説明

クリプトコックス症起因菌の検出法と検出キット

【課題】クリプトコックス症起因菌がC.neoformansであるかC.gattiiであるかを正確かつ迅速に検出する手段を提供する。
【解決手段】検体から抽出したDNAを、Cryptococcus noeformansおよびCryptococcus gattiiの夾膜合成遺伝子CAP59に特異的なプライマーセットを用いてPCR増幅すること、およびPCR産物にC. noeformansのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブとC. gattiiのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブを反応させることを含み、C. noeformans特異的プローブが結合し、C. gattii特異的プローブが結合しないPCR産物が由来する検体がC. noeformans感染検体であると判定し、C. gattii特異的プローブが結合し、C. noeformans特異的プローブが結合しないPCR産物が由来する検体をC. gattii感染検体であると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クリプトコックス症起因菌であるCryptococcus neoformansおよびCryptococcus gattiiを同時に区別して検出するための手段に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クリプトコックス症は主にCryptococcus neoformansによって引き起こされる髄膜炎であるが、Cryptococcus gattiiが病原菌であることもあり、その場合は症状が重篤化することが多い。C.gattiiは熱帯地域に分布する菌であったが、カナダ・バンクーバー島での例があるように分布域が拡大している。健常人でも死に至る危険性がある本感染症の起因菌を同定することは有効な治療を行なうために重要である。
【0003】
クリプトコックス症起因菌について、その特異的遺伝子または遺伝子産物(タンパク質等)の検出に関する技術は、例えば特許文献1などに開示されている。また、C.neoformansおよびC.gattiiにそれぞれ特異的な遺伝子領域をPCR増幅して各々の菌を検出する方法が非特許文献1に開示されている。
【特許文献1】特開2009-291218号公報
【非特許文献1】Vincent, V. et al. Real-time polymerase chain reaction detection of Cryptococcus neoformans and Cryptococcus gattii in human samples. Diagnos. Microbiol. Ingect. Dis. 65:69-72, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記のとおり、クリプトコックス症起因菌がC.neoformansであるかC.gattiiであるかを正確に判定することは、有効な治療を行なうために重要な要件である。しかしながら、従来方法は、検体から菌のゲノムDNAを抽出し、PCR等で遺伝子を増幅させ、塩基配列を決定するなどの工程を含むため、結果を得るまでに約2日間を要した。
【0005】
クリプトコックス症、特に重篤な症状を引き起こすC. gattii感染症に対する治療効果を有効なもとのするためには、できるだけ早く治療を開始することが必要であり、そのためにはクリプトコックス症起因菌がC.neoformansであるかC.gattiiであるかを、正確であることはもちろんのこと、迅速に判定することが不可欠である。
【0006】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、クリプトコックス症起因菌がC.neoformansであるかC.gattiiであるかを、正確かつ迅速に判定することを可能とする新しい手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記の課題を解決するものとして以下を提供する。
(1)検体から抽出したDNAを、Cryptococcus noeformansおよびCryptococcus gattiiの夾膜合成遺伝子CAP59に特異的なプライマーセットを用いてPCR増幅すること、および
PCR産物にC. noeformansのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブとC. gattiiのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブを反応させることを含み、
C. noeformans特異的プローブが結合し、C. gattii特異的プローブが結合しないPCR産物が由来する検体がC. noeformans感染検体であると判定し、
C. gattii特異的プローブが結合し、C. noeformans特異的プローブが結合しないPCR産物が由来する検体をC. gattii感染検体であると判定すること、
を特徴とするクリプトコックス症起因菌の検出法。
(2)C. noeformans特異的プローブがSEQ ID NO:1のヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドである前記(1)の検出法。
(3)C. gattii特異的プローブがSEQ ID NO:2のヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドである前記(1)の検出法。
(4)夾膜合成遺伝子CAP59に特異的なプライマーセットが、SEQ ID NO:3のヌクレオチド配列からなるフォワードプライマーとSEQ ID NO:4のヌクレオチド配列からなるリバースプライマーのセットである前記(1)の検出法。
(5)検体に感染したクリプトコックス症起因菌がCryptococcus noeformansおよびCryptococcus gattiiのいずれであるかを検出するキットであって、
Cryptococcus noeformansおよびCryptococcus gattiiの夾膜合成遺伝子CAP59を特異的にPCR増幅するプライマーセット、
C. noeformansのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブ、および
C. gattiiのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブ、
を含むことを特徴とするクリプトコックス症起因菌検出キット。
(6)C. noeformans特異的プローブがSEQ ID NO:1のヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドである前記(5)の検出キット。
(7)C. gattii特異的プローブがSEQ ID NO:2のヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドである前記(5)の検出キット。
(8)夾膜合成遺伝子CAP59に特異的なプライマーセットが、SEQ ID NO:3のヌクレオチド配列からなるフォワードプライマーとSEQ ID NO:4のヌクレオチド配列からなるリバースプライマーのセットである前記(5)の検出キット。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ゲノムDNAの抽出、PCRでの遺伝子増幅、塩基配列決定するなどの工程を含む従来方法が判定結果まで約2日間を要したのに対して、検体の感染菌がC.neoformansであるかC.gattiiであるかを、約4時間で判定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】C.neoformansおよびC.gattiiのリアルタイムPCRアッセイの感度を示す。黒四角はC.neoformans特異的プローブCapAD-F、白四角はC.gattii特異的プローブCapBC-Vの結果である。(A)CAP59遺伝子の5コピーから5×105までにおける連続10倍濃度のTaqMan増幅プロット(各3回試行)。(B)代表的な標準カーブであり、Ct値とサンプル濃度間に直線的対数関係があることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の検出法における「検体」は、例えば、ヒト、家畜等の動物由来の血液、髄液、喀痰、胃液、膣分泌物、口腔内粘液、鼻腔の塗抹サンプル、尿および糞便のような排出物等、クリプトコックス症起因が存在すると思われるあらゆる物を対象とする。また、食品、飲料水、温泉水のような環境中の水等、または空気清浄器等のフィルタなど、クリプトコックス症起因による汚染が引き起こされる可能性のある媒体全てが挙げられる。さらに、輸出入時における検疫等の動植物も検体としてその対象とする。
【0011】
本発明の検出方法においては、先ず、検体から抽出したDNAを、C. noeformansおよびC. gattiiの夾膜合成遺伝子CAP59に特異的なプライマーセットを用いてPCR増幅する。このようなプライマーセットは、
・CAP59遺伝子検出用フォワードプライマー
Cap59F3:5'-stacaagmarycktggtccaac-3'(SEQ ID NO:3)
・CAP59遺伝子検出用リバースプライマー
Cap59R3:5'-araagtrcttgtgctgcctcgc-3'(SEQ ID NO:4)
を例示することができる。このプライマーセット1組でCapAD-F、CapBC-V両方の結合部位がそれぞれ増幅される。
【0012】
また、PCR反応は、使用するPCR試薬のプロトコール等に従って定法による行なうことができる。
【0013】
本発明方法では、このPCR反応時にC. noeformansのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブとC. gattiiのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブを用いて、PCR産物が由来する検体がC. noeformans感染検体であるかC. gatti感染検体であるかを検出する。
【0014】
プローブとしてはそれぞれ以下を例示することができる。
・Cryptococcus neoformans検出用プローブ:5'-accactggaaacgaca-3'(SEQ ID NO:1)
・Cryptococcus neoformans検出用プローブ:5'-atcgttccccgtgatt-3')SEQ ID NO:2)
これらのプローブは、異なる標識を例えば5’端等に付加することが好ましい。例えば、6-FAM(6-Carboxyfluorescein)やVIC(2’-chloro-phenyl-1,4-dichloro-6-carboxyfluorescein)等の蛍光標識等である。
【0015】
またプローブは公知の化学合成法により作成することができる。前記に例示した短鎖プローブの場合には、3’端にMGB(Minor Groove Binder)構造を付加したものが好ましい。
【0016】
本発明の検出キットは、前記のプライマーセットおよび2種類のプローブの他に、PCR反応試薬等を含むもとして構成することができる。
【0017】
以下、実施例を示して本発明の効果等について詳しく説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
1.材料と方法
1-1.共試菌株
Cryptococcus neoformans TIMM 0362(serotype A)、C.neoformans TIMM 1316(serotype D)、C.neoformans TIMM 1317(serotype AD)、Cryptococcus gattii TIMM4904(serotype B)、C.gattii TIMM 1315(serotype C)、Aspergillus fumigatus TIMM 3968、Aspergillus niger TIMM 0115、Candida albicans TIMM 1768、Candida glabrata CBS 138T、Candida parapsilosis ATCC 90018、Rhodotorula minuta TIMM 6222、Sporobolomyces koalae JCM 15063T、Trichosporon asahii JCM 2466T、国内動物園のコアラおよびコアラ舎から分離したC.neoformans 56株、C.gattii 3株、その他のCryptococcus spp. 54株、Basidiomycetous yeasts(Cryptococcus spp.を除く)121株、ミカファンギン耐性Ascomycetous yeasts 25株。
【0019】
1-2.染色体DNA抽出
酵母の染色体DNAの抽出にはGenとるくん・酵母用(Takara-Bio, Shiga, Japan)を使用説明書に準じて用いた。糸状菌DNAは文献(Sugita, C., K. Makimura, K. Uchida, H. Yamaguchi, and A. Nagai. 2004. PCR identification system for the genus Aspergillus and three major pathogenic species: Aspergillus fumigatus, Aspergillus flavus and Aspergillus niger. Med Mycol. 42: 433-437.)の記載に準じて抽出した。非培養試料はニュークリセンスDNA抽出機(BioMerieux, Marcy l'Etoile, France)の使用説明書に準じて抽出した。
【0020】
1-3.反応試薬
Eagletaq Master Mix with ROX(Roche, Basel, Switzerland)を使用説明書に準じて調製した。
【0021】
1-4.使用機器
7500 Fast-Real Time PCR System(Life Technologies, California, U.S.A.)を用いた。
【0022】
1-5.プローブ
・Cryptococcus neoformans検出用プローブ
CapAD-F:5'-accactggaaacgaca-3'(SEQ ID NO:1)
・Cryptococcus neoformans検出用プローブ
CapBC-V: 5'-atcgttccccgtgatt-3')SEQ ID NO:2)
これらのプローブは、NCBIヌクレオチドデータベースのCAP59遺伝子配列に基づき設計したTaqMan MGBプローブであり、3’端にMGBが付加されている。さらに、蛍光標識としてCapAD-Fには6-FAM(6-Carboxyfluorescein)が、CapBC-VにはVIC(2’-chloro-phenyl-1,4-dichloro-6-carboxyfluorescein)がそれぞれ付加されており、異なる蛍光信号を発する。
【0023】
1-6.PCRプライマー
・CAP59遺伝子検出用フォワードプライマー
Cap59F3:5'-stacaagmarycktggtccaac-3'(SEQ ID NO:3)
・CAP59遺伝子検出用リバースプライマー
Cap59R3:5'-araagtrcttgtgctgcctcgc-3'(SEQ ID NO:4)
【0024】
1-7.リアルタイムPCR
PCR反応およびプローブ反応は、反応試薬製造者の推奨するプロトコールに従い、以下のとおりに行なった。
第1ステージ:初期変性95℃・10分、1サイクル
第2ステージ:PCR反応95℃・15秒、60℃・1分、72℃・1秒40サイクル
【0025】
2.結果
全てのC. neoformansおよびC. gattiiは、2種類のプローブおよび1種類のプライマーセットによるリアルタイムPCRによって判別された(表1)。他の菌株は2つのプローブのいずれによっても蛍光シグナルを発しなかった。また、コアラおよびコアラ舎から分離した純粋株も正確に検出された。すなわち、C.neoformans 56株はCapAD-Fプローブに陽性、CapBC-Vプローブに陰性であり、C.gattii 3株はCapBC-Vプローブに陽性、CapAD-Fプローブに陰性であり、さらに200の純粋株は両方のプローブに陰性であった。従って、誤陽性反応や擬陽性反応は存在しなかった。
【0026】
【表1】

【0027】
また、12頭のコアラの鼻塗抹サンプルをリアルタイムPCR直接検査および培養法によって解析した。リアルタイムPCR直接検査では、C. neoformansが3頭、C. gattiiが1頭、陽性であった(表2)。培養用ではC. neoformansが5頭、C. gattiiが1頭、陽性であった(表2)。C. neoformansは双方の結果に齟齬が認められたが、これは供試頭数が少ないこととC. neoformansは多糖を多く産生するため、PCRを阻害しやすいことに起因すると考えられる。しかしながら、C. gattiiは齟齬がなく、現在当該菌種を迅速に識別できるキットは存在しないことから、有用である。
【0028】
【表2】

【0029】
次に、2種類のTaqMan MGBプローブの感度を様々な濃度(5プラスミッドコピーから段階的に5×105コピー)のポジティブコントロールで試験した(図1A)。その結果、感度閾は5プラスミッドコピーであった。得られたカーブ(各濃度について3回の試験結果の平均)の傾斜から算出したCapAD-F(C. neoformans検出プローブ)およびCapBC-V(C. gattii検出プローブ)の反応効率は、それぞれ99.7%および94.9%であった(CapAD-F;sploe = -3.33、R2 = 0.999、CapBC-V;sploe = -3.45、R2 = 0.996、図1B)。両者を混合して使用した場合も、互いを妨害することはなかった。
【0030】
CAP59遺伝子はC. neoformansゲノムの単一コピーである(Broad Institute Database, http//www.broadinstitute.org/annotation/genome/Cryptococcus_neoformans/MultHome.html)。従って、本発明方法は理論的に1試行で約5細胞を検出することが可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
検体の感染菌がC.neoformansであるかC.gattiiであるかを正確かつ迅速に検出することが可能となり、クリプトコックス症に対して有効な治療法を速やかに開始することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体から抽出したDNAを、Cryptococcus noeformansおよびCryptococcus gattiiの夾膜合成遺伝子CAP59に特異的なプライマーセットを用いてPCR増幅すること、および
PCR産物にC. noeformansのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブとC. gattiiのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブを反応させることを含み、
C. noeformans特異的プローブが結合し、C. gattii特異的プローブが結合しないPCR産物が由来する検体がC. noeformans感染検体であると判定し、
C. gattii特異的プローブが結合し、C. noeformans特異的プローブが結合しないPCR産物が由来する検体をC. gattii感染検体であると判定すること、
を特徴とするクリプトコックス症起因菌の検出法。
【請求項2】
C. noeformans特異的プローブがSEQ ID NO:1のヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドである請求項1の検出法。
【請求項3】
C. gattii特異的プローブがSEQ ID NO:2のヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドである請求項1の検出法。
【請求項4】
夾膜合成遺伝子CAP59に特異的なプライマーセットが、SEQ ID NO:3のヌクレオチド配列からなるフォワードプライマーとSEQ ID NO:4のヌクレオチド配列からなるリバースプライマーのセットである請求項1の検出法。
【請求項5】
検体に感染したクリプトコックス症起因菌がCryptococcus noeformansおよびCryptococcus gattiiのいずれであるかを検出するキットであって、
Cryptococcus noeformansおよびCryptococcus gattiiの夾膜合成遺伝子CAP59に特異的にPCR増幅するプライマーセット、
C. noeformansのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブ、および
C. gattiiのCAP59遺伝子に特異的に結合するプローブ、
を含むことを特徴とするクリプトコックス症起因菌検出キット。
【請求項6】
C. noeformans特異的プローブがSEQ ID NO:1のヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドである請求項5の検出キット。
【請求項7】
C. gattii特異的プローブがSEQ ID NO:2のヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドである請求項5の検出キット。
【請求項8】
夾膜合成遺伝子CAP59に特異的なプライマーセットが、SEQ ID NO:3のヌクレオチド配列からなるフォワードプライマーとSEQ ID NO:4のヌクレオチド配列からなるリバースプライマーのセットである請求項5の検出キット。

【図1】
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【公開番号】特開2012−182997(P2012−182997A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−46592(P2011−46592)
【出願日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年9月17日 日本医真菌学会発行の「第54回 日本医真菌学会総会 プログラム・抄録集」に発表
【出願人】(399086263)学校法人帝京大学 (21)
【Fターム(参考)】