説明

キシリトールガム咀嚼力判定用カラースケール

【課題】有歯顎者の咀嚼進行に伴うガムの色変わり特性を分析し、色変わりチューインガムによる咀嚼力の評価に使用するためのより客観的な判定基準として使用可能なカラースケールを作成する方法の提供。
【解決手段】複数の有歯顎者に色変わりチューインガムを咀嚼させ、咀嚼後のガムの呈する色と咀嚼前後のガムの色差との回帰式を求め、さらに咀嚼回数と咀嚼前後のガムの色差との回帰式を求めることで、有歯顎者による咀嚼回数と咀嚼後のガムの呈する色の色差を求め、カラースケールを作成する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キシリトールガム咀嚼力判定用カラースケールの作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、咀嚼力を直接判定するための様々な方法が開発され、報告されている。咀嚼力を直接判定するための方法は、摂取可能な食品を被験者に質問して評価する主観的な方法と、実際に咀嚼された試料の状態を客観的に評価する方法に大別される。これらのうち、被験者の主観的な判断を必要としない後者のほうが咀嚼力をより定量的に評価できるが、一方で作業が煩雑であり、また特殊な機器を必要とするなど、歯科診断の場や日常において手軽に行える方法ではない。
【0003】
これらの問題を解決するため、本出願人らは咀嚼の進行に伴い色が変わる色変わりチューインガムを開発し、キシリトールガム咀嚼力判定用(商品名)として実際に販売を行っている。この色変わりチューインガムは、咀嚼の進行に伴いガムの色が緑からピンクに変化するもので、咀嚼後の色を評価することで咀嚼力を手軽に判定することができる。チューインガムは材質的にも安定した性質を示し、また均一な製品を大量に生産することができる。さらに、日常的に経口摂取されており、均一なテクスチャーを有する食物であるなど、測定用試料として多くの利点を備えている。
【0004】
また、本出願人らは、この色変わりチューインガムによって咀嚼力を測定する試みをも行っている。たとえば、非特許文献4及び非特許文献2では、色変わりチューインガムによる咀嚼力評価法と従来の篩分法との間で結果に関連性があることを報告しており、さらに、この色変わりチューインガムは咀嚼の進行に従い変色の程度が進むことを報告している。さらに、より簡便に咀嚼力の評価を行うため、非特許文献1では実験用カラースケールを作成し、色変わりチューインガムの色変わりをカラースケールと比色して咀嚼力を比較する方法の検者間信頼性を開示している。すなわち咀嚼後のガムを見て、非特許文献1で作成したカラースケールを用いて複数人がスコアをとったとき、スコアを取る人にかかわらず、結果が同じスコアになるということである。これはガムの色の評価をこのカラースケールで再現性高く評価できることを示したものである。更に、非特許文献3では、色変わりチューインガムの臨床評価を検討している。
【0005】
しかし、非特許文献1において使用しているカラースケールは、咀嚼したガムの色調から視覚的に作成したものであり、定量的に色変化を研究して作成したものではない。また、無作為に抽出された歯科医師による咀嚼結果をもとに作成している。そのため、より客観的かつ定量的な判定ができるカラースケールを作成するためには、平均的な咀嚼力を有する者が咀嚼する際の、咀嚼開始直後からの咀嚼進行中におけるガムの色変化に関する詳細な検討が求められている。
【0006】
さらに、本出願人はより客観的かつ定量的な判定ができるカラースケールを目的とした作成方法を特許文献1に報告している。しかしながら、ガムの色変化の実態により近づいたカラースケールを作成する必要性が依然として存在している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−72559号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】藤波ら:「カラースケールを用いた色変わりガムによる咀嚼能力評価法の信頼性」 日本咀嚼学会雑誌18巻2号 pp173-174、2008年
【非特許文献2】平野ら:「新しい発色法を用いた色変わりチューインガムによる咀嚼能力の測定に関する研究」 日本補綴歯科学会雑誌 46巻 pp103−109、2002年
【非特許文献3】咀嚼能力の臨床評価−より客観性を求めて−「色変わりチューインガムの応用」 日本咀嚼学会雑誌12巻2号 pp92-93、2003年
【非特許文献4】Hayakawa et al:”A Simple Method for Evaluating Masticatory Performance Using a Color-Changeable Chewing Gum” The International Journal of Prosthodontics 11(2):pp173-176, 1998
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本研究は、色変わりチューインガムによる咀嚼力の評価に際して、ガムの色変化の実態により近づいたより客観的かつ定量的な判定基準として使用可能なカラースケールを作成することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題に鑑み、本発明は、複数の被験者にキシリトールガム咀嚼力判定用を一定回数咀嚼させる第1の工程と、咀嚼後のガムが呈する色が特定の色空間において示す座標値と咀嚼前後においてガムが呈する色の該色空間における色差との関係を表す回帰式を求める第2の工程と、該色差と咀嚼回数との関係を表す回帰式を求める第3の工程と、第2及び第3の工程で求めた回帰式から、咀嚼後のガムが呈する色に対する平均的な咀嚼回数を決定する第4の工程とからなることを特徴とする、キシリトールガム咀嚼力判定用を用いて、咀嚼後のガムが呈する色から被験者における咀嚼回数を判定するためのカラースケールの作成方法に関する。
【0011】
具体的には、4パラメータロジスティック曲線をモデルとした色差と咀嚼回数との関係を表す回帰式を用いることで、「キシリトールガム咀嚼力判定用」の咀嚼による色変化の実態により一層即した回帰式を求めることができた。更に、本回帰式を用いたカラースケールを作成することにより、ガムの色変化の実態により一層即した、より正確な咀嚼能力の判定が可能となった。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法により、従来の方法と比較してより客観的にかつ定量的に咀嚼力を判定するためのカラースケールを作成することができる。特に、新たな回帰式を用いてカラースケールを作成することで咀嚼能力をより正確に測定することが可能となり、「キシリトールガム咀嚼力判定用」を用いた咀嚼能力の判定を臨床的な場で簡易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施例における咀嚼回数とL*a*b*との関係を表すグラフ。
【図2】本発明の一実施例における咀嚼回数とL*a*b*との関係を表すグラフ。
【図3】本発明の一実施例における咀嚼回数とL*a*b*との関係を表すグラフ。
【図4】本発明の一実施例における咀嚼回数とL*a*b*との関係を表すグラフ。
【図5】本発明の一実施例におけるΔEと咀嚼回数との関係を表すグラフ。
【図6】本発明の一実施例におけるΔEと咀嚼回数との関係を表すグラフ。
【図7】本発明の一実施例におけるガム色変わりの被験者内信頼性を示すグラフ。
【図8】本発明の一実施例におけるカラースケールに採用した色(ΔE)と対応する咀嚼回数の回帰式により求めた関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
特許文献1のカラースケールの作成方法は、1)回帰式のモデルが二次関数であり、ガム色変わりの実態と異なっている、2)ガム色変わりの被験者内信頼性(再現性)の検討がされていない、および3)ガム色変わり傾向の被験者間の同一性の検討がされていないという点が存在している。
【0015】
そこで、本発明は、特許文献1の欠点を補うべく以下の検討を行った。
すなわち、本願発明のカラースケールの利点として、上記3点について詳述する。
【0016】
1’)回帰式のモデルについて
新回帰式のモデルを4パラメータロジスティック曲線にした。特許文献1の回帰式は二次関数であり、咀嚼回数→ ∞でΔE → ∞ となる。ΔE = ∞ は明らかに矛盾している。本当に厳密に考えるとΔEに上限値で終わるものではないかもしれないが、ガムを使用する範囲では、ΔEはある上限値で終わるとみなしたほうが適切であると考えた。実際に、複数人でガムを500回咀嚼、600回咀嚼した結果、ΔEの値はほぼ一定値に近づいた。その中での最大値ΔEmax = 73.2をΔEの最大値として採用することとし、4パラメータロジスティック曲線をモデルとした新回帰式ではΔEの上側漸近線が73.2となるように設定している。結果、よりガム色変わりの実態に即した回帰式となった。
本願発明のカラースケールのための回帰式
【数1】

【0017】
2’)ガム色変わりの被験者内信頼性(再現性)について
特許文献1の実験では各被験者(61名)に対して、20、40、60、80、120、160回咀嚼を各1回ずつさせている。この「1回」と言うのが問題である。測定値とは「被験者の真の値」と「測定誤差」で構成される(測定値=真の値+測定誤差)。ガム色変わりの被験者内信頼性とは、測定値のうち真の値を測定できている割合である。換言すると、測定誤差の影響がどの程度か、測定値の再現性のことである。例えば、ある被験者の20回咀嚼によるΔEの値がどの程度ぶれるか、その値にどの程度再現性があるのか、を示す指標である。特許文献1での各被験者の測定結果は各被験者の真の値(真の咀嚼能力)をどの程度測定できているのか不明な状態であった。真の値を正しく計測できていない(可能性がある)状態では正しい回帰式を作ることはできない。
【0018】
本願発明の実験では、各被験者(10名)に対して各咀嚼回数5回ずつの測定を行った。これによりガム色変わりの被験者内信頼性の検討を行うことができた。その結果は「1回」だけの測定でも大きな問題はないと言うものであったが、より正確な回帰式を作るために5回測定を行っている本願発明の実験のデータにより回帰式を導出した。本実験では100回咀嚼、200回咀嚼も行わせているが、これはより精密な回帰式を作るためで、必ずしも必要であったわけではない。
【0019】
3’)ガム色変わり傾向の被験者間同一性について
「カラースケールを作る」とは全員に共通の「咀嚼回数と対応したガム色変わり傾向」と対応したカラースケールを作る、と言うことである。すなわち、咀嚼回数と対応したガム色変わり傾向は「全員共通である」と言うことが前提となっている。
例えば、咀嚼前半では大きな色変わりがあるが中盤からだれるタイプ(スタートダッシュ型)、咀嚼中盤で一気に色変わりを起こすタイプ、咀嚼後半で追い上げるタイプ(追い上げ型)など色々な人がいるとすると、カラースケールを作ろうとする事自体が不可能となる。特許文献1の実験ではこの検討がなされていない。
【0020】
上記検討のために、以下の解析を行った。
まず10名の被験者に対して、各被験者における4パラメータロジスティック曲線をモデルとした回帰式を導出した。これを用いて各被験者がある色差ΔE(=1〜73)となるために必要な咀嚼回数(NΔE)を算出した。このNΔEは咀嚼能力の評価値と見なすことができる。被験者1を基準として、ΔEごとのNΔE間の比を計算する(被験者1のNΔE/被験者2のNΔEなど)。ΔE = 20以上においてNΔEの被験者間比は各被験者でほぼ一定値となった。これはΔE=20以上では咀嚼の進行状況によらずある被験者の相対的な咀嚼能力は一定に測定できている、すなわち咀嚼回数が何回であってもある被験者と別の被験者の咀嚼能力の関係性は一定に測定できていると言うことである(例えば、被験者1と被験者2の咀嚼能力の関係は60回咀嚼でも1.5倍、100回咀嚼でも1.5倍、160回咀嚼でも1.5倍)。これはすなわち、前述のスタートダッシュ型、追い上げ型の人がいないと言うこと、被験者によらず同一の傾向で色変わりが起きていることを示唆している。
【0021】
この確認をした上で、本願の実験の全データを用いて、新回帰式を導出した。
【実施例】
【0022】
本実施例において作成したカラースケールの作成方法を以下に例示的に記載する。なお、本発明は被験者やその人数、咀嚼回数、測色方法等について、以下の構成に限定されるものではない。
【0023】
本発明において、咀嚼力とは、食物を破砕混合し唾液と混和する能力を意味する。本発明において咀嚼力は、一定回数チューインガムを咀嚼した際にチューインガムが破砕混合され唾液と混和された程度について、被験者が同じ程度にまでチューインガムを破砕混合し唾液と混和するために必要な咀嚼回数を求め、その咀嚼回数同士を比較することによって表すことができる。
【0024】
1.キシリトールガム咀嚼力判定用
使用したチューインガムは、実際に販売されているものと同一であり、略板ガムタイプ(36×20×5mm、3.0g)で、ガムベース、クエン酸、キシリトール、赤色、黄色および青色の色素などが主な成分として含有されているものである。ガムはクエン酸によりpHが低い状態となっており、赤色色素には酸性領域では発色しない合成着色料が用いられているため、咀嚼前には黄色と青色の色素により黄緑色を呈している。咀嚼の進行に伴いガムが唾液と混和されると、ガムベースから黄色、青色の色素が溶出する。同時にクエン酸の唾液への溶出によりガム内部のpHが上昇し、赤色の色素が赤色を発現する結果、ガムは黄緑色から赤色へと変化する。なお、咀嚼によって変色するという条件を満たす限り、上記以外のガム成分や着色料の成分に限定はなく、いかなる色変わりチューインガムをも使用することができる。本実施例に用いたキシリトールガム咀嚼力判定用の配合を表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
2.咀嚼力判定ガムの信頼性
現在使用されている客観的咀嚼能力評価方法には篩分法、グミゼリーを用いた方法およびワックスキューブを用いた方法などがあるが、これらの方法は測定に煩雑な行程を含む上に、検査に専門家と専門機器が必要であり、在宅や介護施設など幅広い領域への応用は困難なものである。そこで簡便な咀嚼能力評価が可能な試料として、咀嚼の進行により色の変化するガム(キシリトールガム咀嚼力判定用(商品名))を開発して、色彩色差計により測色することで咀嚼能力の数値化が可能であることを報告した。新たな検査方法を確立させるためには妥当性と信頼性の検討を行うことが必要になる。妥当性とは測定したい対象をいかに正確に測定できているかを示す性質であり、信頼性とは複数回の測定、あるいは複数人の検者が測定した際などの結果の再現性を示す性質である。本研究の目的はキシリトールガム咀嚼力判定用の測定結果の被験者内信頼性、すなわち、同じ被験者が同じ回数咀嚼した際のガム色変わりの再現性について検討することである。
【0027】
(方法)
健常有歯顎者10名(26-30歳、平均27.7歳)に対して20、40、60、80、100、120、160、200回咀嚼を指示し、各咀嚼回数につき5回ずつキシリトールガム咀嚼力判定用を咀嚼させた。各試行の間は十分に間隔をあけ、咀嚼時の条件として、嗜好側、毎秒1回、咬頭嵌合位まで噛むことを指示した。規定回数咀嚼後、ガムを取り出して直ちにポリエチレンフィルムでくるみ、ガラス練板で1.5mm厚に圧接した。色彩色差計(CR-13、コニカミノルタ)にて中心と上下左右3mm離れた点、計5点のL*,a*,b*値を測定して、そこから咀嚼前の試料との色差ΔEを求めた。
【0028】
(結果と考察)
本研究では被験者内信頼性の指標としてShroutのICC(1,1)を用いた。咀嚼回数20、40、60、80、100、120、160、200回におけるICC(1,1)とその95%信頼区間の下限を表2に示す。一般的にICCは 0.61-0.80でsubstantial、 0.81-1.00でalmost perfectと判断される。本実験では咀嚼回数80、100、120、160回においてICC(1,1)は0.8以上、95%信頼区間の下限は0.6以上であり、これらの咀嚼回数において十分な信頼性があることが示唆された。
【0029】
【表2】

【0030】
3. キシリトールガム咀嚼判定用の色変わり機序
キシリトールガム咀嚼力判定用の咀嚼による色変化は以下の機序により起こる。ガム内には緑色色素(青色と黄色色素)と赤色色素が含まれている。緑色色素は咀嚼前に緑色を呈しており、咀嚼により唾液へ流出し脱色する。また、赤色色素は酸性下で無色に近く、中性・アルカリ性下で濃く発色する性質を有している。咀嚼前、ガム内にはクエン酸が存在しているため、赤色色素は無色に近い。咀嚼によりクエン酸は流出し、ガム内は中性になり赤色が濃く発色する。これらの機序によりガムは咀嚼前の緑色から咀嚼後に赤色に色変化をする。今回はガムに含まれている色素(緑色、赤色色素)の咀嚼に伴う色変化について検討し、キシリトールガム咀嚼力判定用の色変わり機序を明らかにすることを目的とした。
【0031】
(方法)
被験者は健常有歯顎者4名(男性4名、平均年齢21.5歳、21-23歳)とした。被験者には、(1)キシリトールガム咀嚼力判定用、(2)緑色色素のみ使用したガム、(3)赤色色素のみ使用したガム、(4)色素を全く含まないガム、を規定回数(20、40、60、80、100、120、160および200回) 咀嚼させ、1日に(1)〜(4)のうち1種類、全ての規定回数咀嚼を施行した。咀嚼の際には、食直後は避け、水道水にて30秒洗口した後、メトロノームを用い1秒1回のペースで習慣性咀嚼側にて咀嚼するよう指示した。また、ガム咀嚼の疲労、噛み慣れの防止のため、咀嚼回数が合計260回を超えた時に2時間以上の休憩を挟んだ。 ガムを規定回数咀嚼させた後、直ちにポリエチレンシートでくるみ、ガラス練板で1.5ミリに圧接した。色彩色差計(CR-13、コニカミノルタ)にて中心と中心から上下左右3ミリ離れた点の計5点のL*,a*,b*を測定、5点の平均値を測定値として用いた。(1)〜(4)のガムから、咀嚼回数-L*特性曲線、咀嚼回数-a*特性曲線、咀嚼回数-b*特性曲線を求め、咀嚼に伴う色変化について検討した。
被験者には研究内容について説明し、同意を得た上で実験を施行した。
【0032】
(結果・考察)
得られた結果をそれぞれ図1〜4に示す。
キシリトールガム咀嚼力判定用では、咀嚼の進行に伴い、L*は減少し、a*は増加し、b*は減少して、くすんだ黄緑色からくすんだ赤紫色に変化した(図1)。
緑色色素のみのガムでは、咀嚼の進行に伴い、L*とa*の値は一定であり、b*は減少し、鮮明な黄緑色から鮮明な薄緑色に変化した(図2)。これにより、黄色色素が青色色素に増して脱色している可能性が推測された。
赤色色素のみのガムでは、咀嚼の進行に伴い、L*とb*は減少し、a*は増加し(咀嚼回数60回〜160回の間は特に強く増加した)、薄ピンク色から鮮明な赤紫色に変化した(図3)。a*の増加に加え、b*の減少も見られたことから赤色色素の発色には青色の成分も含まれていると推測された。
色素を全く含まないガムでは、咀嚼の進行に伴う色の変化は認められなかった(図4)。
さらに、各ガムの咀嚼前と咀嚼後の色差ΔEを求め、各ガムの色変化の強さを調べた。グラフは被験者4人の平均を用いた。
その結果を、図5に示す。この結果から、緑色色素よりも赤色色素の方が色変わりに強く寄与していることが示唆された。
【0033】
4.比率尺度を単位とした色変わりガムのカラースケールの開発
現在使用されている客観的咀嚼能力評価方法には篩分法、グミゼリーを用いた方法およびワックスキューブを用いた方法などがあるが、これらの方法は測定に煩雑な行程を含む上に、検査自体に専門家、専門機器が必要であり、在宅や介護施設など幅広い領域への応用は困難である。そこで本発明者らは簡便な咀嚼能力評価が可能な試料として、咀嚼の進行により色の変化するガム(キシリトールガム咀嚼力判定用)を開発した。これまでに色彩色差計により測色することで咀嚼能力の数値化が可能であることを報告し、さらに色彩色差計がなくとも咀嚼能力判定が可能となるカラースケールを開発した。このカラースケールを用いることにより幅広い領域での咀嚼能力評価が可能となった。しかしこのカラースケールの結果は順序尺度であり定量的な評価はできないものであった。本発明は、結果が比率尺度となるような新たなカラースケールを開発することを目的として実験を行った。
【0034】
(方法)
被験者は健常有歯顎者10名(26-30歳、平均27.7歳)、咀嚼回数20、40、60、80、100、120、160、200回、各咀嚼回数それぞれ5回ずつの測定を行った。咀嚼時の条件として、嗜好側、毎秒1回、咬頭嵌合位まで噛むことを指示した。規定回数咀嚼後、ガムを取り出して直ちにポリエチレンフィルムでくるみ、ガラス練板で1.5mm厚に圧接した。色彩色差計(CR-13、コニカミノルタ)にて中心と上下左右3mm離れた点、計5点のL*,a*,b*値を測定して、そこから咀嚼前の試料との色差ΔEを求めた。被験者間の色変わり傾向の同一性を確認した後、色差ΔEを従属変数、咀嚼回数Nを説明変数とした回帰式(以下回帰式1)を求めた。回帰のためのソフトウェアはJMP8を使用し、回帰式のモデルとして4パラメータロジスティック曲線を採用した。この回帰式とは別にΔEとL*,a*,b*との回帰式(以下回帰式2)も同じデータから求め、それらを用いて定量的評価が可能となる新たなカラースケールを製作した。
【0035】
(結果)
まず被験者間の色変わり傾向の同一性について検討した。それぞれの被験者におけるΔE-Nの回帰式を求め、各被験者が各ΔEとなるために必要な咀嚼回数(NΔE)を算出、各ΔEにおけるNΔE間の被験者間倍率を計算した。その結果、計算した倍率は特にΔE20以上において各被験者でほぼ一定値となり(図7)、被験者に依存せず咀嚼の進行に応じて同一の傾向で色変わりが進行していることが示唆された。その後に全データを用いて回帰を行い、カラースケール製作用の回帰式とした(回帰式1)。回帰式2から各ΔEにおけるL*,a*,b*を求め、各ΔEにおける色を決定した。その色から適当なものをカラースケールに採用し、採用された色におけるNΔEを回帰式1から求め、それをカラースケールの各色の結果の数値とした。簡便性のため、また誤差を少なくするために、各色の目盛り自体は1から順に間隔1の整数値とした。
【0036】
(結論)本実験により、比率尺度である咀嚼回数を単位とする新たなカラースケールを製作することができた(図6、8)。
【0037】
(回帰式1)
【数2】

【0038】
(回帰式2)
【数3】

【0039】
製作されたカラースケールを用いて、カラースケールを用いた咀嚼能力判定法の妥当性の検討を行った。
【0040】
(方法)
被験者は健常有歯顎者10名(24-31歳、平均27.2歳)とした。被験者にキシリトールガム咀嚼力判定用を100回咀嚼させ、咀嚼後ガムを取り出して直ちにポリエチレンフィルムでくるみ、ガラス練板で1.5mm厚に圧接した。色彩色差計(CR-13、コニカミノルタ)にて中心と上下左右3mm離れた点、計5点のL*,a*,b*値を測定して、そこから咀嚼前の試料との色差ΔEを求めた。また別途各被験者に、自身が咀嚼した試料についてカラースケールによる評価を行わせ、カラースケール回答値を求めた。その後、色差ΔEとカラースケール回答値について、スピアマンの順位相関係数を求めた。有意水準は5%とし、統計ソフトウェアにはSPSS17.0を用いた。
【0041】
(結果・考察)
各被験者がガムを100回咀嚼した結果、カラースケール回答値として、咀嚼回数111.8回相当の色となった者が2名、147.6回相当の色となった者が4名、202.3回相当の色となった者が3名、323.7回相当の色となった者が2名であった。また、スピアマンの順位相関係数は0.673(p=0.023)であり、色差ΔEとカラースケール回答値の間に有意に相関関係があることが確認された。なお色差ΔEは、従来の研究事例により咀嚼能力の指標として認められているものであるため、色差ΔEと相関関係があるカラースケール回答値も、妥当性をもって咀嚼能力の指標として使用できることが示唆された。
【0042】
本実験にて製作されたカラースケールを用いて、被験者の咀嚼能力をより客観的かつ定量的に判定することができるようになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の被験者に咀嚼に応じて色が変化するガムを一定回数咀嚼させる第1の工程と、
表色系において、咀嚼後のガムが呈する色が示す座標値と咀嚼前後におけるガムの色差との関係を表す回帰式を求める第2の工程と、
該色差と咀嚼回数との関係を表す回帰式を求める第3の工程と、
第2及び第3の工程で求めた回帰式から、咀嚼後のガムが呈する色に対する平均的な咀嚼回数を決定する第4の工程とからなることを特徴とする、
咀嚼に応じて色が変化するガムを用いて、咀嚼後のガムが呈する色から被験者における咀嚼回数を判定するためのカラースケールの作成方法。
【請求項2】
前記色差と咀嚼回数との関係を表す回帰式のモデルが4パラメータロジスティック曲線であることを特徴とする請求項1に記載のカラースケールの作成方法。
【請求項3】
咀嚼に応じて色が変化するガムがキシリトールガム咀嚼力判定用(商品名)であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のカラースケールの作成方法。
【請求項4】
用いられる表色系がCIE L*a*b*表色系であることを特徴とする、請求項1乃至3に記載のカラースケールの作成方法。
【請求項5】
請求項1乃至4に記載の方法を用いて作成されるカラースケール。
【請求項6】
色差と咀嚼回数との関係を表す回帰式のモデルが4パラメータロジスティック曲線であることを特徴として作成される、咀嚼能力判定用カラースケール。
【請求項7】
色差と咀嚼回数との関係を表す回帰式のモデルとして、4パラメータロジスティック曲線を用いて作成されたカラースケールを使用することを特徴とする、咀嚼能力判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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