説明

キノキサリンユニットを有するジアミン、ポリイミド前駆体及びポリイミド並びにその利用

式(1)で表されるジアミノベンゼン化合物。この化合物と、テトラカルボン酸(誘導体)とを反応させることで、耐熱性、被膜強度、薄膜性状に優れ、かつ、電荷キャリア輸送性を有するポリイミドが得られる。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、ジアミノベンゼン化合物、該化合物を原料として合成されるポリイミド前駆体及びポリイミド、並びに該ポリイミドの薄膜の利用に関し、更に詳述すると、工業的に製造容易な電荷キャリア輸送性高分子の原料モノマーとなるキノキサリンユニットを有するジアミン化合物、及び該化合物を原料化合物の1つとして合成されたポリイミド前駆体又はポリイミドに関する。
【背景技術】
ポリイミドは、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの反応によって得られる線状の高分子であり、高引張強度、強靭性を持ち、優れた電気絶縁性と耐薬品性を示す上、耐熱性が優れるという特徴を持っている。
このため、ポリイミドは、耐熱性のフィルム、コーティング膜、接着剤、成型用樹脂、積層用樹脂、繊維として使用するのに好適であり、近年、その特徴を利用して、自動車部品、特殊機械部品、電気電子材料、宇宙航空機材料等への応用が盛んになってきている。特に、半導体素子や液晶表示素子分野において、例えば、上記特徴を生かした絶縁膜(特開平5−21705号公報)、緩衝膜(特開平11−347478号公報)、保護膜、液晶表示素子の配向膜等として多用されてきている。
しかしながら、従来のポリイミドは絶縁性が高いため、静電気を帯び易かったり、印加された電圧によりポリイミド膜中に電荷が蓄積したりすることで、素子特性上や、素子製造上で様々な問題が生じる場合があった。このため、ポリイミドが有する種々の特徴を保ちながら、より低抵抗で、かつ、帯電や電荷蓄積の少ないポリイミド樹脂が求められていた。
ポリイミドの低抵抗化には、従来、幾つかの方法が試みられている。例えば、ポリイミド中に金属粉、導電性金属酸化物、カーボンブラック等を混入させる方法(特開2002−292656号公報)や、イオン系界面活性剤を使用する方法(特開平7−330650号公報)などが挙げられる。しかしながら、これらの方法では、例えば、均一な薄膜が得られなかったり、透明性が損なわれたり、イオン性不純物が多くなったりして、電子デバイス用途には適さないなどの問題があった。
一方、低抵抗なポリマー材料として、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン等に代表されるいわゆる導電性ポリマーが知られている。これらの導電性ポリマーは、アニリン、ピロール、チオフェン又はその誘導体をモノマー原料とし、酸化剤によって化学酸化重合するか、もしくは電気化学的に重合する手法によって得ることができる。
このような手法によって得られた導電性ポリマー材料は、ルイス酸などの酸をドーピングすることによって、高い導電性を示すことが一般に知られており、ドープされた導電性ポリマーは、帯電防止剤、電磁波シールド剤などに応用できる(テルジェ エー スコテイム(Terje A.Skotheim)、ロナルド エル エルゼンバーマー(Ronald L.Elsenbaumer)共著、「導電性高分子ハンドブック(Handbook of Conducting Polymers)」、第2版、マーシャルデッカー社(Marcel Dekker,Inc.)、1998年、p.13−15、p.518−529)。
しかしながら、上記方法で重合された導電性ポリマー材料は、一般に溶剤への溶解性が低いという欠点を有しており、導電性ポリマー材料を有機溶剤に溶解又は分散させたワニスから得られる薄膜は、機械的強度が小さいため脆く、強靭な薄膜を得ることは困難であった。
さらに、有機溶剤に溶解し得る導電性ポリマーであっても、多くの場合ゲル化してしまい、そのワニスの安定性は極めて悪いものであった。
以上のように、従来のポリイミドは絶縁性が高く、静電気を帯び易かったり、印加された電圧によりポリイミド膜中に電荷が蓄積したりする等の様々な問題を有しており、一方、このような欠点を有していない導電性ポリマーにおいても、溶液の安定性や、薄膜性状の面で必ずしも満足できるものではなく、これらの欠点を有さない新たな導電性材料となり得るポリマーが求められていた。
【発明の開示】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、耐熱性が高く、かつ、低抵抗で電荷キャリア輸送性を有するポリイミドフィルム又はポリイミド薄膜を与えるジアミノベンゼン化合物、このジアミノベンゼン化合物を用いて得られるポリイミド前駆体(ポリアミック酸)及びポリイミド、並びにこのポリイミドの薄膜の利用を提供することを目的とする。
本発明者は、上記課題を解決すべく、ポリイミド薄膜の電荷キャリア輸送性向上、被膜強度向上、ワニスの安定化を目的に鋭意検討を重ねた結果、キノキサリンユニットを有する下記式(1)で表されるジアミノベンゼン化合物を原料として得られるポリイミド及びその前駆体、すなわち、主鎖にキノキサリン骨格を有するポリイミド及びその前駆体が、安定した電気的特性及び機械的特性を示すことを見出し、本発明を完成した。
即ち、本発明は、下記[1]〜[12]の発明を提供する。
[1] 式(1)で表されることを特徴とするジアミノベンゼン化合物。

(式中、R及びRは、それぞれ独立して水素原子、アルキル基、又はアルコキシ基を示す。)
[2] R及びRが、それぞれ独立して、炭素数1〜20のアルキル基、炭素数1〜20のアルコキシ基、又は炭素数1〜20のフルオロアルキル基である[1]のジアミノベンゼン化合物。
[3] 下記式(2)の繰り返し単位を含むことを特徴とするポリイミド前駆体。

(式中、R及びRは、それぞれ独立して水素原子、アルキル基、又はアルコキシ基を示し、Aは、テトラカルボン酸残基を示し、nは、1〜5000の整数を示す。)
[4] 下記式(3)の繰り返し単位を含むことを特徴とするポリイミド。

(式中、R及びRは、それぞれ独立して水素原子、アルキル基、又はアルコキシ基を示し、Aは、テトラカルボン酸残基を示し、nは、1〜5000の整数を示す。)
[5] [1]又は[2]のジアミノベンゼン化合物を少なくとも1モル%含有するジアミン成分と、テトラカルボン酸又はその誘導体とを反応させてなるポリイミド前駆体。
[6] 前記テトラカルボン酸及びその誘導体が、芳香族テトラカルボン酸及びその誘導体である[5]のポリイミド前駆体。
[7] 前記芳香族テトラカルボン酸が、フェニルまたは置換フェニル基を有するテトラカルボン酸である[6]のポリイミド前駆体。
[8] [5]〜[7]のいずれかのポリイミド前駆体を閉環反応させてなるポリイミド。
[9] [4]または[7]のポリイミドで形成された電荷キャリア輸送性膜。
[10] [9]の電荷キャリア輸送性膜を用いた有機トランジスタデバイス。
[11] [9]の電荷キャリア輸送性膜を少なくとも1層有する有機発光ダイオード。
[12] [9]の電荷キャリア輸送性膜を用いた蛍光フィルター。
[13] [9]の電荷キャリア輸送性膜を用いた液晶配向膜。
本発明のジアミノベンゼン化合物は、合成が容易であり、これを原料の一つとして用いることで、耐熱性、被膜強度、薄膜性状に優れ、かつ、電荷キャリア輸送性を有するポリイミドが得られる。このポリイミドは、従来のポリイミド膜に比べて低抵抗値を有するのに加え、電荷キャリアを移動させ得る膜であるため、有機トランジスタデバイス、有機発光ダイオード、蛍光フィルター、液晶配向膜などの、各種電子デバイス用コート剤、エレクトロニクス材料等に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
第1図は、実施例9のポリイミド薄膜の整数項(ε)の周波数依存性を示す。
第2図は、実施例9のポリイミド薄膜中でのキャリアの挙動を示す。
第3図は、実施例15〜17のポリイミド薄膜の電流電圧特性を示す。
第4図は、実施例18〜20ポリイミド薄膜を用いた有機発光ダイオード電圧−輝度特性を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明についてさらに詳しく説明する。
本発明のキノキサリンユニットを有する式(1)で表されるジアミノベンゼン化合物は、簡便に合成することができ、ポリイミド、ポリアミドなどの原料として有用なものである。
本発明の式(1)で表されるジアミノベンゼン化合物は、ジアミン部とキノキサリン部とから構成される。その合成方法は、特に限定されるものではないが、例えば、以下に述べる方法が挙げられる。
ジアミンの合成においては、対応する式(4)

で示されるニトロ体を合成し、更に、酢酸存在下メタノール中で、式(5)

で示されるベンジル化合物と反応させることで、式(6)

で表されるジニトロ体を合成し、更に、パラジウムカーボンを用いて水素でニトロ基を還元してアミノ基に変換することが一般的である。
置換基R及びRは一般的には水素であるが、溶剤に対する溶解性を上げるためには、アルキル基、アルコキシ基、フルオロアルキル基などが適している。これらのアルキル基、アルコキシ基、及びフルオロアルキル基の炭素数としては、1〜4が一般的であるが、炭素数20までの導入は可能である。なお、式(1)〜(6)において、同一の符号を付した置換基同士は同時に同一でも、異なっていてもよい。
以上に述べたような製造方法によって得られる式(1)で表される本発明のジアミノベンゼン化合物は、テトラカルボン酸、テトラカルボン酸ジハライド、テトラカルボン酸二無水物などのテトラカルボン酸及びその誘導体との重縮合を行うことにより、主鎖にキャリア輸送性を示すキノキサリン誘導体を有するポリイミド前駆体(式(2))を合成することができる。

(式中、Aは、テトラカルボン酸残基を示し、nは、1〜5000の整数を示す。)
更に、このポリイミド前駆体を脱水閉環反応することにより、式(3)で示される繰り返し単位を有するポリイミドが得られる。

(式中、A及びnは、上記と同じ。)
テトラカルボン酸及びその誘導体の具体例を挙げると、ピロメリット酸、3,3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸、2,3,3’,4−ビフェニルテトラカルボン酸、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)エーテル、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)スルホン、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)メタン、2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)プロパン、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)プロパン、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)ジフェニルシラン、2,3,6,7−ナフタレンテトラカルボン酸、1,2,5,6−ナフタレンテトラカルボン酸、1,4,5,8−ナフタレンテトラカルボン酸、2,3,4,5−ピリジンテトラカルボン酸、2,6−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)ピリジンなどの芳香族テトラカルボン酸及びこれらの二無水物並びにこれらのジカルボン酸ジ酸ハロゲン化物、1,2,3,4−シクロブタンテトラカルボン酸、1,2,3,4−シクロペンタンテトラカルボン酸、2,3,5−トリカルボキシシクロペンチル酢酸、3,4−ジカルボキシ−1,2,3,4−テトラヒドロ−1−ナフタレンコハク酸などの脂環式テトラカルボン酸及びこれら酸二無水物並びにこれらのジカルボン酸ジ酸ハロゲン化物、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸などの脂肪族テトラカルボン酸及びこれら二無水物並びにこれらのジカルボン酸ジ酸ハロゲン化物などが挙げられる。
これらテトラカルボン酸及びその誘導体の中でも、芳香族テトラカルボン酸及びその誘導体が好ましく、より好ましくはフェニルまたは置換フェニル基を有する芳香族テトラカルボン酸及びその誘導体である。この場合、置換フェニル基の置換基は、炭素数1〜10のアルキル基、アルコキシ基が好ましく、より好ましくは、炭素数1〜5のアルキル基、アルコキシ基である。なお、テトラカルボン酸及びその誘導体は、1種又は2種以上を混合して使用することができる。
本発明のポリイミドを得るために使用されるジアミンは、式(1)で表されるジアミノベンゼン誘導体(以下、ジアミン(1)と略す)を必須成分とするものであればよく、ジアミン(1)とテトラカルボン酸誘導体とを共重合することによって、又はジアミン(1)とそれ以外の一般のジアミン(以下、一般ジアミンと略す)とテトラカルボン酸及びその誘導体とを共重合することによって、主鎖にキャリア輸送性を示すキノキサリン誘導体を有するポリイミドを合成することができる。
使用可能な一般ジアミンとしては、一般にポリイミド合成に使用される一級ジアミンであれば、特に限定されるものではない。具体例を挙げれば、p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、2,5−ジアミノトルエン、2,6−ジアミノトルエン、4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジメチル−4,4’−ジアミノビフェニル、ジアミノジフェニルメタン、ジアミノジフェニルエーテル、2,2’−ジアミノジフェニルプロパン、ビス(3,5−ジエチル−4−アミノフェニル)メタン、ジアミノジフェニルスルホン、ジアミノベンゾフェノン、ジアミノナフタレン、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4−ビス(4−アミノフェニル)ベンゼン、9,10−ビス(4−アミノフェニル)アントラセン、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ジフェニルスルホン、2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン、2,2−ビス(4−アミノフェニル)ヘキサフルオロプロパン、2,2−ビス〔4−(4−アミノフェノキシ)フェニル〕ヘキサフルオロプロパン等の芳香族ジアミン、ビス(4−アミノシクロヘキシル)メタン、ビス(4−アミノ−3−メチルシクロヘキシル)メタン等の脂環式ジアミン及びテトラメチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン等の脂肪族ジアミン、さらには、下記式などで示されるジアミノシロキサン等がある。なお、これらのジアミンは、1種又は2種以上を混合して使用することができる。

(式中、mは1から10の整数を表す)
ジアミン(1)と一般ジアミンとを併用して本発明のポリイミドを重合する場合、使用するジアミンの総モル数に対するジアミン(1)のモル数の割合を調整することにより、撥水性などのポリイミドの表面特性を改善できる。
使用するジアミンの総モル数に対するジアミン(1)のモル数の割合は、少なくとも1モル%以上であり、好ましくは5モル%以上である。
テトラカルボン酸及びその誘導体と、ジアミン(1)及び一般ジアミンとを反応、重合させてポリイミド前駆体とした後、これを閉環イミド化するが、この際用いるテトラカルボン酸及びその誘導体としてはテトラカルボン酸二無水物を用いるのが一般的である。
テトラカルボン酸二無水物のモル数と、ジアミン(1)及び一般ジアミンの総モル数との比は0.8〜1.2であることが好ましい。通常の重縮合反応同様、このモル比が1に近いほど生成するポリイミド前駆体(ポリイミド)の分子量は大きくなる。
本発明においてポリイミド前駆体(ポリイミド)の分子量が小さすぎると、これを用いて得られる塗膜の強度が不十分となる場合があり、逆にポリイミド前駆体(ポリイミド)の分子量が大きすぎると、薄膜形成時の作業性、薄膜の均一性が悪くなる場合がある。従って、本発明におけるポリイミド前駆体(ポリイミド)の分子量は、GPC(Gel Permeation Chromatography)法で測定した重量平均分子量で1万〜100万とするのが好ましい。
テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを反応、重合させる方法は、特に限定されるものではなく、一般にはN−メチルピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド等の有機極性溶媒中に1級ジアミンを溶解し、その溶液中にテトラカルボン酸二無水物を添加し、これらを反応させてポリイミド前駆体を合成した後、脱水閉環イミド化する方法が用いられる。
テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを反応させてポリイミド前駆体とする際の反応温度は、−20〜150℃、好ましくは−5〜100℃の範囲で任意の温度を選択することができる。更に、このポリイミド前駆体を100〜400℃で加熱脱水するか、または通常用いられているトリエチルアミン/無水酢酸などのイミド化触媒を用いて化学的イミド化を行うことにより、ポリイミドとすることができる。
本発明のポリイミドの薄膜を形成するには、通常、ポリイミド前駆体溶液をそのまま基材に塗布し、基材上で加熱イミド化してポリイミド薄膜を形成する方法を採用することができる。この際用いられるポリイミド前駆体溶液は、上記重合溶液をそのまま用いてもよく、生成したポリイミド前駆体を大量の水、メタノールなどの貧溶媒中に投入し、沈殿回収した後、溶媒に再溶解して用いてもよい。
上記ポリイミド前駆体の希釈溶媒及び/又は沈殿回収したポリイミド前駆体の再溶解溶媒は、ポリイミド前駆体を溶解するものであれば特に限定されない。このような溶媒の具体例としては、N−メチルピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド等を挙げることができる。これらは、単独で使用しても混合して使用してもよい。更に、単独では均一溶媒が得られない溶媒であっても、均一溶媒が得られる範囲でその他の溶媒を加えて用いることもできる。その他の溶媒の例としては、エチルセロソルブ、ブチルセロソルブ、エチルカルビトール、ブチルカルビトール、エチルカルビトールアセテート、エチレングリコール等が挙げられる。
また、基材上にポリイミド薄膜を形成させる場合、ポリイミド薄膜と基材との密着性を更に向上させる目的で、得られたポリイミド前駆体溶液にカップリング剤等の添加剤を加えることも好適である。さらに、加熱イミド化させる温度は、100〜400℃の任意の温度を採用できるが、特に150〜350℃の範囲が好ましい。
一方、本発明のポリイミドが溶媒に溶解する場合には、テトラカルボン酸二無水物と一級ジアミンとを反応させて得られたポリイミド前駆体を溶液中でイミド化し、ポリイミド溶液とすることができる。溶液中でポリイミド前駆体をポリイミドに転化する場合には、通常、加熱により脱水閉環させる方法が採用される。この加熱脱水による閉環温度は、150〜350℃、好ましくは120〜250℃の任意の温度を選択できる。
また、ポリイミド前駆体をポリイミドに転化するその他の方法としては、公知の脱水閉環触媒を使用して化学的に閉環することもできる。このようにして得られたポリイミド溶液はそのまま使用してもよく、メタノール、エタノール等の貧溶媒に沈殿させ単離した後、適当な溶媒に再溶解させて使用してもよい。再溶解させる溶媒は、得られたポリイミドを溶解させるものであれば特に限定されず、ポリイミド前駆体で述べた再溶解用の各種溶媒に加えて、さらに、2−ピロリドン、N−エチルピロリドン、N−ビニルピロリドン、γ−ブチルラクトン等を用いることができる。また、これらの溶媒単独では溶解性が不充分である場合、上述したその他の溶媒を併用してもよい。
さらに、基材上にポリイミド薄膜を形成させる場合、ポリイミド薄膜と基材との密着性をより向上させる目的で、得られたポリイミド溶液にカップリング剤等の添加剤を加えることも好適である。この溶液を基材上に塗布し、溶媒を蒸発させることにより、基材上にポリイミド薄膜を形成させることができる。この際の温度は溶媒が蒸発すればよく、通常は80〜150℃で充分である。
なお、本発明のポリイミドの薄膜を形成する際の塗布方法としては、ディップ法、スピンコート法、転写印刷法、ロールコート、刷毛塗りなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
以下、合成例、実施例及び比較例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、下記の実施例に限定されるものではない。
[合成例1] 1−ニトロ−2,3−ジアミノベンゼンの合成

市販の1−アミノ−2,5−ジニトロベンゼン14gをメタノール225mlに溶解し、これに硫化ナトリウム60g及び炭酸水素ナトリウム21gを水240gに溶解したものを、滴下ロートにて反応温度60℃に保ったまま添加した。添加終了後、更に60℃で1時間攪拌した。反応終了後、室温まで冷却し、濾過した。
M/z(FD+)153(計算値 153.1396)
H−NMR(CDCl,δppm)7.72,7.70,7.24,6.92,6.62,6.60,6.59,5.92,3.40
収量 7.79g(収率 66.5%)
[合成例2] 1,4−ビス[5−ニトロ−3−フェニルキノキサリン−2−イル]ベンゼンの合成

1−ニトロ−2,3−ジアミノベンゼン3.06gと1,4−ビスベンジルとを酢酸−メタノール(1:1)混合溶媒に分散させ、窒素雰囲気下、60℃で3.5時間攪拌した。反応終了後、室温まで冷却した後、沈殿物を濾過し、メタノールで洗浄、乾燥後、目的物を得た。
M/z(FD+)575(計算値 576.56)
収量 6.35g(収率 95%)
[実施例1] 1,4−ビス[5−アミノ−3−フェニルキノキサリン−2−イル]ベンゼンの合成

1,4−ビス[5−ニトロ−3−フェニルキノキサリン−2−イル]ベンゼン2.37gを、THF300gに溶解し、窒素置換した後、PdC 1.14gを添加した。反応系を窒素置換した後、水素を規定量添加し、室温で48時間攪拌した。反応終了後析出物を濾別し、洗浄液の着色がなくなるまでメタノールで洗浄し、乾燥した。その後、濾別した粗物を、シリカゲルカラムにより分離精製し、目的物を得た。このとき溶離液は、クロロホルムを用いた。
M/z(FD+)515(計算値 516.59)
収量 1.05g(収率 49.5%)
[実施例2〜4] ポリイミド前駆体の合成

以下の1〜3で示される酸二無水物をそれぞれ用い、各酸無水物及び1,4−ビス[5−アミノ−3−フェニルキノキサリン−2−イル]ベンゼンを、NMP中、表1に示す条件にて室温で一定時間攪拌することにより、式(7)(Aはテトラカルボン酸残基を示す。)で表されるポリイミド前駆体を重合した。重合条件及び得られた重合物の分子量を、併せて表1に示す。


[合成例3] 1,3−ビス[(4−tert−ブチルフェニル)グリオキサロイル]ベンゼンの合成

1,4−ジブロモベンゼン2.66mlをトリエチルアミン(70ml)及びピリジン(30ml)に溶解した。溶存酸素を取り除いた後、Pd(PhCl0.3g、トリフェニルフォスフィン0.6g、ヨウ化銅(CuI)0.1gを添加し、再度、溶存酸素を除去した。その後、反応温度70℃で攪拌しながら4−tert−ブチルフェニルアセチレン9mlをピリジン9mlに溶解したものを滴下した。24時間70℃で反応させた後、過剰の希塩酸に反応物を投入し、析出した沈殿を濾別後、クロロホルムで抽出した。その後、濾別した粗物を希塩酸と水で更に洗浄した後、2−プロパノールで再結晶し、1,3−ビス[4−tert−ブチルフェニルエチニル]ベンゼンの無色結晶を得た。
M/z(FD+)389(計算値 390.56)
得られた無色結晶1gをアセトン400mlに溶解し、この溶液を、炭酸水素ナトリウム0.5g及び硫酸マグネシウム2.5gを水60mlに溶解して調製した溶液に加えた。これに過マンガン酸カリウム2.3gを加え、4時間攪拌した。希硫酸を加えて酸性化した後、NaNOを添加して酸化反応を停止した。酸化マンガンを濾別した後、目的物をヘキサン、エーテル混合溶媒(1:1)で抽出し、エタノールで再結晶し、黄色結晶を得た(収率83%)。
M/z(FD+)453(計算値 454.56)
[合成例4] 1,4−ビス[3−(4−tert−ブチルフェニル)−5−ニトロキノキサリン−2−イル]ベンゼンの合成

1−ニトロ−2,3−ジアミノベンゼン3.06gと、1,3−ビス[(4−tert−ブチルフェニル)グリオキサロイル]ベンゼン9.10gとを酢酸メタノール(1:1)混合溶媒に分散し、窒素雰囲気下60℃で3.5時間攪拌した。反応終了後、室温まで冷却した後、沈殿物をろ過し、メタノールで洗浄、乾燥後、目的物を得た。
M/z(FD+)687(計算値 688.77)
収量 5.35g(収率 38.9%)
[実施例5] 1,4−ビス[3−(4−tert−ブチルフェニル)−5−アミノキノキサリン−2−イル]ベンゼンの合成

1,4−ビス[3−(4−tert−ブチルフェニル)−5−ニトロキノキサリン−2−イル]ベンゼン3.44gをTHF300gに溶解し、窒素置換した後、PdC 1.14gを添加した。反応系を窒素置換した後、水素を規定量添加し、室温で48時間攪拌した。反応終了後、析出物を濾別し、洗浄液の着色がなくなるまでメタノールで洗浄し、乾燥した。その後、析出物をシリカゲルカラムにより分離精製し、黄色微粉末結晶の目的物を得た。このとき溶離液はクロロホルムを用いた。
M/z(FD+)627(計算値 628.81)
IR:3350cm−1(νNH),1550cm−1(νNO),1370cm−1(νNO),1320cm−1(νCN),1220cm−1(νCO),820cm−1(1,4−ジ置換ベンゼン)
[実施例6〜8] ポリイミド前駆体の合成

以下1〜3で示されるテトラカルボン酸二無水物をそれぞれ用い、各酸二無水物及び1,4−ビス[3−(4−tert−ブチルフェニル)−5−アミノキノキサリン−2−イル]ベンゼンを、表2に示される条件にてNMP中、室温で一定時間攪拌することにより、上記式(8)(Aはテトラカルボン酸残基を示す。)で示されるポリイミド前駆体を重合した。重合条件及び得られた重合物の分子量を併せて表2に示す。


[実施例9〜14] ポリイミド薄膜の電荷易導特性;電荷キャリア輸送性膜の評価
実施例2〜4及び6〜8で得た各ポリイミド前駆体ワニスを、洗浄したITOガラスにスピンコートにより塗布した後、焼成温度200℃で1時間薄膜を処理し、ポリイミド薄膜を得た。この薄膜にアルミニウム電極を蒸着法により付け、その膜が正常に形成されていることをインピーダンスの測定で確認し、TOF法で薄膜中の電荷易導を観察した。
ポリイミド薄膜(実施例9:実施例2のポリイミド前駆体ワニスより得た)の整数項(ε)の周波数依存性は、図1のグラフに示される通りであった。この結果から、薄膜は正常に形成されていることが確認された。
実施例9〜14の全てのポリイミド薄膜において、上記と同様な結果が得られたことから、TOFにより薄膜中でのキャリアの易導挙動を調べた。実施例9のポリイミド薄膜中でのキャリアの挙動を代表として図2のグラフに示す。
図2のグラフから、キャリアは薄膜中を走行時間200μ秒程度で移動していることが確認された。下記表3に実施例9〜14のポリイミド薄膜のキャリア走行時間を示す。

[実施例15〜17] ポリイミド薄膜の整流特性評価
実施例2〜4で得た各ポリイミド前駆体ワニスを、洗浄したITOガラスにスピンコートにより塗布した。その後、焼成温度200℃で1時間薄膜を処理し、ポリイミド薄膜を得た。この薄膜にアルミニウム電極を蒸着法により付け、その膜が正常に形成されていることをインピーダンスの測定で確認し、電流電圧特性を測定したところ、整流特性が確認された。結果を図3に示す。
素子構造はITO電極上にポリイミドをスピンコートし、その上部にアルミニウムを蒸着で積層した。
なお、図3において、「●」は、実施例15のポリイミド薄膜(実施例2のポリイミド前駆体ワニスより得た薄膜)を、「○」は、実施例16のポリイミド薄膜(実施例3のポリイミド前駆体ワニスより得た薄膜)を、「■」は、実施例17のポリイミド薄膜(実施例4のポリイミド前駆体ワニスより得た薄膜)を示す。
[実施例18〜20] ポリイミド薄膜を用いた有機発光ダイオード
実施例2〜4で得たポリイミド前駆体ワニスを用い、次に示す方法で有機発光ダイオードを作成した。
ITO電極上に導電性高分子であるポリアニリンの薄膜を形成し、その上部に実施例2〜4それぞれのポリイミド前駆体を50nmの厚みでスピンコートした。
スピンコート膜は、200℃で1時間焼成して閉環イミド化した。更にその薄膜の上部に蒸着法で電子輸送性材料であるアルミニウムキノリン(Alq)を50nm積層し、最後にマグネシウム銀を陰極として蒸着した。電極の酸化を避けるため、更に陰極上にアルミニウムを500nm積層した。作成した素子の電圧輝度特性を図4に示す。
なお、図4において、「●」は、実施例18のポリイミド薄膜(実施例2のポリイミド前駆体ワニスより得た薄膜)を、「△」は、実施例19のポリイミド薄膜(実施例3のポリイミド前駆体ワニスより得た薄膜)を、「■」は、実施例20のポリイミド薄膜(実施例4のポリイミド前駆体ワニスより得た薄膜)を示す。
[実施例21〜23] ポリイミド薄膜の蛍光特性
実施例2〜4のポリイミド前駆体ワニスの蛍光、及び同ワニスをスピンコート法で薄膜化し、200℃、1時間焼成して得たポリイミド薄膜の蛍光を測定した。ポリイミド前駆体ワニス(ポリアミック酸溶液)とポリイミド薄膜の結果を表4に示す。ポリイミド前駆体ワニス(ポリアミック酸溶液)の濃度は、それぞれ
実施例2: 3.16×10−6mol/l
実施例3: 3.32×10−6mol/l
実施例4: 3.31×10−6mol/l
で測定した。

表4に示されるように、何れも強い蛍光を発していることがわかる。また、ポリイミド薄膜は白色発光を呈していることがわかる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表されることを特徴とするジアミノベンゼン化合物。

(式中、R及びRは、それぞれ独立して水素原子、アルキル基、又はアルコキシ基を示す。)
【請求項2】
前記R及びRが、それぞれ独立して、炭素数1〜20のアルキル基、炭素数1〜20のアルコキシ基、又は炭素数1〜20のフルオロアルキル基である請求の範囲第1項記載のジアミノベンゼン化合物。
【請求項3】
下記式(2)の繰り返し単位を含むことを特徴とするポリイミド前駆体。

(式中、R及びRは、それぞれ独立して水素原子、アルキル基、又はアルコキシ基を示し、Aは、テトラカルボン酸残基を示し、nは、1〜5000の整数を示す。)
【請求項4】
下記式(3)の繰り返し単位を含むことを特徴とするポリイミド。

(式中、R及びRは、それぞれ独立して水素原子、アルキル基、又はアルコキシ基を示し、Aは、テトラカルボン酸残基を示し、nは、1〜5000の整数を示す。)
【請求項5】
請求の範囲第1項又は第2項記載のジアミノベンゼン化合物を少なくとも1モル%含有するジアミン成分と、テトラカルボン酸又はその誘導体とを反応させてなるポリイミド前駆体。
【請求項6】
前記テトラカルボン酸及びその誘導体が、芳香族テトラカルボン酸及びその誘導体である請求の範囲第5項記載のポリイミド前駆体。
【請求項7】
前記芳香族テトラカルボン酸が、フェニルまたは置換フェニル基を有するテトラカルボン酸である請求の範囲第6項記載のポリイミド前駆体。
【請求項8】
請求の範囲第5項から第7項のいずれかに記載のポリイミド前駆体を閉環反応させてなるポリイミド。
【請求項9】
請求の範囲第4項または第7項記載のポリイミドで形成された電荷キャリア輸送性膜。
【請求項10】
請求の範囲第9項記載の電荷キャリア輸送性膜を用いた有機トランジスタデバイス。
【請求項11】
請求の範囲第9項記載の電荷キャリア輸送性膜を少なくとも1層有する有機発光ダイオード。
【請求項12】
請求の範囲第9項記載の電荷キャリア輸送性膜を用いた蛍光フィルター。
【請求項13】
請求の範囲第9項記載の電荷キャリア輸送性膜を用いた液晶配向膜。

【国際公開番号】WO2004/111108
【国際公開日】平成16年12月23日(2004.12.23)
【発行日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−507026(P2005−507026)
【国際出願番号】PCT/JP2004/008789
【国際出願日】平成16年6月16日(2004.6.16)
【出願人】(000003986)日産化学工業株式会社 (510)
【Fターム(参考)】