説明

キノコ由来の炎症性物質放出抑制剤の製造方法

【課題】キノコ由来の炎症性物質放出抑制剤を食品及び医薬品として利用するためにキノコから該炎症性物質放出抑制剤の有効成分を選択的に抽出する方法を開発すること。
【解決手段】キノコ組織を80−100°C、pH9−14の抽出溶液に浸漬するステップ及び/又はキノコ組織に200−600MPaの圧力を加えるステップを含むことを特徴とするヒスタミン放出抑制剤の製造方法と、該方法により製造されるヒスタミン放出抑制剤を含むことを特徴とする食品組成物及び医薬品組成物とを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キノコ由来の炎症性物質放出抑制剤の製造方法と、該方法により製造される炎症性物質放出抑制剤を含む食品組成物及び医薬品組成物とに関する。
【背景技術】
【0002】
花粉やダニ、各種食品に対するアレルギー患者やアトピー性皮膚炎の患者数は年々増加しており、症状を緩和する治療法(減感作療法)、治療薬(抗ヒスタミン薬、抗アレルギー薬、ステロイド剤)、食品の開発が行われている。
【0003】
発明者らは花粉症や食物アレルギーなどI型アレルギーの代表的原因物質であるヒスタミンの放出抑制能を指標として各種食用キノコの抗アレルギー活性を調べ、ブナシメジに最も強い活性があることを確認した。しかし、従来の抽出法では抗アレルギー活性は十分ではない。
【0004】
以下の特許文献1にはキノコの熱水抽出物がヒスタミンの放出抑制効果を有することが開示されるが、その効果は熱水抽出物の最終濃度を50μg/mLとしたときのものである。
【特許文献1】特開2006−347991号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
キノコ由来の炎症性物質放出抑制剤を食品及び医薬品として利用するために、キノコから前記炎症性物質放出抑制剤の有効成分を選択的に抽出する方法を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、キノコ組織を80−100°C、pH9−14の抽出溶液に浸漬するステップを含むことを特徴とするヒスタミン放出抑制剤の製造方法を提供する。
【0007】
本発明のヒスタミン放出抑制剤の製造方法は、前記浸漬するステップの前に、前記キノコ組織に200−600MPaの圧力を加えるステップを含む場合がある。
【0008】
本発明は、キノコ組織に200−600MPaの圧力を加えるステップを含むことを特徴とするヒスタミン放出抑制剤の製造方法を提供する。
【0009】
本発明のヒスタミン放出抑制剤の製造方法は、前記圧力を加えるステップの後に、80−100°C、pH9−14の抽出溶液に浸漬するステップを含む場合がある。
【0010】
本発明のヒスタミン放出抑制剤の製造方法は、前記浸漬するステップの後に、前記抽出溶液を分画して高分子画分を得るステップを含む場合がある。
【0011】
本発明のヒスタミン放出抑制剤の製造方法において、前記キノコはブナシメジの場合がある。
【0012】
本発明のヒスタミン放出抑制剤の製造方法において、前記高分子画分は分子量1万ないしそれ以上の分子を含む場合がある。
【0013】
本発明は、本発明のヒスタミン放出抑制剤の製造方法により製造されるヒスタミン放出抑制剤を含むことを特徴とする食品組成物を提供する。
【0014】
本発明は、本発明のヒスタミン放出抑制剤の製造方法により製造されるヒスタミン放出抑制剤を含むことを特徴とする医薬品組成物を提供する。
【0015】
本明細書において、キノコは、ブナシメジの他に、ホンシメジ、ハタケシメジ、シイタケ、マツタケ、エノキ、エリンギ、マイタケ、ハナビラタケ、カバノアナタケ、ブナハリタケ、カラカサタケモドキ、シロアギタケ、ヤマブシタケ、カンゾウタケ、タモギタケ、アガリクス、メシマコブ等を含むが、これらに限定されない。
【0016】
本明細書において、キノコ組織は、キノコの菌糸体又は子実体と、該菌糸体又は子実体をせん断、開裂、粉砕その他の物理的処理を施して得られる断片とを含む。断片の大きさは、キノコの種類又は子実体全体の大きさに応じて異なるが、本発明の方法によりヒスタミン放出抑制剤を製造することができる程度に小さいことを条件として、いかなる大きさでもかまわない。約10mm角ないし約2mm角の大きさのキノコ組織が好ましく、約5mm角ないし約3mm角の大きさのキノコ組織がより好ましい。
【0017】
本明細書において、キノコ組織を浸漬する抽出溶液は酸又はアルカリを添加してpHを調整した液体であって、一般に沸騰状態又はそれに近い状態にある80−100°Cの温度のものをいう。前記抽出溶液は水を主成分とする。抽出溶液には、メタノール、エタノールその他のアルコールとアセトンとを含むがこれらに限定されない有機溶媒を含む場合がある。前記抽出溶液中の有機溶媒の濃度は50%以下の場合がある。食品分析における多糖類の抽出方法では10−20%のメタノールを含む水溶液を用いる場合がある(真部孝明、フローチャートで見る食品分析の実際、幸書房、2003年)。なお、特記のない場合には、本発明のキノコ組織は常温常圧の条件下で処理される。前記抽出溶液は、前記キノコ組織を浸漬した後で加熱されて80−100°Cの温度に達する場合の他、予め80−100°Cに加熱された前記抽出溶液に常温のキノコ組織が投入される場合もある。前記キノコ組織を80−100°Cの前記抽出溶液中で浸漬する時間は、本発明の方法によりヒスタミン放出抑制剤を製造することができることを条件として、いかなる長さでもかまわない。15ないし120分間が好ましく、20ないし60分間がより好ましく、30分間が最も好ましい。
【0018】
本明細書において、200−600MPaの圧力は、日機装株式会社、神戸製鋼所その他によって製造される食品用冷間等方圧プレス装置によって発生させることができる。200−600MPaの圧力を加える時間は、本発明の方法によりヒスタミン放出抑制剤を製造することができることを条件として、いかなる長さでもかまわない。5ないし60分間が好ましく、10ないし30分間がより好ましく、15分間が最も好ましい。
【0019】
本明細書において、抽出溶液から高分子画分を得るためには、ゲル濾過液体クロマトグラフィー法の他、限外濾過法、透析法、有機溶媒沈澱法及び塩析法を含むがこれらに限定されないさまざまな方法を用いることができる。
【0020】
本明細書において、ヒスタミン放出抑制剤とは、マスト細胞や好塩基球などヒスタミンを産生する細胞からヒスタミンの放出を抑制する効果を奏する薬剤をいう。前記細胞は、ヒスタミンを細胞内に蓄積していて、ヒスタミン放出誘発剤により細胞外にヒスタミンを放出する能力があることを条件として、動物から回収された新鮮な細胞であっても、株化された培養細胞であってもよい。前記ヒスタミン放出誘発剤は、アレルギー反応と同じ機構でヒスタミン放出を誘発することができるいかなる物質でもかまわないが、ダニ、花粉、その他ヒトにおけるアレルゲンが好ましい。本明細書において、ヒスタミンの定量は当業者に周知のいずれかの方法によって定量される場合がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に本発明の実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。
【実施例1】
【0022】
1.材料と方法
1.1熱水抽出物の調製
実験材料として用いたキノコは、白色ブナシメジ(ホクト白1号菌、ホクト株式会社)であった。約5mm角に包丁で切ったキノコ12.5gを沸騰した超純水100mLに加え30分間煮沸した。これをろ紙でろ過し、得られたろ液を凍結乾燥した。以下のpH処理及び超高圧処理を両方とも行わないで熱水抽出物を得ることを以下では「従来法」という。
【0023】
1.2さまざまなpHでの処理
酢酸又はNaOHを用いて超純水のpHを3−11に調整し、これらを用いて前記1.1に記載の方法で熱水抽出物を調製した。なお、熱水抽出で得られた各pHの抽出液は中和後、凍結乾燥した。
【0024】
1.3超高圧処理
約5mm角に包丁で切ったキノコ12.5gをポリエチレン袋に入れて密封し、それをさらに水を入れたポリエチレン袋に入れて密封した。これに0°Cの静水圧中で15分間、超高圧装置(NBIP45−120−70、日機装株式会社)にて200、400又は600MPaの圧力を加えた。超高圧処理の後、前記1.1又は1.2項に記載の方法で熱水抽出物を調製した。
【0025】
1.4熱水抽出物の分子量による分画
熱水抽出物中の成分をTSKgel G3000SWカラム(東ソー)を用いたゲルろ過高速液体クロマトグラフィー(Shimadzu LC−10AT:島津製作所)により分子量の違いで分離した。熱水抽出物は10mg/mLの濃度で溶解し、1回の分析に100μLを用いた。溶離液として超純水を流速1.0mL/分で流し、含有成分は示差屈折率検出器(RI−8020:東ソー)で検出した。高速液体クロマトグラフィーで分離した成分を分子量1万以上の高分子画分とそれ以下の低分子画分に分けて分取した後、各画分は凍結乾燥した。1mLの熱水抽出物から得られた両画分を各々1mLの超純水に溶解してヒスタミン放出抑制試験に用いた。
【0026】
1.5ヒスタミン放出抑制試験の試料調製
凍結乾燥した熱水抽出物を10mg/mLの濃度で超純水に溶解した。これを10,000xgで20分間、室温で遠心し、得られた上清を熱水抽出物溶液としてヒスタミン放出抑制試験に用いた。
【0027】
1.6ヒスタミン放出抑制試験
ヒト好塩基球様KU812F細胞0.5x10個を100μLのTyrode生理食塩水(pH7.3)に懸濁後、ダニアレルゲン(DP)に特異的なIgE抗体を含むダニアレルギー患者の血清1μLを加え、37°Cで90分間インキュベートして細胞の表面にIgE抗体を結合させた。細胞をTyrode生理食塩水で2回洗浄して結合していない抗体を除いた後、100μLのTyrode生理食塩水に懸濁した。これにダニアレルゲン(DP)を終濃度1μg/mL、熱水抽出物溶液を終濃度100μg/mLとなるように加え、さらにTyrode生理食塩水を加えて全量を600μLに合わせた。37°Cで45分間反応させた後、5分間氷冷して反応を停止した。反応液を1,500xg、4分間、4°Cで遠心し、上清を分取してヒスタミン放出誘発反応により細胞から遊離したヒスタミンを定量した。
【0028】
1.7ヒスタミンの定量
0.38gのNaClを入れた15mL容遠心管に250μLの上清と、750μLのTyrode生理食塩水と、2.5mLのブタノール/クロロホルム(3:2(v/v))を加えて4分間激しく振とうした。1,500xg、4分間、室温で遠心し、上清を2mL分取した。これに750μLの0.1N HClと1mLのヘプタンとを加えて再び4分間激しく振とうした後、1,500xg、4分間、室温で遠心し、パスツールピペットで上層を除いて下層を500μL分取した。これに75μLの1N NaOHと、50μLの0.2%o−フタルアルデヒドを含むメタノールとを加え蛍光化反応を開始し、5分後に75μLの0.5N HSOを加えて反応を停止した。反応液の蛍光強度を蛍光光度計を用いて励起波長360nm、測定波長440nmで測定した。
【0029】
1.8ヒスタミン放出率及びヒスタミン放出抑制率
ヒスタミン標準液を用いて作成した検量線によりヒスタミンの濃度を求め、以下の式によりヒスタミン放出率およびヒスタミン放出抑制率を算出した。
ヒスタミン放出率(%)=(A−C)/(B−C)x100
A:熱水抽出物等の存在下又は非存在下でヒスタミン放出誘発剤を投与する際にTyrode生理食塩水中に放出されるヒスタミン量
B:細胞に含まれる全ヒスタミン量
C:熱水抽出物等及びヒスタミン放出誘発剤を投与しないときにTyrode生理食塩水中に放出されるヒスタミン量
ヒスタミン放出抑制率(%)={(A−C)−(B−C)}/(A−C)x100
A:熱水抽出物等の非存在下でヒスタミン放出誘発剤を投与する際にTyrode生理食塩水中に放出されるヒスタミン量
B:熱水抽出物等の存在下でヒスタミン放出誘発剤を投与する際にTyrode生理食塩水中に放出されるヒスタミン量
C:熱水抽出物等及びヒスタミン放出誘発剤を投与しないときにTyrode生理食塩水中に放出されるヒスタミン量
【実施例2】
【0030】
2.結果
2.1超高圧処理の影響
図1に超高圧処理で調製した熱水抽出物のヒスタミン放出率を示す。図1からわかるとおり、ダニアレルゲン(DP)を加えると細胞内のヒスタミンが42%放出されたが、これに熱水抽出物(従来法)を添加しておくと放出が31%に抑えられた。さらに超高圧処理した白色ブナシメジを熱水抽出に用いることでヒスタミンの放出を大きく低減させることができた。特に600MPa前処理ではヒスタミンの放出は約1/4に抑えられた。
【実施例3】
【0031】
2.2pH処理の影響
図2に異なるpH処理で調製した熱水抽出物のヒスタミン放出率を示す。図2からわかるとおり、各pHで調製した熱水抽出物を加えることでアレルゲンによるヒスタミンの放出を抑制することができた。従来法の熱水抽出はpH6での抽出であり、これよりも酸性側ではヒスタミン放出の抑制効果は低く、アルカリ側での抽出において高い放出抑制効果が見られた。
【実施例4】
【0032】
2.3超高圧処理とアルカリ処理の相乗効果
図3−1に異なる処理で調製された熱水抽出物のヒスタミン放出率を示す。図3−1からわかるとおり、従来法で調製した白色ブナシメジ熱水抽出物よりもキノコを600MPaで前処理して調製した熱水抽出物の方がヒスタミン放出率は顕著に低くなった。また、pH11でのアルカリ処理のほうが600MPaでの超高圧処理よりもヒスタミン放出率は低かった。さらに、これら2つの処理を組み合わせると各々単独の処理よりも低い放出率を示し、若干ではあるが相乗効果が見られた。
【0033】
図3−2に異なる処理で調製された熱水抽出物のヒスタミン放出抑制率を示す。図3−1からわかるとおり、2つの処理を組み合わせた時のヒスタミン放出阻害率は90%で、従来法である熱水抽出の3倍以上の高い阻害率を示した。
【実施例5】
【0034】
2.4熱水抽出物中の分子量分画のヒスタミン放出抑制活性
図4は、熱水抽出物をゲルろ過クロマトグラフィーにより高分子量画分(1万以上)と低分子量画分(1万未満)に分け、ヒスタミン放出抑制能を調べた結果を示す。図4からわかるとおり、ヒスタミン放出抑制活性は高分子画分で高く、ヒスタミン放出抑制活性物質は高分子化合物であることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】超高圧処理で調製した熱水抽出物のヒスタミン放出率を示すグラフ。
【図2】異なるpH処理で調製した熱水抽出物のヒスタミン放出率を示すグラフ。
【図3−1】異なる処理で調製された熱水抽出物のヒスタミン放出率を示すグラフ。
【図3−2】異なる処理で調製された熱水抽出物のヒスタミン放出抑制率を示すグラフ。
【図4】熱水抽出物中の分子量分画のヒスタミン放出抑制活性を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キノコ組織を80−100°C、pH9−14の抽出溶液に浸漬するステップを含むことを特徴とするヒスタミン放出抑制剤の製造方法。
【請求項2】
前記浸漬するステップの前に、前記キノコ組織に200−600MPaの圧力を加えるステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記浸漬するステップの後に、前記抽出溶液を分画して、分子量1万ないしそれ以上の分子を含む画分を得るステップを含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記キノコはブナシメジであることを特徴とする請求項1−3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1−4のいずれか1つに記載の製造方法により製造されるヒスタミン放出抑制剤を含むことを特徴とする食品組成物。
【請求項6】
請求項1−4のいずれか1つに記載の製造方法により製造されるヒスタミン放出抑制剤を含むことを特徴とする医薬品組成物。
【請求項7】
キノコ組織に200−600MPaの圧力を加えるステップを含むことを特徴とするヒスタミン放出抑制剤の製造方法。
【請求項8】
前記圧力を加えるステップの後に、80−100°C、pH9−14の抽出溶液に浸漬するステップを含むことを特徴とする請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記浸漬するステップの後に、前記抽出溶液を分画して分子量1万ないしそれ以上の分子を含む画分を得るステップを含むことを特徴とする請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記キノコはブナシメジであることを特徴とする請求項7−9のいずれか1つに記載の製造方法。
【請求項11】
請求項7−10のいずれか1つに記載の製造方法により製造されるヒスタミン放出抑制剤を含むことを特徴とする食品組成物。
【請求項12】
請求項7−10のいずれか1つに記載の製造方法により製造されるヒスタミン放出抑制剤を含むことを特徴とする医薬品組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3−1】
image rotate

【図3−2】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−96746(P2009−96746A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−268603(P2007−268603)
【出願日】平成19年10月16日(2007.10.16)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】