説明

キノロノキノロン化合物の製造方法

【課題】低粘度で取り扱い易く廃棄物処理が容易なキノロノキノロン化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】3−アリールアミノ−2−アルコキシカルボニル−4−キノロン化合物を液媒体中で更に環化するキノロノキノロン化合物の製造方法において、液媒体として、濃度70質量%以下の硫酸を用いることを特徴とする。キノロノキノロン化合物は、黄色から橙色を呈し、耐光性や耐溶剤性等の各種の耐久性に優れるので、微細化することで、印刷インキや静電荷像現像用トナー向けの黄色や橙色の着色剤として用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境負荷がより小さい液媒体を用いた、キノロノキノロン化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キノロノキノロン化合物は、黄色から橙色を呈し、耐光性や耐溶剤性等の各種の耐久性に優れるので、微細化することで、印刷インキや静電荷像現像用トナー向けの黄色や橙色の着色剤として用いられたり、有機電解発光素子のような特殊な用途に用いることが提案されている(特許文献1、2または3)。
【0003】
この様なキノロノキノロン化合物は、1948年に母体骨格が初めて合成されている。この化合物の顔料としての特許は非特許文献1が知られており、そこにはジメトキシ、ジエトキシ置換体及びジ、トリ、テトラハロゲン置換体が、耐光性、着色力に優れた顔料として記載されている。そして、この様なキノロノキノロン化合物は、元来、1,2−ジアリールアミノ−1,2−エチレンジカルボン酸アルキルエステルを環化することにより製造される(非特許文献1)。その他、非特許文献2も知られている。
【0004】
1,2−ジアリールアミノ−1,2−エチレンジカルボン酸アルキルエステルの環化反応は、よく知られている(特許文献1及び2)。この環化反応では、二つの環を形成させることが必要であり、第一の環化反応では、DOWTHERM(Dow Chemical Companyの登録商標) Aといった、ビフェニルとジフェニルエーテルとの混合物や、アルケン56N(日本石油(株)製)といったアルキルベンゼンの様な、高沸点の芳香族化合物溶媒が用いられている。一方、この第一の環化反応で得られたアニリノキノロン化合物は、第二の環化反応を行うことで、キノロノキノロン化合物とすることが出来る。この第二の環化反応では、一般的には、ポリ燐酸が使用されている。
【0005】
しかしながら、このポリ燐酸は、それ自体の粘度が高く、環化反応を行うに当たって、撹拌に強い力が必要であったり、そのまま排水すると、富栄養化の原因となる等の欠点があった。より低粘度である燐酸にしても、やはり富栄養化の原因となる。よってこれらの廃棄物処理は、大規模生産をする上での大きな解決課題である。
【0006】
大規模生産を意図して、低粘度で廃棄物処理が容易な前記した第二の環化反応に使用するのには、どの様な液媒体が適当であるかについては、今まで充分検討は行われてこなかった。
【0007】
【特許文献1】特開平10−17783号公報
【特許文献2】特開平11−80576公報
【特許文献3】特開平11−130972公報
【非特許文献1】Helv.Chim.Acta,31,716
【非特許文献2】J.Heterocyclic Chem,16,1651(1979)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、低粘度で取り扱い易く廃棄物処理が容易なキノロノキノロン化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、この様な課題を解決しうるキノロノキノロン化合物の製造方法について鋭意検討したところ、第二の環化反応時の液媒体として、ベンゼン環がスルホン化されない濃度の硫酸を用いることで前記課題が解決されることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち本発明は、3−アリールアミノ−2−アルコキシカルボニル−4−キノロン化合物を液媒体中で更に環化するキノロノキノロン化合物の製造方法において、液媒体として、濃度70質量%以下の硫酸を用いることを特徴とするキノロノキノロン化合物の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の製造方法では、液媒体としてベンゼン環がスルホン化されない濃度の硫酸を用いるので、キノロノキノロン化合物を低粘度で取り扱い易く、より容易な廃棄物処理で製造することが出来るという格別顕著な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に本発明を詳細に説明する。
本発明において、3−アリールアミノ−2−アルコキシカルボニル−4−キノロン化合物(A)を液媒体中で更に環化するキノロノキノロン化合物(C)の製造方法この工程そのものは公知慣用の工程である。この工程を反応式にて示すと下記の通りである。
【0013】
【化1】

【0014】
化学式中、Ra及びRbは、同一でも異なっていても良い水素原子、低級アルキル基又はハロゲン原子であり、ベンゼン環の2位と6位にRa及びRbが結合する場合にRa及びRbが両方とも水素原子であることはない。低級アルキル基とは、炭素原子数1〜3のアルキル基をいう。Rは、低級アルキル基である。
【0015】
本発明では、3−アリールアミノ−2−アルコキシカルボニル−4−キノロン化合物(A)を硫酸中で更に環化することによりキノロノキノロン化合物(C)を製造する。化合物(A)1モルの片環化によりキノロノキノロン化合物(C)の1モルが生成する。
【0016】
ここで化合物(A)とは、アリールアミノ基とアルコキシカルボニル基とをそれぞれ3位と2位に有するキノロン化合物を言う。上記反応式左の化学式において、アリールアミノ基の結合位置が3位、アルコキシカルボニル基の結合位置が2位である。アリールアミノ基とは、アニリンの第一級アミノ基の水素残基及び低級アルキル基またはハロゲン原子が置換されたアニリンの第一級アミノ基の水素残基を意味する。低級アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、iso−プロピル基等が挙げられる。ハロゲン原子としては、例えば、塩素原子、臭素原子等が挙げられる。アルコキシカルボニル基の末端アルキル基は、その炭素原子数に制限はないが、例えば、前記した低級アルキル基が挙げられる。化合物(A)としては、例えば、3−アニリノ−2−エトキシカルボニル−4−キノロン、3−トルイジノ−2−エトキシカルボニル−6−メチル−4−キノロン、3−エチルアニリノ−2−メトキシカルボニル−6−エチル−4−キノロン、3−プロピルアニリノ−2−メトキシカルボニル−6−プロピル−4−キノロン、3−クロロアニリノ−2−メトキシカルボニル−6−クロロ−4−キノロン、3−ブロモアニリノ−2−メトキシカルボニル−6−ブロモ−4−キノロン等の対称化合物、3−トルイジノ−2−エトキシカルボニル−4−キノロン、3−エチルアニリノ−2−メトキシカルボニル−4−キノロン、3−プロピルアニリノ−2−メトキシカルボニル−4−キノロン、3−クロロアニリノ−2−メトキシカルボニル−4−キノロン、3−ブロモアニリノ−2−メトキシカルボニル−4−キノロン等の非対称化合物が挙げられる。
【0017】
ちなみに、化合物(A)は、例えば、下記の様な工程により調整することが出来る。
工程1:アニリン化合物と、ハロゲノ酢酸アルキルエステル化合物とを、塩基性触媒の存在下、有機溶媒中で脱ハロゲン化水素反応させて、アニリノ酢酸アルキルエステル化合物を得る。
工程2:前記アニリノ酢酸アルキルエステル化合物と、蓚酸ジ低級アルキルエステル化合物とを求核置換反応させて、反応生成物を得る。
工程3:前記反応生成物を酸で加水分解して中間体を得る。
工程4:前記中間体と、アニリン化合物とを反応させて、1,2−ジアリールアミノ−1,2−エチレンジカルボン酸アルキルエステルを得る。
工程5:1,2−ジアリールアミノ−1,2−エチレンジカルボン酸アルキルエステルを、常温における沸点が180〜300℃の芳香族又は脂肪族の有機溶媒中で環化反応を行った後、有機溶媒を除去する。
【0018】
本発明では、例えば、前記した工程5の様にして片環化させて得られた化合物(A)を更に環化する。本発明ではこの環化のための液媒体として硫酸を用いる。硫酸は、燐酸やポリ燐酸の様に富栄養化の原因とはならず、しかもポリ燐酸よりも低粘度であるため、ポリ燐酸よりも取り扱い易く、希釈や中和等による、より容易な廃棄物処理で済むという長所がある。
【0019】
硫酸としては、種種の濃度の硫酸が知られている。硫酸はスルホン化剤として作用する場合があり、このスルホン化が優先して起こると、生成物は本発明とは異なる目的物となる。このスルホン化生成物は、耐水性等の耐久性が低いばかりでなく、色相もキノロノキノロン化合物(C)とは異なるものとなる。
【0020】
従って、硫酸を用いて本発明で目的とするキノロノキノロン化合物(C)を優先的に生成させるためには、環化反応をベンゼン環がスルホン化されない濃度の硫酸(B)中で行う。この際のベンゼン環がスルホン化されない濃度の硫酸(B)は、用いる化合物(A)の置換基の有無、置換位置、置換基数等にもよるが、例えば、質量換算で濃度70%以下、具体的には、35〜70%の硫酸が挙げられる。化合物(A)のベンゼン環に置換基が無い或いは置換基が少ない程、用いる硫酸の同一濃度対比における、ベンゼン環へのスルホン化は起こりやすい傾向がある。
【0021】
ベンゼン環がスルホン化されない濃度の硫酸としては、化合物(A)の構造によらず、例えば、常圧において加熱して環化する場合には、濃度45〜65質量%の硫酸が挙げられ、加圧下において加熱して環化する場合には、濃度35〜55質量%の硫酸が挙げられる。加圧のための高い耐久性を持つ反応装置が不要であり、常圧で、より低温かつより短時間で、しかも優先的に環化を行える点で、質量換算で濃度50〜65%の硫酸を用いることが好ましい。濃度50〜65%の硫酸は、濃硫酸と水との混合物である。
【0022】
硫酸(B)は、化合物(A)を充分に溶解せて反応の円滑性や安全性を確保する様に考慮すると、例えば、質量換算で、化合物(A)の4〜10倍相当量を用いることが出来る。
【0023】
環化反応は、例えば、反応装置中に化合物(A)と硫酸(B)とを含めて加熱すれば行うことが出来る。反応装置中に硫酸を仕込み所定温度に加熱しておき、そこに化合物(A)を一括又は分割して仕込む様にしても、逆に、反応装置中に化合物(A)を仕込み所定温度に加熱しておき、そこに硫酸(B)を一括又は分割して仕込む様にしても良い。またこの反応は、例えば、窒素や貴ガスの様な不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。
【0024】
環化反応は、撹拌下で所定の反応温度と反応時間で行うことが出来る。この反応条件は、キノロノキノロン化合物(C)が生成する条件であれば特に制限されるものではないが、環化反応を優先的に進めるために、具体的には、常圧において、例えば、温度100〜150℃で、3〜10時間で行うことが出来る。一度に必要な温度まで昇温してその温度を所定時間保持する様にしても良いし、多段階に昇温して温度を所定時間保持する様にしても良い。必要であれば、加圧可能な反応装置は別途必要にはなるが、開放系の常圧下でなく、密閉系の加圧下でより低い硫酸濃度で環化反応を行うことも出来る。
【0025】
環化反応の終点は、例えば、サンプリングによる、各種クロマトグラフィーでの所定リテンションタイムでの原料ピークの消失、赤外線吸収スペクトルの測定による生成物に固有な特異吸収の発現等により確認することが出来る。典型的には、サンプリングによる高速液体クロマトグラフィ(HPLC)の測定により、原料固有の特定リテンションタイムのピーク面積の変化がほとんどなくなった点を終点とすることが出来る。環化反応の反応混合物にスルホン化生成物が含まれているかは、元素分析やHPLCにより確認出来る。
【0026】
キノロノキノロン化合物(C)としては、例えば、無置換キノロノキノロン、2,8−ジメチルキノロノキノロン、3,9−ジメチルキノロノキノロン、4,10−ジメチルキノロノキノロン、2,8−ジエチルキノロノキノロン、2,8−ジクロロキノロノキノロン、2,8−ジブロモキノロノキノロン等の対称キノロノキノロン化合物、2−メチルキノロノキノロン、2−メチル−7−エチルキノロノキノロン、2−メチル−8−クロロキノロノキノロン等の非対称キノロノキノロン化合物が挙げられる。上記反応式右の化学式を参照のこと。
【0027】
こうして、生成したキノロノキノロン化合物(C)を含む反応混合物は、硫酸(B)への溶解度を極力下げるため冷却し、濾過、洗浄、再度濾過することで、精製することが出来る。
【0028】
こうして得られたウエットケーキは、そのままで公知慣用の用途に使用することが出来る。ウエットケーキは、更に乾燥し粉砕することにより、グラニュールやパウダーとしても公知慣用の用途に使用することが出来る。
【0029】
キノロノキノロン化合物(C)の収率や純度は、公知慣用のクロマトグラフィーの手法に従って検量線を作製し、それとの相対比から求めることが出来る。
【0030】
こうして得られたキノロノキノロン化合物(C)は、必要に応じて、アシッドペースト法、ソルベント法、ソルベントソルトミリング法等により顔料化(仕上げ処理)することにより、キノロノキノロン化合物顔料とすることが出来る。これは、公知慣用の用途において、例えば、黄色から橙色の着色剤として用いることが出来る。
【0031】
次に本発明を実施例等により詳細に説明する。以下、特に断りがない限り、部及び%はいずれも質量基準である。
【実施例1】
【0032】
反応容器に、100部の60%硫酸と、10部の3−p−トルイジノ−2−エトキシカルボニル−6−メチル−4−キノロンを仕込み、撹拌しながら、窒素雰囲気下、120℃に加熱し、さらに7時間で135℃まで昇温した後、加熱停止、室温まで攪拌を続けた。濾過し、ウエットケーキを水で洗浄、乾燥し、ほぐして8.3部の2,8−ジメチルキノロノキノロンを得た。化合物(A)の使用モル数に対するキノロノキノロン化合物(C)の生成モル数を基準とすると、収率は96%であった。スルホン化生成物は実質的に含まれていなかった。濾液は回収することなく、中和するだけで排水することが出来、排水の富栄養化を防止する別途高度な廃棄物処理は不要であった。
【実施例2】
【0033】
100部の60%硫酸に代えて同量の55%硫酸を用いる以外は、実施例1と同様の操作を行い、8.0部の2,8−ジメチルキノロノキノロンを得た。前記同様にして求めた収率は93%であった。スルホン化生成物は実質的に含まれていなかった。濾液は回収することなく、中和するだけで排水することが出来、排水の富栄養化を防止する別途高度な廃棄物処理は不要であった。
【実施例3】
【0034】
10部の3−p−トルイジノ−2−エトキシカルボニル−4−キノロンに代えて、同量の3−アニリノ−2−エトキシカルボニル−4−キノロンを用いる以外は、実施例1と同様の操作を行い、8.2部の無置換キノロノキノロンを得た。前記同様にして求めた収率は96%であった。スルホン化生成物は実質的に含まれていなかった。濾液は回収することなく、中和するだけで排水することが出来、排水の富栄養化を防止する別途高度な廃棄物処理は不要であった。
【0035】
比較例
反応容器に、100部のポリ燐酸と10部の3−アニリノ−2−エトキシカルボニル−4−キノロンを仕込み、撹拌しながら、窒素雰囲気下、150℃に加熱し、さらに2時間で145℃〜150℃に反応した後、加熱停止、50℃まで冷却、氷水を追加し、50℃を越えないように加水分解を行い、濾過し、ウエットケーキを水で洗浄、乾燥し、ほぐして7.1部の無置換キノロノキノロンを得た。収率は83%であった。中和しても排水することが出来ないので、濾液は回収し別途高度な廃棄物処理する必要があった。
【0036】
実施例3と比較例との対比からわかる様に、比較例では、より高粘度のポリ燐酸を用いているので系の粘度も高くなり、硫酸と同様により容易な取り扱いを行うためには、より高温での作業が必要となるばかりでなく、中和しても排水することが出来ず、濾液は回収し別途高度な廃棄物処理する必要があり、しかも目的物の収率もかなり低くなる。これに対して、実施例3では、この様な欠点がいずれも解消されていることが明らかである。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
3−アリールアミノ−2−アルコキシカルボニル−4−キノロン化合物を液媒体中で更に環化するキノロノキノロン化合物の製造方法において、液媒体として、濃度70質量%以下の硫酸を用いることを特徴とするキノロノキノロン化合物の製造方法。
【請求項2】
ベンゼン環がスルホン化されない濃度の硫酸として、濃度45〜65質量%の硫酸を用い、常圧において加熱する請求項1記載の製造方法。


【公開番号】特開2007−153759(P2007−153759A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−347783(P2005−347783)
【出願日】平成17年12月1日(2005.12.1)
【出願人】(000002886)大日本インキ化学工業株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】