説明

ガラス板切断方法

【課題】溶断前後の予備加熱時および徐冷時に与えられる熱エネルギーの損失を可及的に低減することにより、ガラス板の破損や熱的残留歪の発生を確実に抑制する。
【解決手段】ガラス基板Gの切断予定線CLに沿って溶断用レーザビームLB1と徐冷用レーザビームLB2を照射して、切断予定線CLを境界として、ガラス基板Gを製品部Gaと非製品部Gbに溶断分離する。この際、切断予定線CLに沿う溶断進行方向で、徐冷用レーザビームLB2の照射領域SP2の寸法を溶断用レーザビームLB1の照射領域SP1の寸法よりも大きくする。そして、徐冷用レーザビームLB2の照射領域SP2が、溶断用レーザビームLB1の照射領域SP1の溶断進行方向の前後に跨るように、徐冷用レーザビームLB2の照射領域SP2を溶断用レーザビームLB1の照射領域SP1にオーバーラップさせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス板を溶断する切断技術の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ガラス板を切断する方法としては、ガラス板の表面にスクライブ線を形成した後に、そのスクライブ線に曲げ応力を作用させて割断する方法(曲げ応力による割断)や、ガラス板に初期亀裂を形成した後に、その初期亀裂をレーザの照射熱で進展させ、割断するレーザ割断(熱応力による割断)が用いられている。
【0003】
しかしながら、曲げ応力による割断では、微小ガラス粉の発生を回避できず、その微小ガラス粉は切断後の洗浄においても容易に除去できないという問題がある。このような問題は、高度な清浄性が要求されるディスプレイ用途等のガラス基板において特に問題となる。また、曲げ応力による割断では、ガラス板の切断端部が角張った形状を呈しており、欠けなどの欠陥が生じやすいため、切断後にガラス板の切断端部に対して面取り加工を施す必要が生じてしまう。
【0004】
一方、レーザ割断では、ほぼ無欠陥でガラス板を割断することができるものの、割断したガラス板を分離する際に、ガラス板の切断端面同士の接触を回避することは極めて困難である。そのため、分離時に、ガラス板の切断端面同士の擦れなどによって、切断端面に微小欠陥が形成される可能性がある。また、レーザ割断でも、上記の曲げ応力による割断と同様に、ガラス板の切断端部が角張った形状を呈していることから、切断後に面取り加工を施す必要がある。
【0005】
このような問題に対処する切断方法として、レーザ溶断が注目されている。
【0006】
レーザ溶断は、レーザビームの照射熱によってガラス基板の一部を溶融除去しながら、ガラス板を切断する方法である。そのため、レーザ溶断では、不要ガラスの溶融除去により溶断端面(切断端面)間に所定のクリアランスが形成され、分離時にガラス板の溶断端面同士が接触するという事態も確実に回避することができる。また、溶断時の熱により、面取り加工を同時に行うことができ、従来の面取り加工による効果と同等以上の効果を端面に与えることも可能である。
【0007】
ただし、このようなレーザ溶断であっても、実用上においては課題がある。すなわち、ガラス板をレーザビームで溶断する際に、そのレーザビームの照射領域の近傍に熱応力が生じるという問題である。この熱応力が大きければ、ガラス板に反りなどの変形が生じたり、或いは、ガラス板が破損する場合がある。また、この熱応力が生じた状態で溶断部の冷却が完了すると、溶断部には熱的残留歪が生じる。この熱的残留歪が大きい場合においても、ガラス板が破損する場合がある。
【0008】
そこで、例えば特許文献1には、デフォーカスしたレーザビームでガラス基板を予備加熱した後、微小点に集光したレーザビームでガラス板を溶断し、更にその後に、再びデフォーカスしたレーザビームで徐冷することで、熱歪を低減することが開示されている。そして、同文献では、ガラス基板の切断予定線上に、予備加熱用のレーザビームの出力端、溶断用のレーザビームの出力端、および徐冷用のレーザビームの出力端(レーザ照射器)がそれぞれ配列されており、それぞれのレーザビームの照射領域が互いに間隔を置いて独立した状態となっている。
【0009】
なお、上記のように溶断途中にこれと並行して徐冷を行う代わりに、溶断完了後に分離されたガラス板に個別に徐冷(アニール)を施すことも考えられるが、この場合には次のような問題が生じる。すなわち、溶断途中あるいはそれ以後に、ガラス板に熱応力又は熱的残留歪が生じてしまうと、その時点でガラス板が破損するおそれがある。したがって、溶断途中にこれと並行して徐冷を行うことが肝要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭60−251138号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1では、ガラス板の上方空間に配列された3つのレーザ照射器のそれぞれの照射領域が、互いに間隔を置いて独立していることから、それぞれの照射領域の間で供給した熱エネルギーに損失が生じ得る。予備加熱を行う照射領域と、溶断を行う照射領域との間では、ガラス板の温度をより高温にする必要があることから、この2つの領域の間に熱エネルギーが失われると、予備加熱効果が低下して無駄が生じてしまう。また、予備加熱効果が低下すると、溶断時におけるガラス板の温度上昇幅が大きくなるため、熱衝撃によりガラス板が破損するおそれもある。さらに、溶断を行う照射領域と、徐冷を行う照射領域が離れていると、この2つの領域の間でも熱エネルギーが失われてしまうと共に、この2つの領域の間で溶断されたガラス板が急激に冷却され、熱衝撃によりガラス板が破損するおそれもある。
【0012】
本発明は、以上の実情に鑑み、溶断前後の予備加熱時および徐冷時に与えられる熱エネルギーの損失を可及的に低減することにより、ガラス板の破損や熱的残留歪の発生を確実に抑制することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために創案された本発明は、ガラス板の切断予定線に沿って溶断用レーザビーム及び徐冷用レーザビームを照射し、前記切断予定線を境界として、前記ガラス板を溶断分離するガラス板切断方法において、前記切断予定線に沿う溶断進行方向で、前記徐冷用レーザビームの照射領域の寸法を前記溶断用レーザビームの照射領域の寸法よりも大きくし、且つ、前記徐冷用レーザビームの照射領域が、前記溶断用レーザビームの照射領域の前記溶断進行方向の前後に跨るように、前記徐冷用レーザビームの照射領域を前記溶断用レーザビームの照射領域にオーバーラップさせたことに特徴づけられる。なお、ここでいう「オーバーラップ」させた状態とは、徐冷用レーザビームの照射領域と溶断用レーザビームの照射領域が互いに重なり部分を有する状態で、徐冷用レーザビームの照射領域が、溶断用レーザビームの照射領域の溶断進行方向の前後に食み出していることをいう。すなわち、溶断進行方向と直交する幅方向では、溶断用レーザビームの照射領域の一部が、徐冷用レーザビームの照射領域から食み出していてもよいし、食み出していなくてもよい。前者の場合、例えば、ガラス板を製品部(良品)と非製品部(非良品)に溶断分離するときに、非製品部側に溶断用レーザビームが食み出しており、且つ、製品部側に徐冷用レーザビームが照射されていれば、実質的に本発明の効果を享受できる。後者の場合、溶断用レーザビームの照射領域の全部が、徐冷用レーザビームの照射領域に包含されることになる。
【0014】
このような方法によれば、徐冷用レーザビームの照射領域によって、溶断用レーザビームの照射領域の溶断進行方向の前後でガラス板が溶断温度以下の所定温度で加熱されることになる。すなわち、徐冷用レーザビームの照射領域のうち、溶断用レーザビームの照射領域の溶断進行方向後方側の領域では徐冷が行われ、溶断用レーザビームの照射領域の溶断進行方向前方側の領域では予備加熱が行われることになる。そのため、溶断の前後で、急激な温度上昇や急激な温度下降による破損、すなわち熱衝撃による破損や熱的残留歪が発生するという事態を可及的に低減することができる。そして、この予備加熱と徐冷の役割を担う徐冷用レーザビームの照射領域が、溶断用レーザビームの照射領域にオーバーラップしているため、予備加熱・溶断・徐冷の各領域が、溶断進行方向において簡単且つ確実に連続する。したがって、ガラス板に対してこれら一連の熱処理が連続的に行われるため、供給する熱エネルギーの損失を抑えて、効率よく熱的残留歪を除去することができる。なお、予備加熱と徐冷のバランスは、徐冷用レーザビームの照射領域に対する溶融用レーザビームの照射領域の相対位置を変更することで容易に調整することができる。
【0015】
上記の方法において、前記ガラス板が製品部と非製品部に溶断分離されると共に、前記徐冷用レーザビームの照射領域が、前記非製品部となる側よりも前記製品部となる側に偏って形成されていることが好ましい。
【0016】
このようにすれば、ガラス板を製品部と非製品部に溶断分離する場合に、ガラス板のうち、製品部となる側に対して優先的に予備加熱処理や徐冷処理を施すことができるので、製品部の熱的残留歪をより確実に低減することが可能となる。
【0017】
上記の方法において、前記溶断用レーザビームの照射領域が、前記溶断進行方向における前記徐冷用レーザビームの照射領域の中心位置よりも前記溶断進行方向の前方側で、前記徐冷用レーザビームの照射領域とオーバーラップすることが好ましい。
【0018】
このようにすれば、徐冷用レーザビームの照射領域のうち、ガラス板の徐冷を行う領域が、ガラス板の予備加熱を行う領域よりも溶断進行方向において長くなる。熱的残留歪は、溶断後に急速に冷却されることにより生じるので、上述のように徐冷を行う領域を長くする方が、熱的残留歪を除去する上では好ましい態様となる。
【0019】
上記の方法において、前記徐冷用レーザビームの照射領域が、前記溶断進行方向に長尺な細長形状をなすようにしてもよい。
【0020】
熱的残留歪は、ガラス板の溶断部近傍に集中的に生じることから、徐冷用レーザビームの照射領域を溶断進行方向に長尺な細長形状(例えば、楕円形状など)にすれば、溶断端部に重点的にレーザビームを照射することができる。したがって、供給する熱エネルギーの無駄を可及的に低減することができる。
【0021】
上記の方法において、前記徐冷用レーザビームが、前記ガラス基板の表面に対して傾斜する方向から照射されることが好ましい。
【0022】
このようにすれば、ガラス基板の表面に投影された際に、徐冷用レーザビームの照射領域が引き伸ばされることから、徐冷用レーザビームの照射領域を簡単に細長形状に整形することができる。
【0023】
上記の方法において、前記溶断用レーザビームと前記徐冷用レーザビームとは、互いに波長が相違することが好ましい。
【0024】
レーザビームは、コヒーレントな光であるので、干渉性が高い。本発明において、溶断用レーザビームの照射領域と徐冷用レーザビームの照射領域の重なっている部分において干渉縞が形成されると、ガラス板が受けるエネルギー分布が複雑になる。その結果、溶断・徐冷の各工程を十分に制御することが難しくなる。そこで、上記の方法では、溶断用レーザビームと徐冷用レーザビームで、互いに波長を相違させることで、両ビームが重なった領域に時間的に定常的な干渉縞が形成されるのを抑制した。そのため、前述の重なった領域における時間平均を考えれば、干渉縞による影響を低減することができ、ガラス板が受けるエネルギー分布を十分に制御することが容易となる。
【0025】
上記の方法において、前記溶断用レーザビームと前記徐冷用レーザビームとは、互いに異なる発振器によって発振されたビームであることが好ましい。
【0026】
このようにすれば、溶断用レーザビームの波長と、徐冷用レーザビームの波長を、容易且つ安定的に相違させることができる。すなわち、異なる発振器を用いれば、例えば同質のレーザ媒体を発振する発振器であっても、異なる波長のビームを容易に発振できることから、溶断用レーザビームと徐冷用レーザビームが重なった領域に時間的に定常的な干渉縞が形成されるのを抑制することが可能となる。
【0027】
なお、上記の方法において、前記溶断用レーザビームと前記徐冷用レーザビームとして、同一の発振器によって発振されたビームを分光したものを用いる場合であっても、両ビームにおける可干渉距離を考慮して、前記溶断用レーザビームと前記徐冷用レーザビームの光路差を調整すれば、干渉縞が形成されることを抑制することができる。
【発明の効果】
【0028】
以上のような本発明によれば、予備加熱・溶断・徐冷を行う照射領域がそれぞれ連続することから、溶断の前後の予備加熱時および徐冷時に付与される熱エネルギーの損失を可及的に低減することができることから、ガラス板が熱衝撃で破損したり、ガラス板に熱的残留歪が生じる割合を確実に低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】(a)は、本実施形態に係るガラス板切断装置を示す縦断正面図であって、(b)は、そのレーザビームの照射領域を示す平面図である。
【図2】本実施形態に係るガラス板切断装置における徐冷用レーザビームの照射状態を示す斜視図である。
【図3】本実施形態に係るガラス板切断装置における徐冷用レーザビームの照射状態を示す斜視図である。
【図4】(a)は、本実施形態に係るガラス板切断装置における徐冷用レーザビームとして平行ビームを用いた場合の照射状態を説明するための概念図であり、(b)は、本実施形態に係るガラス板切断装置における徐冷用レーザビームとして集光ビームを用い、その集光ビームをデフォーカス照射した場合の照射状態を説明するための概念図である。
【図5】(a)は、本実施形態に係るガラス板切断装置における溶断用レーザビームと徐冷用レーザビームのそれぞれの照射領域の位置関係を説明するための図であって、(b)は、その位置関係の好ましい範囲を説明するための図である。
【図6】本実施形態に係るレーザビームの照射態様の変形例を示す斜視図である。
【図7】本実施形態に係るガラス板切断装置におけるレーザビームの照射態様の変形例を示す斜視図である。
【図8】本実施形態に係るガラス板切断装置の溶断対象となるガラス基板の変形例を示す縦断正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態を図面を参照して説明する。なお、以下では、ガラス板は、厚み500μm以下のフラットパネルディスプレイ用のガラス基板とするが、勿論これに限定されるものではない。例えば、太陽電池用、有機EL用、タッチパネル用、デジタルサイネージ用などあらゆる分野での薄板ガラスや、有機樹脂と積層される種々の用途の積層体などに適用が可能である。なお、ガラス板の厚みは、300μm以下、特に200μm以下であること好ましい。
【0031】
図1(a),(b)に示すように、本発明の一実施形態に係るガラス板切断装置1は、平置き姿勢のガラス基板Gを、切断予定線CLを境界として製品部Gaと非製品部Gbに溶断分離するものであって、第1レーザ照射器2と、第2レーザ照射器3と、ガス噴射ノズル4とを備えている。
【0032】
第1レーザ照射器2は、ガラス基板Gの切断予定線CLの真上から溶断用レーザビームLB1を略鉛直に照射する。この溶断用レーザビームLB1によって、ガラス基板Gの切断予定線CLの一部に溶断実行部となる第1照射領域SP1が形成される。この実施形態では、ガラス基板Gを図示しない搬送手段(例えば、ガラス基板Gを吸着保持する搬送ベルト)によって搬送方向(図中の矢印A)に移動させることによって、照射領域SP1を切断予定線CLに沿って走査し、ガラス基板Gを連続的に溶断分離する。この際、製品部Gaとなる側の溶断端面Ga1と、非製品部Gbとなる側の溶断端面Gb1の間には、溶断隙間Sが形成される。なお、このようにガラス基板Gのみを移動させる場合に限らず、第1レーザ照射器2、第2レーザ照射器3、及びガス噴射ノズル4を含む加工ユニットと、ガラス基板Gとの間に相対移動があれば、ガラス基板Gの溶断を行うことができる。例えば、ガラス基板Gを静止させた状態で、加工ユニットを移動させる構成であってもよい。
【0033】
第2レーザ照射器3は、非製品部Gbとなる側の上方から切断予定線CLに向かって徐冷用レーザビームLB2を斜めに照射する。この徐冷用レーザビームLB2によって、ガラス基板Gの切断予定線CLの一部に、徐冷実行部となる第2照射領域SP2が形成される。この第2照射領域SP2は、切断予定線CLに沿って長尺な細長形状(例えば、楕円形状)の領域であって、第2照射領域SP2の寸法は、切断予定線CLに沿う溶断進行方向(図中の矢印B)において、溶断用レーザビームLB1の第1照射領域SP1の寸法よりも大きくなっている。そして、第2照射領域SP2が第1照射領域SP1の溶断進行方向の前後に跨るように、第2照射領域SP2が第1照射領域SP1にオーバーラップしている。すなわち、第1照射領域SP1と第2照射領域SP2が互いに重なり部分を有する状態で、第2照射領域SP2が、第1照射領域SP1の溶断進行方向の前後に食み出している。そのため、第2照射領域SP2でガラス基板Gを加熱すると、第1照射領域SP1の溶断進行方向の前後に連続する領域で、ガラス基板Gが溶断温度(例えば、1300〜3000℃)よりも低い低温(例えば、100〜1000℃)で加熱されることになる。すなわち、第2照射領域SP2のうち、第1照射領域SP1の溶断進行方向の前方側の領域SP2aでガラス基板Gが予備加熱され、第1照射領域SP1の溶断進行方向の後方側の領域SP2bでガラス基板Gが徐冷される。そして、ガラス基板Gを上述のように移動させることによって、第2照射領域SP2が切断予定線CLに沿って走査され、ガラス基板Gに対して溶断の前後で予備加熱と徐冷が連続的に施される。
【0034】
ガス噴射ノズル4は、第1照射領域SP1で発生する溶融異物を吹き飛ばすために、第1照射領域SP1に対して上方からアシストガスAGを噴射する。詳細には、ガラス基板Gの製品部Gaとなる側の上方位置にガス噴射ノズル4が配置されており、アシストガスAGが製品部Gaとなる側の上方位置から第1照射領域SP1に向かって斜めに噴射される。これにより、アシストガスAGによって溶融異物が非製品部Gb側へ吹き飛ばされ、製品部Gaの溶断端面Ga1に溶融異物が付着して形状不良が生じる事態を抑制するようにしている。ここで、「溶融異物」は、ガラス基板Gの溶断時に発生するドロス等の異物を意味し、溶融状態にあるもの、固化状態にあるものの双方を含む。アシストガスAGとしては、例えば、酸素(又は空気)、水蒸気、二酸化炭素、窒素、アルゴンなどのガスを単独または混合した状態で用いられる。また、アシストガスAGは、熱風として噴射してもよい。なお、ガス噴射ノズル4のガラス基板Gの上方空間における配置位置は特に限定されるものではなく、例えば、切断予定線CLの真上に配置し、溶断用レーザビームと共に、ガラス基板Gに対して略垂直にアシストガスAGを噴射するようにしてもよい。また、ガス噴射ノズル4をガラス基板Gの下方空間に配置して、ガラス基板Gの下方から溶融異物を吹き飛ばすようにしてもよい。これらアシストガスAGは、溶断を効率よく行うためのものであるが、適宜省略してもよい。
【0035】
この実施形態では、第2レーザ照射器3は、図2に示すように、溶断未完了部R2の非製品部Gbとなる側の上方位置に配置されている。この第2レーザ照射器3から出射される徐冷用レーザビームLB2は、溶断未完了部R2側から溶断完了部R1側に移行するに連れてガラス基板Gに接近するように傾斜している。なお、徐冷用レーザビームLB2は、溶断完了部R1側から溶断未完了部R2側に移行するに連れてガラス基板Gに接近するように傾斜させてもよい。すなわち、徐冷用レーザビームLB2は、図中に示すような方位角θと極角φとを有している。そのため、図3に示すように、ガラス基板に投影された第2照射領域SP2は、楕円形状になる。この楕円形状の長軸の向きは、方位角θの大きさによって変化するが、溶断進行方向Aの成分を有する。なお、勿論、θ=π/2として、長軸の向きが溶断進行方向に沿うように、光軸に直交する断面を楕円形状に整形した第2レーザビームLB2を照射するようにしてもよい。レーザビームの光軸に直交する断面を楕円形状に予め整形する方法としては、例えば、シリンドリカルレンズ等の光学部品や、スリット状の遮光マスクなどを用いることが挙げられる。
【0036】
ここで、徐冷用レーザビームLB2の方位角θと極角φは、次のような範囲であることが好ましい。すなわち、方位角θは、0≦θ≦πの範囲であることが好ましい。徐冷用レーザビームLB2として平行ビームを採用した場合は、方位角θについて0≦θ≦π/2及びπ/2≦θ≦πのいずれの範囲においても照射の効果は同等であるが、集光ビームを採用し、デフォーカスで照射した場合には方位角θの適正範囲がある。つまり、集光点よりも下方位置でガラス基板Gにデフォーカス照射した場合には0≦θ≦π/2が適正範囲であり、逆に集光点よりも上方位置でガラス基板Gにデフォーカス照射した場合はπ/2≦θ≦πが適正範囲となる。一方、極角φは、図4(a)に示すように、徐冷用レーザビームLB2として平行ビームを採用した場合には、次のような範囲を満足することが好ましい。すなわち、極角φは、徐冷用レーザビームLB2のビーム径をw2,ガラス基板Gの厚みをt,照射位置の調整量をdとすると、0<φ<cos-1[(t+w2)/{2(s+t+d)}]の範囲を満足することが好ましい。また、極角φは、図4(b)に示すように、徐冷用レーザビームLB2として集光ビームを採用し、それをデフォーカスして照射した場合には、次のような範囲を満足することが好ましい。すなわち、極角φは、徐冷用レーザビームLB2が非製品部Gbと接した状態での接点でのビーム径をw2,集光角をα,ガラス基板Gの厚みをt,照射位置の調整量をdとすると、0<φ<cos-1〔(tcosα+w2)/{2(s+t+d)}〕の範囲を満足することが好ましい。換言すれば、極角φは、製品部Gaの溶断端面Ga1に近接して対向する非製品部Gbの溶断端面Gb1近傍に干渉しないような角度範囲に設定することが好ましい。徐冷用レーザビームLB2の照射位置は、徐冷前の製品部Gaの溶断端面Ga1近傍に生じている引張応力の位置に応じて調整することが好ましく、その調整量dは、例えば−0.5t≦d≦2.5tの範囲で調整される。
【0037】
なお、徐冷用レーザビームLB2を、光軸に直交する断面が楕円形状になるように整形しておけば、傾斜角(極角φ)を大きくしなくても、全長の長い第2照射領域SP2を形成することができる。
【0038】
次に、以上のように構成された本実施形態に係るガラス切断装置1の動作を説明する。
【0039】
まず、図1(a),(b)に示すように、ガラス基板Gを搬送しながら、第1レーザ照射器2から溶断用レーザビームLB1をガラス基板Gに照射する。これにより、ガラス基板Gを溶断する。この溶断用レーザビームLB1の第1照射領域SP1には、ガス噴射ノズル4からアシストガスAGを噴射し、第1照射領域SP1から溶融異物を吹き飛ばす。
【0040】
また、これと同時に、第2レーザ照射器3から徐冷用レーザビームLB2をガラス基板Gに照射する。この徐冷用レーザビームLB2の第2照射領域SP2は、溶断用レーザビームLB1の第1照射領域SP1の溶断進行方向の前後に跨るように、第1照射領域SP1とオーバーラップしている。このオーバーラップにより、第2照射領域SP2のうち、第1照射領域SP1の溶断進行方向の前方側の領域SP2aでは予備加熱が行われ、それよりも溶断進行方向の後方側の領域SP2bでは徐冷が行われる。そのため、溶断の前後で、急激な温度上昇や急激な温度下降による破損、すなわち熱衝撃による破損や、熱的残留歪が発生するという事態を可及的に低減できる。特に、500μm以下のガラス基板の場合、予備加熱・溶断・徐冷の各領域SP2a,SP1,SP2bが離れていると、温度上昇や温度下降が急激となる。そして、この予備加熱と徐冷の役割を担う第2照射領域SP2が、第1照射領域SP1にオーバーラップしているため、予備加熱・溶断・徐冷の各領域SP2a,SP1,SP2bが、溶断進行方向において簡単且つ確実に連続する。したがって、ガラス基板Gに対してこれら一連の熱処理が連続的に行われ、各熱処理領域SP2a,SP1,SP2bの間で熱エネルギーが不当に失われるという事態を回避することができる。換言すれば、ガラス基板Gに供給した熱エネルギーによって効率よく予備加熱と溶断を実行しながら、熱的残留歪を除去することが可能となる。
【0041】
ここで、図5(a)に示すように、第2照射領域SP2の溶断進行方向と直交する方向の中心位置を通り、溶断進行方向に延びる線をX軸、このX軸と第2照射領域SP2の溶断進行方向の中心位置で直交する線をY軸、第2照射領域SP2のX軸方向寸法を2a2、第2照射領域SP2のY軸方向寸法を2b2、第1照射領域SP1のX軸方向寸法を2a1、第1照射領域SP1のY軸方向寸法を2b1、第1照射領域SP1の中心座標を(x,y)とした場合に、第1照射領域SP1と第2照射領域SP2との間の好ましい関係は次のようになる。
【0042】
すなわち、第1照射領域SP1と第2照射領域SP2のスポット径の間の関係は、a1<a2、b1<b2であるが、
50a1≦a2
30b1≦b2 ・・・(1)
であることが好ましい。また、第1照射領域SP1の中心座標(x,y)は、
−a2/4≦x<a2−a1
−b2−b1<y≦b2/2 ・・・(2)
なる関係(図5(b)のA1で示す領域)を満たすことが好ましく、
2/4≦x≦3a2/4
−b2/2≦y≦0 ・・・(3)
なる関係(図5(b)のA2で示す領域)を満たすことがより好ましい。
【0043】
上記の(1)又は(2)を満足すれば、第1照射領域SP1と第2照射領域SP2との大小関係や位置関係が最適なものとなり、ガラス基板Gの製品部Gaにおける熱的残留歪の発生を確実に低減できる。また、(3)を満足すれば、第2照射領域SP2が、非製品
部Gb側よりも製品部Ga側に偏って形成されると共に、第2照射領域SP2の溶断進行方向の中心位置(Y軸の位置)よりも前方側で、第2照射領域SP2に対して第1照射領域SP1がオーバ−ラップする。このようにすれば、ガラス基板Gのうち、製品部Gaとなる側に対して、優先的に予備加熱処理や徐冷処理を施すことができるので、製品部Gaの熱的残留歪をより確実に低減することが可能となる。また、この場合、照射領域SP2のうち、徐冷を行う領域SP2bの溶断進行方向の寸法が、予備加熱を行う領域SP2aの溶断進行方向の寸法よりも長くなる。熱的残留歪は、溶断後に急速に冷却されることにより生じるため、上述のように徐冷を行う領域を長くし、冷却速度を小さくした方が、熱的残留歪を除去する上では好ましい態様となる。
【0044】
また、溶断用レーザビームと徐冷用レーザビームは、異なる発振器によって発振されたビームを用いることで、両者の波長を互いに相違させることが好ましい。このようにすれば、溶断用レーザビームと徐冷用レーザビームによって時間的に定常的な干渉縞が形成されることがなく、ガラス板に与えるエネルギー分布を十分に制御することが容易となる。
【0045】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。
【0046】
上記の実施形態では、ガラス基板Gの切断予定線CLの真上に第1レーザ照射器2を配置し、ガラス基板Gの非製品部Gbの上方に第2レーザ照射器3を配置する場合を説明したが、第1レーザ照射器2や第2レーザ照射器3の配置態様はこれに限定されるものではない。例えば、図6に示すように、第1レーザ照射器2と第2レーザ照射器3とを、製品部Gaの上方位置に配置し、ミラー5,6等の光学部品によって、溶断用レーザビームLB1及び徐冷用レーザビームLB2を誘導するようにしてもよい。
【0047】
また、上記の実施形態では、第1レーザ照射器2と、第2レーザ照射器3とを別々の光源で構成したが、図7に示すように、第1レーザ照射器2が、第2レーザ照射器3を兼ねるようにしてもよい。すなわち、第1レーザ照射器2から出射されたレーザビームLBをハーフミラー7等の光学部品によって、溶断用レーザビームLB1と徐冷用レーザビームLB2とに分岐させてもよい。この場合、徐冷用レーザビームLB2は、ハーフミラー等の透過率(反射率)を調整することや、その光路上でNDフィルタ等によって減光することによってエネルギーを適宜調整した後に、ガラス基板Gに照射してもよい。また、溶断用レーザビームLB1と徐冷用レーザビームLB2における可干渉距離を考慮して、両ビームの光路差を調整することで、干渉縞が形成されることを抑制してもよい。
【0048】
また、ガラス基板Gをオーバーフローダウンドロー法などで成形した場合、図8に示すように、ガラス基板Gの幅方向中央部の厚みよりも、ガラス基板Gの幅方向両端部の厚みが相対的に分厚くなる。そして、幅方向中央部が製品部Gaとされ、幅方向両端部が非製品部(耳部と称される)Gbとされる。本発明に係る切断方法及び切断装置は、このようなガラス基板Gの耳部の除去に適用してもよい。
【0049】
また、上記の実施形態では、ガラス基板Gを製品部Gaと非製品部Gbに溶断分離する場合を説明したが、溶断分離される双方を製品部として利用する場合に適用してもよい。
【実施例】
【0050】
本発明の実施例を説明する。この実施例では、溶断用レーザビーム(波長10.6μm付近のCO2レーザ。以下に示す表中では出力1と表示。)をガラス基板に対して相対移動速度10mm/sで走査して溶断を行った際の残留歪を10とした場合に、この残留歪がどの程度改善するかを検査した。残留歪が10の場合、ガラス基板に反りなどの変形が生じたり、ハンドリング時や加工工程において破損を引き起こすおそれがある。残留歪は3以下であることが好ましい。また、上記の残留歪の検査と合わせて、溶断時にガラス基板が熱衝撃によって破損するか否かも検査した。熱衝撃による破損は、溶断時にガラス基板が急激に加熱された場合に生じ得ると考えられる。
【0051】
詳細には、それぞれ異なる発振器によって発振された溶断用レーザビームと徐冷用レーザビーム(波長10.6μm付近のCO2レーザ。以下に示す表中では出力2と表示。)のそれぞれの照射領域の相対位置を変化させたり、徐冷用レーザビームの照射領域の大きさを変化させることで、上記の残留歪や熱衝撃による破損がどの程度改善するかを評価した。その結果を表1〜3に示す。なお、以下に示す表中のa1,b1,a2,b2,x,yの符号は、図5(b)に準拠するものとする。また、以下に示す表中の出力1および出力2は、ガラス基板表面におけるそれぞれのレーザビームのエネルギーを表している。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
【表3】

【0055】
以上の表1によれば、比較例である試料No.1では、薄板ガラスに対して、予備加熱も徐冷も施されないため、残留歪が10となり、しかも熱衝撃による割れが生じるに至った。これに対し、実施例である試料No.2〜9では、第2照射領域(徐冷用レーザビームの照射領域)が第1照射領域(溶断用レーザビームの照射領域)の前後に跨るようにオーバーラップすることから、薄板ガラスを溶断する前後で予備加熱と徐冷が施されるため、残留歪がいずれも改善され、熱衝撃による割れも発生しなかった。特に、試料No.2,7〜9のように、a2/a1≧50、且つ、b2/b1≧30となる範囲では、残留歪が1となる極めて良好な結果を得た。
【0056】
以上の表2によれば、比較例である試料No.10では、第2照射領域が第1照射領域の溶断進行方向前方側にのみ食み出した状態であるため、薄板ガラスに対して溶断後に徐冷が施されず、残留歪に改善が見られなかった。また、比較例である試料No.20では、第2照射領域が第1照射領域の溶断進行方向後方側にのみ食み出した状態であるため、薄板ガラスに対して溶断前に予備加熱が施されず、熱衝撃による割れが生じるに至った。これに対し、実施例である試料No.11〜19では、第2照射領域が第1照射領域と重なり部分を有する状態で溶断進行方向の前後に食み出していることから、薄板ガラスを溶断する前後で予備加熱と徐冷が施されるため、残留歪がいずれも改善され、熱衝撃による割れも改善する結果となった。
【0057】
以上の表3によれば、比較例である試料No.21では、第2照射領域が第1照射領域と重なることなく、薄板ガラスの製品部となる側にずれていることから、第2照射領域による熱エネルギーが第1照射領域に作用せず、残留歪も熱衝撃による割れも改善しないという結果を得た。また、比較例である試料No.31では、第2照射領域が第1照射領域と重なることなく、薄板ガラスの非製品部となる側にずれていることから、第2照射領域による熱エネルギーが第1照射領域に作用せず、同様に、残留歪も熱衝撃による割れも改善しないという結果を得た。これに対し、実施例である試料No.22〜30では、第2照射領域が第1照射領域の溶断進行方向の前後に食み出した状態で、溶断進行方向と直交する幅方向に重なり部分を有することから、薄板ガラスの溶断部に予備加熱と徐冷の効果が作用し、残留歪がいずれも改善され、熱衝撃による割れも生じないという結果を得た。
【0058】
特に、表2及び表3によれば、試料No.12〜19及び試料No.22〜30のように、−a2/4≦x<a2−a1、且つ、−b2−b1<y≦b2/2となる範囲では、熱衝撃による割れが改善すると共に残留歪が3以下となる良好な結果を得ていることが確認できる。この中でも、試料No.15〜17及び試料No.25〜26のように、1/4≦x/a2≦3/4、且つ、−1/2≦y/b2≦0となる範囲では、熱衝撃による割れが全くなく、残留歪が1以下となる極めて良好な結果を得ていることが確認できる。
【符号の説明】
【0059】
1 ガラス板切断装置
2 第1レーザ照射器
3 第2レーザ照射器
4 ガス噴射ノズル
AG アシストガス
CL 切断予定線
G ガラス基板
Ga 製品部
Ga1 溶断端面
Gb 非製品部
LB1 溶断用レーザビーム
LB2 徐冷用レーザビーム
SP1 第1照射領域(溶断実行部)
SP2 第2照射領域
SP2a 予備加熱領域
SP2b 徐冷領域
S 溶断隙間
R1 溶断完了部
R2 溶断未完了部
θ 徐冷用レーザビームの方位角
φ 徐冷用レーザビームの極角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス板の切断予定線に沿って溶断用レーザビーム及び徐冷用レーザビームを照射し、前記切断予定線を境界として、前記ガラス板を溶断分離するガラス板切断方法において、
前記切断予定線に沿う溶断進行方向で、前記徐冷用レーザビームの照射領域の寸法を前記溶断用レーザビームの照射領域の寸法よりも大きくし、且つ、
前記徐冷用レーザビームの照射領域が、前記溶断用レーザビームの照射領域の前記溶断進行方向の前後に跨るように、前記徐冷用レーザビームの照射領域を前記溶断用レーザビームの照射領域にオーバーラップさせたことを特徴とするガラス板切断方法。
【請求項2】
前記ガラス板が製品部と非製品部に溶断分離されると共に、前記徐冷用レーザビームの照射領域が、前記非製品部となる側よりも前記製品部となる側に偏って形成されていることを特徴とする請求項1に記載のガラス板切断方法。
【請求項3】
前記溶断用レーザビームの照射領域が、前記溶断進行方向における前記徐冷用レーザビームの照射領域の中心位置よりも前記溶断進行方向の前方側で、前記徐冷用レーザビームの照射領域とオーバーラップすることを特徴とする請求項1又は2に記載のガラス板切断方法。
【請求項4】
前記徐冷用レーザビームの照射領域が、前記溶断進行方向に長尺な細長形状をなすことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のガラス板切断方法。
【請求項5】
前記徐冷用レーザビームが、前記ガラス基板の表面に対して傾斜する方向から照射されることを特徴とする請求項4に記載のガラス板切断方法。
【請求項6】
前記溶断用レーザビームと前記徐冷用レーザビームとは、互いに波長が相違することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のガラス板切断方法。
【請求項7】
前記溶断用レーザビームと前記徐冷用レーザビームとが、互いに異なる発振器によって発振されたビームであることを特徴とする請求項6に記載のガラス板切断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−75817(P2013−75817A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−203276(P2012−203276)
【出願日】平成24年9月14日(2012.9.14)
【出願人】(000232243)日本電気硝子株式会社 (1,447)
【Fターム(参考)】