説明

クローニングベクター及び形質転換体の作製方法

【課題】 1kbpに満たない短鎖のDNA断片から10kbp を超える長鎖のDNA断片まで、鎖長に係わらず一律にクローニングすることができる形質転換体の作製方法、及びそれに利用するクローニングベクターの提供。
【解決手段】 クローニングすべきDNA断片を間に挟むように2つのリコンビナーゼ認識配列を有し、感染以外の方法で宿主へ導入される直鎖状のクローニングベクター。このクローニングベクターを、リコンビナーゼ発現活性を有する宿主菌体内に取り込む工程、及び前記クローニングベクターを取り込んだ宿主菌体でリコンビナーゼを発現させて、前記クローニングベクターを環状化する工程を含む形質転換体の作製方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、クローニングベクター及びこのクローニングベクターを用いる形質転換体の作製方法に関する。さらに詳しくは、1kbpに満たない短鎖のDNA断片から10kbp を超える長鎖のDNA断片まで、鎖長に係わらず一律にクローニングすることができる、クローニングベクターを利用した形質転換体の作製方法に関する。
【0002】
【従来の技術】遺伝子DNAの塩基配列を調べるためにゲノムDNAライブラリーが用いられる。特に、近年ヒトゲノムDNAの塩基配列に高い関心が寄せられている。ゲノムDNAの塩基配列を決定するために用いられるゲノムDNAライブラリーは、元になるmRNAの完全長に対応するcDNAであって、かつ元になるmRNAのポピュレーション(長さと発現量)を反映したcDNAであることが理想である。
【0003】ゲノムDNAライブラリーの調製の過程を大きく2つに分けると、1つ目のステップがmRNAに対応する完全長cDNAを調製する工程、2つ目のステップは得られた完全長cDNAをクローニングする工程である。1つ目のステップの技術的なポイントは、如何にして鋳型に用いるmRNAに対応する完全長の(鋳型の長さと同じ)cDNAを調製するかである。この点については本発明者らは既に開発を終え、特許出願をしている。2つ目のステップの技術的なポイントは、長鎖のcDNAであっても、また発現量の少ないcDNAであっても、クローニングの過程で取りこぼすことなく増幅するかである。せっかく1つ目のステップで鋳型に用いるmRNAに対応する完全長の(長鎖の)cDNAを作成しても、クローニングの過程でオミットされてしまっては意味がない。また、発現量の少ないcDNAをオミットしてしまったライブラリーからは、完全な遺伝子情報は得られないし、発現量の少ない遺伝子にこそ、貴重な情報が含まれている可能性であるからである。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】従来知られているゲノムDNAライブラリーとしてノーマライズド(またはイクオライズド)ライブラリーがある。このライブラリーは、PCR法を利用して、全てのcDNAを一本鎖で回収したものである。しかし、このライブラリーは、以下の理由でmRNAに完全に対応するライブラリーとはなり得ないという問題がある。まず、PCR法で増幅されにくい配列を有するcDNAやPCR法での増幅が困難な長鎖のcDNAはオミットされる可能性がある。さらに、元々発現量の少ない断片もオミットされる可能性である。
【0005】そこで本発明の目的は、上記ゲノムDNAライブラリーに本来要求される特性、即ち、mRNAに対応する完全長を有し、かつ発現量に応じた量の各cDNA断片を含むDNAライブラリーの作成に適したDNA断片のクローニング法を提供することにある。特に、遺伝子工学の分野で常用されている、増幅したい遺伝子を挿入した形質転換体を用いた方法において、上記課題を解決できるDNA断片のクローニング法を提供することにある。
【0006】形質転換体を用いるDNA断片のクローニングには、ベクターにDNA断片を挿入したプラスミドを用いる。このようなプラスミドは、それぞれ一本鎖にしたDNA断片とベクターとをライゲーションすることで作成される。しかし、DNA断片の鎖長が長くなるとライゲーションによる環状化の効率は、長さの3乗に比例して低くなる。DNAライブラリーの作成においては、10kbp を超える鎖長を有するDNA断片をその長さを保ったままで増幅する必要があり、これまでに知られたDNA断片とベクターとのライゲーション法では環状化は事実上不可能であった。
【0007】また、プラスミドベクター以外のベクターとしてファージベクターがある。ファージベクターは、比較的長鎖のDNA断片を取り込んで環状化することが知られている。さらに、ファージベクターには、ベクターに挿入できるDNA断片の長さによって、インサーションベクターとサブスティチューションベクターとが知られている。しかるに、インサーションベクターに挿入できるDNA断片は0〜9kbpの範囲であり、サブスティチューションベクターに挿入できるDNA断片は9 〜18kbp の範囲である。一方、通常のDNAライブラリーの作成においては、ベクターに挿入したいDNA断片は約0〜15kbp の範囲であり、何れのベクターを用いてもこの範囲をカバーすることはできない。また、ファージベクターでは、挿入DNA断片の鎖長が上記0〜9kbpの範囲または9 〜18kbp の範囲内であっても、長さに応じて、λファージへのパッケージング効率は桁違いに変化し、発現量をそのまま反映するライブラリーを得ることはできない。
【0008】そこで本発明の目的は、1kbpに満たない短鎖のDNA断片から10kbp を超える長鎖のDNA断片まで、鎖長に係わらず一律にクローニングすることができる形質転換体の作製方法、及びそのような形質転換体の作製方法に利用するクローニングベクターを提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】本発明は、クローニングすべきDNA断片を間に挟むように2つのリコンビナーゼ認識配列を有し、感染以外の方法で宿主へ導入される直鎖状のクローニングベクターに関する。さらに本発明は、クローニングすべきDNA断片を間に挟むように2つのリコンビナーゼ認識配列を有する直鎖状のクローニングベクターであって、このクローニングベクター上の少なくとも一方のリコンビナーゼ認識配列の、クローニングすべきDNA断片とは反対側に、自殺遺伝子を有するクローニングベクターに関する。加えて、本発明は、上記本発明のクローニングベクターを、リコンビナーゼ発現活性を有する宿主菌体内に取り込む工程、及び前記クローニングベクターを取り込んだ宿主菌体でリコンビナーゼを発現させて、前記クローニングベクターを環状化する工程を含むことを特徴とする形質転換体の作製方法。
【0010】
【発明の実施の形態】
クローニングベクター本発明の第1のクローニングベクターは、直鎖状のベクターであり、感染以外の方法で宿主へ導入され、宿主中で環状化される。さらに本発明の第1のクローニングベクターは、クローニングすべきDNA断片を含み、かつこのクローニングすべきDNA断片は、2つのリコンビナーゼ認識配列の間に挟まれている。本発明の第2のクローニングベクターは、直鎖状のベクターであり、宿主中で環状化され、宿主へ導入方法は問わない。さらに第2のクローニングベクターは、クローニングすべきDNA断片を含み、かつこのクローニングすべきDNA断片は、2つのリコンビナーゼ認識配列の間に挟まれており、さらに、クローニングベクター上の少なくとも一方のリコンビナーゼ認識配列の、クローニングすべきDNA断片とは反対側に、自殺遺伝子を有する。
【0011】「クローニングすべきDNA断片」とは、クローニング対象のDNA断片とを有するDNA断片である。クローニング対象のDNA断片は、由来、鎖長等に特に制限はない。クローニングすべきDNA断片は、mRNAより合成されたcDNAまたはゲノミックDNAであることができる。
【0012】「リコンビナーゼ認識配列」とは、リコンビナーゼにより認識される配列であり、例えば、Cre リコンビナーゼに認識されるloxP配列を挙げることができる。但し、認識配列及びリコンビナーゼとしては、loxP配列及びCre リコンビナーゼに限定されることはなく、例えば、FLP リコンビナーゼとその認識配列、及びRリコンビナーゼとその認識配列等を挙げることもできる。さらに本発明の第1のクローニングベクターも、クローニングすべきDNA断片及びリコンビナーゼ認識配列に加えて、自殺遺伝子を有することができる。自殺遺伝子は、クローニングベクター上の少なくとも一方のリコンビナーゼ認識配列の、クローニングすべきDNA断片とは反対側に導入する。後述する形質転換体の作製方法で詳細には説明するが、この位置に自殺遺伝子を導入することで、宿主中のリコンビナーゼによる組み換えの結果得られた形質転換体の選択を容易にすることができる。
【0013】本発明の「クローニングすべきDNA断片を間に挟むように2つのリコンビナーゼ認識配列を有する直鎖状のクローニングベクター」は、形質転換直前の状態で、クローニングすべきDNA断片を間に挟むように2つのリコンビナーゼ認識配列を有するようにデザインされたものであることができる。そのようなクローニングベクターは、例えば、以下のようにして調製することができる。
【0014】リコンビナーゼ認識配列を有するプライマーでmRNA3'側よりプライミングして2 本鎖cDNAを合成する。得られた2 本鎖cDNAを2 本鎖cDNA中の上記プライマーと反対側(mRNA5'側)でリコンビナーゼ認識配列を持ったベクターとライゲーションにより結合する。これにより、プライマー上及びベクター上にリコンビナーゼ認識配列を有し、かつこの2つのリコンビナーゼ認識配列の間にクローニングすべきcDNA断片を有する上記直鎖状のクローニングベクターを調製することができる。
【0015】あるいは、リコンビナーゼ認識配列を有するプライマーでmRNA3'側よりプライミングして第1鎖cDNAを合成する。得られた第1鎖cDNAの第1鎖cDNA中の上記プライマーと反対側(mRNA5'側)に塩基配列を付加的に接続または伸長する。リコンビナーゼ認識配列を1箇所に有するベクターの複製必要領域を挟んで、前記リコンビナーゼ認識配列と反対側に、前記第1鎖cDNAに接続または伸長した塩基配列と相補的な塩基配列を用いて、第2鎖を合成する。これによっても、プライマー上及びベクター上にリコンビナーゼ認識配列を有し、かつこの2つのリコンビナーゼ認識配列の間にクローニングすべきcDNA断片を有する上記直鎖状のクローニングベクターを調製することができる。
【0016】形質転換体の作製方法本発明の形質転換体の作製方法の第1の工程は、上記本発明のクローニングベクターを、リコンビナーゼ発現活性を有する宿主菌体内に取り込む工程である。宿主菌体内へのクローニングベクターの繰り込みは、例えば、エレクトロポレーション法により行うことができる。但し、エレクトロポレーション法に限定されない。エレクトロポレーション法の条件等には特に制限はなく、常法により行うことができる。また、認識配列を認識するリコンビナーゼ発現活性を有する宿主菌体は、例えば、リコンビナーゼがCre リコンビナーゼの場合、市販の宿主菌体があり、容易に入手できる。また、遺伝子工学の技術で、所望のリコンビナーゼ発現活性を有する宿主菌体を適宜調製することもできる。上記クローニングベクターの取り込みを、エレクトロポレーション法により行うことで、クローニングベクター(特に、クローニングベクター中のクローニングすべきDNA断片)の鎖長の短長に係わらず、例え10kbpを超えるクローニングベクターであっても容易に宿主菌体内に取り込まれるという利点がある。
【0017】次に、前記クローニングベクターを取り込んだ宿主菌体のリコンビナーゼを発現させて、前記クローニングベクターを環状化させる。即ち、クローニングベクターを取り込んだ宿主菌体を培養することで、宿主菌体内でリコンビナーゼを発現させる。宿主菌体内で発現したリコンビナーゼの作用により、宿主菌体内のクローニングベクター内の、2つのリコンビナーゼ認識配列により挟まれた環状化してクローニングすべきDNA断片を含む断片が、環状化されてプラスミドとなる。
【0018】上記方法を図1及び2に基づいてさらに説明する。図1に示すようにリコンビナーゼ認識配列としてloxP配列を1つ有するベクターをSstIとEcoRI で消化する。次いで図2に示すように、消化して一本鎖になったベクターのSstI部位にloxP配列が末端について挿入断片を連結して、2つのloxP配列を末端付近に有する直鎖状のクローニングベクターを得る。次いで、この直鎖状のクローニングベクターを宿主菌体に導入する。宿主菌体としては、組み換え酵素としてCre リコンビナーゼが発現する菌体を用いる。次に、この宿主菌体を培養し、Cre リコンビナーゼが発現すると、Cre リコンビナーゼの作用により、クローニングすべき挿入DNA断片を含むプラスミドが構築される。
【0019】さらに、この際、クローニングベクターが、自殺遺伝子(図1及び2中のccdBが自殺遺伝子である)を有する場合、リコンビナーゼによる組み換えにより、環状化されなかったベクターは自殺遺伝子を含んだままとなり、そのようなベクターを含む形質転換体は自殺遺伝子の発現により増幅できない。それに対して、リコンビナーゼにより正常に組み換えられて得られるプラスミドからは、自殺遺伝子が切り落とされ、得られる形質転換体は正常に増幅される。その結果、所望とする形質転換体のみを選択的に得ることができるという利点がある。
【0020】
【発明の効果】本発明によれば、1kbpに満たない短鎖のDNA断片から10kbp を超える長鎖のDNA断片を含むクローニングベクターを、鎖長に係わらず一律に環状化して形質転換体を得ることができる方法を提供することができる。さらにこの方法を利用することで、ゲノムDNAライブラリーに本来要求される特性、即ち、mRNAに対応する完全長を有し、かつ発現量に応じた量の各cDNA断片を含むDNAライブラリーの作成に適したDNA断片のクローニングが可能になる。
【0021】
【実施例】以下、本発明を実施例によりさらに説明する。
実施例1pEN17-6 の組換え部位loxPの外側にある制限酵素EcoRI 切断部位とクローン化部位NotI切断部位を各々酵素で消化し、細菌由来脱リン酸酵素により脱リン酸を行った。仮想挿入DNA 断片にはマウスの染色体DNA を制限酵素NotI、HindIII 、BssHIIで消化したものをアガロースゲル電気泳動に供し、1、4、9kbの断片を切り出して精製した。これを予めNotIとHindIII で消化したベクターpEN17-6 に連結してクローン化した。このクローン化プラスミドを調製して、制限酵素NotI、BssHIIで消化したものをアガロースゲル電気泳動に供し、挿入DNA 断片のバンドを切り出して精製することにより、挿入DNA 断片に組換え部位loxPを連結したものを調製した。
【0022】各1、4、9kbの挿入DNA 断片を200ng のベクターpEN17-6 に、ベクターと挿入DNA 断片のモル比が1:0.25、1:1 、1:2 となるように混合し、ATP の存在下でT4 DNA連結酵素を16℃で一晩作用させ、ベクターと挿入DNA 断片のNotI切断末端同志を連結した。酵素反応後のDNA をエタノール沈殿して精製し、超純水に溶解後、GIBCO BRL社製Cell-Portor electorporation System IIIとマイクロチャンバーを用いて330 μF 、4kΩ、2.4kV の条件で、超純水で洗浄した大腸菌DH10B(ZIP)に各DNA を導入した。導入後、SOC 培地で1 時間培養し、アンピシリンを含むLB寒天培地に塗布して、37℃で一晩培養した。培養後に出現した大腸菌のコロニーを計数したところ、以下の表に示すように各断片の長さに係わらずほぼ同様の数の形質転換体が得られた。さらに得られた各コロニーからプラスミドを抽出し、アガロースゲル電気泳動にて確認したところ、ほとんど全てに挿入DNA 断片が存在していた。
【0023】
【表1】


【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明のプラスミドの構築方法の説明図。
【図2】 本発明のプラスミドの構築方法の説明図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 クローニングすべきDNA断片を間に挟むように2つのリコンビナーゼ認識配列を有し、感染以外の方法で宿主へ導入される直鎖状のクローニングベクター。
【請求項2】 リコンビナーゼ認識配列が、Cre リコンビナーゼ認識配列、FLPリコンビナーゼ認識配列またはR リコンビナーゼ認識配列である請求項1記載のクローニングベクター。
【請求項3】 クローニングベクター上の少なくとも一方のリコンビナーゼ認識配列の、クローニングすべきDNA断片とは反対側に、自殺遺伝子を有する請求項1または2記載のクローニングベクター。
【請求項4】 クローニングすべきDNA断片を間に挟むように2つのリコンビナーゼ認識配列を有する直鎖状のクローニングベクターであって、このクローニングベクター上の少なくとも一方のリコンビナーゼ認識配列の、クローニングすべきDNA断片とは反対側に、自殺遺伝子を有するクローニングベクター。
【請求項5】 リコンビナーゼ認識配列が、Cre リコンビナーゼ認識配列、FLPリコンビナーゼ認識配列またはR リコンビナーゼ認識配列である請求項4記載のクローニングベクター。
【請求項6】 請求項1〜5のいずれか1項に記載されたクローニングベクターを、リコンビナーゼ発現活性を有する宿主菌体内に取り込む工程、及び前記クローニングベクターを取り込んだ宿主菌体でリコンビナーゼを発現させて、前記クローニングベクターを環状化する工程を含むことを特徴とする形質転換体の作製方法。
【請求項7】 クローニングベクターの取り込みをエレクトロポレーション法により行う請求項6記載の方法。
【請求項8】 リコンビナーゼがCre リコンビナーゼ、FLP リコンビナーゼまたはR リコンビナーゼである請求項6または7記載の方法。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate