説明

グラフェントランジスタ

【課題】本発明は、従来には得られなかった大きなゲート容量を持つグラフェントランジスタとその製造方法を提供するものである。
【解決手段】上記課題を解決するために、グラフェントランジスタは、グラフェンと低抵抗基板との間に絶縁膜を配したグラフェントランジスタであって、前記絶縁膜全体が均質な組成で構成され、その比誘電率が4以上であること、前記絶縁膜の基幹元素と前記基板の基幹元素が異なること、また前記絶縁膜は光学顕微鏡でグラフェンを観察できる可視光領域での干渉コントラストを有する厚さにしてあることを特徴とする手段を採用した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェンと低抵抗基板との間に絶縁膜を配したグラフェントランジスタに関する。
【背景技術】
【0002】
炭素原子が蜂の巣状に並んだ原子層1層のシート構造を有するグラフェンは、高い移動度を有することからトランジスタのチャネル材料候補として注目されている。
従来のトランジスタはドーパントが高濃度ドープされた低抵抗Siを基板とし、絶縁膜としてSiOを使用している(図1)。このグラフェン/SiO/低抵抗Si基板構造の目的は、基板Si側からSiOを介してグラフェンに電界を印加することによって、グラフェン内の電子または正孔濃度を制御することにある。その原理は、グラフェン内の2次元電子濃度(n)または2次元正孔濃度(p)がSiOの静電容量CSiO2(=εSiO2・ε/d)と印加電圧Vと素電荷の逆数1/qの積に等しいため、ゲート電圧に比例してnまたはpを可変できることにある。ここで、εSiO2はSiOの比誘電率、εは真空誘電率、dはSiO膜厚である。しかしながら、εSiO2の値は3.9程度と小さいため、1桁以上の電子・正孔濃度を制御するためには大きなゲート電圧が必要となる欠点があった。
トランジスタとしてグラフェン内のキャリア濃度を効率良く制御するためには、ゲート容量Cを大きくする必要がある。ゲート容量はC=εSiO2×ε /dSiO2 (εSiO2はSiOの比誘電率、εは真空の誘電率、dSiO2はSiOの膜厚を示す)で与えられるため、SiO膜厚dSiO2は出来るだけ薄くするようにしていたが、比誘電率を大きくすることは不可能であった。
膜厚には、当然限界があることより、より大きなゲート容量を得るには、比誘電率を大きくすることが望まれていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、このような実情に鑑み、従来には得られなかった大きなゲート容量を持つグラフェントランジスタとその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明1のグラフェントランジスタは、グラフェンと低抵抗基板との間に絶縁膜を配したグラフェントランジスタであって、前記絶縁膜全体が均質な組成で構成され、その比誘電率が4以上であることを特徴とする。
発明2は、発明1のグラフェントランジスタにおいて、前記絶縁膜の基幹元素と前記基板の基幹元素が異なることを特徴とする。
発明3は、発明1又は2のグラフェントランジスタにおいて、前記絶縁膜は光学顕微鏡でグラフェンを観察できる可視光領域での干渉コントラストを有する厚さにしてあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
自然酸化膜と違い、膜質・膜厚が制御可能であるため、再現性の良く絶縁膜を形成することができる利点を有する。また、発明3のようにすることで、素子作製の際、光学顕微鏡でグラフェンを観察することができる等の特徴を持ったトランジスタを提供することができた。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1】トップコンタクト/ボトムゲート型グラフェントランジスタ構造の概要図。 従来構造は絶縁層としてSiOを使用している。実施例1ではグラフェンと基板間に高誘電体層(比誘電率4以上)を形成した構造を有する。
【図2】Al膜厚と波長に対するコントラストの強度分布図。 (a)構造図。nは屈折率。(b)コントラストの強度分布図。黒から白に向かって強度が大きくなっている。
【図3】実施例1の素子作製プロセス概要図。 (a)高濃度にドープしたSi基板。(b)原子層堆積装置で成膜したAl薄膜。(c)グラフェン転写。(d)グラフェンエッチング。(e)ソース・ドレイン電極作製。
【図4】実施例1の原子層堆積装置のガス注入のタイミング図。
【図5】実施例1のAl薄膜上に作製したグラフェントランジスタの光学顕微鏡像。 グラフェンはホールバー形状に加工され、Ti/Au電極に接続されている。
【図6】実施例1と従来のSiO絶縁層とのゲート電圧変化に対する導電率の変化率。 SiOに比べAlの方が変化率が大きいことを示している。
【図7】HfO膜厚と波長に対するコントラストの強度分布図。 (a)構造図。nは屈折率。(b)コントラストの強度分布図。黒から白に向かって強度が大きくなっている。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明では、SiOの比誘電率に比べて大きな高誘電率を持つ誘電体薄膜(高誘電体薄膜または強誘電体薄膜)を用いることにより、上記の欠点を解決する手法を提供する。即ち、SiOに較べて低いゲート電圧でも広範囲な電子・正孔(キャリア)濃度を制御可能となる。
実施例では、絶縁膜としてAlを利用して誘電率が高い方がグラフェン内のキャリア濃度を大きく制御できることを示した。参考のため、表1、2に各種誘電体についてゲート容量を計算値した結果を示す。
Al以外の高誘電体材料(Si, HfO, SrTiO, BaTiO, PbZrTiO)においてもグラフェン内のキャリア濃度制御に有効であることが類推される。原理的には比誘電率が大きければ大きいほど、グラフェン内の電子または正孔はより高濃度に制御可能であるため、例えばHfOを考えた場合、コントラストは図7のように計算でき、膜厚を70nmに薄膜化できることが分かる。さらに、誘電率はSiOの約6倍(Alの約3倍)なので、C=εS/d(C: キャパシタンスS:面積, d:膜厚)よりゲート電圧により誘起される電荷は約8倍(Alの約3倍)となることが期待される。
【表1】


【表2】

【0008】
実施例では、絶縁膜として1種類の高誘電体材料を使用したが、いくつかの高誘電体材料を積層させて絶縁膜を形成することもできる。
例えば、Al/HfO/Si基板といった具合に、絶縁膜を積層させることも可能であり、その具体例を実施例2に記載した。
【0009】
実施例では、グラフェンを取りだす際にキッシュグラファイトを使用したが、ナチュラルグラファイトやHOPG(Highly oriented pyrolytic graphite)のようにグラフェンが多層構造を成している物質であれば同様の方法で取り出すことが出来る。メカニカルへき開法だけでなく、CVD(Chemical Vapor Deposition)等により成長させたグラフェンを使用しても良い。
さらに、実施例では、2原子層グラフェンを使用したが、層数に制限はなく単層から多層、さらにはグラファイトまでチャネル材料として使用できる。
【0010】
実施例では、Alの成膜に原子層堆積法を使用しているが、上記のように、真空蒸着法、スパッタ法、CVD法等の従来周知の成膜方法を用いることが可能であり、その用いる材料により適宜選択すればよい。
【0011】
実施例では、グラフェンのエッチングにOによる化学的な反応性エッチングを利用したが、グラフェンは単一原子層なので、Arによる物理的手法でも容易にエッチングできるため、Arによる物理的なエッチングを利用しても良い。また、Arと酸素の混合ガスでもエッチング効果を得ることができる。FIB(Focused Ion Beam)によるエッチングでも良い。
【0012】
実施例では、ソース・ドレイン電極材料としてTi/Auを使用しているが、この種トランジスタの電極材料として従来周知のその他の金属(Ni, Cr, Pt, Cu, Al, Ag, Pd, ITOまたは、それら複数積層させた構造)を用いるのに何ら困難性を有していない。
実施例では、アニールガスとしてAr + 3%Hを使用したが、Hの混合比がどのように変化しても、アニールガスとしての機能を損なわないことが、非特許文献3に示された事実より明らか(ArとHの比率が違う混合ガスを用いてエッチングしているので、Arの比率は問題ないと考えられる)なので、H単体でも良い。同様な理由で、不活性ガスとHの混合ガスであれば良いため、例えばNとHの混合ガスでも実施可能である。
【実施例1】
【0013】
グラフェンまたはグラファイトをチャネルとするトップコンタクト/ボトムゲート型電界効果トランジスタ構造を図1に示す。
本実施例では、SiOの比誘電率3.9に比べて2.2倍大きな絶縁膜としてAlを選定し、グラフェン/Al/低抵抗Si基板構造を用いた素子を作製した。以下にその作製方法を示すとともに、SiO(膜厚90nm)素子との特性を比較して、高誘電体材料を使用した素子の優位性を示す。
基板としてSiを使用し、絶縁膜としてAlを使用する場合、非特許文献1の計算式(式1)を用いると図2(b)のようになり、可視光領域において干渉コントラストが最も強く、Al膜の膜厚が最も薄くなる条件は約80nmであることが分かる。
<式1>


【0014】
Al薄膜の成膜には原子層堆積装置を使用し、厚さ380μm, 抵抗率0.02Ω・cm以下の低抵抗Si基板上に面内均一性に優れた良質なAl薄膜を80nm成膜した(図3(b))。
原料として、室温に保持された液体のTMA(トリメチルアルミニウム)およびHOを用い、TMAおよびHOはキャリアガスとして窒素ガスをバブリングすることにより成長室チャンバーに供給した。
TMAおよびHOの供給は、それぞれ単独に0.1秒間、交互に待ち時間4秒を含めて間欠(パルス)的に供給された(図4)。1サイクルでAl層が1分子層(約0.1nm)形成される。成膜条件は、以下の通りである。窒素ガス流量:チャンバーライン(300sccm) / TMAライン(150sccm) / HOライン(150sccm)、原料温度:TMA(室温) / HO(室温)、基板温度:300℃、パルスサイクル数:800サイクル(80nm)、基板:低抵抗Si基板である。
【0015】
このようにして得た絶縁膜は、Alのみから構成され、Al単体や他の構成の酸化アルミニウムの存在は認められない。
非特許文献9には、1cycleでAlが1分子層堆積できることが示され、実験的には非特許文献10において、そのAl成膜メカニズムを裏付けるデータを示しており、これら従来公知の技術情報からして、上記のように断定した。
【0016】
次に、キッシュグラファイトを粘着テープに貼り付けて薄膜化したものを成膜したAl上に転写した(図3(c))。
グラフェンの層数は、光学顕微鏡観察およびラマン散乱分光により決定し、本件ではグラフェンが2層積層した構造を有する2原子層グラフェンであることが分かった。2原子層グラフェンを任意形状に加工するため、電子線リソグラフィを使用してレジストをホールバー形状にパターニングした後、反応性イオンエッチング装置を使用してレジストをマスクにしてグラフェンをエッチングした(図3(d))。
グラフェンのエッチング条件は、装置:反応性イオンエッチング装置、エッチングガス:O、エッチング中圧力:10Pa、マイクロ波パワー:100W、エッチング時間:15secである。更に、レーザーリソグラフィおよび電子線リソグラフィを利用してソースおよびドレイン電極を形成し(図3(e))、トップコンタクト/ボトムゲート型電界効果トランジスタ構造を作製した(図5)。金属電極は、真空蒸着装置を使用して、Ti / Au=10nm / 50nmを成膜した。最後に、レジストなどの残留不純物を除去するためにアニール処理を行った。アニール条件は、ガス:Ar + 3%H、ガス流量:1 L/min、アニール温度:300℃、アニール時間:5minである。
【0017】
図6に、Al膜上の2原子層グラフェン内を流れるドレイン電流から求めた伝導率のゲート電圧依存性を示し、比較のためにSiO膜上に形成された場合の実験値も示してある。
ここで、伝導率の値はゲート電圧V-Vdiracゼロ時の伝導率(ディラックポイントと呼ばれる)で規格化されている。Al膜およびSiO膜上ともに、ゲート電圧の絶対値を増加させるとともに伝導率が増加しており、グラフェンに特徴的な正ゲート電圧時の電子および負ゲート電圧時の正孔による両極性伝導を示している。Al膜上とSiO膜上とを比較すると、SiOよりもAlの方が鋭いピークとなっており、ゲート電圧変化に対する感度が良く効率的にグラフェン内のキャリア濃度を制御出来ていることが分かる。これは前述したように、Al膜の比誘電率がSiO膜比べて大きく、対応して静電容量が大きくなる結果、Al膜上のグラフェン内に発生する電子または正孔が、同じゲート電圧に対してより高濃度になるためである。このように、高誘電体材料ほどグラフェン内のキャリア濃度を大きく制御できることが示された。
【実施例2】
【0018】
本実施例は、積層による絶縁膜成膜を例示する。
例えば、Al/HfO/Si基板の作製方法を記載する。HfO薄膜の成膜には、Alと同様にして、原子層堆積装置を使用し、厚さ380μm, 抵抗率0.02Ω・cm以下の低抵抗Si基板上に面内均一性に優れた良質なHfO薄膜を70nm成膜した。
原料として、130℃に昇温した固体のTEMAHf(テトラキス[エチルメチルアミノ]ハフニウム)およびHOを用い、TEMAHfおよびHOはキャリアガスとして窒素ガスをバブリングすることにより成長室チャンバーに供給した。
TEMAHfおよびHOの供給は、それぞれ単独に0.1秒間、交互に待ち時間5秒を含めて間欠(パルス)的に供給された。1サイクルでHfO層が1分子層(約0.085nm)形成される。成膜条件は、以下の通りである。窒素ガス流量:チャンバーライン(200sccm) / TEMAHfライン(100sccm) / HOライン(100sccm)、原料温度:TEMAHf(130℃) / HO(室温)、基板温度:300℃、パルスサイクル数:825サイクル(70nm)、基板:低抵抗Si基板である。
続けて、原料として、室温に保持された液体のTMA(トリメチルアルミニウム)およびHOを用い、TMAおよびHOはキャリアガスとして窒素ガスをバブリングすることにより成長室チャンバーに供給した。
TMAおよびHOの供給は、それぞれ単独に0.1秒間、交互に待ち時間4秒を含めて間欠(パルス)的に供給された。1サイクルでAl層が1分子層(約0.1nm)形成される。成膜条件は、以下の通りである。窒素ガス流量:チャンバーライン(300sccm) / TMAライン(150sccm) / HOライン(150sccm)、原料温度:TMA(室温) / HO(室温)、基板温度:300℃、パルスサイクル数:20サイクル(2nm)、基板:HfO/低抵抗Si基板である。
このように、原子層堆積法で成膜できる材料であれば同一チャンバー内で連続して成膜することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開2007-258223
【特許文献2】特開2009-111377
【非特許文献】
【0020】
【非特許文献1】Applied Physics Letters 91, 063124(2007).
【非特許文献2】Applied Physics Express 2, 025003(2009).
【非特許文献3】Nano Letters 7, 1643 (2007).
【非特許文献4】Journal of the Electrochemical Society 127, 2222 (1980).
【非特許文献5】Journal of the Electrochemical Society 119, 945 (1972).
【非特許文献6】Applied Physics Letters 92, 222903 (2008).
【非特許文献7】Japanese Journal of Applied Physics 32, 4118 (1993).
【非特許文献8】Electrochemical and Solid−State Letters, 2 (10), 504 (1999).
【非特許文献9】参考文献「Surface Science 322, 230 (1995).
【非特許文献10】The Journal of Physical Chemistry 100, 13121 (1996).

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラフェンと低抵抗基板との間に絶縁膜を配したグラフェントランジスタであって、前記絶縁膜全体が均質な組成で構成され、その比誘電率が4以上であることを特徴とするグラフェントランジスタ。
【請求項2】
請求項1に記載のグラフェントランジスタにおいて、前記絶縁膜の基幹元素と前記基板の基幹元素が異なることを特徴とするグラフェントランジスタ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のグラフェントランジスタにおいて、前記絶縁膜は光学顕微鏡でグラフェンを観察できる可視光領域での干渉コントラストを有する厚さにしてあることを特徴とするグラフェントランジスタ。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−114299(P2011−114299A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−271742(P2009−271742)
【出願日】平成21年11月30日(2009.11.30)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】