説明

ギヤ歯面の異常診断方法及びこれを用いたギヤ歯面の異常診断装置

【課題】 ギヤの歯面の打痕や歯面の粗度(表面あらさ)不良によるギヤ単品の異常をかみ合い駆動時のギヤ振動信号の時系列解析により精度良く検出、判断できるギヤ診断手法及びその診断方法を用いたギヤ異常診断装置を提供することにある。
【解決手段】ギヤ単品駆動時に発生する振動加速度信号を計測し、次に振動加速度信号の時系列解析を行い、その推定信号と実測信号の残差の波高率や尖り度を求め、これらの変化を監視することで微小な打痕等のギヤ異常の判別(診断)ができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ギヤの歯面の表面あらさの不良や打痕があるか否かを検査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、現在自動車のトランスミッションなどに使用するギヤ単品を最終生産ラインで組み立てる前にギヤ単品の全数検査を行っている。その検査方法としては、熟練作業者の手作業や振動、音を利用した簡単なギヤ検査機で打痕、異物質などによるギヤの異常判別を行っている。しかし、判定のほとんどを聴き取りなどの作業者の経験や五感に頼っていることから、定量かつ的確な検査が困難である。また、この検査段階で検出できなかった異常ギヤについて、トランスミッションとして組み立て終わっての最終検査で異常な駆動音などによって発見された際には、すべて分解して異常を探し出すなどの膨大な労力を要する。歯面の表面あらさ不良や打痕は駆動時の騒音原因となり、特に歯車(ギヤ)の製造工程中や工程間の搬送中に、他のギヤや加工機器等と衝突し、歯面に打痕(凹部とその周囲に凸部が出来る)が出来、偶発的な原因による打痕の発生を防止することは困難である。
【0003】
なお、本願発明に関連する公知技術として次の特許文献1を挙げることが出来る。
【0004】
【特許文献1】特開2005―91232号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記したように、従来技術に係る歯車(ギヤ)の噛み合い打痕検知方法及びその装置は、トランスミッションとして組み立て終わっての最終検査で異常な駆動音などによる検査であり、不具合が発見された際には、すべて分解して異常を探し出すなどの膨大な労力を要する。
【0006】
このため、不具合の手直しには手間がかかり、これに係る費用は毎年莫大であり、大きな経済的な損失である。
【0007】
本発明は、このような点に鑑みてなされたものであり、その目的は、ギヤの歯面の表面あらさ不良や打痕等によるギヤ単品の異常を噛み合い駆動時のギヤ振動加速度信号の時系列解析により精度良く検出、診断できる新しいギヤ歯面の異常診断方法及びこれを用いたギヤ歯面の異常診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成する本発明の請求項1では、時系列解析の自己回帰AR(p)モデルを持ち、マスターギヤと診断対象ギヤとを噛み合わせて駆動モータにより回転駆動させた時に、発生する振動加速度を一カ所に設置された加速度センサで計測(観測)し、前記加速度センサで計測した振動加速度信号から前記自己回帰AR(p)モデルにより振動加速度の推定値を計算し、前記加速度センサで計測(観測)した振動加速度信号と、前記自己回帰AR(p)モデルにより計算された推定値との2信号の差(残差)を計算し、前記時系列解析の前記2信号の差(残差)の統計量の波高率又は尖り度を求め、これらの統計量の変化を監視することで前記診断対象ギヤの噛み合い歯面の表面あらさや微小な打痕等のギヤ歯面の異常の判別(診断)ができることを特徴とするギヤ歯面の異常診断方法である。
【0009】
請求項1の発明では、時系列解析の自己回帰AR(p)モデルから算出した加速度信号の推定値と実測値(測定値)との残差(ずれ)の変化を監視することで、ギヤ歯面の打痕や、歯面の微少な表面あらさ不良に起因する見かけ上打痕なしの正常ギヤと振動加速度波形に明確な違いがない不規則性のランダム信号の変化も捉えることができる。
【0010】
本発明の請求項2では、時系列解析の次数30である自己回帰AR(30)モデルを持ち、マスターギヤと診断対象ギヤとを噛み合わせて駆動モータにより回転駆動させた時に、発生する振動加速度を一カ所に設置された加速度センサで計測し、前記加速度センサで計測した振動加速度信号から前記自己回帰AR(30)モデルにより振動加速度の推定値を計算し、前記加速度センサで計測した振動加速度信号と、前記自己回帰AR(30)モデルにより計算された推定値との2信号の差(残差)を計算し、前記時系列解析の前記2信号の差(残差)の統計量の波高率又は尖り度を求め、これらの統計量の変化を監視することで前記診断対象ギヤの噛み合い歯面の表面あらさや微小な打痕等のギヤ歯面の異常の判別(診断)ができることを特徴とするギヤ歯面の異常診断方法である。
【0011】
請求項2の発明では、時系列解析の自己回帰AR(30)モデルから算出した加速度信号の推定値と実測値(測定値)との残差(ずれ)の変化を監視することで、ギヤ波面の打痕や、歯面の微少な表面あらさ不良に起因する見かけ上打痕なしの正常ギヤと振動加速度波形に明確な違いがない不規則性のランダム信号の変化も捉えることができる。
【0012】
本発明の請求項3では、時系列解析の次数30である自己回帰AR(30)モデルを持ち、マスターギヤと診断対象ギヤとを噛み合わせてギヤ歯面の異常診断装置本体に組み込み、駆動モータにより回転駆動させた時に発生する振動加速度を一カ所に設置された加速度センサで計測(観測)し、この加速度センサが検出した振動加速度信号を増幅するセンサアンプと、増幅された振動加速度信号を内蔵するA/Dコンバータにより、例えば12〜24ビットのデジタル信号に変換するモジュールタイプ信号入出力ユニットを経由して信号処理PC内に取り込み、前記自己回帰AR(30)モデルにより計算された前記振動加速度信号の推定値と、前記加速度センサで計測した前記振動加速度信号の測定値との2信号の差(残差)を計算し、前記時系列解析の前記2信号の差(残差)により統計量の波高率又は尖り度を求め、これらの統計量の変化を記憶装置33に記憶させたり、ディスプレイ50に表示したり、プリンタ60に出力したりして、監視することで前記診断対象ギヤの噛み合い歯面の表面あらさや微小な打痕等のギヤ歯面の異常の判別(診断)ができることを特徴とするギヤ歯面の異常診断装置である。
【0013】
請求項3の発明では、時系列解析の自己回帰AR(p)モデルから算出した加速度信号の推定値と実測値(測定値)との残差(ずれ)の変化を監視することで、ギヤ波面の打痕や、歯面の微少な表面あらさ不良に起因する見かけ上打痕なしの正常ギヤと振動加速度波形に明確な違いがない不規則性のランダム信号の変化も捉えることができる。
【0014】
そして、本発明のギヤ歯面の診断方法及びギヤ歯面の診断装置は、特に、ランダム信号の小さな変動を数学的モデルパラメータの変化として捉えられる時系列モデル解析手法を適用することで今まで周波数解析や振幅解析では非常に検出困難だった歯面の粗度(表面あらさ)や微小の打痕(例えば3μm以下の打痕)などのギヤ歯面の異常の検出に有効である。
【発明の効果】
【0015】
本願発明で新しく提案した異常診断手法は、計測した振動加速度の時系列モデルから算出した推定信号と実測信号との残差(ずれ)を統計量である波高率(cresto factor)や尖り度(kurtosis、平均のまわりの4次の積率をσで割ったもの(σ:標準偏差である。))を監視することでギヤの異常検出を行うものである。そして、本願発明では、現場のギヤ単品検査段階で、誰でも定量的数値で簡単かつ正確に打痕や歯面粗度(表面あらさ)不良などのギヤ歯面の異常を判定できる信号処理PC(パーソナルコンピュータ)ベースのギヤ打痕診断システムを提供する。
【0016】
この時系列解析による診断方法(手法)は、従来からよく用いられている統計解析によるギヤの異常診断に比べ診断感度が高く、今まで全く検出できなかった3μm以下のギヤの歯面の微小な打痕等の異常も十分に判別できることが分かった。また、統計解析では判定困難であった歯面粗度(歯の表面あらさ)不良によるギヤの異常も十分な精度で的確に判定することができて極めて有効な診断手法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しながら詳細に説明する。
【0018】
(診断方法)
図1に示すギヤ歯面異常診断装置1は、基準器となる正常ギヤであるマスターギヤBと検査対象ギヤCとを互いに噛み合わせて組み込み、駆動モータDにて回転駆動させ得るギヤ歯面の異常診断装置本体2と、キーボード40からのスタート指令により、前記ギヤ同士を回転駆動させた時に発生する振動加速度を、発生源に近い一カ所に設置して計測(観測)させるための加速度センサAと、この加速度センサAが検出した振動加速度信号を増幅するセンサアンプEと、増幅された振動加速度信号を内蔵するA/Dコンバータにより、例えば12〜24ビットのデジタル信号に変換するモジュールタイプ信号入出力ユニットFと、測定した振動加速度信号であるデジタル信号を取り込み、補助記憶装置(HDD、FDD)33bに保管されているプログラムに従って、制御部32の管理の下に、主記憶装置33に一時記憶し、中央処理装置30に提供し、演算部31を介してプログラムされた時系列解析の自己回帰AR(p)モデルにより計算された推定値と測定値との2信号の差(残差)を計算し、前記時系列解析の前記2信号の差(残差)の統計量であるパラメータの波高率又は尖り度を求め、そのパラメータ(推定値と測定値との2信号の差(残差)の統計量の波高率又は尖り度)の変化を、入力装置であるキーボード40や、マウス40bの指示により、補助記憶装置33bに記憶させたり、出力装置であるディスプレイ50に表示したり、プリンタ60に出力したりする信号処理PC(パーソナルコンピュータ)Gとを具備し、前記パラメータの変化を監視することで歯面の微少な打痕や歯面の粗度(歯面の表面あらさ)の不良等のギヤ歯面の異常の判別(診断)ができることを特徴とするギヤ歯面の異常診断方法である。
【0019】
図14は、ギヤ歯面の診断装置1のブロック図を示す。図1、図14に図示されていないが信号処理PCのG、ギヤ歯面の異常診断装置本体2等には商用電源に接続された電源装置により各部に必要な電源が供給されている。
【0020】
ギヤ歯面の異常診断装置1のギヤ歯面の異常診断装置本体2を詳述すると、下面部に防振脚4を設けた基台3上において、モータ軸5にモータプーリ6を有する駆動モータDを図示してない防振ゴムを介して基台3上にボルトにて取り付けてある。そして、基台3上の左右端部において図示してない防振ゴムを介して基台3上にボルト等により固着された左右の支持枠7,8に、支えられ固着されている上板9が設けられている。尚、これらの図示されてない防振ゴムは、駆動モータD自身の振動が、基台3や左右の支持枠7,8を介して上板9に伝播しないようにして、第2の支持部材20(鉄系素材製)の側面の一カ所に取り付けられる加速度センサAにより駆動モータD自身の振動加速度が検出されないようにしている。
【0021】
そして、上板9の略中央部にて、この上板9を貫いた第1の支持部材10が上板9にボルト等にて固着されている。第1の支持部材10は中心部が中空となっており、その中空部を駆動軸11が上下方向に貫き、その駆動軸11の上下端部近傍は第1の支持部材10の上下端部に設けられた軸受けに支承され回動自在に支持されている。そして、駆動軸11の下方端部に、モータプーリ6に対応する従動プーリ15が固着され、モータプーリ6と従動プーリ15とにベルト16(滑りの少ない静粛な動力伝達可能なベルトが望ましく、ここではVベルトとした。)を巻き掛けてある。更に、駆動軸11の上端部には雄ねじが設けられ、診断対象ギヤCがナット17にて着脱可能に設けてある。
【0022】
更に、上板9には、第1の支持部材10と駆動軸11に並行して、この上板9を貫いた第2の支持部材(鉄系素材製)20がボルト等にて固着されて設けてある。この第2の支持部材20も第1の支持部材10と同様に中心部が中空となっていて、その中空部を従動軸21が上下方向に貫いていていると共に、その上下端部近傍に設けられた軸受けに支承され回動自在となっている。そして、従動軸21の上端部には雄ねじが設けられ、マスタギヤBがナット24にて着脱可能に設けてある。更に、このマスタギヤBが取り付けられている従動軸21を回動自在に支持していて前記上板9を貫いてボルト等にて固着されている第2の支持部材20は、駆動軸11に対して従動軸21を近づけたり遠ざけたりして中心距離を移動可能に取付出来、これによりマスタギヤBと診断対象ギヤCとのかみ合いを適正に調整し得る構造となっている。
【0023】
ギヤ診断は、基準器となるマスターギヤBと検査対象ギヤCを図1に示すようにギヤ歯面の異常診断装置本体2上に組み込み、マスターギヤBが取り付けられている第2の支持部材(鉄系素材製)20の側面の一カ所に加速度センサAをマグネットベース27にて取り付けて診断を行った。このマグネットベース27で取り付ける加速度センサAは第1の支持部材10の側面でもよい。この加速度センサAの取付場所はマスターギヤBと検査対象ギヤCとのかみ合い時に発生する振動加速度の発生源に近い所が望ましい。ここで、マスターギヤ(正常なギヤ)Bは、事前に検査員によって確認された打痕なし、表面仕上げが良好な基準器となるギヤ歯面が正常なギヤ(歯車)である。
【0024】
今回では、検査対象ギヤCとしては、事前に官能検査の検査員によって正常(打痕なし)、異常(打痕あり、歯面粗度(表面あらさ)不良)の判定が下された3種類(A型:歯数30、標準ピッチ円径52.93、歯の全高4.753、D型:歯数53、標準ピッチ円径99.86、歯の全高3.982、HA型:外形寸法等は前記A型と同一で、歯の表面あらさが相違するギヤ)のギヤを選定し、診断を行った。
【0025】
本診断ではキーボード40からのスタート指令により駆動モータDを500rev/minの一定回転数で駆動させ、その時、マスタギヤBと診断対象ギヤCとのギヤ同士のかみ合い時に発生するギヤの半径方向の振動加速度が加速度センサAにより検出される。その後、検出信号(測定信号)はセンサアンプEで増幅され、モジュールタイプ信号入出力ユニットFにて内蔵されるA/Dコンバータにより、例えば12〜24ビットのデジタル信号に変換されて、バスライン34を経由して、信号処理PC(パーソナルコンピュータ)Gに取り込まれる。その際モジュールタイプ信号入出力ユニットFのA/D変換のサンプリング周波数は5.12kHzである。そして、その測定信号は補助記憶装置33bに保管されているプログラムに従って、制御部32の管理の下に、主記憶装置33に一時記憶され、中央処理装置30に提供され、演算部31を介してプログラムされた時系列解析の自己回帰AR(p)モデルにより信号処理や解析、診断が行われる。すなわち、時系列解析の自己回帰AR(p)モデルにより計算された推定値と測定値との2信号の差(残差)を計算し、前記2信号の差(残差)の統計量であるパラメータの波高率又は尖り度を求めて、そのパラメータ(推定値と測定値との2信号の差(残差)の統計量の波高率又は尖り度)の変化を入力装置であるキーボード40や、マウス40bの指示により、補助記憶装置33bに記憶させたり、ディスプレイ50に表示したり、プリンタ60に出力したりして、監視することで歯面の微少な打痕や歯面の粗度(表面あらさ)不良等のギヤ歯面の異常の判別(診断)を行った。勿論、信号処理PC(パーソナルコンピュータ)Gは、記憶容量や処理スピードが適切であればデスクトップタイプのコンピュータでも、ノート型パソコンでも良い。
【0026】
(時系列モデル解析手法)
本解析では、ギヤ同士の噛み合い時に発生する振動加速度信号を時系列解析のAR(autoregressive model:自己回帰)モデルによって表現することを試みる。
【0027】
時系列解析の自己回帰AR(p)モデルとは、ある時点における出力(xn)が過去の出力の線形結合(xn-1, xn-2---xn-p)と現在の入力(ωn)の和として得られるシステムを表すモデルであり、時系列解析を行う際に一般的に用いられ、次のように表される。ここで、pは次数、aiはモデルパラメータ(回帰係数)、ωnは白色雑音系列(white noise ホワイトノイズ)である。
【数1】

【0028】
計測(測定)時に振動系からの振動加速度などの出力のみが入手可能な場合には、入力を白色雑音信号(white noise ホワイトノイズ)とみなした時系列モデルによる解析が有効である。
【0029】
一方、時系列解析の自己回帰AR(p)モデルの次数pの決定は、正常ギヤに対して検査対象ギヤの噛み合い時に発生し、測定(計測)した振動加速度の時系列データxnと次数pを増加させながら時系列解析の自己回帰AR(p)モデルで推定した値と測定値との差(残差、ずれ)を求め、その誤差の自己相関(autocorrelation function:ACF)および偏自己相関 (partial autocorrelation function:PACF)が白色雑音(white noise ホワイトノイズ)になるように選べばよい。ここで白色雑音は,平均がゼロで、分散が正規定常分布を示すもので、タイムラグがゼロの時を除けば自己相関がゼロと仮定する信号である。
【0030】
本時系列解析で得られた自己回帰AR(p)モデルの最適次数pは30である。図2は自己回帰AR(30)の時系列モデルから算出した推定値と実際に正常ギヤと測定対象ギヤとの噛み合い駆動時に測定された信号の残差(ずれ)の自己相関 (ACF)と偏自己相関 (PACF)を示す。このとき、ACF、PACF値にピークがなく完全な雑音に近いほどモデルの精度が良いことを意味する
【0031】
図2(a)、(b)の横軸はタイムラグ値、縦軸はACF値(自己相関係数)およびPACF値(偏自己相関係数)である。図2を見るとほぼ信頼限界内に収まっており、得られた自己回帰AR(30)の時系列モデルが十分な精度を有していることがわかる。このとき、時系列解析の自己回帰AR(30)モデルのパラメータa1、a2、----- 、a30は補助記憶装置33bに保管されているプログラムに従って、最尤法(Maximum likelihood method)を用いて求める。
【0032】
本時系列解析では、時系列の振動加速度データから自己回帰AR(p)モデルの次数P、推定値と実測値の残差(ずれ)及びモデルパラメータ(a1、a2、----- 、a)の算出は補助記憶装置33bに保管されているプログラムに従って行い、モデルの次数Pは30、及びモデルパラメータ(a1、a2、----- 、a30)を求めた。
【0033】
時系列解析に用いるデータ数は32,768点とした。データ採取時間の長さについては、ある程度長時間のデータを用いる方が望ましいため、モータD(500rev/min)や検査対象(診断対象)ギヤCの回転数を考慮して6〜8秒間とした。これは検査対象ギヤCが3回程回転する時間に相当する。さらに、今回のギヤ歯面の異常診断の実験では、ギヤの形状(はすば歯車 helical gear)によって、回転方向による力の伝達方向が異なっていることから回転方向を時計方向(cw)と反時計方向(ccw)の2つの方向における振動加速度信号を測定し異常診断を行った。
【0034】
(時系列モデル解析による異常診断結果)
前述のように、正常ギヤに対する検査対象ギヤCの噛み合い時の振動加速度信号が時系列解析の自己回帰AR(30)モデルとして表現できることがわかった。ここでは、補助記憶装置33bに保管されているプログラムに従って、時系列解析の自己回帰AR(30)モデルから算出した推定信号値と実際の加速度信号値(実測信号値又は測定信号値)とのズレ(残差)を監視することで、ギヤ打痕やギヤの歯の表面あらさの異常の有無の判断を行う。
【0035】
すなわち、打痕のサイズが非常に小さい場合は推定信号値と実測信号値との残差(ずれ)は小さいが、比較的大きい打痕や歯面(表面あらさ)不良などが存在する場合は実測信号に含まれる非線形的要素が増大して残差(ずれ)が大きくなる。このような残差(ずれ)の変動を捉えてギヤの異常を診断する。図3に残差を求める方法を模式的に示す。(ただし、yiは式(1)のxiに相当するものである。)
【0036】
本願発明では、時系列解析による残差(ずれ)を、統計パラメータである波高率(crest factor)および尖り度(kurtosis)を用いて表し、ギヤの異常判定を行っている。波高率(crest factor)は波形の波の高さの指標で、尖り度(kurtosis)は振動の波形がいかに衝撃的であるか、または波形がいかに尖っているかを示す値である。転がり軸受やギヤ装置に局部的な欠陥があると、その信号は衝撃的になることから転がり軸受やギヤ装置の診断に盛んに利用されている。しかし、時系列解析を使用しない統計量だけの診断では、微小の打痕(例えば3μm以下の打痕)や波形で特徴的な衝撃性のピークが見られないギヤ歯面の粗度(表面あらさ)などの異常の検出は困難であった。(後出、図13の説明参照)
【0037】
(統計解析による異常診断)
ここでは、本願発明に係る時系列解析を用いた診断方法と、従来から用いられている統計的解析の診断方法を比較するために、尖り度(kurtosis)、歪み度(skewness)および波高率(crest factor)といった統計解析によるパラメータを用いる。これらパラメータは以下のように定義できる。
一般に、時系列信号x(t)の確率密度関数をp(x)とすると、時系列信号x(t)の期待値あるいは平均値μは、次式で表すことができる。
【数2】

【0038】
p(x)の平均値周りのk次モーメントは、次式となる
【数3】

【0039】
式(3)のk次モーメントを離散系で表現すると次式のようになる。ここで、Nはデータ数、kはモーメントの次数である。
【数4】

【0040】
また、標準偏差σは、次式のようになる。
【数5】

【0041】
以上を用いて歪み度(skewness)、尖り度(kurtosis、平均のまわりの4次の積率をσで割ったもの(σ:標準偏差である。))および波高率(crest factor)は以下のように定義できる。ただし、式(8)中のMax peakは時系列波形中の最大値を示す。

【数6】

【0042】
(代表的なギヤ状態別振動信号波形)
図4、5、6に、図1のマスターギヤBに対して、打痕あり、打痕なしのギヤ(A型、D型)及び歯面粗度(歯の表面あらさ)不良のギヤ(HA型)をかみ合わせて一定の速度で回転させた際に得られた代表的な時系列信号の振動加速度の測定波形をそれぞれ示す。
【0043】
図4、5から、打痕なしと判定されたギヤの場合は、振動波形の大きな乱れは見られなかったが、打痕ありと判定されたものの場合は振動波形に規則的(周期的な)な衝撃性のピークが見られた。これは、ギヤの歯面に打痕などの局部的な欠陥が存在するときに見られる典型的な現象である(規則的(周期的な)な衝撃性のピークが見られる。)。この図によりギヤに比較的大きい打痕などのキズが存在する場合は、時間信号(時系列信号の振動加速度)の測定波形の様相からギヤ異常は判定できる。
【0044】
一方、図6には歯面粗度(歯の表面あらさ)不良による時系列信号の振動加速度の測定波形を示しており、打痕ありギヤの波形(図4,5)と比べて全体的に振幅が約3倍ほど大きくなっていることがわかる。しかし、波形では特徴的な衝撃性のピークはなく、見かけ上打痕なしのギヤA型、D型の波形様相との違いは認められない。
【0045】
以下に時系列解析を用いたギヤの異常診断結果と、比較のために統計解析による診断結果を示す。
【0046】
(振動加速度信号の時系列解析によるギヤ診断)
ここでは、前述で示した自己回帰AR(30)モデルから算出した推定信号と実際の加速度信号(実測信号)との残差を用いてギヤの状態診断を行った結果を示す。評価には統計パラメータの一つである波高率および尖り度を用いて残差を表している。
【0047】
A型ギヤにて、図7(a)、(b)に測定した6.4秒間の32,768データ点を用いて計算した残差(ずれ)の波高率および尖り度を、事前に検査者によって打痕なしと判定されたギヤ(ギヤ番号2)における残差の波高率と尖り度で割って標準化した値を示す。(ギヤ番号2の正常ギヤを基準とした。)
【0048】
この図から波高率によるギヤ異常の判定感度が尖り度の方より高いことがわかる。すなわち、両者のある診断基準(ここでは、診断基準値は、波高率では、正常ギヤに対して算出した値を1とした場合、これより1.5倍以上大きくなった場合、尖り度の場合は、正常値の約2倍以上大きくなった場合をそれぞれ異常と仮定した)値からギヤの打痕があるか、ないかを判定する場合、標準波高率では全体23個のサンプル中から17個のギヤにサイズの大小はあるものの打痕ありの判定を示す(図7(a))が、標準波尖り度の場合は、10個のサンプルで異常があることを示している(図7(b))。
【0049】
この判定結果は図4のように比較的大きい打痕がギヤの歯面に存在し、信号波形に規則的な衝撃性のピークが見られる場合では尖り度による異常判定ができるが、打痕が小さい場合は対応する尖り度から正常なギヤと区別し異常判定は困難であることを示唆する。(全体23個のサンプル中から、10個のサンプルで異常としか認められないためである。)これに対して、波高率は打痕などのキズが小さい場合でも感度よくギヤの異常判定が可能であることがわかる。(全体23個のサンプル中から、17個のサンプルで異常と認められるためである。)
【0050】
一方、図8(a)、(b)にD型ギヤに対して調べた残差の標準波高率と標準尖り度を示す。この図より、ギヤ番号1の正常ギヤを基準とすると、A型ギヤ(図7(a)、図7(b))でみられる結果と同様に、残差の波高率や尖り度を用いることでギヤ異常の判定ができることがわかる。また、A型ギヤでみられる結果と同様に、尖り度と比べて波高率による異常判定の感度が少々高い傾向を示していることがわかる。
【0051】
図9(a)、(b)には歯面粗度(歯の表面あらさ)不良のギヤHAに対して行った診断結果を示す。この図より、ギヤ番号6の正常ギヤを基準とすると、すべてのギヤに対して波高率や尖り度が大きい値を示し、異常という判定結果が見られた。これらのギヤに対しては、事前に熟練者の検査者によって異常も判断されたものである。
【0052】
一方、歯面粗度(歯の表面あらさ)不良のギヤHAの場合は、判定結果は同じであるが、A型、D型と違って、尖り度による異常判定の方がより感度が高いことが認められる。これは、歯面粗度(歯の表面あらさ)不良のギヤHA 型が、A型、D型ギヤのように打痕がある場合の波形で見られる顕著な衝撃性のピークがなく、全体的にランダムな不規則の波形を示していることと関連があると考えられる。
【0053】
以上の結果から、時系列モデルから算出した推定信号(推定値)と実際の振動加速度信号(測定値)との残差を監視することで、打痕や歯面粗度(歯の表面あらさ)不良などによるギヤ異常診断が可能であることがわかる。
【0054】
(ギヤ歯面における打痕の大きさの測定結果)
図10に代表的なA型ギヤに対して歯面に生じた打痕を表面粗さ測定器で調べた結果を示す。(図中の粗さ曲線が基準線より上にあると打痕が存在することである)。この図からギヤ番号7の場合は2μm、番号8の場合は2.5μm、番号19では1μm、番号21では1.5μm程度の小さい打痕が存在することが確認できた。本診断では、ギヤ番号7については検査者によって打痕ありと判定されたものの、それ以外のギヤ番号8、番号19、番号21については検査者によって打痕の存在が確認できなく、正常と判断されたものであった。(図7(a)において、ギヤ番号7、ギヤ番号8,ギヤ番号19、ギヤ番号21の場合の波高率では各々異常となっていることが読み取れる。)
【0055】
このように3μm以下の微小な打痕を有するギヤに対しては、熟練の検査者の五感や経験によっても打痕があるかないかの判定は非常に難しいことがわかる。これに対して、図7(a)において、ギヤ番号7、ギヤ番号8,ギヤ番号19、ギヤ番号21の場合の波高率では各々異常となっていることが読み取れる。
【0056】
(時系列解析と統計解析によるギヤ判定(診断)結果の比較)
図11〜13にA型、D型、HA型ギヤについて求めた振動加速度信号の時系列解析と統計解析による異常判定結果を示す。
【0057】
これらの図より、ギヤ形態に関係なく全体的に時系列解析による判定が統計解析と比べ感度が高いことがわかる。特に、打痕や表面粗さの程度が大きくなるにつれて、時系列解析によるギヤ異常判定の感度はより大きくなる傾向を示しており、明確に異常診断ができる。
【0058】
図10のA型ギヤについて、表面あらさ測定器の測定値において打痕のサイズが3μmより小さい番号7、21ギヤの場合、統計解析から正常か否かを的確に判定することは困難であるが、時系列解析では、打痕なしの正常な場合と区別して異常判定が可能となることがわかる。7(a)において、ギヤ番号7、ギヤ番号21の場合の波高率では各々異常となっていることが読み取れる。
【0059】
また、図11より従来、軸受けやギヤなどの異常判定とよく用いられている尖り度、ひずみ度(本願発明では、これによる判定結果は尖り度の結果とほぼ同一な結果を示したので、尖り度による結果を用いた)と比べて波高率を用いた異常判定の感度は高いことがわかる。
【0060】
従って、ギヤ打痕異常を判定する場合では、尖り度より波高率を用いて異常判定を行うことがより有効であるといえる。
【0061】
一方、図12のD型ギヤにおける異常判定の場合でも、時系列モデルから算出した推定信号と実際の振動加速度信号との残差の波高率による異常判定の感度が一番高いことがわかる。
【0062】
図13には、歯面粗度(歯の表面あらさ)不良による異常ギヤに対して統計解析や時系列解析によるギヤ異常診断を行った結果を示す。
【0063】
この図13より、A型、D型ギヤの打痕異常のように局部的な欠陥の存在により生じる衝撃性のピークがほとんど見られないHA型ギヤの場合は、従来の統計解析による方法では正常な場合と区別し、歯面粗度(歯の表面あらさ)不良によるギヤ異常を的確に判定することは困難であることがわかる。
【0064】
これに対して、時系列解析による方法では、十分な精度で歯面粗度(歯の表面あらさ)不良による異常を確実に捉えることができる。これは、時系列モデルから算出した推定信号と実測信号とのズレ、すなわちモデルの変化を監視することで、見かけ上打痕なしの正常ギヤと波形に明確な違いがない不規則性のランダム信号の変化も捉えることができるためである。
【0065】
本願発明では、現場のギヤ単品検査段階で、誰でも定量的数値で簡単かつ正確に打痕や歯面粗度(歯の表面あらさ)などのギヤ異常を判定できる信号処理PCのGベースのギヤ打痕診断システム1を提供する。本願発明で新しく提案した異常診断手法は、計測した振動加速度の時系列モデルから算出した推定信号と実測信号との残差の波高率や尖り度を監視することでギヤ異常検出を行うものである。
【0066】
この診断手法は、従来からよく用いられている統計解析による異常診断に比べ診断感度が高く、今まで全く検出できなかった3μm以下の微小な打痕異常も十分に判別できることが分かった。また、統計解析では判定困難であった歯面粗度(歯の表面あらさ)不良によるギヤ異常も十分な精度で的確に判定することができて便利である。
【0067】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明の範囲は、これに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は各種ギヤを製造、販売する産業分野で利用することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】ギヤ歯面の異常診断装置を示す図
【図2】AR(30)モデルによる推定値と実測値との残差のACF値及びPACF値
【図3】残差(ずれ)を求める方法の模式図
【図4】A型ギヤにおける代表的な時間信号の波形
【図5】D型ギヤにおける代表的な時間信号の波形
【図6】HA型ギヤにおける代表的な時間信号の波形
【図7】図7(a) A型ギヤにおける残差の標準波高率 図7(b) A型ギヤにおける残差の標準尖り度
【図8】図8(a) D型ギヤにおける残差の標準波高 図8(b) D型ギヤにおける残差の標準尖り度
【図9】図9(a) HA型ギヤにおける残差の標準波高率 図9(b) HA型ギヤにおける残差の標準尖り度
【図10】代表的なA型ギヤの歯面に生じた打痕の測定結果
【図11】A型ギヤにおける統計解析結果と時系列解析結果の比較
【図12】D型ギヤにおける統計解析結果と時系列解析結果の比較
【図13】HA型ギヤにおける統計解析結果と時系列解析結果の比較
【図14】ギヤ歯面の診断装置のブロック図
【符号の説明】
【0070】
A…加速度センサー、B…マスターギヤ、C…診断対象ギヤ、D…駆動モータ、E…センサアンプ、F…モジュールタイプ信号入出力ユニット、G…信号処理PC(パーソナルコンピュータ)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
時系列解析の自己回帰AR(p)モデルを持ち、マスターギヤと診断対象ギヤとを噛み合わせて駆動モータにより回転駆動させた時に、発生する振動加速度を一カ所に設置された加速度センサで計測し、前記加速度センサで計測した振動加速度信号から前記自己回帰AR(p)モデルにより振動加速度の推定値を計算し、前記加速度センサで計測した振動加速度信号と、前記自己回帰AR(p)モデルにより計算された推定値との2信号の差(残差)を計算し、前記時系列解析の前記2信号の差(残差)の統計量の波高率又は尖り度を求め、これらの統計量の変化を監視することで前記診断対象ギヤの噛み合い歯面の表面あらさや微小な打痕等のギヤ歯面の異常の診断ができることを特徴とするギヤ歯面の異常診断方法。
【請求項2】
時系列解析の次数30である自己回帰AR(30)モデルを持ち、マスターギヤと診断対象ギヤとを噛み合わせて駆動モータにより回転駆動させた時に、発生する振動加速度を一カ所に設置された加速度センサで計測し、前記加速度センサで計測した振動加速度信号から前記自己回帰AR(30)モデルにより振動加速度の推定値を計算し、前記加速度センサで計測した振動加速度信号と、前記自己回帰AR(30)モデルにより計算された推定値との2信号の差(残差)を計算し、前記時系列解析の前記2信号の差(残差)の統計量の波高率又は尖り度を求め、これらの統計量の変化を監視することで前記診断対象ギヤの噛み合い歯面の表面あらさや微小な打痕等のギヤ歯面の異常の診断ができることを特徴とするギヤ歯面の異常診断方法。
【請求項3】
時系列解析の次数30である自己回帰AR(30)モデルを持ち、マスターギヤと診断対象ギヤとを噛み合わせてギヤ歯面の異常診断装置本体に組み込み、駆動モータにより回転駆動させた時に発生する振動加速度を一カ所に設置された加速度センサで計測(観測)し、この加速度センサが検出した振動加速度信号を増幅するセンサアンプと、増幅された振動加速度信号を内蔵するA/Dコンバータにより、例えば12〜24ビットのデジタル信号に変換するモジュールタイプ信号入出力ユニットを経由して信号処理PC内に取り込み、前記自己回帰AR(30)モデルにより計算された前記振動加速度信号の推定値と、前記加速度センサで計測した前記振動加速度信号の測定値との2信号の差(残差)を計算し、前記時系列解析の前記2信号の差(残差)により統計量の波高率又は尖り度を求め、
これらの統計量の変化を記憶装置33に記憶させたり、ディスプレイ50に表示したり、プリンタ60に出力したりして、監視することで前記診断対象ギヤの噛み合い歯面の表面あらさや微小な打痕等のギヤ歯面の異常の診断ができることを特徴とするギヤ歯面の異常診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2009−103525(P2009−103525A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−274262(P2007−274262)
【出願日】平成19年10月22日(2007.10.22)
【出願人】(591032703)群馬県 (144)
【出願人】(507349075)富士機械テクノ株式会社 (1)
【Fターム(参考)】