説明

グラフト変性澱粉の水性組成物及びこれを用いた硬化性組成物

【課題】
精製を必要とせず、一連の工程で澱粉の糊化、付加反応、グラフト反応を行うことで得ることができ、且つ、水溶液状態で粘度安定性が良好で、澱粉由来の成分が多く含まれていても耐水性が高く、着色の無いフィルムを得られるグラフト変性澱粉の水性組成物を提供すること。
【解決手段】
本発明は、α化度をコントロールした澱粉の存在下で、1種以上のエチレン性不飽和モノマーからなるモノマー乳化物、及び、酸化剤を滴下することによる、澱粉鎖の切断、及び、澱粉へのエチレン性不飽和モノマーのグラフト重合反応を同時に行うことによって得られる、澱粉由来の結晶性を残したグラフト変性澱粉の水性組成物に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種の石油原料由来の樹脂の代替として、再生可能な天然資源である澱粉を主原料とし、プラスチック、塗料、接着剤として利用可能なグラフト変性澱粉の水性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、プラスチック、塗料、接着剤といった化学合成樹脂製品は生活と産業のあらゆる分野で使用される材料であり、その生産量は莫大な量である。しかし、この様な化学合成樹脂の大半は使用後、焼却、または土中に廃棄処理されており、COや有害性物質の放出により地球環境に悪影響を及すことが近年問題となってきている。また、化学合成樹脂の原料となる石油は有限の資源であり、将来的に枯渇の不安が広がっている。そのため、枯渇資源から再生可能資源への転換による循環型社会の構築が注目を集めるようになってきている。
【0003】
よって、廃棄物の処理性の向上やCO放出量の削減等の地球環境に対する影響低減の観点、及び、再生可能資源への転換の観点から、天然由来の資源を積極的に利用することが求められている。
【0004】
天然由来の原料としては多糖類の澱粉が挙げられる。澱粉は植物から容易に単離することが可能であり、比較的安価で入手が可能である。また、従来から食用の他に、澱粉糊として、または可塑剤を配合したものが成型加工(キャステング、押し出し成型、金型成型、発泡成形など)され、フィルム、食品容器、包装材、緩衝材等に利用されている。しかしながら、老化現象、フィルム形成性の低さ、耐水性の低さ等の問題により、合成樹脂製品の代替としては利用し難い。
【0005】
この問題を解決する方法として、澱粉の水酸基を別種の官能基に置換した化工澱粉が提案されている。例えば、DMSO中で澱粉にエステル化剤により長鎖、短鎖の炭化水素基を付加した熱可塑性変性澱粉が開示されている(特許文献1参照)。化工澱粉は、澱粉の特性を大きく変更させることができるが、十分な耐水性を得るには高い置換度が必要とされる。高い置換度を得るには、大過剰の変性剤、触媒が必要であり、精製のためのコストが大きくなるという問題がある。
【0006】
一方、別種のポリマーをグラフトさせたグラフト変性澱粉が提案されている。例えば、澱粉等の水溶性高分子物質、水溶性カチオンモノマー、α、β−不飽和ジカルボン酸並びにアクリルアミドおよび/またはメタアクリルアミドを必須成分とする水溶性重合体からなる製紙用添加剤が開示されている(特許文献2参照)。また、デンプンおよび/または化学的に変性されたデンプンの存在下に親水性モノマーをフリーラジカル重合する際に分子当たり3つまたはそれ以上のフリーラジカルサイトを形成するフリーラジカル開始剤を使用して製造した水膨潤性親水性ポリマー組成物が開示されている(特許文献3参照)。その他、多糖類の骨格と、加熱により凝集性を有するセグメントとが結合している温度応答性材料が開示されている(特許文献4参照)。特許文献4では、多糖類と、ビニル基等の重合性基を有するカルボン酸又はその反応性誘導体(無水(メタ)アクリル酸、無水マレイン酸、(メタ)アクリル酸クロライド等)とを、重合開始剤の存在下で反応させ、エステル結合により重合性基を導入し、単量体との重合に供することで、多糖類に凝集性高分子の側鎖を導入できることが記載されている。しかし、高いグラフト率を有するグラフト変性澱粉を得るには、高価なセリウム(IV)触媒や、危険性の高い放射線照射法を用いる必要があるため、いずれの場合も、高いグラフト率を有するグラフト変性澱粉を得ることはできず、得られるフィルムの耐水性などの諸物性が十分ではなかった。
【0007】
また、(a)スチレンおよび/またはメチルスチレン、(b)ブタジエン−1,3および/またはイソプレンおよび(c)その他のエチレン性不飽和共重合性モノマーからなるモノマーに対して、少なくとも1種の分解されたデンプン10〜40質量%および水溶性のレドックス触媒の存在下にラジカル開始共重合することにより得られる水性ポリマー分散液が開示されている(特許文献5参照)。しかし、エチレン性不飽和共重合性モノマーに対して澱粉の使用量が40質量%以下であるため、石油原料の代替として再生可能な天然原料を使用するという目的を達成できるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−159802号公報
【特許文献2】特開平8−246388号公報
【特許文献3】特開平10−330433号公報
【特許文献4】特開2003−252936号公報
【特許文献5】特開2005−528478号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、精製を必要とせず、一連の工程で澱粉の糊化、付加反応、グラフト反応を行うことで得ることができ、且つ、水溶液状態で粘度安定性が良好で、澱粉由来の成分が多く含まれていても耐水性が高く、着色の無いフィルムを得られるグラフト変性澱粉の水性組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、α化度をコントロールした澱粉の存在下で、1種以上のエチレン性不飽和モノマーからなるモノマー乳化物、及び、酸化剤を滴下することによる、澱粉鎖の切断、及び、澱粉へのエチレン性不飽和モノマーのグラフト重合反応を同時に行うことによって得られる、澱粉由来の結晶性を残したグラフト変性澱粉の水性組成物が上記課題を解決するのに有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、水性媒体中、炭素数4〜30の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基またはアルケニル基を有する無水ジカルボン酸化合物を付加した澱粉の存在下で、エチレン性不飽和モノマーを乳化重合することによって得られるグラフト変性澱粉の水性組成物であり、グラフト変性澱粉が、エチレン性不飽和モノマーからなるポリマー成分に対して40〜2000質量%の澱粉由来の成分を有し、澱粉由来の成分のα化度が80%以下であるグラフト変性澱粉の水性組成物に関する。
【0012】
グラフト変性澱粉の水性組成物は、少なくとも1種の(A)α化度が80%以上のα化澱粉に、炭素数4〜30の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基またはアルケニル基を有する無水ジカルボン酸化合物を付加した変性澱粉、及び、少なくとも1種の(B)α化度が20%以下の澱粉の存在下で、エチレン性不飽和モノマーを乳化重合することによって得られることが好ましい。
【0013】
(A)α化度が80%以上のα化澱粉と(B)α化度が20%以下の澱粉の比は、10:90〜90:10であることが好ましい。
【0014】
エチレン性不飽和モノマーの使用量は、(A)α化度が80%以上のα化澱粉と(B)α化度が20%以下の澱粉の総量に対して5質量%〜250質量%であることが好ましい。
【0015】
無水ジカルボン酸化合物の(A)α化度が80%以上のα化澱粉に対する添加量は、0.1質量%〜30質量%であることが好ましい。
【0016】
無水ジカルボン酸化合物は、無水オクテニルコハク酸であることが好ましい。
【0017】
グラフト変性澱粉の水性組成物は、レドックス開始剤を用いて、エチレン性不飽和モノマーを乳化重合することによって得られることが好ましい。
【0018】
レドックス開始剤の還元剤は、二酸化チオ尿素または亜ジチオン酸ナトリウムであることが好ましい。
【0019】
エチレン性不飽和モノマーは、澱粉の水酸基と反応可能な反応基を有するエチレン性不飽和モノマーを含むことが好ましい。
【0020】
また、本発明はグラフト変性澱粉の水性組成物、及び水酸基またはカルボキシル基と反応可能な官能基を有する硬化剤との混合物であることを特徴とする硬化性組成物に関する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、精製を必要とせず、一連の工程で澱粉の変性を行うことで得られ、水分散体の状態で粘度安定性が良好であり、エチレン性不飽和モノマーからなるポリマー成分に対して澱粉由来の成分が40質量%以上含まれていても、着色が無く耐水性の良いフィルムが得られるグラフト変性澱粉の水性組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0023】
本発明のグラフト変性澱粉の水性組成物は、(A)α化度が80%以上のα化澱粉(以下、(A)α化澱粉という)に、炭素数4〜30の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基またはアルケニル基を有する無水ジカルボン酸化合物を付加した変性澱粉を得、さらに、(B)α化度が20%以下の澱粉(以下、(B)澱粉という)を添加した後に、これらの澱粉の存在下で、エチレン性不飽和モノマーを乳化重合することによって得られる。このような方法を用いることにより、エチレン性不飽和モノマーからなるポリマー成分の総量に対して、グラフト変性澱粉が40質量%以上の澱粉由来の成分を有していても、耐水性が高いフィルムを得られるグラフト変性澱粉の水性組成物を製造することが可能となる。澱粉由来の成分は、エチレン性不飽和モノマーからなるポリマー成分に対して固形分で40〜2000質量%を有するものであり、40〜1000質量%であることが好ましい。澱粉由来の成分が2000質量%より大きくなると、エチレン性不飽和モノマーのグラフト化による耐水性向上、柔軟性付与の効果が得られない。また、澱粉の老化により粘度安定性が低下する傾向にある。
【0024】
本発明で用いられる(A)α化澱粉は、グラフト変性澱粉の水性媒体中での分散安定性に寄与する。(A)α化澱粉の具体例としては、アミロース及び/またはアミロペクチンで構成される天然の炭水化物、及び、その誘導体、より具体的には、トウモロコシ澱粉、馬鈴薯澱粉、タピオカ澱粉、小麦澱粉、甘藷澱粉、米澱粉、ワキシー澱粉、及び、これらを基にした化工澱粉をα化処理し、α化度を80%以上、より好ましくは90%以上としたものであり、水性媒体への溶解により透明な澱粉水溶液を得られるものである。α化度が80%未満となると、グラフト変性澱粉の水性媒体中での分散安定性が低下し、グラフト変性澱粉が沈降する傾向にある。中でも、(A)α化澱粉の重量平均分子量は、500,000以上であることがより好ましい。重量平均分子量が500,000未満であるとグラフト反応中の酸化剤による澱粉鎖の切断により非常に短い澱粉鎖が多量に発生し、耐水性が低下する傾向にある。α化処理の方法としては、特に限定されず、熱水処理、アルカリ処理、湿熱処理等の公知の方法を用いることができる。
【0025】
本発明で用いられる(B)澱粉はグラフト変性澱粉の耐水性向上に寄与する。(B)澱粉の具体例としては、アミロース及び/またはアミロペクチンで構成される天然の炭水化物、及び、その誘導体、より具体的には、トウモロコシ澱粉、馬鈴薯澱粉、タピオカ澱粉、小麦澱粉、甘藷澱粉、米澱粉、ワキシー澱粉、及び、これらを基にした化工澱粉であり、α化度を20%以下、より好ましくは10%以下としたものである。α化度が20%より大きくなると、得られるグラフト変性澱粉に残る結晶性が低く、耐水性が低下する傾向にある。中でも、(B)澱粉の重量平均分子量は、500,000以上であることがより好ましい。重量平均分子量が500,000未満であるとグラフト反応中の酸化剤による澱粉鎖の切断により非常に短い澱粉鎖が多量に発生し、耐水性が低下する傾向にある。
【0026】
なお、本発明のグラフト変性澱粉の水性組成物は、(A)α化澱粉にアルキル基またはアルケニル基を有する無水ジカルボン酸化合物を付加し、さらに、(B)澱粉を添加した後に、これらの澱粉の存在下で、エチレン性不飽和モノマーを乳化重合することによって得られると述べたが、グラフト変性澱粉中の澱粉由来の成分のα化度が80%以下である限りは、α化度が20〜80%の澱粉に、炭素数4〜30の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基またはアルケニル基を有する無水ジカルボン酸化合物を付加した後に、この変性された澱粉の存在下で、エチレン性不飽和モノマーを乳化重合することによって製造することも可能である。
【0027】
本発明で用いられる(A)α化澱粉を変性する無水ジカルボン酸化合物は澱粉の水酸基に付加反応するもので、澱粉に疎水性のアルキル基またはアルケニル基と親水性のカルボキシル基が導入されて澱粉の乳化力を向上させる。また、直鎖のアルキル基、アルケニル基の場合は、澱粉鎖と複合体を形成して澱粉鎖の二重螺旋構造の形成を阻害することで、澱粉水溶液の粘度を大きく低下させ、さらに老化を防止する効果がある。具体例としては、オクテニル無水コハク酸、デセニル無水コハク酸、ドデセニル無水コハク酸、テトラデセニル無水コハク酸、ヘキサデセニル無水コハク酸、オクタデセニル無水コハク酸等があげられる。無水ジカルボン酸化合物のアルキル基もしくはアルケニル基は炭素数4〜30であることが好ましく、炭素数6〜22の直鎖であることがより好ましい。炭素数が4より小さい場合は、澱粉に付加されるアルキル基もしくはアルケニル基の疎水性が弱いため、澱粉の乳化力が弱く、また、耐水性も低下する。炭素数が30より大きい場合は、無水ジカルボン酸化合物の疎水性が強く、澱粉との親和性が低いため、付加反応の効率が低下してその効果を得られない。中でも、直鎖のオクテニル無水コハク酸、デセニル無水コハク酸が、付加効率、乳化力の点で好ましい。
【0028】
(A)α化澱粉に対する無水ジカルボン酸化合物の添加量は0.1質量%〜30質量%であることが好ましく、1質量%〜20質量%であることがより好ましい。無水ジカルボン酸の添加量が0.1質量%未満であると、澱粉の乳化力が低く、グラフト反応が不安定となり、また耐老化性も低下する傾向にある。無水ジカルボン酸の添加量が30質量%を超えると、耐アルカリ性が低下する傾向にある。
【0029】
なお、本発明の各原料と澱粉の質量比の計算においては、澱粉の質量として、澱粉を110℃で3時間乾燥させた乾燥質量が用いられる。以下、同様である。
【0030】
本発明において、無水ジカルボン酸化合物の澱粉への付加反応は、60〜95℃で行うことが好ましく、80〜95℃で行うことがより好ましい。60℃より低くなると、澱粉の糊化が不十分であり、澱粉への無水ジカルボン酸の付加が不均一となる傾向にある。
【0031】
本発明で用いられる澱粉にグラフト重合するエチレン性不飽和モノマーは、澱粉にグラフトすることで澱粉の耐水性の向上、柔軟性の付与の効果がある。具体例として、アクリル酸メチル、メタクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸ステアリル、メタクリル酸シクロヘキシル、アクリル酸2−ヒドロキシエチル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、アクリル酸2−ヒドロキシプロピル、メタクリル酸2−ヒドロキシプロピル、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、メトキシエチルアクリレート、メトキシエチルメタクリレート、ブトキシエチルアクリレート、ブトキシエチルメタクリレート、スチレン、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル等が挙げられる。中でも、澱粉へのグラフト効率の点で、アクリル酸ブチル、アクリル酸エチル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸メチルが好ましい。
【0032】
エチレン性不飽和モノマーの乳化重合における使用量は、澱粉の総量に対して5質量%〜250質量%であることが好ましく、20質量%〜200質量%であることがより好ましい。5質量%未満の場合は、グラフト化による耐水性向上、柔軟性付与の効果が得られない。250質量%より多い場合は、グラフト重合が不安定化する傾向にある。また、澱粉使用量が低下して、石油原料の代替として再生可能な天然原料を使用するという趣旨に外れる。
【0033】
また、本発明で用いられる澱粉にグラフト重合するエチレン性不飽和モノマーとして、澱粉の水酸基と反応可能な反応基を有するエチレン性不飽和モノマーを含むことが好ましい。反応基を有するエチレン性不飽和モノマーは、澱粉へのモノマーのグラフト頻度を向上させ、老化防止、耐水性向上の効果がある。具体例としては、2−イソシアナトエチルメタクリレート、2−イソシアナトエチルアクリレート、トリメトキシシリルプロピルメタクリレート、グリシジルメタクリレートが挙げられる。澱粉の水酸基と反応可能な反応基を有するエチレン性不飽和モノマーの量は、(A)α化澱粉と(B)澱粉の総量に対して0.1質量%〜30質量%であることが好ましく、0.5質量%〜15質量%であることがより好ましい。0.1質量%未満の場合は、老化防止、耐水性向上の効果が得られない。30質量%より多い場合は、グラフト重合が不安定化、貯蔵安定性が低下する傾向にある。
【0034】
本発明では(A)α化澱粉と(B)澱粉の比率、及び、エチレン性不飽和モノマーのグラフト重合の反応温度でグラフト変性澱粉に残る結晶度をコントロールしている。本発明に用いられる(A)α化澱粉と(B)澱粉の比率は10:90〜90:10、より好ましくは20:80〜80:20である。(A)α化澱粉の比率が10%未満であると、得られるグラフト変性澱粉の水性媒体中での分散安定性が低下し、グラフト変性澱粉が沈降する傾向にある。(A)α化澱粉の比率が90%を超えると、得られるグラフト変性澱粉に残る結晶性が低く、耐水性が低下する傾向にある。
【0035】
本発明において、エチレン性不飽和モノマーの重合反応は、反応温度30℃〜60℃、より好ましくは、40〜60℃で行うことが好ましい。30℃より低い場合は、反応中に澱粉の老化が進行し、グラフトが不均一となる傾向にある。60℃より高い場合は、澱粉の糊化が進行し、得られるグラフト変性澱粉に残る結晶性が低く、耐水性が低下する傾向にある。
【0036】
本発明で用いられるレドックス開始剤は、水溶性であり、解裂してラジカルを発生する酸化剤と、酸化剤の解裂を促進する還元剤の組み合わせである。レドックス開始剤を用いることで、澱粉の糊化温度以下の温度でグラフト反応を行うことができ、得られるグラフト変性澱粉に残る結晶性の低下を防ぐことができる。
【0037】
酸化剤の具体例としては、過酸化水素、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム等の過硫酸塩、t−ブチルハイドロパーオキサイド、ジコハク酸パーオキサイド等の有機過酸化物が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。酸化剤は、(A)α化澱粉と(B)澱粉の総量に対して0.1質量%〜20質量%の範囲で使用することが好ましい。酸化剤の使用量が0.1質量%未満であると、澱粉の切断の程度が低く、系の粘度が上昇、耐老化性が低下する場合がある。酸化剤の使用量が20質量%を超えると、グラフト変性澱粉の分子量が低くなり、耐水性が低下する場合がある。
【0038】
還元剤の具体例としては、二酸化チオ尿素、亜ジチオン酸ナトリウム、酸性亜硫酸ソーダ、ロンガリット、L−アスコルビン酸、酒石酸、シュウ酸、硫酸第一鉄が挙げられる。中でも、還元力が高く、着色しにくい点で二酸化チオ尿素、亜ジチオン酸ナトリウムがより好ましい。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。還元剤の使用量としては、酸化剤を解裂させるに必要な量であり、酸化剤に対して0.1mol当量〜2mol当量で使用することが好ましい。
【0039】
本発明で用いられる界面活性剤は、エチレン性不飽和モノマー組成物を乳化し、反応中の水性媒体中のモノマー濃度を調節することで、水性媒体中でのエチレン性不飽和モノマーの非グラフト共重合体の生成を抑制し、グラフト率を向上させる。具体例としては、アルキル又はアルキルアリル硫酸塩、アルキル又はアルキルアリルスルホン酸塩、アルキルアリルスルホコハク酸塩、スチレンスルホン酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩等のアニオン性乳化剤、グリセリンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンカルボン酸エステル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル等のノニオン性乳化剤、オクテニルコハク酸澱粉、ヒドロキシエチルセルロース、ポリビニルアルコール等の水溶性高分子等が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。これらの中でも、老化防止効果のある長鎖アルキル基を持つものが好ましい。界面活性剤は、エチレン性不飽和モノマー組成物に対して0.1質量%〜5質量%の範囲で使用することが好ましい。界面活性剤の使用量が0.1質量%未満であると、グラフト率が低下する場合があり、一方、界面活性剤の使用量が5質量%を超えると、耐水性が低下する場合がある。
【0040】
本発明で用いられる硬化剤は、グラフト変性澱粉の水酸基またはカルボキシル基と反応してグラフト変性澱粉分子間を架橋し、耐水性、耐アルカリ性を向上させる。グラフト変性澱粉の水酸基またはカルボキシル基と反応可能な官能基としては、イソシアネート基、酸無水物、カルボジイミド基、エポキシ基等が挙げられる。これら官能基を有する化合物(硬化剤)の具体例として、ヘキサメチレンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、キシレンジイソシアネート、エチレングリコール ビスアンヒドロトリメリテート、グリセリンビス アンヒドロトリメリテート モノアセテート、3、3’、4、4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、ポリカルボジイミド、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、グリセリントリグリシジルエーテル等が挙げられる。中でも、架橋反応が比較的早く、水性媒体への分散のよい点で、ヘキサメチレンジイソシアネートが好ましい。
【0041】
硬化剤は、(A)α化澱粉と(B)澱粉の総量に対して1質量%〜50質量%の範囲で使用することが好ましい。硬化剤の使用量が1質量%未満であると、グラフト変性澱粉分子間の架橋密度が低く、耐水性、耐アルカリ性の向上が見られない場合がある。硬化剤の使用量が50質量%を超えると、ポットライフが非常に短く、作業性が低下する場合がある。
【0042】
本発明のグラフト変性澱粉の反応工程において、酸、酵素による澱粉鎖の切断を併用してもよい。
【0043】
本発明のグラフト変性澱粉の水性組成物には、上記で説明した以外の樹脂、着色剤、可塑剤、老化防止剤、防腐剤、殺菌剤、消泡剤、濡れ剤、紫外線吸収剤、光安定剤等の公知慣用の添加剤を、本発明の効果を損なわない範囲で適宜添加してもよい。
【0044】
なお、本発明における澱粉の糊化度(α化度)は示差走査熱量計を用いて、下記条件にて50℃〜90℃付近に検出される糊化吸熱ピークのエンタルピーを測定し、下記の式(1)にて算出されるものである。
【0045】
試料:澱粉に蒸留水を加えて固形分濃度20%に調整した水溶液、または、懸濁液を1時間静置したもの。
サンプル容器:銀製密閉容器
リファレンス:蒸留水
測定温度:5℃〜105℃
昇温速度:4℃/分
【0046】
【数1】

【0047】
式(1)において、△Hgは試料澱粉にて検出される糊化吸熱エンタルピー、△Hgは試料澱粉の未処理状態における当該生澱粉にて検出される糊化吸熱エンタルピーである。
【0048】
本発明におけるグラフト変性澱粉中の澱粉由来の成分の糊化度(α化度)は示差走査熱量計を用いて、下記条件にて50℃〜90℃付近に検出される糊化吸熱ピークのエンタルピーを測定し、下記の式(2)にて算出されるものである。
【0049】
試料:グラフト変性澱粉に蒸留水を加えて固形分濃度20%に調整した水分散体を1時間静置したもの。
サンプル容器:銀製密閉容器
リファレンス:蒸留水
測定温度:5℃〜105℃
昇温速度:4℃/分
【0050】
【数2】

【0051】
式(2)において、△Hgは試料グラフト変性澱粉の水分散体にて検出される糊化吸熱エンタルピー、△Hgは該グラフト変性澱粉を得るのに用いられた澱粉(且つ未処理状態における生澱粉)の水懸濁液にて検出される糊化吸熱エンタルピー、Cは試料グラフト変性澱粉の水分散体中における澱粉由来成分の濃度、Cは該グラフト変性澱粉を得るのに用いられた澱粉(且つ未処理状態における生澱粉)の水懸濁液の濃度である。
【0052】
本発明のグラフト変性澱粉の水性組成物においては、グラフト変性澱粉中に存在する澱粉由来の成分のα化度は80%以下であり、より好ましくは50〜75%である。澱粉由来の成分のα化度が80%より高くなると、耐水性が低下する傾向にある。澱粉由来の成分のα化度が50%より低くなると、得られるグラフト変性澱粉の水性媒体中での安定性が低下し、沈降する傾向にある。
【0053】
本発明のグラフト変性澱粉の水性組成物の用途としては、特に限定はされないが、プラスチック、塗料用バインダー、接着剤、洗濯糊、サイズ剤、コーティング剤があげられる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。なお、例中の部、及び、%は特に断りの無い限り、「質量部」、「質量%」である。また、澱粉の質量は含水物としての質量である。
【0055】
〔実施例1〕
冷却管、温度計、撹拌機及び滴下ロートを備えた反応容器に、イオン交換水100質量部及び酸化澱粉(王子コーンスターチ株式会社製、商品名「王子エースA」、水分含量12.5質量%)57.1質量部を仕込み、攪拌して澱粉スラリーとした。温度を95℃まで昇温して30分間攪拌し、澱粉スラリーを透明な糊化澱粉水溶液とした(糊化度99%)。温度を55℃まで冷却した後、酸化澱粉(糊化度0%)57.1質量部、及び、イオン交換水350質量部を投入した。ここに、アクリル酸ブチル100質量部、界面活性剤(株式会社ADEKA社製「アデカリアソープSR−10」)0.4質量部、イオン交換水60質量部を混合したモノマー乳化物を5時間かけて滴下した。同時に、35%過酸化水素水5質量部とイオン交換水20質量部を混合した酸化剤水溶液、二酸化チオ尿素5.6質量部をイオン交換水300質量部に溶解した還元剤水溶液を5時間かけて反応容器に滴下した。滴下終了後、さらに55℃で2時間攪拌した後、常温まで冷却し、グラフト変性澱粉の水分散体を得た。
【0056】
〔実施例2〕
実施例1において、澱粉スラリーを95℃まで昇温した時点で無水オクテニルコハク酸7質量部を反応容器に投入し、澱粉スラリーの糊化と同時に付加反応を行った。それ以外は実施例1と同様にして、実施例2のグラフト変性澱粉の水分散体を得た。
【0057】
〔実施例3〕
実施例2におけるアクリル酸ブチル100質量部を、アクリル酸ブチル90質量部、トリメトキシシリルプロピルメタクリレート10質量部の混合物とした以外は実施例2と同様にして、実施例3のグラフト変性澱粉の水分散体を得た。
【0058】
〔実施例4〕
実施例2における二酸化チオ尿素5.6質量部をアスコルビン酸4.5質量部としたこと以外は実施例2と同様にして、実施例4のグラフト変性澱粉の水分散体を得た。
【0059】
〔比較例1〕
実施例2における澱粉スラリーの昇温を65℃としたこと以外は実施例2と同様の操作を行なった。しかし、モノマー乳化物の重合により、反応物に沈降分離が発生し、グラフト変性澱粉の水性分散体を得ることはできなかった。
【0060】
〔比較例2〕
実施例2における温度55℃に冷却後に投入する酸化澱粉を温度60℃で投入し、60℃で30分攪拌後に55℃まで冷却したこと以外は実施例2と同様にして、比較例2のグラフト変性澱粉の水分散体を得た。
【0061】
〔比較例3〕
実施例2において、反応容器にイオン交換水190質量部及び酸化澱粉108.6質量部を仕込み、攪拌して澱粉スラリーとした。温度を95℃まで昇温し、無水オクテニルコハク酸13.3質量部を反応容器に投入した。95℃で30分間攪拌した後、温度を55℃まで冷却し、酸化澱粉5.7質量部、及び、イオン交換水260質量部を投入した。それ以外は実施例2と同様にして、比較例3のグラフト変性澱粉の水分散体を得た。
【0062】
〔比較例4〕
実施例2において、反応容器にイオン交換水10質量部及び酸化澱粉5.7質量部を仕込み、攪拌して澱粉スラリーとした。温度を95℃まで昇温し、無水オクテニルコハク酸0.7質量部を反応容器に投入した。95℃で30分間攪拌した後、温度を55℃まで冷却し、酸化澱粉108.6質量部、及び、イオン交換水440質量部を投入した。それ以外は実施例2と同様の操作を行なった。しかし、モノマー乳化物の重合により、反応物に沈降分離が発生し、グラフト変性澱粉の水性分散体を得ることはできなかった。
【0063】
〔比較例5〕
実施例2における無水オクテニルコハク酸を無水コハク酸に変更したこと以外は実施例2と同様にして、比較例5のグラフト変性澱粉の水分散体を得た。
【0064】
〔比較例6〕
実施例2におけるモノマー乳化物をアクリル酸ブチル4質量部、界面活性剤0.016質量部、イオン交換水2.4質量部を混合したモノマー乳化物とした以外は実施例2と同様にして、比較例6のグラフト変性澱粉の水分散体を得た。
【0065】
〔比較例7〕
実施例2において、反応容器にイオン交換水200質量部及び酸化澱粉114.2質量部を仕込み、攪拌して澱粉スラリーとした。温度を60℃まで昇温して糊化澱粉水溶液(糊化度58%)とし、温度60℃で無水オクテニルコハク酸を投入して付加反応を行った。温度55℃まで冷却後、糊化度0%の酸化澱粉を用いず、イオン交換水250質量部のみ添加した以外は実施例2と同様の操作を行なった。しかし、モノマー乳化物の重合により、反応物に沈降分離が発生し、グラフト変性澱粉の水性分散体を得ることはできなかった。
【0066】
実施例1〜4及び比較例1〜7のグラフト変性澱粉の水溶液を以下の方法に従って評価した。結果を表1及び表2に示した。
【0067】
(フィルム作成)
ガラス板にポリエチレンシートを貼り、その上にシリコンで枠を作成した。その枠にグラフト変性澱粉の水分散体を乾燥フィルムの膜厚が約0.4mmとなる量を流し込み、23℃、湿度65%RHで7日間乾燥させた。色相、クラック、歪の有無を目視で観察した。
【0068】
(溶出率)
作成したフィルム0.2質量部を110℃で5時間乾燥し、フィルムの乾燥質量を測定した。作成したフィルム0.2質量部をイオン交換水50質量部に1日浸漬した。1日後フィルムを取り出し、110℃で5時間乾燥して、水浸漬後のフィルムの乾燥質量を測定した。水溶出率は以下の式(3)で計算した。
【0069】
【数3】

【0070】
(グラフト変性澱粉中の澱粉由来の成分)
グラフト変性澱粉中の澱粉由来の成分の糊化度(α化度)は、上に述べた条件で、示差走査熱量計を用いて糊化吸熱ピークのエンタルピーを測定し、式(2)により算出した。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【0073】
表1、表2の結果から明らかなように、実施例1〜3のグラフト変性澱粉の水分散体は、着色が無く耐水性が良好な皮膜を形成でき、さらに実施例2、3は粘度安定性が良好である。
【0074】
[実施例5]
実施例2で得られたグラフト変性澱粉の水分散体100質量部(固形分で20質量部)に対し、硬化剤として、ヘキサメチレンジイソシアネートを4質量部添加し、硬化性組成物を得た。得られた硬化性組成物について、上で述べた方法と同様の方法で、フィルム性能を測定した。フィルムの色は無色で、クラックや歪みもなく、また水溶出率も4.0%と非常に低い値が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性媒体中、炭素数4〜30の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基またはアルケニル基を有する無水ジカルボン酸化合物を付加した澱粉の存在下で、エチレン性不飽和モノマーを乳化重合することによって得られるグラフト変性澱粉の水性組成物であり、グラフト変性澱粉がエチレン性不飽和モノマーからなるポリマー成分に対して40〜2000質量%の澱粉由来の成分を有し、澱粉由来の成分のα化度が80%以下であるグラフト変性澱粉の水性組成物。
【請求項2】
少なくとも1種の(A)α化度が80%以上のα化澱粉に、炭素数4〜30の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基またはアルケニル基を有する無水ジカルボン酸化合物を付加した変性澱粉、及び、少なくとも1種の(B)α化度が20%以下の澱粉の存在下で、エチレン性不飽和モノマーを乳化重合することによって得られる請求項1に記載のグラフト変性澱粉の水性組成物。
【請求項3】
(A)α化度が80%以上のα化澱粉と(B)α化度が20%以下の澱粉の比が10:90〜90:10であることを特徴とする請求項2に記載のグラフト変性澱粉の水性組成物。
【請求項4】
エチレン性不飽和モノマーの使用量が(A)α化度が80%以上のα化澱粉と(B)α化度が20%以下の澱粉の総量に対して5質量%〜250質量%であることを特徴とする請求項2または3のいずれかに記載のグラフト変性澱粉の水性組成物。
【請求項5】
無水ジカルボン酸化合物の(A)α化度が80%以上のα化澱粉に対する添加量が0.1質量%〜30質量%である請求項2、3または4のいずれかに記載のグラフト変性澱粉の水性組成物。
【請求項6】
無水ジカルボン酸化合物が無水オクテニルコハク酸であることを特徴とする請求項1、2、3、4または5のいずれかに記載のグラフト変性澱粉の水性組成物。
【請求項7】
レドックス開始剤を用いて、エチレン性不飽和モノマーを乳化重合することによって得られる請求項1、2、3、4、5または6のいずれかに記載のグラフト変性澱粉の水性組成物。
【請求項8】
レドックス開始剤の還元剤が二酸化チオ尿素または亜ジチオン酸ナトリウムであることを特徴とする請求項7に記載のグラフト変性澱粉の水性組成物。
【請求項9】
エチレン性不飽和モノマーが、澱粉の水酸基と反応可能な反応基を有するエチレン性不飽和モノマーを含むことを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6、7または8のいずれかに記載のグラフト変性澱粉の水性組成物。
【請求項10】
請求項1、2、3、4、5、6、7、8または9のいずれかに記載のグラフト変性澱粉の水性組成物、及び水酸基またはカルボキシル基と反応可能な官能基を有する硬化剤との混合物であることを特徴とする硬化性組成物。

【公開番号】特開2010−195950(P2010−195950A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−43582(P2009−43582)
【出願日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【出願人】(000187068)昭和高分子株式会社 (224)
【Fターム(参考)】