説明

ガラス状炭素材からなる微細成形型材料とその製造方法ならびにそれを用いた微細成形型

【課題】 フッ素コート材の塗布や、DLC等の膜形成を行うことなしに、マイクロレベル、ナノレベルの精密加工用微細成形型としての優れた離型性を実現する。
【解決手段】 ガラス状炭素材を2100℃〜3000℃の範囲で加熱処理して、自己潤滑離型性を有する微細成形型材料とし、これを用いた微細成形型を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凹凸部の寸法を数nm〜数百μm程度とする微細な成形が行われた微細成形型の材料とその製造方法ならびにそれを用いた微細成形型に関するものである。
【背景技術】
【0002】
携帯電話部品用や電子機器の部品用などに、凹凸部の寸法が数nm〜数百μm程度の微細加工を可能とする微細成形型が必要とされつつあるが、実際には微細成形型の作成方法と転写製品作成時の離型問題などの点から実用レベルに達しているものは少ない。特に、離型処理技術の問題が大変に重要な課題になっている。しかしながらこれは、微細成形型で作製した成型物(転写物)を抜き取る(離型する)ことは、そのスケールが小さくなるほど、特にナノレベルの微細成形型などは、その転写物自身が微細成形型に残ってしまうことが多く、離型が大変困難であることによる。
【0003】
従来、線幅、深さが数十μm〜数nmレベルの微細成形型の転写物質としては、熱硬化樹脂などのシリコンゴムや、紫外線硬化樹脂などが知られているが、これらの場合に、微細成形型と転写物が強固に密着して、微細成形型からきれいに転写物を抜き取る(転写)ことができないという事態がしばしば生じている。
【0004】
このような問題を解決するために、通常は、離型用前処理としてフッ素系のコート材を金型に塗布する方法が採用されている。しかし、この方法では、コート材の再塗布が周期的に必要であり、またその塗布には熟練と多くの手間が必要となる。
【0005】
その他の解決方法として、近年DLC(ダイヤモンドライクカーボン)などの潤滑材を金属金型の表面に膜形成(コーティング)する方法も注目されているが、凹凸部の寸法が数nm〜数百μm程度ある微細成形型の表面に均一な厚みでコートすることは非常に難しく、膜厚による微細成形型の誤差の発生も無視できない等の課題があった。たとえば通常のDLCコートでは膜厚が1〜3μm程度であり、これを用いてナノレベルの凹凸の微細成形型にコートすることは事実上不可能である。
【0006】
このため、従来のように、フッ素系のコート材を微細成形型に塗布することや、金型精度の誤差の発生原因となるDLCのコート等の手段を適用することなく、特にサブミクロンナノ領域での凹凸を転写可能とするための新しい技術手段の実現が望まれていた。
【0007】
一方、このような状況において、より小型の金型にガラス状炭素材を用いることが試みられている。たとえば、金型の一部または全部にガラス状炭素を用いて金型の離型性、耐久性を向上させることが提案されている(特許文献1−7)。特許文献1では金型にすべてガラス状炭素を使用した方法が、特許文献2−3においては、金型の全部または表面ガラス状炭素を使用して離型性をあげる方法が、特許文献4−6では金型の一部分をガラス状炭素で置き換えて金型の離型性、耐久性を向上する方法が開示されている。また特許文献7では充填成形の金型への応用が示されている。
【0008】
しかしながら、ガラス状炭素材の金型への応用については注目されるものの、その技術的検討は、ナノレベルでの精密微細成形型まで深化、拡大されておらず、実用的にも多くの未踏な課題を残している。実際に、ナノレベルの精密微細成形型へ使用することは依然として可能とされていない。
【特許文献1】特開2001−335334号公報
【特許文献2】特開平10−337734号公報
【特許文献3】特開平10−296741号公報
【特許文献4】特開平09−188535号公報
【特許文献5】特開平08−239227号公報
【特許文献6】特開2005−112672号公報
【特許文献7】特開2004−034194号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記のように、通常ナノレベルの微細成形型とその転写には、金型へのコート材の再塗布が周期的に必要であり、またその塗布には熟練と多くの手間が必要となる。またDLCなどの潤滑材を金属金型に膜型性(コーティング)する方法も注目されているが、マイクロナノレベルの凹凸のある微細成形型に沿って均一な厚みでコートする事は非常に困難であり、膜厚による微細成形型の誤差の発生も無視できない等欠点があった。
【0010】
そこで、本発明は、以上のとおりの従来技術の問題点を解消して、従来のフッ素系コート材の塗布やDLC等のコート形成を行うことなく、微細成形型の離型性、耐久性等の点において注目されるガラス状炭素材をマイクロレベル、ナノレベルの精密加工用の微細成形型に適用可能とするための新しい技術手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前記課題を解決するものとして以下のことを特徴としている。
【0012】
第1:ガラス状炭素材からなる微細成形型材料であって、表面におけるラマン測定(波長514.5nm)での次式で表わされるR値;
【0013】
【数1】

が1.5以下である微細成形型材料。
【0014】
第2:R値が1.3以下である上記の微細成形型材料。
【0015】
第3:ガラス状炭素材からなる微細成形型材料であって、ダイヤモンドピン(曲率半径0.2mm、先端角90°)を用いて、大気中で、すべり速度一定(20mm/min)、24.5mNの荷重下で、一定方向に一回だけ0.8mm移動させたときの表面摩擦係数が0.1以下である微細成形型材料。
【0016】
第4:表面摩擦係数が0.07以下である上記の微細成形型材料。
【0017】
第5:ガラス状炭素材からなる微細成形型材料であって、表面の接触角が85°以上である微細成形型材料。
【0018】
第6:接触角が90°以上である上記の微細成形型材料。
【0019】
第7:前記第1から第6のうちのいずれかの微細成形型材料の形成方法であって、ガラス状炭素材を2100℃〜3000℃の温度範囲内で熱処理する微細成形型材料の形成方法。
【0020】
第8:2250℃〜3000℃の温度範囲内で熱処理する上記の微細成形型材料の形成方法。
【0021】
第9:前記第1から第6のうちのいずれかに記載の微細成形型材料を基板とし、該基板表面に加工用溝部が形成されている微細成形型であって、加工用溝部の加工寸法が、線幅および深さの各々について50μm〜1nmの範囲内であることを特徴とする微細成形型。
【0022】
第10:加工用溝部の加工寸法が、1μm〜2nmの範囲内である上記の微細成形型。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、微細成形型材料として、ガラス状炭素を2100℃以上に熱処理して自己潤滑離型性を発現させる。これを用いて微細成形型を作製すると、その転写物は微細成形型と密着することを防止することができ、転写物の離型が可能になる。本発明では微細成形型に対して膜形成を行わないので、膜形成による線幅の誤差を考慮せずに線幅数十nm、までの(潤滑性を持った)微細成形型を作製できる。微細成形型表面が変形する事が無く離型性を持たせた自己潤滑離型性を持つことによる微細成形型の高機能化が可能となるので、産業上極めて有益である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の微細成形型材料は、前記のとおり、以下の特徴をもつものとして特定される。
【0025】
<A>表面におけるラマン測定(波長514.5nm)でのR値が1.5以下、より好ましくは1.3以下である。
【0026】
<B>表面摩擦係数が0.1以下、より好ましくは0.07以下である。
【0027】
<C>表面の接触角が85°以上、より好ましくは90°以上である。
【0028】
ここで、R値や表面摩擦係数は前記の定義に従うものである。このような特徴を有する微細成形型材料を用いることで、マイクロナノレベルの精密加工用微細成形型において自己潤滑離型性が微細成形型に保有されることになる。
【0029】
ここでの「自己潤滑離型性」の用語は、従来のように、フッ素系コート材等の潤滑剤、離型剤や、DLC膜のような潤滑膜、離型膜等の外部的付加手段を一切用いることなしに、微細成形型の表面がそれ自身として円滑な離型性能を有していることを意味している。そしてこの性能は、マイクロレベル、ナノレベルの精密寸法、より具体的には、50μm以下、さらには1μm以下の加工寸法において実現されていることを意味している。
【0030】
実際には、たとえば、線幅および深さの各々について1μm〜2nmの範囲での加工寸法が実現されるこのような本発明の微細成形型材料、そしてこれを用いた微細成形型は、その形成方法としては、ガラス状炭素剤を好ましくは2100℃〜3000℃で加熱処理すること、さらに好ましくは2250℃以上で加熱処理することを特徴としている。
【0031】
なお、ガラス状炭素材については、層状の微小構造を有する黒鉛とは相違して、微小六角網面集合体が配向しておらず、結合による結晶子の成長が阻害され、黒鉛化が進まないものとして知られている。難黒鉛化性炭素(non-graphitizable carbon)とも呼ばれているものである。
【0032】
熱処理後の微細成形型材料に対しては、その表面に、加工用の溝部が、たとえばFIB(集束イオンビーム)等の手段によって形成され、所要の微細成形型構造とされる。
さらに、本発明は、加工用の溝部の形成後に、上記の加熱処理温度による熱処理を行っても、熱処理後に溝部を形成する場合と同様に、微細成形型構造とすることもできる。
【0033】
そこで、以下に実施例を示し、さらに詳しく説明する。
【0034】
もちろん以下の例によって発明が限定されることはない。
【実施例】
【0035】
ガラス状炭素を次のようにして作製した。出発原料としてフルフリルアルコール初期重合体、およびp-トルエンスルホン酸を主成分とする硬化剤を使用した。フルフリルアルコール120gに対し硬化剤を約0.3g (約0.3wt.%)加え、撹拌およびホーン型超音波照射機を用い30〜40Hzの超音波照射を行った。試料温度が50℃となった後、撹拌および超音波照射を75分間行った。この超音波照射は気孔の除去と均一混合のために行うものである。
【0036】
撹拌および超音波照射終了後、ポリエチレン製角型容器に流し込み、大気中24時間室温にて静置した。静置後、乾燥器を使用して空気中50℃で48時間処理した。次いで試料を乾燥器を使用して空気中160℃で6時間処理しフラン樹脂を作製した。
【0037】
得られたフラン樹脂をAr雰囲気中1000℃で30分間炭素化処理を行い、フラン樹脂炭を作製した。得られたフラン樹脂炭をそれぞれAr雰囲気中1200、1500、2000および3000℃で30分間高温処理を行い供試体のフラン樹脂炭を作製した。
【0038】
加熱炉内において、ガラス状炭素材を1000℃〜3000℃の範囲内で加熱処理した。この加熱処理後の試料表面の摩擦係数と接触角を測定した。図1と図2はその結果を示したものである。なお、摩擦係数は以下のようにして測定したものである。
【0039】
すなわち、摩擦試験は新東科学(株)製 バウデン・レーベン型試験機HEIDON 18LFWを用いて行なった。GLCの相手摩擦材料には、ダイヤモンドピン(曲率半径0.2mm,先端角90°)を用いた。
【0040】
試験条件は、大気中において、すべり速度一定(20mm/min)、荷重は24.5mNで行い、それぞれの試料を一定方向に一回だけ0.8mm移動させたときの摩擦係数を測定した。基準試料として熱分解黒鉛(PG)のbase面も測定した。
【0041】
試験前に試料およびダイヤモンドピンは超音波洗浄器を用いてトルエン、アセトンで10minずつ洗浄した後、十分に乾燥させて試験に供した。
【0042】
図1からは、処理温度2000℃近傍以上、さらには2100℃以上において確実に摩擦係数0.1以下に、2250℃以上において0.07以下になっていることがわかる。摩擦係数が0.1以下、さらに好ましくは0.07以下であることにより、マイクロレベル、ナノレベルの精密加工微細成形型として優れた自己潤滑離型性が実現されることが確認されている。また、本発明における接触角とは、微細成形型(基材)の表面と、例えば滴下した水滴との接触の角度であり、その接触角については85°以上、さらに90°以上であることが好ましく、図2より、そのための加熱処理温度が確認される。
【0043】
図3は、ガラス状炭素のラマンデータ(波長514.5nm)の温度依存性とそこから求めた
R値=I/I(I:バンド1360cm-1でのラマン強度、I:バンド1580cm-1でのラマン強度)
の温度依存性を示したものである。以下の結果を示している。
【0044】
(a)ガラス状炭素破断面のラマン分光による温度処理依存性
(b)ラマン分光によるR値=I/Iの温度処理依存性
そこで、2250℃で加熱処理した後の微細成形型材料に対して、FIBによる微細溝加工を施し、図4のSEM写真を示したとおりの、幅400nm、深さ200nmの井桁状の微細成形型を作製した。
【0045】
転写物としてシリコンゴムを使用して、微細成形型に流し込み、約80℃で加熱硬化させた。その後、冷却させ、シリコンゴムを基板から剥離し、光学顕微鏡、走査電子顕微鏡(SEM)で観察し、転写が成功していることを確認した。図5は、離型できた転写物のSEM写真を例示したものである。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】ガラス状炭素の摩擦係数と処理温度との関係。
【図2】ガラス状炭素の接触角と処理温度との関係。
【図3】ガラス状炭素のラマンデータの温度依存性とR値=I/I(I:バンド1360cm-1でのラマン強度、I:バンド1580cm-1でのラマン強度)の温度依存性。
【0047】
(a)ガラス状炭素破断面のラマン分光による温度処理依存性。
【0048】
(b)ラマン分光によるR値=I/Iの温度処理依存性。
【図4】実際に作製した微細成形型のSEM写真。
【図5】実際に微細成形型から離型出来た転写物のSEM写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス状炭素材からなる微細成形型材料であって、表面におけるラマン測定(波長514.5nm)での次式で表わされるR値;
【数1】

が1.5以下であることを特徴とする微細成形型材料。
【請求項2】
R値が1.3以下であることを特徴とする請求項1に記載の微細成形型材料。
【請求項3】
ガラス状炭素材からなる微細成形型材料であって、ダイヤモンドピン(曲率半径0.2mm、先端角90°)を用いて、大気中で、すべり速度一定(20mm/min)、24.5mNの荷重下で、一定方向に一回だけ0.8mm移動させたときの表面摩擦係数が0.1以下であることを特徴とする微細成形型材料。
【請求項4】
表面摩擦係数が0.07以下であることを特徴とする請求項3に記載の微細成形型材料。
【請求項5】
ガラス状炭素材からなる微細成形型材料であって、表面の接触角が85°以上であることを特徴とする微細成形型材料。
【請求項6】
接触角が90°以上であることを特徴とする請求項5に記載の微細成形型材料。
【請求項7】
請求項1から6のうちのいずれかに記載の微細成形型材料の形成方法であって、ガラス状炭素材を2100℃〜3000℃の温度範囲内で熱処理することを特徴とする微細成形型材料の形成方法。
【請求項8】
2250℃〜3000℃の温度範囲内で熱処理することを特徴とする請求項7に記載の微細成形型材料の形成方法。
【請求項9】
請求項1から6のうちのいずれかに記載の微細成形型材料を基板とし、該基板表面に加工用溝部が形成されている微細成形型であって、加工用溝部の加工寸法が、線幅および深さの各々について50μm〜1nmの範囲内であることを特徴とする微細成形型。
【請求項10】
加工用溝部の加工寸法が、線幅および深さの各々について1μm〜2nmの範囲内であることを特徴とする請求項9に記載の微細成形型。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−113252(P2009−113252A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−286805(P2007−286805)
【出願日】平成19年11月2日(2007.11.2)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【出願人】(599011687)学校法人 中央大学 (110)
【Fターム(参考)】