説明

クロムレス張力被膜用処理液およびクロムレス張力被膜の形成方法ならびにクロムレス張力被膜付き方向性電磁鋼板

【課題】
優れた耐吸湿性と十分な張力付与による鉄損低減効果を同時に有するクロムレス張力被膜が得られる処理液を、被膜形成方法およびその被膜付き方向性電磁鋼板とを併せて得る。
【解決手段】
固形分換算でコロイド状シリカ:20質量部に対して、Mg、Al、Ca、FeおよびMnのリン酸塩から1種以上:10〜80質量部と、Mg、Al、Fe、Bi、Co、Mn、Zn、Ca、Ba、SrおよびNiのいずれかの塩化物:3〜30質量部ならびにLi、Na、K、Mg、Mn、Ca、Ba、Sr、Sn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、AlおよびBiのホウ酸塩または硫酸塩から1種以上:1〜10質量部を配合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロムレス張力被膜用処理液に関し、特に、方向性電磁鋼板表面に、クロムレス張力被膜を被覆する際に、従来、不可避的に発生していた付与張力不足と耐吸湿性の低下を効果的に防止し、クロムを含む張力被膜と同等の高い付与張力と優れた耐吸湿性を確保することができるクロムレス張力被膜用処理液に関するものである。
また、本発明は、上記クロムレス張力被膜用処理液を用いたクロムレス張力被膜の形成方法およびこの方法で形成したクロムレス張力被膜をそなえるクロムレス張力被膜付き方向性電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、方向性電磁鋼板においては、絶縁性、加工性および防錆性等を付与するために表面に被膜をもうける。かかる表面被膜は、最終仕上焼鈍時に形成されるフォルステライトを主体とする下地被膜とその上に形成されるリン酸塩系の上塗り被膜からなる。
【0003】
これらの被膜は高温で形成され、しかも低い熱膨張率を持つことから室温まで下がったときの鋼板と被膜との熱膨張率の差異により鋼板に張力を付与し、鉄損を低減させる効果がある。そのため、できるだけ高い張力を鋼板に付与することが望まれている。
【0004】
このような要望を満たすために、従来から種々の被膜が提案されている。例えば、特許文献1には、リン酸マグネシウム、コロイド状シリカおよび無水クロム酸を主体とする被膜が、また特許文献2には、リン酸アルミニウム、コロイド状シリカおよび無水クロム酸を主体とする被膜がそれぞれ提案されている。
【特許文献1】特公昭56-52117号公報
【特許文献2】特公昭53-28375号公報
【0005】
一方、近年の環境保全への関心の高まりにより、クロムや鉛等の有害物質を含まない製品に対する要望が高まっており、方向性電磁鋼板においてもクロムレス被膜の開発が望まれていた。しかし、クロムレス被膜の場合、著しい耐吸湿性の低下や張力付与不足による鉄損低減効果が十分でないなど品質上の問題が発生するため、クロムレスとすることができなかった。
【0006】
上述の問題を解決する方法として、特許文献3でコロイド状シリカとリン酸アルミニウム、ホウ酸および硫酸塩からなる処理液を用いた被膜形成方法が提案された。これにより、耐吸湿性や張力付与による鉄損低減効果は改善されたものの、この方法のみでは、クロムを含む被膜を形成した場合に比べると、鉄損および耐吸湿性の改善効果は十分とはいえなかった。
【特許文献3】特公昭57-9631号公報
【0007】
これを解決するために、例えば、処理液中のコロイド状シリカを増量するなどの試みがなされた。これにより、張力付与不足は解消して鉄損低減効果は増したものの、耐吸湿性はむしろ低下した。また、硫酸塩の添加量を増すことも試みられたが、この場合は、耐吸湿性は改善されるものの、張力付与不足となり鉄損低減効果が十分でなく、いずれの場合も両方の特性を同時に満足させることはできなかった。
【0008】
これら以外にもクロムレスの被膜形成方法として、例えば特許文献4にはクロム化合物の代わりにホウ酸化合物を添加する方法が、特許文献5には酸化物コロイドを添加する方法が、特許文献6には金属有機酸塩を添加する方法が、それぞれ開示されている。しかしながら、いずれの技術を用いても、耐吸湿性と張力付与による鉄損低減効果の両者を、クロムを含む被膜を形成した場合と同レベルまで到達させるには至らず、完全な解決策とはなり得なかった。
【特許文献4】特開2000-169973号公報
【特許文献5】特開2000-169972号公報
【特許文献6】特開2000-178760号公報
【0009】
これらの事情から、発明者らは、被膜組成を改良することにとらわれず、下地被膜の性質を特定したり、被膜を二重に形成したりして耐吸湿性と鉄損低減効果の二つ同時に満足させることを検討した。その結果、特許文献7において下地被膜の表面粗度を、また特許文献8において酸素目付量を、さらに特許文献9において下地被膜中のTi濃度をそれぞれ最適化する技術を提案した。また、特許文献10では二重に被覆する技術を提案している。
これらにより、方向性電磁鋼板に対してはクロムを含む被膜とほぼ同じレベルの被膜品質を得るに至った。
【特許文献7】特開2004-332072号公報
【特許文献8】特開2006-137972号公報
【特許文献9】特開2006-137970号公報
【特許文献10】特開2005-187924号公報
【0010】
しかしながら、近年、方向性電磁鋼板の特性改善が進み、従来のようにクロムレス張力被膜に最適化した下地被膜とすることが難しくなってきた。
例えば、方向性電磁鋼板の磁気特性の向上を目的として、下地被膜中のTi量の上昇を防止するために、焼鈍分離剤中に添加するTiO2量を少なくすることが、最近の傾向である。これにより、下地被膜中に含まれるTi濃度が以前の電磁鋼板と比較して低くなってきており、特許文献9に記載のTi濃度範囲を満足することが難しくなってきている。
また、できるかぎり被膜を薄くして占積率を向上させるという観点から、特許文献10に記載されているような二重被膜は行われなくなっている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記の実情に鑑み開発されたもので、下地被膜の性状をクロムレス張力被膜に最適化したり、上塗りを二重に施したりすることなく、優れた耐吸湿性と十分な張力付与による高い鉄損低減効果を同時に有するクロムレス張力被膜を得ることできるクロムレス張力被膜用処理液を、この処理液を用いたクロムレス張力被膜形成方法およびこの方法で形成したクロムレス張力被膜付き方向性電磁鋼板と共に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
さて、上記の課題を解決すべく、本発明者らは、クロムレス被膜で所望の耐吸湿性と張力付与による鉄損低減効果を得るために種々の試みを行った。
その結果、クロム化合物の代わりに金属塩化物を用い、この金属塩化物にコロイド状シリカとリン酸塩に加えた処理液で被膜を形成することにより、方向性電磁鋼板における耐吸湿性と張力付与による鉄損低減効果とが、同時に著しく改善されることの新規知見を得た。また、この処理液に、ホウ酸塩または硫酸塩をさらに加えることで、耐吸湿性が一層向上し、下地被膜の如何にかかわらず、クロムを含む張力被膜処理液を用いた場合と同等の耐吸湿性と張力付与による鉄損低減効果が得られることも併せて知見した。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0013】
すなわち、本発明の要旨構成は、次の通りである。
【0014】
(1)固形分換算でコロイド状シリカ:20質量部に対して、Mg、Al、Ca、FeおよびMnのリン酸塩のうちから選んだ1種または2種以上:10〜80質量部と、Mg、Al、Fe、Bi、Co、Mn、Zn、Ca、Ba、SrおよびNiのうちから選んだいずれかの塩化物:3〜30質量部を配合したことを特徴とするクロムレス張力被膜用処理液。
【0015】
(2)固形分換算でコロイド状シリカ:20質量部に対して、Mg、Al、Ca、FeおよびMnのリン酸塩のうちから選んだ1種または2種以上:10〜80質量部と、Mg、Al、Fe、Bi、Co、Mn、Zn、Ca、Ba、SrおよびNiのうちから選んだいずれかの塩化物:3〜30質量部ならびにLi、Na、K、Mg、Mn、Ca、Ba、Sr、Sn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、AlおよびBiのホウ酸塩または硫酸塩のうちから選んだ1種または2種以上:1〜10質量部を配合したことを特徴とするクロムレス張力被膜用処理液。
【0016】
(3)(1)または(2)に記載の処理液を、最終仕上焼鈍後の方向性電磁鋼板の表面に塗布、焼付けすることを特徴とするクロムレス張力被膜の形成方法。
【0017】
(4)(1)または(2)に記載の処理液を、最終仕上焼鈍後の方向性電磁鋼板の表面に塗布、焼付けして得たことを特徴とするクロムレス張力被膜付き方向性電磁鋼板。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、クロムレス張力被膜用に下地被膜を特別に最適化することなく、また、二重に被膜することによって占積率を低下させることなしに、優れた耐吸湿性と十分な鉄損低減効果を兼ね備えたクロムレス張力被膜を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の基礎となった実験結果について説明する。
まず、試料を次のようにして製作した。
公知の方法で製造された板厚:0.23mmの仕上焼鈍済みの方向性電磁鋼板を300mm×100mmの大きさにせん断し、未反応の焼鈍分離剤を除去した後、歪取焼鈍(800℃、2時間)した。
次に、リン酸で酸洗した後、次の4種類の張力被膜用処理液を塗布した。
No.1:リン酸マグネシウム:30質量部およびコロイド状シリカ:20質量部の配合割合からなる張力被膜用処理液を、両面で10g/m2塗布。
No.2:リン酸マグネシウム:30質量部、コロイド状シリカ:20質量部および無水クロム酸:5質量部の配合割合からなる張力被膜用処理液を、両面で10g/m2塗布。
No.3:リン酸マグネシウム:30重量部、コロイド状シリカ:20質量部および塩化ビスマス:5質量部の配合割合からなる張力被膜用処理液を、両面で10g/m2塗布。
No.4:リン酸マグネシウム:30質量部、コロイド状シリカ:20質量部、塩化ビスマス:5質量部および硫酸マンガン:5質量部の配合割合からなる張力被膜用処理液を、両面で10g/m2塗布。
次に、これらの張力被膜用処理液を塗布した方向性電磁鋼板を乾燥炉に装入し(300℃、1分間)、その後、平坦化焼鈍と張力被膜の焼付けを兼ねた熱処理(800℃、2分間)を施した。さらにその後、2回目の歪取焼鈍(800℃、2時間)を行った。
【0020】
かくして得られた試料の、張力付与による鉄損低減効果と耐吸湿性を調査した。
鉄損低減効果は、SST試験機(単板磁気試験機)で測定した磁気特性によって評価した。測定は、各試料について張力被膜用処理液塗布直前、張力被膜の焼付け直後および2回目の歪取焼鈍直後にそれぞれ行った。
また、耐吸湿性は、リンの溶出試験により評価した。この試験は、張力被膜の焼付け直後の鋼板から50mm×50mmの試験片を3枚切出し、これらを100℃の蒸留水中で5分間沸騰することにより張力被膜表面からリンを溶出させ、その溶出量によって張力被膜の水分に対する溶解のしやすさを判断するものである。
【0021】
表1に、磁気特性およびリン溶出量の測定結果を示す。なお、表中の各項目は、次の通りである。
・塗布前B(R):張力被膜用処理液塗布直前の磁束密度
・塗布後△B=B(C)−B(R) ただし、B(C):張力被膜の焼付け直後の磁束密度
・歪取焼鈍後△B=B(A)−B(R) ただし、B(A):2回目の歪取焼鈍直後の磁束密度
・W17/50(R):張力被膜用処理液塗布直前の鉄損
・塗布後△W=W17/50(C)−W17/50(R) ただし、W17/50(C):張力被膜の焼付け直後の鉄損
・歪取焼鈍後△W=W17/50(A)−W17/50(R) ただし、W17/50(A):2回目の歪取焼鈍直後の鉄損
・リンの溶出量:張力被膜の焼付け直後に測定
【0022】
No.1は、従来のクロムレス張力被膜用処理液であるが、この場合は、耐吸湿性が著しく劣っており、鉄損低減効果も低い。No.2は従来のクロムを含む張力被膜用処理液の場合であり、鉄損低減効果および耐吸湿性に優れている。
これに対し、No.3および4が発明例であり、本発明に従うクロムレス張力被膜用処理液でもNo.3の塩化ビスマスを加えた場合は、鉄損低減効果は、No.2の場合と遜色ない結果が得られた。また、耐吸湿性についても、No.2にはやや劣るものの、実用上問題のないレベルに達している。
一方、硫酸マンガンを加えたNo.4のクロムレス張力被膜用処理液の場合は、鉄損低減効果、耐吸湿性ともにNo.2と遜色のない結果が得られている。
【0023】
【表1】

【0024】
以上の実験結果から、リン酸マグネシウムとコロイド状シリカに金属塩化物を加えることが重要であることが判明した。
従来、張力被膜用処理液中の塩化物は、鋼板を錆びさせることから有害元素と考えられていた。しかしながら、発明者らは、張力被膜用処理液中に塩化物を添加することで、耐吸湿性と鉄損低減効果の両方が向上するという全く予想外の結果を得た。
【0025】
この結果について、発明者らは次のように考えている。
従来の知見から、張力被膜用処理液中のクロムイオンは、フリーのリン酸イオンをトラップすることにより被膜中のリンの溶出を抑える働きがある。また、このトラップによって被膜を強固にもするため、鉄損低減効果を高める働きがある。
【0026】
これに対して、クロム以外の金属化合物を用いた場合には、金属イオンがクロムイオンの代わりにリン酸イオンをトラップする働きがあり、被膜中のリンの溶出を抑えている。しかしながら、金属イオンの効果はクロムイオンの代替となる程ほど強くないので、従来のクロムレス皮膜では、耐吸湿性が十分に改善できなかった。
【0027】
そこで、本発明の張力被膜用処理液では、金属イオンとともに塩化物イオンを導入することにより、リンの溶出抑制効果を向上させるのである。すなわち、この塩化物イオンは、下地被膜と反応して下地被膜表面の凸部を優先的に溶解させ、下地被膜の表面粗度を低くする働きがあり、これにより、リンの溶出を効果的に抑制するのである。表面粗度が低いと、上塗り被膜の焼付け時に溶媒が発砲する起点を減少させることができ、被膜にクラックが発生しにくくなる。これに対し、クラックが発生すると、被膜の強度が下がり、方向性電磁鋼板に効果的に張力を付与できないため、鉄損低減効果が低下する。また、クラックから被膜中のリンが溶出し、耐吸湿性も劣化する。なお、塩化物イオンそのものは、昇温中に揮発して外気に放出されるために、鋼板を錆びさせるといった不具合は発生しない。
以上から、被膜に発生するクラックを如何に抑えるかがポイントであり、クラック防止の手段として塩化物イオンを供給する金属塩化物の添加が重要であることが究明されたのである。
【0028】
また、このような塩化物に加え、さらにホウ酸塩または硫酸塩を加えることによって、クロム化合物を含む張力被膜用処理液を使用した場合と比較して、やや劣っていた耐吸湿性も改善され、良好な耐吸湿性と鉄損低減効果を兼備させ得ることも併せて見出された。
【0029】
次に、本発明の各構成要件の限定理由について述べる。
まず、本発明で対象とする鋼板は、方向性電磁鋼板であれば特に鋼種を問わない。通常、かような方向性電磁鋼板は、含珪素鋼スラブを、公知の方法で熱間圧延し、1回もしくは中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延により最終板厚に仕上げたのち、一次再結晶焼鈍を施し、ついで焼鈍分離剤を塗布してから最終仕上焼鈍を行うことによって製造される。このとき、一般的な方向性電磁鋼板は、最終仕上焼鈍後に鋼板表面にフォルステライト下地被膜を有しているが、場合によっては焼鈍分離剤としてアルミナを用いたり、マグネシアに塩化物を添加した粉体を用いたりして、表面にほとんど下地被膜を形成させないようにして打抜き性や磁気特性を向上させるものもある。本発明は、このような、ほとんど下地被膜を形成させない場合においても表面の粗度を低くする働きがあり有効である。
【0030】
次に、張力被膜用処理液について述べる。
本発明では、コロイド状シリカとリン酸塩および塩化物とを必須成分とする。
ここに、コロイド状シリカは、鋼板に張力を付与して鉄損を低減するために必要な成分である。また、リン酸塩は、シリカのバインダーとして働くことにより、コーティングの成膜性を向上させ、被膜密着性の向上に有効に寄与する。そして、本発明では、上記のコロイド状シリカとリン酸塩に、さらに塩化物を配合するところに最大の特徴があり、この塩化物を配合することによって、鉄損低減効果と耐吸湿性の向上を図るものである。
ここに、各成分の配合比は次の通りとする。
固形分換算でコロイド状シリカ:20質量部に対して、Mg、Al、Ca、FeおよびMnのリン酸塩のうちから選んだ1種または2種以上を10〜80質量部とする。というのは、リン酸塩が、10質量部に満たないと被膜のクラックが大きくなり、上塗り被膜として重要な耐吸湿性が不十分となり、一方、リン酸塩が80質量部を超えるとコロイド状シリカが相対的に少なくなるために、張力が低下して鉄損低減効果が小さくなるからである。より好ましくは、コロイド状シリカ:20質量部に対して、リン酸塩:15〜40質量部の範囲である。
【0031】
また、さらに、固形分換算でコロイド状シリカ:20質量部に対して、Mg、Al、Fe、Bi、Co、Mn、Zn、Ca、Ba、SrおよびNiのうちから選んだいずれかの塩化物を3〜30質量部添加する。というのは、塩化物が、3質量部に満たないと、耐吸湿性、鉄損改善効果が不十分となり、一方、30質量部を超えるとコロイド状シリカが相対的に少なくなるために、張力が低下して鉄損低減効果が低くなるとともに、塩化物イオンが被膜中から除去しきれず錆びが発生しやすくなるからである。より好ましい添加量は、コロイド状シリカ:20質量部に対して、6〜15質量部の範囲である。
【0032】
さらに、本発明では、耐吸湿性の一層の改善を目的として、Li、Na、K、Mg、Mn、Ca、Ba、Sr、Sn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、AlおよびBiのホウ酸塩または硫酸塩のうちから選んだ1種または2種以上を配合することができる。しかしながら、配合比が固形物換算で、コロイド状態シリカ:20重量部に対して、1質量部に満たないと、その添加効果に乏しく、一方、10質量部を超えると、これらの添加物が張力被膜用処理液液中で溶解しきれずに表面にザラツキが発生するので、かようなホウ酸塩または硫酸塩の配合量は、1〜10質量部とすることが好ましい。より好ましい添加量は、コロイド状シリカ:20質量部に対して、4〜8質量部の範囲である。
【0033】
その他、シリカやアルミナなどの無機鉱物粒子は、耐スティッキング性の改善に有効なので、併せて使用することが可能である。ただし、添加量については、占積率を低下させないために最大でもコロイド状シリカ:20質量部に対して、1質量部とすることが好ましい。
【0034】
上記した処理液を電磁鋼板の表面に塗布、焼付けて張力被膜を形成する。被膜の目付け量は、両面で4〜15g/m2とすることが好ましい。4g/m2より少ないと層間抵抗が低下し、15g/m2より多いと占積率が低下するためである。
かかる張力被膜の焼付けは、平坦化焼鈍を兼ねて700℃〜950℃の温度範囲で2〜120秒の均熱時間とすることが好ましい。温度が低すぎたり、時間が短すぎると、平坦化が不十分で形状不良のために歩留りが低下する。一方、温度が高すぎたり、時間が長すぎると、平坦化焼鈍の効果が強すぎてクリープ変形して磁気特性が劣化する。
【実施例1】
【0035】
板厚:0.23mmの仕上焼鈍済みの方向性電磁鋼板を準備した。このときの方向性電磁鋼板の磁束密度B8は1.923Tであった。この方向性電磁鋼板を、リン酸酸洗後、種々のクロムレス張力被膜用処理液を両面で10g/m2塗布したのち、850℃、30秒の条件で焼付け処理を行った。その後、800℃、2時間の条件で歪取焼鈍を実施した。
【0036】
なお、クロムレス張力被膜用処理液としては、固形分換算でコロイド状シリカ:20質量部に対して、表2に示す配合比でリン酸塩および塩化物を加え、さらに耐熱性改善のために微粉末シリカ粒子を0.5質量部添加した組成のものを用いた。
【0037】
このようにして得られたクロムレス張力被膜付きの方向性電磁鋼板の諸特性を調査した。その結果を表2に併記する。なお、各特性の評価は次のようにして行った。
・発粉性:走査形電子顕微鏡による表面観察で確認
○:表面にフクレ、割れがない
△:わずかに表面にフクレ、割れあり
×:表面のフクレ、割れが激しい
・W17/50(R):張力被膜用処理液塗布直前の鉄損
・塗布後△W=W17/50(C)−W17/50(R) ただし、W17/50(C):張力被膜の焼付け直後の鉄損
・歪取焼鈍後△W=W17/50(A)−W17/50(R) ただし、W17/50(A):歪取焼鈍直後の鉄損
・耐熱性:50mm×50mmの試験片10枚を乾燥窒素雰囲気中にて19.6MPaの圧縮荷重付与下で、800℃×2時間の焼鈍後、500gの分銅を落下させ、試験片が全て剥離したときの落下高さにより判定。○:20cm △:40cm ×:60cm以上。
・密着性:非剥離最小曲げ径(mm)
・占積率:JIS Z 2550の方法に準拠
・外観:目視観察
・防錆性:温度:50℃、露点:50℃の空気中に50時間保持後、表面を観察。
○:錆がほとんどない △:若干錆が発生 ×:激しく錆が発生
・リンの溶出量:50mm×50mmの試験片3枚を100℃の蒸留水中で5分間煮沸した後、分析。
【0038】
【表2】

【0039】
表2に示した通り、リン酸塩および塩化物の添加量が共に本発明の範囲内の場合には、すべて良好な鉄損と耐吸湿性が得られた。
これに対して、比較例であるNo.5、すなわち、塩化物の添加量が適正範囲であっても、リン酸塩の添加量が少ない場合には、鉄損が著しく劣化した。
No.9、すなわち、塩化物の添加量が適正範囲であっても、リン酸塩の添加量が適正範囲よりも多い場合は、鉄損、耐吸湿性ともに劣化した。
No.10または26、すなわち、リン酸塩の添加量が適正範囲であっても、塩化物の添加量が適正範囲よりも少ない、あるいは塩化物を添加しない場合は、鉄損、耐吸湿性ともに劣化した。
No.13、すなわち、リン酸塩の添加量が適正範囲であっても、塩化物が適正範囲よりも多い場合は、鉄損が著しく劣化した。
【実施例2】
【0040】
磁区細分化処理として、4mmピッチで深さ20μmの溝を、圧延方向と直交する方向から10度傾けた角度で形成した板厚:0.23mmの仕上焼鈍済み方向性電磁鋼板を準備した。このときの方向性電磁鋼板の磁束密度B(R)は、1.887Tであった。これをリン酸で酸洗した後、種々のクロムレス張力被膜用処理液を両面で10g/m2塗布して、850℃、30秒で焼付け処理を施した。その後、800℃、2時間の条件で歪取焼鈍を実施した。
【0041】
なお、塗布したクロムレス張力被膜用処理液の成分組成は、固形分換算でコロイド状シリカ:20質量部に対して、リン酸マグネシウム:30質量部、塩化アルミニウム:10質量部および表3の配合比でホウ酸塩または硫酸塩を加え、さらに耐熱性改善のための微粉末アルミナ粒子0.5質量部添加したものとした。
【0042】
このようにして得られたクロムレス張力被膜付きの方向性電磁鋼板の諸特性を調査した結果を、表3に併記する。なお、表中の各項目についての説明は表2と同様である。
【0043】
【表3】

【0044】
表3に示した通り、本発明に従い、コロイド状シリカ、リン酸塩および金属塩化物からなる処理液中に、さらにホウ酸塩や硫酸塩を添加することにより、一層良好な耐吸湿性が得られている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固形分換算でコロイド状シリカ:20質量部に対して、Mg、Al、Ca、FeおよびMnのリン酸塩のうちから選んだ1種または2種以上:10〜80質量部と、Mg、Al、Fe、Bi、Co、Mn、Zn、Ca、Ba、SrおよびNiのうちから選んだいずれかの塩化物:3〜30質量部を配合したことを特徴とするクロムレス張力被膜用処理液。
【請求項2】
固形分換算でコロイド状シリカ:20質量部に対して、Mg、Al、Ca、FeおよびMnのリン酸塩のうちから選んだ1種または2種以上:10〜80質量部と、Mg、Al、Fe、Bi、Co、Mn、Zn、Ca、Ba、SrおよびNiのうちから選んだいずれかの塩化物:3〜30質量部ならびにLi、Na、K、Mg、Mn、Ca、Ba、Sr、Sn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、AlおよびBiのホウ酸塩または硫酸塩のうちから選んだ1種または2種以上:1〜10質量部を配合したことを特徴とするクロムレス張力被膜用処理液。
【請求項3】
請求項1または2に記載の処理液を、最終仕上焼鈍後の方向性電磁鋼板の表面に塗布、焼付けすることを特徴とするクロムレス張力被膜の形成方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の処理液を、最終仕上焼鈍後の方向性電磁鋼板の表面に塗布、焼付けして得たことを特徴とするクロムレス張力被膜付き方向性電磁鋼板。

【公開番号】特開2009−13467(P2009−13467A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−176395(P2007−176395)
【出願日】平成19年7月4日(2007.7.4)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】