説明

クロメートフリープレコート金属板及びプレコート金属板用下地処理剤

【課題】安定な下地処理剤を用いて製造できる耐食性と塗膜密着性とに優れるクロメートフリープレコート金属板を提供する。
【解決手段】金属板の少なくとも片面に上層塗膜が形成されており、金属板と上層塗膜との間に、(1)分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤とを配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれるカチオン性有機樹脂とを含む造膜成分と、(2)チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる金属化合物とリン酸化合物とフッ素化合物とを含むインヒビター成分であって、金属化合物がフルオロ金属錯化合物である場合は、フッ素化合物(F)を含まなくても良いインヒビター成分と、を含有する下地処理層を有するクロメートフリープレコート金属板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属板の少なくとも片面に、環境負荷性の高い6価クロムを含まない下地処理層(β)、上層塗膜(α)が順次形成された、耐食性、塗膜密着性等に極めて優れ、しかも従来のプレコート金属板よりも少ない製造工程で安価に製造できるクロメートフリープレコート金属板、及びかかる下地処理に用いるためのプレコート金属板用下地処理剤に関する。
【背景技術】
【0002】
加工後に塗装されていた従来のポスト塗装製品に代わって、特に家電、建材、自動車などの産業分野では、着色した有機皮膜で予め被覆したプレコート金属板を使用して、塗装を必要とせずに加工するだけ製品を製造する技術が普及してきている。代表的なプレコート金属板の構成は、下地処理を施した金属板(めっきした金属板を含む)に、プライマー層とトップ層からなる2層構造の有機皮膜を被覆したもので、美観を有しながら、加工性を有し、耐食性が良好であるという特性を有している。
【0003】
従来のプレコート金属板では、一般に、下地処理層の上に形成したプライマー層が主に下地金属板の防錆性(耐食性)に寄与し、プライマー層の上に形成したトップ層が意匠性(加工部を含めた金属板全体の着色性、隠蔽性)を担っている。着色層であるトップ層は、溶剤系の塗料により、10μmを超える厚膜で形成されている。下地処理層は、従来はクロメート処理により形成されていたが、クロメート処理皮膜から溶出する可能性のある6価クロムの毒性問題から、近年はクロメート処理に代わるノンクロメート処理による下地処理皮膜が一般に用いられるようになっている。
【0004】
その一方、金属板上に上述の3つの処理層(下地処理層、プライマー層、トップ層)を設けたプレコート金属板は、建材や自動車、あるいは屋外に設置される空調室外機のように、過酷な環境での使用にも耐えるように設計されており、高価であった。しかしながら、ユーザーニーズの多様化により、屋内に設置される家電製品や内装建材等の穏和な使用条件での耐久性を有すれば充分に目的を達する分野での意匠性金属板の需要もあり、より低価格の製品が求められるようになってきた。
【0005】
穏和な条件での使用に特化した、安価に製造できる意匠性金属板として、例えば、特許文献1には、厚さ5μm以下の着色樹脂層を設けた着色鋼板が開示されている。また、特許文献2には特定の粗度を有する鋼板表面に発色皮膜を有する着色鋼板が開示されている。しかしながら、これらの着色鋼板はクロメート処理剤による下地皮膜を設けることで耐食性を担保する設計となっているため、昨今のノンクロム化ニーズに応えることができない。
【0006】
このように、下地金属板の上に設けられる処理層の構造(3層あるいは2層)にかかわらず、下地処理層のノンクロム化ニーズに応えるため、クロメート処理剤に代わる非クロメート系の下地処理剤が求められている。
【0007】
過酷な用途向けに開発された、ノンクロム下地処理層の従来のプレコート金属板では、下地処理層の上にプライマー層を形成し、その上に厚膜(膜厚10μm超)のトップ層を設けている。プレコート金属板の耐食性はプライマー層で担保しているため、下地処理層は主に金属板への塗膜密着性を担保するように設計されており、耐食性を担保することはあまり考慮されていなかった。
【0008】
一方、穏和な条件での使用に特化したプレコート金属板を開示している特許文献3には、下地金属板上に下地処理層と黒色塗膜を設けた黒色プレコート金属板が開示されている。特許文献3のプレコート金属板では、下地処理層の上に、プライマー層なしでトップ層(着色層)が薄膜(10μm以下)で形成されているため、金属板への塗膜密着性に主眼をおいた従来の下地処理層を用いても、塗装密着性は優れるが耐食性は満足できなかった。
【0009】
特許文献4には、塗装樹脂と金属板との密着性を飛躍的に向上させたプレコート金属板用のノンクロメート型下地処理剤として、タンニン又はタンニン酸、シランカップリング剤、及び微粒シリカを同時に含有する下地処理剤が開示されている。この特許文献の下地処理剤は、プレコート金属板製造の実操業において定常状態で長期にわたり使用している間に、処理剤中に沈殿が発生するという問題のあることが分かった。実操業時の安定性に欠けることは、生産性低下の主要因となるため、プレコート金属板を安価に製造するためには、実操業時の安定性の向上した下地処理剤の開発が求められている。
【0010】
特許文献5には、シランカップリング剤(A)、カチオン性ウレタン樹脂(B)、Zr化合物及び/またはTi化合物(C)並びにフッ素含有無機化合物(D)を含有するプレコート金属材料用水系表面処理剤が記載されている。この処理剤を用いて製造したプレコート金属材料は、塗装密着性(塗膜の加工密着性)、耐食性及び耐コインスクラッチ性に優れるということが記載されている。この引用文献の処理剤は、貯蔵安定性(処理剤を恒温装置内に40℃で3ヶ月貯蔵後のゲル化や沈殿等の状態を肉眼で観察して評価される)が良好であることも記載されている。しかし、引用文献5の処理剤は、プレコート金属板製造の実操業においては安定性に欠けることが分かった。また、この処理剤を用いて製造したプレコート金属材料はプライマー層があることを前提としているため、プライマー層なしでトップ層(着色層)が薄膜(10μm以下)である場合、やはり耐食性が劣るという課題を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平5−16292号公報
【特許文献2】特開平2−93093号公報
【特許文献3】国際公開第2010/137726号パンフレット
【特許文献4】特開2001−089868号公報
【特許文献5】特開2006−328445号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、耐食性と塗膜密着性の両方に優れるとともに、実操業条件下で安定な下地処理剤を用いて高い生産性で製造できるクロメートフリープレコート金属板、及びかかる下地処理に用いるためのプレコート金属板用下地処理剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は鋭意研究の結果、(1)特定の2種類のシランカップリング剤を配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、特定の有機樹脂から選ばれる少なくとも1種のカチオン性有機樹脂とを含む造膜成分と、(2)チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物とリン酸化合物とフッ素化合物とを含むインヒビター成分と、を含有する下地処理層(β)を有するクロメートフリープレコート金属板により、上記の目的を達成できるとの知見を得て、それを基に本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明の要旨を、その好ましい実施形態とともに示せば、次のとおりである。
〔1〕金属板の少なくとも片面に、上層塗膜(α)が形成されているクロメートフリープレコート金属板であって、前記金属板と前記上層塗膜(α)との間に、
(1)分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)とを配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物(C)と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種のカチオン性有機樹脂(D)とを含む、造膜成分(X)と、
(2)チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)とリン酸化合物(J)とフッ素化合物(F)とを含むインヒビター成分(Y)であって、但し、前記金属化合物(E)がフッ素化合物である場合は、前記フッ素化合物(F)を含まなくても良い、インヒビター成分(Y)と、
を含有する下地処理層(β)を有することを特徴とする、クロメートフリープレコート金属板。
〔2〕前記有機ケイ素化合物(C)における環状シロキサン結合と鎖状シロキサン結合の存在割合が、FT−IR反射法による環状シロキサン結合を示す1090〜1100cm-1の吸光度(C1)と鎖状シロキサン結合を示す1030〜1040cm-1の吸光度(C2)の比〔C1/C2〕で表して0.4〜2.5であることを特徴とする、上記〔1〕に記載のクロメートフリープレコート金属板。
〔3〕前記カチオン性有機樹脂(D)がポリウレタン樹脂を含有し、当該ポリウレタン樹脂がポリエーテルポリウレタン樹脂であることを特徴とする、上記〔1〕又は〔2〕に記載のクロメートフリープレコート金属板。
〔4〕前記カチオン性有機樹脂(D)がフェノール樹脂を含有し、当該フェノール樹脂が構造中にビスフェノールA構造を有することを特徴とする、上記〔1〕〜〔3〕のいずれか1つに記載のクロメートフリープレコート金属板。
〔5〕前記インヒビター成分(Y)が、バナジウム(IV)化合物(K)を更に含有することを特徴とする、上記〔1〕〜〔4〕のいずれか1つに記載のクロメートフリープレコート金属板。
〔6〕前記下地処理層(β)の付着量が10〜1500mg/m2であることを特徴とする、上記〔1〕〜〔5〕のいずれか1つに記載のクロメートフリープレコート金属板。
〔7〕前記上層塗膜(α)の厚さが10μm以下であることを特徴とする、上記〔1〕〜〔6〕のいずれか1つに記載のクロメートフリープレコート金属板。
〔8〕前記下地処理層(β)が、
前記造膜成分(X)と、
前記金属化合物(E)がフルオロ金属錯化合物(E’)である、前記インヒビター成分(Y)と、
を含有する下地処理剤を前記金属板の少なくとも片面に塗布し乾燥することにより形成されていることを特徴とする、上記[1]〜[7]のいずれか1つに記載のクロメートフリープレコート金属板。
[9](1)分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)とを配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物(C)と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種のカチオン性有機樹脂(D)とを含む、造膜成分(X)と、
(2)チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)とリン酸化合物(J)とフッ素化合物(F)とを含むインヒビター成分(Y)であって、但し、前記金属化合物(E)がフッ素化合物である場合は、前記フッ素化合物(F)を含まなくても良い、インヒビター成分(Y)と、
を含有することを特徴とする、プレコート金属板用下地処理剤。
[10]前記有機ケイ素化合物(C)が前記シランカップリング剤(A)と前記シランカップリング剤(B)を固形分質量比〔(A)/(B)〕が0.5〜1.7の割合で配合し反応させて得られる化合物であり、平均の分子量が1000〜10000であることを特徴とする、上記[9]に記載のプレコート金属板用下地処理剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、耐食性と塗膜密着性の両方に優れるとともに、実操業条件下で安定な下地処理剤を用いて高い生産性で製造できるクロメートフリープレコート金属板を提供することが可能となる。これにより、塗装を必要とせずに加工するだけで製品の製造を可能にするプレコート金属板、及びかかる下地処理に用いるためのプレコート金属板用下地処理剤を、より多くのユーザーに提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のクロメートフリープレコート金属板は、金属板の少なくとも片面に、下地処理層(β)と上層塗膜(α)とが順次形成されている。本発明のクロメートフリープレコート金属板における特徴は、下地処理層(β)が、造膜成分(X)とインヒビター成分(Y)とを含有する点にある。
【0017】
前記造膜成分(X)は、構造中に環状シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物(C)と、少なくとも1種のカチオン性有機樹脂(D)とを含む。
【0018】
造膜成分の一つである有機ケイ素化合物(C)は、分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)とを配合し反応させて得られ、且つ構造中に環状シロキサン結合を有する。
【0019】
本発明に用いることができる有機ケイ素化合物(C)は、例えば、分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)の加水分解縮合物等から得ることができる。環状シロキサン結合は、シランカップリング剤の加水分解反応とその後の縮合反応工程において形成される。この際、鎖状シロキサン結合も同時に形成される。
【0020】
有機ケイ素化合物(C)の構造中に含まれる「環状シロキサン結合」とは、Si−O−Si結合が連続する構成を有し、且つSiとOの結合のみで構成され、Si−Oの繰り返し数が3〜8の環状構造を指す。「鎖状シロキサン結合」とは、Si−O−Si結合が連続する構成を有し、且つSiとOの結合のみで構成され、Si−Oの繰り返し数が3〜8の間であって環状構造を有さないものを指す。本発明に係る有機ケイ素化合物(C)は、構造中に環状シロキサン結合を有することを必須とする。構造中に環状シロキサン結合を有していないと、造膜成分のバリヤー性が低くなり、耐食性が低下する。
【0021】
本発明では、有機ケイ素化合物(C)の環状シロキサン結合と鎖状シロキサン結合との存在割合は、フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)を用いて反射法によって測定することができる。本発明で用いる有機ケイ素化合物(C)においては、環状シロキサン結合と鎖状シロキサン結合の存在割合は、前述の測定法による環状シロキサン結合を示す1090〜1100cm-1の吸光度(C1)と鎖状シロキサン結合を示す1030〜1040cm-1の吸光度(C2)の比〔C1/C2〕で表して、少なくとも0.4であるのが好ましい。〔C1/C2〕比の上限は、2.5程度である。〔C1/C2〕比がこの範囲内(すなわち0.4〜2.5の範囲内)であると、造膜成分である有機ケイ素化合物(C)は環状構造によるバリヤー性と鎖構造による柔軟性の双方をバランスよく備えることができ、その結果として本発明のクロメートフリープレコート金属板の耐食性や加工部の塗膜密着性などの性能が向上する。また、樹脂分子と環状シロキサン結合部の絡合により、より強靭で緻密な皮膜が形成される。〔C1/C2〕比のより好ましい範囲は1.0〜2.0であり、最も好ましくは1.2〜1.7である。〔C1/C2〕比は、特に、反応温度を制御することにより、制御することができる。前記吸光度の測定は、例えば島津製作所社製フーリエ変換赤外分光光度計IRPrestiqe−21で行うことができる。
【0022】
本発明における分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)としては、特に限定するものではないが、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシランなどを例示することができる。分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)としては、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシランなどを例示することができる。
【0023】
好ましくは、有機ケイ素化合物(C)は、分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)を固形分質量比〔(A)/(B)〕が0.5〜1.7の割合で配合し反応させて得られる化合物である。シランカップリング剤(A)と(B)の固形分質量比〔(A)/(B)〕が0.5未満であると、有機ケイ素化合物(C)の疎水性および自己架橋性が高くなるため、下地処理剤の安定性が著しく低下し好ましくない。固形分質量比〔(A)/(B)〕が1.7を超えると、有機ケイ素化合物(C)の親水性およびカチオン性が高くなりすぎ、得られる下地処理皮膜の耐水性および耐食性が著しく低下するため好ましくない。固形分質量比〔(A)/(B)〕は、より好ましくは0.6〜1.5であり、最も好ましくは0.7〜1.3である。
【0024】
有機ケイ素化合物(C)は、好ましくは、分子内に下記一般式[1]
−SiR123 [1]
(式中、R1、R2及びR3は互いに独立に、アルコキシ基又は水酸基を表し、少なくとも1つはアルコキシ基を表す)
で表される官能基(a)を2個以上と、水酸基(官能基(a)に含まれるものとは別個のもの)及びアミノ基から選ばれる少なくとも1種の親水性官能基(b)を1個以上含有する。官能基(a)の数が2個以上になると、金属板表面と下地処理層との密着性、有機ケイ素化合物(C)の自己架橋性が向上し、皮膜形成能が高まる。官能基(a)のR1、R2及びR3の定義におけるアルコキシ基の炭素数は、特に制限されないが、1から6であるのが好ましく、1から4であるのがより好ましく、1又は2であるのが最も好ましい。
【0025】
有機ケイ素化合物(C)の分子内に官能基(b)が1個以上あると、下地処理層と上層塗膜との密着性が向上するとともに、下地処理剤中における有機ケイ素化合物(C)の安定性が向上する。
【0026】
有機ケイ素化合物(C)の官能基(a)、(b)は、例えば、島津製作所社製フーリエ変換赤外分光光度計IRPrestiqe−21や日本電子社製核磁気共鳴装置(NMR)JNM−ECXシリーズなどで測定することができる。
【0027】
有機ケイ素化合物(C)はまた、平均の分子量が1000〜10000であることが好ましい。ここでいう分子量は、特に限定するものではないが、TOF−MS法による直接測定およびクロマトグラフィー法による換算測定のいずれを用いて測定してもよい。好ましくは、平均分子量はGFC(ゲルフィルタレーションクロマトグラフィー)を用い、分子量標準物質としてエチレングリコールを用いて測定される。この方法で求めた平均の分子量が1000未満であると、有機ケイ素化合物(C)の水溶解性が高くなるため、形成された皮膜の耐水性や耐食性が低下する傾向がある。一方、平均の分子量が10000を超えると、有機ケイ素化合物(C)の水中への溶解性または分散性が低下する傾向があり、下地処理剤の安定性が損なわれることがある。有機ケイ素化合物(C)の平均分子量は、1300〜6000であることが好ましい。
【0028】
有機ケイ素化合物(C)の製造方法は、特に限定するものではないが、一例として、pHを4に調整した水に、シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(B)を順次添加し、所定時間攪拌する方法が挙げられる。シランカップリング剤(A)を添加すると水溶液が発熱するため、前もって水を冷却しておき、添加してから所定時間冷却し続け、一定の温度範囲にて製造することによって、有機ケイ素化合物(C)における環状シロキサン結合と鎖状シロキサン結合の存在比を制御することができる。
【0029】
具体的には、有機ケイ素化合物(C)の製造時の温度を制御することにより、前記比〔C1/C2〕を0.4〜2.5の好ましい範囲に制御することができる。そのための好ましい温度範囲は12〜40℃程度である。40℃より高い温度に上昇すると、環状シロキサン結合の生成割合が不足して前記比〔C1/C2〕が0.4未満となり、バリヤー性の低下にともなって耐食性が低下するため好ましくない。また、12℃未満であると、環状シロキサン結合の生成割合が過剰となって前記比〔C1/C2〕が2.5より大きくなり、皮膜が脆くなりすぎ、加工部の塗膜密着性が低下するため好ましくない。特に、温度範囲を15〜30℃に制御すると、前記比〔C1/C2〕が1.0〜2.0となるため好ましい。
【0030】
もう一つの造膜成分であるカチオン性有機樹脂(D)は、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれ、カチオン性官能基を有する、少なくとも1種の有機樹脂である。
【0031】
本発明に用いるカチオン性有機樹脂(D)は、第1〜第3級アミノ基及び第4級アンモニウム塩基の中から選ばれる少なくとも1種のカチオン性官能基を有する有機樹脂であり、水中に溶解もしくは分散されているものを好適に使用することができる。カチオン性有機樹脂(D)の水中への溶解もしくは分散は、自己溶解性もしくは自己分散性に基づいて達成されてもよく、またはカチオン性界面活性剤(例えばテトラアルキルアンモニウム塩等)及び/またはノニオン性界面活性剤(例えばアルキルフェニルエーテル等)の存在により分散されてもよい。
【0032】
有機樹脂(D)のカチオン性官能基としては、特に制限されないが、下記一般式(I)で表される第一〜第三アミノ基、一般式(II)で表される第四級アンモニウム塩基、第三級スルホニウム塩基、第四級ホスホニウム塩基等が挙げられる。カチオン性官能基は、経済性、プレコート金属板の耐食性の観点から、特に第一〜三アミノ基、第四級アンモニウム塩基が好ましい。アミノ基及びアンモニウム基としては、特に限定するものではないが、アミノ基、メチルアミノ基、エチルアミノ基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、トリメチルアンモニウム基、トリエチルアンモニウム基、等を挙げることができる。
【0033】
【化1】

【0034】
式(I)においてRa〜Reはそれぞれ互いに独立に水素原子、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、等を表す。アルキル基及びヒドロキシアルキル基としては、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ヒドロキシメチル、ヒドロキシエチル、ヒドロキシプロピル、ヒドロキシブチル等を挙げることができる。また、第四級アンモニウム塩基のカチオン成分の対になるアニオン成分としては特に限定するものではないが、水酸イオン、硫酸イオン、乳酸イオン、グリコール酸イオン、コハク酸イオン、硝酸イオン、酢酸イオン、リン酸イオン、フッ化物イオン、等の酸イオンを挙げることができる。
【0035】
前記カチオン性有機樹脂(D)の種類は、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂の少なくとも1種から選ばれる。ポリウレタン樹脂としては、ポリエーテルポリオール、ポリエステルポリオール、ポリカーボネートポリオールなどのポリオールと脂肪族、脂環式もしくは芳香族ポリイソシアネートとの縮重合物などが挙げられる。フェノール樹脂としては、フェノール、ビスフェノールA、ビスフェノールFなどのフェノール系化合物をホルマリンで縮合したフェノール樹脂を主骨格構造とするもので、フェノールと重合し得る他のモノマーとの共重合を含む、直鎖状の化合物だけでなく3次元的に縮合した形の化合物などが挙げられる。エポキシ樹脂は、ビスフェノール型、特にビスフェノールA型エポキシ化合物もしくはその他のグリシジルエーテル化合物などが挙げられる。
【0036】
前記ポリウレタン樹脂としては、ポリエーテルポリオール、ポリエステルポリオール、ポリカーボネートポリオール等のポリオールと脂肪族、脂環式もしくは芳香族ポリイソシアネートとの縮重合物であるウレタン樹脂において、用いるポリオールの一部として、(置換)アミノ基を有するポリオール(例えば、N,N−ジメチルアミノジメチロールプロパンなど)又はポリオキシエチレン基を有するポリオール(例えば、ポリエチレングリコールなど)を用いることによって得られる。ポリエーテルポリオールとしてはジエチレングリコール、トリエチレングリコール等のポリエチレングリコール、ポリエチレン/プロピレングリコールなどが例示される。ポリエステルポリオールとしてはアルキレン(例えば炭素数1〜6)グリコール(エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ネオペンチルグリコール、ヘキサメチレングリコール等)、ポリエーテルポリオール、ビスフェノールA、水添ビスフェノールA、トリメチロールプロパン、グリセリン等のポリオールとコハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバチン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸等の多塩基酸との重縮合によって得られる末端に水酸基を有するポリエステルポリオールなどが例示される。脂肪族、脂環式もしくは芳香族ポリイソシアネートとしてはトリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、シクロヘキシレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、リジンジイソシアネート等が例示される。
【0037】
前記フェノール樹脂としては、主骨格としてフェノール、ビスフェノールA、ビスフェノールFなどであるものを用いることができ、主骨格にビスフェノールA構造を有するものが好ましい。フェノール樹脂は、水溶性を確保するために第一級アミノ基、第二級アミノ基、第三級アミノ基および第四級アンモニウム基からなる群から選択される少なくとも1つのアミノ基を有するものである。中でも、第二級アミノ基、第三級アミノ基を有することがより好ましく、第三級アミノ基を有することが更に好ましい。前記アミノ基は、アミン化合物と、ホルムアルデヒドとの反応により得られる化合物が好適に挙げられる。これらのフェノール樹脂は、いわゆるマンニッヒ反応により、前記フェノール樹脂主骨格芳香環のヒドロキシ基のオルト位またはパラ位に、ホルムアルデヒド由来のメチレン基を介してアミノ基が結合した構造であると考えられる。芳香環が置換基を有する位置は特に限定されないが、芳香環のヒドロキシ基のオルト位および/またはパラ位が置換されたものであることが好ましい。
【0038】
前記エポキシ樹脂としては、ビスフェノール型、特にビスフェノールA型エポキシ化合物もしくはその他のグリシジルエーテル化合物にエチレンジアミン、トリメチレンジアミン、テトラメチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、フェニレンジアミン等のアルキレン(炭素数例えば1〜6)ジアミン又は芳香族ジアミンを作用させてカチオン化したエポキシ樹脂が挙げられる。
【0039】
本発明に用いる有機樹脂(D)は、ポリウレタン樹脂であることが好ましく、前記ポリウレタン樹脂はポリエーテル系ポリウレタン樹脂(ポリオールにポリエーテルポリオールを用いたポリウレタン樹脂)であることがより好ましい。ポリエーテル系ポリウレタン樹脂は、酸やアルカリによる加水分解を生じにくく、加工時の密着性や耐食性に優れる。また、前記ポリウレタン樹脂に加え、フェノール樹脂を含有することが好ましい。前記のように、フェノール樹脂がアミノ基を有するため、フェノール樹脂の極性が高くなるため水溶化しやすく、また処理剤中の金属成分をキレートし、処理剤安定性が改善される。また、樹脂構造中に含まれるアミノ基の窒素原子上に存在する非共有電子対が金属板あるいは上層塗膜との静電的相互作用を有するため、密着力の向上に起因して加工性が向上する。また、前記アミノ基が第一級アミノ基および第二級アミノ基の場合、アミノ基が反応性官能基として作用するため、同様に密着性が向上し、加工性が改善する。
【0040】
下地処理層(β)に含まれるインヒビター成分(Y)は、チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)とリン酸化合物(J)とフッ素化合物(F)とを含む。
【0041】
インヒビター成分の一つである、チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)としては、特に限定するものではないが、チタンフッ化水素酸、チタンフッ化アンモニウム、硫酸チタン、オキシ硫酸チタン、オキシシュウ酸チタンカリウム、ジルコンフッ化水素酸、ジルコンフッ化アンモニウム、硫酸ジルコニウム、オキシ塩化ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、酢酸ジルコニウムなどを例示することができる。この中でも、チタンフッ化水素酸、ジルコンフッ化水素酸であることがより好ましい。チタンフッ化水素酸、ジルコンフッ化水素酸を用いる場合、よる優れた耐食性や塗膜密着性を得ることができる。尚、前記金属化合物(E)がフッ素化合物である場合は、後で説明するフッ素化合物(F)を兼ねる事が出来る。この場合、フッ素化合物である金属化合物に加えて更にフッ化物(F)を含有しなくても良いが、更に含有していたとしても差し支えは無い。前記金属化合物(E)及び前記フッ素化合物(F)を兼ねる事が出来る成分としては、チタン及びジルコニウムから選ばれる少なくとも1種を有するフルオロ金属錯化合物(E’)などがあげられる。
【0042】
本発明で用いる下地処理剤においては、造膜成分に含まれる有機ケイ素化合物(C)とインヒビター成分に含まれるチタン化合物およびジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)の配合比が、有機ケイ素化合物(C)由来のケイ素(Si)と前記金属化合物(E)の金属成分(M)との質量比〔(Si)/(M)〕が0.08〜0.20となるようなものであることが好ましい。当該ケイ素(Si)と金属成分(M)との質量比〔(Si)/(M)〕が0.08未満であると、下地処理剤による皮膜形成時において金属成分から形成される酸化物皮膜の生成量が少なくなり、その結果としてプレコート金属板の耐食性が低くなるため好ましくない。0.20を超えると、金属成分から形成される酸化物皮膜の素材表面被覆率が高くなり、有機ケイ素化合物(C)の素材との反応点が少なくなるため、有機ケイ素化合物(C)による密着性付与効果が小さくなるため好ましくない。質量比〔(Si)/(M)〕は、0.12〜0.20であることがより好ましく、0.14〜0.18であることが最も好ましい。
【0043】
前記金属化合物(E)は、金属成分(M)としてチタン(MT)とジルコニウム(MZ)の双方を含有することが、プレコート金属板の耐食性や塗膜密着性を担保する上で好ましい。チタン(MT)とジルコニウム(MZ)の金属成分質量比〔(MT)/(MZ)〕は、0.50〜0.80であることが好ましい。金属成分質量比〔(MT)/(MZ)〕が0.50未満であると、チタンの酸化物皮膜が少なくなり、相対的に硬いジルコニウムの酸化物の存在割合が高くなるため、下地処理皮膜が下地金属材の塑性変形に付随した変形に対して脆くなり、皮膜欠陥が生じて、その結果プレコート金属板の耐食性が低下するため好ましくない。0.80を超えると、後述するリン酸イオンの溶出量が増大し、高湿環境下における経時の塗膜密着性が低下するため好ましくない。金属成分質量比〔(MT)/(MZ)〕は、0.60〜0.80であることがより好ましく、0.60〜0.70であることが最も好ましい。
【0044】
他のインヒビター成分であるリン酸化合物(J)は、プレコート金属板の耐食性を向上させるのに有効である。リン酸化合物(J)としては、特に限定するものではないが、リン酸、リン酸のアンモニウム塩、リン酸のアルカリ金属塩、リン酸のアルカリ土類金属塩などが挙げられる。耐食性付与効果を発揮するリン酸化合物(J)は、塩の種類により、リン酸イオンの溶出性を制御することができ、それによりプレコート金属板の耐食性保持時間や塗膜密着性を制御することができる。リン酸化合物(J)としては、リン酸、または重リン酸マグネシウムがより大きな耐食性改善効果が得られるため好ましく、リン酸と重リン酸マグネシウムを併用することがより好ましい。
【0045】
本発明で用いる下地処理剤においては、インヒビター成分に含まれるリン酸化合物(J)と造膜成分に含まれる有機ケイ素化合物(C)との固形分質量比〔(J)/(C)〕が0.02〜0.11であることが好ましい。固形分質量比〔(J)/(C)〕が0.02未満であると、リン酸化合物(J)の添加効果である耐食性などの向上効果が発現しないため好ましくない。0.11を超えると、下地処理剤の安定性が低下するため好ましくない。固形分質量比〔(J)/(C)〕は、0.03〜0.11であることがより好ましく、0.04〜0.10であることが最も好ましい。
【0046】
もう一つのインヒビター成分であるフッ素化合物(F)は、プレコート金属板の耐食性を向上させるのに有効である。フッ素化合物(F)としては、特に限定するものではないが、フッ化水素酸、チタンフッ化水素酸、ジルコンフッ化水素酸、ホウフッ化水素酸、ケイフッ化水素酸、及びこれらの水溶性塩等のフッ化物、錯フッ化物塩などを例示することができる。この中でも、チタンフッ化水素酸、ジルコンフッ化水素酸であることがより好ましい。チタンフッ化水素酸、ジルコンフッ化水素酸を用いる場合、よる優れた耐食性や塗膜密着性を得ることができる。上述したように、金属化合物(E)がフッ素化合物である場合は、更にフッ素化合物(F)を含有しなくても良いが、金属化合物(E)とは種類の異なるフッ素化合物(F)を更に含有していたとしても差し支えは無い。
【0047】
本発明で用いる下地処理剤においては、インヒビター成分に含まれるフッ素化合物(F)由来のFと造膜成分に含まれる有機ケイ素化合物(C)由来のSiとの固形分質量比〔(F)/(Si)〕が0.08〜0.50であることが好ましい。固形分質量比〔(F)/(Si)〕が0.08未満であると、フッ素化合物(F)の添加効果である耐食性の向上効果が発現しない可能性があるため好ましくない。0.50を超えると、耐食性が低下する可能性があるため好ましくない。固形分質量比〔(F)/(Si)〕は、0.10〜0.40であることがより好ましく、0.15〜0.30であることが更に好ましい。
【0048】
下地処理剤のインヒビター成分(Y)は、バナジウム(IV)化合物(K)を更に含むことができる。バナジウム(IV)化合物(K)としては、特に限定するものではないが、五酸化バナジウム(V25)、メタバナジン酸(HVO3)、メタバナジン酸アンモニウム(NH4VO3)、メタバナジン酸ナトリウム(NaVO3)、オキシ三塩化バナジウム(VOCl3)などの化合物のバナジウム(V)を、アルコールや有機酸等の還元剤を用いてバナジウム(IV)に還元したもの、あるいは、二酸化バナジウム(VO2)、バナジウムオキシアセチルアセトネート(VO(C5722)、オキシ硫酸バナジウム(VOSO4)などのバナジウム(IV)含有化合物、バナジウムアセチルアセトネート(V(C5723)、三酸化バナジウム(V23)、三塩化バナジウム(VCl3)などの化合物のバナジウム(III)を任意の酸化剤にてバナジウム(IV)に酸化したものなどが挙げられる。
【0049】
本発明で用いる下地処理剤がバナジウム(IV)化合物(K)を含む場合には、インヒビター成分に含まれるバナジウム化合物(K)と造膜成分に含まれる有機ケイ素化合物(C)との固形分質量比〔(K)/(C)〕が0.020〜0.060であることが好ましい。固形分質量比〔(K)/(C)〕が0.020未満であると、バナジウム(IV)化合物(K)に起因したインヒビター効果が得られないため好ましくない。0.060を超えると、形成した下地処理層に含まれるバナジウム(IV)化合物(K)と有機物との錯化合物により、高湿条件下において下地処理層が黄色着色し、意匠性を損ねる場合があるため好ましくない。固形分質量比〔(K)/(C)〕は、0.025〜0.060であることがより好ましく、0.030〜0.055であることが最も好ましい。
【0050】
本発明のクロメートフリープレコート金属板においては、下地処理層(β)が存在することによって、プレコート金属板の耐食性と塗膜密着性が向上するとともに、プレコート金属板の高い生産性を実現することができる。
【0051】
下地処理層(β)の存在によりプレコート金属板の耐食性と塗膜密着性が向上する理由は、次のように考えられる。
【0052】
第一に、本発明では下地処理層のための造膜成分(X)として、分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)とを配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物(C)と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種のカチオン性有機樹脂(D)とを用いている。有機ケイ素化合物(C)として2種類のシランカップリング剤(A)および(B)を配合し反応させて得られる化合物を用いることによって、金属板と上層塗膜とのカップリング効果(双方のカップリング剤(A)、(B)のアルコキシシリル基が金属板と架橋構造を形成し、カップリング剤(A)のアミノ基とカップリング剤(B)のグリシジル基が上層塗膜と架橋構造を形成することによる)が生じ、両者の密着性が確保される。特に、造膜成分(X)がアミノ基とグリシジル基の両方を含むことで、下地処理層は様々な材料で形成された上層塗膜との密着性を改善することができる。
【0053】
また、有機ケイ素化合物(C)の構造中に環状シロキサン結合を含ませることで、下地処理層のバリヤー性が向上し、プレコート金属板の耐食性が改善される。
【0054】
下地処理層においてシランカップリング剤由来の有機ケイ素化合物(C)のみを用いた場合には、それが特に構造中に環状シロキサン結合を含むために、下地処理層の凝集力や柔軟性が不足して、プレコート金属板を加工したときに下地処理層の凝集破壊が生じ、塗膜の密着性が低下する。本発明の下地処理層の形成には、造膜成分として有機ケイ素化合物(C)とともに有機樹脂(D)を含む処理剤を用いており、従って下地処理層は有機ケイ素化合物(C)と有機樹脂(D)との複合によって形成されている。そのため、下地処理層の凝集力や柔軟性が確保されて、塗膜密着性が改善される。
【0055】
有機ケイ素化合物(C)と有機樹脂(D)との複合は、下地処理層のバリヤー性を向上させ、それによりプレコート金属板の耐食性が向上する。
【0056】
第二に、本発明では下地処理層のためのインヒビター成分(Y)として、チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)とリン酸化合物(J)とフッ素化合物(F)を用いている。これらの化合物は、沈殿型インヒビターとして下地金属板(めっきがあるときはめっき層)と反応し、緻密なバリヤー層を形成することにより、プレコート金属板の耐食性を向上させる。
【0057】
単独のインヒビターとしての耐食性向上効果は、リン酸化合物が最も大きいが、前記金属化合物とフッ素化合物の添加により耐食性向上効果は相乗的に増大する。インヒビター成分がリン酸化合物のみであると、下地処理層中に未反応で残存するリン酸イオンが湿潤環境下で上層塗膜との密着性を低下させる(二次塗膜密着性を低下させる)。インヒビター成分としてリン酸化合物とともに添加される前記金属化合物とフッ素化合物は、下地処理層中に残存するリン酸イオンを捕捉する働きをし、二次塗膜密着性の低下を防止する役割も担っている。
【0058】
下地処理層(β)の存在によりプレコート金属板の高い生産性を実現することができる理由は、次のように考えられる。
【0059】
第一に、シランカップリング剤は反応性の高い化合物であるため、下地処理剤をプレコート金属板製造の実操業において定常状態で長期にわたり使用している間にそれらの一部が反応して溶解性に劣る反応生成物となり、これが会合し凝集物となって沈殿する。金属板が亜鉛系めっき鋼板である場合、下地処理剤中に亜鉛イオンが溶出する。溶出した亜鉛イオンは上記反応生成物と反応し、高分子量化し、反応生成物の電荷が失われる方向に進むため、溶解度が更に低下し沈殿の発生が助長される。しかし、本発明で使用する下地処理剤中にはカチオン性有機樹脂が存在しており、その樹脂エマルションの疎水性部分に、上記の反応生成物が疎水性相互作用によって吸着する。これにより、反応生成物どうしの会合と凝集が防止されて、その結果沈殿が抑制される。
【0060】
第二に、本発明の下地処理剤において使用する、2種類のシランカップリング剤を配合し反応させて得られる有機ケイ素化合物は、有効な反応サイトの数がシランカップリング剤どうしの反応によって減少している。そのため、有機ケイ素化合物は、単独のシランカップリング剤ほどの高い反応性を持たず、従って凝集物になりにくい。また、下地処理剤中の有機ケイ素化合物は環状シロキサン結合を含むため、その結合の立体障害により、処理剤の成分どうしの反応を抑制することができる。
【0061】
第三に、下地処理剤中のカチオン性有機樹脂は、シランカップリング剤が比較的安定に存在できる弱酸性(pH2.0〜6.5)領域で安定に存在できる。それにより、プレコート金属板製造の実操業時に下地処理剤を定常状態で長期にわたり安定に保つのに寄与することができる。
【0062】
本発明のクロメートフリープレコート金属板における下地処理層(β)は、前記下地処理剤を金属板の少なくとも片面に塗布し、50〜250℃の到達温度で乾燥を行うことにより形成することができる。乾燥のための到達温度が50℃未満であると、下地処理剤の溶媒が完全に揮発しないため好ましくない。250℃を超えると、下地処理剤にて形成された皮膜の有機鎖の一部が分解するため好ましくない。到達温度は、70℃〜150℃であることがより好ましく、100℃〜140℃であることが最も好ましい。
【0063】
下地処理剤の塗布方法は、特に限定されず、一般に公知の塗装方法、例えば、ロールコート、カーテンフローコート、エアースプレー、エアーレススプレー、浸漬などを利用する方法が可能である。
【0064】
下地処理層(β)は、乾燥後の付着量が10〜1500mg/m2であることが好ましい。付着量が10mg/m2未満であると、金属板の表面を十分に被覆できないため耐食性や塗膜密着性が著しく低下するため好ましくない。1500mg/m2を超えると、塗膜密着性が低下するため好ましくない。付着量は、50〜1000mg/m2であることがより好ましく、100〜700mg/m2であることがもっとも好ましい。
【0065】
本発明に用いる下地処理剤は、本発明の効果を損なわない範囲で、塗工性を向上させるためのレベリング剤や水溶性溶剤、金属安定化剤、エッチング抑制剤などを使用することが可能である。レベリング剤としては、ノニオンまたはカチオンの界面活性剤として、ポリエチレンオキサイドもしくはポリプロピレンオキサイド付加物やアセチレングリコール化合物などが挙げられる。水溶性溶剤として、はエタノール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコールおよびプロピレングリコールなどのアルコール類、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルなどのセロソルブ類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類、アセトン、メチルエチルケトンおよびメチルイソブチルケトンなどのケトン類が挙げられる。金属安定化剤としては、EDTA、DTPAなどのキレート化合物が挙げられる。エッチング抑制剤としては、エチレンジアミン、トリエチレンペンタミン、グアニジンおよびピリミジンなどのアミン化合物類が挙げられる。特に一分子内に2個以上のアミノ基を有するものが金属安定化剤としても効果があり、より好ましい。
【0066】
本発明のクロメートフリープレコート金属板において、下地処理層(β)の上の上層塗膜(α)は一般に、プレコート金属材の上層塗膜の形成に用いられる公知の塗料のいずれかを用いて形成することができる。
【0067】
上層塗膜(α)のためのベース樹脂は、水系、溶剤系、粉体系等のいずれの形態のものでもよい。樹脂の種類としては一般に公知のもの、例えば、ポリアクリル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリブチラール系樹脂、メラミン系樹脂等をそのまま、あるいは組み合わせて使用することができる。
【0068】
上層塗膜(α)には、着色顔料を添加してもよい。着色顔料としては、酸化チタン(TiO2)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化ジルコニウム(ZrO2)、炭酸カルシウム(CaCO3)、硫酸バリウム(BaSO4)、アルミナ(Al23)、カオリンクレー、カーボンブラック、酸化鉄(Fe23、Fe34)等の無機顔料や、有機顔料などの、一般に公知の着色顔料を用いることができる。
【0069】
上層塗膜(α)には、前述の着色顔料以外に、必要に応じて防錆顔料を添加してもよい。防錆顔料としては、一般に公知のもの、例えば、(1)リン酸亜鉛、リン酸鉄、リン酸アルミニウムなどのリン酸系防錆顔料、(2)モリブデン酸カルシウム、モリンブデン酸アルミニウム、モリブデン酸バリウムなどのモリブデン酸系防錆顔料、(3)酸化バナジウムなどのバナジウム系防錆顔料、(4)水分散性シリカ、フュームドシリカなどの微粒シリカ、などを用いることができる。上層塗膜には、必要に応じ、更にそのほかの添加剤を添加することも可能である。
【0070】
上層塗膜(α)の厚さは、プレコート金属板の用途に応じ、様々である。一般には、プレコート金属板における上層皮膜層の厚さは1〜25μm程度である。1μm未満であるとプレコート金属板の耐食性が悪くなり、25μm超では塗膜の加工性が劣る。
【0071】
屋内に設置される家電や内装建材等の穏和な環境での使用を意図したプレコート金属板の場合は、本発明によるプレコート金属板の上層塗膜(α)として、例えば特許文献3に記載されたような着色塗膜を形成することができる。穏和な環境での使用を意図したプレコート金属板の着色塗膜は、10μm以下の膜厚であることが好ましく、より好ましい膜厚は2〜10μmである。本発明のプレコート金属板は、下地処理層の上に、プライマー層を設けることなく上層塗膜を形成することができる点で、穏和な環境での用途に好適である。従って、本発明のプレコート金属板における上層塗膜(α)の好ましい厚さは10μm以下である。この場合、10μm以下の薄い膜厚で形成される上層塗膜は、環境対応の観点から水系の塗料から形成されるものであることが好ましい。
【0072】
上層塗膜用の塗料の塗布は、一般に公知の塗布方法、例えば、ロールコート、カーテンフローコート、エアースプレー、エアーレススプレー、浸漬、バーコート、刷毛塗りなどの方法で行うことができる。
【0073】
本発明のプレコート金属板では、下地処理層と上層塗膜層との間に、防錆顔料を添加した皮膜層を下層塗膜層(プライマー層)として設けてもよい。
【0074】
下層塗膜層のベース樹脂は、水系、溶剤系、粉体系等のいずれの形態のものでもよい。また、下層塗膜層は接着剤層であってもよい。樹脂の種類としては、一般に公知のもの、例えば、ポリアクリル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリブチラール系樹脂、メラミン系樹脂等をそのまま、あるいは組み合わせて使用することができる。防錆顔料としては任意のものを使用できるが、一般に公知のもの、例えば、(1)リン酸亜鉛、リン酸鉄、リン酸アルミニウムなどのリン酸系防錆顔料、(2)モリブデン酸カルシウム、モリンブデン酸アルミニウム、モリブデン酸バリウムなどのモリブデン酸系防錆顔料、(3)酸化バナジウムなどのバナジウム系防錆顔料、(4)水分散シリカ、ヒュームドシリカなどの微粒シリカ、などを用いることができる。防錆顔料の添加量は1〜40質量%が好適である。1質量%未満であると耐食性効果が少なく、40質量%を超えると塗膜の加工性が低下して不適である。
【0075】
防錆顔料を含む下層塗膜層の厚さは、一般に1〜25μm程度がよい。1μm未満であると防錆効果が不充分であり、25μmを超えると塗膜の加工性が劣る。防錆顔料を含む塗膜層の塗布は、一般に公知の塗布方法、例えば、ロールコート、カーテンフローコート、エアースプレー、エアーレススプレー、浸漬、バーコート、刷毛塗りなどで行うことができる。
【0076】
本発明のプレコート金属板における下地金属板は、塗装して用いられる任意の金属板でよい。そのような金属板の例としては、鉄、鉄基合金、アルミニウム、アルミニウム基合金、銅、銅基合金などを材料とする金属板を挙げることができる。金属板上にめっきしためっき金属板を使用することもできる。中でも本発明の適用において最も好適なものは、亜鉛系めっき鋼板、アルミニウム系めっき鋼板である。
【0077】
亜鉛系めっき鋼板としては、亜鉛めっき鋼板、亜鉛−ニッケルめっき鋼板、亜鉛−鉄めっき鋼板、亜鉛−クロムめっき鋼板、亜鉛−アルミニウムめっき鋼板、亜鉛−チタンめっき鋼板、亜鉛−マグネシウムめっき鋼板、亜鉛−マンガンめっき鋼板、亜鉛−アルミニウム−マグネシウムめっき鋼板、亜鉛−アルミニウム−マグネシウム−シリコンめっき鋼板等の亜鉛系めっき鋼板、更にはこれらのめっき層に少量の異種金属元素または不純物としてコバルト、モリブデン、タングステン、ニッケル、チタン、クロム、アルミニウム、マンガン、鉄、マグネシウム、鉛、ビスマス、アンチモン、錫、銅、カドミウム、ヒ素等を含有したもの、シリカ、アルミナ、チタニア等の無機物を分散させたものが含まれる。
【0078】
アルミニウム系めっき鋼板としては、アルミニウム又はアルミニウムとシリコン、亜鉛、マグネシウムの少なくとも1種とからなる合金をめっきした鋼板、例えば、アルミニウムめっき鋼板、アルミニウム−シリコンめっき鋼板、アルミニウム−亜鉛めっき鋼板、アルミニウム−シリコン−マグネシウムめっき鋼板等が挙げられる。
【実施例】
【0079】
次に、実施例により本発明を更に説明する。しかし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0080】
(1)金属板
使用した金属板の種類を表1に示す。めっきを施した金属板の基材には、板厚0.5mmの軟鋼板を使用した。SUS板についてはフェライト系ステンレス鋼板(鋼成分:C;0.008質量%、Si;0.07質量%、Mn;0.15質量%、P;0.011質量%、S;0.009質量%、Al;0.067質量%、Cr;17.3質量%、Mo;1.51質量%、N;0.0051質量%、Ti;0.22質量%、残部Fe及び不可避的不純物)を使用した。金属板はシリケート系アルカリ脱脂剤のファインクリーナー4336(日本パーカライジング(株)製)を用いて、濃度20g/L、温度60℃の条件で2分間スプレー処理し、純水で30秒間水洗したのちに乾燥したものを使用した。
【0081】
【表1】

【0082】
(2)下地処理層
下地処理層を形成するためのコーティング剤(以下、下地処理剤と呼称)は、表3〜8に示す有機ケイ素化合物、有機樹脂、フルオロ金属錯化合物、リン酸化合物、バナジウム(IV)化合物を表9に示す配合量(質量%)で配合し、塗料用分散機を用いて攪拌することで調製した。上記(1)で準備した金属板の表面に該下地処理剤を表10〜13に示す付着量になるようにロールコーターで塗装し、熱風乾燥炉を用いて表10〜13に示す到達板温度の条件で乾燥させることで、下地処理層を形成させた。
【0083】
(2−1)有機ケイ素化合物
酢酸にてpH4に調整したイオン交換水に、表2に示すシランカップリング剤を、表3に示す組み合わせ、及び配合比率で順次添加し、所定の温度(製造時の開始温度と最高温度を表3に示す)に制御しながら撹拌し、固形分が20%の有機ケイ素化合物水溶液を得た。得られた有機ケイ素化合物の平均の分子量、及びFT−IR反射法による環状シロキサン結合を示す1090〜1100cm-1の吸光度(C1)と鎖状シロキサン結合を示す1030〜1040cm-1の吸光度(C2)の比〔C1/C2〕を表3に示す。なお、〔C1/C2〕はシランカップリング剤を反応させる時の反応温度により制御した。
【0084】
<分子量>
5質量%に水で希釈した有機ケイ素化合物の水溶液のゲル濾過クロマトグラフィー分析(カラム温度40℃)から求めた。ポリエチレングリコール(分子量:600〜12000)換算値の分子量100未満に相当する部分を省いた数値を平均の分子量とした。
【0085】
<FT−IR>
FT−IR装置に、赤外全反射吸収スペクトル装置を装備して使用した。測定は、波数範囲650〜4000cm-1、分解能4cm-1、積算回数16回、25℃の温度で行った。得られた赤外吸収スペクトルから、ベースライン法(900cm-1、1200cm-1)により、環状シロキサン結合を示す1090〜1100cm-1の吸光度(C1)と鎖状シロキサン結合を示す1030〜1040cm-1の吸光度(C2)を求めた。
【0086】
【表2】

【0087】
【表3】

【0088】
(2−2)有機樹脂
使用した有機樹脂を表4に示す(有機樹脂D1〜D6の製造例は下記製造例1〜6の通り)。
【0089】
<製造例1:カチオン性ポリウレタン樹脂の製造例>
ポリエーテルポリオール(合成成分:テトラメチレングリコールおよびエチレングリコール、分子量1500)150質量部、トリメチロールプロパン6質量部、N−メチル−N,N−ジエタノールアミン24質量部、イソホロンジイソシアネート94質量部およびメチルエチルケトン135質量部を反応容器に入れ、70℃〜75℃に保ちながら1時間反応させてウレタンプレポリマーを生成させた。ついで該反応容器にジメチル硫酸15質量部を入れ、50〜60℃で30分〜60分間反応させて、カチオン性ウレタンプレポリマーを生成させた。ついで該反応容器に水576質量部を入れ、混合物を均一に乳化させた後、メチルエチルケトンを回収してカチオン性ポリウレタン樹脂の水分散体(D1)を得た。
【0090】
<製造例2:カチオン性ポリウレタン樹脂の製造例>
ポリエステルポリオール(合成成分:マレイン酸と1,4−ブタンジオ−ルの縮合物、分子量1500)150質量部、トリメチロールプロパン6質量部、N−メチル−N,N−ジエタノールアミン24質量部、イソホロンジイソシアネート94質量部およびメチルエチルケトン135質量部を反応容器に入れ、70℃〜75℃に保ちながら1時間反応させてウレタンプレポリマーを生成させた。ついで該反応容器にジメチル硫酸15質量部を入れ、50〜60℃で30分〜60分間反応させて、カチオン性ウレタンプレポリマーを生成させた。ついで該反応容器に水576質量部を入れ、混合物を均一に乳化させた後、メチルエチルケトンを回収してカチオン性ポリウレタン樹脂の水分散体(D2)を得た。
【0091】
<製造例3:カチオン性ポリウレタン樹脂の製造例>
ポリカーボネートポリオール(合成成分:ポリ(ヘキサメチレンカーボネート)ジオール、分子量1500)150質量部、トリメチロールプロパン6質量部、N−メチル−N,N−ジエタノールアミン24質量部、イソホロンジイソシアネート94質量部およびメチルエチルケトン135質量部を反応容器に入れ、70℃〜75℃に保ちながら1時間反応させてウレタンプレポリマーを生成させた。ついで該反応容器にジメチル硫酸15質量部を入れ、50〜60℃で30分〜60分間反応させて、カチオン性ウレタンプレポリマーを生成させた。ついで該反応容器に水576質量部を入れ、混合物を均一に乳化させた後、メチルエチルケトンを回収してカチオン性ポリウレタン樹脂の水分散体(D3)を得た。
【0092】
<製造例4:カチオン性フェノール樹脂の製造例>
還流冷却機を備えた1000mLのフラスコ内に、フェノール1モル(96g)及び触媒としてp−トルエンスルホン酸0.3gを仕込み、内部温度を100℃まで上げ、ホルムアルデヒド水溶液0.7モル(56.8g)を1時間かけて添加し、100℃で2時間還流下に反応させた。その後、反応容器を水冷静置し、上層に分離する水層の濁りがなくなってから、デカンテーションして水層を除去し、さらに170℃〜175℃になるまで加熱攪拌して、未反応分及び水分を除去した。次に、100℃まで温度を下げ、ブチルセロソルブ234gを添加して重縮合物を完全に溶解させた後、純水234gを加え、系内の温度が50℃まで下がったところで、N−メチルプロパノールアミン1モル(89g)を添加し、これにホルムアルデヒド水溶液0.7モル(56.8g)を50℃で約1時間かけて滴下した。さらに、80℃まで温度を上げ、約3時間攪拌しながら反応を続け、カチオン性フェノール樹脂の水分散体(D4)を得た。
【0093】
<製造例5:カチオン性フェノール樹脂の製造例>
還流冷却機を備えた1000mLのフラスコ内に、ビスフェノールA1モル(228g)及び触媒としてp−トルエンスルホン酸0.3gを仕込み、内部温度を100℃まで上げ、ホルムアルデヒド水溶液0.85モル(69g)を1時間かけて添加し、100℃で2時間還流下に反応させた。その後、反応容器を水冷静置し、上層に分離する水層の濁りがなくなってから、デカンテーションして水層を除去し、さらに170℃〜175℃になるまで加熱攪拌して、未反応分及び水分を除去した。次に、100℃まで温度を下げ、ブチルセロソルブ234gを添加して重縮合物を完全に溶解させた後、純水234gを加え、系内の温度が50℃まで下がったところで、ジエタノールアミン1モル(75g)を添加し、これにホルムアルデヒド水溶液1モル(81.1g)を50℃で約1時間かけて滴下した。さらに、80℃まで温度を上げ、約3時間攪拌しながら反応を続け、カチオン性フェノール樹脂の水分散体(D5)を得た。
【0094】
<製造例6:カチオン性エポキシ樹脂の製造例>
還流冷却器、攪拌機、窒素導入管、温度計および滴下ロートを取り付けた4つ口フラスコ中に、ビスフェノールAとエピクロルヒドリンから既知の方法で合成したエポキシ当量188のエポキシ樹脂476部、ビスフェノールA203部、ポリカプロラクトンジオール(商品名TONE0200、UCC社製)40部を仕込み、窒素雰囲気中で150℃に加熱保持しながら、ジメチルベンジルアミン23部を2回に分けて添加し、エポキシ当量1190になるまで反応させ、その後室温まで冷却し、メチルイソブチルケトンで不揮発分80%になるまで希釈し、アミン変性エポキシ樹脂を得た。還流冷却器、攪拌機を取り付けた4つ口フラスコに得られたアミノ変性エポキシ樹脂842部を仕込み、110℃に加熱保持し、次いで、N−メチルエタノールアミン38部、およびアミノエチルエタノールアミンのケチミン化物の79重量%メチルイソブチルケトン溶液20部を加え、120℃で1時間反応させ、変性カチオン性エポキシ樹脂を得た。次いで、別の容器にイオン交換水248部と酢酸37.4部を秤りとり、70℃まで加温した変性カチオン性エポキシ樹脂1528.4部(固形分として70部)を徐々に滴下し、攪拌して均一に分散したカチオン性エポキシ樹脂の水分散体(D6)を得た。
【0095】
【表4】

【0096】
(2−3)金属化合物、リン酸化合物、フッ素化合物、バナジウム(IV)化合物
使用した金属化合物、リン酸化合物、フッ素化合物、バナジウム(IV)化合物を各々表5〜8に示す。
【0097】
【表5】

【0098】
【表6】

【0099】
【表7】

【0100】
【表8】

【0101】
【表9】

【0102】
(3)プライマー塗膜
上記(2)で下地処理を施した金属板に、必要に応じてプライマー塗料として以下に示す塗料をロールコーターで表10〜13に示す膜厚になるように塗布し、熱風を吹き込んだ誘導加熱炉で到達板温が220℃になるように硬化乾燥して、プライマー塗膜層を形成した。
【0103】
・ポリエステルA
日本ペイント製P641プライマー塗料、防錆顔料として亜リン酸亜鉛系を使用。
・ポリエステルB
日本ペイント製P641プライマー塗料、防錆顔料としてV/P(バナジン酸/リン酸)系を使用。
・ポリエステルC
日本ペイント製P641プライマー塗料、防錆顔料としてMo系を使用。
・ポリエステルD
日本ペイント製P641プライマー塗料、防錆顔料としてカルシウムシリケート系を使用。
・ウレタン
日本ペイント製P108プライマー塗料、防錆顔料として亜リン酸亜鉛系を使用。
・エポキシ
日本ペイント製P304プライマー塗料、防錆顔料として亜リン酸亜鉛系を使用。
【0104】
(4)上層塗膜
上記(2)で下地処理を施した金属板、もしくは更に上記(3)でプライマー塗膜を形成した金属板に上層塗料として以下に示す塗料をロールコーターで表10〜13に示す膜厚になるように塗布し、熱風を吹き込んだ誘導加熱炉で下記所定の温度になるように硬化乾燥して、上層塗膜層を形成した。
【0105】
・溶剤系
日本ペイント製FL100HQ(ポリエステル系、色は白)、到達板温220℃。
・水系A
東洋紡績製水性ポリエステル樹脂(バイロナールMD−1200)、日本サイテックインダストリーズ製メラミン樹脂(サイメル303)、三菱化学製カーボンブラック(MA100)、日産化学工業製コロイダルシリカ(スノーテックスN)、三井化学製ポリエチレンワックス(ケミパールW500)を各々固形分質量%で60%/10%/10%/15%/5%になるように配合した水系塗料、到達板温220℃。
・水系B
三井化学製水性ポリウレタン樹脂(タケラックWS−5000)、日本サイテックインダストリーズ製メラミン樹脂(サイメル303)、三菱化学製カーボンブラック(MA100)、日産化学工業製コロイダルシリカ(スノーテックスN)、三井化学製ポリエチレンワックス(ケミパールW500)を各々固形分質量%で65%/5%/10%/15%/5%になるように配合した水系塗料、到達板温220℃。
【0106】
(5)プレコート金属板
上記(4)で説明したように上層塗膜を形成したプレコート金属板の塗膜構成を表10〜13に示す。
【0107】
【表10】

【0108】
【表11】

【0109】
【表12】

【0110】
【表13】

【0111】
(6)評価試験
上記(5)で説明したプレコート金属板(試験板)の耐食性、塗膜密着性、及び上記(2)で説明した下地処理層剤の安定性を下記に示す評価方法及び評価基準で評価した。その評価結果を表14〜17に示す。
【0112】
(耐食性)
試験板の端面をテープシールした後、JIS Z 2371に準拠した塩水噴霧試験(SST)を120時間及び240時間行い、錆発生状況を観察し、下記の評価基準(評点)で評価した。
5:錆、膨れの発生なし。
4:錆、膨れの発生面積が0.1%未満。
3:錆、膨れの発生面積が0.1%以上、1%未満。
2:錆、膨れの発生面積が1%以上、2.5%未満。
1:錆、膨れの発生面積が2.5%以上。
【0113】
(塗膜密着性1)
試験板に180°折り曲げ加工を施した後、折り曲げ加工部外側のテープ剥離試験(テープ剥離方法はJIS K 5600−5−6に準拠)を実施した。テープ剥離部の外観を下記の評価基準(評点)で評価した。なお、折り曲げ加工は20℃雰囲気中で、スペーサーを間に挟まずに(一般に0T曲げと呼ばれる)、及びスペーサーを間に1枚挟んで(一般に1T曲げと呼ばれる)実施した。
5:塗膜に剥離は認められない。
4:極一部の塗膜に剥離が認められる(ルーペで観察して何とか分かる程度)。
3:一部の塗膜に剥離が認められる(ルーペで観察して分かる程度)。
2:部分的な塗膜に剥離が認められる(目視で容易に分かる程度)。
1:ほとんどの塗膜に剥離が認められる(目視で容易に分かる程度)。
【0114】
(塗膜密着性2)
試験板を温度40℃、湿度90%の条件下に1000時間静置した後、その試験板を上記(塗膜密着性1)と同じ評価方法、評価基準(評点)で評価した。
【0115】
(下地処理剤の保存安定性)
下地処理剤を40℃オーブン中で所定時間保管した後、これを用いて上記(耐食性)(塗膜密着性1)の評価を行い、新鮮な(作液後常温で1日以内)下地処理剤を使用した場合と比較して、性能(評点)の低下が見られない最大の保管時間を下記の評価基準(評点)で評価した。
5:保管時間2ヶ月で性能(評点)の低下が見られない。
4:保管時間2ヶ月では性能(評点)の低下が見られたが、保管時間1ヶ月では性能(評点)の低下が見られない。もしくは、保管時間2ヶ月で下地処理剤が固形化した。
3:保管時間1ヶ月では性能(評点)の低下が見られたが、保管時間14日では性能(評点)の低下が見られない。もしくは、保管時間1ヶ月で下地処理剤が固形化した。
2:保管時間14日では性能(評点)の低下が見られたが、保管時間7日では性能(評点)の低下が見られない。もしくは、保管時間14日で下地処理剤が固形化した。
1:保管時間7日で性能(評点)の低下が見られた。もしくは、保管時間7日で下地処理剤が固形化した。
【0116】
(下地処理剤の操業安定性)
下地処理剤に、亜鉛粉末(粒径: 約0.3〜1.5mm(14〜50 mesh ASTM))を濃度が100ppmとなるように添加し、40℃で3時間攪拌して溶解した。その後、下地処理剤300mlを500mlのふた付きポリ容器に入れて、40℃の恒温槽中で3日間静置した。恒温槽から取り出した下地処理剤を#300メッシュのフィルターで濾過し沈殿物を回収し、純水で洗浄後、沈殿物を110℃オーブン中で充分に(概ね2時間)乾燥したのち、デシケーター中で常温まで戻した後、重量を測定した。沈殿物の重量が1mg未満のとき、沈殿の発生は無いと判定した。下記の評価基準(評点)で評価した。なお、原板がSUS板の場合については試験を行わなかった。
5:下地処理剤に目視で異常がなく、且つ沈殿の発生は無い。
4:下地処理剤に若干の濁りが見られるが、沈殿の発生は無い。
3:100mg未満の沈殿が発生。
2:100mg以上500mg未満の沈殿が発生。
1:500mg以上の沈殿が発生。
【0117】
【表14】

【0118】
【表15】

【0119】
【表16】

【0120】
【表17】

【0121】
本発明の実施例はいずれの評価試験においても評点3以上の優れた耐食性、塗膜密着性、下地処理剤の安定性(保存安定性、操業安定性)を示した。
【0122】
一方、本発明の範囲を外れた比較例である、有機ケイ素化合物が分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤を配合し反応させて得られたものではない比較例1〜5は、耐食性、塗膜密着性、下地処理剤の安定性が劣っていた。有機ケイ素化合物が構造中に環状シロキサン結合を含まない比較例6は耐食性、下地処理剤の安定性が劣っていた。下地処理層の造膜成分に有機樹脂を含まない比較例7は、耐食性、塗膜密着性が劣っていた。下地処理層の造膜成分に有機ケイ素化合物を含まない比較例8は、耐食性、下地処理剤の安定性が劣っていた。下地処理層の造膜成分にアニオン性の有機樹脂を使用した比較例9、10は、下地処理剤の安定性が著しく劣っていた。下地処理層のインヒビター成分に金属化合物、フッ素化合物を含まない比較例11は、耐食性、塗膜密着性が劣っていた。下地処理層のインヒビター成分にリン酸化合物を含まない比較例12は、耐食性が劣っていた。下地処理層にインヒビター成分を含まない比較例13は、耐食性が著しく劣っていた。下地処理層にポリエステル樹脂/シランカップリング剤/タンニン酸系(特許文献3(国際公開第2010−137726号パンフレット)の実施例)を使用した比較例14、15は耐食性、下地処理剤の操業安定性が劣っていた。下地処理層がない比較例16は耐食性、塗膜密着性が著しく劣っていた。下地処理層のインヒビター成分にフッ素化合物を含まない比較例17は耐食性、塗膜密着性、下地処理剤の操業安定性が劣っていた。
【0123】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に発明の技術的範囲に属するものと了解される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板の少なくとも片面に、上層塗膜(α)が形成されているクロメートフリープレコート金属板であって、前記金属板と前記上層塗膜(α)との間に、
(1)分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)とを配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物(C)と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種のカチオン性有機樹脂(D)とを含む、造膜成分(X)と、
(2)チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)とリン酸化合物(J)とフッ素化合物(F)とを含むインヒビター成分(Y)であって、但し、前記金属化合物(E)がフルオロ金属錯化合物(E’)である場合は、前記フッ素化合物(F)を含まなくても良い、インヒビター成分(Y)と、
を含有する下地処理層(β)を有することを特徴とする、クロメートフリープレコート金属板。
【請求項2】
前記有機ケイ素化合物(C)における環状シロキサン結合と鎖状シロキサン結合の存在割合が、FT−IR反射法による環状シロキサン結合を示す1090〜1100cm-1の吸光度(C1)と鎖状シロキサン結合を示す1030〜1040cm-1の吸光度(C2)の比〔C1/C2〕で表して0.4〜2.5であることを特徴とする、請求項1に記載のクロメートフリープレコート金属板。
【請求項3】
前記カチオン性有機樹脂(D)がポリウレタン樹脂を含有し、当該ポリウレタン樹脂がポリエーテルポリウレタン樹脂であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のクロメートフリープレコート金属板。
【請求項4】
前記カチオン性有機樹脂(D)がフェノール樹脂を含有し、当該フェノール樹脂が構造中にビスフェノールA構造を有することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載のクロメートフリープレコート金属板。
【請求項5】
前記インヒビター成分(Y)が、バナジウム(IV)化合物(K)を更に含有することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のクロメートフリープレコート金属板。
【請求項6】
前記下地処理層(β)の付着量が10〜1500mg/m2であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載のクロメートフリープレコート金属板。
【請求項7】
前記上層塗膜(α)の厚さが10μm以下であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載のクロメートフリープレコート金属板。
【請求項8】
前記下地処理層(β)が、
前記造膜成分(X)と、
前記金属化合物(E)がフルオロ金属錯化合物(E’)である、前記インヒビター成分(Y)と、
を含有する下地処理剤を前記金属板の少なくとも片面に塗布し乾燥することにより形成されていることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載のクロメートフリープレコート金属板。
【請求項9】
(1)分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)とを配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物(C)と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種のカチオン性有機樹脂(D)とを含む、造膜成分(X)と、
(2)チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)とリン酸化合物(J)とフッ素化合物(F)とを含むインヒビター成分(Y)であって、但し、前記金属化合物(E)がフルオロ金属錯化合物(E’)である場合は、前記フッ素化合物(F)を含まなくても良い、インヒビター成分(Y)と、
を含有することを特徴とする、プレコート金属板用下地処理剤。
【請求項10】
前記有機ケイ素化合物(C)が前記シランカップリング剤(A)と前記シランカップリング剤(B)を固形分質量比〔(A)/(B)〕が0.5〜1.7の割合で配合し反応させて得られる化合物であり、平均の分子量が1000〜10000であることを特徴とする、請求項9に記載のプレコート金属板用下地処理剤。

【公開番号】特開2012−237065(P2012−237065A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−103812(P2012−103812)
【出願日】平成24年4月27日(2012.4.27)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】