説明

クロロシラン類の化学処理方法

【課題】従来、高純度のクロロシラン類中の無機系不純物元素の分析においては試料の加水分解反応は塩化水素、ケイ酸の生成と熱の発生を伴う激しい反応であり、効率良く安全に分解することが極めて困難であった。また気体試料の場合、微量不純物の検出のためには大量の試料を扱う必要があり、分解に時間がかかる問題があった。
【解決手段】本発明の分析法により、冷却固化させた試料と、同様に予め冷却固化させたフッ化水素酸、あるいは液体のフッ化水素酸を接触させることにより、クロロシラン類を安全で穏やかに短時間で分解できる。その後、副生成物を加熱気化により除去すると共に、微量不純物を濃縮することで高感度に不純物を分析できる分析試料の処理の提供を目的とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はクロロシラン類中に微量存在する不純物元素を分析する際の分析試料処理技術に関する。本発明において試料処理の対象とするクロロシラン類としては、テトラクロロシラン、トリクロロシラン、ジクロロシランから選ばれる1種または2種以上のクロロシラン類混合物があげられる。
【背景技術】
【0002】
半導体シリコンなどの製造原料として使用されるモノシランの製造原料であるクロロシラン類は、あるいは半導体シリコンなどの製造原料として使用されるジクロロシランの原料であるクロロシラン類は、含まれる不純物量が極微量であっても半導体シリコンなどの電気特性に著しい悪影響を与えるため、超高純度の品質が要求される。このためクロロシラン類中の不純物元素を極低いレベルに維持管理する製造技術や品質管理方法の検証を行う不純物の分析は重要である。
【0003】
従来、高純度のクロロシラン類中の不純物元素、特に金属元素などの無機系元素やドーパント元素と言われるホウ素、リン、ヒ素などの分析の場合、例えばクロロシラン類を分析装置に直接導入し分析する方法(特許文献1)、クロロシラン類と水とを反応させ加水分解する方法(非特許文献1、2)、気化させたクロロシラン類をフッ化水素酸水溶液中に導いて分解後、副生する塩酸やケイフッ化物を除去する方法(特許文献2)などが知られている。
【0004】
しかしながらクロロシラン類を直接分析装置へ導入する場合、大量の試料を取り扱うことが難しく、超微量の不純物分析においては、検出感度を高めることができないという問題があった。一方、クロロシラン類の分析試料の加水分解反応は塩化水素ガスの発生や発熱を伴う激しい反応であり、短時間で効率的に、しかも作業の安全性を確保しながら分解するためには、大掛かりな冷却装置を付属させた専用の反応容器の作成およびその装置によるクロロシラン類の慎重な扱いや長時間に及ぶ分解反応操作が必要であった。
【0005】
また試料を気化させて取り扱う場合、気体の濃度が爆発範囲に入り、発火、爆発等の恐れがあり、取り扱いに危険を伴う上に、微量不純物を検出するためには大量の試料を扱う必要があり、そのために分解に多くの時間を要するという問題があった
【特許文献1】特開平2−110350号公報
【特許文献2】特開平1−302157号公報
【非特許文献1】Journal of The Chinese Instituteof Chemical Engineers,5,99-105(1974)
【非特許文献2】Analyst,115,29-34(1990)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、クロロシラン類中の不純物分析に先行する試料処理の際、上記の問題点を回避する目的でなされたもので、大量のクロロシラン類を安全で穏やかに短時間で分解する化学処理方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の方法は、高純度のクロロシラン類を冷却固化させ、同様に冷却固化させたフッ化水素酸水溶液を冷却固化させたクロロシラン類に接触させることにより、あるいは液体のフッ化水素酸水溶液を冷却固化させたクロロシラン類に接触させることにより、加水分解させる化学処理に関する。クロロシラン類の分析試料を冷却固化させることで反応性の高い気体分子の蒸気圧を極めて低く抑えることができるため、また反応熱を低く抑えることができるため、安全に分析試料を扱うことができる。必要に応じて反応性の高い空気中の酸素や水分との接触を避けるために、また環境からの不純物の汚染を避けるために不活性ガス雰囲気下でクロロシラン類と反応試薬を接触させながら分解することもできる。
【発明の効果】
【0008】
冷却固化させたフッ化水素酸水溶液を予め冷却固化させたクロロシラン類試料の上にのせる、あるいは液体のフッ化水素酸水溶液を予め冷却固化させたクロロシラン類試料の上に滴下接触させ、固化させた試料表面へフッ化水素酸を反応させることで加水分解を順次極低温で安定した状態で穏やかに進行させる。静置したままで自然にクロロシラン類試料の分解を行うことができ、試料処理としてクロロシラン類を安全に取り扱うことができる。
【0009】
また環境からの不純物の汚染を避けるために不活性ガス雰囲気下で、この分解液を加熱し主成分であるケイ素を揮発性の高いフッ化物として除去しながら、分解液中に残存する不純物を濃縮することで分析前試料を調製することができる。本操作により高純度クロロシラン類の不純物分析を容易ならしめる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
前記の試料の冷却固化は具体的に次のようにして行う。図1に一例としてあげた装置で、予め配管内をアルゴンガスまたは窒素ガス等の不活性ガスで置換しておき、クロロシラン類(試料)をボンベなどの容器から内径約5mmのポリテトラフルオロエチレン製配管を経由し、同様にアルゴンまたは窒素ガス等で置換された内容量200mlの試料採取容器に供給する。その後にこの容器を液体窒素で冷却し、試料を完全に凍結する。
【0011】
アルゴンガスなどの不活性ガスで系内を置換することで反応性の高い空気中の水分や酸素を遮断することができ、安全にクロロシラン類を取り扱うことができる。以上述べた分解反応に使用する器具や配管は図1に示すように、各部を連結させ、必要な箇所に切り替えバルブを配置し、相互に連結させた密封系とするのが安全上好ましい。
【0012】
次いでフッ化水素酸水溶液を同様に別の容器(内容量200ml)で予め冷却固化しておき、それを取り出し冷却固化された試料上に置くことにより、あるいは液体のフッ化水素酸水溶液を冷却固化された試料に滴下することにより、それぞれ冷却固化されたクロロシラン類の固体の表面に接触させることで、固体表面から水やフッ化水素との反応の際に生成する反応熱により徐々に溶解しながら加水分解反応が進行する。
【0013】
生成する酸化ケイ素は、さらにフッ化水素と反応し、水に可溶なケイ素のフッ化物や揮発性の高いフッ化物となる。この操作に於いて、クロロシラン類と反応性の高い空気中の酸素や水分との接触を避けるために、本分解反応を不活性ガス雰囲気下で行うことが望ましい。
【0014】
前記の固体試料の分解工程において、使用するフッ化水素酸水溶液のフッ化水素の濃度は30〜70質量%程度であることが好ましい。また使用する水の量やフッ化水素の量は以下に示す反応式を参考に必要量を計算し、実際に使用する水やフッ化物の量は反応を完全に行わせるために、また反応の際に生成する塩酸やフッ酸の酸性水溶液中に不純物化合物を安定に溶解させるため、過剰量、具体的には計算量の1.1〜1.5倍量を使用するのが好ましい。
但し、クロロシラン類の加水分解反応やフッ化水素酸との反応は、以下に示すジクロロシランの反応例のように、複数の反応が進行する。
水との反応では無水ケイ酸が生成する。
SiHCl+2HO → SiO+2HCl+3H
フッ化水素酸との反応では、加熱により揮発性の四フッ化ケイ素が生成する。
SiHCl+4HF → SiF+2HCl+H
また、過剰のフッ化水素酸の存在下では、水溶性の六フッ化ケイ素酸が生成するが、加熱により揮発性の四フッ化ケイ素に変化する。
SiHCl+6HF → SiH(水溶性)+2HCl+H
一方、生成した無水ケイ素酸はフッ化水素酸との反応で、加熱により揮発性の四フッ化ケイ素となる。
SiO+4HF → SiF+2H
この様にして、それぞれの反応により生成するケイ素化合物は、加熱処理により最終的にはSiFとして揮発し消失する。
【0015】
さらに、前記の工程において、固体試料の分解を行ない、溶液状態になった後、好ましくは100℃〜120℃の温度に加熱し、主成分であるケイ素のフッ化物を分解液から実質的に蒸発し除去する。本発明の化学処理法で、前記の分解工程において、分析上、必要であればマンニトールなどのホウ酸との錯形成剤を少量添加することで揮発しやすいホウ素化合物を補足することができる。本発明の化学処理によりケイ素化合物の除去された分解液を得た後、残存する不純物を加熱濃縮し、その後に採用する分析方法に適合する操作を行い測定前の試料を調製することができる。
【0016】
加熱濃縮後、残渣と高純度カーボン粉末を混合し、電極に成形してスパークイオン源質量分析法(以下SSMS法と略す)で定量を行うことができるし、または、加熱濃縮の後、塩酸や硝酸により濃縮された不純物を再溶解し塩酸あるいは硝酸溶液とし、誘導結合プラズマ質量分析法、誘導結合プラズマ発光分光分析法、あるいは元素によりグラファイトファーネス原子吸光法などにより分析することもできる。
【0017】
SSMS法は固体試料中の微量不純物を検出できるため、高純度材料の分析に用いられる。この方法では試料を電極として真空中でスパーク放電させ、イオン化した原子を質量分析することにより、元素の同定・定量が可能となる。写真乾板を検出器として用い、炭素の黒化度を標準に元素の定量を行う。少量の高純度炭素粉末に試料を濃縮することで簡単に濃縮倍率を上げることができる。また同時に軽元素を含めた固体中の全元素の測定が可能である。この優れた分析手段をさらに活用し、電極の先端部のみに試料を濃縮・成形し、残査と混合するカーボンの量を最小限の量にすることで、要求される分析感度をあげることができる。
【0018】
一方、テトラクロロシラン、トリクロロシラン、ジクロロシランから選ばれる1種または2種以上のクロロシラン類混合物を冷却固化させ、同様にフッ化水素酸水溶液を冷却固化させ、これら固体同志を接触させることにより分解する、あるいはフッ化水素酸水溶液を接触させることにより分解し、その後、得られる分解液を加熱し、主成分であるケイ素をフッ化物として除去したのち、残存する不純物を濃縮後、酸により再溶解し酸性水溶液とし、これを誘導結合プラズマ質量分析装置により高感度に不純物分析を行うことができる。
【実施例】
【0019】
以下、実施例に基づき本発明を詳細に説明する。
【0020】
実施例1
製造設備の工程から専用容器に取り出した精製工程前のジクロロシラン試料中のホウ素の定量は、スパークイオン源固体質量分析装置(日本電子株式会社 JMS-01BM-2)を用いて行った。
アルゴンガスボンベ容器のバルブを開き、内径約5mmのポリテトラフルオロエチレン製配管中に配置させたバルブを切り変えることにより系内(容器や配管)の空気(酸素)や水分をアルゴンガスで充満させることにより除去した。ジクロロシランを収納するボンベ容器のバルブを開き、常温では液体のジクロロシランを自らの圧力によりバルブ内を通過させることにより共洗いしながら、配管洗浄に使用するクロロシラン類を収納する容器(内容量500ml)まで導き、共洗いに必要な量を流した。次に試料採取容器4のバルブを閉とし、バルブを切り変えて、分析するためのジクロロシラン20gを図1に示す容量200mlのポリテトラフルオロエチレン製の試料採取用の容器4に取り、液体窒素用容器に液体窒素を満たすことにより、容器4に導かれたジクロロシランを凍結固化させた。
【0021】
冷却固化されたジクロロシランの入った試料採取容器4を取り外し、これに1質量%マンニトール水溶液0.2mlを添加し、凍結固化させる。凍結されたジクロロシラン固体を専用のポリテトラフルオロエチレン製の反応容器(内容量300ml)に移し、そこへ内容量200mlのポリテトラフルオロエチレン製の容器内で予め凍らせておいた固体のフッ化水素酸水溶液(濃度50質量%)20gを、冷却固化されたジクロロシランの上にのせ、分解反応が終了するまで静置した。分解反応に使用するポリテトラフルオロエチレン製容器の蓋には不活性ガスを出し入れする配管を2本配置している。その片方の配管からアルゴンガスを少量流し、反応容器内を不活性雰囲気に保つ。
【0022】
分解終了後、反応容器を100〜120℃に加熱した熱板上に置き、塩酸、ケイフッ化物及び過剰のフッ化水素酸、水を蒸発して取り除き、乾固した。少量の超純水を滴下し濃縮成分を溶解させると共に高純度炭素粉末(日立化成工業 HSG-P2)40mgと良く混合することで炭素粉末に吸着・濃縮する。熱板上で乾燥後、試料をかき取り、電極に成形し、SSMS法で定量を行った。標準試料は発光分析用標準試料(Spex社製 G−Standardsを使用)50mgを高純度炭素粉末(日立化成工業HSG-P2)450mg及びマンニトール25mgで希釈して調製する。5回繰り返して得たホウ素(B)濃度の分析値(平均値)と標準偏差を表1に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
実施例2
製造設備の蒸留前の工程から専用容器に取り出したテトラクロロシランとトリクロロシランが7対3の比率で混合された混合物中のホウ素の定量を実施例1と同様にして行った。結果を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
実施例3
製造設備の蒸留精製工程から専用容器に取り出した高純度ジクロロシランを実施例1と同様、凍結されたジクロロシラン固体を専用のポリテトラフルオロエチレン製の反応容器に移し、その分解専用容器へ溶液状態のフッ化水素酸水溶液(濃度50質量%)20mlを少量ずつ加え、分解反応が終了するまで静置した。この後、実施例1と同様、蒸発乾固処理を行う。残存する不純物を硝酸(濃度0.6質量%)3mlにより再溶解して酸性水溶液とし、これを誘導結合プラズマ質量分析装置(HEWLETT PACKARD HP4500)により不純物の分析を行った。結果を表3に示す。試料採取量は2回の繰り返し分析でそれぞれ、31g、29.1gであった。
【0027】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0028】
半導体産業で使用するモノシランの原料となるクロロシラン類の製造における、或いは半導体製造で使用するジクロロシランなどのクロロシラン類の製造における高純度を要求される製品の品質管理のための不純物分析作業において、反応性の極めて高いクロロシラン類を冷却固化させ、それに予め冷却固化させたフッ化水素酸水溶液、あるいは液体のフッ化水素酸水溶液を接触させることにより、クロロシラン類を安全で穏やかに短時間で分解し、分析試料を作成することで、半導体用ガスの品質管理に大きな効果をもたらす。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】クロロシラン類を冷却固化する装置。(実施例1〜3)
【符号の説明】
【0030】
1.アルゴンガスボンベ
2.クロロシラン類入った容器(ボンベなど)
3.配管洗浄済みクロロシランの収納容器
4.試料採取用容器
5.液体窒素
6.トラップ(系外へ排出されないように冷却液化、あるいは固化する)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
テトラクロロシラン、トリクロロシラン、ジクロロシランから選ばれる1種または2種以上のクロロシラン類混合物を冷却固化させ、同様にフッ化水素酸水溶液を冷却固化させ、これら固体同士を接触させることにより分解することを特徴とするクロロシラン類の処理方法。
【請求項2】
テトラクロロシラン、トリクロロシラン、ジクロロシランから選ばれる1種または2種以上のクロロシラン類混合物を冷却固化させ、液体のフッ化水素酸水溶液を接触させることにより分解することを特徴とするクロロシラン類の処理方法。

【図1】
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