説明

クロマトグラフ/質量分析装置における定量精度向上方法

【課題】 データベースに登録した検量線又は最初(第1回目)に作成した検量線を恒久的に使用することができるとともに、クロマトグラフ/質量分析装置における定量精度向上方法を提供すること。
【解決手段】 クロマトグラフ/質量分析装置による化学物質の同定・定量方法において、質量スペクトル確認用標準物質又は質量校正(チューニング)用標準物質の質量スペクトルから、マスパターン校正結果を見掛け上同一であるように補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ又は液体クロマトグラフのカラム出口に質量分析計を連結したGC/MS(ガスクロマトグラフ/質量分析装置)又はLC/MS(液体クロマトグラフ/質量分析装置)における定量精度向上方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、GC/MC或いはLC/MSにおいては、カラムからの溶出成分の質量スペクトルを1秒間程度の時間間隔で繰り返し測定する。各測定時点での質量スペクトルから全イオン量を計算し、全イオン量の時間上での変化を求めるとそれが全イオンクロマトグラムとなる。そのクロマトグラムのピークの化合物を同定するには、そのピーク位置での質量スペクトルを、データベースに保存されている多数の化合物の質量スペクトルと比較してその類似性を類似指数をパラメータとして演算算出し、最も類似指数の大きな化合物をそのピークの化合物であると同定している。
【0003】
上記データベースは、何れも数万〜数十万といった膨大な質量スペクトルを保有している。このような膨大な数のデータについて、質量スペクトルの類似性を検索するには長時間を要する問題がある。この問題を解決すべく、特徴的なフラグメントイオンを用いて検索するPBMサーチ法(probability based matching system)が行われている。
【0004】
しかしながら、PBMサーチ法等によるときは、検索速度は高くなるものの正しく化合物を見つけるヒット率が低くなる問題がある。また、質量スペクトルの類似性だけでは、同族体など類似の質量スペクトルをもつ化合物を対象とするときは同定ミスを犯す可能性が高い。さらに、環境試料のように複数のピークが重なって出現したり、ピーク強度が小さい場合にはスペクトルの純度も低くなり、質量スペクトルに加え相対保持指標を検索に用いる手法を用いても、PBMサーチ法などの類似指数を指標とする検索手法では正しく化合物を同定するヒット率を高くすることができない。
【0005】
一方、従来の定量方法においては、決められた測定条件下で予め標準物質を測定してその質量スペクトル(又は幾つかのイオンのピーク面積(高さ))、保持時間、および検量線を作成しておく必要があり、定量に用いる機器毎に測定を行う必要がある。さらに、同一機種を用いても、検量線は測定の都度作成する必要がある。
【0006】
発明者らの1人は、前記問題を解決すべく特願2001−339031号(特開2003−139755号)にて、クロマトグラフからの溶出成分の質量スペクトルを一定時間間隔で測定した後、質量スペクトル、保持時間から求めた保持指標、および内標準法による検量線を作成して、それらをデータベース化するステップ、内標準を添加した測定試料について、同様に質量スペクトルを測定してそのクロマトグラムのピークの相対保持指標を求め、前記データベースに登録された成分の質量スペクトルが、試料クロマトグラムのその相対保持指標を含む一定範囲内に含まれているか否かその存否をリバースサーチによって検索するステップ、および所定の確度で存在することが判明したときに内標準とのピーク面積比を求め、上記データベースに登録されている検量線から当該成分の存在量を演算算出するステップを有する点によって特徴づけられるクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法を提案した(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2003−139755号公報
【0007】
このクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法を実施するときのプロセスを図3に示す。この汎用多成分一斉同定・定量方法にあっては、予めスクリーニング対象の化学物質の質量スペクトル、相対保持指標、および検量線データを登録したデータベースを作成しておく。相対保持指標は、n−アルカンなどの保持指標計算用基準物質で相対化した保持時間情報である。測定試料中の化学物質をスクリーニングする場合は、スクリーニング用試料に加えて保持指標計算用基準物質を同一分析条件で測定しておく。なお、保持指標計算用基準物質を試料に混合し、試料測定と同時に測定することも可能である。
【0008】
このクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法によれば、使用機種に依存することなくまた、保持時間の違いに関係なく短時間内に化学物質を同定し定量することができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、前記本発明者の提案になるクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法による場合、チューニング物質たとえばパーフルオロトリブチルアミンをイオン源に導入して特定の質量スペクトルが得られるように各種パラメータを自動調整するチューニングを行う度毎に、標準物質を測定し検量線を作成する従来のクロマトグラフ/質量分析装置による化学物質の同定・定量方法に比し、定量精度が若干劣るという、解決さるべき技術的課題があった。
【0010】
本発明は、従来の内標準法による、検量線をその都度作成して化学物質の同定・定量を行うクロマトグラフ/質量分析装置において、測定の都度検量線を引き直すことなく、最初(第1回目)の検量線を恒久的に使用することができるクロマトグラフ/質量分析装置における定量精度の向上方法を提供することを目的とする。
【0011】
本発明の他の目的は、標準物質を用いてその都度検量線を作成する必要のない、前記本発明者の提案になるクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法において、チューニング物質たとえばパーフルオロトリブチルアミンをイオン源に導入して特定の質量スペクトルが得られるように各種パラメータを自動調整するチューニングを行う度毎に、標準物質を測定し検量線を作成する従来のクロマトグラフ/質量分析装置による化学物質の同定・定量方法に比し遜色のない精度で定量ができる、クロマトグラフ/質量分析装置による汎用多成分一斉同定・定量方法における定量精度向上方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための本発明は、ガスクロマトグラフ又は液体クロマトグラフのカラム出口に質量分析計を連結したGC/MS又はLC/MSにおいて、
イ)質量スペクトル確認用標準物質又はチューニング用標準物質とその標準質量スペクトルを決定するステップ、
ロ)チューニング後、チューニング結果又は前記質量スペクトル確認用標準物質を測定し、得られた質量スペクトルと標準質量スペクトルの差を求めるステップ、
ハ)標準質量スペクトルとチューニング後の測定質量スペクトルの全ての質量数について両者の差がなくなるような係数を演算算出するステップ、
標準イオン強度=測定時イオン強度×補正係数
ニ)検量線作成時及び試料測定時には、前記補正係数を求めて対象物質と内標準の測定イオン強度に前記係数を乗じてそれぞれのピーク強度を補正するステップ、
を有するクロマトグラフ/質量分析装置における定量精度向上方法である。
【0013】
請求項2に記載の発明は、クロマトグラフからの溶出成分の質量スペクトルを一定時間間隔で測定した後、質量スペクトル、保持時間から求めた保持指標、および内標準法による検量線を作成して、それらをデータベース化するステップ、内標準を添加した測定試料について、同様に質量スペクトルを測定してそのクロマトグラムのピークの相対保持指標を求め、前記データベースに登録された成分の質量スペクトルが、試料クロマトグラムのその相対保持指標を含む一定範囲内に含まれているか否かその存否をリバースサーチによって検索するステップ、および所定の確度で存在することが判明したときに内標準とのピーク面積比を求め、上記データベースに登録されている検量線から当該成分の存在量を演算算出するステップを有するクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法において、
イ)質量スペクトル確認用標準物質又はチューニング用標準物質とその標準質量スペクトルを決定するステップ、
ロ)チューニング後、チューニング結果又は前記質量スペクトル確認用標準物質を測定し、得られた質量スペクトルと標準質量スペクトルの差を求めるステップ、
ハ)標準質量スペクトルとチューニング後の測定質量スペクトルの全ての質量数について両者の差がなくなるような係数を演算算出するステップ、
標準イオン強度=測定時イオン強度×補正係数
ニ)データベースの作成時及び試料測定時には、前記補正係数を求めて対象物質と内標準の測定イオン強度に前記補正係数を乗じてそれぞれのピーク強度を補正するステップ、
を有するクロマトグラフ/質量分析装置における定量精度向上方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、常に一定の質量スペクトル(標準スペクトル)に補正したイオン強度が得られ、最初(第1回目)に作成した検量線、又はクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法におけるデータベースに登録した検量線を恒久的に使用し続けることが可能になるとともに、チューニング物質をイオン源に導入して特定の質量スペクトルが得られるように各種パラメータを自動調整するチューニングを行う度毎に、標準物質を測定し検量線を作成する従来のクロマトグラフ/質量分析装置による化学物質の定量方法に比し遜色のない精度で定量ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の発明者の1人が特願2001−339031号にて提案したクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法における定量精度が、チューニング物質をイオン源に導入して特定の質量スペクトルが得られるように各種パラメータを自動調整するチューニングを行う度毎に、標準物質を測定し検量線を作成する従来のクロマトグラフ/質量分析装置による化学物質の定量方法に比し若干劣るのは、図1に示すように、同一のチューニングを行っても同一の質量スペクトルが得られないことに起因している。
【0016】
そこで、本発明においては、装置性能評価用標準物質の中に検量線補正用の物質たとえばデカフルオロトリフェニルホスフィン(DFTPP)を加え、その物質の質量スペクトルからチューニング結果を見かけ上同一のチューニングであるように補正する。本発明においては、パーフルオロトリブチルアミンといった上記質量校正(チューニング)用標準物質を検量線補正用物質として用いることもできる。
【0017】
即ち、質量スペクトル確認用標準物質(チューニングに使用する物質とは異なり、クロマトグラフを経て測定する。)又は質量校正(チューニング)用標準物質とその標準スペクトルを決定する。チューニング後、質量校正(チューニング)用標準物質の質量スペクトル又は質量スペクトル確認用標準物質を測定して、得られた測定質量スペクトルと標準質量スペクトルとの差を求める。次いで、全ての質量数について、両者の差がなくなるような補正係数を算出する。
標準イオン強度=測定時イオン強度×補正係数
データベース作成時(又は検量線作成時)及び試料測定時には、前記のように、スペクトル補正係数を求めて、測定対象物質と内標準のイオン強度に補正係数を乗じてそれぞれの標準ピーク強度を求める。
【0018】
これにより、常に一定の質量スペクトル(標準質量スペクトル)に補正したイオン強度が得られ、データベースに登録した検量線又は最初(第1回目)に作成した検量線を恒久的に使用し続け得る。
【0019】
本発明を実施するときの手順を以下に説明する。この手順のブロックダイアグラムを図2に示す。
(1)質量スペクトル補正用標準物質又は質量校正(チューニング)用標準物質とその基準質量スペクトルを決定する。ここで、質量校正(チューニング)用標準物質を質量スペクトル補正用標準物質とするときは、下記(3)ステップは省略できる。
(2)使用するクロマトグラフ/質量分析装置のチューニング(質量校正)を行う。
(3)クロマトグラフ/質量分析装置に質量スペクトル補正用標準物質を導入し、質量スペクトルを測定する。
(4)測定して得られた質量スペクトル補正用標準物質の質量スペクトル(測定質量スペクトル)と、ステップ(1)で決定していた質量スペクトル補正用標準物質の基準質量スペクトルを用い、所定のフラグメントイオン(質量数)を対象として両者の相対イオン強度の比を求める。その際、質量分析装置のチューニングに用いる物質を質量スペクトル補正用標準物質としてもよい。
(5)所定のフラグメントイオン(質量数)の基準質量スペクトルの相対イオン強度と測定質量スペクトルの相対イオン強度の比から、質量走査範囲の全ての質量数に関して、次式に示す補正係数を求める。
相対イオン強度(i)=測定時相対イオン強度(i)×補正係数(i)
注)i:質量走査の下限
相対イオン強度(i+1)=測定時相対イオン強度(i+1)×補正係数(i+1)



相対イオン強度(n)=測定時相対イオン強度(n)×補正係数(n)
注)n:質量走査の上限
(6)試料を測定して得られた測定対象物質(X)の質量スペクトルの全てのフラグメントイオンに上記の補正係数を乗じてXの補正質量スペクトルを求める。また、試料測定時のXの測定イオンのマスクロマトグラム(選択イオン検出法の場合は、測定イオンのSIM(selected ion monitoring)クロマトグラム)のピーク面積(高さ)に補正係数を乗じたものが補正ピーク面積(高さ)である。
(7)対象物質の検量線作成時にステップ(1)からステップ(5)を実施して補正係数を求め、この補正係数によって測定イオンのピーク面積(高さ)を補正することにより、標準化した検量線の作成ができる。また、試料から得られた測定イオンのピーク面積(高さ)を補正係数で補正することによって、標準化した検量線での定量が可能となる。
【実施例1】
【0020】
1)クロマトグラフ/質量分析装置のチューニング(質量校正)を行った後、質量スペクトル補正用標準物質を導入し、その質量スペクトルを測定した。
2)事前に決定している質量スペクトル補正用標準物質の基準質量スペクトルと、測定質量スペクトルをベースピーク(m/z=198)でそれぞれ規格化した後、各フラグメントイオンの相対強度を求めた。その結果を、表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
3)フラグメントイオンの質量数(m/z)とその相対強度比から、下記近似式を求め、この式を用いてm/z50からm/z442間の全てのm/zにおける相対強度比を予測した。
【0023】
【数1】

【0024】
4)測定質量スペクトルが得られた条件で対象物質を測定し、測定イオンの実測相対強度比と上記ステップ3)で求めた予測相対強度比を表2に示す。表2には、ステップ3)における強度比の予測結果が含まれている。
【0025】
【表2】

【0026】
表2から明らかなように、測定イオンの実測相対強度比と上記ステップ3)で求めた予測相対強度比は、比較的よく一致している。
【0027】
表2に示す予測相対強度比を用いることにより、測定質量スペクトルが得られる試料測定時の対象物質の測定イオン強度から基準質量スペクトル条件での測定イオンのピーク面積(高さ)を予測することができる。具体例として、m/z56におけるピーク面積(高さ)を3.08で除して得られた数値が基準質量スペクトル条件でのピーク面積(高さ)となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】検量線作成用内標準について、同一のチューニングを行っても、経時的に変化を生じ、同一の質量スペクトルが得られないことを示すグラフ
【図2】本発明の一実施例に係るクロマトグラフ/質量分析装置による汎用多成分一斉同定・定量方法における定量精度向上方法の実施ステップを示すブロックダイアグラム
【図3】本発明の発明者の1人の提案になるクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法(従来法)の実施ステップを示すブロックダイアグラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスクロマトグラフ又は液体クロマトグラフのカラム出口に質量分析計を連結したGC/MS又はLC/MSにおいて、
イ)質量スペクトル確認用標準物質又はチューニング用標準物質とその標準質量スペクトルを決定するステップ、
ロ)チューニング後、チューニング結果又は前記質量スペクトル確認用標準物質を測定し、得られた質量スペクトルと標準質量スペクトルの差を求めるステップ、
ハ)標準質量スペクトルとチューニング後の測定質量スペクトルの全ての質量数について両者の差がなくなるような係数を演算算出するステップ、
標準イオン強度=測定時イオン強度×補正係数
ニ)検量線作成時及び試料測定時には、前記補正係数を求めて対象物質と内標準の測定イオン強度に前記係数を乗じてそれぞれのピーク強度を補正するステップ、
を有することを特徴とするクロマトグラフ/質量分析装置における定量精度向上方法。
【請求項2】
クロマトグラフからの溶出成分の質量スペクトルを一定時間間隔で測定した後、質量スペクトル、保持時間から求めた保持指標、および内標準法による検量線を作成して、それらをデータベース化するステップ、内標準を添加した測定試料について、同様に質量スペクトルを測定してそのクロマトグラムのピークの相対保持指標を求め、前記データベースに登録された成分の質量スペクトルが、試料クロマトグラムのその相対保持指標を含む一定範囲内に含まれているか否かその存否をリバースサーチによって検索するステップ、および所定の確度で存在することが判明したときに内標準とのピーク面積比を求め、上記データベースに登録されている検量線から当該成分の存在量を演算算出するステップを有するクロマトグラフ/質量分析装置における汎用多成分一斉同定・定量方法において、
イ)質量スペクトル確認用標準物質又はチューニング用標準物質とその標準質量スペクトルを決定するステップ、
ロ)チューニング後、チューニング結果又は前記質量スペクトル確認用標準物質を測定し、得られた質量スペクトルと標準質量スペクトルの差を求めるステップ、
ハ)標準質量スペクトルとチューニング後の測定質量スペクトルの全ての質量数について両者の差がなくなるような係数を演算算出するステップ、
標準イオン強度=測定時イオン強度×補正係数
ニ)データベースの作成時及び試料測定時には、前記補正係数を求めて対象物質と内標準の測定イオン強度に前記係数を乗じてそれぞれのピーク強度を補正するステップ、
を有することを特徴とするクロマトグラフ/質量分析装置における定量精度向上方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−232844(P2008−232844A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−73220(P2007−73220)
【出願日】平成19年3月20日(2007.3.20)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】