説明

グリア線維酸性蛋白質に指向されたラクダ科動物の重鎖抗体の可変ドメイン

本発明は、細胞内標的をターゲティングするための、またはペプチドベクターを製造するための、少なくとも8.5の等電点を有する、細胞内標的に指向されたラクダ科動物の重鎖抗体の可変ドメイン(VHHドメイン)の使用に関する。特に、本発明は、グリア線維酸性蛋白質に指向されたVHHドメイン、および治療剤または診断剤を製造するためのその使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリア線維酸性蛋白質(GFAP)に指向されたラクダ科動物の重鎖抗体の可変ドメイン(VHHドメイン)および哺乳動物の血液脳関門および細胞膜を横切る治療用または診断用化合物を送達するためのその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
グリア線維酸性蛋白質(GFAP)は、中枢神経系(CNS)の星状細胞、腸グリアおよび末梢神経系のミエリン形成シュワン細胞において発現する蛋白質である。
【0003】
GFAPは、ビメンチンと共に、細胞骨格の重要な構成要素であるタイプIII中間径フィラメントの形成に関与する。GFAPは、細胞構造および細胞運動(GFAPは有糸分裂に役割を果たす)、細胞間情報伝達ならびに血液脳関門の機能にも関わる。hGFAPをコードするcDNAクローンは、REEVESらによって開示されている(Proc Natl Acad Sci USA., 1989, 86:5178‐82)。
【0004】
GFAPは星状細胞の主要な免疫細胞化学的マーカーの1つとして、また中枢神経系の腫瘍および脳組織の変性または外傷状態におけるグリオーシス(すなわち、星状細胞の増殖)の重要なマーカーとしても考えられる。
【0005】
CNSの様々な部分、特に白質におけるGFAP‐陽性星状細胞の構造組織および分布の研究は、外傷状態に関しても関連し得る。
【0006】
いくつかの脳障害は、不適切なGFAP制御と関連する。例として、線維組織と相互作用する星状細胞によって瘢痕が形成されるグリア性瘢痕形成は、GFAPのアップレギュレーションによって引き起こされる。
【0007】
GFAPと直接的に関連するもう一つの状態はアレキサンダー病である。GFAP遺伝子のコード領域における変異がこの病気の存在と関連することが示されている(BRENNERら, 2001, Nat Genet., 27:117‐20)。
【0008】
したがって、グリア線維酸性蛋白質(GFAP)によって媒介される障害の治療が可能な治療剤ばかりでなく、例えば脳腫瘍または変性病巣の検出に適切な診断剤の開発に大きな関心がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
抗体は、脳疾患の潜在的な神経診断用イメージング剤および潜在的な治療剤である。しかしながら、抗体は、いくつかの問題を抱えている。アルブミンのような他の大きな血漿蛋白質と同様に、それらは細胞膜を容易に横断することができず、通常、血液循環の血漿区画に閉じ込められている。細胞内抗原の場合、それらの安定性およびそれらの結合能は、細胞内環境の還元条件(reducing conditions)による影響を受ける。
【0010】
過去10年間で、細胞内の標的に対して産生される抗体の製造および使用への関心が高まってきた。これは一般に細胞内での一本鎖可変ドメイン(scFv)抗体の組換え発現により得られる。
【0011】
このタイプの抗体は、一般に「細胞内抗体(intrabody)」とよばれる。この方法の欠点は、新規に合成された細胞内抗体の細胞内環境における安定性の乏しさである。
【0012】
細胞質の有害な還元条件は、ドメイン内におけるジスルフィド結合の形成を妨害し、次に蛋白質の高次構造の折りたたみに影響する。その結果、細胞内抗体は無機能となり得、乏しい発現レベル、低い溶解性および細胞内における半減期の減少を示す。
【0013】
HAMERS‐CASTERMAN(Nature, 1993, 363:446‐8)は、ラクダ科(camelidae)(ラクダ、ヒトコブラクダ、ラマおよびアルパカ)において、約50%のイムノグロブリンが軽鎖の全くない抗体であることを示している。これらの重鎖抗体は、VHH、VHHドメインまたはVHH抗体とよばれる唯一の単一可変ドメインの力によって、抗原と相互作用する。
【0014】
軽鎖が存在しないにも拘らず、これらのホモ二量体抗体は、それらの超可変領域を拡張することによって、広い抗原結合レパートリーを示す。組換えVHHドメイン(VHH)は、元来熱安定性(VHHの抗体結合は90℃で実証される)であり、ラクダ科動物由来重鎖抗体の抗原結合能力を示す(NGUYENら, 2001, Adv. Immunol., 79, 261‐96; MUYLDERMANSら, 2001, Trens in Biochemical Sciences, 26:230‐235)。
【0015】
VHHsが結果として変性に付される場合、それらはしばしば定量的なリフォールディングができるという点で、VHHは極度に可塑性であることも示されている。
【0016】
低分子量(14〜17 Kda)および増強した可塑性は、VHHに独特の可能性を与えるようである:例えば、組織内へのそれらの拡散は、それらのサイズが小さいことによって促進され、いくつかのVHHは、α‐アミラーゼ、炭酸脱水酵素およびニワトリ卵リゾチームのような酵素の活性部位の空隙との相互作用によって、酵素活性を阻害できる(DESMYTERら, 1996, Nature Structural Biology, 3:803‐11; DESMYTERら, 2002, Journal of Biological Chemistry, 277:23645‐23650; TRANSUEら, 1998, Proteins, 32:515‐22; LAUWEREYSら, 1998, Embo J., 17:3512-20)。
【0017】
本発明を導いた研究の枠組みの中で、本発明者らは、GFAPに指向されたラクダ科動物の重鎖抗体を製造し、それらの結合特性をインビトロおよびインビボの両方で分析した。したがって、1体のアルパカをhGFAPに対して免疫にし、3つの抗GFAP VHHをリボソームディスプレイによって選択した。
【課題を解決するための手段】
【0018】
驚くべきことに、本発明者らは次のことを示した:
【0019】
‐抗GFAP VHHが、ヒトおよびマウスの両方の脳切片の星状細胞におけるGFAP蛋白質を強力かつ特異的に免疫標識したこと(これは、脳組織の固定および透過処理後の標準的な免疫細胞化学的分析によって示されている)。これに関連して、これらのVHHは、慣用の抗GFAP抗体の特性に適合した;
【0020】
‐抗GFAP VHHが、脳内に拡散し、脳細胞(特に星状細胞)の細胞質内に入り、インビボでGFAPに結合できること(VHHは、生きているマウスの吻背側線条体への定位注射後に、脳幹神経節およびその周辺に存在する星状細胞を強力かつ特異的に免疫標識した);
【0021】
抗GFAP VHHが、(嗅球および大脳の前脳のグリア境界膜に存在する星状細胞の免疫染色によって明らかにされるように)インビボでの鼻腔内点滴注入による投与後に、拡散し、大脳内の標的に到達し、結合できること;したがって、いずれの方法の注射も必要とせずに、これらのVHHは脳に容易に送達され、神経細胞およびグリア細胞(特に星状細胞)内に入ることができる。したがって、このようなVHHは、予期しないことに、如何なる人工的処置もなしに細胞内標的に到達できる。
【0022】
したがって、これらのVHHは、脳のイメージングおよび脳、特に星状細胞内に治療用化合物を送達するための興味深い物質である。
【0023】
したがって、本発明は、グリア線維酸性蛋白質(GFAP)に指向されたラクダ科動物の重鎖抗体の可変ドメイン(VHHドメイン)を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0024】
特に、GFAPは温血動物、より具体的には哺乳動物、とくにヒト由来である。例えば、ヒトGFAPは、GENBANKデータベースにおいて、次のアクセッション番号gi:164694994またはgi:24430142で利用可能である。
【0025】
VHHドメインは、一般に、ラクダ科動物(ラクダ、ヒトコブラクダ、ラマ、アルパカ、・・・)の重鎖抗体の可変ドメインを指す(上記引用のNGUYENら, 2001;上記引用のMUYLDERMANSら, 2001参照)。
【0026】
本発明によれば、VHHドメインは単離された、組換えまたは合成のVHHドメインを含む。
【0027】
本明細書中用いられるように、用語「単離された」は、VHHドメインが由来するラクダ科動物の重鎖抗体から分離されたVHHドメインを指す。
【0028】
本明細書中用いられるように、用語「組換え」は、前記のVHHドメインを生産するための遺伝子工学的方法(クローニング、増幅)の使用を指す。
【0029】
本明細書中用いられるように、用語「合成の」はインビトロ化学または酵素合成による生産を指す。
【0030】
好ましくは、本発明のVHHドメインはアルパカ(ラマ・パコス(Lama pacos))重鎖抗体由来である。
【0031】
好ましくは、本発明のVHHドメインは100〜130個のアミノ酸残基からなる。
【0032】
VHHドメインは、好ましくは245〜265個のアミノ酸残基からなる二量体の形態にあり得る。
【0033】
好ましい実施形態では、本発明のVHHドメインは少なくとも8.5の等電点を有する。
【0034】
用語「等電点(pI)」は、VHHドメインが正味の電荷を帯びていないpHを指す。蛋白質、特にペプチドまたは蛋白質の等電点を測定する方法は、当業者によく知られている。
【0035】
例として、HGMP‐RC, Genome Campus, Hinxton, Cambridge CB10 1SB, UKにおいて利用可能な、Alan Bleasbyによって書かれたEMBOSS iepソフトウェアのような、蛋白質のpIを計算するための多くの適切なコンピュータプログラムは、当該技術において公知である。
【0036】
もう一つの好ましい実施形態では、本発明のVHHドメインは、配列番号1のコンセンサスアミノ酸配列を含むか、または該配列からなる。
【0037】
より具体的な実施形態では、本発明のVHHドメインは、配列番号3、配列番号6、配列番号9および配列番号12からなる群より選択されるアミノ酸配列を含むか、または該配列からなる。
【0038】
本発明のVHHドメインは、少なくとも2つの配列番号1のアミノ酸配列、好ましくは2つの配列番号6のアミノ酸配列も含み得る。例えば、配列番号12のVHHドメインは、配列番号6のVHHドメインのホモ二量体である。
【0039】
本発明のVHHドメインは、
(a)ラクダ科動物、好ましくはラマ・パコスを上記で定義されたGFAPで免疫にするステップと、
(b)免疫にされたラクダ科動物の末梢リンパ球を単離し、トータルRNAを得、対応するcDNAを合成するステップ(方法は当該技術において周知である;例えば、LAFAYEら, 1995, Res Immune., 146:373‐82; Res Immunol., 1996, 147:61の正誤表参照)と、
(c)VHHドメインをコードするcDNAフラグメントのライブラリを構築するステップと、
(d)PCRを用いて、ステップ(c)で得られたVHHドメインをコードするcDNAをmRNAに転写し、mRNAをリボソームディスプレイ方式に変換し、リボソームディスプレイによってVHHドメインを選択するステップと、
(e)ベクター内のVHHドメインを発現し(例えば、適切なベクターはpET22(Novagen, Cat. No. 69744-3)である)、任意に、発現したVHHドメインを精製するステップと
を含む方法によって得ることができる。
【0040】
前記方法の好ましい実施形態では、ステップ(a)において、ラクダ科動物を250μgの前記GFAPで、0、21および35日目に免疫にする。結合したラクダ科動物の抗体は、ウサギ抗ラクダ科動物ポリクローナルIgG(例えば、MUYLDERMANS, Protein Eng., 1994, 7:1129‐35参照)およびセイヨウワサビペルオキシダーゼ標識ヤギ抗ウサギ抗体を用いて検出することができる。
【0041】
前記方法のもう一つの好ましい実施形態では、ステップ(c)において、前記ライブラリは、VHHドメインをコードするDNAフラグメントをPCRによって増幅し、得られたPCR生成物をファージベクター(適切なファージベクターの例はpHEN;HOOGENBOOMら, J Mol Biol., 1992, 227:381‐8である)にライゲーションすることによって構築できる。
【0042】
ステップ(c)の具体的な実施形態では、VHHドメインをコードするDNAフラグメントは、配列番号16の配列(CH2FORTA4と称する)および配列番号17の配列(VHBACKA6と称する)のプライマーを用いるPCRによって増幅され、増幅された生成物は、配列番号18の配列(VHBACKA4と称する)および配列番号19の配列(VHFOR36と称する)のプライマーまたはVHBACKA4および配列番号20の配列(LHと称する)のプライマーのいずれかを用いる2回目のPCRに付される。このような方法は、国際PCT出願番号WO2004/044204に記述されている。
【0043】
前記方法の別の好ましい実施形態では、ステップ(d)において、前記PCRが配列番号21の配列(VHH‐SPEFと称する)および配列番号22の配列(VHH‐SPERと称する)のプライマーを用いて行われ、そしてPCR生成物は配列番号23の配列(SDA‐MRGSと称する)、配列番号24の配列(T7Cと称する)およびVHH‐SPERのプライマーの混合物を用いて増幅される。
【0044】
ペプチドリンカーも、リボソーム上にディスプレイされた蛋白質が潜在的なリガンドに近づけるようにするために加えられ得る。例として、大腸菌(E. coli)蛋白質TolAの一部に相当するこのようなリンカーをコードするDNAは、配列番号25の配列(VHH‐linkと称する)および配列番号26の配列(TolAkurzと称する)のプライマーを用いることによってPCR増幅され得る。
【0045】
VHHドメインをコードするcDNAのライブラリは、TolAkurzおよび配列番号27の配列(T7Bと称する)のプライマーを用いるPCRアセンブリによって、TolAリンカーと共に組み立てることができる。
【0046】
リボソームディスプレイ技術は、蛋白質と共にそれをコードするmRNAのインビトロでの選択を可能にする。特定の蛋白質、例えばVHHフラグメントをコードするDNAライブラリは、インビトロで転写される。mRNAは精製され、インビトロでの翻訳のために用いられる。
【0047】
mRNAは終止コドンを欠くため、リボソームは該mRNAの末端で立ち往生して、mRNA、リボソームおよび機能性蛋白質の三重複合体が形成される(HANESおよびPLUCKTUM, 1997, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94:4937‐42)。
【0048】
これらの三重複合体のライブラリは、潜在的なリガンドに対して(抗体の場合、抗原に対して)試験される。三重複合体(リボソーム、mRNA、蛋白質)のリガンドへの結合は、該複合体に結合しており、かつ逆転写PCR(RT‐PCR)によってcDNAに逆転写され得るコードmRNAの回収を可能にする。選択および回収のサイクルは、希少なリガンド結合分子を豊富にすること、および最良の親和性を有する分子を選択することの両方のために繰り返すことができる。
【0049】
リボソームディスプレイ選択の方法は、当該技術において周知である;例えば、MOURATOUら, 2007, Proc Natl Acad Sci USA., 104:17983‐8参照。
【0050】
前記のステップ(d)の別の好ましい実施形態では、リボソームディスプレイ選択は3回のPCRで行われる。好ましくは、1回目のPCRは、プライマーVHH‐SPEFおよびVHH‐SPERを用いて行われ、1回目のPCR後に得られたPCR生成物は、プライマーT7C、SDA‐MRGSおよびVHH‐SPERを用いる2回目のPCRで再度増幅され、2回目のPCR後に得られたPCR生成物は、プライマーT7BおよびTolAkurzを用いる3回目のPCRで再度増幅され、3回目のPCR生成物は、次回のリボソームディスプレイのためのテンプレートとして用いられる。
【0051】
本発明者らは、上記で定義された方法(実施例1も参照)を用いて、hGFAP蛋白質(GENBANKデータベースにおけるアクセッション番号gi:164694994)に指向されたVHHドメインをコードするcDNAフラグメントのライブラリを作出した。
【0052】
本発明者らは、上記で定義されたVHHドメインを含むポリペプチドも提供する。
【0053】
本発明のポリペプチドが、少なくとも2つの上記で定義されたVHHドメインを含む場合、前記VHHドメインは同一であり得るかまたは異なり得、スペーサー、好ましくはアミノ酸スペーサーによって互いに離すことができる。
【0054】
本発明のポリペプチドの精製を可能にするために、ポリペプチドは、アミノ酸配列LEHHHHHH(配列番号15)のようなHis‐tagをそのC末端に含み得る。
【0055】
したがって、前記のポリペプチドの実施形態では、ポリペプチドはアミノ酸配列LEHHHHHH(配列番号15)を、そのアミノ酸配列のC末端にさらに含む。例として、配列番号5(名称VHH‐A10)、配列番号8(名称VHH‐E3)、配列番号11(名称VHH‐E9)および配列番号14(名称VHH‐B8)のアミノ酸配列のポリペプチドは、アミノ酸配列LEHHHHHHが融合しているそれぞれ配列番号3、6、9および12の配列のVHHドメインからなる。
【0056】
好ましい実施形態では、本発明のVHHドメインまたはポリペプチドは、少なくとも<10-6Mの結合親和性で、上記で定義されたGFAPに結合する。親和性(解離定数)測定は、FRIGUETら(J. Immunol. Methods, 1985, 77:305‐319)に記載の方法を含む、当業者に周知の方法を用いて行われ得る。
【0057】
VHH‐A10、VHH‐E3、VHH‐E9およびVHH‐B8は、hGFAP(GENBANKデータベースにおけるgi:164694994)について、それぞれ3.1×10-9M、10-7〜10-6M、5.6×10-9Mおよび5.2×10-9Mの親和性(FRIGUETら(上記引用)に記載の方法にしたがって測定した親和性)を有する。
【0058】
本発明は、本発明のVHHドメインを含む、単離された抗体、好ましくはラクダ科動物の重鎖抗体、またはそのフラグメントも提供し、前記単離された抗体またはそのフラグメントは、上記で定義されたGFAPに結合する。
【0059】
本明細書中用いられるように、用語「抗体フラグメント」は、完全長(全体の)抗体の一部、例えば、1つの重鎖のみまたはFab領域を意味する。
【0060】
本発明は、本発明のVHHドメイン、ポリペプチド、または抗体もしくはそのフラグメントをコードする単離されたポリヌクレオチドも提供する。本発明のポリヌクレオチドは公知の組換えDNA技術および/または化学的DNA合成の方法によって得られてもよい。
【0061】
前記ポリヌクレオチドの具体的な実施形態では、それは、ヒンジがないか、または長いヒンジを有するVHHドメインをコードする遺伝子由来のcDNAである。
【0062】
VHH‐A10、‐E3、‐E9および‐B8をコードするヌクレオチド配列は、配列番号4、7、10および13として、本明細書に添付された配列表に書き添えられている。
【0063】
本発明は、宿主細胞において本発明のポリヌクレオチドの転写の調節を可能にする転写プロモーターの制御下に、前記ポリヌクレオチドを含む組換え発現カセットも提供する。前記ポリヌクレオチドは、宿主細胞においてその翻訳の調節を可能にする適当なコントロール配列に結合され得る。
【0064】
本発明は、本発明のポリヌクレオチドまたは発現カセットを含む組換えベクターも提供する。
【0065】
本発明は、本発明の組換え発現カセットまたは組換えベクターを含む宿主細胞も提供する。該宿主細胞は、原核宿主細胞または真核宿主細胞のいずれかである。
【0066】
VHH‐A10を発現する原核宿主細胞は、28 rue du Dr Roux, 75734 Paris Cedex 15, FranceのCollection Nationale de Cultures de Microorganisms(CNCM)に、寄託番号I‐3923で寄託されている。
VHH‐B3を発現する原核宿主細胞は、CNCMに寄託番号I‐3924で寄託されている。
VHH‐E3を発現する原核宿主細胞は、CNCMに寄託番号I‐3925で寄託されている。
VHH‐E9を発現する原核宿主細胞は、CNCMに寄託番号I‐3926で寄託されている。
【0067】
本発明は、興味対象の物質に直接的または間接的に、共有結合的または非共有結合的に結合している、本発明のVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体を含む治療剤または診断剤も提供する。
【0068】
本発明によれば、興味対象の物質は、哺乳動物もしくはヒトの血液脳関門または細胞(例えば、星状細胞)の膜を透過し得るか、または透過し得る。
【0069】
興味対象の物質が前記血液脳関門または細胞(例えば、星状細胞)の膜を透過する場合、本発明のVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体の使用は、血液脳関門を横切っての、または細胞(特に、星状細胞)内への、該興味対象の物質の送達を増大させ得る。
【0070】
前記治療剤または診断剤の実施形態では、前記興味対象の物質は、ペプチド、酵素、核酸、ウイルス、蛍光体、重金属、化学物質および放射性同位体からなる群より選択される治療用または診断用化合物である。
【0071】
前記治療剤または診断剤の別の実施形態では、興味対象の物質は、上記で定義された治療用または診断用化合物を含むリポソームまたはポリマー物質である。
【0072】
前記診断剤の好ましい実施形態では、前記の診断用化合物は、
‐セイヨウワサビペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、グルコース‐6‐ホスファターゼまたはβ‐ガラクトシダーゼのような酵素類;
‐電子検出器(CCDカメラ、光電子増倍管)で可視化される、緑色蛍光蛋白質(GFP)、スペクトルの紫外(UV)部分の波長にて励起される青色蛍光色素(例えば、AMCA(7‐アミノ‐4‐メチルクマリン‐3‐酢酸);Alexa Fluor 350)、青色光によって励起される緑色蛍光色素(例えば、FITC, Cy2, Aleza Fluor 488)、緑色光によって励起される赤色蛍光色素(例えば、ローダミン類, Texas Red, Cy3, Alexa Fluor色素546, 564および594)、または遠赤外線で励起される色素(例えば、Cy5)のような蛍光体;
‐ユーロピウム、ランタンまたはイットリウムのような重金属キレート類
‐[18F]フルオロデオキシグルコース、11C‐、125I‐、131I‐、3H‐、14C‐、35Sまたは99Tc‐標識化合物のような放射性同位体
からなる群より選択される。
【0073】
前記治療剤の別の好ましい実施形態では、治療用化合物は、抗癌化合物、鎮痛化合物、抗炎症化合物、抗うつ化合物、抗痙攣化合物または抗神経変性化合物からなる群より選択される。
【0074】
上記で定義された興味対象の物質は、本発明のVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体に、VHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体の末端(NまたはC末端)のどちらかで、あるいは前記VHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体のアミノ酸の一つの側鎖に直接的に、かつ共有結合的または非共有結合的に結合され得る。
【0075】
興味対象の物質は、本発明のVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体に、VHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体の末端のどちらかで、あるいはVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体のアミノ酸の一つの側鎖に、連結手(例えば、架橋剤)によって、間接的に、かつ共有結合的または非共有結合的に結合し得る。
【0076】
ペプチド、特に抗体への興味対象の物質の結合方法は、当該技術において周知である(例えば、TERNYNCKおよびAVRAMEAS, 1987, "Techniques immunoenzymatiques" Ed. INSERM, Paris参照)。
【0077】
多くの化学的架橋方法も、当該技術において周知である。架橋試薬は、ホモ二官能性(すなわち、同一の反応を受ける2つの官能基を有する)またはヘテロ二官能性(すなわち、2つの異なった官能基を有する)であり得る。
【0078】
多数の架橋試薬は、市販されている。それらの使用についての詳細な取扱説明書は、市場供給者から容易に入手可能である。ポリペプチドの架橋およびコンジュゲーションの調製についての一般的な参考資料は:WONG, Chemistry of protein conjugation and cross‐linking, CRC Press(1991)である。
【0079】
あるいは、前記興味対象の物質が、本発明のペプチド、VHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体である場合、興味対象の物質は、本発明のVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体および適切なペプチドを含む融合ポリペプチドとして遺伝子工学によって生産され得る。この融合ポリペプチドは、適切な既知の宿主細胞において、簡便に発現され得る。
【0080】
本発明のVHHドメイン、ポリペプチド、抗体、治療剤もしくは診断剤またはポリヌクレオチドは、静脈内、腹腔内、筋肉内もしくは皮下注射のような注射、または鼻腔内点滴注入によって対象(哺乳動物またはヒト)に投与され得る。
【0081】
有利には、本発明のVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体が、鼻腔内点滴注入によって対象に投与される場合、それは星状細胞に到達し、中に入り得る。
【0082】
本発明の診断剤は、脳のイメージング、脳腫瘍、グリオーシス、星状細胞腫、アレキサンダー病、変性細胞巣、疼痛、精神障害(例えば、鬱病)または神経変性障害(例えば:アルツハイマー病)のような脳障害の診断またはモニタリングに用いられ得る。
【0083】
本発明は、脳のイメージングまたは上記で定義された脳障害の診断もしくはモニタリングのための、本発明のVHHドメイン、ポリペプチド、抗体、診断剤またはポリヌクレオチドを少なくとも含むキットも提供する。
【0084】
本発明は、
(a)本発明のポリペプチドまたは診断剤と、適切な生体試料とをインビトロまたはエクスビボにおいて接触させるステップと、
(b)生体試料中のグリア線維酸性蛋白質(GFAP)量を測定するステップと、
(c)ステップ(b)で測定した量と、標準物質とを比較し、量の差が疾患の存在のマーカーを構成するステップと
を含む対象のGFAP、例えばアレキサンダー病、グリオーシス、星状細胞腫によって媒介される障害の診断方法も提供する。
【0085】
本発明は、上記で定義された治療剤および医薬的に許容される担体を含む医薬組成物も提供する。
【0086】
本明細書中用いられるように、「医薬的に許容される担体」は、医薬投与と両立可能な如何なるすべての溶媒、分散媒、被覆剤、抗菌および抗真菌剤、等張性吸収遅延剤などを含むことを意図する。
【0087】
適切な担体は、当該技術において標準的な参考テキストであるRemington's Pharmaceutical Sciencesの最新版に記載されている。そのような担体または希釈剤の好ましい例は、水、生理食塩水、リンガー液、デキストロース溶液および5%ヒト血清アルブミンを含むが、これらに限定されない。リポソーム、カチオン脂質および不揮発性油類のような非水性賦形剤も用いてもよい。
【0088】
医薬的活性物質のための、このような媒体および物質の使用は、当該技術において公知である。如何なる慣用の媒体または物質も上記に定義された治療剤と併用不可能である場合を除いて、本発明の組成物について、それらの使用が考えられる。
【0089】
本発明は、アレキサンダー病、グリオーシスもしくは星状細胞腫のようなグリア線維酸性蛋白質(GFAP)によって媒介される障害の治療、または脳腫瘍、星状細胞腫、疼痛、精神障害もしくは神経変性障害のための、本発明のVHHドメイン、ポリペプチド、抗体、治療剤、医薬組成物またはポリヌクレオチドも提供する。
【0090】
本明細書中用いられるように、用語「治療」は、障害、障害の徴候または障害に対する素因を有する患者に対して、障害、障害の徴候または障害に対する素因を治癒する、癒す、緩和する、和らげる、変更する、軽減する、改善する、好転させる、または影響を与える目的で、上記に定義されたVHHドメイン、ポリペプチド、抗体、治療剤または医薬組成物を投与することを含む。
【0091】
別の観点では、本発明は、哺乳動物の血液脳関門または細胞膜、好ましくはヒトの血液脳関門または細胞膜を横切って、上記で定義された興味対象の物質を送達するためのペプチドベクターを製造するための、本発明のVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体の使用に関する。
【0092】
特に、本発明のVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体は、哺乳動物の星状細胞膜、好ましくはヒトの星状細胞膜を横切って、上記で定義された興味対象の物質を送達するための、または哺乳動物の星状細胞内、好ましくはヒトの星状細胞内に、上記で定義された興味対象の物質を送達するための、ペプチドベクターの製造に用いられ得る。
【0093】
本発明者らは、予期しないことに、9.15に等しい等電点を本来有する本発明のVHHドメインが、その抗原についての改変された親和性を有さず、インビボとインビトロにおいて細胞透過性抗体(transbody)および細胞内抗体として作用し得ることを見出している(実施例4参照)。
【0094】
したがって、別の観点では、本発明は、少なくとも8.5、好ましくは少なくとも9、より好ましくは9〜10の等電点を有する、細胞内標的に指向されたラクダ科動物の重鎖抗体の可変ドメイン(VHHドメイン)、または、VHHドメインを含むポリペプチドもしくは抗体の、細胞内標的をターゲティングするための、もしくは細胞内標的を含む哺乳動物細胞に、好ましくはヒト細胞に、上記で定義されたように興味対象の物質を送達するためのペプチドベクターを製造するための使用に関する。
【0095】
本明細書中用いられるように、用語「細胞内標的」は、細胞、好ましくはニューロンまたはグリア細胞のような脳細胞内に存在し、VHHドメインと結合もしくは相互作用するその能力によって、細胞内で前記VHHドメイン、またはVHHドメインを含むポリペプチドもしくは抗体を指向することができる如何なる抗原(または一部分)も指す。
【0096】
本明細書中用いられるように、用語「ターゲティング」は、細胞、好ましくはニューロンもしくはグリア細胞のような脳細胞に入り、前記細胞内標的(抗原)に結合するための、上記で定義されたVHHドメイン、ポリペプチドまたは抗体の能力を指す。
この観点の好ましい実施形態では、VHHドメインは超安定である。
【0097】
本明細書中用いられるように、用語「超安定」は、VHHドメインが、熱変性後(この場合、該VHHドメインは熱安定である)および/またはジスルフィド架橋還元後に、その活性作用(または機能)を回復できることを意味する。
【0098】
VHHドメインの熱安定性は、次のように測定できる:
a)VHHドメイン(「未変性VHHドメイン」と称する)を300 mM PBS/NaClに懸濁し、
b)75℃で15分間加熱し、
c)4℃で20分間冷却し、
d)ステップc)で得られたリフォールディングされたVHHドメインの結合親和性を測定し、リフォールディングされたVHHドメインの安定性が未変性VHHドメインと比べて最大でも2倍減少している場合、該VHHドメインは熱安定性である。
【0099】
VHHドメインのジスルフィド架橋の還元は、実施例4に記載されるようにして行われ得る。本発明によれば、ジスルフィドを形成しているシステイン残基がセリン残基で置換されたVHHドメインの結合親和性が、未変性VHHドメインと比べて最大でも2倍減少している場合、VHHドメインは超安定である。
【0100】
VHHドメイン(VHH抗体)の結合親和性は、当業者に周知の如何なる方法、例えば以下の実施例1に記載のELISAの手法によって、測定され得る。
【0101】
この観点の別の好ましい実施形態では、前記ヒト細胞は星状細胞であり、任意に前記細胞内標的はGFAPである。
【0102】
本発明は、
(a)インビトロ、エクスビボまたはインビボにおいて、細胞を試験化合物と接触させるステップと、
b)本発明の診断剤で前記細胞内のGFAP蛋白質量を検出および測定するステップと、
c)ステップb)で測定された量を、前記試験化合物の非存在下における細胞内のGFAP蛋白質量と比較するステップと
を含み、量の差が、前記試験化合物が細胞内のGFAP蛋白質量を調節できることを示す、細胞内の、好ましくは星状細胞内のGFAP
蛋白質量を調節できる化合物をスクリーニングする方法も提供する。
【0103】
本明細書中用いられるように、用語「GFAP蛋白質量を調節する」とは、GFAP蛋白質量を減少もしくは増加させること、またはGFAP蛋白質の産生を阻害することを意味する。
【0104】
前述の特徴に加えて、本発明は、本発明を説明する実施例および添付の図面を参照する以下の記述から明らかとなる他の特徴をさらに含む。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】図1は、CLUSTAL W2プログラム(LARKINら, Bioinformatics, 2007, 23:2947‐2948)で行われた抗GFAP VHHドメインVHH‐E3(配列番号8)、VHH‐B8(配列番号14)、VHH‐E9(配列番号11)およびVHH‐A10(配列番号5)の蛋白質アラインメントを示す。VHH‐B8は二重であり、対応するモノマーはVHH‐E3と同一である。(:)は類似の置換を示し、(.)は保存された置換を示す。
【図2】図2は、ELISAによって解析された、VHHドメインであるVHH‐A10、‐E3および‐E9のGFAPへの結合を示す。マイクロタイタープレートはGFAPでコートされており、様々な濃度のVHHが加えられた。
【図3】図3は、抗GFAP特異性のウェスタンブロット解析を示す。マウス脳抽出物を電気泳動し、イムノブロットし、VHHドメインVHH‐A10、‐B8、‐E3および‐E9と共にインキュベートした。
【図4】図4は、ネズミ脳切片の星状細胞内のGFAPの免疫標識を示す。VHH‐A10に曝露する前に、脳切片を固定し、透過処理した。
【図5】図5は、ヒト由来脳切片の星状細胞内のGFAP蛋白質の免疫標識を示す。対比染色:ハリス・ヘマトキシリン。海馬体の白質。aおよびb:免疫標識は細胞膜(矢印の頭)に近く、細胞体を満たしていない。cおよびdにおいて、星状細胞の足が毛細血管(矢印)に到達している。スケールバー:10 μm。
【図6】図6は、アルツハイマー病(AD)のヒト患者由来脳切片の星状細胞内のGFAP蛋白質の免疫標識を示す。海馬由来サンプル。免疫標識された星状細胞の突起は2つのアミロイドプラークを取り囲んでいる。スケールバー:10 μm。
【図7】図7は、星状細胞腫由来の脳切片の星状細胞内のGFAPの免疫標識を示す。aおよびb:腫瘍内の異常星状細胞。cおよびd:腫瘍周縁部の反応性星状細胞。スケールバー:10 μm。
【図8】図8は、共焦点顕微鏡によるアルツハイマー患者由来サンプルの二重免疫標識を示す。a:ウサギ抗Hisタグ抗体およびCY2と連結しているヤギ抗ウサギ抗体によって示されたアルパカ抗GFAP。b:CY3と連結しているヤギ抗マウス抗体によって示された抗GFAPマウスmAb。c:マージ画像。グリア線維内:核周辺の細胞体内、突起内および血管周囲の星状細胞の足において、共局在(黄色)が観察された。スケールバー:10 μm。
【図9】図9は、VHH‐A10およびmAbの拡散の比較を示す。a:両面にカバーグラスを貼付することによって、VHHおよびマウスmAbの拡散を縁に限定するために用いられる様々なステップを示す図解。二次抗体をアプライし、検出は遊離浮遊切片上で行った。(1)前処理、(2)切片を2つのカバーグラス間に配置し、(3)2つのカバーグラス間の切片を、一次抗体を含む溶液と8時間接触させて放置し、(4)切片をカバーグラスから取り出し、(5)二次抗体をアプライし、遊離浮遊切片上で検出した。
【図10】図10は、マウス脳切片の星状細胞内のGFAP蛋白質の免疫標識を示す。VHH‐A10は、アルデヒドによる固定および免疫染色の手順の前に、生きている吻背側線条体に定位注射した。VHH注射の5(A)、7(B)または14(C)時間後に、脳を潅流した。
【図11】マウス脳切片の星状細胞内のGFAP蛋白質の免疫標識を示す。VHH‐A10を、アルデヒドによる固定および免疫染色の手順の前に、鼻腔内点滴注入により生きている脳に送達した。図は嗅球の2つの領域に対応する。
【図12】図12は、抗GFAP VHH-E9の特徴を示す。A:ウェスタンブロット。マウス脳抽出物を電気泳動し、イムノブロットし、VHH‐E9と共にインキュベートした。MW:分子量マーカー蛋白質。B:PhastGel IEF 3‐9上の等電点電気泳動。MpI:等電点マーカー。
【図13】図13は、マウス脳切片内の星状細胞の細胞質におけるGFAPのVHH‐E9の免疫標識を示す。A:線条体と脳梁近くの一次運動野との間の白質内の免疫標識された星状細胞。薄い線維質星状細胞(矢印の頭)およびいくつかの大きな原形質星状細胞(矢印)が主に同定された。B:背側第3脳室の面において軟膜表面のグリア境界膜(矢印)から発している、免疫標識された星状細胞の放射状に指向したグリア突起。C:前脳の基底に局在する軟膜表面のグリア境界膜(矢印)から発している、免疫標識された星状細胞の放射状に指向したグリア突起。これらの突起は、前腹側室周囲および内側視索前核にわたって広がっている。D:前交連、前部(aca;矢印の頭)の円筒状白質に局在する免疫標識された星状細胞突起。acaに近接して、放射状に指向する免疫標識GFAP線維も局在する。これらのグリア突起は、側脳室(矢印)の底部に局在する軟膜表面の折りたたまれた部分から発している。
【図14】図14は、インビトロにおける血液脳関門(BBB)を横切るVHH-E9の移動を示す。A:輸送の研究は、先端区画(上部チャンバ)に10〜20 μg/ml VHHを加えることによって開始し、VHH量を10分、30分および60分後に下部チャンバ内で測定した。B:インビトロBBBモデルを横切るVHHの移動に対する吸着媒介性エンドサイトーシス(AME)およびマクロピノサイトーシスの薬理学的阻害剤の効果。hCMEC/D3は、AME阻害剤である硫酸プロタミン(40 μg/ml)およびポリ‐L‐リシン(300 μM)、またはマイクロピノサイトーシス阻害剤であるアミロライド(500 μM)のいずれかと共に30分間前処理した。そしてVHH輸送を30分間にわたって測定した。
【図15】図15は、インビボで血液脳関門(BBB)を横切るVHH‐E9の移動を示す。4mgのVHHをC57/BL/6マウスの左頸動脈内に60分間潅流した。マウスを1時間後に安楽死させた。a:脳梁、b:海馬、c:嗅球、d:灰白質(スケールバー:10 μm)、e:吻側脳梁の冠状切片の免疫標識された星状細胞。右側(R)と比べて、注射された頸動脈と同側の左(L)脳梁膝節(矢印)において、より多くの星状細胞が標識されている(スケールバー:100 μm)。
【図16】図16は、30%マンニトール注射後のマウス脳切片におけるGFAPのVHH‐E9免疫標識を示す。a:血脈管と並列したグリア星状細胞の足の突起、b:白質における星状細胞のVHH免疫標識。
【図17】図17は、プラスモディウム・ベルゲイ(Pl. Berghei)寄生生物注射後のマウス脳切片の細胞質におけるGFAPのVHH‐E9標識を示す。C57BL/6マウスに、マウスあたり106のプラスモディウム・ベルゲイ感染赤血球を腹腔内経路で接種した。5日目に、400μgのVHHを左頸動脈内に60分間潅流した。マウスを1時間後に屠殺した。A:嗅球、B:白質、C:海馬、D:尾側領域、E:白質の冠状切片。星状細胞は脳梁内で標識された(Lは左脳半球であり、注射された頸動脈側に対応する;Rは右脳半球である)。
【実施例】
【0106】
次の実施例は、本発明を説明するが、決して本発明を限定するものではない。
【0107】
実施例1:抗‐GFAP‐VHHの製造
1)材料および方法
材料
正常なヒト脳由来GFAP(GENBANKデータベースにおけるgi:164694994)は、United States Biological, Incから購入した。抗GFAPウサギポリクローナル抗体(GF5)は、Santa Cruz Biotechnology, Ca, USAから入手した。
【0108】
プライマー:
‐CH2FORTA4 (配列番号16) :
5'‐CGCCATCAAGGTACCAGTTGA‐3'
‐VHBACKA6 (配列番号17) :
5'‐GATGTGCAGCTGCAGGCGTCTGGRGGAGG‐3'
‐VHBACKA4 (配列番号18) :
5'-CATGCCATGACTCGCGGCCCAGCCGGCCATGGCCGAKGTSCAGCT‐3'
‐VHFOR36 (配列番号19) :
5'‐GGACTAGTTGCGGCCGCTGAGGAGACGGTGACCTG‐3'
【0109】
‐LH (配列番号20) :
5'‐GGACTAGTTGCGGCCGCTGGTTGTGGTTTTGGTGTCTTGGG‐3'
‐VHH‐SPEF (配列番号21) :
5'GGAGATATATATCCATGAGAGGATCGCATCACCATCACCATCACGGATCCGCCGAKGTSCAGCTG‐3'
‐VHH‐SPER (配列番号22) :
5'‐CCATATAAAGCTTTGAGGAGACGGTGACCTG‐3'
‐SDA‐MRGS (配列番号23) :
5'AGACCACAACGGTTTCCCTCTAGAAATAATTTTGTTTAACTTTAAGAAGGAGATATATCCATGAGAGGATCG‐3'
【0110】
‐T7Cプライマー (配列番号24) :
5'ATACGAAATTAATACGACTCACTATAGGGAGACCACAACGGTTTCCCTC‐3'
‐VHH‐link (配列番号25) :
5'-CAGGTCACCGTCTCCTCAAAGCTTTATATGGCCTCGGGGGCC‐3'
‐TolAkurz (配列番号26) :
5'-CCGCACACCAGTAAGGTGTGCGGTTTCAGTTGCCGCTTTCTTTCT‐3'
‐T7B (配列番号27) :
5'-ATACGAAATTAATACGACTCACTATAGGGAGACCACAACGG‐3'
【0111】
抗原の調製およびアルパカにおける体液性免疫応答の誘導
250μlのGFAP(1mg/ml)を、最初の免疫化のための250μlの完全フロイントアジュバントと、およびその後の免疫化のための250μlの不完全フロイントアジュバントと混合した。
【0112】
1体の若年成体のオスのアルパカ(ラマ・パコス)を、0日目、21日目および35日目に、250μgの免疫原で免疫にした。アルパカを飼育し、0.5%ゼラチンを含む0.1%PBS‐Tweenに血清を希釈後、MaxiSorp(商標)プレート(Nunc, Denmark)上に固定したGFAP(PBS中1μg/ml)についてのELISAによる血清サンプルの抗体価測定によって、免疫応答をモニタリングした。結合したアルパカ抗体は、(プロテインAおよびプロテインGカラム(MUYLDERMANSら, 1994, 上記引用)で単離したアルパカイムノグロブリンでウサギを免疫にすることによって得られた)ポリクローナルウサギ抗アルパカIgGおよびセイヨウワサビペルオキシダーゼ標識ヤギ抗ウサギ抗体で検出した。
【0113】
ライブラリの構築
免疫化動物の血液を回収し、末梢血リンパ球をフィコール(Pharmacia)不連続勾配遠心分離によって単離し、さらに使用するまで‐80℃で保管した。トータルRNAおよびcDNAを、LAFAYEら, 1995(Res Immune., 146:373‐82; Res Immunol., 1996, 147:61の正誤表)により以前に記載されたようにして得た。
【0114】
VHHドメインをコードするDNAフラグメントを、VH遺伝子の3'および5' フランキング領域にそれぞれアニールするCH2FORTA4およびVHBACKA6プライマー(国際出願番号WO 2004/044204;LAFAYE、上記引用に記載)を用いたPCRによって増幅した。
【0115】
約600 bpの増幅産物を、(国際出願番号WO 2004/044204に記載されるような)長いヒンジの抗体に特異的なプライマーVHBACKA4およびVHFOR36、またはプライマーVHBACKA4およびLHのいずれかを用いた2回目のPCRに付した。
【0116】
プライマーは増幅産物の5'および3'末端に相補的であり、VHH遺伝子の末端にSfiIおよびNotI制限酵素サイトが組み込まれていた。PCR生成物を消化し、ファージベクターpHEN1(HOOGENBOOMおよびWINTER, 1992, 上記引用)にライゲーションした。
【0117】
得られたライブラリは、2つのサブライブラリからなり、一方はヒンジのないVHH DNAをコードする遺伝子に、他方は長いヒンジの抗体遺伝子に由来した。
【0118】
VHHドメイン群は、PCRを用いてリボソームディスプレイ方式に変換され、次のようにしてmRNAに転写された(MOURATOUら, 2007, Proc Natl Acad Sci USA., 104:17983-8)。
【0119】
VHHドメイン群からのクローンを、原核生物のシャイン‐ダルガーノ(Shine‐Dalgarno)配列を含む5'伸長を含むプライマーVHH‐SPEFおよびプライマーVHH‐SPERを用いて増幅した。
【0120】
その後400bpのPCR生成物を、SDA‐MRGSプライマー(5μM)、VHH‐SPERプライマー(5μM)およびT7Cプライマー(5μM)の混合物を用いて増幅した。450bpの生成物をWizard(登録商標)SV精製キット(Promega)で精製した。
【0121】
ペプチドリンカーを、リボソームディスプレイされた蛋白質が潜在的なリガンドに接触できるようにするために加えた。大腸菌蛋白質TolAの一部に相当する、このリンカーをコードするDNAを、プライマーVHH‐linkおよびTolAkurzを用いることによってPCR増幅した。
【0122】
最終的に、ライブラリを、プライマーTolAkurzおよびT7Bを用いたPCRアセンブリ(assembly)によってTolAリンカーで組み立てた。
【0123】
最終的なアセンブリ生成物は、以前に記載されたようにして(MOURATOUら, 2007, 上記参照)、リボソームディスプレイ選択のための使用に必要なすべての5'および3'領域を有するVHHのライブラリに相当した。
【0124】
リボソームディスプレイ選択の繰り返し
GFAP(10μg/ml)をMaxiSorp(商標)プレート(Nunc, Denmark)に結合させ、リボソームディスプレイ選択を4℃で行った。選択はMOURATOUら(2007, 上記参照)にしたがって行った。ウェルをTBS中の0.5%BSA 300μlで、1時間室温でブロッキングした。
【0125】
1回のリボソームディスプレイの前に、ウェルを洗浄バッファWBT(50mM Tris酢酸, pH7.5, 150mM NaCl, 50mm Mg(CH3COO‐)2, 0.05% Tween 20)で十分に洗浄した。
【0126】
1回のリボソームディスプレイは、PBSでコートされたウェルでの15分間のパンニングのステップおよび標的蛋白質との1時間の結合ステップからなった。洗浄後、RNAの精製および(プライマーVHH‐SPERを用いた)逆転写の後に、プライマーVHH‐SPEFおよびVHH‐SPERを用いる最初のPCRを行った。
【0127】
このRT‐PCR生成物をアガロースゲルで精製し、T7C、SDA‐MRGSおよびVHH‐SPERプライマーを用いる2回目のPCRで再度増幅した。このPCR生成物をアガロースゲルで精製し、T7BおよびTolAkurzプライマーを用いる3回目のPCRで再度増幅した。
【0128】
3回目のPCR生成物は、次回のリボソームディスプレイのための鋳型として使用した。高親和性結合物を単離するために、3つの同一の選択を繰り返した。
【0129】
抗タグまたは抗アルパカ抗体による認識を可能にするためのHisタグまたはCH2ドメインのいずれかを有するVHHの発現
pETシステムにおけるHisタグを有するVHHの発現
VHHのコード配列は、製造業者の取扱説明書(Novagen, Darmstadt, Germany)にしたがって、NcoIおよびNotI制限酵素サイトを用いてpET22ベクターにサブクローニングした。
【0130】
形質転換された大腸菌BL 21(DE3)細胞は、15℃で18時間の1mM IPTGによる誘導後、周辺細胞質(periplasm)においてVHHを発現した。周辺細胞質抽出物を、20%スクロースおよび1mM EDTAを含む50mMのpH8リン酸ナトリウム緩衝液に懸濁して細胞をスフェロプラストにし、プロテアーゼ阻害剤(Complete(商標), Boehringer Mannheim, Germany)の存在下に、20分間4℃において5mg/mlリゾチームを用いてペプチドグリカンを加水分解することにより得た。
【0131】
その後、懸濁液を2分間、10,000rpmで遠心分離した。周辺細胞質に該当する上清を4℃で保持した。精製されたVHHは、製造業者の取扱説明書にしたがって、Ni2+で帯電したキレートアガロースカラム(Superflow Ni‐NTA, Qiagen Ltd, UK)を用いるIMACによって得られた。
【0132】
精製したVHHをPBSに対して透析し、Bradford試薬を用いて蛋白質含量を測定した。最終調製物の純度は、SDS‐PAGEとクマジー染色およびウェスタンブロットによって評価した。
【0133】
CH2ドメインを有するVHHの発現
抗Hisタグ抗体は、免疫組織化学的な実験における使用が困難であることが立証され得る。これが、CH2ドメインと連結しているVHHも調製した理由である。
【0134】
CH2ドメインに指向された特異的かつ高感度ウサギ抗アルパカ抗体が利用可能である(LAFAYEら, 2009, Mol Immunol., 46:695‐704)。セイヨウワサビペルオキシダーゼがコンジュゲートした抗ウサギ二次抗体は、神経病理学の実験室で日常的に使用される。
【0135】
アルパカイムノグロブリンのCH2ドメインは、プライマーCH2‐Fwd‐NotおよびCH2‐Rev‐Xho(LAFAYEら, 2009, 上記引用)を用いるRT-PCRによって増幅された。
【0136】
これらのプライマーは、それぞれNotIおよびXhoIサイトを含み、CH2ドメインをpETベクターにVHH遺伝子とインフレームでクローニングすることを可能にする。VHHの発現および精製は、LAFAYEら, 2009(上記引用)に記載されるようにして行った。
【0137】
ヌクレオチドシークエンシング
核酸の配列は、二本鎖DNAおよび適当なプライマー(LAFAYEら, 1995, Res Immune., 146:373‐82; Res Immunol., 1996, 147:61の正誤表およびEHSANIら, Plant Mol. Biol., 2003, 52:17‐29)を用いて決定した。
【0138】
酵素免疫吸着測定法(ELISA)
標準的なELISAの改変版を用いて、培養上清中のVHHの存在を試験した。PBSに希釈した抗原5μg/mlで、4℃で一晩インキュベートすることによって、マイクロタイタープレート(Nunc, Denmark)をコーティングした。
【0139】
プレートをバッファA(PBS中0.1%Tween 20)で4回洗浄し、VHHをバッファB(バッファA中0.5%ゼラチン)で希釈した。セイヨウワサビペルオキシダーゼ標識ウサギ抗c‐myc(A14)(Santa Cruz Biotechnology, Ca, USA)またはウサギ抗Hisタグ抗体(Santa Cruz Biotechnology, Ca, USA)を加える前に、プレートを2時間37℃でインキュベートし、再び洗浄した。
【0140】
その後、プレートをバッファAで洗浄し、新しく調製した0.2%オルトフェニレンジアミン(Dakopatts A/S, Glostrup, Denmark)、0.1 MのpH 5.2クエン酸バッファ中0.03% H2O2を、各ウェルに加えた。3M HClを加えることによってペルオキシダーゼ反応を停止し、490 nmにおける光学密度を測定した。
【0141】
ELISAによる解離定数の決定
VHHの結合親和性は、FRIGUETら(1985, J Immunol Methods, 77:305‐319)によって記載されるようにして測定した。簡単には、様々な濃度のGFAPを、既知の量のVHHと共に、平衡に到達するまで、4℃において一晩、溶液中でインキュベートした。
【0142】
VHH濃度を予備的なELISAキャリブレーションによって測定した。予めGFAPでコートしたマイクロタイタープレートのウェルに100μlの溶液を移し、20分間4℃でインキュベートした。プレートを0.1%PBS‐Tweenで洗浄した。
【0143】
ウサギ抗Hisタグ抗体(eBiosciences, San Diego, CA)と、その後にβ‐ガラクトシダーゼがコンジュゲートしたヤギ抗ウサギIgs(Biosys, Compiegne, France)および4-メチルウンベリフェリルβ‐Dガラクトシダーゼ(Sigma Aldrich, Saint-Quentin Fallavier, France)を加えて、VHHを検出した。
【0144】
355nmで励起後、460nmで蛍光を読み取った。抗原のモル濃度の逆数に対して結合抗体フラクションの逆数をプロットすることによって得られた回帰曲線の傾きから、KDを推定した。
【0145】
ポリアクリルアミドゲル電気泳動およびウェスタンブロット
ネズミ脳蛋白質(300mg)を600μlのNuPage LDSサンプルバッファ(Invitrogen)でポッターに抽出し、70℃で10分間保持した。一定量を同じサンプルバッファで1:10(v/v)に希釈し、その後70℃で10分間処理した。
【0146】
NuPAGE Novex 4-12% Bis‐tris gel(Invitrogen)を用いたポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)による分離に続き、Xcell II blot module(Invitrogen)を用いてHybond‐C(Amersham)へのセミ・ドライトランスファーとウェスタンブロットを行った。
【0147】
免疫化学反応に先立って、4%スキムミルク溶液でメンブレンをブロッキングした。メンブレンのイムノブロッティングは、種々のVHHを用いて行い、ペルオキシダーゼ標識ウサギ抗Hisタグ(Santa Cruz, Ca, USA)と、それに続くペルオキシダーゼ標識ヤギ抗ウサギ‐イムノグロブリンによって明らかにした。最終的に、化学蛍光キット(Amersham)を用いてペルオキシダーゼ活性を可視化した。
【0148】
2)結果
PCRによってVHHを増幅し、3回の連続的な選択を行った。3回目の選択後、DNAを精製し、可溶性VHHの周辺細胞質における発現のために、pET22ベクターにクローニングした。
【0149】
ELISAによるスクリーニングのために、20のクローンを選択したが、これらのクローンはすべてGFAPに特異的に結合する。これらのクローンをシークエンシングし、3つの配列(VHH‐E3, ‐E9および‐A10)を得た(図1)。これらの配列はわずかな差を示しており、GFAPへの特異的免疫応答がオリゴクローナルであることを示す。
【0150】
VHH‐E3、‐E9および‐A10をコードするヌクレオチド配列は、本明細書に添付された配列表に、配列番号7、10および4として列挙されている。
【0151】
菌体培養物1Lあたり1〜2mgのVHHの収量が、周辺細胞質抽出物の固定化金属アフィニティクロマトグラフィ後に得られた。SDS‐PAGEによって、単一ドメイン生成物は高度に純粋で均質であることが示された。
【0152】
種々のVHHの特異性は、ELISAおよびウェスタンブロットによって試験された。すべてのVHHはELISAによりGFAPに特異的であり(図2)、少なくとも40ngの蛋白質を検出できた。GFAPのサイズに該当する46kDaのバンドは、マウス脳抽出物のイムノブロットで明らかになった(図3)。
【0153】
VHH‐A10およびVHH‐E9は、それぞれ3.1 10‐9Mおよび5.6 10‐9Mの親和性を有する一方、VHH‐E3の親和性はマイクロモルの範囲である。
【0154】
実施例2:VHH‐A10(配列番号5)は、ネズミおよびヒトの脳切片上のGFAPを認識する
1)材料および方法
対象
ヒト脳皮質組織はHopital Pitie-La Salpetriere, Paris, Franceから入手した。
6〜8週齢のメスのBalb/Cマウスは、ペントバルビタールナトリウム(Ceva)で安楽死させ、PBS中の4%パラホルムアルデヒド200mlで大動脈内を潅流することによって固定した。
【0155】
免疫細胞化学
ペントバルビタールナトリウム(Ceva)でマウスを屠殺した。PBS中4%パラホルムアルデヒド200mlで大動脈内を潅流することによって、脳を固定した。免疫標識のために遊離浮遊切片方法を用いた。組織内に残った遊離アルデヒドの中和、内因性ペルオキシダーゼの中和、非特異的結合部位の飽和および洗浄剤としてのTritonを用いる神経組織内の細胞の透過処理のために、固定化された脳から得られたビブラトーム切片を連続的に処理した。
【0156】
ヒト脳組織の免疫染色は、5μmの厚さのパラフィン切片上で行った。切片をキシレン中で脱パラフィン化し、エタノール(100%、96%および90%)により再水和し、最後に水に入れた。
【0157】
内因性ペルオキシダーゼを停止するために、それらを3%過酸化水素および20%メタノールとインキュベートし、水で洗浄した。非特異的結合は、0.5%Tweenを補ったTBS中の2%ウシ血清アルブミン中で、切片を10分間インキュベートすることによってブロックした。
【0158】
一次抗体の適切な希釈物は、室温で湿潤チャンバ内で一晩アプライした(典型的には、VHHについて1μg/mlおよびウサギ抗GFAPポリクローナル抗体について1:200)。TBS‐Tweenでスライドを洗浄し、TBS Tween中の二次抗体(ウサギ抗Hisタグまたはウサギ抗アルパカイムノグロブリン)と共に、2時間室温でインキュベートした。
【0159】
その後スライドをペルオキシダーゼヤギ抗ウサギイムノグロブリンと共にインキュベートし、ジアミノベンジジン(DAB)で2分間発色させた。TBS‐Tweenで洗浄後、スライドをヘマトキシリンで対比染色した。
【0160】
二重標識
ヒトサンプルのパラフィン切片を上記のようにして前処理した。抗GFAP VHHおよびマウス抗GFAPモノクローナル抗体を適切な希釈で含む溶液(抗GFAP VHHについて1μg/mlおよびマウス抗GFAPモノクローナル抗体M0756, Dakoについて1:500)中で、それらを室温で湿潤チャンバ内に一晩放置した。
【0161】
TBS‐Tweenでスライドを洗浄し、ウサギ抗Hisタグ(1:300)を含むTBS‐Tween溶液中で2時間室温においてインキュベートした。スライドを、その後CY2およびCY3(Cy2 AffiniPure F(ab')2 フラグメント ヤギ抗ウサギ IgG, Cy3 AffiniPure F(ab')2 フラグメント ヤギ抗マウス IgG, すべてJackson ImmunoResearchから)にそれぞれ連結しているヤギ抗ウサギおよびヤギ抗マウスイムノグロブリン溶液中でインキュベートし、TBS‐Tweenで洗浄し、脱水し、Mowiol中でマウントした。
【0162】
VHHおよびmAbの拡散解析
前頭皮質のブロックは、ビブラトームを用いて70μmの厚さで薄切した。室温において3%過酸化水素で切片を30分間前処理した。それらを透過処理し、0.1% Triton X‐100 (PBST)、2%ウシ血清アルブミンおよび5%正常ヤギ血清を含むPBS溶液中で、室温において30分間ブロッキングした。
【0163】
(約4cm2の面積を覆う)切片を2つのカバーグラスの間にマウントし、一次抗体溶液(VHH‐His, PBS中1μg/mlまたはモノクローナルネズミ抗GFAP抗体、1:500)中で一晩放置した。カバーグラスを用いて、一次抗体と切片の両面との接触を妨げることによって、拡散を切片の端へ限定した(GABBOTおよびSOMOGYI(1984, J Neurosci Methods, 11:221‐230)によって、手法が開示されている)。
【0164】
過剰な溶液および気泡の除去によってカバーグラス同士を接着させた。一晩のインキュベート後に、カバーグラスを分離する、空隙の間に入れたカッターの刃をゆっくり回転させることによって、カバーグラスの一方を穏やかに取り外した。
【0165】
以下のステップは遊離浮遊切片上で行った。VHHを明らかにするために、希釈率1:10000のウサギ抗His抗体を用いた。Dako REAL(商標) System Kit(ペルオキシダーゼ/DAB)によって、ウサギ抗His抗体またはマウス抗GFAP抗体を明らかにした。段階的なエタノール(70%、90%および100%)およびキシレンにより、切片を脱水した。
【0166】
統計学的解析
軟膜と最深の免疫染色された星状細胞との距離(「拡散距離」)は、4切片において18回測定した。平均拡散距離は、マウスmAbおよびラマVHHについて算出した。鏡面切片と同じ位置のVHH/mAb免疫組織化学の対として、スチューデントt検定によって拡散距離を比較した(N=18)。
【0167】
2)結果
マウスおよびヒトの脳切片におけるVHH特異的免疫反応性の分布は、免疫染色の標準的な手順を用いて、アルデヒド固定および膜透過処理の後に評価した。
【0168】
免疫組織化学的実験は、Ig CH2ドメインとインフレームで融合したVHH‐A10(配列番号5)または配列番号3のVHHドメインを用いて行い、Hisタグ(配列番号29)をともに用いた。この構築物を用いて、二次抗体としてウサギ抗アルパカIgポリクローナル抗体を用い、次いでヤギ抗ウサギポリクローナル抗体によって標識することにより、シグナルを増幅できた。
【0169】
以前報告されたように(LAFAYEら, 1995, 上記引用)、得られた結果は、Hisタグの付いた抗体と似通っている。VHH‐A10は、星状細胞における強力な免疫反応性を明らかにした。GFAP陽性星状細胞は、マウスの脳において、主としてグリア境界膜および白質において観られた。灰白質において、星状細胞はほとんど観察されなかった(図4)。
【0170】
ヒトの脳における免疫標識
CH2ドメインに融合したVHH‐A10は、対照およびアルツハイマー患者からのヒト脳切片(それぞれ図5および6)と、グリア細胞腫からの切片(図7)とからの星状細胞を免疫染色した。
【0171】
正常皮質サンプル
線維質GFAP陽性星状細胞は、白質および軟膜下領域において観られた。突起および細胞膜に近い細胞体において強く標識された一方、核周辺領域は標識されなかった(図5)。GFAP陽性星状細胞は、軟膜質から離れた皮質内に散在し、それらの突起はわずかに標識されただけであった。
【0172】
CA4領域および歯状回を除く海馬錐体領域において、それらは等しく希少であった。血管(毛細血管、静脈および動脈)をGFAP陽性星状細胞の足によって覆われた(図5cおよびd)。いくつかのニューロンは、陽性線維によって取り囲まれているように見える。
【0173】
アルツハイマー病サンプル
アルツハイマー患者からのサンプルにおいて、陽性星状細胞数はより多かった。これは同皮質および海馬の灰白質において特に多かった。突起は非常に多く、強く標識された。これらの突起は老人斑を取り込んでいた(図6)。これらは細胞外(ゴースト)の神経線維質のもつれの全面に広がっていた。非常に多くのニューロンがGFAP陽性線維によって取り囲まれていた。
【0174】
星状細胞腫サンプル
反応性で腫瘍性の二核星状細胞の細胞体および突起を標識した(図7aおよびb)。原形質星状細胞は、ネクローシスに接する領域において見られた(図7cおよびd)。
【0175】
マウス抗GFAP mAbおよびVHH‐A10での二重標識
ほとんどすべての免疫標識星状細胞において、共局在が見られた(図8)。いくつかは、VHH‐A10によってのみ標識された;マウスmAbのみによって標識されたものはなかった。
【0176】
突起において、いくつかの短い分節は、2つの抗体のうちの1つのみ、すなわち突起に隣接する部分ではおおかたマウスmAb、その遠位および薄い部分ではおおかたVHH-A10だけによって標識されているようであった。共局在は星状細胞の足において見られた。
【0177】
VHH‐A10は、組織において、抗GFAP mAbよりも効率的に拡散する
星状細胞は、2つの連続切片において、2つの抗体のうちのそれぞれ1つで標識された。(8時間にわたる)拡散距離は、mAbについて196±17μm(平均±SEM)であり、VHH‐A10について422±42μm(すなわち、それぞれ24.5μm/時間および52.75μm/時間)であった。平均の差は226μm(=28.25μm/時間、N=18、t=9.3およびp<0.0001)であった(図9)。言い換えれば、拡散距離はVHH‐A10について、mAbについてよりも約2倍長かった。
【0178】
実施例3:VHH‐A10(配列番号5)の定位、鼻腔内または静脈内投与
1)材料および方法
VHHの定位および鼻腔内または静脈内投与
6〜8週齢のメスのBalb/Cマウスを後の実験に用いた。定位および鼻腔内投与の前に、ケタミン塩酸塩(Imalgen)およびキシラジン(Rompun)の混合物の腹腔内への単回投与で、マウスに麻酔をかけた。
【0179】
定位注射について、定位フレーム(Kopf)上にマウスを置いた。頭蓋骨に空けた穴を通して、金属製カニューレを吻背側線条体内に入れた(x=1.3(±0.2)mm;y=ブレグマ+1.54;z=‐3;PAXINOSおよびFRANKLIN, The mouse Brain in Stereotaxic Coordinates, Compact 2nd edition, Elsevier Academic Press, San Diego, 2004)。
【0180】
ハーバードポンプを用いて、3μlのVHH(1mg/ml)を0.2μl/分の速度で線条体内に注射した。その後、免疫組織化学の方法において上記に記載したようにして安楽死および潅流する前に、4、7.5または14時間VHHを浸透させた。
【0181】
鼻腔内点滴注入について、ゲルローディングチップを用いて、VHH(1mg/ml)を鼻腔内に入れた。各マウスに、2〜3分毎に、交互に鼻腔に10μlの滴で、合計40μgを与えた。その後、安楽死および潅流の前に、1〜24時間、VHHを浸透させた。
【0182】
2)結果
VHHの頭蓋内定位投与により星状細胞は標識される
この実験において、まずVHH‐A10を生きている吻背側線条体に定位注射した。これは、大脳組織内に拡散させ、その後、アルデヒドによる潅流工程と、さらに免疫組織化学の標準的な手順のために処理された。注射されたVHHは、定位注射後5時間で線条体を通して拡散分布することが示された(図10)。
【0183】
7時間後、VHHの拡散パターンは広域に残っており、免疫標識された星状細胞は白質において見られた。14時間後、白質の免疫標識はより強く、グリア境界膜も染色された。
【0184】
VHHの鼻腔内投与により星状細胞は標識される
この実験において、組織学的処理の前に、VHH‐A10を生きている脳組織に投与した。40μgのVHHを鼻腔内に点滴注入することで、CNSの隅々まで星状細胞が強力に染色される結果となった(図11)。
【0185】
鼻腔内点滴注入の1時間後に、グリア境界膜および白質における顕著な免疫反応性で、嗅球が著しく染色された(図11)。大脳皮質表面に位置するグリア境界膜も標識された。点滴注入の3時間後に、グリア境界膜の免疫染色は微弱であった。鼻腔内点滴注入後6時間、12時間および24時間において、染色は見られなかった。
【0186】
実施例4:VHH‐E9は血液脳関門を横断し、GFAPを特異的に標識する
1)材料および方法
VHH‐E9の入手、精製および特徴付け
抗GFAP VHH‐E9の発現および精製は、上記の実施例1に従って行った。SDS‐PAGEは、製造業者の取扱説明書(Invitrogen)にしたがって、NuPAGE Novax 4‐12% Bis‐tris gelを用いて行った。ウェスタンブロッティングは上記の実施例1にしたがって行った。
【0187】
等電点電気泳動は、PhastGel IEF 3‐9を用いるPhastSystemを用いて行った。標準物質としてpI Calibration Kit(Biorad)を用いた。VHHのpIの算出は、EMBOSS iep software(「http://emboss.sourceforge.net/」)を用いて行った。
【0188】
VHH‐E9の熱変性には、OLICHONら(2007, BMC Biotechnol., 7:7)に記載の方法を採用した。VHHをPBS/NaCl 300mMに再懸濁し、75℃で15分間加熱し、その後4℃で20分間冷却する。VHHの結合親和性は、上記の実施例1に記載されるように、ELISAによって測定した。
【0189】
部位特異的突然変異誘発
Quick change site directed mutagenesis kit(Stratagene)を用いた。突然変異誘発は、以下のプライマーを用いて、製造業者の取扱説明書にしたがって行った:
【0190】
22番システインの変異
‐E9C22Ssens(配列番号30):
5'‐GGGTCTCTGAGACTCTCCTCTGCAGCCTCTGG‐3'
‐E9C22Srev(配列番号31):
5'‐CCAGAGGCTGCAGAGGAGAGTCTCAG‐3'
【0191】
96番システインの変異
‐E9C96Ssens(配列番号32):
5'‐CTACCTTGTTGCGTGATCGCAGAGTAATACACGGCCGT‐3'
‐E9C96Srev(配列番号33):
5'‐ACGGCCGTGTATTACTCTGCGATCACGCAACAAGGTAGC‐3'
【0192】
VHHを含むプラスミドは、T7プロモーターおよびT7ターミネータープライマーを用いるATGCによってシークエンシングした。
【0193】
血液脳関門インビトロモデルを横切る輸送
不死化ヒト脳内皮細胞hCMEC/D3は、WEKSLERら(2005, The FASEB Journal, 19:1872‐1874)によって、すでに詳細に記載されている。VHH存在下における細胞生存率は、MTTアッセイを用いて評価した。
【0194】
VHHへのhCMEC/D3細胞単層の透過性は、トランスウェルポリカーボネートインサートフィルター(孔サイズ3μm, Corning, Brumath, France)上で測定した。EGM‐2培地中に2×105細胞/cm2の集密密度でフィルタ上にhCMEC/D3細胞を播種した。
【0195】
輸送の研究は、播種後3日目に行った。コラーゲン、細胞なしのコートされた挿入物、hCMEC/D3細胞または30分間様々な薬理モジュレータに予めさらされたhCMEC/D3細胞のいずれかを含む上部チャンバに、VHHを加えることによって、実験を開始した。
【0196】
輸送研究は37℃で行った。下部チャンバを様々な時間間隔(10、30および60分)でサンプリングし、VHHの存在をELISAおよびウェスタンブロットで測定した。
【0197】
組織切片の免疫組織化学
成体のメスC57Bl6マウスを、腹腔内にペントバルビタールナトリウム(Ceva)で安楽死させた。0.1MのpH7.4 PBS中の150mlの4%パラホルムアルデヒドでの動脈内潅流によって脳を固定し、その後同じ固定剤中で、一晩4℃で固定した。
【0198】
厚さ70μmのビブラトーム切片を0.1MのpH7.4 PBS中に回収した。免疫染色の前に、遊離アルデヒド、内因性ペルオキシダーゼおよび非特異的結合サイトを中和するために、遊離浮遊脳切片を処理した。1%BSA、1%正常ヤギ血清および0.1%Triton‐X100を含むPBSに1μg/mlで希釈した一次抗体VHHを、一晩4℃でインキュベートした。
【0199】
切片において、一晩4℃でウサギ抗Hisタグ抗体(eBiosciences, USA)、その後2時間室温でヤギビオチン化抗ウサギIgG(H+L)(Vector BA‐1000)および30分間ABC複合体(Vector)を、連続的にVHHに付加した。色原体としてDABを用いた。スーパーフロストスライドグラス上に切片を回収し、段階的なエタノール溶液中で脱水し、DPXニュートラルマウンティングミディアム(Aldrich)にマウントした。
【0200】
インビボにおけるVHHの頸動脈注射
頸動脈内注射の前に、ケタミン塩酸塩(Imalgen)およびキシラジン(Rompun)混合物の腹腔内への単回投与で、マウスに麻酔をかけた。
【0201】
顕微鏡の補助により、総頸動脈をあらわにし、微細シリコン配管(PP25x100FT, Portex, UK)でカニューレを挿入した。VHHを含む潅流流体を、蠕動ポンプ(Model PHD 2000, Harvard apparatus, Harvard, MA)によって、一定の速度で頸動脈に注入した。
【0202】
VHH注射の前に、30%マンニトール(2時間300μl)で、数匹の動物を一時的に潅流し、BBBを崩壊させた(RAPOPORTら, 1980, American Journal of Physiology, 238:R421‐R431)。多様な時間にわたり組織内に拡散させ、その後マウスを潅流した。大脳組織における細胞内抗体と推定されるVHH‐His6の存在を、上記に記載した標準的な免疫組織化学の手順によって検出した。
【0203】
寄生体感染:プラスモディウム・ベルゲイANKA株での感染後の大脳マラリア病理学の主要な特徴は、BBBの変化および開通である(BEGHDADIら, 2008, Journal of Experimental Medicine, 205:395‐408)。C57/B16マウスに、マウスあたり106の感染赤血球Pb ANKAを腹腔内経路で接種した。感染後5日目に、頸動脈経由でマウスにVHHを注射した。
【0204】
2)結果
VHH‐E9の特徴付け
GFAPのサイズに対応する単一の46kDaバンドは、マウス脳抽出物のイムノブロットで明らかになった(図12参照)。
【0205】
VHH‐E9のpIを等電点電気泳動(IEF)(図12参照)によって測定し、IEPソフトウェアを用いて算出した。Hisタグを有するか、または有さないVHH‐E9について、pIはそれぞれ8.72および9.15であることが見出された。
【0206】
遊離浮遊脳切片について、標準的な免疫組織化学の方法を用いて、マウス星状細胞におけるGFAP標識を分析した。GFAP陽性星状細胞は、白質、海馬、グリア境界膜においてほとんど見られ、いくつかは大脳皮質の灰白質において見られた(図13)。
【0207】
75℃で15分間加熱されたVHH‐E9の親和性は、3.8.10‐9Mで測定され、VHH‐E9が熱安定性であることを示唆する。
【0208】
VHH‐E9のインビトロにおけるBBB横断能力
VHH‐E9のBBB横断能力は、WEKSLERら(2005、The FASEB Journal、19:1872‐1874)によって開発されたインビトロBBBモデルにおいて、単層のhCMEC/D3細胞を用いて試験した。
【0209】
VHH‐E9は、非常に高い濃度(1mg/ml)ですら、これらの細胞に対して毒性でなかった。上部チャンバに10〜20μg/mlのVHH‐E9を入れ、単層の管腔から管腔外側へのVHH‐E9の通過率を測定した。
【0210】
図14Aは、機能的なVHH‐E9のトランスサイトーシスを示す。この時間依存的通過は30分で最大に達し、60分後に約1〜5%のVHHが下部チャンバに存在する。
【0211】
カチオン性蛋白質と細胞膜上に存在する負電荷とのイオン的相互作用が吸着媒介性エンドサイトーシス(AME)を引き起こすことが現在認識されている(VORBRODT, 1989, Journal of Neurocytology, 18:359-368)。VHH‐E9トランスサイトーシスへのAMEの寄与をその後評価した。
【0212】
VHH‐E9の取り込みおよび輸送を評価する前に、共にAMEを阻害することが以前に示されている、高度にカチオン性の硫酸プロタミン(40μg/ml)またはポリリシン(300μM)のいずれかと共に、HCMEC/D3を30分間プレインキュベートした。両方のカチオン性ペプチドは、VHH‐E9の内皮横断移動を阻害し、移動が電荷依存的であることを示している(図14B)。
【0213】
VHH‐E9が取り込まれ、マクロピノサイトーシスによって輸送されるかどうか調べるために、マクロピノソームの形成を阻害するアミロライド500μMの存在下に、VHH移動を試験した。VHH‐E9の内皮横断移動に対して、アミロライドは阻害効果を有していた(図14B)。
【0214】
これらの観察結果は、VHH‐E9が、細胞間経路を経由するよりも、むしろ細胞内の内細胞機構によって、内皮細胞単層を介して輸送されることを強く示唆する。
【0215】
VHH‐E9のインビボにおけるBBB通過能力
その後、正常および病的状態の両方において、BBB通過能力について、VHH‐E9をインビボで試験した。未処理のマウスの左頸動脈を経由して、60分間、種々の量のVHH‐E9を注射した。
【0216】
1体目のマウスは濃度2mg/ml(0.4mg)のVHH‐E9を200μl受けた;2体目のマウスは濃度20mg/ml(4mg)のVHH‐E9を200μl受けた;3体目のマウスは濃度50mg/ml(25mg)のVHH‐E9を500μl受けた。注射後、大脳組織内のVHH‐E9を1時間拡散させ、マウスを安楽死させ、固定剤で潅流した。
【0217】
星状細胞の免疫染色は、4mgおよび25mgのVHH‐E9を受けたマウスだけで見られた(図15)。染色パターンは、2匹のマウスで類似しており、25mgのVHHを受けているマウスの方がわずかに強かった。この染色は、血脈管を囲んでいる星状細胞の足、白質内に存在する星状細胞(図15A,B)、海馬(図15C)、軟膜表面(図15D)、灰白質(図15E)および嗅球(図15F)に局在していた。この染色は、右半球と比較して、注射された頸動脈と同側である左半球においてより強かった(図15G)。
【0218】
4mgのVHHも60分間注射され、90分または4時間後のいずれかにマウスを潅流した。60分および90分のマウスにおいて、染色は似通っており、4時間後に減退した。
【0219】
神経疾患(炎症性、感染性、腫瘍性)および神経変性疾患に見られるBBBの病理的開放は、有害な効果を伴って、大脳組織へ血漿、電解質、薬物、蛋白質、血球を循環させる。変化したBBBをVHH‐E9が通過する能力を、浸透圧ストレスまたは脳性マラリアのいずれかを用いて調査した。
【0220】
脳血管内皮の密着結合は、浸透圧ストレス下に、インビボにおいて可逆的に開くことができる。濃度2mg/mlの200μlのVHH‐E9を60分間注射する前に、マンニトール30%の高張性溶液250μlを頸動脈に30秒間注射した。星状細胞の有意な染色は、CNSの至るところで見られた(図16)。
【0221】
昏睡および脳症の臨床的複合症候群である脳性マラリアは、BBBの完全性(integrity)の破壊と相関がある。実験モデルでは、C57BL/6マウスは、プラスモディウム・ベルゲイANKA感染赤血球の静脈内注射後5日目に、似通った神経病の徴候を生じた(BEGHDADIら, 2008, Journal of Experimental Medicine, 205:395‐408)。
【0222】
2体の感染マウスにおいて、200μlのVHH‐E9(2mg/ml)(400μg)を60分間頸動脈内注射することで、星状細胞(図17)、嗅球(図17A)、白質(図17B)、海馬(図17C)および脳の「尾側」領域(図17)が著しく染色された。再び、免疫染色は、右半分と比較して、VHH‐E9が注射された頸動脈と同側である左半分においてより強かった(図17E)。
【0223】
浸透圧ストレスおよび脳性マラリアの両方の条件下において、BBBが無傷である場合に4mgを要したのに対して、400μgのVHH‐E9が星状細胞の標識に十分であった。よって、病的条件下の大脳組織において、VHH‐E9が拡散し、活性のままであることが示された。
【0224】
VHH‐E9 SS‐freeの特徴付け
ジスルフィドを形成しているシステイン残基(Cys 22およびCys 96)を、アミノ酸の組合せセリン‐セリンで置換することによって、十分に機能的なVHH E9のシステイン非含有誘導体を作出した。VHH‐E9 SS‐freeは、未変性VHH‐E9の親和性と比較して、2倍だけ減少した12.10‐9Mの親和性を有し、抗原結合特性がジスルフィド結合の除去による影響を受けなかったことを示唆した。
【0225】
結論
インビボとインビトロにおいて、細胞透過性抗体および細胞内抗体として作用する、GFAP特異的VHHの能力が示されている。これらの細胞透過性抗体は、慣用の抗体および対応するフラグメントで観察されない一連の要件を満たす必要がある;すなわち:
1)それらはBBBを通過し、
2)脳組織に拡散し、
3)細胞内に浸透し、
4)細胞内で安定であり、そして
5)細胞内抗原に特異的に結合する。
GFAP特異的VHHが細胞内に一旦浸透すれば、それはGFAPを特異的に標識し、このことは、細胞質の還元的特性にも拘らず、活性のままであることを示唆する。
【0226】
抗体ドメインは、βサンドイッチ構造の両方のβ‐シートを連結している内部ジスルフィド結合を有し、進化の過程で厳密に保存されおり、それらの安定性に対するその重要な寄与を証明している(ALZARIら, 1998, Annual Review of Immunology, 6:555‐580; PROBAら, 1997, Journal of Molecular Biology, 265:161‐172)。
【0227】
抗体フラグメント(Fab、Fv、またはscFv)の可変ドメイン内のジスルフィド結合の遺伝学的除去は機能的な蛋白質を産生せず、安定性の深刻な喪失を示唆する。正常な抗体フラグメントは、細胞質においてジスルフィド結合を形成せず、通常、ジスルフィド結合の非存在下に安定な天然の折りたたみを獲得することができない(BIOCCAら, 1995, Bio/Technology, 13:1110‐1115)。
【0228】
GFAPに指向されたVHHは、アミロイド蛋白質のような大脳内の抗原を標的にするため、大脳内の腫瘍細胞に到達するため、またはウイルス、細菌もしくは寄生体によって引き起こされる感染症を治癒するための、脳のイメージングおよび新規な治療戦略のための興味深い物質である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリア線維酸性蛋白質(GFAP)に指向されたラクダ科動物の重鎖抗体の可変ドメイン(VHHドメイン)。
【請求項2】
前記GFAPが哺乳動物、好ましくはヒト由来であることを特徴とする請求項1に記載のVHHドメイン。
【請求項3】
配列番号1のコンセンサスアミノ酸配列を含むか、または該配列からなることを特徴とする請求項1または2に記載のVHHドメイン。
【請求項4】
配列番号3、配列番号6、配列番号9および配列番号12からなる群より選択されるアミノ酸配列を含むか、または該配列からなることを特徴とする請求項3に記載のVHHドメイン。
【請求項5】
(a)請求項1または2に定義されるGFAPでラクダ科動物を免疫にするステップと、
(b)免疫にされたラクダ科動物の末梢リンパ球を単離し、トータルRNAを得、対応するcDNAを合成するステップと、
(c)VHHドメインをコードするcDNAフラグメントのライブラリを構築するステップと、
(d)PCRを用いて、ステップ(c)で得られたVHHドメインをコードするcDNAフラグメントをmRNAに転写し、mRNAをリボソームディスプレイ方式に変換し、リボソームディスプレイによってVHHドメインを選択するステップと、
(e)ベクター内のVHHドメインを発現するステップと
を含む方法によって得ることができることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のVHHドメイン。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のVHHドメインを含むことを特徴とするポリペプチド。
【請求項7】
C末端にアミノ酸配列LEHHHHHH(配列番号15)を含むことを特徴とする請求項6に記載のポリペプチド。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のVHHドメインを含むことを特徴とする単離された抗体またはそのフラグメント。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のVHHドメイン、請求項6もしくは7に記載のポリペプチド、または請求項8に記載の抗体もしくはそのフラグメントをコードすることを特徴とする単離されたポリヌクレオチド。
【請求項10】
ヒンジがないか、または長いヒンジを有するVHHドメインDNAをコードする遺伝子由来のcDNAであることを特徴とする請求項9に記載のポリヌクレオチド。
【請求項11】
請求項9または10に記載のポリヌクレオチドを、転写プロモーターの制御下に含むことを特徴とする組換え発現カセット。
【請求項12】
請求項9もしくは10に記載のポリヌクレオチドまたは請求項11に記載の組換え発現カセットを含むことを特徴とする組換えベクター。
【請求項13】
請求項11に記載の組換え発現カセットまたは請求項12に記載の組換えベクターを含むことを特徴とする宿主細胞。
【請求項14】
‐28 rue du Dr Roux, 75734 Paris Cedex 15, FranceのCollection Nationale de Cultures de Microorganisms(CNCM)に、寄託番号I‐3923で寄託された宿主細胞、
‐CNCMに寄託番号I‐3924で寄託された宿主細胞、
‐CNCMに寄託番号I‐3925で寄託された宿主細胞、および
‐CNCMに寄託番号I‐3926で寄託された宿主細胞
からなる群より選択されることを特徴とする請求項13に記載の宿主細胞。
【請求項15】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のVHHドメイン、または請求項6もしくは7に記載のポリペプチド、または請求項8に記載の抗体を含み、興味対象の物質に直接的もしくは間接的に、共有結合もしくは非共有結合で結合していることを特徴とする治療剤または診断剤。
【請求項16】
前記の興味対象の物質がペプチド、酵素、核酸、ウイルス、蛍光体、重金属、化学物質および放射性同位体からなる群より選択される治療用または診断用化合物であることを特徴とする請求項15に記載の治療剤または診断剤。
【請求項17】
前記興味対象の物質が請求項16で定義された治療用または診断用化合物を含むリポソームまたはポリマー物質であることを特徴とする請求項15に記載の治療剤または診断剤。
【請求項18】
前記治療用化合物が抗癌化合物、鎮痛化合物、抗炎症化合物、抗うつ化合物、抗痙攣化合物、または抗神経変性化合物からなる群より選択されることを特徴とする請求項15〜17のいずれか1項に記載の治療剤。
【請求項19】
脳のイメージングまたは脳障害の診断もしくはモニタリングにおける、請求項15〜17のいずれか1項に記載の診断剤の使用。
【請求項20】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のVHHドメイン、請求項6もしくは7に記載のポリペプチド、請求項8に記載の抗体、請求項9もしくは10に記載のポリヌクレオチド、または請求項15〜17のいずれか1項に記載の診断剤を少なくとも含むことを特徴とする脳のイメージング、または脳障害を診断もしくはモニタリングのためのキット。
【請求項21】
(a)請求項1〜5のいずれか1項に記載のVHHドメイン、請求項6もしくは7に記載のポリペプチド、または請求項16もしくは17に記載の診断剤と、適切な生体試料とをインビトロまたはエクスビボにおいて接触させるステップと、
(b)生体試料中のGFAP量を測定するステップと、
(c)ステップ(b)で測定した量と、標準物質とを比較し、量の差が疾患の存在のマーカーを構成するステップと
を含む対象のグリア線維酸性蛋白質(GFAP)によって媒介される障害の診断方法。
【請求項22】
請求項15〜18のいずれか1項に記載の治療剤または請求項9に記載のポリヌクレオチドおよび医薬的に許容される担体を含むことを特徴とする医薬組成物。
【請求項23】
グリア線維酸性蛋白質(GFAP)によって媒介される障害の治療に使用するための、または脳腫瘍、星状細胞腫、疼痛、精神障害もしくは神経変性障害の治療に使用するための請求項1〜5のいずれか1項に記載のVHHドメイン、請求項6もしくは7に記載のポリペプチド、請求項8に記載の抗体、請求項9もしくは10に記載のポリヌクレオチド、請求項15〜18のいずれか1項に記載の治療剤または請求項22に記載の医薬組成物。
【請求項24】
GFAPによって媒介される前記障害がアレキサンダー病、グリオーシスおよび星状細胞腫からなる群より選択される請求項23に記載のVHHドメイン。
【請求項25】
治療剤または診断剤を製造するための、請求項1〜5のいずれか1項に記載のVHHドメイン、請求項8に記載の抗体、または請求項6もしくは7に記載のポリペプチドの使用。
【請求項26】
哺乳動物の血液脳関門もしくは細胞膜を横切って、好ましくは星状細胞膜を横切って興味対象の物質を送達するための、または興味対象の物質を哺乳動物の星状細胞内に送達するためのペプチドベクターを製造するための請求項1〜5のいずれか1項に記載のVHHドメイン、請求項6もしくは7に記載のポリペプチドまたは請求項8に記載の抗体の使用。
【請求項27】
細胞内標的をターゲティングするための、または前記細胞内標的を含む哺乳動物細胞内に興味対象の物質を送達するためのペプチドベクターを製造するための、少なくとも8.5の等電点を有する、細胞内標的に指向されたラクダ科動物の重鎖抗体の可変ドメイン(VHHドメイン)の使用。
【請求項28】
前記VHHドメインが超安定性であることを特徴とする請求項27に記載の使用。
【請求項29】
前記VHHドメインが請求項1〜5のいずれか1項に記載のグリア線維酸性蛋白質(GFAP)を指向することを特徴とする請求項27または28に記載の使用。
【請求項30】
前記哺乳動物細胞が星状細胞であることを特徴とする請求項27〜29のいずれか1項に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5a】
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【図5b】
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【図5c】
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【図5d】
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【図6】
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【図7a】
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【図7b】
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【図7c】
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【図7d】
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【図8a】
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【図8b】
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【図8c】
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【図9】
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【図10A】
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【図10B】
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【図10C】
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【図11】
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【図12A】
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【図12B】
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【図13A】
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【図13B】
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【図13C】
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【図13D】
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【図14】
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【図15a−15d】
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【図15e】
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【図16A】
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【図16B】
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【図17A】
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【図17B】
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【図17C】
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【図17D】
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【図17E】
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【公表番号】特表2011−527193(P2011−527193A)
【公表日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−517268(P2011−517268)
【出願日】平成21年7月10日(2009.7.10)
【国際出願番号】PCT/IB2009/006596
【国際公開番号】WO2010/004432
【国際公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【出願人】(501474748)インスティティ・パスツール (27)
【氏名又は名称原語表記】INSTITUT PASTEUR
【住所又は居所原語表記】28,rue du Docteur Roux,F−75724 Paris Cedex 15 FRANCE
【出願人】(502205846)サントル ナショナル ドゥ ラ ルシェルシュ シアンティフィク (154)
【Fターム(参考)】