説明

キチン粉砕物生産方法および装置

【課題】従来技術により微粉砕することによりメカノケミカル的に固相反応させて低結晶度のキチン分解物の原料となるキチン粉砕物を得、これに酵素を働かせて糖化させる方法において、酵素反応工程で得られるキチン分解物の酵素糖化率を高めて収量を高めることができるキチン粉砕物を生産する方法および装置を提供する。
【解決手段】キチン含有組成物からなるキチン原料を乾式粉砕により粉末化して得た中間製品を酵素糖化処理により糖類にする方法及び装置に供給する中間製品として、キチン含有原料をメカノケミカル粉砕すると共に、粉砕中もしくは粉砕後に一定時間、キチン含有原料の温度を脱水脱タンパク反応温度領域に保持することによりキチン粉砕物を生産する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低結晶性キチンを生産する方法に関し、特に、比較的簡単な工程および装置により、医療、化粧品、肥料などの分野で応用するキチン由来糖類を得るため高い糖化率を保持するキチン粉砕物を生産する方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
キチンは、エビ、カニなどの甲殻類、昆虫類の外骨格、甲皮、および軟体動物、節足動物などの骨格成分を構成する分子量数10万から数100万の高分子量多糖類で、膨大な量が生物によって生産される未利用バイオマス資源である。キチンは、生物資源由来の物質であり枯渇の恐れが少なく、生物分解性であり安全性が高い。キチンを原料とする、キチンオリゴ糖、N−アセチルグルコサミンなどのキチン分解物、またさらに脱アセチル化して得られるキトサンオリゴ糖、グルコサミンなど、医薬、化粧品、肥料など様々な分野で今後の応用が期待されている。既に、たとえば、生体において容易に分解し、比較的高い強度と柔軟性を持つ特性を利用した手術用縫合糸などが開発されている。
【0003】
従来、エビやカニなどの甲殻を原料として、希塩酸処理、希アルカリ処理、有機溶媒処理などの化学的処理によりキチンを分離し、得られたキチンを濃塩酸処理で加水分解し低分子化してキチンオリゴ糖などを生産し、また濃アルカリ処理してキトサンやグルコサミンなどを生産する方法がある。しかし、このような化学反応を利用して低結晶性キチンを得る化学的方法は、濃塩酸、濃アルカリ、有機溶剤などを用いるので、環境負荷が大きいことが問題になる。
【0004】
特許文献1には、微生物が生産するキチン分解酵素を利用して、キチンを酵素的に加水分解し、キチン分解酵素の集合体から分離することによりN−アセチル−D−グルコミサンを得る方法が開示されている。この方法であれば、生産費用が減少するのみならず、有機溶媒を用いないので環境に与える負荷も小さいとされる。
しかし、キチン分解酵素が有効に働くためには、キチンが溶媒中に分散していることが必要であるが、キチンは溶解性が乏しいため、塩酸に溶解させた上で大量の水を使ったり、有機溶媒を使ったりする必要があった。また、キチンを抽出する工程で酸、アルカリ、有機溶媒を使用する必要があった。
【0005】
このため、化学的方法によらず、メカノケミカル粉砕によりカニ殻などのキチンの結晶化度や粒子径を低下させたキチン粉砕物を得る方法が開発されている。
特許文献2には、複数個の粉砕媒体ボールと粉体とを収納した反応容器を回転させることにより反応容器壁面に付着する粉体に粉砕媒体ボール及び粉体を衝突させて粉体を微粒子化するコンバージミルと呼ばれる高速粉体反応装置を用いて、キチン原料を粉砕し、適度の結晶化度を持ったキチン粉砕物を生成するメカノケミカル粉砕手段が開示されている。
【0006】
この開示方法は、キチン原料を結晶化度が所定の値以下になるまで粉砕し、粉砕により加水分解を受けやすい構造になったキチン原料に対して酵素を作用させて加水分解しキチン分解物を得るものである。本文献の方法では、粉末X線回折測定(測定用X線:CuKα線)によって得られる回折角−散乱強度プロット図形(X線回折(XRD)パターン)に基づいて、Aをキチン質の最高ピークにおける散乱強度(高さ)、Bをベースラインスロープ強度として2θ=16°における散乱強度(高さ)を使って、
(A−B)/A
で求められる値で表したX線回折法による結晶化度で、70%以下になるまで粉砕している。
この式によって算出された結晶化度は、その値が小さいほど結晶構造が破壊され、無定化が進んだ状態であると考えられる。
【0007】
開示方法では、酸分解法でなくメカノケミカル粉砕手段を用いるため、酸・アルカリ溶液や有機溶媒の使用量を低減し環境負荷を低減することができ、キチンの利用効率に優れたキチン分解物を生産することができた。
開示方法では、複数の粉砕媒体ボールと粉体とを収納した反応容器を回転することにより微粒子化する高速粉体反応装置を用いたメカノケミカル粉砕により、効率よくキチン原料を微粉砕するようにしている。
【0008】
特許文献2記載の高速粉体反応装置は、装置主要部が高速回転する円筒形粉砕用容器と、その内部に設けられたガイドベーンとを備えたものである。内部に粉砕対象の原料粉体と粉砕用媒体ボールを一緒に入れて粉砕用容器を回転させると、ガイドベーンによって運動方向を変えられた媒体ボールと原料粉体が、粉砕用容器の壁表面に遠心力で押し付けられて薄い層状になった原料粉体に激しく衝突して、効率的にメカノケミカル粉砕がなされる。
キチン原料は、高速粉体反応装置におけるメカノケミカル粉砕により、たとえば、X線回折法による結晶化度が84.0%から35.7%(以下、結晶化度の数値はX線回折法による。)の範囲で、平均粒子径D50が30.5μmから16.4μmの範囲にある粉砕粉体原料に変成される。
【0009】
引用文献2に開示されたキチン分解物の生産方法においてコンバージミルを用いて粉砕した後の平均粒子径(D50)とキチンの結晶化度の関係を調べた1例を、図5に示す。図5から、粉砕により平均粒子径が小さくなるにつれて結晶化度が減少する傾向を有することが確認された。このように、粉砕処理を施すことでキチンの平均粒子径を減少させることにより、キチン質の結晶性を破壊することができる。
【0010】
キチンに対してキチン分解酵素キチナーゼにより酵素的加水分解を行った場合の単糖(N−アセチルグルコサミン)や2糖(キトビオース)の収率(糖化率)は、キチンの結晶化度が低いほど高くなる。図6は、種々の条件において測定したキチンの結晶化度と酵素的加水分解による糖化率の関係を例示するグラフである。いずれの場合も、結晶化度が低下するほど高い糖化率が得られることを示し、結晶化度と糖化率の相関係数は高い。したがって、一般的には、メカノケミカル粉砕手段によりキチンを粉砕して所定の結晶化度にしてから酵素的加水分解を行う方法は、高い糖化率を得て高い収率でキチン分解物を得ることができ、キチンの有効活用を可能にする。
【0011】
また、特許文献3には、振動ミルあるいは媒体撹拌式ミルを使って粉砕することにより原料中のキチンの結晶化度を30%以下に低減する低結晶性キチンの生産方法が開示されている。キチンの結晶化度が30%以下であれば、キチンの反応性が向上し、たとえばN−アセチル−D−グルコサミンの生産において、キチナーゼを加えた際に酵素糖化反応の反応転化率を向上させることができる。
【0012】
なお、特許文献4には、キチンの結晶化度をリアルタイムで測定できるキチン結晶化度測定装置が開示されている。開示されたキチン結晶化度測定装置は、製品から反射され、もしくは製品を透過する近赤外光を測定して変換スペクトルを求め、スペクトルの特定値を検量線と比較して結晶化度を算定する。開示されたキチン結晶化度測定装置は、キチン結晶化度を高速で測定することができるので、オンライン測定して生産装置にフィードバックすることにより、所望の結晶化度を有するキチン粉末を生成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特表2000−513925号公報
【特許文献2】特開2008−212025号公報
【特許文献3】特開2010−144098号公報
【特許文献4】特開2010−190746号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、キチンをメカノケミカル粉砕していって、キチン粒子径が一定の大きさ、たとえば10数μmから20μm程度になると、一旦小さくなった粒子が凝集して実効的な粒子径が大きくなる。このような状態を過粉砕といい、粒子径が実質的に大きくなって糖化酵素の作用面積が却って減少するため、糖化酵素反応による糖化率が上がらないという問題があった。
【0015】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、粉砕することによりメカノケミカル的に固相反応させて低結晶度のキチン分解物の原料となるキチン粉砕物を得、これに酵素を働かせて糖化させる方法において、さらに酵素糖化率を高めてキチン分解物収量を高めることができるキチン粉砕物を生産する方法および装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するため、本発明に係るキチン粉砕物生産方法は、キチン含有組成物からなるキチン原料をメカノケミカル粉砕してキチン粉砕物とするときに、粉砕中もしくは粉砕後に一定時間、キチン原料の温度を粉砕されたキチンの脱水脱タンパク反応温度領域に保持することを特徴とする。こうして得られたキチン粉砕物は、酵素糖化処理により高い糖化率を持つキチン由来糖類に変成することができる。
【0017】
メカノケミカル粉砕するために用いる粉砕機は、特許第3486682号や特許第3533526号に開示されたような、コンバージミルの原理を利用した複数個の粉砕媒体ボールもしくは粉砕媒体ロッドと原料粉体とを収納した反応容器を高速回転させることにより反応容器壁面に押し付けられて層をなす原料粉体に粉砕媒体ボール及び原料粉体を衝突させて原料粉体を粉砕する高速粉体反応装置であることが好ましい。
【0018】
キチン含有組成物がエビあるいはカニの甲殻を粉砕したものである場合は、220℃から340℃の温度に保持してメカノケミカル粉砕を行いキチン粉砕物とすることが好ましい。あるいは、メカノケミカル粉砕後に上記温度範囲に所定時間保持して得られたキチン粉砕物であってもよい。
粉砕機の型式に基づいて、粉砕機の回転速度、キチン原料の仕込量、粉砕媒体ボールを選択することにより、メカノケミカル粉砕における処理温度を脱水脱タンパク反応温度領域に維持させることができる。
【0019】
上記課題を解決するため、本発明に係るキチン粉砕物生産装置は、反応容器を冷やす冷却装置を設けて、キチン原料をメカノケミカル粉砕するときのキチン原料温度を脱水脱タンパク反応温度領域に保持できるようにしたコンバージミル装置であることを特徴とする。
冷却装置は、ミストを吹き付けて反応容器表面を冷却する構成を有するものであってもよい。
【0020】
本発明のキチン粉砕物生産方法および装置によれば、キチン原料の粒子径を微細化し結晶化度を低下させるばかりでなく、粉砕中あるいは粉砕後のキチン原料を固有の反応温度に維持することより脱水脱タンパク処理が行われるため、キチン粉砕物におけるキチン構造の変化をもたらしその表面積を増加させるので、過粉砕現象を回避して、キチン粉砕物に対する糖化酵素の作用を促進し、高い糖化率を達成し、効率よく糖類を生成させることができる。
試験によると、加温処理を施していないキチン粉砕物では糖化率が50%から55%程度であるのに対して、加温処理をすることにより糖化率が65%から72%程度に向上する結果を得ている。
【0021】
また、従来、メカノケミカル粉砕を行うときには、多量の熱が発生するため、粉砕物の焦げ付き防止を目的として、冷却を行うことが普通であったが、本発明のキチン粉砕物生産方法によれば、積極的に加熱したり粉砕に伴い発生する熱を利用したりして、粉砕物を適度の温度範囲に保持させることにより、糖化反応性の高いキチン粉砕物を得ることができる。
特に、容量の大きなコンバージミル装置においては、小容量機と比べて放熱面積が相対的に小さいのに粉砕に伴う発熱量が大きくなって材料が高温になりやすいので、反応容器内部の発熱に伴う容器表面の温度状況を把握して高温時には容器表面にミストを吹き付け冷却して過熱をふせぐなど適宜な温度管理をすることにより、反応容器内のキチン粉砕物を目的の温度に保持することができる。
【0022】
また、操業経験を蓄積することにより、反応容器の回転速度、キチン原料の充填量、処理時間、粉砕媒体ボール類の性状や充填割合などを適宜に選択して目的とする温度範囲に収まるように調整することができるようになる。
さらに、特許文献4に開示されたキチン結晶化度測定装置を利用することによりキチン粉砕物の性状を測定して、本発明のキチン粉砕物生産装置における生産条件を調整し所望の特性を有するキチン粉砕物を生産することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係るキチン粉砕物生産方法及び装置によれば、制御系を用いた温度制御を行わずに粉砕した粉砕物に酵素反応させて得たキチン分解物よりも、より糖化反応性の高いキチン粉砕物を供給するので、効率よくキチン分解物を得ることができる。
また、メカノケミカル粉砕により発生するエネルギーを利用して所望の処理温度にするようにすると、既存のコンバージミルに僅かな改変を施すことにより高品質のキチン粉砕物を生産することができるので、装置費用や運転費用を節減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の1実施形態に係るキチン粉砕物生産方法において使用される高速粉体反応装置の原理図である。
【図2】本実施形態において使用される高速粉体反応装置により得られるキチン粉砕物の糖化率を評価した表である。
【図3】キチン粉砕物のTG−DTA図である。
【図4】本実施形態のキチン粉砕物生産装置のブロック図である。
【図5】高速粉体反応装置を用いた場合の粉砕後の粒子径とキチンの結晶化度との関係の例を示す表である。
【図6】種々の条件において測定したキチンの結晶化度と糖化率の関係を例示するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係るキチン粉砕物生産方法および装置の実施形態について、図面を参照しながら詳しく説明する。本実施形態のキチン粉砕物生産方法では、コンバージミル、振動ミルあるいは媒体撹拌式ミルなど、メカノケミカル粉砕が可能な高速粉体反応装置を使用する。
【0026】
図1は、キチン粉砕物生産方法に用いる高速粉体反応装置の1例として、コンバージミルを取り上げて、その粉砕作用の原理を示す概念図である。
コンバージミル10は、高速回転する円筒形粉砕用容器11の内壁とクリアランス17をあけて空間に固定したガイドベーン12を備えたものである。内部に粉砕対象の材料15と粉砕媒体ボール13を一緒に入れて粉砕用容器11を回転させると、対象材料は遠心力で粉砕用容器11の壁に押し付けられて薄い材料粉体層14を形成し、粉砕媒体ボール13と対象材料15の一部はガイドベーン12によって運動方向を変えられ、衝突部16に向かって、壁の材料粉体層14に激突して、局部的に発生する高いエネルギーを利用したメカノケミカル作用により対象材料を微細な結晶化度の低い粉体に変態させる。
【0027】
特に、粉砕用容器11が大きくなると容器の容積に対する表面積が相対的に小さくなるため、容器内部で発生する熱が逃げにくくなり、粉砕に伴い発生する熱によりキチン材料が高温になりやすい。このため、容量の大きい粉砕用容器11にはミスト装置18が設備されていて、機器の保護や粉砕物の焦げ付き防止などのため、回転する粉砕用容器11の表面にミストを吹き付けて冷却することができる。
このミスト装置18は、粉砕用容器11内部の材料粉体層14や対象材料15の温度を調整するために利用することができる。
【0028】
コンバージミルにおいて粉砕後の粒度を制御するパラメータには、原料の種類、状態あるいは処理量、粉砕用容器の回転数あるいは処理時間、粉砕媒体の形状、材質、重量、装入量あるいは原料に対する比率、製品の吸引速度などがある。
コンバージミル10を用いる場合には、特に、粉砕用容器11の回転数と処理時間を変化させることにより、容易に、望む程度に粉砕された粉体試料を得ることができる。
たとえば、結晶化度が90.9%のキチン材料を500rpm、700rpm、800rpmの回転数を選んで、30分、60分、120分など異なる時間処理することで、結晶化度が84.0%から35.7%の範囲で、平均粒子径D50が30.5μmから16.4μmの範囲にあるキチンを含む粉砕粉体試料、すなわちキチン粉砕物を得ることができた。
【0029】
こうして得られたキチン粉砕物から、キチンを抽出してキチン分解酵素を作用させることにより加水分解して、N−アセチルグルコサミン、キトビオース、グルコサミンなどの単糖および2糖(以下、「単糖等」という。)を調整することができる。
キチン粉砕物は、たとえば40℃など比較的低温の状態でキチン分解酵素を使って酵素処理することにより糖化し、時間が経つにつれて糖化率が上昇する。糖化率が高いほど単糖等の収率が高く、産業的な効用が高い。
なお、ここで糖化率は、酵素反応前のキチン粉砕物の質量に対して生成した単糖等の合算質量の相対割合をいう。
【0030】
引用文献2にも明らかにされているように、結晶化度が低下するほど高い糖化率が得られるので、メカノケミカル粉砕手段によりキチンを粉砕して結晶化度を低下させてから酵素的加水分解を行う方法は、高い収率で単糖等を得ることができる。
しかし、キチンをメカノケミカル粉砕した場合に、粒子径が10数μmから20μm程度になったキチン粒子が凝集することにより実質的な粒子径が大きくなるため、糖化酵素の作用面積が却って減少して糖化率が下がる過粉砕の現象が起こって、十分に生産性が向上しないことがあった。
【0031】
ところが、本発明の発明者らは、メカノケミカル粉砕において、粉砕したキチン材料を比較的高温の状態に維持して脱水脱タンパク反応を促進し多孔質化することによりキチン自体の表面積を増大させて、酵素反応による糖化率を向上させることができることを見出した。
図2に示す表は、高速粉体反応装置により粉砕した後に酵素処理して得られたキチン粉砕物の糖化率を示す。表は、高速粉体反応装置により得られた粉砕粉体試料(キチン粉砕物)について、酵素反応による糖化率を加熱処理の種類ごとに表して加熱の効果を確認するもので、キチン粉砕物における平均粒子径(D50)と結晶化度も一緒に記載してある。
【0032】
加熱処理は、(1)1リットル容量の粉砕用容器を用い、従来手法に従い加熱しなかった場合、(2)1リットル容量の粉砕用容器を用いて粉砕後に200℃に設定した加熱プレートで60分加熱した場合、(3)100リットル容量の粉砕用容器において粉砕中に容器表面の温度が158℃程度になるように管理した場合、の3つの場合について比較している。加熱処理をした2ケースにおける容器内部の材料自体の温度は明らかでないが、二百数十度になっていたと判断される。
【0033】
表から、加熱しない場合(1)は、結晶化度が低くても糖化率が24時間糖化処理後で50%、48時間糖化処理後で55%程度であるのに対して、粉砕後加熱の場合(2)は、加熱の効果により、平均粒子径が場合(1)と同じであるにも拘わらず、糖化率が24時間糖化処理後で65%、48時間糖化処理後で71%程度になった。また、粉砕中に加熱する場合(3)は、100リットル容量の粉砕用容器を用いて到達粒子径がさらに小さくなったため、糖化率が24時間糖化処理後で70%程度、48時間糖化処理後でも70%程度になった。
このように、粉砕粉末を加熱することにより、後処理で酵素加水分解反応をさせたときの糖化率が大幅に向上し、さらに、粒子径を小さくする効果と相乗させることにより、糖化率を大幅に向上させることができることが明らかになった。
【0034】
図3は、示差熱天秤装置を用いて求めた熱重量測定TG、示差熱分析DTA、および微分熱重量分析DTGの結果を表すTG−DTA図である。図中、実線で表したグラフはコンバージミルで生産した粉砕キチン材料(メカノケミカル粉砕品)、点線で表したグラフはコンバージミルに掛ける前処理としてカッターミルで粉砕したキチン材料(非メカノケミカル粉砕品)に係る測定結果である。
【0035】
非メカノケミカル粉砕品は、平均粒子径514μm、結晶化度88.2%、また、メカノケミカル粉砕品は平均粒子径21.4μm、結晶化度27.5%であった。
測定は、コンバージミルの粉砕材料については、11.427mgを採り、基準材料をアルミナとして、20℃から600℃まで毎分20℃の割合で昇温させて行った。なお、カッターミルで粉砕した材料については6.856mgを採って分析したが、コンバージミルの粉砕材料と同じサンプル量に換算したグラフを描いて比較し易くしてある。
【0036】
図3に示すTG−DTG図によれば、メカノケミカル粉砕品では225℃付近から340℃付近の間、非メカノケミカル粉砕品では250℃付近から325℃付近の間で、分解による重量減少が観察される。この温度範囲における分解は、脱水脱タンパクによるとされており、図示しないが、電子顕微鏡で観察すると分解後の材料は嵩密度の低い多孔性のものになっている。
TG−DTA図に基づいて、脱水脱タンパク反応の温度範囲に保持することによりキチン材料の反応面積が増大して、酵素反応を促進し糖化率の向上に寄与することが推定され、図2の表において観察されたメカノケミカル粉砕したキチン材料を加熱処理することにより糖化率が向上する事実を裏付けることできた。
【0037】
なお、脱水脱タンパク反応は、温度範囲が若干異なるが、メカノケミカル粉砕する前後いずれのキチン材料についても観察されている。しかし、TG曲線から重量減少率を見ると、非メカノケミカル粉砕品では0.524であるのに対して、メカノケミカル粉砕品では0.597と大きくなっていることから、コンバージミルを用いたメカノケミカル粉砕によって熱分解が進展し易くなることが分かる。したがって、キチン材料をメカノケミカル粉砕中あるいは粉砕後に脱水脱タンパク反応をもたらす高温状態に適当時間保持して糖化率を向上させることが好ましい。
【0038】
本実施態様では、コンバージミルを使ってメカノケミカル粉砕する場合を取り上げたが、振動ミルや媒体撹拌式ミルなど、圧縮せん断力を作用させキチンの結晶構造を破壊してキチン含有原料をメカノケミカル粉砕する適当な粉砕装置を使うことができることは言うまでもない。
【0039】
なお、コンバージミルでは円筒形の反応容器を使用するが、反応容器が大型になると伝熱による容器表面からの放熱が相対的に小さくなるので、粉砕時に発生する熱を蓄積することができる。したがって、特に加熱装置を用いなくても、粉砕条件を適当に調整することにより、粉砕時に材料温度が上昇して目標とする脱水脱タンパク反応温度に達するようにすることができる。
すなわち、たとえば、反応容器の回転速度を調整して粉砕エネルギーを加減したり、キチン材料の充填量により発熱量や蓄熱量を加減したりして、材料温度を調整することができる。なお、キチン材料の温度が上昇しすぎる場合は、たとえば、反応容器の外壁にミストを吹き付けて冷却することにより、キチン材料を適当な温度範囲に調整すればよい。
【0040】
図4は、本実施形態に係るキチン粉砕物生産装置の1例を示すブロック図である。
キチン粉砕物生産装置1は、キチン粉末をメカノケミカル粉砕して加熱処理し、結晶化度が所定値より小さいことを確認してキチン粉砕物として回収する設備である。キチン粉砕物生産装置1は、後工程で酵素糖化によりキチン粉末から高い収量でたとえばN−アセチルグルコサミンなどのキチン分解物を生産するために使用するキチン粉砕物を生産する。なお、ここでは、特許文献4に開示されたオンラインで測定できるキチン結晶化度測定装置37を用いて、キチン粉砕物の品質を保証するようにしている。
【0041】
キチン粉砕物生産装置1は、原料タンク31とフィーダ32と粗粉砕機33が含まれる原料前処理部と、粗粉砕機33により粗粉砕された原料を一旦貯蔵する粗粉タンク34と、粗粉タンク34から後記の粉砕機10へ原料を供給するフィーダ35と、メカノケミカル粉砕をする粉砕機10と、ミスト装置18と、キチン結晶化度測定装置37と、サンプラー36と、切替弁38とが含まれる粉砕・非晶質化判定部と、気流分級機41と粗目製品タンク42と微粉コレクタ43と細目製品タンク44とブロワ45が含まれるキチン粉砕物回収部で構成される。
【0042】
原料前処理部において、原料タンク31に受け入れられるキチン含有原料は、たとえばカニキチンで、ほぼ5mm程度のサイズを有する比較的粗大なキチン含有原料である。フィーダ32は、原料タンク31内のキチン含有原料を適宜なペースで引き出し、粗粉砕機33に供給する。粗粉砕機33では、キチン含有原料を平均粒子径D50がほぼ500μm程度になるように粗粉砕して、粉砕・非晶質化判定部に搬出する。
【0043】
原料前処理部で粗粉砕された粉末状のキチン含有原料は粗粉砕機33から、キチン含有原料の流れに対する緩衝容器となる粗粉タンク34に受け入れられる。粗粉タンク34内のキチン粉末はフィーダ35により定量引き出しされて粉砕機10に供給される。粉砕機10は、図1に関して説明した機構と作用に基づいて、粗粉砕されたキチン含有原料の微小粉体をメカノケミカル粉砕によりさらに微細に粉砕する。
【0044】
反応容器内はメカノケミカル粉砕による発熱により昇温するが、キチン含有原料の温度は、粉砕処理するキチン含有原料の性状や特性に基づいて、充填するキチン含有原料の量や、反応容器の回転速度や粉砕処理時間、ボールやロッド等の粉砕媒体の性状やこれらとキチン含有原料の混合割合など、粉砕条件を調整することにより管理することができる。
また、粉砕機10には、ミスト装置18を付属し、反応容器が過熱したときに反応容器の外壁にミストを吹き付けて反応容器内を冷却することができるようにしている。
【0045】
メカノケミカル粉砕と温度管理を一緒に行うようにした反応容器においては、反応容器内でメカノケミカル粉砕したキチン含有原料の温度が、脱水脱タンパク反応により減量するような温度範囲、すなわちカニ由来のキチンを扱うときには220℃から340℃の範囲、あるいはその温度範囲以上かつ、さらにキチンの分解と見られる顕著な減量が観察される450℃近傍の領域以下に収まるようにすることが好ましい。
【0046】
粉砕機10から供給された温度管理下でメカノケミカル粉砕されたキチン含有原料はサンプラー36に供給される。サンプラー36は、供給されたキチン含有原料の流れから一部をサンプルしてキチン結晶化度測定装置37に供給し、キチン含有原料の大部分を切替弁38に送り出す。
【0047】
キチン結晶化度測定装置37は、キチン含有原料の結晶化度を推定し、キチン粉砕物として予め設定された結晶化度と比較して合否を判定し、切替弁38を制御する。
キチン結晶化度測定装置37は、試料に近赤外光を照射したときに試料から反射され、もしくは試料を透過する近赤外光から近赤外スペクトルを求めて、所定の変換処理を施して特定の特性値が読み取れる変換スペクトルとし、所定の複数の波長範囲における変換スペクトルの特性値を事前に生成した検量線と比較することによりキチンの結晶化度を推定するものである。
【0048】
変換スペクトルは、多数回測定して得られた近赤外スペクトルに対してMSC(multiplicative scatter correction)処理、規格化処理、2次微分処理などを施して得ることができる。検量線は、キチンから反射され、もしくは試料を透過する近赤外光の強度に基づいて生成した変換スペクトルがキチンの結晶化度と相関する2以上の波長領域について作成する。2000nmから2200nmの領域における変換スペクトルに基づいて、特に、2050nm、2070nm、2095nm、2120nm、2160nm近傍にピーク値が出現する領域の特性値に基づいて、測定および演算をすることが好ましい。特性値は、その領域内におけるピーク値や、所定の波長幅を持った所定の波長域における出力積分値などである。
【0049】
キチン結晶化度測定装置37は、キチン含有原料の結晶化度を精度良くかつ工業的生産量に対応する速度で計測判定することができる。キチン含有原料を酵素分解反応させて得るキチン粉砕物の糖化率はキチン含有原料の結晶化度と高い相関を有するので、粉砕後のキチン粉砕物の結晶化度を計測することにより酵素処理後のキチン粉砕物の糖化率を推量することができる。
【0050】
キチン結晶化度測定装置37で測定された結晶化度が設定値より低い場合は、酵素処理後のキチン粉砕物は所定の糖化率を達成することができると考えられるので、測定された部分が切替弁38の位置に来たと推定される時点で、キチン粉砕物回収部へ排出する方向にキチン含有原料の流路を切り替える。一方、結晶化度が設定値より高い場合は予定したキチン粉砕物としての品質が満たされていないおそれがあるので、測定された部分が切替弁38の位置に来たと推定される時点で、排出流路側にキチン含有原料の流路を切り替える。
【0051】
また、キチン粉砕物の結晶化度が未達の場合は、メカノケミカル粉砕の条件やミストの吹き付け条件を加減して、キチン粉砕物の温度を適宜の温度範囲に収まるように調整することができる。
なお、切替弁38により外部に排出された品質未達のキチン粉砕物は、そのまま廃棄してもよいが、再度、粉砕するために粗粉タンク34などに戻してもよい。
【0052】
所定の品質を備えるキチン粉砕物は、切替弁38を介してキチン粉砕物回収部に供給され、キチン粉砕物回収部において、ブロワ45で引かれて気流分級機41に流入し、軽い粉体を微粉コレクタ43の方に分離して、気流分級機41の機内で落下した成分を粗目製品タンク42に収納する。また、微粉コレクタ43に供給された微粉成分は極めて細かい不純物をブロワ45で吸い出して、機内で落下する微粉成分を細目製品タンク44に収納する。これらの製品タンク42,44に収納されたキチン粉砕物は、適宜取り出して需要者に供給される。
【0053】
こうしてキチン粉砕物生産装置1から供給されるキチン粉砕物は、後の工程で酵素反応により単糖あるいは2糖を生成するときの糖化率が高く、高い生産性をもってキチン分解物を得ることができる。
また、キチン粉砕物生産装置1において、メカノケミカル粉砕で発生する熱を活用して脱水脱タンパク反応を促進する温度範囲に収まるように管理するので、別途加熱装置を必要とせず、装置費用や運転費用を節減することができる。さらに、一般的なコンバージミル等の粉砕機を活用して本実施態様に係る運転方法を実施することができる。
【0054】
なお、由来生物が異なるキチン含有物についても、同様に、一定の温度領域に適当な時間保持することにより脱水脱タンパク反応が生じるので、同じ方法及び装置により、糖化反応性の高いキチン粉砕物を得ることができる。
また、上記のキチン粉砕物生産装置1の構成では、粉砕機の反応容器には冷却装置だけが付属するが、温度管理をさらに容易にするため適宜な加熱装置を備えるようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明のキチン粉砕物生産方法および装置は、生物資源由来の物質で枯渇の恐れがなく生物分解性で安全性が高いキチンを、医薬、化粧品、肥料など様々な分野で応用する上で、N−アセチルグルコサミン等の有用な糖類を生産するための酵素分解工程に供給するため、脱水脱タンパク反応が起こる温度範囲内に原料温度を管理することによりメカノケミカル粉砕をしたキチン自体の反応面積を増大させて高い酵素分解効率を得ることができるキチン粉砕物を生産することができる。
【符号の説明】
【0056】
1 キチン粉砕物生産装置
10 高速粉体反応装置(粉砕機)
11 粉砕用容器(反応容器)
12 ガイドベーン
13 粉砕媒体ボール
14 材料粉体層
15 対象材料
16 衝突部
17 クリアランス
18 ミスト装置
31 原料タンク
32 フィーダ
33 粗粉砕機
34 粗粉タンク
35 フィーダ
36 サンプラー
37 キチン結晶化度測定装置
38 切替弁
41 気流分級機
42 粗目製品タンク
43 微粉コレクタ
44 細目製品タンク
45 ブロワ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチン含有組成物からなるキチン原料をメカノケミカル粉砕してキチン粉砕物とするときに、粉砕中もしくは粉砕後に一定時間、前記キチン原料の温度を前記粉砕されたキチンの脱水脱タンパク反応温度領域に保持することを特徴とするキチン粉砕物生産方法。
【請求項2】
前記メカノケミカル粉砕するために用いる粉砕機は、複数個の粉砕媒体ボールもしくは粉砕媒体ロッドと原料粉体とを収納した反応容器を高速回転させることにより該反応容器の壁面に押し付けられて層をなす前記原料粉体に前記粉砕媒体ボールもしくは粉砕媒体ロッド及び前記原料粉体を衝突させて前記原料粉体を微粉砕する高速粉体反応装置であって、該粉砕機に前記キチン原料の粉末を供給してメカノケミカル粉砕することを特徴とする請求項1記載のキチン粉砕物生産方法。
【請求項3】
前記キチン含有組成物がエビあるいはカニの甲殻を粉砕したものであって、前記脱水脱タンパク反応温度が220℃から340℃の温度範囲にあることを特徴とする請求項1または2記載のキチン粉砕物生産方法。
【請求項4】
前記粉砕機の回転速度、粉砕時間、キチン原料の仕込量、粉砕媒体ボールを選択することにより、メカノケミカル粉砕における処理温度を脱水脱タンパク反応温度領域に維持させることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のキチン粉砕物生産方法。
【請求項5】
反応容器と該反応容器を回転させる回転駆動部と前記反応容器を冷やす冷却装置とを備え、
複数個の粉砕媒体ボールもしくは粉砕媒体ロッドと原料粉体とを前記反応容器に収納して、前記回転駆動部で前記反応容器を高速回転させることにより、前記反応容器の壁面に層状に堆積する前記原料粉体に前記粉砕媒体ボールもしくは粉砕媒体ロッド及び前記原料粉体を衝突させて前記原料粉体をメカノケミカル粉砕する、高速粉体反応装置を含むキチン粉砕物生産装置であって、
前記原料粉体がキチン原料であって、該キチン原料をメカノケミカル粉砕するときのキチン原料温度を脱水脱タンパク反応温度領域に保持できるようにしたことを特徴とするキチン粉砕物生産装置。
【請求項6】
前記冷却装置は、ミストを吹き付けて前記反応容器の表面を冷却する構成を有するものであることを特徴とする、請求項5記載のキチン粉砕物生産装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−18852(P2013−18852A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152714(P2011−152714)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(503245465)株式会社アーステクニカ (54)
【Fターム(参考)】