説明

キサンタンゲル及びキサンタンヒドロゲルの製造方法

【課題】簡便かつ安価に天然多糖からゲルを製造する方法、及び該方法によって製造された多糖ゲルを提供する。
【解決手段】塩化1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムであるイオン液体とキサンタンガムとを混合して加熱溶解する第1の工程と、溶解液を冷却してゲル化する第2の工程とを含む多糖ゲル、更に該ゲルを水中に静置する第3の工程を含むヒドロゲルを得る製造方法、及び該製造方法により製造された、0.2MPa以上の応力を有する及び/又は40%以上の歪に耐える強度を有する高強度多糖ゲル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キサンタンガムから多糖ゲル及び多糖ヒドロゲルを製造する方法、並びに該方法により製造される高強度の多糖ゲル及び多糖ヒドロゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
石油などの化石資源は有限であり、化石資源を使用しない新しい材料合成プロセスの開拓が強く望まれている。このことから、地球上に豊富に存在し、再生可能な有機資源であるバイオマスを材料合成の原料として有効に利用することができれば有望な石油代替資源になると考えられる。上記の観点から代表的なバイオマス資源である天然高分子から製造されるバイオベース高分子材料が注目されており、実用的なバイオベース高分子材料の構築は、天然高分子の資源としての有効利用を促進し、化石資源に頼る材料合成からの脱却につながると期待される。
【0003】
セルロースなどの天然多糖は、地球上に最も豊富に存在するバイオマス資源であり、分子内・分子間での水素結合により大きな力学強度を持つことから、古くから、衣料、紙、パルプなど多岐にわたって利用されてきた。しかし、多糖類は水素結合により強固な結晶性を有していることから、通常の溶媒には不溶であり、利用される範囲は化石資源から得られる材料に比べると非常に限られている。誘導体化することで溶解性は格段に向上するが、天然多糖を多くの分野で利用するためには、化学変換することなく溶解可能な溶媒系の開発が非常に重要になってくる。
【0004】
近年、天然多糖を良好に溶解する溶媒として、常温で液体であり、イオン導電性が高く、また蒸気圧がないなどの特徴を有するイオン性化合物(イオン液体とも称する)が注目されている(非特許文献1)。イオン液体は他の多糖類とも良い相性を有すると考えられることから、イオン液体を利用した多糖材料の創製について検討がなされている。
【0005】
例えば、特許文献1及び非特許文献2は、セルロース及びキチンをイオン液体に溶解させることを含む、熱可塑性を有する多糖ゲルの製造方法を開示している。また、上記イオン液体の溶媒系において多糖類としてカラギーナンを使用することによって、高い機械的強度を有するカラギーナンゲルを製造することができるとの知見もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008-248217号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】P. Richard et al., J. Am. Chem. Soc., 2000, 124, 4974
【非特許文献2】J. Kadokawa, M. Murakami, Y. Kaneko, Carbohydr. Res., 343, 769 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記多糖ゲルの製造方法においては、迅速なゲル化、安定な(すなわち、手に持って扱える)ゲルの製造、及び製造されるゲル中のイオン液体の除去のために、ゲル化プロセスの間及びゲル形成後に、それぞれアセトンやエタノールなどの有機溶媒で洗浄する必要があった。
【0009】
そこで本発明は、より簡便かつ安価に天然多糖からゲルを製造する方法、及び該方法によって製造された多糖ゲルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、上記イオン液体の溶媒系を用いたゲル製造方法において、天然多糖としてキサンタンガムを使用することにより、有機溶媒で洗浄することなく迅速に安定な多糖ゲルを製造できること、そのようにして製造した多糖ゲルは高い強度を有し、かつ単に水中に静置することのみによって、簡便かつ安価にヒドロゲルに変換することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
したがって、本発明は第1に、イオン液体とキサンタンガムとを混合して加熱溶解する第1の工程と、溶解液を冷却してゲル化する第2の工程とを含む、多糖ゲルの製造方法に関する。上記方法において、下記式Iに示す構造を有するイミダゾリウム塩型のイオン液体を使用することが好ましい。
【0012】
【化1】

[式中、Rは炭素数1〜4のアルキル基であり;R2は炭素数1〜4のアルキル基又はアリル基であり;X-はアニオンである。]
【0013】
最も好ましくは、イオン液体として1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムを使用する。またキサンタンガムは、イオン液体100重量部に対して10〜100重量部の範囲で混合することができる。
【0014】
本発明はまた、第2の工程で生じたゲルを水中に静置してヒドロゲルを得る第3の工程をさらに含むことができる。
【0015】
本発明はまた、上記方法により製造された高強度多糖ゲルを包含する。本発明に係る多糖ゲルは、0.2MPa以上の応力を有する及び/又は40%以上の歪に耐える強度を有することによって特徴付けることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の方法によれば、簡便かつ安価に多糖ゲル及び多糖ヒドロゲルを製造することができる。本発明の方法によって製造した多糖ゲル及び多糖ヒドロゲルは、高い強度を有し、かつ単に水中に静置することのみによって、簡便かつ安価にヒドロゲルに変換することができるため、各種産業に利用可能な高分子材料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明の方法に従って製造した各種濃度のキサンタン/BmimClゲルの圧縮試験の結果を示す図である。
【図2】図2は、本発明の方法に従って製造した各種濃度のキサンタン/BmimClゲルの引張試験の結果を示す図である。
【図3】図3は、本発明の方法に従って製造したキサンタンヒドロゲルの圧縮試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る多糖ゲルの製造方法(以下、単に本発明の方法という)は、イオン液体とキサンタンガムとを混合して加熱溶解する第1の工程と、溶解液を冷却してゲル化する第2の工程とを含んでいる。
【0019】
本発明の方法において使用できるイオン液体としては、キサンタンガムを溶解できるものであれば特に制限されず、例えばイミダゾリウム塩型、ピリジニウム塩型、アンモニウム塩型、ホスホニウム塩型のイオン液体などのいずれを用いてもよい。キサンタンガムの溶解力や、キサンタン残基との凝集構造形成性などの点で、イミダゾリウム塩型のイオン液体を使用することが好ましい。
【0020】
本発明に使用することができるイミダゾリウム塩型のイオン液体としては、これに限定されるものではないが、塩化1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム、塩化1-アリル-3-メチルイミダゾリウム、酢酸1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムなどを挙げることができる。塩化1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムを使用することが特に好ましい。
【0021】
本発明に使用するキサンタンガムは、発酵生産したものであってもよいし、市販のものであってもよい。キサンタンガムの発酵生産は当業者に自明であり、例えばキサントモナス属に属するキサントモナス・カンペストリス(Xanthomonas campestris)を適当な培養条件に置くことによって生産することができる(例えば米国特許第3,659,026号参照)。
【0022】
第1の工程は、キサンタンガムをイオン液体中に均一に分散させる工程である。第1の工程の加熱温度及び加熱時間は、キサンタンガムのイオン液体への均一な分散を可能にする範囲で行うこととし、具体的には、80℃〜120℃の温度、3〜24時間であるものとする。例えば、第1の工程は、キサンタンガムとイオン液体の混合物を100℃に加熱して攪拌し、その後、攪拌せずに12時間加熱を継続することによって行う。
【0023】
続く第2の工程は、第1の工程で得た溶解液を冷却してゲル化することで、連続相にイオン液体をもつ多糖ゲルを得る工程である。ここでいう「冷却」は、自然冷却及び強制冷却のいずれをも包含するが、自然冷却によるものであることが好ましく、これは例えば室温で5分以上放置することによって行うことができる。このように、本発明の方法においては、ゲル化に際し、有機溶媒による洗浄を行わなくても、安定なゲルが非常に短時間で得られるという利点を有する。また前記溶解液の冷却前に、所望形状の鋳型に移すことによって、ゲル成形品を得ることもできる。
【0024】
上記方法において、イオン液体に対するキサンタンガムの量は特に制限されず、所望のゲル特性に応じて、当業者が適宜選択することができる。例えば、イオン液体100重量部に対してキサンタンガムを10〜100重量部の範囲で混合することができる。具体的には、より強固な多糖ゲルを得たい場合には、イオン液体100重量部に対してキサンタンガムを60〜100重量部混合することでより強固な多糖ゲルを得ることができ、キサンタンガムを10〜30重量部混合することでより柔軟性に富むゲルを得ることができる。また中程度の強度と柔軟性とを有するゲルを得たい場合には、イオン液体100重量部に対してキサンタンガムを40〜50重量部混合すればよい。
【0025】
このように上記方法によれば、イオン液体に加熱溶解させたキサンタンガムを単に冷却することよって、簡便かつ安価に多糖ゲルを製造することができる。
【0026】
また本発明者らは驚くべきことに、上記のようにして製造した多糖ゲルを単に水中に静置することによって多糖ヒドロゲルに変換できることを見出した。
【0027】
したがって、本発明の方法は、第2の工程で生じたゲルを水中に静置してヒドロゲルを得る第3の工程をさらに含むことができる。本発明の方法は、ゲル中のイオン液体の除去のために、有機溶媒によって洗浄する必要がないため、操作及びコストの面で有利である。
【0028】
なお、本明細書で使用する「ヒドロゲル」とは、連続相の全てではないが大部分(すなわち85%以上)が水から構成されるゲルをいう。したがって、連続相にわずかながら水以外の溶媒(例えばイオン液体)を含むゲルも本発明のヒドロゲルに包含される。
【0029】
第3の工程は、連続相に存在する大部分のイオン液体が水で置換されるのに十分な時間で行うものとする。例えば第3の工程は、6時間以上、好ましくは24時間以上、例えば12時間、多糖ゲルを水中に静置することによって行うことができる。
【0030】
本発明の方法によって多糖ヒドロゲルを得る場合には、キサンタンガムをイオン液体100重量部に対して10〜40重量部の範囲で混合することが好ましい。キサンタンガムの量が40重量部を超えると、得られる多糖ヒドロゲルの破断歪み及び応力が減少するからである(図3参照)。
【0031】
上記のようにして得られる多糖ゲルは、高い強度を有するものである。なお、本明細書で使用する「高強度」又は「高い強度」とは、機械的強度が高いことをいい、具体的には0.2MPa以上の応力を有する及び/又は40%以上の歪に耐える強度を有することによって特徴付けることができる。なお、本発明の方法で製造した多糖ゲルが40%以上の歪に耐える強度を有することは、引張試験による応力−歪曲線によって確認することができる。
【0032】
(実施例)
以下、本発明を実施例を参照しながらより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
なお、以下の実施例では、イオン液体としてFluka社のBminClを使用した。
【実施例1】
【0033】
本発明の方法によるキサンタン/BmimClゲルの製造
試験管にBminCl 1.0g(5.7mmol)を秤取し、キサンタン0.1g又は1.0gを試験管に加え、均一になるまで100℃で攪拌した後、100℃で12時間、攪拌せずに加熱を継続した。その後、室温に冷却することによってBminClを連続相にもつ10%w/w及び100%w/wキサンタン/BminClゲルを得た。
【0034】
なお、キサンタン0.1gを用い、BminClに代えて水を使用して同様のプロセスを実施したところ、製造される組成物は粘性体であり、ゲルにはならなかった。
【実施例2】
【0035】
キサンタン/BmimClゲルの圧縮試験
BmimClに対して、それぞれ10%、20%、30%、40%、50%及び100%(w/w)のキサンタンガムを使用して、上記実施例1に記載されるようにキサンタン/BmimClゲルを製造した。
【0036】
得られた各ゲルについて、以下の方法に従って圧縮試験を行った。すなわち、得られたゲルを高さ1cmの円柱状に切断し、(株)東京試験機社製のリトルセンスターを用いて、0.5mm/gで圧縮した。その結果を図1に示す。
【0037】
図1から明らかな通り、BmimClの量に対するキサンタンガムの量が増えるにつれ、より強固なゲルになり、柔軟性が低下することが明らかになった。また、全てのゲルが破断点を示さなかった。
【実施例3】
【0038】
キサンタン/BmimClゲルの引張試験
キサンタン/BmimClゲルの強度と柔軟性を詳細に検討するために、実施例2に従って得た各キサンタン/BmimClゲルにつき、以下の方法に従ってゲルの引張試験を行った。すなわち、シャーレにBmimCl 1.0g(5.7mmol)を秤量し、キサンタン0.1g又は1.0gを加えて均一になるまで100℃で攪拌した。さらに100℃で12時間攪拌せずに加熱した後、室温まで冷却して厚さ約1mmの10%w/w又は100%w/wのゲルを得た。このゲルを幅10mmに切断し、(株)東京試験機社製のリトルセンスターを用いて引張試験を行った。結果を図2に示す。
【0039】
図2から明らかな通り、各キサンタン/BmimClゲルは、約40〜60%伸張することが明らかになった。また、破断応力はキサンタン濃度に依存しており、50%w/w以上では、1MPaを超えることが明らかになった。
【実施例4】
【0040】
キサンタンヒドロゲルの製造
試験管にBminCl又は水1.0gを秤取し、キサンタン0.1gを試験管に加え、均一になるまで100℃で攪拌し、100℃で12時間、攪拌せずに加熱を継続した。次いで、室温に冷却することによってBminClを連続相にもつ10%w/wキサンタン/BminClゲルを得た。その後、試験管に水を20mL添加することによる平衡化処理を2回行った。
【0041】
その結果、イオン液体を用いて調製したキサンタン/BmimClゲルは、形を保持したまま水で平衡化することができた。このゲルは、非常に柔軟性に優れ、強い応力を与えても破断しない、強度に優れたものであった。
【実施例5】
【0042】
キサンタンヒドロゲル中の含水率の推定
1gのBmimCl(5.7mmol)に対して、それぞれ10%、20%、30%、40%、50%及び100%(w/w)のキサンタンガムを用い、実施例4と同様にしてキサンタンヒドロゲルを製造した。次いで、これらの各ヒドロゲルを凍結乾燥することによって含水率を算出した。具体的には、重量を測定したヒドロゲルを凍結乾燥し、重量を測定し、含水率を次式に従って算出した:凍結乾燥での重量減少/凍結乾燥前のヒドロゲル重量x100。その結果を下記表1に示す。
【0043】
ヒドロゲル中の含水率はキサンタン濃度に応じて88.2〜97.8%と見積もられた。このことから、キサンタン/BmimClゲルを水で平衡化して得られるゲルは、ほぼ水が連続相に置き換わったヒドロゲルであることが確認された。
【0044】
さらに、平衡化に用いた水に溶け出したBmimClを1H NMRを用いて定量することで、ヒドロゲル中に残存するイミダゾリウム量を推定した。その結果、ヒドロゲル中に残存しているイミダゾリウムは、0.30〜1.68mmolと見積もられた。キサンタン残基のアニオン量(ユニットのモル数の2倍)よりも多くイミダゾリウムが残存していることから、ゲル中から完全にはイオン液体を取り除くことができていないことが予想される。
【0045】
【表1】

【実施例6】
【0046】
キサンタンヒドロゲルの圧縮試験
実施例5で製造した各キサンタンヒドロゲルについて、実施例2と同様にして圧縮試験を行った。その結果を図3に示す。
【0047】
10%w/wのゲルから調製したヒドロゲルは、95%まで歪みをかけても破断しなかった。また、その時の応力は約0.4MPaであり、強靭なゲルであることが明らかになった。キサンタン仕込み量を30%w/wに増やすことで強度は増加し、破断応力が1MPaを超えることが明らかになった。また、キサンタン濃度を40%w/w以上に増加させると、破断歪み、応力ともに減少した。これは、キサンタンの濃度が増加すると凝集が起こり、うまくハイドロゲルができないためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明に係る方法により、多糖ゲル及び多糖ヒドロゲルを簡便かつ安価に製造することができる。こうして得られる多糖ゲル及び多糖ヒドロゲルは高い強度を有するものであるため、生体材料や伝導性材料など、各種分野で利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン液体とキサンタンガムとを混合して加熱溶解する第1の工程と、溶解液を冷却してゲル化する第2の工程とを含む、多糖ゲルの製造方法。
【請求項2】
イオン液体は下記式Iに示す構造を有するものであることを特徴とする請求項1記載の方法。
【化1】

[式中、Rは炭素数1〜4のアルキル基であり;R2は炭素数1〜4のアルキル基又はアリル基であり;X-はアニオンである。]
【請求項3】
イオン液体は塩化1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムであることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
キサンタンガムはイオン液体100重量部に対して10〜100重量部の範囲で混合することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項5】
第2の工程で生じたゲルを水中に静置してヒドロゲルを得る第3の工程をさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載の方法により製造された高強度多糖ゲル。
【請求項7】
0.2MPa以上の応力を有する及び/又は40%以上の歪に耐える強度を有することを特徴とする請求項6記載の高強度多糖ゲル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−174145(P2010−174145A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−18795(P2009−18795)
【出願日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【Fターム(参考)】