説明

キシリレンジアミン組成物、およびキシリレンジアミンの保存方法

【課題】長期保存しても経時着色が小さいキシリレンジアミンの保存方法を提供する。
【解決手段】キシリレンジアミンおよびキシリレンジアミン100重量部に対して0.1〜8重量部の水からなる、キシリレンジアミン組成物、およびキシリレンジアミンに、キシリレンジアミン100重量部に対して0.1〜8重量部の水を添加することを特徴とする、キシリレンジアミンの保存方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は経時着色が小さいキシリレンジアミン組成物、キシリレンジアミンの安定化方法に関する。本発明のキシリレンジアミン組成物は経時着色が少なく安定性に優れるため、産業上有用である。キシリレンジアミンはポリアミド樹脂、硬化剤等の原料、およびイソシアネート化合物等の中間原料として有用な化合物である。
【背景技術】
【0002】
アミン類は、光、熱、酸素等により変質しやすく保存を通じて着色、着臭等の劣化を引き起こすことが知られている。特にキシリレンジアミンは、ジアミノトルエン類などの芳香族アミンやヘキサメチレンジアミン、イソホロンジアミン等の脂肪族アミンと異なりベンジルアミンであるため、これら芳香族アミンや脂肪族アミンと比較して、自動酸化反応および脱アンモニア反応が著しく進行しやすい。従来キシリレンジアミンを保存する場合には、窒素ガス等の不活性ガスにて容器内の空気を置換したあと密封して、光、熱等の影響を避けて保存するといった処置を行われることが普通である。しかしこのような処置を行なっても尚、満足できる効果が得られていないのが実情であった。
【0003】
キシレンジアミンの安定化に関する技術として、1−ブテン、1−ヘキセン、スチレン等の如き末端二重結合を有する不飽和化合物を添加する方法が記載されている(特許文献1参照)。しかしこの方法で使用される不飽和化合物は一般に不快な臭気を有し、キシリレンジアミンが着臭するため好ましくない。スチレンなどはいわゆる揮発性有機化合物(VOC)であるため、このような化合物を添加することは、特にキシリレンジアミンの主要な用途であるエポキシ樹脂硬化剤としての使用において、極めて不都合である。
【0004】
また、脂肪族ポリアミンからなる液体を実質的に無酸素状態で気密容器に封入することで、保存中のポリアミンの劣化によるアンモニア臭着臭が抑制できると記載されている(特許文献2参照)。しかし、本発明者らの検討によればキシリレンジアミンの工業的な容器として通常用いられているドラム缶や20L缶(一斗缶)を使用し、あらかじめ容器を窒素で置換した上にさらに窒素を流通しながら充填を行っても、保存後のキシリレンジアミンは着色劣化していた。これは本発明者らが推定するに、通常の工業的生産における窒素置換による無酸素状態達成の努力では酸素の追い出しが十分には達成されず、特許文献2で示される「実質的無酸素状態」が達成されなかったものと思われる。実際に本発明者らが該20L缶にキシリレンジアミンを充填する際の、充填後の20L缶の気相部の酸素濃度を調査したところ、あらかじめ容器を窒素置換した上にさらに窒素を流通させながらキシリレンジアミンの充填を行ったにもかかわらず、気相部には500〜2000ppm程度の酸素の存在を認めた。さらに保存後の20L缶の気相部の酸素濃度を調査したところ、場合によっては充填時よりも高い酸素濃度が検出された。すなわち、保存期間を通じて空気の漏れこみが疑われた。よって実質的無酸素状態でキシリレンジアミンを保存するためには、容器への充填時、あるいは酸素の漏れこみの無い容器およびパッキンの選択に特別の配慮が必要であり、工業的に通常実施されうる配慮では十分でないと思われる。
【0005】
キシリレンジアミンの様な芳香環含有脂肪族アミンの保存方法に関するものではないが、芳香族アミン類を脱酸素剤および乾燥剤の存在下に密封状態で保存することで、芳香族アミン類を着色させず品質を保持できると記載されている(特許文献3参照)。一般には脱酸素剤が効果を発揮するには水分が必要であるため、アミン類への水分の移行による品質低下が想定される。これを防ぐため、乾燥剤の共存が提案されているが、脱酸素剤が機能するために必要とする水分が充分に維持されないと考えられる。また、高純度のアミン類は極めて吸湿性が高く、シリカゲル、活性炭、モレキュラーシーブ、無水塩化カルシウム等の一般的な乾燥剤と比較して、同等の吸収速度を示し、乾燥剤を用いた完璧な水分吸収、つまりジアミンへの水分の移行を完全に防止することは実質的に不可能である。
また、酸素吸収による容器内の気相部の減容により容器の変形等が懸念されるため、負圧に耐えうる耐圧容器が必要となる。更に、容器の気密を保つため蓋のパッキンにも気体バリヤー性が要求される。従って、本文献に好適な容器は、極めて汎用性の乏しいものにならざるをえない。
【特許文献1】特公昭46−21857号公報
【特許文献2】特開平10−81651号公報
【特許文献3】特開2002−193897号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、長期保存しても経時着色が小さいキシリレンジアミンの保存方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは鋭意検討の結果、キシリレンジアミンに対して特定量の水を加えた組成物は、経時着色が小さく、安定なキシリレンジアミン組成物を形成することを見出し、本発明に到達した。
【0008】
すなわち本発明は、キシリレンジアミンおよびキシリレンジアミン100重量部に対して0.1〜8重量部の水からなる、キシリレンジアミン組成物である。
また、本発明は、キシリレンジアミンに、キシリレンジアミン100重量部に対して0.1〜8重量部の水を添加することを特徴とする、キシリレンジアミンの保存方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明で提供されるキシリレンジアミン組成物は経時着色が小さく安定性に優れる。またキシリレンジアミンが用いられる多くの用途に好適に使用可能である。従って本発明の工業的意義は大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を具体的に説明する。本発明におけるキシリレンジアミンとはメタキシリレンジアミン、パラキシリレンジアミンおよびその混合物である。本発明には特にメタキシリレンジアミン、またはメタキシリレンジアミンとパラキシリレンジアミンの混合物が適している。
【0011】
本発明のキシリレンジアミン組成物は、キシリレンジアミンおよびキシリレンジアミン100重量部に対して0.1〜8重量部の水からなる。キシリレンジアミンに対する水の量が0.1重量部より少ないとキシリレンジアミン組成物の経時着色が大きく、また水の量が8重量部より多くしても経時安定性はあまり向上せず、キシリレンジアミン組成物中のキシリレンジアミン含量が下がるため、キシリレンジアミン代替としての使用に際して好ましくない。キシリレンジアミンに対する水の量は0.1〜8重量部であるが、より好ましくは0.4〜6重量部、ことに好ましくは1〜5重量部である。
【0012】
キシリレンジアミン組成物は、通常はキシリレンジアミンに所定量の水を添加し、混合均一化することにより製造される。原料のキシリレンジアミンとしては工業的に入手可能なキシリレンジアミンが好適に使用可能である。このようなキシリレンジアミンはしばしば微量の不純物を含有しているが、本発明の実施に際して特に不都合は生じない。このように本発明のキシリレンジアミン組成物は簡便に製造可能である。
【0013】
本発明のキシリレンジアミン組成物は経時着色が少なく、安定性に優れている。安定性が優れているとはすなわち、一定期間保存した後の色相(APHA)がキシリレンジアミンのみを保存した場合と比較して淡色であることを意味する。APHAの測定法に関してはASTM−D−1209に記載されている。
【0014】
本発明のキシリレンジアミン組成物の有用性として、キシリレンジアミンより経時着色が小さく、かつ、従来キシリレンジアミンが用いられてきた多くの用途にそのまま問題なく使用可能であることが挙げられる。例えば、キシリレンジアミン組成物をポリアミド樹脂の原料として用いる場合、ポリアミド樹脂は通常キシリレンジアミンとジカルボン酸化合物を重縮合せしめて製造されるが、水は重縮合過程において大量に発生する成分でもあり、キシリレンジアミン組成物中に存在する水分は重縮合過程において縮合生成水と共に系外に除去されるので、まったく問題とならない。無論、重縮合に際してキシリレンジアミンとジカルボン酸成分のモルバランスを所望の値とするために、キシリレンジアミン組成物中のキシリレンジアミン含量を勘案してキシリレンジアミン組成物の使用量を決定する必要があるが、このことは当業者にとっては言うに及ばぬ当然のことであろう。また、キシリレンジアミン組成物を硬化剤として使用する場合にも、使用形態にも依存するが、概ね問題なく使用可能である。
【0015】
しかしながらキシリレンジアミン組成物中の水分が問題となる場合、キシリレンジアミン組成物から水を蒸留などの手段で除去してキシリレンジアミンを得ることができる。すなわちキシリレンジアミン組成物の経時着色の小さい性質を生かして着色を防ぎつつ保存したのち、キシリレンジアミンとしての使用に先立っては、キシリレンジアミン組成物から水分を除去してキシリレンジアミンを得れば良い。
【0016】
本発明のキシリレンジアミン組成物は金属、プラスチック、ガラスなどを材質とする缶、ビン、コンテナー、タンクなど様々な容器に収納可能である。
【0017】
本発明のキシリレンジアミン組成物は経時着色が少ないが、酸素の存在、高温などにより経時着色が加速される傾向がある。よって酸素との接触を低減すべく、気相部を窒素、アルゴン、ヘリウム等の、酸素を含有せずキシリレンジアミンと反応しない不活性なガスで置換しておくのは、好ましいことである。容器内の気相部の酸素濃度は、好ましくは0.01〜21vol%、より好ましくは0.01〜1vol%、特に好ましくは0.01〜0.3vol%である。0.01vol%未満の極端に低い酸素濃度を得ようとする場合、それは不可能ではないものの極めて大量の不活性ガスを用いた長時間に渡る置換操作が必要であり、工業的には好ましくない。また保存に際しては高温を避ける方が好ましい。
【実施例】
【0018】
以下に実施例および比較例を示し、本発明を具体的に説明する。ただし本発明はこれら実施例に制限されるものではない。尚、APHAはASTM−D−1209に準じて、標準サンプルとの目視比較により評価した。
【0019】
<実施例1>
メタキシリレンジアミン(APHA5以下)にイオン交換水を添加してキシリレンジアミン組成物を調合した。キシリレンジアミン100重量部に対する水の量は1.2重量部であり、キシリレンジアミン組成物のAPHAは5以下であった。空気雰囲気下、容量1Lのポリプロピレン製ボトルにキシリレンジアミン組成物0.6Lを充填したのちに栓をし、40℃の恒温槽に入れ保存した。恒温槽に入れて2週間の保存後、APHAを測定した。APHAは15であり経時着色が少なかった。
【0020】
<実施例2>
実施例1で使用したものと同じメタキシリレンジアミンにイオン交換水を添加してキシリレンジアミン組成物を調合した。キシリレンジアミン100重量部に対する水の量は5重量部であり、キシリレンジアミン組成物のAPHAは5以下であった。空気雰囲気下、容量1Lのポリプロピレン製ボトルにキシリレンジアミン組成物0.6Lを充填したのちに栓をし、40℃の恒温槽に入れ保存した。恒温槽に入れて2週間の保存後、APHAを測定した。APHAは15であり経時着色が少なかった。
【0021】
<実施例3>
実施例1で使用したものと同じメタキシリレンジアミンにイオン交換水を添加してキシリレンジアミン組成物を調合した。キシリレンジアミン100重量部に対する水の量は0.8重量部であり、キシリレンジアミン組成物のAPHAは5以下であった。空気雰囲気下、容量1Lのポリプロピレン製ボトルにキシリレンジアミン組成物0.6Lを充填したのちに栓をし、40℃の恒温槽に入れ保存した。恒温槽に入れて2週間の保存後、APHAを測定した。APHAは20であり経時着色が少なかった。
【0022】
<実施例4>
実施例1で使用したものと同じメタキシリレンジアミンにイオン交換水を添加してキシリレンジアミン組成物を調合した。キシリレンジアミン100重量部に対する水の量は0.4重量部であり、キシリレンジアミン組成物のAPHAは5以下であった。空気雰囲気下、容量1Lのポリプロピレン製ボトルにキシリレンジアミン組成物0.6Lを充填したのちに栓をし、40℃の恒温槽に入れ保存した。恒温槽に入れて2週間の保存後、APHAを測定した。APHAは25であり経時着色が少なかった。
【0023】
<実施例5>
実施例1で使用したものと同じメタキシリレンジアミンにイオン交換水を添加してキシリレンジアミン組成物を調合した。キシリレンジアミン100重量部に対する水の量は0.1重量部であり、キシリレンジアミン組成物のAPHAは5以下であった。空気雰囲気下、容量1Lのポリプロピレン製ボトルにキシリレンジアミン組成物0.6Lを充填したのちに栓をし、40℃の恒温槽に入れ保存した。恒温槽に入れて2週間の保存後、APHAを測定した。APHAは30であり経時着色が少なかった。
【0024】
<比較例1>
空気雰囲気下、容量1Lのポリプロピレン製ボトルに実施例1で使用したものと同じメタキシリレンジアミン0.6Lを充填したのちに栓をし、40℃の恒温槽に入れ保存した。恒温槽に入れて2週間の保存後、APHAを測定した。APHAは40であり強い着色が認められた。
この保存後のキシリレンジアミン100重量部に対して、それぞれ0.4、0.8、1.2、5重量部の水を添加(それぞれ実施例4,3,1,2の水分量に相当)、混合したサンプルを作成し、APHAを測定した。APHAは4つ全てのサンプルにおいて40であった。保存後のメタキシリレンジアミン100重量部に対して、高々5重量部程度の水分を添加してもAPHAは変化しなかった。
【0025】
<実施例6>
メタ/パラ混合キシリレンジアミン(メタ/パラ比=7/3、APHA5以下)にイオン交換水を添加してキシリレンジアミン組成物を調合した。混合キシリレンジアミン100重量部に対する水の量は2重量部であり、キシリレンジアミン組成物のAPHAは5以下であった。空気雰囲気下、容量1Lのポリプロピレン製ボトルにキシリレンジアミン組成物0.6Lを充填したのちに栓をし、40℃の恒温槽に入れ保存した。恒温槽に入れて2週間の保存後、APHAを測定した。APHAは15であり経時着色が少なかった。
【0026】
<比較例2>
空気雰囲気下、容量1Lのポリプロピレン製ボトルに実施例6で使用したものと同じメタ/パラ混合キシリレンジアミン0.6Lを充填したのちに栓をし、40℃の恒温槽に入れ保存した。恒温槽に入れて2週間の保存後、APHAを測定した。APHAは40であり強い着色が認められた。この保存後のキシリレンジアミン100重量部に2重量部の水を添加、混合したのちにAPHAを測定したところ、APHAは40であった。
【0027】
以上の実施例および比較例は、明確な経時着色性の評価をするために、空気雰囲気でかつ保存温度40℃という、通常考えられうるキシリレンジアミンの保存条件よりも厳しい試験条件を敢えて選択している。このような厳しい条件にあっても本発明のキシリレンジアミン組成物はキシリレンジアミンに対して明らかに少ない経時着色を示している。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明のキシリレンジアミン組成物は経時着色が少なく安定性に優れるため、産業上有用である。キシリレンジアミンはポリアミド樹脂、硬化剤等の原料、およびイソシアネート化合物等の中間原料として有用な化合物である

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キシリレンジアミンおよびキシリレンジアミン100重量部に対して0.1〜8重量部の水からなる、キシリレンジアミン組成物
【請求項2】
キシリレンジアミンがメタキシリレンジアミンである、請求項1に記載のキシリレンジアミン組成物。
【請求項3】
キシリレンジアミンに、キシリレンジアミン100重量部に対して0.1〜8重量部の水を添加することを特徴とする、キシリレンジアミンの保存方法。

【公開番号】特開2006−182666(P2006−182666A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−375835(P2004−375835)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】