説明

キトサンゲル、及びキトサンゲルの製造方法

【課題】キトサンのみでゲル化したキトサンゲル、特に酸性水溶液中でゲル状態を維持できるキトサンゲル、及びキトサンゲルの製造方法を提供する。
【解決手段】本キトサンゲルは、キトサン分子鎖が無水結晶構造により接合した接合領域と、キトサン分子鎖が接合していないほぐれ領域とを有するものであり、酸性水溶液中に溶解させたキトサンをアルカリ中和して、キトサン分子鎖が水和結晶構造により接合した接合領域とキトサン分子鎖が接合していないほぐれ領域とを有する水和結晶再生キトサンとし、該水和結晶再生キトサンを水熱処理して、前記接合領域の水和結晶構造を無水結晶構造に転移した無水結晶再生キトサンとし、該無水結晶再生キトサンを酸性水溶液に浸漬してゲル化することにより製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キトサンのみからなる水和ゲル、特に酸性水溶液中でゲルとなるキトサンゲル、及びキトサンゲルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キトサンは、一般的には、甲殻類、昆虫等の外骨格生物や、菌類等の微生物の細胞等に存在するキチンを脱アセチル処理して得られる天然高分子であり、工業的には、カニ殻や、エビ殻、イカの甲を原料として製造され、酸性水溶液に溶解し、カチオン性電解質ポリマーとして機能する。また、生分解性、凝集能、徐放性等の機能を有し、成形性にも優れており、繊維、フィルム、ビーズ等に加工することができるので、抗菌材料や医用材料、化粧品材料、食品添加材、分離材料、農業資材、シート材料、水処理材等の幅広い分野において利用が期待されている。このようなキトサンの利用態様の一つとしてゲル化があり、従来より様々なキトサンゲルの製造方法が考案されている。
【0003】
例えば、キトサンに架橋剤としてポリ(N−ビニルラクタム)を反応させ、キトサン分子鎖を水素結合により網目構造にするキトサンゲルの製造方法がある。この方法によれば、簡単な方法で、所定の粘性値を有するキトサンゲルを調整することができるとされている(特許文献1参照)。
【0004】
また、キトサンと酸性のキレート化剤とを水に溶解した後、カルボン酸や硫酸の二価金属塩の水溶液を添加することにより、キレート結合を生じさせてゲル生成するキトサンゲルの製造方法がある。この方法によれば、ゲルを製造するにあたって、高価な装置、工程を必要としないとされている(特許文献2参照)。
【0005】
また、キトサンを、カードランや澱粉のように水に不溶性で加熱により粘性を得る多糖類と混合して加熱することによりゲル化成形物としたゲル状キトサン成形物がある。該ゲル状キトサン成形物によれば、キトサンを食品に含有させる場合の食感を良くし、収斂味をなくすことができるとされている(特許文献3参照)。
【0006】
【特許文献1】特開平7−250886号公報
【特許文献2】特開平7−188424号公報
【特許文献3】特開2002−10755号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、従来のキトサンゲルは、キトサン以外の他の物質を導入することによりゲル化されたものなので、キトサンゲルの使用目的に応じて導入する物質を選択しなければらならない。特に、食品添加材や化粧品材料、医用材料のような人体に直接関係するような用途にキトサンゲルを用いる場合には、キトサンの効能の他に、導入物質の安全性を確認することが必須となる。したがって、従来のキトサンゲルは、導入物質の安全性等が確認されている限りにおいて、又はそれぞれ限られた用途において有用であるに過ぎず、キトサンに期待されている幅広い利用分野のすべてにおいて有用なものではなかった。また、キレート結合によるキトサンゲル等のように、ゲル状態を維持できる環境が限られたものでは、キトサンゲルを担体として医用材料や化粧品材料として利用する場合に、キトサンゲルに含有させる薬品等が限定されるという問題もある。
【0008】
本発明は、これらの点に鑑みてなされたものであり、キトサンのみでゲル化したキトサンゲル、特に酸性水溶液中でゲル状態を維持できるキトサンゲル、及びキトサンゲルの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るキトサンゲルは、キトサン分子鎖が無水結晶構造により接合した接合領域と、キトサン分子鎖が接合していないほぐれ領域とを有するものであることを特徴とする。
【0010】
また、本発明は、前記キトサンゲルが、酸性水溶液中でゲル化したものであることを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係るキトサンゲルの製造方法は、酸性水溶液中に溶解させたキトサンをアルカリ中和して、キトサン分子鎖が水和結晶構造により接合した接合領域とキトサン分子鎖が接合していないほぐれ領域とを有する水和結晶再生キトサンとし、該水和結晶再生キトサンを水熱処理して、前記接合領域の水和結晶構造を無水結晶構造に転移した無水結晶再生キトサンとし、該無水結晶再生キトサンを酸性水溶液に浸漬してゲル化することを特徴とする。
【0012】
また、本発明は、前記キトサンゲルの製造方法において、キトサンを溶解した酸性水溶液をアルカリ性水溶液に注ぎ込むことにより前記水和結晶再生キトサンを析出させることを特徴とする。
【0013】
また、本発明は、前記キトサンゲルの製造方法において、析出した前記水和結晶再生キトサンを水洗処理により中和した後、水熱処理することを特徴とする。
【0014】
また、本発明は、前記キトサンゲルの製造方法において、前記水熱処理は、水和結晶再生キトサンを純水に浸漬した状態で120℃以上に加熱することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るキトサンゲルによれば、キトサン分子鎖が無水結晶構造により接合した接合領域と、キトサン分子鎖が接合していないほぐれ領域とを有するので、ゲル化するための他の物質を導入することなくキトサンのみでゲルとなる。したがって、キトサンに期待されている幅広い利用分野のすべてにおいて利用することができ、特に、食品添加材や化粧品材料、医用材料としての利用が期待される。
【0016】
また、本発明によれば、キトサンゲルを酸性水溶液中でゲル化したものなので、酸性水溶液中でもゲル状態を維持することができ、酸性の薬品等を含有させる担体として、医用材料や化粧品材料等の利用が期待される。
【0017】
また、本発明に係るキトサンゲルの製造方法によれば、酸性水溶液中に溶解させたキトサンをアルカリ中和して、キトサン分子鎖が水和結晶構造により接合した接合領域とキトサン分子鎖が接合していないほぐれ領域とを有する水和結晶再生キトサンとし、該水和結晶再生キトサンを水熱処理して、前記接合領域の水和結晶構造を無水結晶構造に転移した無水結晶再生キトサンとし、該無水結晶再生キトサンを酸性水溶液に浸漬してゲル化することとしたので、ゲル化するための他の物質を含まないキトサンのみで構成されたゲルを得ることができる。
【0018】
また、本発明によれば、前記キトサンゲルの製造方法において、キトサンを溶解した酸性水溶液をアルカリ性水溶液に注ぎ込むことにより前記水和結晶再生キトサンを析出させることとしたので、ゲル化するに適した低結晶度且つ低配向性の水和結晶再生キトサンを得ることができる。
【0019】
また、本発明によれば、前記キトサンゲルの製造方法において、析出した前記水和結晶再生キトサンを水洗処理により中和した後、水熱処理することとしたので、キトサンゲルが塩等を含有しない。
【0020】
また、本発明によれば、前記キトサンゲルの製造方法において、前記水熱処理は、水和結晶再生キトサンを純水に浸漬した状態で120℃以上に加熱することとしたので、効率的且つ確実に水和結晶構造を無水結晶構造に転移することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
〔キトサン〕
キトサンは、N−アセチルグルコサミンがβ−1,4結合で直鎖状に連なったキチンの脱アセチル化物であり、β1,4−ポリ−D−グルコサミンと定義されている。本発明に係るキトサンとしては、工業的に得られた市販のキトサンやキトサン誘導体から得られたものを用いることができる。その分子量は特に限定されないが、分子量が少なければキトサンゲルが包埋する水量が少なくなって用途が限定的となり、一方、分子量が多ければ酸性水溶液への溶解時間等が長くなる。したがって、分子量は2万以上のものが好ましく、より好ましくは約10万〜100万の範囲のものである。また、脱アセチル化度が低ければ酸性水溶液への溶解が困難となることから、脱アセチル化度が70%以上のものが好適である。
【0022】
〔キトサン水溶液〕
キトサンは、まず、酸性水溶液に溶解される。キトサンは構成単位であるグルコサミン残基に遊離の一級アミノ基をもつ高分子電解質であり、無機酸、有機酸に溶解する。したがって、キトサンを溶解する酸性水溶液は、塩酸や硝酸のような無機酸の水溶液、酢酸やクエン酸、アスコルビン酸のような有機酸の水溶液を用いることができ、その濃度は、例えば酢酸水溶液であれば0.1〜2.0%程度である。キトサンの溶解濃度は分子量に合わせて調整するが、キトサンを完全に溶解できれば濃度は特に限定されるものではない。
【0023】
〔水和結晶再生キトサン〕
キトサンを酸性水溶液に溶解して得たキトサン水溶液を、アルカリ性水溶液に攪拌しながら注ぎ込むことによりアルカリ中和して、水和結晶再生キトサンを析出させる。アルカリ性水溶液としては、例えば、水酸化ナトリウムや水酸化カルシウム等を用いればよい。酸性水溶液に溶解していたキトサンがアルカリ中和によって再び結晶構造をとるために溶液中に析出するのであるが、析出したキトサンの結晶化度や配向性は、酸性水溶液に溶解する前の結晶キトサンより低下しており、キトサン分子鎖が部分的に水和結晶構造により接合しており、その他の部分はキトサン分子鎖が結晶構造をとっていない状態である。このように、キトサン分子鎖が結晶構造により接合した接合領域と接合していないほぐれ領域とを有する状態のキトサンを、本発明において再生キトサンと呼ぶ。また、前述したように析出した再生キトサンは、接合領域の結晶構造が水和結晶であり、この水和結晶構造により部分的に接合された再生キトサンを水和結晶再生キトサンと呼ぶ。この水和結晶再生キトサンは、アルカリ性水溶液中で繊維状又は粒子状の形状で得られ、一般には、使用したキトサンの分子量が大きい場合は繊維状であり、分子量が小さい場合には粒子状となる。このような繊維状又は粒子状の水和結晶再生キトサンは、その周囲はアルカリ中和され易い一方、芯部はアルカリ性水溶液が浸透するのに時間がかかりアルカリ中和され難いので、芯部までアルカリ中和すべくアルカリ水溶液中で数時間から一昼夜攪拌を行う。アルカリ中和が不十分であれば、再生キトサンの接合領域が酸塩を含んだ結晶構造となり、無水結晶への転移に不適である。このようにして得られた水和結晶再生キトサンは、ろ過や遠心分離により回収して水洗する。繊維状の水和結晶再生キトサンはろ過により容易に回収できるが、ろ過により回収が困難な粒子状の水和結晶再生キトサンの場合は遠心分離により回収する。水洗は、ろ過の場合はろ液が中性になるまで、遠心分離の場合は上清が中性になるまで行う。
【0024】
〔無水結晶再生キトサン〕
得られた水和結晶再生キトサンを耐熱ボトル中で純水に浸漬し120℃以上に加熱する。加熱は、加圧下で加熱できる高温高圧水蒸気釜や、オートクレーブ等の加圧釜を用いる。純水はイオン交換水程度の純度であればよい。この水熱処理により再生キトサンの水和結晶構造を無水結晶構造に転移させる。本発明では、このように無水結晶構造によりキトサン分子鎖が部分的に接合した再生キトサンを無水結晶再生キトサンと呼ぶ。水和結晶構造から無水結晶構造への転移を起こさせるには加熱温度は120〜300℃が好ましく、使用したキトサンの分子量や、得られたキトサンゲルが包埋する水の量等、目的とするキトサンゲルの性質により加熱温度及び加熱時間を調整する。一般に、加熱温度を高く、加熱時間を長くすれば、無水結晶構造への転移度が高くなると考えられ、食品添加材や化粧品材料、医用材料として汎用性の高いキトサンゲルを得るには、加熱温度は140〜250℃が好適であり、加熱時間は10〜60分が好適である。加熱温度及び加熱時間をあまりに大きくすると、確実に水和結晶構造を無水結晶構造に転移させることができると考えられるが、キトサン分子鎖の加水分解が促進される一方、無水結晶構造による接合領域が多くなり、得られたキトサンゲルは包埋水量が少なく柔軟性のないものとなり易い。また、200℃を超えるような高温の加熱温度を実現できる加圧釜等の装置は高価であり、加熱時間が長くなれば製造コストが高くなる。また、加熱温度及び加熱時間の調整によるキトサンゲルの性質の制御を容易にするために、水洗後の水和結晶再生キトサンは、湿潤状態で水熱処理することが好ましい。
【0025】
〔無水結晶構造の確認〕
無水結晶再生キトサンが無水結晶構造による接合領域を有するか否かはX線解析法で確認できる。図1は、水熱処理後の無水結晶再生キトサンのX線回折ディフラクションカーブであり、横軸の15°付近の回折ピークが無水結晶構造の110面を示している。水熱処理において、目的とする加熱温度に達してからの加熱時間が長くなるにつれて15°付近の回折ピークが高くなっており、水和結晶構造から無水結晶構造への転移が促進されていることがわかる。キトサンは一般に水和結晶構造をとるので酸性水溶液中では溶解するが、無水結晶構造は酸性水溶液中でも容易に緩まらないので溶解し難くなる。この無水結晶構造による接合領域とほぐれ領域とを有することにより、キトサン分子鎖が水分子を包埋してゲル化できる網目構造となる。
【0026】
〔キトサンゲル〕
得られた無水結晶再生キトサンを酸性水溶液に浸漬することによりゲル化する。前述したように、無水結晶再生キトサンは、無水結晶構造による接合領域とほぐれ領域とを有することにより、酸性水溶液中で網目構造を維持し、ほぐれ領域において水和することにより膨潤してゲルとなる。なお、無水結晶構造も酸性水溶液中で時間の経過とともに緩まるので、無水結晶再生キトサンもやがては酸性水溶液に溶解するが、この溶解速度は水和結晶再生キトサンと比較して極めて遅く、数時間から数日間はゲル状態を維持する。この溶解速度は、キトサンの分子量や水熱処理の加熱温度及び加熱時間で調整できる。したがって、流動性をもつキトサンゲルも、水熱処理の条件やキトサンの分子量によって得ることができる。このようにして得られたキトサンゲルは、ゲル化するために他の物質を導入することなくキトサンのみで構成されているので、キトサンに期待されている幅広い利用分野のすべてにおいて利用することができ、特に、人体への安全性を確保する必要がある食品添加材や化粧品材料、医用材料としての利用が期待される。また、酸性水溶液中でもゲル状態を維持することができ、酸性の薬品等を含有させる担体として、医用材料や化粧品材料等への利用が期待される。
【実施例】
【0027】
〔実施例1,2〕
実施例1としてキトサンDAC100(甲陽ケミカル、Mw>1000,000)を、実施例2としてキトサンSK−10(甲陽ケミカル、Mw≒100,000)を用い、各キトサンを乾燥重量5.0gで2.0%の酢酸水溶液に溶解して一昼夜放置した後、ガーゼでろ過してキトサン溶液を得た。これらキトサン溶液を、1.0lの5.0%水酸化ナトリウム水溶液中に攪拌しながら緩やかに注ぎ込んで水和結晶再生キトサンを析出させ、水酸化ナトリウム水溶液中で室温で一昼夜攪拌した。得られた水和結晶再生キトサンを純水で洗浄し、ろ液が中性になるまで純水で洗浄及びろ過を繰り返した。その後、ろ紙上で吸引ろ過して水分量約90%まで脱水した。
乾燥重量に換算して1.6gの水和結晶再生キトサンを、パッキン付きスクリューコック式耐熱瓶(250ml)に採り、全量が200mlとなるように純水を加えた。これに蓋をして、高温高圧水蒸気釜(日阪製作所)に入れて、加熱温度を120〜200℃の所定温度、昇温時間20分、温度保持時間20分で高温高圧水蒸気により加熱して無水結晶再生キトサンを夫々得た。なお、実施例で用いた高温高圧水蒸気釜は、昇温速度、温度保持時間等の条件を任意の条件に制御可能なものである。
【0028】
〔実施例3〕
実施例1と同様にして、前記キトサンDAC100を再生処理、水洗処理して水和結晶再生キトサンを得た後、加熱温度を180℃、温度保持時間を60分とし、他は実施例1と同様の条件で水熱処理をして無水結晶再生キトサンを得た。
【0029】
〔比較例1,2〕
前記2種類のキトサンDAC100,SK−10を、再生処理することなく、即ち酢酸水溶液に溶解した後、水酸化ナトリウムで析出させることなく、乾燥状態のままで、室温及び120〜200℃の所定温度で一昼夜オーブン内で加熱して乾燥加熱処理キトサンを得た。
【0030】
〔比較例3,4〕
前記実施例1,2と同様にして、2種類のキトサンDAC100,SK−10を用いて水和結晶再生キトサンを夫々生成し、該水和結晶再生キトサンを乾燥状態で、即ち純水に浸漬することなく、室温及び120〜200℃の所定温度で一昼夜オーブン内で加熱して乾燥加熱処理再生キトサンを得た。
【0031】
〔比較例5,6〕
前記2種類のキトサンDAC100,SK−10を、再生処理することなく純水に浸漬し、120〜200℃の所定温度、昇温時間20分、温度保持時間20分で高温高圧水蒸気により加熱して水熱処理キトサンを得た。
【0032】
〔確認〕
実施例1〜3で得られた各無水結晶再生キトサンをX線回折により分析した結果、120℃以上で水熱処理をしたものについて、無水結晶構造の110面を示す15°付近の回折ピークが確認できた。
【0033】
〔評価〕
実施例1,2及び比較例1〜4で得られた無水結晶再生キトサン、乾燥加熱処理キトサン、乾燥加熱処理再生キトサン、水熱処理キトサンを、各々2.0%の酢酸水溶液に添加して攪拌し、溶解性を観察した。その結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
実施例1の無水結晶再生キトサンは、水熱処理温度が140℃のものでは水溶液が粘調となり、160,180℃のものでゲル状となった。また、水熱処理温度が200℃のものでは水溶液が膨潤状態となった。また、実施例2の無水結晶再生キトサンは、水熱処理温度が140,160℃のもので水溶液がゲル状となり、180℃のものでは膨潤状態となった。一方、水熱処理温度が200℃のものは酢酸水溶液に不溶であった。このように、無水結晶再生キトサンは、酢酸溶液に溶解しても完全に溶解せずゲル状態を維持することが確認された。また、本実施例では、水熱処理温度が140〜180℃の範囲でゲル状態が確認でき、処理温度が低くなると酢酸水溶液中ではゲル状態ではなく高い粘度の状態、即ち粘調となり、室温では完全に溶解した。一方、水熱処理温度が高くなると膨潤状態となり、不溶となる場合も確認された。このことから、水熱処理温度によって、得られた無水結晶再生キトサンの無水結晶構造による接合領域の範囲に違いができることが想定され、この水熱処理温度を適宜調整することにより所望のゲル状態となる無水結晶再生キトサンを得ることができると考えられる。
【0036】
比較例1,2の乾燥加熱処理キトサン、及び比較例3,4の乾燥加熱処理再生キトサンは、120〜200℃のすべての処理温度のもので、酢酸水溶液に不溶であった。これより、乾燥状態での加熱処理では、酢酸水溶液中でゲル化するような、無水結晶構造による接合領域とほぐれ領域とが形成されないと考えられる。一方、室温で処理したものは酢酸水溶液に溶解することから、水和結晶構造から無水結晶構造への転移が起こらなかったと推測される。
【0037】
比較例5の水熱処理キトサンは、水熱処理温度が140℃のものは水溶液が粘調となり、160℃以上で不溶であった。また、比較例6の水熱処理キトサンは、水熱処理温度が140℃のものは水溶液が粘調となり、180℃のものは膨潤状態、180℃以上で不溶であった。このことから、キトサンを再生処理することなく水熱処理を行っても、酸性水溶液中でゲル状態となるキトサンを得ることは難しいと考えられる。
【0038】
また、実施例1において180℃で水熱処理を行って得られた無水結晶再生キトサンと、実施例3で得られた無水結晶再生キトサンとを、2.0%酢酸水溶液に0.5%の濃度で溶解してゲルを形成し、ゲル状態の保持時間を観察した。いずれも時間の経過とともにゲル状態から粘調状態となった後、完全に溶解したが、実施例1の無水結晶再生キトサンのゲルは、完全に溶解するまで約2週間であった。これに対し、実施例3の無水結晶再生キトサンのゲルは、完全に溶解するまで1ヶ月以上を要した。このことから、無水結晶再生キトサンのゲル寿命は、一般的なゲルに比べて短く、水熱処理時間等の処理条件を適宜調整することにより所望のゲル寿命の無水結晶再生キトサンを得ることができると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に係るキトサンゲルは、抗菌材料や医用材料、化粧品材料、食品添加材、分離材料、農業資材、シート材料、水処理材等の幅広い分野において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】水熱処理後の無水結晶再生キトサンのX線回折ディフラクションカーブを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサン分子鎖が無水結晶構造により接合した接合領域と、キトサン分子鎖が接合していないほぐれ領域とを有するものであることを特徴とするキトサンゲル。
【請求項2】
前記キトサンゲルは、酸性水溶液中でゲル化したものであることを特徴とする請求項1記載のキトサンゲル。
【請求項3】
酸性水溶液中に溶解させたキトサンをアルカリ中和して、キトサン分子鎖が水和結晶構造により接合した接合領域とキトサン分子鎖が接合していないほぐれ領域とを有する水和結晶再生キトサンとし、該水和結晶再生キトサンを水熱処理して、前記接合領域の水和結晶構造を無水結晶構造に転移した無水結晶再生キトサンとし、該無水結晶再生キトサンを酸性水溶液に浸漬してゲル化することを特徴とするキトサンゲルの製造方法。
【請求項4】
キトサンを溶解した酸性水溶液をアルカリ性水溶液に注ぎ込むことにより前記水和結晶再生キトサンを析出させることを特徴とする請求項3記載のキトサンゲルの製造方法。
【請求項5】
析出した前記水和結晶再生キトサンを水洗処理により中和した後、水熱処理することを特徴とする請求項3又は4記載のキトサンゲルの製造方法。
【請求項6】
前記水熱処理は、水和結晶再生キトサンを純水に浸漬した状態で120℃以上に加熱することを特徴とする請求項3乃至5のいずれかに記載のキトサンゲルの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−45299(P2006−45299A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−226447(P2004−226447)
【出願日】平成16年8月3日(2004.8.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年7月1日 日本キチン・キトサン学会発行の「キチン・キトサン研究 第10巻第2号」に発表
【出願人】(592072791)鳥取県 (19)
【Fターム(参考)】