説明

グラビア印刷用版材及びその製造方法並びにそれを用いて印刷された印刷物

【課題】中抜け、目詰まり及び版面汚れ等のトラブルの生じにくいグラビア印刷用版材及びその製造方法並びにそれを用いて印刷された印刷物を提供する。
【解決手段】グラビア印刷用版材10は、基材11の版面上に形成された凹部12の表面が第1の撥水撥油性被膜14で被覆され、凸部13の表面が第1の撥水撥油性被膜13よりも表面エネルギーの小さい第2の撥水撥油性被膜14で被覆されている。グラビア印刷用版材10は、基材11の版面の表面全体に第1の撥水撥油処理液を接触させ、第1の撥水撥油性被膜12で被覆する工程Aと、凸部13を微小研磨しその表面を被覆する第1の撥水撥油性被膜14を除去する工程Bと、凸部の表面に第2の撥水撥油処理液を接触させ、第2の撥水撥油性被膜15で被覆する工程Cとを有する方法により製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラビア印刷用版材とその製造方法並びにそれを用いて印刷された印刷物に関するものである。更に詳しくは、凹部にインク残りが生じにくいため中抜けや目詰まり等のトラブルが発生しにくく、それ以外の部分にはインクが付着しにくいため版面かぶり等の生じにくいグラビア印刷用版材及びその製造方法並びにそれを用いて印刷された印刷物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
グラビア印刷とは、画線部が凹状にくぼんだ版面上にインクを供給し、凹部をインクで満たし、非画線部(本明細書において、「凸部」と呼称することもある。)上の余分なインクをドクターブレードというナイフ状の治具によって掻き落とした後に、印圧をかけて、凹部に充填されたインクを直接紙などに転移させる印刷方式である。
グラビア印刷におけるトラブルとしては、凹部に充填されたインクが被印刷体に十分に転移しないことにより生じる中抜け、目詰まりと呼ばれるトラブル、及び非画線部にインクが付着し、汚れた感じに印刷される版かぶりと呼ばれるトラブル等が挙げられる。これらの印刷トラブルを防止するための方法としては、(1)画線部である凹部にインクとの適度な親和性を付与し、インクの保持及び被印刷体への転移を両立可能にすること、並びに(2)非画線部である凸部のインクとの親和性を低くすることが考えられる。
【0003】
例えば、特許文献1には、撥インク性層を全面コートしてからドクター摺動面(凸部)を微小研磨して凹部にのみ撥インク性層を残し、印刷時のインクの転移を向上させたグラビア印刷版が提案されている。また、特許文献2には、凹部がストライプ状に形成され、ストライプ部の間を撥水性の高い材質とした版胴を用い、グラビア印刷方式の利点を備えながらも少量のインキで適用可能なパターン形成方法が提案されている。
【特許文献1】特開2003−118065号公報
【特許文献2】特開平7−156525号公報(請求項2、段落[0008])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1記載のグラビア印刷版においては、凸部の撥インク性層を除去しているため、版かぶりの解消は困難である。また、特許文献2記載のパターン形成方法においては、樹脂等の撥水性の高い材質を焼付け又はコーティングするため、製造工程が煩雑となる。特許文献1記載のグラビア印刷版の製造工程における凸部の微小研磨を省略して、版面全体に撥インク性層を残すことも考えられるが、凸部表面の表面エネルギーと凹部および凸部側面の表面エネルギーは同じになるため、全体に表面エネルギーが小さくなると、インクののりが悪くなる。反対に全体に表面エネルギーが大きくなると、凸部表面へのインク残りが多くなり、印刷物が汚れてしまうという大きな欠点があった。また、塗膜は単に表面に付着しているだけであり、耐久性が悪く、印刷を度々中断して塗布を繰り返す必要があった。
【0005】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、凹部にインク残りが生じにくいため中抜けや目詰まり等のトラブルが発生しにくく、それ以外の部分にはインクが付着しにくいため版面かぶり等の生じにくいグラビア印刷用版材及びその製造方法並びにそれを用いて印刷された印刷物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、基材の版面上に形成された凹部の表面が第1の撥水撥油性被膜で被覆され、前記版面上の前記凹部以外の部分である凸部の表面が前記第1の撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの小さい第2の撥水撥油性被膜で被覆されていることを特徴とするグラビア印刷用版材を提供することにより上記課題を解決するものである。
凹部を第1の撥水撥油性被膜で被覆することにより、凹部から被印刷体へのインクの移行が促進される。そのため、中抜け及び目詰まり等の発生を抑制できる。また、第1の撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの小さな第2の撥水撥油性被膜で凸部の表面を被覆することにより、凸部へのインクの付着が抑制され、版かぶり等の印刷品質の低下を招くトラブルを抑制できる。
【0007】
本発明の第1の態様において、前記第1及び第2の撥水撥油性被膜が、それぞれ、前記凹部及び凸部の表面に共有結合を介して固定されていることが好ましい。
撥水撥油性被膜が共有結合を介して固定されているので、単に塗布した場合よりも耐久性を向上できる。
【0008】
本発明の第1の態様において、前記第1及び第2の撥水撥油性被膜の一方又は双方が単分子膜であることが好ましい。
ナノメートルレベルの被膜は版材の凹凸のパターンに影響を与えないため、印刷品質を損なうことがない。
【0009】
本発明の第1の態様において、前記第1及び第2の撥水撥油性被膜の一方又は双方が、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含んでいてもよい。
撥水撥油性被膜にポリシロキサン分子を含ませることにより、被膜の強度及び撥水撥油性を制御できる。
【0010】
本発明の第2の態様は、凹部が形成されたグラビア版用基材の版面の表面全体に第1の撥水撥油処理液を接触させ、第1の撥水撥油性被膜で被覆する工程Aと、
前記版面上の前記凹部以外の部分である凸部の表面を微小研磨し、前記凸部の表面を被覆する前記第1の撥水撥油性被膜を除去する工程Bと、
前記凸部の表面に第2の撥水撥油処理液を接触させ、前記第1の撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの小さい第2の撥水撥油性被膜で被覆する工程Cとを有することを特徴とするグラビア印刷用版材の製造方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
上記の工程A、B、及びCを有する方法により、凹部の表面が第1の撥水撥油性被膜で被覆され、凸部の表面が前記第1の撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの小さい第2の撥水撥油性被膜で被覆されたグラビア印刷用版材を比較的容易に得ることができる。
【0011】
本発明の第2の態様において、前記第1及び第2の撥水撥油処理液が、下記の化学式(I)及び(II)で表されるアルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含んでいることが好ましい。
(I)RSiR(3−m)
(II)RSiR(3−n)
なお、式(I)及び(II)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、m及びnはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表し、Rは、フルオロアルキルアルキル基を表し、R及びRはそれぞれ独立してアルキル基を表す。
アルコキシシリル基又はクロロシリル基は、基材の表面に存在するヒドロキシル基等の表面官能基との縮合反応により共有結合を形成できる。そのため、凹部及び凸部に共有結合した耐久性の高い撥水撥油性被膜を形成できる。
【0012】
本発明の第2の態様において、前記第1及び第2の撥水撥油処理液が、下記の化学式(III)及び(IV)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含んでいてもよい。
(III)SiH(4−p)
(IV)XSi(OSiY
なお、式(III)及び(IV)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、Yはアルキル基、アルコキシ基又はClを表し、pは0以上2以下の整数を表し、qは0以上15以下の整数を表す。
第1及び第2の撥水撥油処理液に式(III)及び(IV)のいずれかで表される化合物の一方又は双方が含まれていると、形成される撥水撥油性被膜がポリシロキサン分子を含むため、配合比を調節することにより撥水撥油性被膜の強度及び撥水撥油性を制御できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、印刷時に凹部にインク残りが少なく、それ以外の部分にはインクが付着しにくく、版面汚れの生じにくいグラビア印刷用版材及びその製造方法が提供される。また、本発明によれば、版材の版面の汚れが少なく、版材から被印刷体へのインクの転移が良好であるため、印刷品質に優れた印刷物が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ本発明を具体化した実施の形態について説明し、本発明の理解に供する。
なお、本明細書において、「膜化合物」及び「膜物質」という用語は、それぞれ、撥水撥油性の被膜を形成するための出発物質として使用される化合物、及び形成された撥水撥油性の被膜の構成成分を呼称するために使用される。
ここで、図1は本発明の第1の実施の形態に係るグラビア印刷用版材の断面構造を模式的に表した説明図、図2は同実施の形態における撥水撥油性被膜の構造の一例を分子レベルまで拡大した説明図、図3は同実施の形態における撥水撥油性被膜の構造の他の例を分子レベルまで拡大した説明図、図4は同実施の形態に係るグラビア印刷用版材の製造方法を模式的に説明した説明図、図5は同実施の形態に係るグラビア印刷用版材を用いた印刷装置の一例を模式的に説明した説明図である。
【0015】
図1に示すように、グラビア印刷用版材10は、基材11の版面上に形成された凹部12の表面が第1の撥水撥油性被膜14で被覆され、凸部13の表面が第1の撥水撥油性被膜13よりも表面エネルギーの小さい第2の撥水撥油性被膜14で被覆されている。また、図2に示すように、第1及び第2の撥水撥油性被膜14、15は、フッ化炭素基及びアルキル基のいずれか(図2では一例としてペンタデカフルオロデシル基のみの場合を図示している。)を有する膜物質が凹部12及び凸部13の表面に共有結合を介して固定されている単分子膜である。第1の撥水撥油性被膜14により被覆された凹部12は、インクを適度に保持し、印刷時にはインクが被印刷体に完全に転写されるために適度な撥水撥油性を有している。そのためには、被印刷体の表面エネルギーよりも表面エネルギーを小さくししておく必要がある。更に、表面エネルギーが小さすぎると、凹部12へのインクの乗りが悪くなるので、第1の撥水撥油性被膜14の表面エネルギーは、インクの表面エネルギーと同程度か、多少大きくしておいた方がよい。凸部13の表面を被覆する第2の撥水撥油性被膜15の表面エネルギーは、第1の撥水撥油性被膜14の表面エネルギーよりも小さい。そのため、凹部12から凸部13へのインクの移行や凸部13の表面へのインクの付着が抑制される。そのため、版かぶり等のトラブルの発生を抑制できる。
【0016】
図4に示すように、グラビア印刷用版材10は、基材11の版面の表面全体に第1の撥水撥油処理液を接触させ、第1の撥水撥油性被膜14で被覆する工程Aと、凸部13の表面を微小研磨し、凸部13の表面を被覆する第1の撥水撥油性被膜14を除去する工程Bと、凸部13の表面に第2の撥水撥油処理液を接触させ、第1の撥水撥油性被膜14よりも表面エネルギーの小さい第2の撥水撥油性被膜15で被覆する工程Cとを有する方法を用いて製造される。
以下、各工程について詳細に説明する。
【0017】
グラビア印刷用版材10の製造に用いられる基材11としては、グラビア製版に通常用いられている任意の公知の基材を用いることができ、例えば、その具体例としては、鉄の円筒にニッケルメッキ、次いで銅メッキを行い、真円状になるよう研磨したものが挙げられる。次いで、版面となる側面上に製版加工を行い、画線部に相当する位置に凹部を形成する。製版加工は、面付け処理した画像データを元に、ダイアモンドカッター等により版面上に彫刻加工を行う電子彫刻製版、版面上に感光液を塗布後、ポジフィルムを使用して図柄を焼き付け、画線部の感光液を現像工程で除去後エッチングする直接製版等の任意の公知の方法を用いて行うことができる。製版加工により版面上に凹部を形成後、表面の硬度を向上させるためにクロムメッキを行ってもよい。
【0018】
(1)工程A
まず、基材11に形成された凹部12及びそれ以外の部分である凸部13の表面に、フッ化炭素基及びアルキル基のいずれかを有する膜化合物並びにこれらの混合物のいずれかを含む第1の撥水撥油処理液を接触させ、第1の撥水撥油性被膜14を表面全体に形成する。
【0019】
フッ化炭素基を有する化合物としては、下記の化学式(I)及び(II)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物の一方又は双方を用いることができる。
【0020】
(I)RSiR(3−m)
(II)RSiR(3−n)
なお、式(I)及び(II)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、m及びnはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表し、Rは、フルオロアルキルアルキル基を表し、R及びRはそれぞれ独立してアルキル基を表す。
【0021】
フッ化炭素基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記の化学式(I’)で表されるアルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0022】
(I’)CF(CF−Y−Z−(CH−Si(OR)
式(I’)において、mは0〜20の整数を、nは0〜9の整数を、Rは炭素数1〜4のアルキル基をそれぞれ表す。
また、Yは、(CH(kは1〜3の整数を表す)及び単結合のいずれかを表し、Zは、O(エーテル酸素)、COO、Si(CH、及び単結合のいずれかを表す。
【0023】
フッ化炭素基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記(1)〜(12)に示す化合物が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0024】
(1) CFCHO(CH15Si(OCH
(2) CF(CHSi(CH(CH15Si(OCH
(3) CF(CF(CHSi(CH(CHSi(OCH
(4) CF(CF(CHSi(CH(CHSi(OCH
(5) CFCOO(CH15Si(OCH
(6) CF(CF(CHSi(OCH
(7) CFCHO(CH15Si(OC
(8) CF(CHSi(CH(CH15Si(OC
(9) CF(CF(CHSi(CH(CHSi(OC
(10) CF(CF(CHSi(CH(CHSi(OC
(11) CFCOO(CH15Si(OC
(12) CF(CF(CHSi(OC
【0025】
また、アルキル基を含むアルコキシシラン化合物の具体例としては、下記の化学式(II’)で表されるアルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0026】
(II’)CH(CH−Z−(CH−Si(OR)
式(II’)において、mは0〜20の整数を、nは0〜9の整数を、Rは炭素数1〜4のアルキル基をそれぞれ表す。
また、Zは、O(エーテル酸素)、COO、Si(CH、及び単結合のいずれかを表す。
【0027】
このような化合物の具体例としては、上記(1)〜(12)に示す化合物において、フッ素原子が水素原子に置換された化合物が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0028】
第1の撥水撥油処理液の調製に用いられる溶媒、アルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物の濃度、撥水撥油処理工程を行う際の反応温度、反応時間、アルコキシシラン化合物を用いる場合に用いることができる縮合触媒等の反応条件については、例えば、特開2005−206790号公報に記載の条件を用いることができる。
【0029】
上記の一般式(I)及び(II)のいずれかで表される化合物のうち1つを単独で用いてもよいが、それぞれの一般式で表される1種類又は複数種類の化合物を任意の割合で混合して用いてもよい。例えば、一般式(I)で表される化合物と、一般式(II)で表される化合物のそれぞれ1種類を、100:0〜20:80の割合で混合して用いることができる。
【0030】
第1の撥水撥油処理液は、下記の化学式(III)又は(IV)で表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物を更に含んでいてもよい。
(III)SiH(4−p)
(IV)XSi(OSiY
なお、式(III)及び(IV)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、Yはアルキル基、アルコキシ基又はClを表し、pは0以上2以下の整数を表し、qは0以上15以下の整数を表す。
【0031】
この場合において形成される撥水撥油性被膜13の構造を図3に示す。フッ化炭素基を有する膜物質は、その一部は版材の凹部11及び凸部12の側面の表面に共有結合を介して固定されているが、残りは、凹部11及び凸部12の側面を網目状に被覆するポリシロキサン分子16上に結合している。
【0032】
上記の式(III)で表されるアルコキシシラン及び上記の式(IV)で表されるアルコキシポリシロキサンの具体例としては、以下に示す化合物(21)〜(36)が挙げられる。或いは、これらの化合物においてアルコキシ基がClに置換されたクロロシラン化合物を用いてもよい。
【0033】
(21) Si(OCH
(22) SiH(OCH
(23) SiH(OCH
(24) (CHO)SiOSi(OCH
(25) Si(OC
(26) SiH(OC
(27) SiH(OC
(28) (HO)SiOSi(OC
(29) (CHO)SiOSi(OCHOCH
(30) (CO)Si(OSi(OCOC
(31) (CHO)Si(OSi(OCHOCH
(32) (CO)Si(OSi(OCOC
(33) (CHO)SiOSi(CHOCH
(34) (CO)Si(OSi(CHOC
(35) (CHO)Si(OSi(CHOCH
(36) (CO)Si(OSi(CHOC
【0034】
これらは単独で用いてもよく、任意の2種類以上を任意の割合で混合して用いてもよい。表面エネルギーを適度に制御する必要がある第1の撥水撥油性被膜では、一般式(I)及び(III)で表される化合物の一方又は双方に、表面エネルギーを減ずる一般式(II)で表される化合物、より具体的には、メチルトリメトキシシラン、トリメチルメトキシシラン等のアルキルアルコキシシラン、或いはメチルトリクロロシラン、トリメチルクロロシラン等のアルキルクロロシシランを混合使用するごとで、第1の撥水撥油性被膜14の表面エネルギーを5〜60mN/mの範囲で任意に制御できる。
【0035】
(2)工程B
次いで、凸部13の表面を微小研磨し、凸部13の表面を被覆する第1の撥水撥油性被膜14を除去する。微小研磨は、凹部12及びその表面を被覆する第1の撥水撥油性被膜14を損傷せず、凸部13の表面を被覆する第1の撥水撥油性被膜14をのみを除去できる任意の方法を用いて行うことができる。微小研磨方法の具体例としては、ペーパーラッピング、ラッピングフィルムを用いるテープ研磨等が挙げられる。
【0036】
(3)工程C
最後に、凸部13の表面に第2の撥水撥油処理液を接触させ、凸部13の表面を第1の撥水撥油性被膜14よりも表面エネルギーの小さい第2の撥水撥油性被膜15で被覆する。第2の撥水撥油処理液の調製に用いることができる化合物及び組成については、工程Aにおける第1の撥水撥油処理液の場合と同様であるので詳しい説明を省略するが、得られる第2の撥水撥油性被膜15の表面エネルギーが、第1の撥水撥油性被膜14よりも表面エネルギーが小さくなるように、膜物質を形成する化合物の種類、その組み合わせ及び混合比を適宜調節する。
形成される第2の撥水撥油性被膜15の構造は、図2及び3に示した第1の撥水撥油性被膜14のそれと同様である。
【0037】
図5に、グラビア印刷用版材10を用いた印刷装置の一例を模式的に説明した説明図を示す。インク容器17に貯留されたインク18は、矢印方向に回転するインクローラー19を介してグラビア印刷用版材10に供給される。インク18が供給されたグラビア印刷用版材10は、矢印方向に回転しながらドクターブレード20に接触し、その際、凸部13の表面に付着した余分なインク18は、ドクターブレード20によって拭き取られる。矢印方向に回転する圧胴21によってグラビア印刷用版材10に向かって加圧された原紙(被印刷体の一例)22は、矢印方向に回転するグラビア印刷用版材10に圧着されるが、その際に凹部12からインク18が転写される。インク18が転写された原紙22は、その後裁断され、印刷物となる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の具体的な実施例を説明するが、以下の実施例においては、特に記載していない限り分子組成比はモル比を意味する。また、「%」は重量%を意味する。
【0039】
実施例1
乾燥雰囲気中(湿度35%以下が良い。これ以上になると、被膜形成物質が加水分解して被膜が白濁した。)で、ペンタデカフルオロデシルトリクロロシランCF(CF(CHSiCl及びメチルトリクロロシランCHSiClを、乾燥した5%クロロホルム含有ジメチルシリコーン溶液に、それぞれ0,02M/Lと0,01M/Lの濃度(2:1)になるように溶解して、第1の撥水撥油処理液を作成した。
一方、より低い表面エネルギーを必要とする第2の撥水撥油性被膜の形成に用いる第2の撥水撥油処理液として、ペンタデカフルオロトリクロロシランのみを上記溶媒に溶解した溶液を調製した。
【0040】
次に、市販の製版用銅シリンダーに、レーザーやダイアモンドカッターを用いた電子彫刻製版法又は直接製版法(いずれも公知の方法であるため、詳細については説明を省略する。)により画線部に対応する形状を有する凹部を形成後、表面硬度を上げるためクロムメッキを行った。
次に、版面を第1の撥水撥油処理液に接触させ、1時間程度反応させた後良く洗浄すると、略3nm程度の厚みの第1の撥水撥油性被膜が、版面の全体にわたって形成できた。このようにして形成された第1の撥水撥油性被膜14の表面エネルギーは約25mN/mであった。このとき、メチルトリクロロシランの組成を0〜80%程度の範囲で制御すすることにより、形成される第1の撥水撥油性被膜の耐摩耗性を調整できた。
【0041】
なお、洗浄せずに前記非水系有機溶媒を蒸発させる(この場合、60〜100℃で版材を加熱すると、溶媒の蒸発を早めることが可能であり、蒸発時間を短縮できた。)と、略30nm厚みのフッ化炭素基と炭化水素基とシリル基を主成分とする物質とシロキサン基を主成分とする物質を含む複合膜を版面上に形成できた。また、反応後に第1の撥水撥油処理液をふき取った場合には、形成される複合膜の厚さは、略10nmとなった。
【0042】
その後、凸部をペーパーラップすると、凹部を残して凸部に形成された第1の撥水機油性単分子膜は除去される。そこでさらに、第2の撥水撥油処理液で表面を同様に処理すると、第1の撥水撥油性被膜が形成されている凹部には第2の撥水撥油性被膜は形成されないので、凸部のみが単分子膜状の第2の撥水機油性被膜で被覆された凹版を製造できた。このようにして形成された第2の撥水撥油性被膜の表面エネルギーは約7mN/mであった。
【0043】
このようなグラビア印刷用版材では、凸部上面は撥油性を有するため、インクは付着しにくく、ドクターブレードによりほぼ完全に除去された。一方、凹部はインクに対して適度な相溶性を有するため、インクの乗りが改善され、また、インクの転写率も向上し、中抜け、目詰まり及び版かぶり等の印刷トラブルの発生率が大幅に低下した。しかも、第1及び第2の撥水撥油性被膜は共有結合で版面に固定されているため、メンテフリーで汚れなく30万枚程度印刷出来た。
【0044】
なお、このとき、版の凸部の水に対する接触角は、洗浄の有無に関わらず、略110度であった。
【0045】
ここで、メチルトリクロロシランの代わりに、それぞれ、一般式RSi(OCH又はRSiCl(式中、Rはアルキル基を示す)で表されるアルキルアルコキシシラン化合物又はアルキルクロロシラン化合物、SiH(OCH、SiH(OCH若しくは(CHO)Si(OSi(OCHOCH(但し、mは整数を表す)、又はSiH(OC、SiH(OC若しくは(CO)Si(OSi(OCOC(但し、mは整数を表す)等のアルコキシシラン又はアルコキシポリシロキサン、或いはSiHCl、SiHCl又はClSi(OSiClCl(但し、mは整数を表す)等のクロロシラン又はクロロポリシロキサンを用いてもほぼ同様の結果が得られた。
【0046】
なお、この場合において、アルコキシシラン化合物に微量のクロロシラン化合物を混合して用いると、後者と版材表面のヒドロキシル基との反応により発生する塩酸が触媒となり、基材表面のヒドロキシル基と脱アルコール反応してシロキサン結合を形成する。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のグラビア印刷用版材は、高性能なグラビア製版及びグラビア印刷に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係るグラビア印刷用版材の断面構造を模式的に表した説明図である。
【図2】同実施の形態における撥水撥油性被膜の構造の一例を分子レベルまで拡大した説明図である。
【図3】同実施の形態における撥水撥油性被膜の構造の他の例を分子レベルまで拡大した説明図である。
【図4】同実施の形態に係るグラビア印刷用版材の製造方法を模式的に説明した説明図である。
【図5】同実施の形態に係るグラビア印刷用版材を用いた印刷装置の一例を模式的に説明した説明図である。
【符号の説明】
【0049】
10 グラビア印刷用版材
11 基材
12 凹部
13 凸部
14 第1の撥水撥油性被膜
15 第2の撥水撥油性被膜
16 ポリシロキサン分子
17 インク容器
18 インク
19 インクローラー
20 ドクターブレード
21 圧胴
22 原紙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の版面上に形成された凹部の表面が第1の撥水撥油性被膜で被覆され、前記版面上の前記凹部以外の部分である凸部の表面が前記第1の撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの小さい第2の撥水撥油性被膜で被覆されていることを特徴とするグラビア印刷用版材。
【請求項2】
前記第1及び第2の撥水撥油性被膜が、それぞれ、前記凹部及び凸部の表面に共有結合を介して固定されていることを特徴とする請求項1記載のグラビア印刷用版材。
【請求項3】
前記第1及び第2の撥水撥油性被膜の一方又は双方が単分子膜であることを特徴とする請求項1及び2のいずれか1項記載のグラビア印刷用版材。
【請求項4】
前記第1及び第2の撥水撥油性被膜の一方又は双方が、アルコキシシラン及び/又はアルコキシポリシロキサンから形成されたポリシロキサン分子を含んでいることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載のグラビア印刷用版材。
【請求項5】
凹部が形成されたグラビア版用基材の版面の表面全体に第1の撥水撥油処理液を接触させ、第1の撥水撥油性被膜で被覆する工程Aと、
前記版面上の前記凹部以外の部分である凸部の表面を微小研磨し、前記凸部の表面を被覆する前記第1の撥水撥油性被膜を除去する工程Bと、
前記凸部の表面に第2の撥水撥油処理液を接触させ、前記第1の撥水撥油性被膜よりも表面エネルギーの小さい第2の撥水撥油性被膜で被覆する工程Cとを有することを特徴とするグラビア印刷用版材の製造方法。
【請求項6】
前記第1及び第2の撥水撥油処理液が、下記の化学式(I)及び(II)で表されるアルコキシシラン化合物又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含むことを特徴とする請求項5記載のグラビア印刷用版材の製造方法。
(I)RSiR(3−m)
(II)RSiR(3−n)
なお、式(I)及び(II)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、m及びnはそれぞれ独立して0以上2以下の整数を表し、Rは、フルオロアルキルアルキル基を表し、R及びRはそれぞれ独立してアルキル基を表す。
【請求項7】
前記第1及び第2の撥水撥油処理液が、下記の化学式(III)及び(IV)のいずれかで表されるアルコキシシラン又はクロロシラン化合物の一方又は双方を含むことを特徴とする請求項5及び6のいずれか1項記載のグラビア印刷用版材の製造方法。
(III)SiH(4−p)
(IV)XSi(OSiY
なお、式(III)及び(IV)において、Xは、アルコキシ基、又はClを表し、Yはアルキル基、アルコキシ基又はClを表し、pは0以上2以下の整数を表し、qは0以上15以下の整数を表す。
【請求項8】
請求項1から4のいずれか1項記載のグラビア印刷用版材を用いて印刷されたことを特徴とする印刷物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−111034(P2010−111034A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−286026(P2008−286026)
【出願日】平成20年11月7日(2008.11.7)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】