説明

ガラス質防錆剤

【課題】防錆効果の持続性に優れ、しかも鋳鉄に対しても十分な防錆効果を発揮することができるガラス質防錆剤を提供する。
【解決手段】本発明のガラス質防錆剤は、酸化物換算で、B23:27〜55モル%、Na2O:8〜20モル%、SiO2:15モル%以下、CaO:30モル%を超え36モル%以下の組成を有する。このガラス質防錆剤はメジアン径D50が1〜100μmの粉粒体とし、樹脂フィルム中に分散させて、鋳鉄製品の防錆用フィルム等に用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄系金属の防錆に用いられるガラス質防錆剤に関するものであり、特に鋳鉄に対する防錆効果に優れたガラス質防錆剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄系金属の防錆に用いられる防錆剤としては、従来からリン酸塩系溶液が広く用いられている。このリン酸塩系の防錆剤は防錆効果を持つほか、腐食により生じたスケールの除去が比較的容易であるという利点を持つため、排水管、給水塔などの防錆に用いられており、また金属加工油の防錆成分としても広く利用されている。このリン酸塩系の防錆剤は、鉄系金属の表面に不溶性のリン酸塩皮膜を形成し、防錆効果を得るという防錆メカニズムを持つものである。
【0003】
しかしこのリン酸塩皮膜は結晶皮膜であり、多孔質で表面に凹凸が存在するため、水分や酸素の浸透により防錆性能が低下し易いという欠点があった。さらに、溶液中のイオン濃度の制御が困難であるため、防錆効果の持続性に劣るなどの欠点があった。
【0004】
そこで上記のようなリン酸塩系の防錆剤の欠点を解消することができる防錆剤として、特許文献1に示されたガラス質防錆剤が開発されている。これはB23−SiO2−R2O−R´O系の溶解性ガラス(Rはアルカリ金属、R´はアルカリ土類金属またはZn)からなるものであり、複数成分の相乗効果により優れた防錆効果を発揮できるとともに、防錆処理環境がアルカリ性であっても酸性であっても常に中性域に持ち来すというバッファ効果を発揮するものである。このためリン酸塩系の防錆剤の、防錆性能が低下し易いこと、防錆効果の持続性に劣ることなどの欠点は解決することができた。
【0005】
しかしながら、この特許文献1のガラス質防錆剤は鋳鉄に対する防錆効果が弱いことが判明した。その理由は、鋳鉄はCが黒鉛として析出した不均一な系であって、黒鉛は鉄に対して貴であるために電気化学反応を起こし易く、鋼鉄よりも腐食し易いためであると想定される。そして特許文献1に示されたガラス質防錆剤は、鋼鉄に対しては優れた防錆効果を発揮することができるが、より腐食し易い鋳鉄に対する防錆効果は不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平8−23075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、防錆効果の持続性に優れ、しかも鋳鉄に対しても十分な防錆効果を発揮することができるガラス質防錆剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するためになされた本発明のガラス質防錆剤は、酸化物換算で、B23:27〜55モル%、Na2O:8〜20モル%、SiO2:15モル%以下、CaO:30モル%を超え36モル%以下の組成を有することを特徴とするものである。
【0009】
なお請求項2のように、CaO:32〜35モル%であることが好ましく、請求項3のように、B23+SiO2:45〜55モル%であることが好ましい。また請求項4のように、1質量%水溶液のpHが9.5〜12であることが好ましく、請求項5のようにメジアン径D50が1〜100μmの粉粒体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明のガラス質防錆剤は、ガラスに溶解性を与えるB23を主成分とするB23系のガラスに、溶出した水溶液のpHを高める成分であるNa2OとCaOを最適範囲で含有させたものである。このため鉄系金属の防錆剤として用いれば、水溶液のpHを9.5〜12に高めることによって優れた防錆効果を発揮することができる。また主成分であるB23は水溶液のpHに対してバッファ効果を発揮するため、防錆処理環境がアルカリ性であっても酸性であってもpHを9.5〜12の範囲に維持することができる。特に特許文献1のガラス質防錆剤ではCaOの上限は30モル%であったが、本発明では30モル%を超え36モル%以下の範囲までCaOの含有率を高めた結果、鋳鉄に対しても十分な防錆効果を発揮することができるようになった。
【0011】
なお、B23はSiO2と同様にガラスの骨格を形成するガラス形成酸化物であるが、あまりに多量に含有させると水溶液のpHを低下させてしまい、防錆効果を低下させる。このためSiO2を少量添加することにより防錆効果の低下を防止し、かつB23とSiO2とのバランスによって、ガラス質防錆剤の溶解速度を適切に制御した。この結果、防錆効果の持続性に優れ、しかも鋳鉄に対しても十分な防錆効果を発揮することができるガラス質防錆剤を得ることができた。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明を更に詳細に説明する。
上記のように本発明のガラス質防錆剤は、酸化物換算で、B23:27〜55モル%、Na2O:8〜20モル%、SiO2:15モル%以下、CaO:30モル%を超え36モル%以下の組成を有するものであるため、各成分の数値限定の理由を説明する。
【0013】
主成分であるB23はSiO2とともにガラス形成酸化物であるが、SiO2がガラスの溶解性を低下させる成分であるのに反し、B23はガラスに溶解性を与える成分である。B23が27モル%未満であると溶解性が不十分となるとともに、ガラスを溶融する坩堝あるいは溶融炉の耐火物の浸食が激しくなって溶融が困難となるので好ましくない。また、溶出したB23は水溶液のpHを下げる作用を持つため、B23が55モル%を超えると防錆効果が低下することとなって好ましくない。このため本発明ではB23の含有率を27〜55モル%とした。より好ましくは35〜45モル%の範囲である。
【0014】
Na2OはCaOとともに溶出した水溶液のpHを高めるための成分であり、防錆効果を確保するためにNa2Oは少なくとも8モル%が必要である。またNa2Oはガラスに溶解性を与える成分でもあり、この意味からも少なくとも8モル%が必要である。一方、Na2Oの含有率が20モル%を超えるとガラスを溶融する坩堝あるいは溶融炉の浸食が激しくなって溶融が困難となる。このため本発明ではNa2Oの含有率を8〜20モル%とした。より好ましくは15〜18モル%の範囲である。
【0015】
SiO2は安定したガラスの骨格を形成し、溶解性を低下させる方向に作用する成分である。このためSiO2が15モル%を超えると溶解速度が低下して防錆効果が低下するので好ましくない。前記したようにSiO2とB23はともにガラス形成酸化物であり、B23単独でもガラスを形成することは可能である。このため本発明においてはB23+SiO2が45〜55モル%の範囲に保たれれば、後記する実施例に示すように、SiO2を0とすることも可能である。しかし実用的には5〜10モル%のSiO2を含有させ、溶解速度を適切に制御することが好ましい。
【0016】
CaOは溶出した水溶液のpHを高めるための成分であり、その含有率が多いほど防錆効果を高めることができる。本発明では他の成分とのバランスを考慮しつつ、30モル%超のCaOを含有させ、鋳鉄に対しても十分な程度にまで防錆効果を高めることに成功した。しかし36モル%を超えるとCa成分が結晶として析出してガラス化が困難となる。このため本発明ではCaOの含有率を30〜36モル%としたが、より好ましくは32〜35モル%の範囲である。
【0017】
上記の組成を有する本発明のガラス質防錆剤は、鉄系金属の錆の原因となる水分と接触すると、水中にNa2OとCaOを溶出させてそのpHを特許文献1のガラス質防錆剤よりも高い9.5〜12とすることができる。この結果、特許文献1のガラス質防錆剤では十分な防錆効果を得ることができなかった鋳鉄に対しても、優れた防錆効果を発揮することができる。このために本発明では特許文献1のガラス質防錆剤よりもB23の含有率を抑制し、相対的にCaOの含有率を高めている。なお本発明のガラス質防錆剤はpHバッファ効果を持つため、防錆処理環境にpHを変動させる外的因子があっても、常に高いpHを維持することができる利点がある。
【0018】
本発明のガラス質防錆剤を製造するには、上記した組成となるようにガラス原料を調合して溶融したうえ水中に投じて水砕し、更に乾燥、粉砕、分級を行い、粉粒体とする。各工程自体は一般的なガラス粉末の製造工程と特に変わるところはない。本発明のガラス質防錆剤のメジアン径D50は、1〜100μmの範囲とすることが好ましい。これよりも微粒とすると比表面積が大きくなって溶出速度が過大となり、防錆効果の持続性が低下する傾向となる。また工業的には、これよりも微粒とすると飛散し易くなってハンドリング性が低下する。逆にこれよりも粗粒とすると、比表面積が小さくなって溶出速度が過小となり、防錆効果が低下する傾向となる。
【0019】
本発明のガラス質防錆剤はそのまま水中に投入してもよいが、鉄系金属の防錆のためには、樹脂フィルム中に分散させるか、樹脂フィルムの表面に担持させて防錆フィルムとし、鉄系金属体の表面を覆うことが好ましい。鉄系金属体の表面に結露が生じた場合にはガラス質防錆剤が徐々に溶解し、防錆効果を発揮することができる。
以下に本発明を実施例によって更に詳細に説明する。
【実施例】
【0020】
表1(実施例)と表2(比較例、比較例5は従来品)に示す各組成となるようにガラス原料を調合し、V型ミキサーで混合した後、ガラス溶融用坩堝を用いて1300℃で15分の条件で溶融した。溶融したガラスを水を入れたステンレス容器に流し入れて水砕した。水砕品を150℃、2時間の条件で乾燥したのち、乾式粉砕と分級とを行い、メジアン径D50が10μmのものを防錆剤とした。一方、ふるいにより粒径が300〜500μmとなるよう調整したものを溶解速度測定用検体とした。各組成の防錆剤を用いて防錆試験とFeイオン濃度の測定とを行い、各組成の溶解速度測定用検体を用いて溶解速度の測定を行った。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
(防錆試験)
鋳鉄(FC250)からなる直径30mm、厚み9mmの円柱をアセトン中で15分間超音波洗浄し、脱脂処理したものを防錆試験片とした。小瓶に蒸留水10mLと防錆剤0.1gを添加し、超音波洗浄機を用いて防錆剤を溶液中に十分に分散させ、防錆剤1.0質量%の水溶液とし、開始時のpHを測定した。この防錆剤水溶液中に上記の防錆試験片を浸漬し、密閉して常温で1週間静置した。2週間経過後に防錆試験片の上面及び側面に発生した点錆の数をカウントした。なお、目視で確認できるものを全て点錆とし、上面と側面の点錆の合計数を表中に示した。防錆剤を加えない蒸留水のみの場合には、カウント不可能なほど多くの点錆が発生した。
【0024】
(溶解速度)
溶解速度測定用検体0.1gを100mLの蒸留水に入れ、24時間静置後の蒸留水中のB濃度をICPで測定した。B濃度より防錆剤の重量減を求め、1時間当たりの溶解速度を算出して表中に示した。
【0025】
(Feイオン濃度の測定)
防錆試験終了後の防錆試験片および防錆剤溶液が入った小瓶を振り、防錆試験片に付着した錆を削ぎ落とした。その後、防錆試験片を取り除き、防錆剤溶液に1N硝酸水溶液を0.2mL添加してFeイオンを安定化した。その後、防錆剤溶液をメンブレンフィルターによりろ過し、Feイオン濃度をICPにより測定し、その結果を表中に示した。
【0026】
(考察)
表1、表2に示されるように、本発明の実施例の防錆剤はいずれも点錆の数が2以下で、Feイオン濃度もゼロであるのに対して、比較例の防錆剤は比較例5の従来品を含めて点錆数が10以上であり、Feイオンの溶出が認められた。また前記したように、蒸留水のみの場合には、カウント不可能なほど多くの点錆が発生しており、本発明のガラス質防錆剤の防錆効果が優れていることが確認された。
【0027】
比較例1と比較例2は何れも15モル%を超えるSiO2を含有するため、溶解速度が低下し、防錆効果も低下している。比較例3は、Na2Oの含有率が8モル%未満であり、やはり溶解速度が低下し、防錆効果も低下している。比較例3と比較例5はB23が55モル%を超え、CaOが30モル%未満であるため、水溶液のpHが低下して防錆効果が低下している。比較例4はCaOが36モル%を超えているため、Ca成分が結晶として析出し、ガラス化しなかった。よって試験を実施できなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物換算で、B23:27〜55モル%、Na2O:8〜20モル%、SiO2:15モル%以下、CaO:30モル%を超え36モル%以下の組成を有することを特徴とするガラス質防錆剤。
【請求項2】
CaO:32〜35モル%であることを特徴とする請求項1に記載のガラス質防錆剤。
【請求項3】
23+SiO2:45〜55モル%であることを特徴とする請求項1に記載のガラス質防錆剤。
【請求項4】
1質量%水溶液のpHが9.5〜12であることを特徴とする請求項1に記載のガラス質防錆剤。
【請求項5】
メジアン径D50が1〜100μmの粉粒体であることを特徴とする請求項1に記載のガラス質防錆剤。

【公開番号】特開2013−87327(P2013−87327A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−228741(P2011−228741)
【出願日】平成23年10月18日(2011.10.18)
【出願人】(000198477)石塚硝子株式会社 (77)
【Fターム(参考)】