説明

キメラタンパク質

【課題】E2(ユビキチン結合酵素)との選択的結合活性を有し標的タンパク質の必要なしにタンパク質のユビキチン化活性を示すタンパク質を提供する。
【解決手段】Cross-braceモチーフを有するドメインを含みE3(ユビキチンリガーゼ)ではないタンパク質の,Cross-braceモチーフ構成部分のアミノ酸配列であって,該モチーフの構成に与る特定なアミノ酸からなるアミノ酸配列の,該モチーフの構成に与る特定のアミノ酸の間を繋ぐアミノ酸配列又はその一端若しくは両端のアミノ酸各1個を除いた残り部分を,E3のCross-braceモチーフ構成部分のアミノ酸配列における該モチーフの構成に与る特定のアミノ酸の間を繋ぐアミノ酸配列で,又はその一端若しくは両端の各1個のアミノ酸を除いた残り部分で置換して得られるアミノ酸配列を含む,キメラタンパク質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はキメラタンパク質に関し,特に,酵素であるユビキチンリガーゼ(E3)のうちRING型E3が有するRINGドメイン中のヘリックス領域で,Cross-braceモチーフを有する他のタンパク質に由来する当該モチーフを構成するタンパク質断片において該ヘリックス領域に対応する部分を置換した形の,キメラタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
ユビキチン修飾系は,タンパク質の翻訳後修飾系であり,標的タンパク質のリジン残基にユビキチンを結合させる働きをする。この系は,E1(ユビキチン活性化酵素),E2(ユビキチン結合酵素)及びE3(ユビキチンリガーゼ)という3種の酵素より構成されており,E1は,ATP依存性にユビキチンとの間で高エネルギーチオエステル結合を形成することによりこれを活性化し,次いでE2にこれを転移する。活性化されたユビキチンをチオエステル結合で受け取ったE2は,E3と複合体を形成する。E3は,標的タンパク質に対する特異的結合部位を有しており,それにより当該タンパク質と結合し,その状態で,ユビキチンを,当該タンパク質のリジン残基のε−アミノ酸に結合させることにより,E2から当該タンパク質に移す。
【0003】
E3は,標的タンパク質に結合したユビキチンのリジン残基のε−アミノ基に,追加のユビキチンを結合させることができ,こうして複数のユビキチンが直鎖状にタンパク質に結合する(ポリユビキチン化)。標的タンパク質に結合したポリユビキチン鎖は,プロテアソーム内の特定の受容体により認識され,当該標的タンパク質のみがプロテアソーム系により分解され,結合していたユビキチンは,ユビキチン修飾系において再利用される。
【0004】
標的タンパク質のポリユビキチン化は,フォールディングが正常になされなかったタンパク質(ミスフォールドタンパク質)や不要になったタンパク質を細胞から除去する為に重要な役割であり,このシステムにより細胞内のタンパク質の品質管理が行われている。
【0005】
E3には,活性中心にRINGドメインを持つものがあり,それらはRING型E3と呼ばれている。RING型E3は,癌,パーキンソン病,関節リウマチなど多くの重篤な疾患に関わっている。例えば,パーキンソン病に関わるRING型E3はParkinと,また乳癌に関わるRING型E3はBRCA1と呼ばれ,これらの疾患に特有のものである。このように,各疾患ごとに特有のRING型E3が存在し,それらのRING型E3は,特定の疾患に特異的なタンパク質を標的として認識し,これをポリユビキチン化して除去する働きをしていると考えられている。また,全てのRING型E3の各々は,対応する幾つかのE2と選択的に結合し,RINGドメインがその特異性を決定している。
【0006】
RINGドメインは,一群の亜鉛結合タンパク質が有する特徴的なドメインの一つである。このドメインは,配位子として働く8個のアミノ酸で2個の亜鉛と配位結合することにより形成される,Cross-braceモチーフと呼ばれる構造的特徴部を有している。同モチーフの構成に与るそのそれら8個のアミノ酸のうち,先頭から(すなわち,タンパク質のアミノ末端側から見て)6番目と7番目のアミノ酸(システイン又はヒスチジン)の間が,螺旋状の構造を与えるヘリックス領域と呼ばれる部分である。E2との選択的な結合に与るのは,このヘリックス領域である。
【0007】
RINGドメインと同様にCross braceモチーフ及びE2との特異的な結合に与るヘリックス領域を有するが,2個の亜鉛との配位結合のうちどちらか一方が水素結合に置き換えられた形のタンパク質ドメインと,2個の亜鉛との配位結合が双方共に水素結合に置き換えられた形のタンパク質ドメインとが知られており,それぞれ,Mizドメイン及びUboxドメインと呼ばれている。Mizドメイン及びUboxドメインにおいて,亜鉛との配位結合の代わりに水素結合によってCross-braceモチーフの構成に与っているアミノ酸の代表的なものは,Cys,His,Ser,Thr,Glu,及びAspである。亜鉛との配位結合の代わりに水素結合よって構成されていても,そのことによるCross-braceモチーフの構造的違いは特になく,また,亜鉛の有無による機能的差異もない。従って,RINGドメイン,Mizドメイン及びUboxドメインは,活性化されたユビキチンを担持したE2及び標的タンパク質と結合して,標的タンパク質をポリユビキチン化するという機能において,等価である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Deshaies RJ, and Joazeiro CA., "RING Domain E3 Ubiquitin Ligases ", Annu Rev Biochem, 78, 339-434 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
RING型E3,Miz型E3又はUbox型E3が関わる何れかの疾患(例えば,乳癌等の癌等)に患者が罹患している場合,当該疾患に特異的なタンパク質に対するユビキチン修飾系の障害が背景に存在し,これには,同疾患に特異的なタンパク質を標的とするE3に結合する筈のE2に,何らかの障害が生じ,その結果,E3への結合性の低下や喪失が起こっているものと考えられる。E2とE3との結合は,E2上のユビキチンを標的タンパク質に転移させるために必要なステップであることから,例えば,患者の組織サンプルに特定疾患との関連が知られているE3と標的タンパク質とを試薬として添加し,標的タンパク質にユビキチンが結合するか否かをin vitroで調べることにより,E2とE3との結合の有無及び強さを調べてE2の異常の有無をチェックでき,これを通じて患者が特定の疾患に罹患しているか否かを診断することが可能な筈である。
【0010】
しかしながら,試薬としてE3を製造するには,様々な困難が予想される。すなわち,種々の疾患に対応するRING型E3の塩基配列及びアミノ酸配列が知られていることから,例えば,それらのデータを用いて遺伝子工学の手法により発現ベクターを構築し,それにより例えば大腸菌等のような宿主細胞を形質転換して,RING型E3を発現させ,単離,精製する,という方法を検討することはできる。しかしながら,一般に,この方法でタンパク質を発現させ,精製して単体で得るのは,技術的に容易でない。すなわち,目的のタンパク質の取得に必要な工程が多く,また試行錯誤を要するため,高いコストを要する。また,必ずしも首尾よく目的のE3を発現させられる保証はない。また,目的のタンパク質を発現させることができたとしても,宿主細胞と培地に由来する非常に多くの夾雑タンパク質から,目的のE3を高純度で精製するには,高度の技術と何段階にも及ぶ工程を要し,収率も低い。また発現したタンパク質が生理的条件で水に可溶性でない場合,精製は困難である。しかも,精製してE3が高純度で得られた場合でも,それが正しいフォールディングをしたものとなる保障もない。特にタンパク質のサイズが大きく構造が複雑である程,正しいフォールディングができない可能性は高まる。また,宿主細胞内での発現から最終生成段階までの過程における,タンパク質の変性の可能性という問題がある。これらに加え,遺伝子工学の手法では,目的タンパク質は水溶液の状態で得られるが,そのままでは不安定であり,長期保存には適さない。長期保存のためにこれを凍結乾燥に付すことは可能であるが,その場合,酵素タンパク質は,用いる添加物や凍結乾燥条件について,最適なものを探さないと,凍結乾燥に際して往々にして不安定化し活性が低下する。また,特定の疾患に関連した活性のある特定のE3が首尾よく製造できたとしても,コストの非常に高いものとなり,従って試薬のコストも非常に高くなってしまう。
【0011】
遺伝子工学の手法の代わりに,E3を化学合成できれば,これらの問題の幾つかは解消できる筈であるが,E3は,分子量が大き過ぎ,現在の技術では,到底,化学合成の対象たり得ない。
【0012】
また,たとえE3を遺伝子工学的に合成できたとしても,更に問題がある。すなわち,上記の方法でE3活性を確認するには,ユビキチンの受け手となる標的タンパク質も準備しなければならないが,それには,E3について上に述べたのと同様の問題があることである。
【0013】
この背景の下で本発明者は,E2との選択的結合活性を有し,しかもE2と結合したときに,標的タンパク質を必要とせずにタンパク質のユビキチン化活性を示すタンパク質を得ることを目的に検討を重ねた。
【0014】
特定の疾患関連タンパク質を標的タンパク質とするE3は,標的タンパク質への特異的結合性を有する部位を有すると共に,RINGドメイン(又は,MizドメインやUboxドメイン)中に,特定のE2に結合する部位(ヘリックス領域)を含んでいる。このため,E3の全長の代わりに,それらドメインのみを診断に用いるという可能性に,発明者は先ず着目した。しかしながらそのようなアプローチは,依然として問題が残る。それは,RINGドメイン(又は,MizドメインやUboxドメイン)は,標的タンパク質が反応系に存在しなければE2上のユビキチンを何処にも転移できない,という問題である。すなわち,反応系に標的タンパク質を添加しておかなければ,それらドメインに結合したE2上には,ユビキチンが結合した状態のまま留まり,それ以上の反応は起こらないため,タンパク質のユビキチン化が起こるか否かを確認できない。従って,RING型E3の全体ではなく,その一部分であるRINGドメインを疾患の診断に用いることができたとしても,標的タンパク質も準備する必要性は無くならず,その製造に伴う困難性とコストの問題は解決されない。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の問題点の解決に向けた検討において,本発明者は,他のタンパク質のCross-braceモチーフを有する種々のドメインに着目した。そして,それら種々のドメイン(例えば,PHDドメイン,FYVEドメイン,ZZドメイン,MYNDドメイン,Bboxドメインその他)を断片として取り出し,それらのアミノ酸配列において,2個の亜鉛に配位結合することによりCross-braceモチーフを構成している8個のアミノ酸(配位子)のうちの6番目と7番目との間にあるアミノ酸配列の全部又は大半を,RINGドメイン(又は,MizドメインやUboxドメイン)を構成するアミノ酸配列中のへリックス領域のアミノ酸配列(の全部又は大半)で置き換えた形のキメラタンパク質を作成することを着想した。これに従い,本発明者は,そのような小型のキメラタンパク質を化学合成して,その性質を調べた。その結果,キメラタンパク質は,E2との選択的結合性を維持していると同時に,E2と結合した状態で,自身のリジン残基のε−アミノ基にユビキチンを転移させることができることを見出した。本発明は,この発見に基づき,更に検討を加えて完成させたものである。
【0016】
すなわち,本発明は,以下を提供する。
1.Cross-braceモチーフを有する1個のドメインを含みユビキチンリガーゼ(E3)ではないものであるタンパク質(A)の,該Cross-braceモチーフを構成する部分のアミノ酸配列であって,該Cross-braceモチーフの構成に与る第1番目のアミノ酸から第8番目のアミノ酸までの部分のアミノ酸からなるものであるアミノ酸配列の,該Cross-braceモチーフの構成に与る第6番目のアミノ酸と第7番目のアミノ酸との間を繋ぐアミノ酸配列(A’)又は該アミノ酸配列(A’)の一端若しくは両端のアミノ酸各1個を除いた残り部分を,ユビキチンリガーゼ(E3)のCross-braceモチーフを構成する部分のアミノ酸配列における該Cross-braceモチーフの構成に与る第6番目のアミノ酸と第7番目のアミノ酸との間を繋ぐアミノ酸配列(B’)で,又は該アミノ酸配列(B’)の一端若しくは両端の各1個のアミノ酸を除いた残り部分で,置換して得られるアミノ酸配列を含んでなる,キメラタンパク質。
2.該ユビキチンリガーゼ(E3)が,RING型E3,Miz型E3又はUbox型E3である,上記1のキメラタンパク質。
3.該キメラタンパク質が,該タンパク質(A)由来の該Cross-braceモチーフを構成する第1番目のアミノ酸に及び/又は第8番目のアミノ酸にそれぞれ付加されたものである追加のアミノ酸を含むことができ,該追加のアミノ酸の個数が,該第1番目の及び/又は第8番目のアミノ酸のそれぞれの側において,10を超えないものである,上記1又は2のキメラタンパク質。
4.該キメラタンパク質が,該タンパク質(A)由来の該Cross-braceモチーフを構成する第1番目のアミノ酸に及び/又は第8番目のアミノ酸にそれぞれ付加されたものである追加のアミノ酸を含むことができ,該追加のアミノ酸よりなるアミノ酸配列が,該タンパク質(A)における該Cross-braceモチーフを構成する第1番目のアミノ酸に及び/又は第8番目のアミノ酸にそれぞれ隣接した部分のアミノ酸配列に一致するものであり,但し,該追加のアミノ酸よりなる配列が該タンパク質(A)に存在する他のドメインを含むまでには延びていないものである,上記1又は2のキメラタンパク質。
5.該追加のアミノ酸の個数が,該Cross-braceモチーフを構成する第1番目のアミノ酸に及び/又は第8番目のアミノ酸のそれぞれの側において,10を超えないものである,上記4又は2のキメラタンパク質。
6.該タンパク質(A)が亜鉛結合タンパク質である,上記1ないし5の何れかのキメラタンパク質。
7.該タンパク質(A)の該ドメインが,PHDドメイン,ZZドメイン,Bboxドメイン,FYVEドメイン,MYNDドメインよりなる群より選ばれるものである,上記1ないし5の何れかのキメラタンパク質。
8.該ユビキチンリガーゼ(E3)のアミノ酸配列(B’)が,配列番号2又は配列番号5〜14より選ばれるものである,上記1ないし7の何れかのキメラタンパク質。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば,特定の標的タンパク質を必要とすることなく,当該タンパク質に特異的なRING型E3,Miz型E3又はUbox型E3のそれらRINGドメイン,Mizドメイン又はUboxドメイン中のヘリックス領域と,これが選択的に結合する筈の生体サンプル中のE2との選択的結合の有無や強さ,及びユビキチン化活性の有無を,測定することができる。種々の疾患関連タンパク質その他の特定のタンパク質を標的タンパク質とするそれらのE3のヘリックス領域のアミノ酸配列は,別の特定のタンパク質を標的タンパク質とするE3のヘリックス領域のアミノ酸配列とは必ず相違する。従って,本発明のキメラタンパク質は,それ自身特定の標的タンパク質,例えば特定の疾患関連タンパク質に関連付けられており,患者サンプル中のE2における機能的異常の有無を特定の疾患との関連において検出できる。こうして,本発明のキメラタンパク質は,患者の組織サンプルを用いて当該疾患の有無を検出するための診断薬として使用することができる。更には,ユビキチン修飾系は,生物(ヒト等の動物並びに植物を含む真核生物)における広範なタンパク質の品質管理を担っており,既知の疾患関連タンパク質に止まらず,その他の種々のタンパク質の品質管理を通じて生体の生理的機能の調整を行っていると考えられることから,本発明のキメラタンパク質は,例えば,各種の生物における生理学的機能の研究や,医薬,農薬等の薬物の研究・開発におけるツールとしても,使用することができる。
【0018】
また,本発明のキメラタンパク質は,RING型E3(又はMiz型やUbox型)それ自体のような大きなサイズのタンパク質でなく,Cross-braceモチーフを含んだ1個のドメインを有する他のタンパク質の該ドメイン部分の配列と,その一部に置き換わるRINGドメイン等のヘリックス領域の配列とからなるか,あるいはこれに限られた個数のアミノ酸からなる追加の配列が一端又は両端に付加されたキメラタンパク質であり,サイズが小さい。そのため,本発明のキメラタンパク質においては,フォールディングのミスが生じる懸念が殆どない。またそのような小さなサイズのものであることから,化学合成は,自動化されている市販のペプチド合成装置を用いて簡単に行うことができ,夾雑タンパク質を実質的に含まず,ほとんど純粋な粉体として得ることができる。また生成物は粉体として得られるため,その状態で長期保存が可能である
更には,本発明のキメラタンパク質は,複数のドメインを含まないことから,E2への選択的結合以外に予想外の特異的な結合相手が存在して検査を妨害する,といった懸念がない。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は,Oryza sativaのユビキチンリガーゼのRINGドメインの,Cross-braceモチーフを構成するタンパク質領域のアミノ酸配列を示す。二重下線は,亜鉛に対し配位子として機能するアミノ酸残基を示し,一重下線を付した配列は,PHDドメインのアミノ酸配列を置換するのに用いた部分を示す。
【図2】図2は,Homo sapiensのタンパク質WSTFのPHDドメインの,Cross-braceモチーフを構成するタンパク質領域を含んだアミノ酸配列を示す。二重下線は,亜鉛に対し配位子として機能するアミノ酸残基を示し,下線を付した配列は,RINGドメイン中のヘリックス領域由来のアミノ酸配列によって置換される部分を示す。
【図3】図3は,得られたキメラタンパク質のアミノ酸配列を示す。二重下線は,亜鉛に対し配位子として機能するアミノ酸残基を示し,一重下線を付したアミノ酸配列は,置換により導入された配列を示す。
【図4】図4は,得られたキメラタンパク質の,種々のE2の存在下でのE3活性の有無及び強さを示すウエスタンブロッティングの図面代用写真。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のキメラタンパク質は,ユビキチンリガーゼ(E3)であるRING型(又はMiz型,Ubox型)E3のRINGドメイン(又は,Mizドメイン,Uboxドメイン)のCross-braceモチーフを構成するアミノ酸(すなわち,亜鉛に配位し又は水素結合を提供するアミノ酸)のうち先頭から第6及び第7番目のアミノ酸の間を繋ぐ部分であるヘリックス領域のアミノ酸配列を用い,これによりCross-braceモチーフを有する他の適宜のタンパク質の,当該モチーフを有するドメイン部分のアミノ酸配列の所定領域(Cross-braceモチーフを構成するアミノ酸のうち先頭から第6及び第7番目のアミノ酸の間を繋いでいる領域)を置き換えることことにより得られる。
【0021】
異なる標的タンパク質,例えば異なる疾患関連タンパク質に対応するE3のヘリックス領域のアミノ酸配列は,相互に異なっており,このため,異なったアミノ酸配列のヘリックス領域に結合する各E2もまた,そのようなヘリックス領域がこれに選択的に結合することを通じて,ヘリックス領域の起源であるE3が対応しているのと同一の標的タンパク質に関連付けられている。
【0022】
このことから,種々の疾患に関連するRING型(又はMiz型やUbox型)E3の各ドメイン中にあるヘリックス領域(多数のもののアミノ酸配列が当業者に周知である)のアミノ酸配列(その全長であっても,一端又は両端に位置する各アミノ酸を除いたものであってもよい)によって,他のタンパク質のCross-braceモチーフ例えば,Cross-braceモチーフを有する亜鉛結合タンパク質や,それらの亜鉛に配位するアミノ酸残基が水素結合を提供するアミノ酸残基に置き換わったものの,当該モチーフを有する領域のアミノ酸配列のうち,当該モチーフの構成に(配位子として又は水素結合を提供する残基として)与る8個のアミノ酸のうち先頭から第6番目のアミノ酸と第7番目のアミノ酸とを繋ぐアミノ酸配列(その全長でもよく,一端又は両端に位置する各アミノ酸を除いた部分であってもよい)を置換した形のアミノ酸配列を有するタンパク質を種々設計することができる。
【0023】
従って,本発明において,ヘリックス領域のアミノ酸としては,例えば,特定の疾患に対応づけられている周知のRING型(又はMiz型やUbox型)E3の当該領域のアミノ酸配列を,それぞれ選択して用いることができる。それにより,種々の疾患に対応したキメラタンパク質を得ることができる。
【0024】
本発明において使用できる,ユビキチンリガーゼ(E3)以外のタンパク質のCross-braceモチーフを有するドメインとしては,特に制限はなく,そのようなモチーフを有する適宜のタンパク質のものであってよい。本発明において,Cross-braceモチーフは,ヘリックス領域のためにキメラタンパク質全体の構造的安定性を確保できればよいからである。Cross-braceモチーフを有するドメインの例としては,PHDドメイン,FYVEドメイン,ZZドメイン,MYNDドメイン,及びBboxドメインがあげられる。これらは全て,RINGドメインと同様,2個の亜鉛と結合する配位子として機能する8個のアミノ酸を有し,それらのうち先頭から第6番目と第7番目のアミノ酸を繋ぐアミノ酸配列の全部又は大半を,RING(又はMiz,Ubox)ドメインのヘリックス領域のアミノ酸配列の全部又は大半で置換して,本発明のキメラタンパク質を作成することができる。
【0025】
本発明のキメラタンパク質は,Cross-braceモチーフを構成するアミノ酸配列〔配位子として機能するアミノ酸の1番目のものと8番目のもの〕のそれぞれ前及び/又は後に,付加された追加のアミノ酸配列を含んでいてもよい。少ない数のアミノ酸が付加されていてもCross-braceモチーフに保持されたキメラタンパク質の全体構造には,影響を及ぼさないからである。そのような追加のアミノ酸配列は,任意のアミノ酸を任意に並べることで構成してもよく,また,当該Cross-braceモチーフが起源とした元のタンパク質において同モチーフに隣接して存在しているアミノ酸配列と同一のものとしてもよい。
【0026】
追加のアミノ酸配列を任意のアミノ酸から構成する場合,追加するアミノ酸の個数に明確な上限はないが,本発明のキメラタンパク質とE2との選択的結合性に影響を与えるおそれを生じないことが好ましい。そのためには,通常,Cross-braceモチーフを構成するアミノ酸配列の前及び/又は後に付加される追加のアミノ酸配列中のアミノ酸の個数が,それぞれ10を超えないようにすればよい。従ってまた,それぞれ8を超えないように,或いはそれぞれ6を超えないように等,適宜設定してキメラタンパク質を設計することができる。
【0027】
追加のアミノ酸配列として,ユビキチンリガーゼ(E3)以外のタンパク質のCross-braceモチーフが起源とした元のタンパク質において同モチーフに隣接して存在しているアミノ酸配列と同一のものを選択する場合にも,追加されるアミノ酸の個数には明確な上限はない。従って,追加のアミノ酸配列は適宜の長さまで延びていてよいが,元のタンパク質に存在する他のドメインを含む程には延びていないようにすればよい。そうすることにより,本発明のキメラタンパク質が別の新たな選択的結合性を帯びることとなる可能性を排除できるからである。必須ではないが,より簡便には,Cross-braceモチーフを構成するアミノ酸配列の前及び/又は後に含まれる追加のアミノ酸配列中のアミノ酸の個数を,それぞれ10を超えないようにすればよい。そのような個数では別のドメインが本発明のキメラタンパク質に取り込まれるおそれがないからである。勿論,追加のアミノ酸の個数につき8を超えないよう又は6を超えないように設計してもよい。
【0028】
ヒトの各種疾患に対応づけられたユビキチンリガーゼ(E3)のヘリックス領域のアミノ酸配列の代表的な例としては,次の表1に示したものが挙げられる。これら,及び特定の疾患に対応づけられている限りその他のヘリックス領域のアミノ酸の何れも,本発明のキメラタンパク質を製造するために使用してよい。
【0029】
【表1】


【0030】
表1において,配列番号5〜13のアミノ酸配列はRING型E3からのものであり,配列番号14のそれはUbox型E3からのものである。
【0031】
本発明のキメラタンパク質は,アミノ酸残基数の少ないタンパク質であるため,化学合成により容易に製造することができる。タンパク質の化学合成の方法は,当業者に周知であり,合成装置も種々市販されており,それらのマニュアルに従って装置に必要情報を入力することによって自動合成を簡単に行うことができる。
【実施例】
【0032】
以下,実施例を参照して本発明を更に具体的に説明するが,当該実施例は単なる例示であって,本発明がこれに限定されることは意図しない。
【0033】
1.キメラタンパク質
(1)ドメインの選択
RING型E3の一例として,Oryza sativa(イネ)のユビキチンリガーゼ(タンパク質EL5)を選択した。そのRINGドメインの,Cross-braceモチーフを含む部分のアミノ酸配列を配列番号1及び図1に示す。この配列において,アミノ酸1,4,20,22,25,28,39及び42(図1において二重下線で示す。)の8個のアミノ酸残基が配位子として機能するものであり,これらのうち6番目(Cys28)と7番目(Cys39)の間を繋ぐアミノ酸配列(すなわち,Val Asp Met Trp Leu Gly Ser His Ser Thr:配列番号2)がヘリックス領域に相当する。
【0034】
ヘリックス領域からのアミノ酸配列の移植先となるドメインの一例として,Homo sapiens(ヒト)のタンパク質WSTFのPHDドメインの,Cross-brace領域を含んだ配列番号3のアミノ酸配列(図2)を選択した。この配列においてアミノ酸3,6,18,21,26,29,44及び47(図2において二重下線で示す。)の8個のアミノ酸が配位子として機能するものであり,これらのうち6番目(Cys29)と7番目(Cys44)の間にある14個のアミノ酸(すなわち,アミノ酸30〜43)よりなる配列(以下,「配列X」)は,機能不明のものである。なお配位子として機能する第1番目のアミノ酸残基の前(上流)にある2個のアミノ酸,及び配位子として機能する第8番目アミノ酸残の後ろ(下流)にある4個のアミノ酸は,何れも元のPHDドメイン由来のものである。
【0035】
(2)キメラタンパク質の設計
ヘリックス領域のアミノ酸配列(配列番号2)のうち,先頭の1残基を除いた残り(図1の一重下線を付した配列)を,上記PHDドメインの配列Xのうち先頭の1残基を除いた残り(図2の一重下線を付した配列)と置き換えたアミノ酸配列(配列番号4)よりなるキメラタンパク質を,下記のとおりにして化学合成した。
【0036】
(3)キメラタンパク質の化学合成
(i) 材料
(a) PyBOP: ヘキサフルオロリン酸 (ベンゾトリアゾール−1−イルオキシ)トリピロリジノホスホニウム
(b) HOBt: N−ヒドロキシベンゾトリアゾール
(c) NMM: N−メチルモルホリン
(d) ペプチド合成装置: PSSM−8(島津製作所製)
(ii) 方法
Fmoc固相法により,室温下ペプチド合成装置にて,PyBOP−HOBt−NMM(1:1:1.5)を用い,100μmolスケールで,配列番号4のアミノ酸配列よりなるキメラタンパク質を化学合成した。得られた反応物をメタノールで5回洗浄後,t−ブチルメチルエーテルで2回洗浄し,デシケーターに入れ,真空ポンプで24時間引きながら乾燥させた。
得られた乾燥物に,クリーベイジ試薬〔82.5%トリフルオロ酢酸(TFA),5%蒸留水,5%チオアニソール,3%エチルメチルスルフィド,2.5%エタンジオール,2%チオフェノール〕を1ml加えて室温下で8時間反応させることにより,脱保護を行った。反応溶液に,無水ジエチルエーテルを10ml加えて3400rpmで15分間遠心した後,上清を捨てた。この操作を5回繰り返した。遠心後に残ったペプチドのペレットに窒素をブローし,キメラタンパク質を得た。
【0037】
合成されたキメラタンパク質のアミノ酸配列(配列4)において,アミノ酸3,6,18,21,26,29,40及び43(図3において二重下線で示す。)の8個のアミノ酸残基が配位子として機能するアミノ酸であり,これらのうち6番目(Cys29)と7番目(Cys40)の間を繋ぐ10個のアミノ酸よりなる配列中,先頭の1個を除く9個のアミノ酸よりなる部分(図3において下線で示す。)が,RINGドメインのヘリックス領域由来配列である。
【0038】
(4)キメラタンパク質の精製
分析のため,上記で得られたキメラタンパク質を,5mlの10mM塩酸溶液:アセトニトリル(4:1)に溶解させて,HPLCにより以下の条件で精製した。
カラム:Shim-pack PREP-ODS 5μm,4.6mmx25cm(島津製作所製)
流速:12ml/分
移動相A:0.1%TFA水溶液
移動相B:0.1%TFAアセトニトリル溶液
勾配(移動相A/移動相B):75/25〜60/40(30分)
検出波長:220nm
精製後,その溶液を−80℃で24時間凍結乾燥させた。
【0039】
(5)透析
乾燥物を1mlの6M塩酸グアニジンに溶かし,脱気した溶液A(下記)に対して,室温にて2時間の透析を2回行った。次いで,これを溶液Aに対して4℃にて終夜透析した。
溶液A:20mMトリス塩酸緩衝液(pH6.9),50mM塩化ナトリウム,1mMジチオトレイトール,50mM塩化亜鉛
【0040】
(6)E3活性の確認
上記で得られたキメラタンパク質について,種々のE2との関係でのE3活性の有無及び強さについて調べた。活性測定には,Ubiquitinylationキット(BIOMOL社)を使用し,表2に従って,反応液を準備した。
【0041】
【表2】


【0042】
上記において,E2としては,次の11種類を用いた:UbcH1(His6-tagged), UbcH2(His6-tagged), UbcH3(His6-tagged), UbcH5a(His6-tagged), UbcH5b(His6-tagged), UbcH5c(His6-tagged), UbcH6(His6-tagged), UbcH7(His6-tagged), UbcH8(His6-tagged), UbcH10(His6-tagged), Ubc13/Mms2(His6-tagged)。なおこれらは何れもヒト起源のE2であるが,イネもそれらに対応するE2を有しているため,種の相違は問題とならない。
【0043】
表1の下記の組成に従って,すべての成分を混ぜ合わせ,37℃で1時間インキュベートした後,Non-reducing Gel Loading Buffer(キット内容をそのまま使用)を加えて,反応を終了させた(全22個)。この反応液につきSDS−PAGEを行った〔泳動緩衝液:25mMトリス,192mMグリシン,0.1%SDS),ゲル濃度10〜20%〕。
【0044】
次いでウエスタンブロッティングを行った。PVDF膜に1時間,150mAで転写した後,ブロッキング液(1%BSAを含むTBS−T*)でブロッキングを行った。
(注)TBS−T:25mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4),0.15M塩化ナトリウム,0.1%Tween−20
【0045】
抗体溶液として,ストレプトアビジン検出系のVECTASTAIN Elite ABCキット(VECTOR LABORATORIES社)を使用した。このキットのAおよびB液を2滴ずつ5mlのTBSに溶かして膜に添加した。
(注)TBS:25mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4),0.15M塩化ナトリウム
ウエスタンブロッティング検出試薬として,ECL試薬(GEヘルスケア社)を使用した。ECL試薬内のAおよびB液を1mlずつ混ぜて膜に添加し,発光検出装置LAS3000(FUJIFILM社)で検出を行った。
【0046】
次いで,ウエスタンブロッティング検出試薬のECL試薬(GEヘルスケア社)を用いて発光させ,検出装置LAS3000(FUJIFILM社)で検出を行った。この結果を図4に示した。図より,UbcH2, UbcH5a, UbcH5b及びUbcH5cでは明らかにポリユビキチン化が起こっており,作成したキメラタンパク質が強いE3活性を有していることが分かる。UbcH1及びUbcH3では,弱いE3活性が認められる。UbcH6及びUbcH13/Mms2でも,E3活性を有しているが,モノユビキチン化が起こっている。
このように,本発明のキメラタンパク質は,E2との選択的結合性及びE3活性(タンパク質のユビキチン化活性)を併せ持つことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のキメラタンパク質は,ヒトその他の動物における各種の疾患の診断のために,また医薬や農薬の研究・開発のツールとして,使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cross-braceモチーフを有する1個のドメインを含みユビキチンリガーゼ(E3)ではないものであるタンパク質(A)の,該Cross-braceモチーフを構成する部分のアミノ酸配列であって,該Cross-braceモチーフの構成に与る第1番目のアミノ酸から第8番目のアミノ酸までの部分のアミノ酸からなるものであるアミノ酸配列の,該Cross-braceモチーフの構成に与る第6番目のアミノ酸と第7番目のアミノ酸との間を繋ぐアミノ酸配列(A’)又は該アミノ酸配列(A’)の一端若しくは両端のアミノ酸各1個を除いた残り部分を,ユビキチンリガーゼ(E3)のCross-braceモチーフを構成する部分のアミノ酸配列における該Cross-braceモチーフの構成に与る第6番目のアミノ酸と第7番目のアミノ酸との間を繋ぐアミノ酸配列(B’)で,又は該アミノ酸配列(B’)の一端若しくは両端の各1個のアミノ酸を除いた残り部分で,置換して得られるアミノ酸配列を含んでなる,キメラタンパク質。
【請求項2】
該ユビキチンリガーゼ(E3)が,RING型E3,Miz型E3又はUbox型E3である,請求項1のキメラタンパク質。
【請求項3】
該キメラタンパク質が,該タンパク質(A)由来の該Cross-braceモチーフを構成する第1番目のアミノ酸に及び/又は第8番目のアミノ酸にそれぞれ付加されたものである追加のアミノ酸を含むことができ,該追加のアミノ酸の個数が,該第1番目の及び/又は第8番目のアミノ酸のそれぞれの側において,10を超えないものである,請求項1又は2のキメラタンパク質。
【請求項4】
該キメラタンパク質が,該タンパク質(A)由来の該Cross-braceモチーフを構成する第1番目のアミノ酸に及び/又は第8番目のアミノ酸にそれぞれ付加されたものである追加のアミノ酸を含むことができ,該追加のアミノ酸よりなるアミノ酸配列が,該タンパク質(A)における該Cross-braceモチーフを構成する第1番目のアミノ酸に及び/又は第8番目のアミノ酸にそれぞれ隣接した部分のアミノ酸配列に一致するものであり,但し,該追加のアミノ酸よりなる配列が該タンパク質(A)に存在する他のドメインを含むまでには延びていないものである,請求項1又は2のキメラタンパク質。
【請求項5】
該追加のアミノ酸の個数が,該Cross-braceモチーフを構成する第1番目のアミノ酸に及び/又は第8番目のアミノ酸のそれぞれの側において,10を超えないものである,請求項4のキメラタンパク質。
【請求項6】
該タンパク質(A)が亜鉛結合タンパク質である,請求項1ないし5の何れかのキメラタンパク質。
【請求項7】
該タンパク質(A)の該ドメインが,PHDドメイン,ZZドメイン,Bboxドメイン,FYVEドメイン,MYNDドメインよりなる群より選ばれるものである,請求項1ないし6の何れかのキメラタンパク質。
【請求項8】
該ユビキチンリガーゼ(E3)のアミノ酸配列(B’)が,配列番号2又は配列番号5〜14より選ばれるものである,請求項1ないし7の何れかのキメラタンパク質。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−93838(P2011−93838A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−249028(P2009−249028)
【出願日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【出願人】(509300902)
【出願人】(509300913)株式会社行医研 (1)
【Fターム(参考)】