け易い溶剤として親水親油バランス(HLB)が8〜13のアルコールのエチレンオキサイド付加界面活性剤を用いる、との記載があるのみで、「アルコールのエチレンオキサイド付加界面活性剤」だけでは具体的な化合物が特定されないのみならず、具体的な化合物群さえも特定されないため、確実に上述したような特性を有する優れたガス拡散層用撥水ペーストを得ることは困難である。
【0007】
また、上記特許文献2に記載された技術においては、増粘剤としての非イオン性界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルエーテル)の具体的な特性、特に親水親油バランス(HLB)が特定されていないため粘性の調整を確実に行うことができず、また撥水ペースト及びガス拡散層の製造工程が複雑であり、撥水ペーストに用いられる成分も多種類であるため、製造コストが上昇してしまうという問題点があった。
【0008】
そこで、本発明においては、簡単な成分組成で製造することができ、焼成残渣を生ずる増粘剤を添加することなく塗工性能を確保することができるとともに、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込むことがないガス拡散層用撥水ペーストの提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明に係るガス拡散層用撥水ペーストは、高分子電解質膜を中心として構成される固体高分子型燃料電池のガス拡散層を形成するためのガス拡散層用撥水ペーストであって、カーボンブラックスラリーと、フッ素樹脂ディスパージョンと、界面活性剤とを混合してなり、25℃における降伏値が6Pa〜20Paの範囲内、より好ましくは10Pa〜20Paの範囲内で、かつ、10℃における降伏値が0.1Pa〜5Paの範囲内、より好ましくは1Pa〜3Paの範囲内であるものである。
【0010】
但し、前記降伏値は、測定器:ばね緩和測定機能付き粘度計、コーンロータのコーン角度:1°34′、測定モード:ばね緩和モード、ばね巻上げ率:50%、測定時間:200秒、という測定条件で測定したものである。ここで、「ばね緩和測定機能付き粘度計」としては、具体的には、例えば東機産業(株)製のR550形粘度計として、RE550L,RE550H,RE550R,RE550Uがある。
【0011】
請求項2の発明に係るガス拡散層用撥水ペーストは、請求項1の構成において、前記界面活性剤は、親水親油バランス(HLB)が10〜11の範囲内のポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤であるものである。
【0012】
請求項3の発明に係るガス拡散層用撥水ペーストは、請求項1または請求項2の構成において、前記界面活性剤はポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤としてのポリオキシエチレンアルキルエーテルであるものである。
【0013】
請求項4の発明に係るガス拡散層用撥水ペーストは、請求項3の構成において、前記ポリオキシエチレンアルキルエーテルは、アルキル基の炭素数が10〜15の範囲内で、かつ、エチレンオキサイドの付加モル数が3〜7の範囲内であるものである。
【0014】
請求項5の発明に係るガス拡散層用撥水ペーストは、請求項1乃至請求項4の構成において、前記カーボンブラックスラリー中のカーボンブラック固形分100重量部に対して、前記フッ素樹脂ディスパージョンをフッ素樹脂固形分で5重量部〜80重量部の範囲内、より好ましくは10重量部〜40重量部の範囲内で、前記界面活性剤を3重量部〜30重量部の範囲内、より好ましくは5重量部〜20重量部の範囲内で、それぞれ混合してなるものである。
【発明の効果】
【0015】
請求項1のガス拡散層用撥水ペーストは、カーボンブラックスラリーと、フッ素樹脂ディスパージョンと、界面活性剤とを混合してなるものであり、三成分からなるもので組成が非常に簡単であるとともに、高分子型増粘剤を含有しないため、焼成残渣を生ずることがない。そして、25℃における降伏値が6Pa〜20Paの範囲内であって、常温における降伏値が大きいため、塗工後にタレを生じたりカーボン基材への染み込みを起こしたりすることがない。更に、10℃における降伏値が0.1Pa〜5Paの範囲内であることから、充填時に10℃前後に冷却することによって降伏値を小さくすることができ、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込む事態を確実に防止することができる。
【0016】
ここで、ガス拡散層用撥水ペーストの25℃における降伏値が10Pa〜20Paの範囲内であれば、塗工後のタレやカーボン基材への染み込みをより確実に防止することができるため、より好ましい。また、10℃における降伏値が1Pa〜3Paの範囲内であれば、充填時にガス拡散層用撥水ペーストを10℃前後に冷却することによって、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込む事態をより確実に防止することができるため、より好ましい。
【0017】
従来のペーストは、温度が低下するのに伴って降伏値が増大するものが一般的であって、このように常温で降伏値が大きく、低温で降伏値が小さいペーストは、これまで技術常識とはなっていなかった。そして、このように、ガス拡散層用撥水ペーストの降伏値を常温では大きく、低温では小さく制御することによって、塗工後のタレ・カーボン基材への染み込みを防止して塗工性能を保持しつつ充填時のエアーの巻き込みを防止するという技術思想は、本発明者らが初めて創出したものである。
【0018】
このようにして、簡単な成分組成で製造することができ、焼成残渣を生ずる増粘剤を添加することなく塗工性能を確保することができるとともに、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込むことがないガス拡散層用撥水ペーストとなる。
【0019】
請求項2のガス拡散層用撥水ペーストにおいては、界面活性剤として、親水親油バランス(HLB)が10〜11の範囲内のポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤を用いているために、確実にガス拡散層用撥水ペーストの降伏値を常温では大きく、低温では小さく制御することができる。
【0020】
すなわち、本発明者らは、鋭意実験研究を積み重ねた結果、カーボンブラックスラリーと、フッ素樹脂ディスパージョンと、界面活性剤とを混合してなるガス拡散層用撥水ペーストにおいて、降伏値が温度の上昇に従って増大するという従来にはない特性を持たせるためには、界面活性剤としてポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤を用いることが好ましく、但しポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤のHLBが10未満であると降伏値が小さくなり過ぎること、またHLBが11を超えても降伏値が小さくなり過ぎることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させたものである。
【0021】
このようにして、簡単な成分組成で製造することができ、焼成残渣を生ずる増粘剤を添加することなく塗工性能を確保することができるとともに、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込むことがないガス拡散層用撥水ペーストとなる。
【0022】
請求項3のガス拡散層用撥水ペーストにおいては、界面活性剤として、ポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤の中でも、ポリオキシエチレンアルキルエーテルを用いているため、確実にガス拡散層用撥水ペーストの降伏値を常温では大きく、低温では小さく制御することができる。
【0023】
本発明者らは、鋭意実験研究を積み重ねた結果、カーボンブラックスラリーと、フッ素樹脂ディスパージョンと、界面活性剤とを混合してなるガス拡散層用撥水ペーストにおいて、降伏値が温度の上昇に従って増大するという従来にはない特性を持たせるためには、界面活性剤としてポリオキシエチレンアルキルエーテルを用いることが好ましいことを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させたものである。
【0024】
このようにして、簡単な成分組成で製造することができ、焼成残渣を生ずる増粘剤を添加することなく塗工性能を確保することができるとともに、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込むことがないガス拡散層用撥水ペーストとなる。
【0025】
請求項4のガス拡散層用撥水ペーストにおいては、ポリオキシエチレンアルキルエーテルとして、アルキル基の炭素数が10〜15の範囲内で、かつ、エチレンオキサイドの付加モル数が3〜7の範囲内であるものを用いているため、確実にガス拡散層用撥水ペーストの降伏値を常温では大きく、低温では小さく制御することができる。
【0026】
すなわち、本発明者らは、鋭意実験研究を積み重ねた結果、カーボンブラックスラリーと、フッ素樹脂ディスパージョンと、界面活性剤としてのポリオキシエチレンアルキルエーテルとを混合してなるガス拡散層用撥水ペーストにおいて、降伏値が温度の上昇に従って増大するという従来にはない特性を持たせるためには、ポリオキシエチレンアルキルエーテルのアルキル基の炭素数を10〜15の範囲内とし、かつ、エチレンオキサイドの付加モル数を3〜7の範囲内とすることが好ましいことを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させたものである。
【0027】
このようにして、簡単な成分組成で製造することができ、焼成残渣を生ずる増粘剤を添加することなく塗工性能を確保することができるとともに、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込むことがないガス拡散層用撥水ペーストとなる。
【0028】
請求項5のガス拡散層用撥水ペーストは、カーボンブラックスラリー中のカーボンブラック固形分100重量部に対して、フッ素樹脂ディスパージョンをフッ素樹脂固形分で5重量部〜80重量部の範囲内で、界面活性剤を3重量部〜30重量部の範囲内で混合してなるため、より確実にガス拡散層用撥水ペーストの降伏値を常温では大きく、低温では小さく制御することができる。
【0029】
すなわち、本発明者らは、鋭意実験研究を積み重ねた結果、カーボンブラックスラリーと、フッ素樹脂ディスパージョンと、界面活性剤とを混合してなるガス拡散層用撥水ペーストにおいて、降伏値が温度の上昇に従って増大するという従来にはない特性を持たせるためには、カーボンブラックスラリー中のカーボンブラック固形分100重量部に対して、フッ素樹脂ディスパージョンをフッ素樹脂固形分で5重量部〜80重量部の範囲内とし、界面活性剤を3重量部〜30重量部の範囲内とすることが、より好ましいことを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させたものである。
【0030】
ここで、カーボンブラックスラリー中のカーボンブラック固形分100重量部に対して、フッ素樹脂ディスパージョンをフッ素樹脂固形分で10重量部〜40重量部の範囲内とし、界面活性剤を5重量部〜20重量部の範囲内とすることによって、より確実にガス拡散層用撥水ペーストの降伏値が温度の上昇に従って増大するという従来にはない特性を持たせることができるため、より好ましい。
【0031】
このようにして、簡単な成分組成で製造することができ、焼成残渣を生ずる増粘剤を添加することなく塗工性能を確保することができるとともに、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込むことがないガス拡散層用撥水ペーストとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明の実施の形態に係る固体高分子型燃料電池電極に使用されるガス拡散層用撥水ペーストについて、図1を参照して説明する。図1は本発明の実施の形態に係るガス拡散層用撥水ペーストの温度に対する粘度変化を比較例と比較して示すグラフである。
【0033】
最初に、本発明の実施の形態に係るガス拡散層用撥水ペーストの製造方法について、説明する。本実施の形態に係るガス拡散層用撥水ペーストは、次のようにして作製した。まず、カーボンブラックを水に分散させて、濃度19%のカーボンブラックスラリーを作製し、このカーボンブラックスラリー74.0重量部に対して、濃度48%〜49%のポリテトラフルオロエチレン(以下、「PTFE」という。)ディスパージョンを19.1重量部の割合で混合したものに、親水親油バランス(HLB)が10.5である非イオン性界面活性剤Aとしてのポリオキシエチレントリデシルエーテルを6.9重量部の割合で添加して、増粘させてペースト化した。
【0034】
すなわち、本実施の形態に係るガス拡散層用撥水ペーストにおいては、界面活性剤として、ポリオキシエチレンアルキルエーテルであって、アルキル基の炭素数が13で、かつ、エチレンオキサイドの付加モル数が5であるものを用いている。また、カーボンブラックスラリーの固形分(カーボンブラック)はカーボンブラックスラリーの19重量%であり、PTFEディスパージョンの固形分(PTFE)はPTFEディスパージョンの48重量%〜49%重量%である。
【0035】
比較のために、カーボンブラックスラリーとPTFEディスパージョンの配合量は同一として、界面活性剤をHLBが8.6である非イオン性界面活性剤B、またはHLBが12.4である非イオン性界面活性剤Cとし、更には界面活性剤の代わりに高分子型増粘剤A,Bを添加した、或いはHLBが10.5である非イオン性界面活性剤Aとともにn−ブタノールを添加した比較例としてのガス拡散層用撥水ペーストをも、同様にして製造した。それぞれのガス拡散層用撥水ペーストの配合を、表1の上段に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
そして、表1に示される本実施の形態に係る実施例1のガス拡散層用撥水ペースト、及び比較例1乃至比較例5のガス拡散層用撥水ペーストについて、特性評価を行った。評価項目としては、25℃における降伏値及び10℃における降伏値の測定を行い、更にペーストを基材に塗工した場合の塗面のピンホールの発生の有無、及び基材への染み込みの有無を観察した。
【0038】
具体的には、実施例1及び比較例1乃至比較例5のガス拡散層用撥水ペーストについて、それぞれペーストを10℃に冷却して塗工ヘッドに充填し、20℃〜25℃になった後に基材への塗工を実施して、塗面のピンホール及び基材への染み込みを確認した。
【0039】
また、25℃における降伏値及び10℃における降伏値は、測定器:ばね緩和測定機能付き粘度計、コーンロータのコーン角度:1°34′、測定モード:ばね緩和モード、ばね巻上げ率:50%、測定時間:200秒、という測定条件で測定した。ばね緩和測定機能付き粘度計としては、東機産業(株)製のR550形粘度計のうち、RE550Rを使用した。各評価項目の評価結果を、表1の下段に示す。
【0040】
表1の下段に示されるように、カーボンブラックスラリーとPTFEディスパージョンの混合物に、界面活性剤として、HLB=10.5の非イオン性界面活性剤A(ポリオキシエチレントリデシルエーテル)を添加した実施例1のガス拡散層用撥水ペーストにおいては、25℃における降伏値が12.5Paであり、10℃における降伏値が2.6Paであって、常温における降伏値が大きく、低温における降伏値が小さくなっている。
【0041】
これに対して、界面活性剤の代わりに高分子型増粘剤Aを添加した比較例1においては、25℃における降伏値が14.3Pa、10℃における降伏値が14.5Paであり、温度に関わらず大きい降伏値を示した。また、界面活性剤の代わりに高分子型増粘剤Bを添加した比較例2においては、25℃における降伏値が0.9Pa、10℃における降伏値が1.0Paであり、温度に関わらず小さい降伏値を示した。
【0042】
更に、界面活性剤としてHLB=8.6の非イオン性界面活性剤Bを添加した比較例3、及び界面活性剤としてHLB=12.4の非イオン性界面活性剤Cを添加した比較例4においては、いずれも粘度が小さくなり過ぎて、降伏値を測定することができなかった。また、非イオン性界面活性剤Aとともにn−ブタノールを添加した比較例5においては、25℃における降伏値が14.8Pa、10℃における降伏値が15.5Paであり、温度に関わらず大きい降伏値を示した。
【0043】
なお、参考のため、実施例1及び比較例1,比較例2のガス拡散層用撥水ペーストについて、温度と粘度との関係を測定した。粘度の測定は、剪断速度=50[1/s]において実施した。その結果をグラフにしたものが、図1である。図1に示されるように、実施例1のガス拡散層用撥水ペーストは、温度が上昇するに従って粘度が大きく上昇するという特異な性質を有している。
【0044】
これに対して、比較例1及び比較例2のガス拡散層用撥水ペーストは、いずれも温度が変化しても粘度は殆ど変化しないか、僅かに低下するという特性を有していることが分かる。なお、比較例2のガス拡散層用撥水ペーストは、降伏値は小さいが、剪断速度の大きい粘度測定においては、温度に関わらずほぼ一定の大きい粘度の値を示した。
【0045】
この結果、表1の下段に示されるように、実施例1のガス拡散層用撥水ペーストにおいては、10℃での降伏値が小さいことから塗工ヘッドへの充填時にエアーを巻き込まないため、塗面のピンホールは発生せず(評価:○)、また25℃における降伏値が大きいことから、基材への染み込みも発生しない(評価:○)という極めて良好な結果が得られた。
【0046】
これに対して、比較例1及び比較例5においては、25℃における降伏値も10℃における降伏値もいずれも大きいことから、基材への染み込みは発生していない(評価:○)が、塗工ヘッドへの充填時にエアーを巻き込み易くなる結果、塗面にピンホールが発生している(評価:×)。また、比較例2,比較例3及び比較例4においては、25℃における降伏値も10℃における降伏値もいずれも小さい(または測定不可である)ことから、塗工ヘッドへの充填時にエアーを巻き込まないため塗面のピンホールは発生しない(評価:○)が、基材への染み込みが生じてしまっている(評価:×)。
【0047】
以上説明したように、本実施の形態の実施例1に係るガス拡散層用撥水ペーストにおいては、界面活性剤として、HLB=10.5の非イオン性界面活性剤であるポリオキシエチレンアルキルエーテルとしてのポリオキシエチレントリデシルエーテルを添加することによって、降伏値が温度の上昇に従って増大するという従来にはない特性を持たせることができ、この特性を利用して、充填時には冷却して基材への塗工時には常温に戻すことによって、塗面でのピンホールの発生も、塗工後の基材への染み込みも、確実に防止することができる。
【0048】
このようにして、本実施の形態に係るガス拡散層用撥水ペーストは、簡単な成分組成で製造することができ、焼成残渣を生ずる増粘剤を添加することなく塗工性能を確保することができるとともに、塗工ヘッド等に充填する際にエアーを巻き込むことがない拡散層用撥水ペーストとなる。
【0049】
本実施の形態においては、ガス拡散層用撥水ペーストの25℃における降伏値が12.5Pa、10℃における降伏値が2.6Paである場合について説明したが、降伏値はこれらの値に限られるものではなく、25℃における降伏値が6Pa〜20Paの範囲内で、かつ、10℃における降伏値が0.1Pa〜5Paの範囲内であれば良い。なお、25℃における降伏値が10Pa〜20Paの範囲内、10℃における降伏値が1Pa〜3Paの範囲内であることが、より好ましい。
【0050】
また、本実施の形態においては、界面活性剤として、親水親油バランス(HLB)が10.5のポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤としての、ポリオキシエチレントリデシルエーテル(アルキル基の炭素数が13,エチレンオキサイドの付加モル数が5)を用いた場合について説明したが、界面活性剤としてはこれに限られるものではない。
【0051】
なお、界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテルを用いることが好ましく、ポリオキシエチレンアルキルエーテルのアルキル基の炭素数が10〜15の範囲内で、エチレンオキサイドの付加モル数が3〜7の範囲内であることが、より好ましい。また、界面活性剤としては、HLBが10〜11の範囲内のポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤を用いることが好ましい。
【0052】
更に、本実施の形態においては、濃度19%のカーボンブラックスラリー74.0重量部に対して、PTFEディスパージョンを19.1重量部の割合で混合したものに、界面活性剤を6.9重量部の割合で添加してなるガス拡散層用撥水ペーストについて説明したが、カーボンブラックスラリーの濃度並びにPTFEディスパージョン及び界面活性剤の配合比については、これらに限定されるものではない。
【0053】
なお、カーボンブラックスラリー中のカーボンブラック固形分100重量部に対して、フッ素樹脂ディスパージョンをフッ素樹脂固形分で5重量部〜80重量部の範囲内とし、界面活性剤を3重量部〜30重量部の範囲内とすることが好ましい。また、カーボンブラックスラリー中のカーボンブラック固形分100重量部に対して、フッ素樹脂ディスパージョンをフッ素樹脂固形分で10重量部〜40重量部の範囲内とし、界面活性剤を5重量部〜20重量部の範囲内とすることが、より好ましい。
【0054】
本発明を実施するに際しては、ガス拡散層用撥水ペーストのその他の構成、成分、材料、配合、形状、大きさ、製造方法等についても、本実施の形態に限定されるものではない。なお、本発明の実施の形態で上げている数値は、臨界値を示すものではなく、実施に好適な好適値を示すものであるから、上記数値を若干変更しても実施を否定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】図1は本発明の実施の形態に係るガス拡散層用撥水ペーストの温度に対する粘度変化を比較例と比較して示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質膜を中心として構成される固体高分子型燃料電池のガス拡散層を形成するためのガス拡散層用撥水ペーストであって、
カーボンブラックスラリーと、フッ素樹脂ディスパージョンと、界面活性剤とを混合してなり、
25℃における降伏値が6Pa〜20Paの範囲内で、かつ、10℃における降伏値が0.1Pa〜5Paの範囲内であることを特徴とするガス拡散層用撥水ペースト。
但し、前記降伏値は、下記の方法で測定したものである。
測定器:ばね緩和測定機能付き粘度計
コーンロータのコーン角度:1°34′
測定モード:ばね緩和モード
ばね巻上げ率:50%
測定時間:200秒
【請求項2】
前記界面活性剤は、親水親油バランス(HLB)が10〜11の範囲内のポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤であることを特徴とする請求項1に記載のガス拡散層用撥水ペースト。
【請求項3】
前記界面活性剤はポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤としてのポリオキシエチレンアルキルエーテルであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のガス拡散層用撥水ペースト。
【請求項4】
前記ポリオキシエチレンアルキルエーテルは、アルキル基の炭素数が10〜15の範囲内で、かつ、エチレンオキサイドの付加モル数が3〜7の範囲内であることを特徴とする請求項3に記載のガス拡散層用撥水ペースト。
【請求項5】
前記カーボンブラックスラリー中のカーボンブラック固形分100重量部に対して、前記フッ素樹脂ディスパージョンをフッ素樹脂固形分で5重量部〜80重量部の範囲内で、前記界面活性剤を3重量部〜30重量部の範囲内で、それぞれ混合してなることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1つに記載のガス拡散層用撥水ペースト。

【図1】
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【公開番号】特開2009−301792(P2009−301792A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−153121(P2008−153121)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【出願人】(000100780)アイシン化工株式会社 (171)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】