説明

キノリン誘導体の製造方法

【課題】 4,8−ジヒドロキシキノリン−2−カルボン酸などのキノリン−2−カルボン酸誘導体を原料として脱カルボキシル化によりキノリン誘導体を効率よく製造する方法の提供。
【解決手段】 下記の反応式で示すように、
【化1】


一般式(I)で表されるキノリン−2−カルボン酸誘導体をマイクロ波エネルギーにより加熱する工程を経て一般式(III)で表されるキノリン誘導体を得るようにしたものである。式中、R1、R2は水素またはヒドロキシル基のいずれかである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばセンサー用材料、機能性材料、有機EL材料、農薬、医薬品などのファインケミカル原料となるキノリン誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで様々なキノリン化合物が知られているが、そのなかでも8−ヒドロキシキノリン誘導体は金属イオンと安定な錯体を形成するため、これを利用した金属イオンセンサー用試薬として用いられている。また、8−ヒドロキシキノリン誘導体が形成する金属イオンとの錯体の多くは蛍光性を示すため、蛍光性色素への用途も考えられている。さらに、こうした金属錯体のなかでもアルミニウムイオンと反応して得られる錯体は、有機EL素子用材料として有用であることが報告されている。また、8−ヒドロキシキノリン誘導体のなかでも4,8−ジヒドロキシキノリン−2−カルボン酸は、ビタミンB12欠乏によりトリプトファンの代謝異常により生成される化合物であり、この誘導体は代謝拮抗剤などへの用途が考えられている。
【0003】
上記のように、キノリン誘導体は様々な分野において有用な原料であるが、そのキノリン−2−カルボン酸誘導体から加熱による脱カルボキシル化反応については、これまでに、触媒として銅を用いる報告(下記の非特許文献1)がなされている。この反応では、キノリン−2−カルボン酸誘導体である4,8−ジヒドロキシキノリン−2−カルボン酸に銅触媒を添加して295℃で加熱することにより脱カルボキシル化が進行することが示されているが、反応に長時間がかかり収率も56%程度と低いものであった。さらには、精製段階において炭化物および銅を取り除く 必要があるなどの問題もあった。他方で、近年、化学物質の製造において、原料から製造工程、製品に至るまで環境への負荷を低減する、いわゆる環境に優しい化学が求められていることから、これらの技術開発が望まれるところでもある。
【0004】
【非特許文献1】雑誌:生化学(28巻、147ページ、松浦泰著、1956年発行)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、キノリン−2−カルボン酸誘導体からキノリン誘導体を高収率、省エネルギー、省溶媒で合成する技術の提供を課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、キノリン−2−カルボン酸誘導体からキノリン誘導体を効率よく合成できる製法を見いだし、本発明を完成したのである。
すなわち、本発明の請求項1に係るキノリン誘導体の製造方法は、下記の一般式(I)
【0007】
【化1】

(式(I)中、R1、R2は、水素またはヒドロキシル基のいずれかである。)で示されるキノリン−2−カルボン酸誘導体を溶媒の存在下でマイクロ波エネルギーにより加熱する工程を備えていることを特徴とするものである。
【0008】
また、本発明の請求項2に係るキノリン誘導体の製造方法は、請求項1の製造方法において、溶媒が、下記の一般式(II)
【化2】

(式中、nは2から1000の整数、置換基Rは、水素あるいはアルキル基である。)で示されるエチレングリコール類、ポリエチレングリコール類、およびそれらのアルキルエーテルの少なくともいずれか1種を含むことを特徴とするものである。
【0009】
そして、本発明の請求項3に係るキノリン誘導体の製造方法は、請求項1または請求項2の製造方法において、溶媒が、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、およびトリエチレングリコールモノメチルエーテルの少なくともいずれか1種を含むことを特徴とするものである。
【0010】
更に、本発明の請求項4に係るキノリン誘導体の製造方法は、請求項1から請求項3のいずれかの製造方法において、キノリン−2−カルボン酸誘導体を無触媒で加熱することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の請求項1の製造方法によれば、マイクロ波エネルギーによる加熱を利用したことにより、キノリン−2−カルボン酸誘導体から、省溶媒、省エネルギー、高効率でキノリン誘導体を製造することができる。すなわち、環境への負荷を著しく低減できる製造方法を提供することができる。
【0012】
また、請求項2の製造方法によれば、エチレングリコール類、ポリエチレングリコール類、およびそれらのアルキルエーテルといった比較的高沸点の溶媒を使用するので、反応温度を極力高く設定できる。従って、脱カルボキシル化反応を促進することができる。そのうえ、高温の反応であってもマイクロ波エネルギーにより短時間で反応を終了し得るので、重合反応の抑制、延いては副生物生成の抑制を図ることができ、高収率でキノリン誘導体を得ることができる。
【0013】
そして、請求項3の製造方法のように、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、またはトリエチレングリコールモノメチルエーテルを溶媒として使用する場合は、極めて高収率でキノリン誘導体を得ることができる。
【0014】
更に、請求項4の製造方法によれば、マイクロ波エネルギーを利用することから、銅や塩基などの触媒を反応に用いなくても比較的高効率で反応が進行し、キノリン誘導体を高収率で得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のキノリン誘導体の製造方法においては、下記の反応式(1)のように、一般式(I)のキノリン−2−カルボン酸誘導体から一般式(III)のキノリン誘導体が脱カルボキシル化反応により生成される。
【0016】
【化3】

【0017】
(I)で示されるキノリン−2−カルボン酸誘導体のうち、R2=OHである誘導体については、下記の一般式(IV)で示される互変異性体が存在するが、これらケト・エノール型のいずれの異性体にも本発明は適用可能である。
【化4】

【0018】
本発明のキノリン誘導体(III)を得るための原料となるキノリン−2−カルボン酸誘導体(I)は、具体的には、例えば4,8−ジヒドロキシキノリン−2−カルボン酸(R1=R2=OH)、8−ヒドロキシキノリン−2−カルボン酸(R1=OH、R2=H)、4−ヒドロキシキノリン−2−カルボン酸(R1=H、R2=OH)などが挙げられる。これらのキノリンカルボン酸誘導体(I)から、それぞれ、4,8−ジヒドロキシキノリン、8−ヒドロキシキノリン、4−ヒドロキシキノリンが目的生成物たるキノリン誘導体(III)として得られる。
【0019】
本発明に係る脱カルボキシル化反応は触媒としての塩基を用いなくても、反応が比較的高効率で進行する。そのうえで、さらに塩基を加えた場合は、脱カルボキシル化反応がよりいっそう進行してキノリン誘導体を極めて高収率で得ることができる。
その際に用いる塩基は特に限定されないが、具体的には、例えば直鎖状、分岐状のアルキル基を有するアルキルアミン(メチル基、エチル基、炭素数3のアルキル基(n−プロピル基、iso−プロピル基)、炭素数4のアルキル基(n−ブチル基、iso−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基など)、炭素数20までのアルキル基を有するアミン)、ピペリジンおよびピロリジンなどの環状アミン類、アニリンなどの芳香族アミン類、ピリジンなどの含窒素芳香族化合物、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物などが挙げられる。
かかる塩基の添加量は、原料のキノリン−2−カルボン酸誘導体1モルに対し2〜1/100モルを使用することにより、脱カルボキシル化反応が効率よく進行する。
【0020】
ところで、通常、カルボキシル基を有する化合物に一級アミン類または二級アミン類を等モル以上添加して高温で加熱すると、下記の反応式(2)に示す脱水反応の進行によりアミド化合物が生成することが知られている。
【0021】
【化5】

しかしながら、本発明に係る製造方法においては、触媒としてアミン類を用いた場合でも前記アミド化合物の生成が認められず、キノリン誘導体が生成したのである。かかるアミド化合物の生成を抑制するには、トリエチルアミン、ピリジンなどのような、アミドを生成させない塩基を用いるとよい。
【0022】
本発明の反応に溶媒は必須であり、マイクロ波エネルギーにより加熱される極性溶媒が用いられる。かかる極性溶媒としては、特に限定するものでないが、例えば、水、アルコール類、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどの多くの一般溶媒並びにこれらの混合溶媒を利用することができる。特に、請求項2の製造方法のように、マイクロ波エネルギーによる加熱が容易で沸点の高い下記一般式(II)
【化6】

(式中、nは2から1000の整数、置換基Rは、水素あるいはアルキル基である。)で示されるエチレングリコール類、ポリエチレングリコール類、およびそれらのアルキルエーテルの少なくともいずれか1種の使用が、効率のよい反応を生じて高収率の目的生成物を与える。
【0023】
上記のエチレングリコール類としては、例えば、ジエチレングリコール(沸点:245℃)、トリエチレングリコール(沸点:285℃)、テトラエチレングリコール(沸点:314℃)などが挙げられる。エチレングリコール類のモノエーテルとしては、例えば、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(沸点:231℃)、トリエチレングリコールモノメチルエーテル(沸点:122℃/10mmHg)、トリエチレングリコールモノエチルエーテル(沸点:256℃)などが挙げられる。エチレングリコール類のジエーテルとしては、例えば、ジエチレングリコールジブチルエーテル(沸点:256℃)、トリエチレングリコールジメチルエーテル(沸点:216℃)、テトラエチレングリコールジメチルエーテル(沸点:275℃)などが挙げられる。ポリエチレングリコール類としては、後で詳述する加熱温度において液状となる、平均分子量が1000以下のものが望ましい。これらの中でも、請求項3の製造方法のように、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、またはトリエチレングリコールモノメチルエーテルのうちの1種または2種以上を使用すると、極めて高収率で目的生成物が得られる。
【0024】
本発明の脱カルボキシル化反応を進行させるには、加熱が必要である。50℃から250℃の加熱により反応は進行するが、好ましくは100℃以上の高温である。しかし、オイルバスなどの通常の加熱では、例えば、100℃で20時間以上、150℃で1時間以上の反応時間が必要となる。かかる高温での長時間反応は、生成物の重合反応などの副反応により生成物の収率を低下させるおそれがある。
【0025】
これを回避するために、本発明ではマイクロ波エネルギーによる加熱を適用したのである。かかるマイクロ波エネルギーは溶媒その他を瞬時に加熱し、短時間で反応を終了せしめ、副反応を抑制することから、目的生成物であるキノリン誘導体を高収率で得ることができる。また、マイクロ波エネルギーによる加熱では、原料である固体のキノリン−2−カルボン酸誘導体を溶媒に完全溶解させる必要がなく、そのままの状態で少量の溶媒を湿らせた程度でも溶媒から加熱されて反応が進行する。そのうえ、反応溶液を撹拌する必要もない。この場合の加熱に用いる反応容器は、バッチ式の容器あるいは連続流通式の容器のいずれを用いても構わない。尚、溶媒を用いる場合は、溶媒の蒸散を防ぐためにマイクロ波エネルギーによる加熱温度を溶媒の沸点未満に保持する。かかる前提に加えて加熱温度を200℃以上にすれば、極めて効率よく脱カルボキシル化反応を進めることができる。
【0026】
反応終了後は、クロロホルム、酢酸エチルなどの有機溶媒に溶解させ、薄い酸で残存するアミンなどの塩基を除き、水洗、乾燥、溶媒を留去することにより95%以上の純度でキノリン誘導体が得られる。さらに、減圧蒸留によってより高純度のものが得られる。また、反応終了後に塩基を中和したのち、直ちに蒸留により精製することも可能である。あるいは、反応終了後にクロロホルム、アセトンなどの有機溶媒を加えることで析出させ、濾別精製することも可能である。
【0027】
以下、本発明の実施例を説明するが、これらの実施例は本発明を具体化したものに過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものでない。
【実施例1】
【0028】
4,8−ジヒドロキシキノリン−2−カルボン酸0.1gにジエチレングリコール(沸点約245℃)を0.4mL加え、各種のアミン類を4,8−ジヒドロキシキノリン−2−カルボン酸に対して等モルを添加し、マイクロ波エネルギーによる加熱温度が溶媒(ジエチレングリコール)の沸点を下回る230℃となるように出力調整されたマイクロ波合成装置(CEM社製の型式Discover、最大出力300W)で5分間加熱した。直ちに冷却した後クロロホルムを加え、析出した粉末を濾別、乾燥することによりキノリン誘導体を生成した。得られた生成物は1H−NMRの測定により定性・定量した。生成物のスペクトルデータから4,8−ジヒドロキシキノリンであると同定し、併せて収率も決定した。後出の表1にまとめて示す(実験N0.1からN0.6)。
【0029】
表1の実施例1から、触媒として種々の塩基を用いた場合、概ね90%を超える高収率でキノリン誘導体が得られることが判る。特に、n−ヘキシルアミン(実験No.3)とトリエチルアミン(実験No.5)を用いた場合は、収率が高い結果となった。
【実施例2】
【0030】
触媒の塩基を加えなかったこと以外は、実施例1と同様にして実験操作を行った。結果を後出の表1に示す(実験No.7)。
【0031】
表1の実施例2から、触媒を用いなくても十分に反応が進行し、比較的高収率でキノリン誘導体を得られることが判る。
【実施例3】
【0032】
実施例1で結果のよかったトリエチルアミンを、4,8−ジヒドロキシキノリン−2−カルボン酸に対するモル比を0.01〜2に変化させて添加したこと以外は、実施例1の実験No.5と同様にして実験操作を行った。結果を後出の表1に示す(実験No.8からNo.11)。
【0033】
表1の実施例3から、トリエチルアミンのモル比0.01〜2の添加量範囲内では全般にわたって、キノリン誘導体の収率が高いレベルで推移していることが判る。
【実施例4】
【0034】
溶媒として、ジエチレングリコールに替えて、ジエチレングリコール以外の溶媒(ポリエチレングリコール(平均分子量200)またはトリエチレングリコールモノメチルエーテル)を用いたこと以外は、実施例3の実験No.9と同様にして実験操作を行った(実験No.12からNo.13)。
【0035】
表1の実施例4から、溶媒としてポリエチレングリコールを用いた場合は、ジエチレングリコールを用いた例に匹敵する高収率でキノリン誘導体を得ることができる。一方、トリエチレングリコールモノメチルエーテルを用いた場合は、キノリン誘導体の収率がいくぶん低かった。これは、原料ならびに生成物のトリエチレングリコールモノメチルエーテルに対する溶解性のためと想到する。
【実施例5】
【0036】
出発物質として、4,8−ヒドロキシキノリン−2−カルボン酸0.1gに替えて8−ヒドロキシキノリン−2−カルボン酸0.1gを用いたこと以外は、実施例3の実験No.9と同様にして実験操作を行い生成物を得た。得られた生成物は1H−NMRの測定により定性・定量し、生成物のスペクトルデータから8−ジヒドロキシキノリンであると同定し、併せて収率も決定した。その結果を下記の表1に示す(実験No.14)。
【0037】
表1の実施例5から、出発物質が8−ヒドロキシキノリン−2−カルボン酸の場合は、キノリン誘導体の収率がいくぶん低くなっていることが判る。これは、生成したキノリン誘導体がクロロホルムやアセトンに溶けることから、回収が困難になったためと考えられる。
【0038】
【表1】

【0039】
[比較例1]
溶媒として、ジエチレングリコール0.4mLに替えてエチレングリコール(沸点197.6℃)0.4mLを用いたこと以外は、上記した実施例3の実験No.9と同様に操作した。但し、加熱温度はエチレングリコールの沸点未満の190℃に保持した。しかしながら、この例では脱カルボキシル化反応がほとんど進行せず、目的とするキノリン誘導体は得られなかった。
【0040】
[比較例2]
溶媒として、ジエチレングリコール0.4mLに替えてグリセリン(沸点290.5℃(分解))0.4mLを用い、実施例3の実験No.9と同様に反応させようとした。しかしながら、グリセリンは粘度が高いことから、出発物質である4,8−ジヒドロキシキノリン−2−カルボン酸との相溶性が低すぎて互いに分離し、溶媒としての用を為さなかった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の製造方法により得られたキノリン誘導体は、センサ−用材料や機能性材料、有機EL材料、農薬、医薬品などのファインケミカル原料としての利用が大いに期待される。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I)
【化1】

(式(I)中、R1、R2は、水素またはヒドロキシル基のいずれかである。)で示されるキノリン−2−カルボン酸誘導体を溶媒の存在下でマイクロ波エネルギーにより加熱する工程を備えていることを特徴とするキノリン誘導体の製造方法。
【請求項2】
溶媒が、下記の一般式(II)
【化2】

(式中、nは2から1000の整数、置換基Rは、水素あるいはアルキル基である。)で示されるエチレングリコール類、ポリエチレングリコール類およびそれらのアルキルエーテルの少なくともいずれか1種を含む請求項1に記載のキノリン誘導体の製造方法。
【請求項3】
溶媒が、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、およびトリエチレングリコールモノメチルエーテルの少なくともいずれか1種を含む請求項1または請求項2に記載のキノリン誘導体の製造方法。
【請求項4】
キノリン−2−カルボン酸誘導体を無触媒で加熱する請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のキノリン誘導体の製造方法。

【公開番号】特開2006−265198(P2006−265198A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−88362(P2005−88362)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(591023594)和歌山県 (62)
【Fターム(参考)】