説明

クロムレス被膜付き方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】方向性電磁鋼板にクロムを含まない被膜を適用した場合にあっても、クロム含有被膜を形成した鋼板と同レベルの高い耐吸湿性と低い鉄損を実現するクロムレス被膜付き方向性電磁鋼板を、その製造方法に併せて提供する
【解決手段】鋼板の表面に、セラミック質の下地膜を介して、クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を有する方向性電磁鋼板において、該下地膜でのチタン含有量を0.05g/m以上0.5g/m以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロムを含まない被膜を有する方向性電磁鋼板の表面に形成させるに際し、不可避的に発生する被膜欠陥を防止し、表面被膜性状を改善させるとともに鋼板に付与する張力を高め、鉄損を改善する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、方向性電磁鋼板においては、絶縁性、加工性および防錆性等を付与するために、その表面に被膜が施されている。かかる被膜は、最終仕上焼鈍時に形成されるフォルステライトを主体とする下地膜と、その上に被成されるリン酸塩系の上塗り被膜とからなるのが通例である。これらの被膜は、高温で形成され、しかも低い熱膨張率を持つことから、温度が室温まで低下した鋼板と被膜との間で熱膨張率に大きな差異が生じて、鋼板に張力を付与することになるため、鉄損の低減に有効である。従って、被膜には、できるだけ高い張力を鋼板に付与する機能が望まれている。
【0003】
従来、上記の諸特性を満たすために、被膜について種々の提案がなされている。例えば、特許文献1にはリン酸マグネシウム、コロイド状シリカおよび無水クロム酸を主体とする被膜が、また特許文献2にはリン酸アルミニウム、コロイド状シリカおよび無水クロム酸を主体とする被膜が、それぞれ提案されている。
【0004】
ところで、近年の環境保全への関心の高まりにより、クロムや鉛等の有害物質を含まない製品に対する要望が強まっており、方向性電磁鋼の分野においても、クロムを含まない被膜を形成させる方法の開発が望まれていた。しかし、クロムを用いないと、著しい耐吸湿性の劣化や張力低下によって鉄損改善効果が消失する等の、品質上の問題が発生するため、クロムを無添加とすることができなかった。ここに、被膜における耐吸湿性の劣化とは、被膜が大気中の水分を吸収し、この水分が部分的に液化して膜厚が薄くなったり被膜のない部分ができたりして、絶縁性や防錆性が劣化してしまうことである。
【0005】
この問題を解決する方法として、コロイド状シリカ、リン酸アルミニウム、ホウ酸及び硫酸塩からなるコーティング液を塗布する方法が、特許文献3に記載されている。この方法により、従来のクロム含有被膜に近い張力効果による鉄損改善と耐吸湿性の改善とがもたらされた。
しかしながら、この方法による鉄損ならびに耐吸湿性の改善は、効果にばらつきがあり、場合によっては問題となるレベルまで鉄損や耐吸湿性が劣化することがあった。このような品質のばらつきは同一コイル内においても著しく、不均一部分は巻き直しラインを用いて除去しなければならないために、大きな歩留まりロスになる上、巻き直しラインの操業を圧迫して生産量を低下させる主因となっていた。
【0006】
さらに、クロムを含まない被膜に関して、特許文献4にはクロム化合物の代りにホウ酸化合物を添加する方法が、特許文献5には酸化物コロイドを添加する方法が、特許文献6には金属有機酸塩を添加する方法が、それぞれ開示されているが、いずれの技術を用いても吸湿性並びに鉄損を改善する効果がコイル内で大きくばらつくために、完全な解決には至っていない。
【特許文献1】特公昭56−52117号公報
【特許文献2】特公昭53−28375号公報
【特許文献3】特公昭57−9631号公報
【特許文献4】特開2000−169973号公報
【特許文献5】特開2000−169972号公報
【特許文献6】特開2000−178760号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、方向性電磁鋼板にクロムを含まない被膜を適用した場合にあっても、クロム含有被膜を形成した鋼板と同レベルの高い耐吸湿性と低い鉄損を実現するクロムレス被膜付き方向性電磁鋼板を、その製造方法に併せて提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、前掲の特許文献3に記載された、クロムを含まない被膜において、耐吸湿性および鉄損の改善効果がばらつくのは、何らかの外乱要因があって所望の特性が達成できないものと考え、この原因を究明するために膨大な実験を実施した。その結果、最終仕上焼鈍後に被成されるセラミック質の下地膜におけるチタン含有量に応じて、ばらつきが生じることを見出した。このチタンは、焼鈍分離剤助剤に用いる酸化チタンが最終仕上焼鈍中に分解することにより被膜中に侵入してくるものである。酸化チタンは、被膜形成を促進するとともに、下地膜中にチタンを侵入させて強固な下地膜をつくるのに有効であるため、よく用いられている。
以下に、この知見を得るに至った実験について述べる。
【0009】
C:0.045mass%、Si:3.25mass%、Mn:0.07mass%およびSe:0.02mass%を含み、残部が鉄および不可避的不純物の成分組成になるスラブを、1380℃で30分間加熱後熱間圧延にて2.2mm厚とし、次いで950℃で1分間の熱延板焼鈍を施してから、1000℃で1分間の中間焼鈍を挟む冷間圧延にて0.23mmの最終板厚に仕上げたのち、脱炭焼鈍を850℃で2分間施した。その後、鋼板表面に酸化マグネシウム100質量部、酸化チタン0〜20質量部および硫酸ストロンチウム1質量部よりなる焼鈍分離剤を鋼板表面に両面で12g/m塗布し、乾燥して最終仕上焼鈍を施した。最終仕上焼鈍は、850℃から1150℃の領域で100%の湿H雰囲気において、その水素分圧(PH2)に対する水蒸気分圧(PH20)の比PH20/PH2を0.001から0.2まで変更して実施した。その後、未反応の焼鈍分離剤を除去した。
【0010】
かくして得られた鋼板を、300mm×100mmのサイズにせん断し、SST(Single Sheet Tester)試験機で磁気測定を行った。同時に、鋼板の一部を採取して下地膜におけるチタンの侵入量を化学分析にて測定し、測定値を鋼板両面当たりの目付け量に換算した。
【0011】
その後、リン酸酸洗を行った後にコーティング処理液として前掲の特許文献3に記載された、リン酸アルミニウム50質量部、コロイド状シリカ40質量部、ホウ酸5質量部および硫酸マンガン10質量部の配合割合になるコーティング剤を鋼板両面に乾燥重量で10g/m2塗布したのち、乾N2雰囲気にて800℃で2分間の焼付けを行った。なお、比較として、リン酸アルミニウム50質量部、コロイド状シリカ40質量部および無水クロム酸10質量部からなるコーティング液を用いて、同様に塗布そして焼付けを行った。
【0012】
かくして得られた鋼板に対して、再びSST試験機にて磁気測定を行った。また、Pの溶出試験も行った。すなわち、P溶出試験は、50mm×50mmの試験片3枚を100℃の蒸留水中で5分間浸漬して煮沸することによって被膜表面からPを溶出させ、そのPを定量分析した。このPの溶出量は、被膜の水分による溶解のしやすさを判別する目安になり、耐吸湿性を評価できる。さらに、被膜の耐食性について、50mm×100mmの試験片を温度50℃および湿度50%の雰囲気に50時間暴露した後、鋼板に発生した錆を面積率として評価した。
【0013】
以上の測定並びに評価結果について、錆発生率、磁気特性およびP溶出量と最終仕上焼鈍後の下地膜のチタン含有量との関係で整理して、図1、図2および図3にそれぞれ示す。
【0014】
まず、図1に示すように、クロム含有コーティングを用いると全体的に錆発生率は低く、錆発生率の下地膜チタン含有量の依存性も低い。ただし、下地膜のチタン含有量が0.02g/mを下回ったり0.4g/mを上回ったりすると、錆発生率が若干劣化する傾向がある。
これに対してクロムを含まないコーティングでは、多くの領域で錆発生率が高くなるが、下地膜のチタン含有量が0.05〜0.5g/mの範囲では良好な耐食性を示し、クロム含有被膜に遜色ない性能が得られている。
【0015】
これは、鉄損およびP溶出量についても同様であり、図2および3に示すとおり、クロムを含有しない被膜であっても下地膜のチタン含有量が0.05〜0.5g/mの範囲内にあれば、クロムを含有する被膜の場合と同等の優れた鉄損および耐久性の改善効果が認められた。
【0016】
以上の実験結果から、クロムを含有しない被膜を形成した場合、その下地膜のチタン含有量がクロムレス被膜の吸湿性や磁気特性および耐食性に及ぼす影響について、本発明者らは以下のとおり推察した。
まず、下地膜は一般にフォルステライトを主体とするセラミックの多結晶体となっているが、チタンはこのセラミック粒子の粒界中に濃化することにより粒界強度を高め、下地膜特性を改善する働きがある。チタンの被膜中への侵入量が低下すると下地膜の強度が弱くなるため部分的に剥離する。このような状態でコーティングを施しても、この部分剥離により張力効果が弱くなったり雰囲気に対する保護性が低下して、吸湿性、耐食性および張力による鉄損改善効果が低下するものと考えられる。
【0017】
逆に、チタンの下地膜中侵入量が多過ぎる場合には、チタンがセラミック粒子の粒界以外の場所でも存在するようになる。これは、主にフォルステライト中に取り込まれ、酸溶解性を促進させる効果を持つ。従って、このような下地膜上に、リン酸塩系の被膜を施すと、そのコーティング液によりフォルステライト粒子がエッチングされて一部が溶解するために、下地膜に薄い部分が生じる結果、やはり吸湿性、耐食性および張力効果が劣化してしまう。
【0018】
以上のことから、優れた被膜特性を得るためには、下地膜におけるチタン含有量を適正化することが肝要である。
【0019】
ここで、クロムを含有する被膜と含有しない被膜とを比較すると、クロムを含有する被膜はクロムがフリーのPをトラップするとともに、コーティング中のSi,OおよびPの結合中に入り込むことにより、被膜を強固にして吸湿性および耐食性の改善や張力による鉄損の改善をもたらすのに対し、クロムを含有しない被膜を用いた場合は、被膜強化効果がクロム入り被膜よりも小さいため、下地膜における僅かな不均一でも耐食性等を損ねることになる。従って、クロムを含有しない被膜の場合は、その下地膜の酸素目付け量の制御をより厳密に行う必要がある。
【0020】
また、従来用いられているクロムを含有するコーティング液を塗布すると、クロムは腐食性の強い元素でもあるため、下地膜のエッチング効果がクロムを含有しないコーティングよりも強くなる。従って、クロム含有コーティングを塗布した場合では、よりエッチング効果が強くなりすぎて被膜の溶解が進行してしまうので、チタン含有量を少なくする必要があるが、クロムを含有しない場合は、上述の点から、むしろチタン含有量は多いほうが良いのである。
【0021】
以上の点から、クロムを含有しない被膜では、その下地膜におけるチタン侵入により製品品質に大きな影響が及ぼされるようになるとともに、クロムを含有する被膜よりもチタン侵入量が多い側に最適値をもつことになる。
【0022】
従来、クロムを含有しない被膜では、コイル内での品質のばらつきが大きくなるという問題があったが、上記した知見により、この品質がばらつく原因とその対策が、ここに明らかになった。すなわち、コイル内で品質が不均一になるのは、箱焼鈍中のコイル内部での層間雰囲気に差異が生じることに起因する。コイル内巻き部では、一般にコイルの熱膨張による面圧が強まり、これにより層間内で発生したガスが滞留しやすくなる。この発生したガスとしては焼鈍分離剤主剤のMgOが持ち込む水和水が主体であり、この水蒸気が雰囲気に滞留すると、分離剤添加物の二酸化チタンがMgOおよび水分と反応して中間生成物を生成し、鋼板表面への侵入が促進される。すると、下地膜中のチタンの侵入量が外巻き部よりも内巻き部のほうが多くなり、その結果下地膜のチタン含有量がコイル内巻き部よりも外巻き部で多くなって、図1ないし3に示した適正範囲を外れてしまうのである。かようにチタン侵入量に差異が生じたため、チタン侵入量依存性の強いクロムレス被膜では品質にばらつきが生じるものと考えられる。従って、これを防ぐには、内巻き部および外巻き部の雰囲気差を解消するように、最終仕上焼鈍中の雰囲気酸化性である比PH20/PH2をできるだけ低いレベルで一定の範囲に収めることが必要となる。
【0023】
本発明は、以上の知見に基いてなされたものであり、その要旨構成は、次のとおりである。
(1) 鋼板の表面に、セラミック質の下地膜を介して、クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を有する方向性電磁鋼板であって、該下地膜におけるチタン含有量が鋼板両面当り0.05g/m以上0.5g/m以下であることを特徴とするクロムレス被膜付き方向性電磁鋼板。
【0024】
(2)Si:2.0〜4.0mass%を含有する鋼スラブに熱間圧延を施し、1回又は中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して最終板厚に仕上げ、その後一次再結晶焼鈍を施し、次いで鋼板表面にマグネシアを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから最終仕上焼鈍を行ったのち、クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を形成する一連の工程によって、方向性電磁鋼板を製造するに当たり、酸化マグネシウム:100質量部および二酸化チタン:1.0質量部以上12.0質量部以下を含有する焼鈍分離剤を塗布し、最終仕上焼鈍の少なくとも850℃から1150℃までの温度域の雰囲気における水素分圧(PH2)に対する水蒸気分圧(PH20)の比PH20/PH2を0.06以下に、かつ前記温度域のうちの少なくとも50℃にわたる温度域でのPH20/PH2を0.01以上0.06以下に調整することを特徴とするクロムレス被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、クロムを含まない被膜を適用した場合にあっても、磁気特性並びに被膜特性がともに優れた方向性電磁鋼板を安定して提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
次に、本発明の各構成要件を限定した理由について詳しく述べる。
まず、本発明が対象とする鋼板は、方向性電磁鋼用素材であれば、特に鋼種を問わない。この電磁鋼スラブを公知の方法で熱間圧延し、1回もしくは中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延により最終板厚に仕上げたのち、一次再結晶焼鈍を施し、焼鈍分離剤を塗布して最終仕上焼鈍を施す。このとき、最終仕上焼鈍後の下地膜のチタン含有量を0.05g/m2以上0.5g/m2以下となるように制御することが肝要である。
【0027】
この範囲に下地膜のチタン含有量を制御するためには、まず成分としてSi:2.0〜4.0mass%を含有させる。すなわち、Si量が2.0mass%未満では鉄損が劣化し、一方4.0mass%を超えると圧延性が低下する。なお、残部は鉄および不可避的不純物の組成でよいが、必要に応じて、一次再結晶組織を改善して磁気特性を改善するためにCを0.02〜0.10mass%、インヒビターとしてAlNを用いる場合はAlを0.01〜0.03mass%およびNを0.006〜0.012mass%、インヒビターとしてMnSまたはMnSeを用いる場合はMnを0.04〜0.20mass%およびSまたはSeを0.01〜0.03mass%、補助インヒビターとしてCu,Ni,Mo,Cr,Bi,SbおよびSnを単独もしくは複数で使用する場合にはそれぞれ0.01〜0.2mass%などを含有することができる。
【0028】
かような成分組成になる鋼スラブを加熱後に熱間圧延を施し、1回又は中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して最終板厚に仕上げ、次いで一次再結晶焼鈍を施す。その後、焼鈍分離剤を塗布した後最終仕上焼鈍を行う。この焼鈍分離剤中には酸化マグネシウム100質量部に対して二酸化チタンを1.0質量部以上12.0質量部以下で含有させる。すなわち、二酸化チタンの含有率が1.0質量部未満ではチタンの侵入量が少なすぎ、一方12質量部よりも多いとチタンの侵入量が多くなりすぎるために不適である。
【0029】
最終仕上焼鈍における850℃から1150℃までの温度域は、その後のチタンの鋼板表面への侵入量を決定する重要な領域である。ここでは雰囲気中にHを含有させることによって比PH20/PH2を0.06以下となるように調整する。この雰囲気における比PH20/PH2が0.06を超えると、下地膜にチタンが侵入しすぎるとともにコイルの内巻き部と外巻き部での層間雰囲気の酸化性の差が大きくなりすぎて、コイル層間で均一なチタン侵入が達成されなくなる。
【0030】
さらに、この850℃から1150℃までの温度域のうちの少なくとも50℃にわたる温度域で雰囲気の比PH20/PH2を0.01以上0.06以下の範囲に調整することも重要である。すなわち、ここでの比PH20/PH2が0.01よりも高い値をとることにより鋼板表面にチタンを侵入させやすくして品質を改善する。かような雰囲気制御の後、引き続き純化焼鈍を行って、同時に下地膜の形成も完了させる。
【0031】
以上の工程により最終仕上焼鈍後の下地膜のチタン含有量を鋼板両面当り0.05〜0.5g/m2とした後、未反応の焼鈍分離剤を除去し、リン酸などにより酸洗してからクロムを含まないリン酸塩系コーティング液を塗布する。
コーティング液成分としては、従来公知のもの、例えば前掲の特許文献3に記載された、コロイド状シリカとリン酸アルミニウム、ホウ酸及び硫酸塩からなるコーティング液、或いは前掲の特許文献4に記載されたホウ酸化含物を添加したもの、特許文献5に記載された酸化物コロイドを添加したもの、特許文献6に記載された金属有機酸塩を添加したもの等々、いずれのコーティング液においても使用可能である。また、これらコーティング液に、さらにシリカやアルミナ等の無機鉱物粒子を添加して、耐スティッキング性を改善することも可能である。コーティング液の目付け量は鋼板両面で4〜15g/m2とする。すなわち、4g/m2より少ないと層間抵抗が低下し、15g/m2より多いと占積卒が低下するためにこの範囲内とする。
【0032】
このコーティング液を塗布、そして乾燥した後、焼付けを兼ねて平坦化焼鈍を行う。なお、平坦化焼鈍の条件は、特に限定されるものではないが、焼鈍温度は700℃〜950℃の温度範囲で2〜120秒程度の均熱時間とするのが望ましい。焼鈍温度が700℃未満であったり均熱時間が2秒より短いと、平坦化が不十分になる結果、形状不良のために歩留まりが低下し、一方温度が950℃を超えたり均熱時間が120秒より長いと、平坦化焼鈍の効果が強すぎる結果、クリープ変形して磁気特性が劣化するため、上記の範囲とすることが好ましい。
【実施例1】
【0033】
C:0.06mass%、Si:3.3mass%、Mn:0.07mass%、Se:0.02mass%、Al:0.03mass%およびN:0.008mass%の成分になる鋼スラブを、熱間圧延し、次いで1050℃で1分間の中間焼鈍を挟む2回の最終冷延を行い、その後850℃で2分間の脱炭焼鈍を施して得た板厚0.23mmの脱炭焼鈍板に、焼鈍分離剤としてマグネシア100質量部に対して酸化チタンの量を変化させて添加した粉体を塗布して、各種の温度パターンで最終仕上焼鈍を行い、その後未反応の焼鈍分離剤を除去することにより、下地膜のチタン含有量が種々に異なる鋼板を準備した。これをリン酸酸洗処理した後に、成分組成が乾固固形分比率で、コロイド状シリカ:50mass%、リン酸マグネシウム:40 mass%、硫酸マンガン:9.5 mass%および微粉末シリカ粒子:0.5 mass%になるコーティング液を鋼板両面で10g/m2の塗布量にて施した。なお、最終仕上焼鈍後の鋼板の磁束密度はいずれもB8で1.92(T)であった。その後、850℃で30秒、乾N2雰囲気の焼付け処理を施した。
【0034】
かくして得られた鋼板の諸特性を調査した結果を、表1に示す。なお、下地膜のチタン含有量は、化学分析により測定した値を目付量換算した。
同表に示すように、前掲の特許文献1の記載に従って、単純に無水クロム酸の代わりに硫酸Mnを用いたのみの条件でも、下地膜のチタン含有量が0.05〜0.5g/m2の範囲にあれば、良好な被膜特性並びに鉄損が得られることがわかる。
【0035】
【表1】

【実施例2】
【0036】
実施例1の条件No.5と9の方法で処理した、最終仕上焼鈍後の下地膜のチタン含有量が0.18g/m2及び0.04g/m2で磁束密度がB8でいずれも1.92(T)の鋼板に、未反応の焼鈍分離剤を除去してから、リン酸酸洗処理を施した後に、成分組成が乾固固形分比率で、コロイド状シリカ:50 mass%、各種第1リン酸塩化合物:40 mass%及び無機化合物:9.5 mass%、そして微粉末シリカ粒子:0.5 mass%からなるコーティング液を鋼板両面で10g/m2にて施し、次いで乾N2雰囲気の焼付け処理を850℃および30秒で施した。
【0037】
かくして得られた鋼板の諸特性を調査した結果を、表2に示す。前掲の特許文献3ないし6に記載されたクロムを含まないいずれのコーティング液でも、下地膜のチタン含有量を適正範囲に制御することにより、優れた磁気特性および被膜特性が得られている。
【0038】
【表2】

【実施例3】
【0039】
実施例1と同様に脱炭焼鈍工程までを経た後、マグネシア100質量部に対し8質量部の二酸化チタンを含む焼鈍分離剤を塗布したコイルを2分割し、それぞれ箱焼鈍を行った。その際、焼鈍雰囲気は850℃から1150℃までを雰囲気の比PH20/PH2が0.05および0.12の2条件に変更して行った。
次いで、最終仕上焼鈍後にコイルをリン酸酸洗してからコーティング液を塗布し、焼付けを兼ねて800℃で30秒のヒートフラットニング処理を施した。その後、コイルの内、中および外巻き部よりサンプルを採取し、磁気特性および被膜特性を評価した。この評価結果を、表3に示す。
【0040】
同表よりわかるように、雰囲気の比PH20/PH2が0.12の条件で処理したものは全体に品質が劣化傾向にあるとともに内巻と外巻とでの品質差が激しいのに対して、比PH20/PH2が0.05の条件では内巻き〜外巻きの全長で均一な磁気特性および被膜特性を得ることができる。
【0041】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】最終仕上焼鈍板の下地膜におけるチタン含有量と錆発生率との関係を示すグラフである。
【図2】最終仕上焼鈍板の下地膜におけるチタン含有量と鉄損の測定結果との関係を示すグラフである。
【図3】最終仕上焼鈍板の下地膜におけるチタン含有量と吸湿性との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の表面に、セラミック質の下地膜を介して、クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を有する方向性電磁鋼板であって、該下地膜におけるチタン含有量が鋼板両面当り0.05g/m以上0.5g/m以下であることを特徴とするクロムレス被膜付き方向性電磁鋼板。
【請求項2】
Si:2.0〜4.0mass%を含有する鋼スラブに熱間圧延を施し、1回又は中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して最終板厚に仕上げ、その後一次再結晶焼鈍を施し、次いで鋼板表面にマグネシアを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから最終仕上焼鈍を行ったのち、クロムを含まないリン酸塩系の張力付与被膜を形成する一連の工程によって、方向性電磁鋼板を製造するに当たり、酸化マグネシウム:100質量部および二酸化チタン:1質量部以上12質量部以下を含有する焼鈍分離剤を塗布し、最終仕上焼鈍の少なくとも850℃から1150℃までの温度域の雰囲気における水素分圧(PH2)に対する水蒸気分圧(PH20)の比PH20/PH2を0.06以下に、かつ前記温度域のうちの少なくとも50℃にわたる温度域でのPH20/PH2を0.01以上0.06以下に調整することを特徴とするクロムレス被膜付き方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−137970(P2006−137970A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−326579(P2004−326579)
【出願日】平成16年11月10日(2004.11.10)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】