説明

ガラスおよび化学強化ガラス

【課題】泡品質に優れ、化学強化可能な、装飾用途に好適な特性を持った化学強化ガラスの製造方法の提供。
【解決手段】下記酸化物基準のモル百分率表示で、SiOを50〜75%、Alを1〜15%、NaOを6〜21%、KOを0〜15%、MgOを0〜15%、CaOを0〜20%、ΣRO(Rは、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn)を0〜21%、ZrOを0〜5%、Feを1.5〜6%、Coを0.1〜1%含有するガラスを化学強化することを特徴とする化学強化ガラスの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AV機器・OA機器等の操作パネル、同製品の開閉扉、操作ボタン・つまみ、または装飾品などに用いられるガラスおよび化学強化ガラスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、AV機器・OA機器等の操作パネルなどには、アルミニウムなどの金属調パネルの他黒色のパネルが多用されている。特にAV機器等では、使用時においては映像や音楽への集中を妨げないよう機器自体の存在を強く主張せず、なおかつ重厚感、高級感が得られる黒色が多用されている。
【0003】
このような黒色パネルやその操作ボタン・つまみ類は、一般的には黒色樹脂または金属部品に黒色塗装されたものが使用されている。しかし、塗装など表面処理されたものでは塗装面が傷つきやすく、経年的に剥離のおそれがある。また、基体そのものが着色された黒色樹脂では、剥離の心配はないものの、樹脂自体が傷つきやすいうえ質感そのものが安っぽいため、高級品に求められる上品で格調高いイメージにそぐわない場合がある。
【0004】
また、上記のような機器の操作ボタンを隠す開閉扉についても同様のことが言え、金属の場合、何らかの着色塗装が必要であり、樹脂の場合では剛性が不十分で表面の平坦性や歪みが重厚感、高級感を損なう。
【0005】
このため一部製品では、操作パネルや開閉扉の基体としてガラスを使用したものが知られている。基体がガラスの場合、樹脂と異なり傷がつきにくく十分な剛性があり、表面を研磨することにより高度に平坦な表面が得られる。ただし、汎用的に用いられるガラスは透明であるため、ガラス板の背面側に有機樹脂塗料を塗布するかまたは黒色顔料を含む低融点ガラスを塗布・焼成するなどして黒色パネルとしている。背面を黒色塗装したガラスは、非塗装面側から見た場合、表面反射と裏面反射が生じるため、きらきらした印象となる。
【0006】
他方、こうした裏面反射を生じさせないために、ガラス自体に着色剤を添加した黒色ガラスが使われる場合もある。黒色ガラスでは裏面反射が生じないため、漆黒の重厚な印象を与えやすい。
【0007】
操作パネルの装飾目的で、金属筐体等の前面に黒色ガラスを貼着して用いる場合には必須ではないが、構造材として開口部をガラスで覆う場合や開閉扉に黒色ガラスを使用する場合には、ガラスの強度を高めることが求められる。
【0008】
ガラスの強度を高める方法として、ガラス表面に圧縮応力層を形成させる手法が一般的に知られている。
ガラス表面に圧縮応力層を形成させる手法としては、軟化点付近まで加熱したガラス板
表面を風冷などにより急速に冷却する風冷強化法(物理強化法)と、ガラス転移点以下の
温度でイオン交換によりガラス板表面のイオン半径が小さなアルカリ金属イオン(典型的
にはLiイオン、Naイオン)をイオン半径のより大きいアルカリイオン(典型的にはK
イオン)に交換する化学強化法が代表的である。
【0009】
前述したような装飾用ガラスの厚さは通常2mm以下の厚みで使用されることが多い。このように薄いガラス板に対して風冷強化法を適用すると、表面と内部の温度差がつきにくいために圧縮応力層を形成することが困難であり、目的の高強度という特性を得ることができない。また、風冷強化では、冷却温度のばらつきにより、特に薄板については平面性を損なう懸念が大きく、本発明の目的である質感を損なう可能性がある。これらの点から、後者の化学強化法によって強化できることが好ましい。
【0010】
化学強化可能であって、かつ黒色を呈するガラスとして、特許文献1に記載のガラスが知られている。特許文献1に記載のガラスは、アルミノケイ酸塩ガラスに高濃度の酸化鉄を含有させたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特公昭45−16112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記特許文献1に開示された実施例では、清澄剤として亜ヒ酸を使用している。亜ヒ酸は毒物であり、製造工程はもとより製品のライフサイクルを通じて環境に与える悪影響が懸念される。
【0013】
このため、本発明者は特許文献1の実施例に開示されたガラス組成を亜ヒ酸を添加せずに溶融したところ、非常に泡抜けすなわち脱泡性が悪く、残存泡の多いガラスしか得られないことが判明した。すなわち、溶融したガラスをブロック状にキャストした後、板状にスライスして表面を研磨したところ、研磨した表面にガラス中の泡が切断されてできたあばた状のくぼみ(以下、オープン泡と称す)が多数露出しているのが確認された。
【0014】
上述のような装飾用途では、外観品質上の要求からオープン泡が存在するガラスは使用できないため、製品歩留が極めて低くなる問題がある。また、オープン泡が割れの起点となって強度が低下する懸念がある。
本発明は、装飾用途に好適な特性、すなわち、泡品質に優れ、化学強化可能なガラスおよび装飾用途に好適な化学強化ガラスの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、下記酸化物基準のモル百分率表示で、SiOを50〜75%、Alを1〜15%、NaOを6〜21%、KOを0〜15%、MgOを0〜15%、CaOを0〜20%、ΣRO(Rは、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn)を0〜21%、ZrOを0〜5%、Feを1.5〜6%、Coを0.1〜1%含有するガラス(以下、本発明のガラスということがある)を提供する。
【0016】
また、下記酸化物基準のモル百分率表示で、SiOを50〜75%、Alを1〜15%、NaOを6〜21%、KOを0〜15%、MgOを0〜15%、CaOを0〜20%、ΣRO(Rは、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn)を0〜21%、ZrOを0〜5%、Feを1.5〜6%、Coを0.1〜1%含有し、表面から深さ方向に6〜70μmの圧縮応力層を有することを特徴とする化学強化ガラス(以下、本発明の化学強化ガラスということがある)を提供する。
【0017】
また、本発明のガラスまたは化学強化ガラスであって、Co/Fe比が0.01〜0.5であるものを提供する。
また、本発明のガラスまたは化学強化ガラスであって、SOを0.005〜0.5%含有するものを提供する。
また、本発明のガラスまたは化学強化ガラスであって、鉄レドックスが10〜50%であるものを提供する。
【0018】
また、本発明のガラスまたは化学強化ガラスであって、厚み0.5mmでの可視光透過率が30%以下であるものを提供する。
また、本発明のガラスまたは化学強化ガラスであって、600nmにおける透過率を1と規格化したときの、550nm透過率および450nm透過率の相対値がいずれも1以上であるものを提供する。
また、本発明の化学強化ガラスであって、最大厚さが2mm以下であるものを提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、泡品質が良好なガラスを環境負荷を低くしつつ安定的に得ることができる。また、硫酸塩による清澄に好適なガラスが得られる。
また、本発明のガラスは、化学強化可能であり、薄い肉厚で高強度が求められる用途、たとえば装飾用途にも好適に用いることができる。
また、本発明の化学強化ガラスはマイクロクラックによる破壊が起こりにくく、また、仮に破壊した場合であっても細片となって粉々に飛散することは起こりにくく安全面で優れる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に本発明のガラスの組成について、特に断らない限りモル百分率表示含有量を用い
て説明する。なお、本発明の化学強化ガラスは本発明のガラスを化学強化したものであるので、本発明の化学強化ガラスのガラス組成の説明は省略する。
SiOはガラスの骨格を構成する成分であり必須である。50%未満ではガラスとし
ての安定性が低下する、または耐候性が低下する。好ましくは55%以上である。より好ましくは60%以上である。
SiOが75%超ではガラスの粘性が増大し溶融性が著しく低下する。好ましくは7
0%以下、典型的には68%以下である。
【0021】
Alはガラスの耐候性を向上させる成分であり、必須である。1%未満では耐候性が低下する。好ましくは2%以上、典型的には3%以上である。
Alが15%超ではガラスの粘性が高くなり均質な溶融が困難になる。好ましく
は11%以下、より好ましくは8%以下、典型的には7%以下である。
【0022】
NaOはガラスの溶融性を向上させる成分であり、またイオン交換により表面圧縮応力層を形成させるため、必須である。6%未満では溶融性が悪く、またイオン交換により所望の表面圧縮応力層を形成することが困難となる。好ましくは7%以上、典型的には8%以上である。
NaOが21%超では耐候性が低下する。好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下、典型的には13%以下である。
【0023】
Oは溶融性を向上させる成分であるとともに、化学強化におけるイオン交換速度を
大きくする作用があるため、本発明において必須ではないが含有することが好ましい成分である。KOを含有する場合、1%未満では溶融性向上について有意な効果が得られない、またはイオン交換速度向上について有意な効果が得られないおそれがある。典型的には2%以上である。
Oが15%超では耐候性が低下する。好ましくは10%以下、典型的には5%以
下である。
【0024】
MgOは溶融性を向上させる成分であり、必須ではないが必要に応じて含有することができる。MgOを含有する場合、1%未満では溶融性向上について有意な効果が得られないおそれがある。典型的には5%以上である。
MgOが15%超では耐候性が低下する。好ましくは13%以下、典型的には12%以
下である。
【0025】
CaOは溶融性を向上させる成分であり、必要に応じて含有することができる。CaOを含有する場合、1%未満では溶融性向上について有意な効果が得られない。典型的には5%以上である。
CaOが20%超では耐候性が低下する。好ましくは15%以下、典型的には10%以
下である。
【0026】
RO(Rは、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn)は溶融性を向上させる成分であり、必須ではないが必要に応じていずれか1種以上を含有することができる。その場合ROの含有量の合計ΣRO(Rは、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn)は1%以上であることが好ましい。1%未満では溶融性が低下するおそれがある。好ましくは5%以上、典型的には10%以上である。
ΣRO(Rは、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn)が21%超では耐候性が低下する。好ましくは20%以下、より好ましくは18%以下、典型的には16%以下である。
【0027】
ZrOはイオン交換速度を大きくする成分であり、必須ではないが必要に応じて含有することができる。ZrOを含有する場合、1%未満ではイオン交換速度向上について有意な効果が得られない。典型的には2%以上である。
ZrOが5%超では溶融性が悪化して未溶融物としてガラス中に残る場合が起こるおそれがある。好ましくは4%以下、典型的には3%以下である。
【0028】
Feはガラスを濃色に着色するための必須成分である。Feで表した全鉄含有量が1.5%未満では、所望とする黒色のガラスが得られない。好ましくは2%以上、より好ましくは3%以上である。
Feが6%超では、ガラスが不安定となり失透を生じる。好ましくは5%以下、より好ましくは4%以下である。
【0029】
この全鉄のうちのFeで換算した2価の鉄の含有量の割合(鉄レドックス)が10〜50%、特には15〜40%であることが好ましい。20〜30%であるともっとも好ましい。鉄レドックスが10%より低いとSOを含有する場合その分解が進まず期待する清澄効果が得られないおそれがある。50%より高いと清澄前にSOの分解が進みすぎて期待する清澄効果が得られない、あるいは、泡の発生源となり泡個数が増加するおそれがある。
【0030】
Coは鉄との共存下において脱泡効果を奏するため、本発明において必須である。すなわち、高温状態で3価の鉄が2価の鉄となる際に放出するO泡をコバルトが酸化される際に吸収するため、結果としてO泡が削減され脱泡効果が得られる。
さらにCoはSOと共存させることにより清澄作用をより高める成分である。すなわち、たとえばボウ硝(NaSO)を清澄剤として使用する場合、SO→SO+1/2Oの反応を進めることで泡抜けが良くなるため、ガラス中の酸素分圧は低い方が好ましい。鉄を含むガラスにおいてコバルトを共添加することにより、鉄の還元による酸素の放出をコバルトの酸化により抑制することで、SOの分解が促進され、泡欠点の少ないガラスを作製することができる。
【0031】
また、化学強化のためにアルカリ金属を比較的多量に含むガラスは、ガラスの塩基性度が高くなるため、SOが分解しにくくなり、清澄効果が低下する。SOが分解しにくい化学強化用ガラスで、鉄を含むガラスにおいて、コバルトはSOの分解を促進するために特に有効である。
このような清澄作用を発現させるためにCoは0.1%以上とされ、好ましくは0.2%以上、典型的には0.3%以上である。1%超では、ガラスが不安定となり失透を生じる。好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.6%以下である。
【0032】
CoとFeのモル比Co/Fe比が0.01未満であると前記の効果が得られなくなるおそれがある。好ましくは0.05以上、典型的には0.1以上である。Co/Fe比が0.5超であると、逆に泡の発生源となり、ガラスの溶け落ちが遅くなったり、泡個数を増加するおそれがある。好ましくは0.3以下、より好ましくは0.2以下である。
【0033】
SOは必須ではないが清澄剤として作用する成分である。SOを含有する場合0.005%未満では期待する清澄作用が得られない。好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.02%以上である。0.03%以上がもっとも好ましい。また0.5%超では逆に泡の発生源となり、ガラスの溶け落ちが遅くなったり、泡個数が増加するおそれがある。好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.2%以下である。0.1%以下がもっとも好ましい。
【0034】
LiOは溶融性を向上させるための成分であり、必須ではないが必要に応じて含有することができる。LiOを含有する場合、1%未満では溶融性向上について有意な効果が得られないおそれがある。好ましくは3%以上であり、典型的には6%以上である。
LiOが15%超では耐候性が低下するおそれがある。好ましくは10%以下、典型的には5%以下である。
【0035】
SrOは溶融性を向上させるための成分であり、必須ではないが必要に応じて含有することができる。SrOを含有する場合、1%未満では溶融性向上について有意な効果が得られないおそれがある。好ましくは3%以上であり、典型的には6%以上である。
SrOが15%超では耐候性が低下するおそれがある。好ましくは12%以下、典型的には9%以下である。
【0036】
BaOは溶融性を向上させるための成分であり、必須ではないが必要に応じて含有することができる。BaOを含有する場合、1%未満では溶融性向上について有意な効果が得られないおそれがある。好ましくは3%以上であり、典型的には6%以上である。
BaOが15%超では耐候性が低下するおそれがある。好ましくは12%以下、典型的には9%以下である。
【0037】
ZnOは溶融性を向上させるための成分であり、必須ではないが必要に応じて含有することができる。ZnOを含有する場合、1%未満では溶融性向上について有意な効果が得られないおそれがある。好ましくは3%以上であり、典型的には6%以上である。
ZnOが15%超では耐候性が低下するおそれがある。好ましくは12%以下、典型的には9%以下である。
【0038】
は耐候性を向上させる成分であり、必須ではないが必要に応じて含有することができる。Bを含有する場合、1%未満では耐候性向上について有意な効果が得られないおそれがある。好ましくは3%以上であり、典型的には6%以上である。
が15%超では揮散による脈理が発生し、歩留まりが低下するおそれがある。好ましくは12%以下、典型的には9%以下である。
【0039】
TiOは、耐候性を向上させる成分であり、必須ではないが必要に応じて含有することができる。TiOを含有する場合、1%未満では耐候性向上について有意な効果が得られないおそれがある。好ましくは3%以上であり、典型的には5%以上である。
TiOが12%超ではガラスが不安定になり、失透が生じるおそれがある。好ましくは10%以下、典型的には8%以下である。
本発明のガラスの着色成分は本質的に鉄であるが、本発明の目的を損なわない範囲で、V、CrO、MnO、CuO、MoO、CeO、その他の成分を含有してもよい。そのような成分を含有する場合、それら成分の含有量の合計は3%以下であることが好ましく、典型的には1%以下である。
【0040】
本発明のガラスの清澄剤は本質的にCoであり、必要に応じてSOを用いてもよいが、本発明の目的を損なわない範囲で、Sb、SnO、Cl、F、その他の成分を含有してもよい。そのような成分を含有する場合、それら成分の含有量の合計は1%以下であることが好ましく、典型的には0.5%以下である。
【0041】
本発明のガラスは、典型的には、SiOを50〜75%、Alを1〜15%、NaOを6〜20%、KOを0〜15%、MgOを0〜15%、CaOを0〜20%、ΣRO(Rは、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn)を0〜20%、ZrOを0〜5%、Feを1.5〜6%、Coを0.1〜1%、SOを0.005〜0.5%含有してなる。
【0042】
本発明のガラスの製造方法は特に限定されないが、たとえば種々の原料を適量調合し、約1500〜1600℃に加熱し溶融した後、脱泡、攪拌などにより均質化し、周知の、ダウンドロー法、プレス法などによって板状に、またはキャストしてブロック状に成形し、徐冷後所望のサイズに切断、必要に応じ研磨加工を施して製造される。
【0043】
化学強化の方法としてはガラス板表層のNaOと溶融塩中のKOとをイオン交換で
きるものであれば特に限定されないが、たとえば加熱された硝酸カリウム(KNO)溶
融塩にガラス板を浸漬する方法が挙げられる。
ガラス板に所望の表面圧縮応力を有する化学強化層(表面圧縮応力層)を形成するため
の条件はガラス板の厚さによっても異なるが、400〜550℃のKNO溶融塩に2〜
20時間ガラス基板を浸漬させることが典型的である。
【0044】
本発明の化学強化ガラスは、上記製造方法によって所望の形状に成形された本発明のガラスに上記化学強化の方法を適用することにより製造できる。このとき、化学強化によって生じる表面圧縮応力層の厚みは、6〜70μmとされる。その理由は、以下のとおりである。
【0045】
装飾用途に用いられるガラスの製造においては、通常ガラスの研磨が行われるが、その最終段階の研磨に使用される研磨砥粒の粒径は2〜6μmが典型的であり、このような砥粒によって、ガラス表面には最終的に最大5μmのマイクロクラックが形成されると考えられる。化学強化による強度向上効果を有効なものとするためには、ガラス表面に形成されるマイクロクラックより深い表面圧縮応力層があることが必要であるため、化学強化によって生じる表面圧縮応力層の厚みは6μm以上とされる。また、使用時に表面圧縮応力層の厚みを超える傷がつくとガラスの破壊につながるため、表面圧縮応力層は厚い方が好ましく、より好ましくは10μm以上、さらに好ましくは20μm以上、典型的には30μm以上である。
【0046】
一方、表面圧縮応力層が深いと内部引張応力が大きくなり、破壊時の衝撃が大きくなる。すなわち、内部引張応力が大きいとガラスが破壊する際に細片となって粉々に飛散する傾向があり危険性が高まることがわかっている。発明者らによる実験の結果、厚さ2mm以下のガラスでは、表面圧縮応力層の深さが70μmを超えると、破壊時の飛散が顕著となることが判明した。したがって、本発明の化学強化ガラスにおいては表面圧縮応力層の厚みは70μm以下とされる。装飾用ガラスとして用いる場合その用途にもよるが、たとえば、AV機器・OA機器等の操作パネルなどの載置型の機器に較べて表面に接触傷がつく確率が高い携帯機器等の用途では、安全をみて表面圧縮応力層の厚みを薄くしておくことも考えられ、より好ましくは60μm以下、さらに好ましくは50μm以下、典型的には40μm以下である。
【実施例】
【0047】
表1、2の例1〜12(例1〜9は実施例、例10〜12は比較例)について、表中にモル百分率表示で示す組成になるように、酸化物、水酸化物、炭酸塩、硝酸塩等一般に使用されているガラス原料を適宜選択し、ガラスとして100mlとなるように秤量し、また例1〜8の実施例と例10の比較例についてはボウ硝(NaSO)を添加したものについて混合した。なお、表に記載のSOは、ボウ硝分解後にガラス中に残る残存SOであり、組成分析にて評価した値であり、*を付したものはボウ硝添加量から推定した残存SO量である。また、表中のCo/Feは前記Co/Fe比である。
また、例8は例10の組成にCoを0.9%外割り添加したものに相当し、例9は例11の組成にCoを0.9%外割り添加したものに相当する。
【0048】
ついで、この原料混合物を白金製るつぼに入れ、1550℃の抵抗加熱式電気炉に投入し、約0.5時間で原料が溶け落ちた後、1時間溶融し、脱泡した後、およそ300℃に予熱した縦約50mm×横約100mm×高さ約20mmの型材に流し込み、約1℃/分の速度で徐冷し、ガラスブロックを得た。このガラスブロックからサイズが40mm×40mm、厚みが0.5mmになるように切断、研削し、最後に両面を鏡面に研磨加工し、板状のガラスを得た。
また、表3の例13〜15は実施例であるが、このような板状のガラスの作製は行わなかった。
【0049】
得られた板状のガラスについて、鉄レドックス(単位:%)、泡個数(単位:個/cm−3)、波長600nmにおける透過率に対する波長550nm、波長450nmにおける透過率の比T550’、T450’を測定した結果を表1、2に併記する。なお、表中の*を付した値は推定値または計算値である。
【0050】
鉄レドックスは、メスバウアー分光法によりFeに換算した全鉄中のFeに換算した2価の鉄の割合を%表示で示した。具体的には、放射線源(57Co)、ガラス試料(上記ガラスブロックから切断、研削、鏡面研磨した3〜7mm厚のガラス平板)、検出器(LND社製45431)を直線上に配置する透過光学系での評価を行った。光学系の軸方向に対して放射線源を運動させ、ドップラー効果によるγ線のエネルギー変化を起こさせた。室温で得られたメスバウアー吸収スペクトルを用いて、2価のFeと3価のFeの割合を算出し、2価のFeの割合を鉄レドックスとした。
【0051】
泡個数は前記板状のガラスを高輝度光源(林時計工業社製、LA−100T)下で、0.05cmの領域の泡個数を4箇所測定し、その測定値の平均値を20倍して単位体積当たりに換算した値を示した。
【0052】
透過率は、前記板状のガラスを各サンプルごとに紫外可視近赤外分光光度計(PerkineLmer社製、商品名:LAMBDA 950)を用いて分光測定し、600nmにおける透過率を1と規格化したときの、550nm透過率および450nm透過率を相対値として示した。また、JIS−R3106に準じて測定した、厚みが0.5mmでのA光源における可視光線透過率をTva(単位:%)として示した。
この結果、本発明の実施例のガラスの鉄レドックスは、メスバウアー分光の結果から、いずれもSOの分解に適する10〜50%の範囲にあることがわかる。
【0053】
泡個数については、ボウ硝(NaSO)、Coのいずれも添加していない例11、12(比較例)に比べて、ボウ硝(NaSO)を添加した例10(比較例)の方が泡個数が少なくなっているが、ボウ硝(NaSO)を添加せずCoを添加した本発明の実施例である例9の方が泡個数は少なく、ボウ硝(NaSO)とCoを共に添加した例1〜8(実施例)のガラスでは、さらに泡個数が減少する傾向を示しており、SOとCoとを共存させることにより、清澄性が改善され、より泡品質に優れたガラスが得られる。
【0054】
なお、上記実施例では、ボウ硝(NaSO)およびCoの効果を確認するため、溶融温度・溶解時間を一定にして試験を行ったが、溶融温度を高くする、または溶融時間を長くすることにより泡個数をさらに減少させることができる。上記用途(AV機器・OA機器等の操作パネル、同製品の開閉扉、操作ボタン・つまみ)では、量産時の歩留を考えた場合、100μmを超える泡の個数が、1個/cm以下であることが好ましい。より好ましくは0.5個/cm以下である。
【0055】
上記透過率評価の結果から、厚み0.5mm、A光源での可視光透過率Tvaを示すと、自動車用のプライバシーガラスなどとは異なり、本発明のガラスが黒色であることがわかる。典型的なプライバシーガラスのA光源下での可視光透過率Tvaは厚み4〜5mmで約10%である。本発明においては、厚み0.5mmでの可視光透過率Tvaが、30%以下であると好ましく、10%以下であるとより好ましい。5%以下であるとさらに好ましく、1%以下であるともっとも好ましい。
【0056】
また、上記透過率評価の結果から、着色剤としてFeのみを含有する比較例である例10〜12のガラスは、相対的に450nm、550nmにおける透過率に比べて600nm透過率が非常に高くなっており、ガラスが褐色に見え、この点で漆黒の色調が求められる装飾用途では歩留の低下原因となる。これに対し、Coを添加した実施例である例1〜9のガラスは、相対的に600nm透過率に比べて450nmおよび550nmの透過率が高くなっており、漆黒の色調となる。ガラスの色調を漆黒に見える黒色にコントロールしようとする場合、Coは0.1%以上含有させることが好ましい。
【0057】
なお、上記用途(AV機器・OA機器等の操作パネル、同製品の開閉扉、操作ボタン・つまみ)を想定した場合、ガラスの背面に光源がない状態、すなわち、反射光のみを用いてガラスを観察した際に他の色に見えない黒色とするためには、上記のように厚み0.5mmでの可視光透過率Tvaが30%以下で、かつ600nmにおける透過率を1と規格化したときの、550nm透過率および450nm透過率の相対値T550’、T450’がいずれも1以上であることが好ましい。このようなガラスであれば、前方ないし側方から光が当たった場合でも落ち着いた漆黒の色調を再現することができる。
これらガラスについて化学強化処理するときはたとえば次のようにする。すなわち、これらガラスを450℃のKNO溶融塩にそれぞれ6時間浸漬し、化学強化処理する。各ガラスについて、深さ方向のカリウム濃度分析を行うと、表面から50〜100μmの深さでイオン交換が起こり、圧縮応力層が生じる。
【0058】
例1〜5、8、11、12のガラスについて次のようにして化学強化処理を行った。すなわち、これらガラスを450℃のKNO溶融塩にそれぞれ6時間浸漬し、化学強化処理した。化学強化処理後の各ガラスについて、EPMAを用い深さ方向のカリウム濃度分析を行った結果を表面圧縮応力層深さt(単位:μm)として表1、2に示す。なお、例6、7、9、10、13〜15についてもtの推定値を示す。
表中に示すとおり、前記化学強化処理条件において所望の表面圧縮応力層深さが得られており、この結果から必要十分な強度向上効果が得られていると考えられる。
【0059】
さらに、実施例3のガラスについては化学強化処理条件、すなわち、KNO溶融塩濃度を100%、99%、KNO溶融塩温度を400℃、425℃、450℃、溶融塩への浸漬時間を4時間、6時間、8時間と変化させたときの表面圧縮応力層深さを上記と同様に測定した。その結果を表4に示す。本発明のガラスは、これら化学強化条件を変化させることにより、所望の表面圧縮応力層深さを得ることが可能である。
【0060】
また、化学強化処理後のガラスに対しても上記と同様にして鉄レドックス(単位:%)、波長600nmにおける透過率に対する波長550nm、波長450nmにおける透過率の比T550’、T450’およびJIS−R3106に準じて測定した、厚みが0.5mmでのA光源における可視光線透過率Tva(単位:%)を測定したが、いずれも化学強化前の値と変化ないことを確認した。また、目視による色調に変化がないことも確認した。
したがって、本発明のガラスは、所望の色調を損なうことなく化学強化により強度を求められる用途にも使用でき、ガラスの装飾用途への適用範囲を拡大することができる。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
【表3】

【0064】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0065】
AV機器・OA機器等の操作パネル、同製品の開閉扉、操作ボタン・つまみ、またはデジタル・フォト・フレームやTVなどの画像表示パネルの矩形状の表示面の周囲に配置される装飾パネル等の装飾品などに利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記酸化物基準のモル百分率表示で、SiOを50〜75%、Alを1〜15%、NaOを6〜21%、KOを0〜15%、MgOを0〜15%、CaOを0〜20%、ΣRO(Rは、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn)を0〜21%、ZrOを0〜5%、Feを1.5〜6%、Coを0.1〜1%含有するガラスを化学強化することを特徴とする化学強化ガラスの製造方法。
【請求項2】
前記ガラスがSrOを0〜15%、BaOを0〜15%、ZnOを0〜15%含有する請求項1に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項3】
前記ガラスのCo/Fe比が0.01〜0.5である請求項1または2に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項4】
前記ガラスがSOを0.005〜0.5%含有することを特徴とする請求項1、2または3に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項5】
前記ガラスの鉄レドックスが10〜50%である請求項1ないし4のいずれかに記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項6】
前記ガラスの厚み0.5mmでの可視光透過率が30%以下である請求項1ないし5のいずれかに記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項7】
前記ガラスの600nmにおける透過率を1と規格化したときの、前記ガラスの550nm透過率および450nm透過率の相対値がいずれも1以上である請求項1ないし6のいずれかに記載の化学強化ガラスの製造方法。

【公開番号】特開2012−211083(P2012−211083A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−176055(P2012−176055)
【出願日】平成24年8月8日(2012.8.8)
【分割の表示】特願2009−285377(P2009−285377)の分割
【原出願日】平成21年12月16日(2009.12.16)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】