説明

キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物及びこれを用いた有機発光素子

【課題】発光効率が高く、かつ駆動電圧の低い優れた有機発光素子を提供する。
【解決手段】陽極と陰極と、前記陽極と前記陰極との間に配置される有機化合物層と、を有する有機発光素子において、前記有機化合物層に、下記一般式[1]に示されるインドロフェノキサジン化合物が含まれることを特徴とする有機発光素子。


(式[1]において、R1乃至R4は、それぞれ水素原子又は炭素数1乃至3のアルキル基を表す。R1乃至R4は、それぞれ同じであってもよいし異なっていてもよい。Arは、単結合又は炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物及びこれを用いた有機発光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
有機発光素子は、陽極と陰極と、これら両電極間に配置される有機化合物層とを有する電子素子である。各電極からそれぞれ注入させるホール(正孔)及び電子が、有機化合物層(特に、発光層)内で再結合し、この再結合により生成される励起子が基底状態に戻る際に、有機発光素子は光を放出する。
【0003】
有機発光素子の最近の進歩は著しく、その特徴として、低駆動電圧、多様な発光波長、高速応答性、発光デバイスの薄型化・軽量化が可能であることが挙げられる。
【0004】
ところで有機発光素子は、発光に関与する励起子の種類によって蛍光発光素子と燐光発光素子とに大別される。そのうち燐光発光素子では三重項励起子が発光に関与し、有機発光素子を構成する有機化合物層、具体的には発光層中に燐光発光材料を有する電子素子である。ここで燐光発光材料は、ホール及び電子の再結合によって三重項状態に励起され、基底状態に戻る際に燐光を放出する。このため燐光発光素子は、この三重項励起子由来の発光が得られる有機発光素子である。
【0005】
また燐光発光素子の内部量子収率は、理論上蛍光発光素子の内部量子収率の4倍になるので、近年では燐光発光素子に注目が集まっている。しかし燐光発光素子において、発光効率についてはさらなる改善の余地がある。
【0006】
一方、燐光発光素子で使用される材料について様々な提案がなされている。例えば、下記に示される化合物GH−01及びGH−02が提案されている(特許文献1参照)。
【0007】
【化1】

【0008】
他方、上記化合物GH−01及びGH−02に類似する構造を有する化合物として、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンがあり、非特許文献1には、その合成法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO2010/050778号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Modified tetrahelicene systems.III.Doubly ortho−bridged triphenylamine derivatives(Hellwinkel,Dieter他,Chemische Berichte,Vol.113,p.358(1980))
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし特許文献1にて提案されている化合物は、高耐久性、高い最低三重項励起状態のエネルギー(T1エネルギー)及び浅いHOMO準位(小さいイオン化ポテンシャルエネルギー)を同時に満たすものではない。また非特許文献1において、開示されている化合物の有機発光素子への応用に関して何ら提案がなされていない。
【0012】
本発明は、上述した課題を解決するためになされるものであり、その目的は、発光効率が高く、かつ駆動電圧の低い優れた有機発光素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、下記一般式[1]で示されることを特徴とする。
【0014】
【化2】

(式[1]において、R1乃至R4は、それぞれ水素原子又は炭素数1乃至3のアルキル基を表す。R1乃至R4は、それぞれ同じであってもよいし異なっていてもよい。Arは、単結合又は炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基を表す。)
【発明の効果】
【0015】
本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、劣化しにくく、T1エネルギーが高く、かつHOMO準位が浅い化合物である。このため本発明によれば、発光効率が高く、駆動電圧の低い有機発光素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の有機発光素子と、この有機発光素子に接続するスイッチング素子の一例であるTFT素子とを有する表示装置の例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
まず本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物について説明する。本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、下記一般式[1]で示される化合物である。
【0018】
【化3】

【0019】
式[1]において、R1乃至R4は、それぞれ水素原子又は炭素数1乃至3のアルキル基を表す。
【0020】
1乃至R4で表されるアルキル基として、メチル基、エチル基、n−プロピル基及びiso−プロピル基が挙げられる。
【0021】
1乃至R4は、それぞれ同じであってもよいし異なっていてもよい。
【0022】
式[1]において、Arは、単結合又は炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基を表す。尚、Arで表される(炭素数6乃至18の)オリゴフェニレン基の詳細については、後述する。
【0023】
本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、好ましくは、下記式[2]で示される化合物である。
【0024】
【化4】

【0025】
式[2]において、R5乃至R8は、それぞれ水素原子又は炭素数1乃至3のアルキル基を表す。
【0026】
5乃至R8で表されるアルキル基として、メチル基、エチル基、n−プロピル基及びiso−プロピル基が挙げられる。
【0027】
5乃至R8は、それぞれ同じであってもよいし異なっていてもよい。
【0028】
式[2]において、Arは、単結合又は炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基を表す。尚、式[2]中のArは、式[1]中のArと同様である。
【0029】
ここで、式[1]及び[2]中のArで表される(炭素数6乃至18の)オリゴフェニレン基とは、下記(i)又は(ii)の置換基をいうものである。
(i)1個のベンゼン環からなる2価の置換基
(ii)2個あるいは3個のベンゼン環が、それぞれメタ配向又はパラ配向で連結されることで形成される2価の置換基
Arで表されるオリゴフェニレン基は、好ましくは、下記一般式[3]で示される置換基である。
【0030】
【化5】

【0031】
式[3]において、*は、式[2]中のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンとの結合位置を表す。
【0032】
式[3]で示される置換基のうち、好ましくは、下記に示される置換基である。
【0033】
【化6】

【0034】
次に、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物の合成方法について説明する。
【0035】
本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、まず下記式[4]に示されるように、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンのビスピナコールボロン酸エステル体あるいはボロン酸を合成する。尚、式[4]において、R9は、式[1]中のR1及び式[2]中のR5と同様の置換基、即ち、炭素数1乃至3のアルキル基である。
【0036】
【化7】

【0037】
ただし、式[4]の合成スキームは、あくまでも具体例であり、本発明はこれに限定されるものではない。尚、式[4]の合成スキームの2段階目の反応において、グリニャール試薬の代わりにLAH試薬を使用すると、式[1]中のR1乃至R4、式[2]中のR5乃至R8が水素原子であるキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を合成することができる。
【0038】
ところで式[4]においては、ジハロゲノ安息香酸エステルを使用している。ここで所定の位置でフェノキサジンとジハロゲノ安息香酸エステルとをカップリングさせるには、ジハロゲノ安息香酸エステル(のベンゼン環)が有する2つのハロゲンはそれぞれ異なっているのが好ましい。具体的には、フェノキサジンとカップリングさせる位置のハロゲン原子をもう一方のハロゲン原子よりも重い原子にするのが好ましい。
【0039】
またジハロゲノ安息香酸エステルを使用すると、式[4]に示されるように、式[1]中のR1及びR2(式[2]中のR5及びR6)が同じ置換基(R9)になる。ここでジハロゲノ安息香酸エステルに代えて下記に示す化合物を使用すると、式[1]中のR1、R2(式[2]中のR5及びR6)がそれぞれ異なる置換基となる化合物を合成することができる。
【0040】
【化8】

(R10は、水素原子又は炭素数1乃至3のアルキル基を表す。尚、R10は、式[4]中のR9と同じであってもよいし異なっていてもよい。)
【0041】
次いで、例えば、下記式[5]あるいは式[6]のように、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンのボロン酸化合物と、Arのジハロゲン体あるいはキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンのハロゲン体とをPd触媒によってカップリングする。これによって本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を合成することができる。
【0042】
【化9】

【0043】
【化10】

(式[5]において、R11乃至R14は、それぞれ水素原子又は炭素数1乃至3のアルキル基を表し、同じであっても異なっていてもよい。Arは、炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基を表す。Xは、塩素、臭素又はヨウ素である。式[6]において、R11乃至R14は、それぞれ水素原子又は炭素数1乃至3のアルキル基を表し、同じであっても異なっていてもよい。Xは、塩素、臭素又はヨウ素である。)
【0044】
ただし、下記(A)又は(B)に該当する場合は、Arのジハロゲン体のハロゲンは異なっていた方が合成上好ましい。
(A)下記に示されるキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン環において、片方の結合手を11位とする一方で、もう一方の結合手を12位とする場合
【0045】
【化11】

(B)種類の異なるキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンを、オリゴフェニレン基を介して連結する場合
【0046】
尚、オリゴフェニレンのジハロゲン体と最初にカップリングするのは、どちらのキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンのビスピナコールボロン酸エステル化合物でもよい。
【0047】
上記反応のうちArを適宜選択することで、本発明に係る所望のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を合成することができる。
【0048】
また本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を有機発光素子の構成材料として使用する場合には、使用する直前に昇華精製を行うことが好ましい。なぜなら有機化合物の高純度化において昇華精製は精製効果が大きいからである。ここで昇華精製を行う場合、一般に、化合物の分子量が大きいほど高温が必要とされる。また精製される有機化合物は、高温になればなるほど熱分解等を起こしやすい。従って、有機発光素子の構成材料として使用される有機化合物は、過大な加熱なく昇華精製を行うことができるように、分子量が1000以下であることが好ましい。
【0049】
次に、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物の特性について、説明する。本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、2つのキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンが、11位あるいは12位で、直接、あるいは炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基で連結されている。ここでキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン環の置換位置番号を以下に示す。
【0050】
【化12】

【0051】
ところで、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンは、最低三重項励起状態のエネルギー(T1エネルギー)と最低一重項励起状態のエネルギー(S1エネルギー)の差が小さいという特徴を有する。このため、燐光発光素子の構成材料として使用すると、駆動電圧の低減が期待できる。
【0052】
またキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンは、トリフェニルアミン骨格を構成する3つのベンゼン環が、2か所で酸素原子又はメチレン基で架橋されている構造である。これにより、トリフェニルアミンと比較して2つの点が改善されている。
【0053】
改善点の一つは、N原子とベンゼン環との結合性が改善されていることである。トリフェニルアミンにおいては、アミンを構成するN原子とフェニル基(ベンゼン環)との結合部位が最も結合エネルギーが低い。つまりアミンを構成するN原子とフェニル基中のC原子との結合(C−N結合)が切れやすい。また励起等の理由で一度C−N結合が切れてしまうと系内でアミンとフェニル基とが解離してしまい、再びトリフェニルアミン構造を形成することが難しくなる。しかし、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物では、たとえ3か所あるアミンとフェニル基との結合(C−N結合)の内の1つが切れたとしても、3つのフェニル基は酸素原子(エーテル結合)又はメチレン基で架橋されている。このため、C−N結合が切れた後になっても分離されたアミンとフェニル基とが近くに存在する。このためアミンとフェニル基とが再結合できる可能性が高くなる。従って、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を有機発光素子の構成材料として使用すると、材料の励起劣化による素子寿命の悪化の問題は改善される。
【0054】
また有機発光素子において、ホール輸送層では陽極から大量のホールが注入されるため、ホール輸送材料を構成する材料は、カチオン状態と中性状態との繰り返しに強い材料が好ましい。カチオン状態と中性状態との繰り返しに強くなる一つの方法として、カチオン状態が比較的安定である材料を選択することが望ましい。なぜならカチオン状態が不安定であると、カチオン状態のときに別の化合物に変化する化学反応が起こりやすくなるからである。ここで本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、トリフェニルアミン骨格を構成する3つのフェニル基を架橋している酸素原子(エーテル結合)及びメチレン基が、いずれもアミンに対して電子供与できる位置にある。そのため、化合物自体がカチオン状態になったとしても、酸素原子(エーテル結合)あるいはメチレン基からアミン(を構成するN原子)へ向けて電子が供与されている。このため本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、トリフェニルアミンの場合と比較して、アミニウムカチオンラジカルが安定に存在することができる。従って、カチオン状態と中性状態との繰り返しに強くなる。よって、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を、有機発光素子の構成材料として使用すると、ホールとの結合に因む材料の劣化による素子寿命の悪化は改善される。
【0055】
キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンによる改善点の二つ目は、HOMO準位が改善されていることである。
【0056】
ところで有機発光素子において、ホール輸送層から発光層に向けてホールが注入される際に、ホール輸送層と発光層との界面におけるHOMOの準位の差が小さい方が素子の駆動電圧は小さくなる。また発光層が、HOMOの準位の深いホストとHOMOの準位の浅いゲストとからなる場合、HOMOの準位の浅いホール輸送層とホストとのHOMOの準位に差があったとしても、発光層内にゲストが十分にドープされていればホール輸送層から注入されるホールはゲストに直接注入されることが知られている。ここで本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を、例えば、緑色燐光材料のIr(ppy)3(ゲスト)に対するホストとして使用する際には、使用されるホストのHOMO準位が5.6eV程度であることが好ましい。尚、ゲストであるIr(ppy)3のHOMO準位も5.6eV程度である。
【0057】
また、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンは、上述したようにアミンがフェニル基同士を架橋する酸素電子(エーテル結合)又はメチレン基から電子を供給することができる。このため、含アミン複素環の中でも特にHOMO準位が浅いことを特徴としている。下記表1は、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンを含むトリフェニルアミン骨格を有する化合物のHOMO準位を示す表である。尚、表1に示されるHOMO準位は、分子軌道計算により得られた計算値である。
【0058】
【表1】

【0059】
表1より、HOMO準位は、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン骨格の方が浅いことがわかる。また本発明に係る化合物は、このキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン骨格が化合物中に2つ含まれている。こうすることで、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン骨格が1つの場合と比べてHOMOの準位がさらに浅くなると同時に、ホール輸送能も向上する。従って本発明に係る化合物は、ホール輸送性材料として適した材料である。
【0060】
一方、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン骨格は、分子の平面性が比較的高いため、この骨格が化合物中に複数個存在していたり、分子の対称性が高くなったりすると、化合物自体の結晶性が高くなり、アモルファス膜の形成が困難になる。ここで化合物自体の結晶性が高いと、溶媒に対する溶解性が低下して化合物の精製が困難になったり、塗布成膜も困難になったりする。また、昇華性も低下するため、蒸着による成膜が困難となり有機発光素子の構成材料として適さなくなる。さらに、結晶性が高いと、素子を作製した際に、材料自体が結晶化して素子の高電圧化や短寿命化を招く。このため本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、トリフェニルアミンのフェニル基を架橋するメチレン基がさらに炭素数1乃至3のアルキル基を有することで溶解性を上げると同時に分子間相互作用も低減するようにしている。また、2つのキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンを連結するオリゴフェニレン基を、メタ位で連結することでも化合物の結晶性を抑えることが可能となり、良好な膜特性を持たせることができる。また、2つのキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン骨格をオリゴフェニレン基で連結させ、骨格同士の距離を広げる。この方法でも、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン同士の分子内相互作用を低減させることが可能であり、良好な膜特性をもたせることができる。
【0061】
ただし、分子の結晶性を抑えるために、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンの酸素原子を炭素原子に置き換えたキノリノ[3,2,1−de]アクリジンのような構造は好ましくない。確かにこのような構造にすることで、トリフェニルアミンのフェニル基を架橋する2つのメチレン基がさらにアルキル基を有することで溶解性が上がることが期待できるが、同時に分子の対称性も上がるために溶解性等の向上の効果は大きくないと考えられる。また、キノリノ[3,2,1−de]アクリジンはキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンと比べてHOMOの準位が深い。これは上述したように、トリフェニルアミンを架橋するメチレン基や酸素原子がアミンに対して電子供与しているのだが、メチレン基と酸素原子とを比較するとメチレン基よりも酸素原子の方が電子供与能が大きいからである。また、化合物中にsp3混成軌道の炭素原子が多く存在すると、酸化されやすくなったり、さらにはキャリアの伝導性が低くなったりすることが懸念される。ここでキャリア伝導性の低い材料を有機発光素子の構成材料として用いると、素子の駆動電圧が著しく高電圧化するので好ましくない。また、分子の結晶性を抑えるために、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンを1つだけ置換させるのも前述したようにHOMOの準位が深くなると共に、ホール輸送能も低下するためにホール輸送材料としては好ましくない。
【0062】
本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンの11位又は12位にメタ位で連結した炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基を置換するように設計されている。このように分子を設計することで、化合物自体の共役が広がることを抑制すると共に、T1エネルギーを高くすることが可能となる。その中でもキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンの12位にメタ位で連結した炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基を置換するように分子設計することでさらにT1エネルギーを高くすることが可能となる。また、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン同士で直接結合する場合も同様に、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンの11位よりも12位で結合することで、共役が広がることを抑制し、T1エネルギーをより高くすることが可能となる。下記表2は、2つのキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンをフェニレン基で連結した化合物のT1エネルギーを示すものである。尚、表2で示されるT1エネルギーの値は、分子軌道計算により得られた計算値である。
【0063】
【表2】

【0064】
以上のような設計により、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、劣化しにくく、T1エネルギーが高く、かつHOMO準位が浅い。
【0065】
以下に、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物の具体例を例示する。ただしこれらの化合物はあくまでも具体例であり、本発明は、これに限定されるものではない。
【0066】
【化13】

【0067】
【化14】

【0068】
【化15】

【0069】
【化16】

【0070】
上記例示化合物のうちA群に属する化合物は、式[1]のArで示されるオリゴフェニレン基とキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン骨格とが組み合わさることで、分子骨格中にp−ターフェニル骨格が存在する化合物群である。これらA群の化合物は、分子の直線性が向上するので、キャリアの移動度を高め、かつ素子の通電特性が向上することが期待できる。また分子骨格中にp−ターフェニル骨格が存在するため、T1エネルギーが500nm程度になる。これにより緑色燐光素子において、A群に属する化合物をホール輸送層の構成材料として用いると、発光層からホール輸送層にエネルギーが漏れることがなくなるので、素子の高効率化が期待できる。
【0071】
上記例示化合物のうちB群に属する化合物は、下記に示される特徴(B1)又は(B2)を有する。
(B1)キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン環の12位(の炭素原子)に結合手が存在する。
(B2)上記(B1)に加え、Arで示されるオリゴフェニレン基を構成するベンゼン環がメタ配向で連結している。
【0072】
上記(B1)又は(B2)の特徴を有することにより、これらB群の化合物は、分子の共役長の拡張が抑制されるために後述するC群に属する例示化合物よりも高いT1エネルギーを有する。そのため主に青色あるいは緑色燐光素子においてホール輸送層の材料として用いると、発光層からホール輸送層にエネルギーが漏れることがなくなるので、素子の高効率化が期待できる。また、分子の共役長の拡張が抑制されるためにバンドギャップが大きくなり、それに伴ってHOMOの準位も深くなるので、発光層へのホール注入量を抑制したい場合にも有効である。
【0073】
上記例示化合物のうちC群に属する化合物は、下記に示される特徴(C1)、(C2)のいずれかを有する。
(C1)2つのキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン環に存在する結合手の組み合わせが11位−11位又は11位−12位である。
(C2)上記(C1)に加え、Arで示されるオリゴフェニレン基を構成するベンゼン環がメタ配向で連結している。
【0074】
上記(C1)又は(C2)の特徴を有することにより、これらC群の化合物は、上述のA群とB群との間の性質を持つ。つまり、A群よりも分子の共役長の拡張が抑制されるために高いT1エネルギーを有する。そのため主に青色あるいは緑色燐光素子においてホール輸送層の材料として用いた場合に発光層からホール輸送層にエネルギーが漏れることがなくなり、素子の高効率化が期待できる。また、分子の共役長の拡張が抑制されるためにバンドギャップが大きくなり、それに伴ってHOMOの準位も深くなるので、発光層へのホール注入量を抑制したい場合にも有効である。また、B群よりも分子の直線性が向上し、キャリアの移動度を高め、素子の通電特性が向上することが期待できる。
【0075】
次に、本発明の有機発光素子を説明する。本発明の有機発光素子は、互いに対向しあう一対の電極である陽極と陰極と、これら一対の電極の間に配置される有機化合物層とを少なくとも有する発光素子である。尚、有機発光素子を構成する有機化合物層には、発光材料を有する発光層が含まれている。そして本発明の有機発光素子において、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は有機化合物層に含まれる。また、有機化合物層は、好ましくは、発光層と、この発光層に隣接するホール輸送層と、を有している。
【0076】
本発明の有機発光素子の具体的態様としては下記(i)乃至(v)が挙げられる。ただし、ただしこれらの態様はあくまでもごく基本的な素子構成の具体例であり、本発明は、これに限定されるものではない。
(i)(基板/)陽極/発光層/陰極
(ii)(基板/)陽極/ホール輸送層/電子輸送層/陰極
(iii)(基板/)陽極/ホール輸送層/発光層/電子輸送層/陰極
(iv)(基板/)陽極/ホール注入層/ホール輸送層/発光層/電子輸送層/陰極
(v)(基板/)陽極/ホール輸送層/発光層/ホール・エキシトンブロック層/電子輸送層/陰極
【0077】
上記(i)乃至(v)の態様以外の態様として、例えば、電極と有機化合物層界面に絶縁性層を設ける、接着層あるいは干渉層を設ける、電子輸送層もしくはホール輸送層がイオン化ポテンシャルの異なる二層から構成される等多様な層構成をとることができる。
【0078】
本発明の有機発光素子において、素子の形態としては、基板とは反対側の電極から光を取り出すいわゆるトップエミッション方式でもよいし、基板側から光を取り出すいわゆるボトムエミッション方式でもよい。また基板や電極を光透過性を有する材料にして、両面から光を取り出す構成にしてもよい。
【0079】
本発明の有機発光素子において、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、有機化合物層を構成する層のいずれかの構成材料として使用することができる。具体的には、ホール注入層、ホール輸送層、発光層、ホールブロック層、電子輸送層及び電子注入層のいずれかの層の構成材料として使用することができる。好ましくは、ホール輸送層やホール注入層に含まれるホール注入・輸送性材料又は発光層に含まれるホストとして使用する。
【0080】
ここで本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を発光層に含まれるホストとして使用する場合、発光層のゲストとして、好ましくは、燐光発光材料を使用する。
【0081】
本発明の有機発光素子において、発光層は複数種の成分から構成されていてよく、それらを主成分と副成分とに分類することができる。ここで主成分とは、発光層を構成する全化合物の中で重量比が最大の化合物であり、ホストと呼ぶことができる。一方、副成分とは、主成分以外の化合物であり、材料の機能に応じてゲスト(ドーパント)、発光アシスト材料、電荷注入材料等と呼ぶことができる。ここでゲストとは、発光層内で主たる発光を担う化合物である。これに対してホストとは、発光層内でゲスト材料の周囲にマトリックスとして存在する化合物であって、主に、キャリアの輸送及びゲストへの励起エネルギー供与を担う化合物である。
【0082】
ホストに対するゲストの濃度は、発光層の構成材料の全体量を基準として、0.01重量%以上50重量%以下であり、好ましくは0.1重量%以上20重量%以下である。さらに好ましくは、0.1重量%以上10重量%以下である。尚、濃度消光を防ぐ観点でいえばゲストの濃度は10重量%以下であることが望ましい。またゲストはホストからなる層全体に均一に含まれてもよいし、濃度勾配を有して含まれてもよいし、特定の領域に部分的に含ませてゲストが含まれないホスト材料層の領域を設けてもよい。
【0083】
本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、燐光発光材料をゲストとする発光層を有する有機発光素子において、主にホール輸送層の構成材料として用いられる。このとき有機発光素子に含まれる燐光発光材料の種類については特に限定されないが、その最大発光ピーク波長が500nm以上530nm以下の範囲にある緑色発光材料であることが好ましい。あるいは最大発光ピーク波長が450nm以上470nm以下の範囲にある青色発光材料であることが好ましい。
【0084】
一般に燐光発光素子では、ホスト材料のT1から非放射失活による発光効率の低下を防ぐために、ホスト材料のT1エネルギーはゲスト材料である燐光発光材料のT1エネルギーよりも高いことが必要とされている。
【0085】
本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物のT1エネルギーは溶液状態で低くとも505nm以下であり、緑色燐光発光材料のT1エネルギーよりも高い。また本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物のT1エネルギーは、高い場合440nm程度(溶液状態)になるので、これを青燐光発光素子のホール輸送材料に用いても発光効率が高い有機発光素子を得ることができる。
【0086】
本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を、発光層のホストあるいはホール注入輸送性材料として使用する場合、発光層のゲストとして使用される燐光発光材料は金属錯体である。具体的には、イリジウム錯体、白金錯体、レニウム錯体、銅錯体、ユーロピウム錯体、ルテニウム錯体等の金属錯体である。中でも燐光発光性の強いイリジウム錯体が好ましい。また、励起子やキャリアの伝達を補助することを目的として、発光層が複数の燐光発光材料を有していてもよい。
【0087】
以下に本発明の有機発光素子で使用される燐光発光材料として用いられるイリジウム錯体の具体例を示す。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0088】
【化17】

【0089】
ここで本発明の有機発光素子は、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物以外にも、必要に応じて従来公知の低分子系及び高分子系の化合物を使用することができる。より具体的にはホール注入輸送性材料、ホスト、発光材料、電子注入輸送性材料等を一緒に使用することができる。以下にこれらの化合物例を挙げる。
【0090】
ホール注入輸送性材料としては、陽極からのホールの注入が容易で、注入されたホールを発光層へと輸送することができるように、ホール移動度が高い材料が好ましい。ホール注入輸送性能を有する低分子及び高分子系材料としては、トリアリールアミン誘導体、フェニレンジアミン誘導体、スチルベン誘導体、フタロシアニン誘導体、ポルフィリン誘導体、ポリ(ビニルカルバゾール)、ポリ(チオフェン)、その他導電性高分子が挙げられる。
【0091】
主に発光機能に関わる発光材料としては、前述の燐光発光ゲスト材料、もしくはその誘導体以外に、縮環化合物(例えばフルオレン誘導体、ナフタレン誘導体、ピレン誘導体、ペリレン誘導体、テトラセン誘導体、アントラセン誘導体、ルブレン等)、キナクリドン誘導体、クマリン誘導体、スチルベン誘導体、トリス(8−キノリノラート)アルミニウム等の有機アルミニウム錯体、有機ベリリウム錯体、及びポリ(フェニレンビニレン)誘導体、ポリ(フルオレン)誘導体、ポリ(フェニレン)誘導体等の高分子誘導体が挙げられる。
【0092】
電子注入輸送性材料としては、陰極からの電子の注入が容易で注入された電子を発光層へ輸送することができるものから任意に選ぶことができ、ホール注入輸送性材料のホール移動度とのバランス等を考慮して選択される。電子注入輸送性能を有する材料としては、オキサジアゾール誘導体、オキサゾール誘導体、ピラジン誘導体、トリアゾール誘導体、トリアジン誘導体、キノリン誘導体、キノキサリン誘導体、フェナントロリン誘導体、有機アルミニウム錯体等が挙げられる。
【0093】
陽極の構成材料としては仕事関数がなるべく大きなものがよい。例えば金、白金、銀、銅、ニッケル、パラジウム、コバルト、セレン、バナジウム、タングステン等の金属単体あるいはこれらを組み合わせた合金、酸化錫、酸化亜鉛、酸化インジウム、酸化錫インジウム(ITO)、酸化亜鉛インジウム等の金属酸化物が使用できる。またポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン等の導電性ポリマーも使用できる。これらの電極物質は一種類を単独で使用してもよいし、二種類以上を併用して使用してもよい。また、陽極は一層で構成されていてもよく、複数の層で構成されていてもよい。
【0094】
一方、陰極の構成材料としては仕事関数の小さなものがよい。例えば、リチウム等のアルカリ金属、カルシウム等のアルカリ土類金属、アルミニウム、チタニウム、マンガン、銀、鉛、クロム等の金属単体が挙げられる。あるいはこれら金属単体を組み合わせた合金も使用することができる。例えば、マグネシウム−銀、アルミニウム−リチウム、アルミニウム−マグネシウム等が使用できる。酸化錫インジウム(ITO)等の金属酸化物の利用も可能である。これらの電極物質は一種類を単独で使用してもよいし、二種類以上を併用して使用してもよい。また陰極は一層構成でもよく、多層構成でもよい。
【0095】
本発明の有機発光素子において、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンが含まれている層及びその他の有機化合物からなる層は、以下に示す方法により形成される。一般には真空蒸着法、イオン化蒸着法、スパッタリング、プラズマあるいは、適当な溶媒に溶解させて公知の塗布法(例えば、スピンコーティング、ディッピング、キャスト法、LB法、インクジェット法等)により薄膜を形成する。ここで真空蒸着法や溶液塗布法等によって層を形成すると、結晶化等が起こりにくく経時安定性に優れる。また塗布法で成膜する場合は、適当なバインダー樹脂と組み合わせて膜を形成することもできる。
【0096】
上記バインダー樹脂としては、ポリビニルカルバゾール樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリイミド樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、尿素樹脂等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、これらバインダー樹脂は、ホモポリマー又は共重合体として一種単独で使用してもよいし、二種以上を混合して使用してもよい。さらに必要に応じて、公知の可塑剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等の添加剤を併用してもよい。
【0097】
本発明に係る有機発光素子は、表示装置や照明装置に用いることができる。他にも電子写真方式の画像形成装置の露光光源や液晶表示装置のバックライト等がある。
【0098】
表示装置は本実施形態に係る有機発光素子を表示部に有する。この表示部は複数の画素を有する。この画素は本実施形態に係る有機発光素子と発光輝度を制御するためのスイッチング素子の一例としてTFT素子とを有し、この有機発光素子の陽極又は陰極とTFT素子のドレイン電極又はソース電極とが接続されている。表示装置はPC等の画像表示装置として用いることができる。
【0099】
表示装置は、エリアCCD、リニアCCD、メモリーカード等からの画像情報を入力する入力部を有し、入力された画像を表示部に出力する画像入力装置でもよい。また、撮像装置やインクジェットプリンタが有する表示部として、外部から入力された画像情報を表示する画像出力機能と操作パネルとして画像への加工情報を入力する入力機能との両方を有していてもよい。また表示装置はマルチファンクションプリンタの表示部に用いられてもよい。
【0100】
次に、図面を参照しながら、本発明の表示装置について説明する。
【0101】
図1は、本発明の有機発光素子と、この有機発光素子に接続するスイッチング素子の一例であるTFT素子とを有する表示装置の例を示す断面模式図である。図1の表示装置20には、有機発光素子とTFT素子との組み合わせが2組図示されている。この表示装置の構造の詳細を以下に説明する。
【0102】
図1の表示装置20は、ガラス等の基板1とその上部にTFT素子又は有機化合物層を保護するための防湿膜2が設けられている。また符号3は金属のゲート電極3である。符号4はゲート絶縁膜4であり、5は半導体層である。
【0103】
TFT素子8は半導体層5とドレイン電極6とソース電極7とを有している。TFT素子8の上部には絶縁膜9が設けられている。コンタクトホール10を介して有機発光素子の陽極11とソース電極7とが接続されている。表示装置はこの構成に限られず、陽極又は陰極のうちいずれか一方とTFT素子ソース電極又はドレイン電極のいずれか一方とが接続されていればよい。
【0104】
図1の表示装置20において、有機化合物層12は、多層の有機化合物層を1つの層の如く図示をしている。陰極13の上には有機発光素子の劣化を抑制するための第一の保護層14や第二の保護層15が設けられている。
【0105】
図1の表示装置20においてスイッチング素子に特に制限はなく、単結晶シリコン基板やMIM素子、a−Si型の素子等を用いてもよい。
【実施例】
【0106】
[実施例1]例示化合物A−1の合成
例示化合物A−1は、フェノキサジンを出発物質として、中間体TPAOX−PBの合成を経由して合成される化合物である。以下に合成スキームを示しながらその合成方法を説明する。
【0107】
(1)中間体TPAOX−PBの合成
【0108】
【化18】

【0109】
以下に示す試薬、溶媒を反応器に投入した。
10H−フェノキサジン:10.0g(54.58mmol)
2−ブロモ−4−クロロ安息香酸メチル:15.12g(60.65mmol)
銅:3.85g(60.65mmol)
炭酸カリウム:8.38g(60.65mmol)
硫酸ナトリウム:8.61g(60.65mmol)
ニトロベンゼン:125ml
【0110】
次に、この反応溶液を、窒素下220℃で7時間加熱攪拌した。反応終了後、反応溶液を減圧濃縮して得られた残渣に酢酸エチルを加えた後、塩化アンモニウム水溶液による洗浄を行い、有機層を減圧濃縮することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル)にて精製することにより、5−クロロ−2−(10H−フェノキサジン−10−イル)安息香酸メチルを15.9g得た(収率83%)。
【0111】
続いて、以下に示す試薬、溶媒を反応器に投入した。
5−クロロ−2−(10H−フェノキサジン−10−イル)安息香酸メチル:15.9g(45.20mmol)
脱水テトラヒドロフラン:500ml
【0112】
次に、この反応溶液に、窒素下内温0℃において、1.4Mのメチルマグネシウムブロミド溶液(テトラヒドロフラン:トルエン=1:3)80ml(112mmol)を滴下した。次に、反応溶液を室温に昇温させ、この温度(室温)で15時間攪拌した。反応終了後、反応溶液にトルエンを加えて飽和食塩水により洗浄し、有機層を減圧濃縮して粗生成物を得た。次に、この粗生成物をカラムクロマトグラフィー(NHゲル)にて精製することにより、2−(5−クロロ−2−(10H−フェノキサジン−10−イル)フェニル)プロパン−2−オールを15.0g得た(収率94%)。
【0113】
続いて以下に示す試薬、溶媒を反応器に投入した。
2−(5−クロロ−2−(10H−フェノキサジン−10−イル)フェニル)プロパン−2−オール:4.0g(11.37mmol)
ポリリン酸:35ml
【0114】
次に、この反応溶液を、窒素下205℃で2時間加熱攪拌した。反応終了後、反応溶液を放冷した。次に、反応溶液にトルエンを加え、炭酸ナトリウム水溶液にて中和、洗浄した後、有機層を減圧濃縮して粗生成物を得た。次に、この粗生成物をカラムクロマトグラフィー(NHゲル)にて精製することにより、11−クロロ−9,9−ジメチル−9H−キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンを1.08g得た(収率28%)。
【0115】
続いて、以下に示す試薬、溶媒を、遮光しながら反応器に投入した。
11−クロロ−9,9−ジメチル−9H−キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン:0.98g(2.94mmol)
ビス(ピナコラート)ジボロン:0.97g(3.82mmol)
ビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム(0):101mg(0.176mmol)
2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2’,6’−ジメトキシビフェニル(S−Phos):145mg(0.352mmol)
酢酸カリウム:0.86g(8.81mmol)
脱水1,4−ジオキサン:100ml
【0116】
次に、この反応溶液を、窒素下125℃で7時間加熱攪拌した。反応終了後、反応溶液を放冷した。次に、反応溶液にトルエンを加え、飽和食塩水で洗浄した後、有機層を濃縮して粗生成物を得た。次に、この粗生成物をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル)にて精製することにより、PTAOX−PBを1.10g得た(収率88%)。
【0117】
1H−NMR分析により得られた化合物の同定を行った。
1H−NMR(400MHz、CDCl3)]
δ 7.88(s,1H),7.62−7.59(m,2H),7.31−7.27(m,1H),7.00−6.90(m,5H),6.75−6.73(d,1H),1.90(s,3H),1.35(s,12H),1.22(s,3H).
【0118】
(2)例示化合物A−1の合成
【0119】
【化19】

【0120】
以下に示す試薬、溶媒を反応器に投入した。
PTAOX−PB:1.10g(2.59mmol)
1,4−ジブロモベンゼン:0.265g(1.12mmol)
テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0):130mg(0.112mmol)
トルエン:30mL
エタノール:15mL
30wt%炭酸セシウム水溶液:15mL
【0121】
次に、この反応溶液を脱気した後、窒素下において外温80℃で7時間加熱攪拌した。反応終了後、反応溶液を放冷した後、反応溶液に200mlの水を加えた。次に、分液操作により有機層を抽出した後、この有機層を水洗した。次に、この有機層を減圧濃縮することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル)にて精製することにより、例示化合物A−1を白色固体として610mg(収率81%)得た。次いで得られた結晶を130℃で真空乾燥した後、1×10-4Pa、360℃の条件下で昇華精製を行い、高純度の例示化合物A−1を250mg得た。得られた化合物の同定を行った結果を以下に示す。
【0122】
[MALDI−TOF−MS]
実測値:m/z=672.11、計算値:C483622=672.81
1H−NMR(400MHz、CDCl3)]
δ 7.73−7.67(m,8H),7.47−7.45(d,2H),7.37−7.35(d,2H),7.03−6.92(m,10H),6.77−6.75(d,2H),1.93(s,6H),1.29(s,6H).
【0123】
また例示化合物A−1について、以下の方法でT1エネルギーの測定を行った。
【0124】
例示化合物A−1のトルエン希薄溶液について、Ar雰囲気下77Kで、励起波長350nmにおける燐光スペクトルの測定を行った。得られた燐光スペクトルの第一発光ピークのピーク波長からT1エネルギーを求めると波長換算値で503nmであった。
【0125】
さらに例示化合物A−1について、以下の方法でイオン化ポテンシャルの測定を行った。
【0126】
真空蒸着法により、ガラス基板上に、例示化合物A−1を成膜して蒸着薄膜を形成した。この蒸着薄膜を用いて、光電子分光装置AC−3(理研計器株式会社製)によりイオン化ポテンシャルを測定した。測定の結果、例示化合物A−1のイオン化ポテンシャルは5.53eVであった。
【0127】
[実施例2]例示化合物C−3の合成
実施例1(2)において、1,4−ジブロモベンゼンに代えて、1,3−ジブロモベンゼンを用いた以外は、実施例1と同様に合成を行い、例示化合物C−3を白色固体として210mg得た。
【0128】
例示化合物C−3のトルエン希薄溶液について、Ar雰囲気下77Kで、励起波長350nmにおける燐光スペクトルの測定を行った。得られた燐光スペクトルの第一発光ピークのピーク波長からT1エネルギーを求めると波長換算値で483nmであった。
【0129】
[実施例3]
本実施例では、基板上に、陽極/ホール輸送層/発光層/ホールブロック層/電子輸送層/陰極が順次設けられた構成のボトムエミッション型の有機発光素子を以下に示す方法で作製した。以下に、本実施例で使用した材料の一部を示す。
【0130】
【化20】

【0131】
尚、本実施例で使用したGPH−1は、WO2009/021126パンフレットを参考にして合成した。
【0132】
また、本実施例で使用したGIr−1は、A New Synthetic Route to the Preparation of a Series of Strong Photoreducing Agents:fac Tris−Ortho−Metalated Complexes of Iridium(III) with Substituted 2−Phenylpyridines.(K.Dedeian他,Inorganic Chemistry,Vol.30,No.8,p.1685(1991))を参考にして合成した。
【0133】
また、本実施例で使用したHBL−1は、WO2004/093207パンフレットを参考にして合成した。
【0134】
また、本実施例で使用したETL−1は、WO2009/139501パンフレットを参考にして合成した。
【0135】
次に、有機発光素子の製造方法について説明する。まずガラス基板上に、スパッタ法により、IZO(インジウム亜鉛酸化物)を成膜して陽極を形成した。このとき陽極の膜厚を120nmとした。このように陽極が形成されている基板を透明導電性支持基板(IZO基板)として以下の工程で使用した。次に、陽極上に、下記表3に示す有機化合物層及び電極層を、1×10-5Paの真空チャンバー内における抵抗加熱による真空蒸着によって連続的に成膜した。このとき対向する電極(陰極)は、その面積が3mm2になるように作製した。
【0136】
【表3】

【0137】
次に、有機発光素子が水分の吸着によって素子劣化が起こらないように、乾燥空気雰囲気中で保護用ガラス板をかぶせアクリル樹脂系接着材で封止した。以上のようにして有機発光素子を得た。
【0138】
得られた有機発光素子について、ITO電極を正極、Al電極を負極にして、4.5Vの印加電圧をかけたところ、発光効率が47cd/Aで輝度2500cd/m2の、CIE色度座標が、(x,y)=(0.32,0.62)の緑色発光が観測された。さらにこの発光素子において、100mA/cm2の定電流密度における輝度半減寿命は85時間であった。尚、有機発光素子の特性は、電流電圧特性をケースレー社製・電流計2700で測定し、発光輝度は、トプコン社製BM7−fastで測定した。
【0139】
[実施例4]
実施例3において、ホール輸送層材料として、例示化合物A−1に代えて例示化合物A−2を使用した他は、実施例3と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例3と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0140】
[実施例5]
実施例3において、ホール輸送層材料として、例示化合物A−1に代えて例示化合物C−1を使用した他は、実施例3と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例3と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0141】
[実施例6]
実施例3において、ホール輸送層材料として、例示化合物A−1に代えて例示化合物C−3を使用した他は、実施例3と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例3と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0142】
[実施例7]
実施例3において、発光層のゲストとして、GIr−1に代えて下記に示される化合物GIr−2を使用した他は、実施例3と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例3と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0143】
【化21】

【0144】
[実施例8]
実施例3において、ホールブロック層材料として、HBL−1に代えて下記に示される化合物HBL−2を使用した他は、実施例3と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例3と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0145】
【化22】

【0146】
[比較例1]
実施例3において、ホール輸送層材料として、例示化合物A−1に代えて下記に示される比較化合物GH−01を使用した他は、実施例3と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例3と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0147】
【化23】

【0148】
[比較例2]
実施例3において、ホール輸送層材料として、例示化合物A−1に代えて下記に示される比較化合物AH−01を使用した他は、実施例3と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例3と同様に評価を行った。結果を表4に示す。
【0149】
【化24】

【0150】
【表4】

【0151】
[実施例9]
本実施例では、基板上に、陽極/ホール輸送層/発光層/ホールブロック層/電子輸送層/陰極が順次設けられた構成のボトムエミッション型の有機発光素子を以下に示す方法で作製した。以下に、本実施例で使用した材料の一部を示す。
【0152】
【化25】

【0153】
尚、本実施例で使用したHIL−1及びETL−1は、WO2009/139501パンフレットを参考にして合成した。
【0154】
また本実施例で使用したBPH−1は、Confinement of triplet energy on phosphorescent molecules for highly−efficient organic blue−light−emitting devices.(S.Tokito他,Applied Physics Letters,Vol.83,No.3,p.569(2003)を参考にして合成した。
【0155】
また本実施例で使用したBIr−1は、米国公開2007/0232803号明細書を参考にして合成した。
【0156】
また本実施例で使用したHBL−2は、市販品(Aldrich社製)を昇華精製したものを使用した。
【0157】
次に、有機発光素子の製造方法について説明する。まずガラス基板上に、スパッタ法により、IZO(インジウム亜鉛酸化物)を成膜して陽極を形成した。このとき陽極の膜厚を120nmとした。このように陽極(IZO電極)が形成されている基板を透明導電性支持基板(IZO基板)として以下に示す工程で使用した。次に、陽極上に、下記表5に示される有機化合物層及び電極層を、1×10-5Paの真空チャンバー内における抵抗加熱による真空蒸着によって連続的に成膜した。このとき対向する電極面積を3mm2になるように作製した。
【0158】
【表5】

【0159】
次に、有機発光素子が水分の吸着によって素子劣化が起こらないように、乾燥空気雰囲気中で保護用ガラス板をかぶせアクリル樹脂系接着材で封止した。以上のようにして有機発光素子を得た。
【0160】
得られた有機発光素子について、ITO電極を正極、Al電極を負極にして、6.5Vの印加電圧をかけたところ、発光効率が8.6cd/Aで、CIE色度座標が、(x,y)=(0.15,0.33)の青色発光が観測された。さらにこの発光素子において、4mA/cm2の定電流密度における輝度半減寿命は125時間であった。有機発光素子の特性は、電流電圧特性をケースレー社製・電流計2700で測定し、発光輝度は、トプコン社製BM7−fastで測定した。
【0161】
[実施例10]
実施例9において、ホール輸送層材料として、例示化合物B−2に代えて例示化合物B−1を使用した他は、実施例9と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例9と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0162】
[実施例11]
実施例9において、発光層のゲストとして、BIr−1に代えて下記に示される化合物BIr−2を使用した他は、実施例9と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例9と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0163】
【化26】

【0164】
[実施例12]
実施例9において、ホール輸送層材料として、HIL−1に代えて下記に示される化合物HIL−2を使用した他は、実施例9と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例9と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0165】
【化27】

【0166】
[比較例3]
実施例9において、ホール輸送層材料として、例示化合物B−2に代えて下記に示される比較化合物GH−01を使用した他は、実施例9と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例9と同様の方法で評価を行った。結果を表4に示す。
【0167】
【化28】

【0168】
[比較例4]
実施例9において、ホール輸送層材料として、例示化合物B−2に代えて下記に示される比較化合物AH−02を使用した他は、実施例9と同様の方法で素子を作製した。また得られた素子について実施例9と同様に評価を行った。結果を表4に示す。
【0169】
【化29】

【0170】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0171】
以上説明したように、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物は、劣化しにくく、T1エネルギーが高く、かつHOMO準位が深い新規な化合物である。従って、本発明のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物を有機発光素子の構成材料に用いた場合、駆動電圧が低くて発光効率も高く、耐久性も良い発光素子を得ることができる。
【符号の説明】
【0172】
1:基板、2:防湿膜、3:ゲート電極、4:ゲート絶縁膜、5:半導体層、6:ドレイン電極、7:ソース電極、8:TFT素子、9:絶縁膜、10:コンタクトホール、11:陽極、12:有機化合物層、13:陰極、14:第一の保護層、15:第二の保護層、20:表示装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式[1]で示されることを特徴とする、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物。
【化1】

(式[1]において、R1乃至R4は、それぞれ水素原子又は炭素数1乃至3のアルキル基を表す。R1乃至R4は、それぞれ同じであってもよいし異なっていてもよい。Arは、単結合又は炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基を表す。)
【請求項2】
下記一般式[2]で示されることを特徴とする、キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物。
【化2】

(式[2]において、R5乃至R8は、それぞれ水素原子又は炭素数1乃至3のアルキル基を表す。R5乃至R8は、それぞれ同じであってもよいし異なっていてもよい。Arは、単結合又は下記一般式[3]に示される炭素数6乃至18のオリゴフェニレン基のいずれかを表す。
【化3】

(式[3]において、*は、式[2]中のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジンとの結合位置を表す。))
【請求項3】
陽極と陰極と、
前記陽極と前記陰極との間に配置される有機化合物層と、から構成される有機発光素子であって、
前記有機化合物層に、請求項1又は2に記載のキノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物が含まれることを特徴とする、有機発光素子。
【請求項4】
前記有機化合物層が、発光層と、前記発光層に隣接するホール輸送層と、を有し、
前記キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物が、前記ホール輸送層に含まれることを特徴とする、請求項3に記載の有機発光素子。
【請求項5】
前記発光層が、ホストとゲストとからなり、
前記ホストが、前記キノリノ[3,2,1−kl]フェノキサジン化合物であり、
前記ゲストが、燐光発光材料であることを特徴とする、請求項4に記載の有機発光素子。
【請求項6】
前記燐光発光材料がイリジウム錯体であることを特徴とする、請求項5に記載の有機発光素子。
【請求項7】
複数の画素を有し、
前記画素が、請求項3乃至6のいずれか一項に記載の有機発光素子と、前記有機発光素子に接続するスイッチング素子と、を有することを特徴とする、表示装置。
【請求項8】
画像を表示するための表示部と、画像情報を入力するための入力部と、を有し、
前記表示部が複数の画素を有し、
前記画素が、請求項3乃至6のいずれか一項に記載の有機発光素子と、前記有機発光素子に接続するスイッチング素子、とを有することを特徴とする、画像入力装置。

【図1】
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【公開番号】特開2012−116794(P2012−116794A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−268480(P2010−268480)
【出願日】平成22年12月1日(2010.12.1)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】