説明

グリカンを評価するためのMS法

本開示は、とりわけ、グリカンの混合物における硫酸化グリカンを同定するための方法を提供するものである。さまざまな態様では、本開示は、グリカンの混合物における硫酸化グリカンを同定するための方法を提供するものである。いくつかの実施形態では、本明細書に記載の方法は、S34:S32比が約4.5%のイオウの自然発生的な同位体存在度分布を利用して、たとえば硫酸化グリカンの同定、リン酸化グリカンと硫酸化グリカンとの区別および/または1つ以上の他の翻訳後修飾に対する硫酸化量の判断を容易にするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2007年4月16日に出願された米国仮特許出願第60/923,677号の優先権の利益を主張するものであり、その内容全体を本明細書に援用する。
【背景技術】
【0002】
糖タンパク質の糖質部分に対するもっとも一般的な修飾の1つが硫酸化であるが、この硫酸化は糖タンパク質の生物学的機能において重要な役割を果たし得る。たとえば、リンパ球のホーミングと循環からの脳下垂体ホルモンの除去などのいくつかの生物学的認識イベントに硫酸化グリカンが関与することが知られている。糖タンパク質の生物学的機能に大きく影響する可能性のある、糖質に対するもう1つの一般的な修飾に、リン酸化がある。しかしながら、リン酸基と硫酸基は本質的に質量が同一(80Da)である。このため、硫酸化した種とリン酸化した種の区別が困難になることが多い。したがって、硫酸化および/またはリン酸化グリカン種を検出できる技法に需要があり、両者を区別できる技法に特に需要がある。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0003】
さまざまな態様では、本開示は、グリカンの混合物における硫酸化グリカンを同定するための方法を提供するものである。いくつかの実施形態では、本明細書に記載の方法は、S34:S32比が約4.5%のイオウの自然発生的な同位体存在度分布を利用して、たとえば硫酸化グリカンの同定、リン酸化グリカンと硫酸化グリカンとの区別および/または1つ以上の他の翻訳後修飾に対する硫酸化量の判断を容易にするものである。
【0004】
特定の実施形態では、グリカンの混合物を含む試料を質量分析して、混合物の少なくとも一部についての質量スペクトルを生成する。質量スペクトルは、質量シグナルのリスト(質量ピークとも呼ばれる)を含む。各質量シグナルには、関連の強度(イオンの存在度に関する)と関連の質量(イオンの質量対電荷(m/z)比などに関する)がある。
【0005】
いくつかの方法では、たとえば[M]質量単位でのイオンシグナルのシグナル強度を[M+2]質量単位でのものと比較するが、ここで質量スケールを原子質量単位(amu)で表し、M(amu)での質量シグナルをM+2amuでのものと比較する。このようなシグナル強度の比較を複数の質量ピークのペアについて繰り返せばよい。似たような糖質種同士での少なくとも[M]イオンと[M+2]イオンとのシグナル強度比に基づいて、硫酸化グリカンに対応する質量ピークを同定する。これよりも[M+2]/[M]比が大きいグリカンの質量シグナルのペア([M+2]、[M])を、硫酸化グリカンとして同定する。さまざまな実施形態において、この方法は、グリカン混合物の一部を、LC−MS、MS/MSなど2以上の分析次元のある質量分析手法で分析することによって、上記の振り分け(assignment)をさらに確認するものである。もう1つの好ましい実施形態では、この方法は、種の同位体分布をモデルグリカンからの理論的質量スペクトルと比較することによって、上記の振り分けをさらに確認するものである。
【0006】
さまざまな態様では、(a)グリカンの混合物についての質量スペクトルを提供するステップと、(b)2つの質量単位[M]および[M+2]だけ離れた、質量スペクトルにおける複数の質量ピークのペアについて、各ペアのシグナル強度比[M+2]/[M]を求めるステップと、(c)少なくとも第1のグリカンに関連する[M+2]/[M]比が1つ以上の類似のグリカンに対応する質量ピークに関連する[M+2]/[M]比よりも選択された閾値だけ大きい場合に、第1のグリカンに関連する質量ピークを硫酸化グリカンの質量ピークとして同定するステップと、を含む、グリカンの混合物において硫酸化グリカンを同定するための方法が得られる。さまざまな実施形態において、選択された閾値は、1つ以上の他の類似のグリカンに対する第1のグリカンの[M+2]/[M]比が、(a)約1.1倍、(b)約1.2倍、(c)約1.5倍、(d)0.02の値、(e)0.04の値のうちの約1つを超える場合である。
【0007】
さまざまな態様では、(a)グリカンの混合物についての質量スペクトルを提供するステップと、(b)2つの質量単位[M]および[M+2]だけ離れた、質量スペクトルにおける複数の質量ピークのペアについて、各ペアのシグナル強度比[M+2]/[M]を求めるステップと、(c)少なくとも3つ以上の類似のグリカンについての[M+2]/[M]比の分布に基づいて、質量ピークを硫酸化グリカンに由来するものとして同定するステップと、を含む、グリカンの混合物において硫酸化グリカンを同定するための方法が得られる。さまざまな実施形態において、3つ以上の類似のグリカンについて[M+2]/[M]比の二峰性分布で値が大きいほうの最頻値に[M+2]/[M]比のある質量ピークが、硫酸化グリカンに由来するものとして同定される。
【0008】
質量シグナルのシグナル強度を、たとえば、(a)一定範囲の質量単位での最大質量シグナル強度、(b)一定範囲の質量単位での平均質量シグナル強度、(c)質量ピーク一定範囲の質量単位に関連する面積、(d)このうち2つ以上の組み合わせのうちの1つ以上から求めることが可能である。一定範囲の質量単位は、たとえば、ピークの半値全幅(FWHM)、質量分析計の質量分解能などのうちの1つ以上に基づくものであってもよい。
【0009】
本開示のさまざまな実施形態において、シグナル強度を求める前に、まずは質量スペクトルを処理して、質量スペクトルから電子ノイズを除去および/または質量スペクトルの基線を補正する。電子ノイズの除去と基線の補正は、当該技術分野において周知の任意の好適な方法で実現され得る。さまざまな実施形態において、シグナル強度を比較する前に、質量分析計の動的応答、分解能などのばらつきについてシグナル強度を補正する。
【0010】
さまざまな実施形態において、イオウとリンの自然な同位体存在度分布の差を利用して、硫酸化構造とリン酸化構造とを区別する。たとえば、自然な同位体存在度の比S34:S32は約4.5:100すなわち4.5%であり、よって、硫酸化グリカン由来の質量シグナルでは約[M+2]で衛星ピークが発生して[M+2]/[M]比が大きくなるはずなのに対し、リン酸化構造に関連したピークには、[M]と[M+2]のピーク強度にこのような相関が実質的に認められないはずである。
【0011】
本発明の上記および他の態様、実施形態、特長については、添付の図面を参照した以下の説明から一層よく理解できる。図面の各図は必ずしも一定の縮尺で作成したものではなく、本開示の原理を図示するにあたって強調を取り入れてある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1A】スルフェート部分が存在することによる同位体分布の差を示すためにN−アセチルグルコサミンとN−アセチルグルコサミン(glucosamime)−6−スルフェートのモデル構造を概略的に示したものである。
【図1B】スルフェート部分が存在することによる同位体分布の差を示すためにN−アセチルグルコサミンとN−アセチルグルコサミン(glucosamime)−6−スルフェートのモデル構造を概略的に示したものである。
【図2】非硫酸化ΔU−HNAC二糖(図2A)と硫酸化ΔU−HNAC6S二糖(図2B)の同位体分布を対比した質量スペクトルである。
【図3】質量スペクトルを示す図であり、硫酸化NeuAc FucGal Man GlcNAcスルフェート複合N−グリカン(図3A)と非硫酸化NeuAc FucGal Man GlcNAc複合N−結合型グリカン(図3B)の同位体分布を対比してある。
【発明を実施するための形態】
【0013】
定義
およそ、約、だいたい:本明細書で使用する場合、1以上の目的の値に適用される「およそ」、「約」または「だいたい」という表現は、明記された参照値に近い値を示す。特定の実施形態では、「およそ」、「約」または「だいたい」という表現は、明記された参照値の25%、20%、19%、18%、17%、16%、15%、14%、13%、12%、11%、10%、9%、8%、7%、6%、5%、4%、3%、2%、1%またはそれ未満以内に入る値の範囲を示す。
【0014】
生物学的試料:「生物学的試料」という用語は、本明細書で使用する場合、組織培養、バイオリアクター、人間または動物の組織、植物、果物、野菜、単細胞微生物(細菌および酵母など)、多細胞生物を含むがこれに限定されるものではない、何らかの生きた細胞または生物体から得られる、排泄される、あるいは分泌される、あらゆる固体試料または流体試料を示す。たとえば、生物学的試料は、血液、血漿、血清、尿、胆汁、精液、脳脊髄液、房水または硝子体液などから得られる生物流体あるいは、分泌液、浸出液、滲出液(膿瘍または他の任意の感染部位または炎症部位から得られる流体など)または関節(正常な関節またはリウマチ性関節炎、変形性関節炎、痛風性関節炎または敗血症性関節炎などの疾患に羅患した関節)から得られる流体であってもよい。また、生物学的試料は、臓器または組織(生検組織または剖検標本を含む)から得られる試料などであってもよく、細胞(一次細胞であるか培養細胞であるかを問わない)、細胞または組織または臓器で調節した培地、組織培養を含むものであってもよい。
【0015】
細胞表面糖タンパク質:本明細書で使用する場合、「細胞表面糖タンパク質」という用語は、少なくとも一部が細胞の外面に存在する糖タンパク質を示す。いくつかの実施形態では、細胞表面糖タンパク質は、グリカン構造の少なくとも1つが細胞の外面に存在するように細胞表面に位置するタンパク質である。
【0016】
細胞表面グリカン:「細胞表面グリカン」とは、細胞の外面に存在するグリカンである。本開示の多くの実施形態では、細胞表面グリカンは、細胞表面糖タンパク質の一部としてポリペプチドに共有結合される。細胞表面グリカンは、細胞膜脂質にも結合可能である。
【0017】
グリカン:当該技術分野において周知のように、かつ本明細書で使用する場合、「グリカン」とは糖である。グリカンは、糖残基のモノマーまたはポリマーであってもよいが、一般に少なくとも3つの糖を含み得るものであり、直鎖であっても分岐鎖であってもよい。グリカンには、天然の糖残基(ブドウ糖、N−アセチルグルコサミン、N−アセチルノイラミン酸、ガラクトース、マンノース、フコース、ヘキソース、アラビノース、リボース、キシロースなど)および/または修飾糖(2’−フルオロリボース、2’−デオキシリボース、ホスホマンノース、6’スルホN−アセチルグルコサミンなど)を含むこともある。「グリカン」という用語は、糖残基のホモポリマーおよびヘテロポリマーを含む。「グリカン」という用語はまた、(糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカンなどの)複合糖質のグリカン成分も包含する。この用語はまた、複合糖質から切断されたか、そうでなければ放出されたグリカンをはじめとする、遊離グリカンも包含する。
【0018】
グリカン調製物:「グリカン調製物」という用語は、本明細書で使用する場合、特定の製造方法で得られる一組のグリカンを示す。いくつかの実施形態では、グリカン調製物は、糖タンパク質調製物(下記の糖タンパク質調製物の定義を参照のこと)から得られる一組のグリカンを示す。
【0019】
複合糖質:「複合糖質」という用語は、本明細書で使用する場合、少なくとも1つの糖部分が、少なくとも1つの他の部分に共有結合されたあらゆる分子を包含する。この用語は、たとえば、N−結合型糖タンパク質、O−結合型糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカンなどをはじめとする、共有結合付加された糖部分を有するあらゆる生体分子を明確に包含する。
【0020】
糖型:「糖型」という用語は、本明細書では、複合糖質の特定の形態を示すものとして用いられる。すなわち、複合糖質の一部である同じ骨格部分(ポリペプチド、脂質など)が、異なるグリカンまたは一組のグリカンに結合できる可能性を持つ場合、複合糖質の異なる形態(すなわち、骨格が特定の一組のグリカンに結合している)それぞれを「糖型」と呼ぶ。
【0021】
糖脂質:「糖脂質」という用語は、本明細書で使用する場合、1つ以上の共有結合した糖部分(すなわちグリカン)を含む脂質を示す。糖部分は、単糖、二糖、オリゴ糖および/または多糖の形であってもよい。糖部分は、糖残基の単一の非分岐鎖を含むものであってもよいし、1つ以上の分岐鎖で構成されるものであってもよい。特定の実施形態では、糖部分が、硫酸基および/またはリン酸基を含むものであってもよい。特定の実施形態では、糖タンパク質がO−結合型糖部分を含有する。特定の実施形態では、糖タンパク質がN−結合型糖部分を含有する。
【0022】
糖タンパク質:本明細書で使用する場合、「糖タンパク質」という用語は、1つ以上の糖部分(すなわちグリカン)に共有結合されたペプチド骨格を有するタンパク質を示す。当業者であれば理解できるように、ペプチド骨格は一般に、アミノ酸残基の直鎖を含む。特定の実施形態では、ペプチド骨格が、膜貫通部分と細胞外部分とを含むように細胞膜にまでおよぶ。特定の実施形態では、細胞膜にまでおよぶ糖タンパク質のペプチド骨格が、細胞内部分、膜貫通部分および細胞外部分を含む。特定の実施形態では、本開示の方法は、プロテアーゼで細胞表面糖タンパク質を切断し、糖タンパク質の細胞外部分またはその一部を遊離させることを含み、当該曝露では細胞膜を実質的に破壊しない。糖部分は、単糖、二糖、オリゴ糖および/または多糖の形であってもよい。糖部分は、糖残基の単一の非分岐鎖を含むものであってもよいし、1つ以上の分岐鎖を含むものであってもよい。特定の実施形態では、糖部分は、硫酸基および/またはリン酸基を含むものであってもよい。上記の他にまたは上記に加えて、糖部分は、アセチル、グリコリル、プロピルまたは他のアルキル修飾を含むものであってもよい。特定の実施形態では、糖タンパク質がO−結合型糖部分を有する。特定の実施形態では、糖タンパク質がN−結合型糖部分を有する。特定の実施形態では、本明細書に開示の方法が、細胞表面糖タンパク質、細胞表面糖タンパク質の遊離フラグメント(糖ペプチドなど)、細胞表面糖タンパク質に結合した細胞表面グリカン、細胞表面糖タンパク質のペプチド骨格、このような糖タンパク質、グリカンおよび/またはペプチド骨格のフラグメント、およびこれらの組み合わせのうちのいずれかまたはすべてを分析するステップを含む。
【0023】
グリコシダーゼ:「グリコシダーゼ」という用語は、本明細書で使用する場合、グリカンにおける連続した糖と糖との間または糖と骨格部分との間(糖と糖タンパク質のペプチド骨格との間など)の共有結合を切断する作用剤を示す。いくつかの実施形態では、グリコシダーゼが酵素である。特定の実施形態では、グリコシダーゼが、1つ以上のポリペプチド鎖を含むタンパク質(タンパク質酵素など)である。特定の実施形態では、グリコシダーゼが化学的な切断剤(ヒドラジン、水素化ホウ素ナトリウム、トリフルオロメタンスルホン酸など、およびこれらの組み合わせなど)である。
【0024】
グリコシル化パターン:本明細書で使用する場合、「グリコシル化パターン」という用語は、特定の試料に存在する一組のグリカン構造を示す。たとえば、特定の複合糖質(糖タンパク質など)または一組の複合糖質(一組の糖タンパク質など)がグリコシル化パターンを持つことになる。いくつかの実施形態では、細胞表面グリカンのグリコシル化パターンに言及する。グリコシル化パターンは、たとえば、グリカンのアイデンティティ、個々のグリカンまたは特定タイプのグリカンの量(絶対量または相対量)、グリコシル化部位の占有度など、あるいはこれらのパラメータの組み合わせによって特性決定可能なものである。
【0025】
糖タンパク質調製物:「糖タンパク質調製物」とは、この用語を本明細書で使用する場合、各々が少なくとも1つのグリコシル化部と共有結合した少なくとも1つのグリカンと特定のアミノ酸配列(このアミノ酸配列は少なくとも1つのグリコシル化部位を含む)を有するポリペプチドを含む個々の糖タンパク質分子の組を示す。糖タンパク質調製物中の特定の糖タンパク質の個々の分子は一般に、同じアミノ酸配列を有するが、少なくとも1つのグリコシル化部位の占有率および/または少なくとも1つのグリコシル化部位に結合されたグリカンのアイデンティティが異なっていてもよい。すなわち、糖タンパク質調製物は、特定の糖タンパク質の糖型を1つだけ含むものであってもよいが、より一般には複数の糖型を含む。同じ糖タンパク質の異なる調製物同士で、存在する糖型のアイデンティティが異なる(1つの調製物に存在する糖型が他の糖型には存在しなくてもよい)および/または異なる糖型の相対量が異なっていてもよい。
【0026】
N−グリカン:「N−グリカン」という用語は、本明細書で使用する場合、複合糖質から放出されたが、それまでは窒素結合によって複合糖質に結合されていた糖のポリマーを示す(下記のN−結合型グリカンの定義を参照のこと)。
【0027】
N−結合型グリカン:N−結合型グリカンとは、窒素結合によって複合糖質に結合されたグリカンである。種々雑多なN−結合型グリカンが存在するが、これらは一般に共通の五糖コア(Man)(GlcNAc)(GlcNAc)をベースにしている。
【0028】
O−グリカン:「O−グリカン」という用語は、本明細書で使用する場合、複合糖質から放出されたが、それまでは酸素結合によって複合糖質に結合されていた糖のポリマーを示す(下記のO−結合型グリカンの定義を参照のこと)。
【0029】
O−結合型グリカン:O−結合型グリカンとは、酸素結合によって複合糖質に結合されたグリカンである。O−結合型グリカンは一般に、L−セリン(Ser)またはL−トレオニン(Thr)の水酸基に対するN−アセチル−D−ガラクトサミン(GalNAc)またはN−アセチル−D−グルコサミン(GlcNAc)を介して糖タンパク質に結合されている。O−結合型グリカンの中にはアセチル化および硫酸化などの修飾を有するものもある。場合によっては、O−結合型グリカンは、L−セリン(Ser)またはL−トレオニン(Thr)の水酸基に対するフコースまたはマンノースを介して糖タンパク質に結合されている。
【0030】
リン酸化:本明細書で使用する場合、「リン酸化」という用語は、分子(グリカンなど)に1つ以上のリン酸基を共有結合するプロセスを示す。
【0031】
プロテアーゼ:「プロテアーゼ」という用語は、本明細書で使用する場合、ポリペプチド鎖における連続したアミノ酸の間にあるペプチド結合を切断する作用剤を示す。いくつかの実施形態では、プロテアーゼが酵素(すなわちタンパク質分解酵素)である。特定の実施形態では、プロテアーゼが、1つ以上のポリペプチド鎖を含むタンパク質(タンパク質酵素など)である。特定の実施形態では、プロテアーゼが化学的な切断剤である。
【0032】
タンパク質:通常、「タンパク質」とは、ポリペプチド(すなわちペプチド結合によって互いに結合された少なくとも2つの連続したアミノ酸)である。タンパク質は、アミノ酸以外の部分を含むものであってもよい(糖タンパク質であってもよい)および/または加工または修飾されたものであってもよい。細胞(シグナル配列の有無を問わない)によって産生されれば「タンパク質」が完全なポリペプチド鎖あるいはその機能的部分であってもよいことは、当業者であれば理解できよう。また、タンパク質には、たとえば1つ以上のジスルフィド結合で結合されるか、他の手段で会合された2つ以上のポリペプチド鎖が含まれる場合もあることは、当業者であれば理解できよう。
【0033】
シアル酸:「シアル酸」という用語は、本明細書で使用する場合、9炭素の単糖であるノイラミン酸のN−置換誘導体またはO−置換誘導体の総称である。ノイラミン酸のアミノ基には一般に、シアル酸のアセチル基またはグリコリル基を運搬する。シアル酸のヒドロキシル置換基は、アセチル化、メチル化、硫酸化、リン酸化によって修飾されていてもよい。優位なシアル酸にN−アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)がある。シアル酸はグリカンに負電荷を与えるが、これはカルボキシル基が生理学的pHでプロトンを解離するためである。脱プロトン化したシアル酸の例を以下に示す。
【0034】
【化1】

実質的に:本明細書で使用する場合、「実質的に」という表現は、目的の特徴または特性の提示された程度全体またはほぼ全体あるいは度合いの定性的な条件を示す。生物学的現象および化学的現象が、完了に至るおよび/または完全な状態まで進行あるいは絶対的な結果が実現または回避されることは、あるとしてもめったにない点を、生物学分野の当業者であれば理解できよう。よって、「実質的に」という表現は、本明細書では、多くの生物学的現象および化学的現象に固有の完全性を欠く可能性について用いるものである。具体例をあげると、処理が「実質的に」細胞膜を破壊しないと表現した場合、これは、たとえば細胞内糖タンパク質または糖ペプチドが細胞から放出されないように処理時と処理後に細胞膜の全部またはほとんどが無傷のまま残る旨を示すことを意図したものである。特定の実施形態では、破壊されない細胞膜に対して「実質的に」という表現を適用する場合、特定の処理をほどこした細胞のうち15%、10%、9%、8%、7%、6%、5%、4%、3%、2%、1%またはこれよりも少ない細胞に測定可能な細胞膜の破壊が認められる状態を示す。特定の実施形態では、破壊されない細胞膜に「実質的に」という表現を適用する場合、特定の処理をほどこした細胞に測定可能な細胞膜の破壊がまったく認められない状態を示す。
【0035】
特定の実施形態の詳細な説明
さまざまな態様では、本開示は、グリカンの混合物における硫酸化グリカンを同定するための方法を提供するものである。さまざまな実施形態において、本開示の方法を用いて、糖質の複合混合物における硫酸化糖質の同定を容易にすることが可能である。さまざまな実施形態において、硫酸化グリカンおよび/または糖質を定量化することができる。
【0036】
さまざまな態様では、本開示の方法を、溶液中に遊離したグリカンを含むグリカン混合物、ペプチド、タンパク質、脂質などから切断(酵素的、化学的など)されたグリカン、タンパク質、ペプチド、脂質などのグリカンおよび/またはこれらの組み合わせを含む混合物に適用することが可能である。
【0037】
本発明の方法は多くの分野に適用可能である。たとえば、さまざまな実施形態において、硫酸化グリカンをリン酸化グリカンと区別するための方法が得られる。
【0038】
さまざまな実施形態において、グリカンの混合物を含む試料を質量分析して、混合物の少なくとも一部についての質量スペクトルを生成するステップと、[M]質量単位と[M+2]質量単位でのイオンシグナルのシグナル強度を比較するステップと、複数の異なる[M]および[M+2]ペアについて比較を繰り返すステップと、1つ以上の他の類似のグリカンよりも[M+2]/[M]比が大きくなったものを硫酸化グリカンとして同定するステップと、を含む。
【0039】
さまざまな実施形態において、あるグリカンの1つ以上の他の類似のグリカンに対する[M+2]/[M]比が、(a)約1.1倍、(b)約1.2倍、(c)約1.5倍、(d)0.02の値、(e)0.04の値のうちの約1つを超える場合に、そのグリカンを硫酸化グリカンとして同定する。たとえば、公称質量Mでシグナル強度比が[M+2]/[M]=Yのグリカンと、公称質量Mでシグナル強度比が[M+2]/[M]=Zの類似のグリカンについて考えると、さまざまな実施形態で、(a)Y/Zが約1.1よりも大きい、(b)Y/Zが約1.2よりも大きい、(c)Y/Zが約1.5よりも大きい、(d)Yが約Z+0.2よりも大きい、(e)Yが約Z+0.4よりも大きい条件の1つ以上が満たされる場合に、グリカンMが硫酸化グリカンとして同定される。
【0040】
さまざまな実施形態において、あるグリカンの2つ以上の他の類似のグリカンに対する[M+2]/[M]比が、他の類似のグリカンの[M+2]/[M]比よりも、1標準偏差を超えて上回る場合に、そのグリカンが硫酸化グリカンとして同定される。さまざまな実施形態において、硫酸化グリカンは、[M+2]/[M]値に二峰性分布が存在することから、同様の構造の非硫酸化グリカンと区別され、分布で値が大きいほうの最頻値に関連した質量シグナルが硫酸化グリカンとして同定される。
【0041】
図2A〜図2Bおよび図3A〜図3Bに、類似のグリカンの[M+2]/[M]比を比較することによる硫酸化グリカンの同定例を示す。図2A〜図2Bの質量スペクトルは、非硫酸化ΔU−HNAC二糖(図2A)および硫酸化ΔU−HNAC6S二糖(図2B)について、強度のみの形式で示されている。硫酸化グリカンの[M+2]/[M]比は約0.089(すなわち8.9%)であったのに対し、同様の非硫酸化グリカンでは約0.04(4%)であった。図2A〜図2Bにおいて、硫酸化グリカンの[M+2]/[M]比はいずれも非硫酸化[M+2]/[M]比よりも約0.04だけ大きく、かつ約1.5倍大きい。
【0042】
図3A〜図3Bでは、同様の構造を有する2つのグリカンについての質量スペクトルを示してあり、硫酸化グリカン(NeuAc FucGal Man GlcNAcスルフェート複合N−グリカン)が図3A、非硫酸化グリカン(NeuAc FucGal Man GlcNAc複合N−結合型グリカン)が図3Bである。硫酸化グリカンの[M+2]/[M]比は約0.091(すなわち91%)であり、類似の非硫酸化グリカンでは約0.75(75%)であった。図3A〜図3Bにおいて、硫酸化グリカンの[M+2]/[M]比はいずれも非硫酸化[M+2]/[M]比よりも約0.16だけ大きく、かつ約1.2倍大きい。
【0043】
[M]および[M+2]での質量シグナルの相対強度については比[M+2]/[M]で説明してあるが、比が小さくなったら硫酸化グリカンを同定する形にすれば、[M]/[M+2]の比も同様に利用できることは理解できよう。また、質量スペクトルを作成するのに用いる生データは、必ずしもシグナル対質量の形式を取る必要はなく、シグナル対他の何らかのパラメータの形を取り得る旨も理解できよう。たとえば、飛行時間(TOF)型質量分析計では、生データがシグナル対検出器までのイオンの飛行所要時間として得られる。その後、較正関数によって飛行所要時間がイオン質量と関連付けられ、たとえば、飛行所要時間はイオン質量の平方根の一次関数である。フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)質量分析計では、得られた生データは基本的にシグナル強度対サイクロトロン周波数の形式であり、この周波数が較正関数によってイオン質量と関連付けられる。
【0044】
さまざまな実施形態において、グリカンに関連する1つ以上の質量シグナルについて潜在的なグリカン構造を予測し、予測した構造同士を比較して、どの質量シグナルが類似のグリカン由来であるかを判断し、これを用いてどの質量シグナル[M+2]/[M]比を比較するかを判断する。たとえば、予測したグリカンのファミリ群を比較して、類似度を確認する。
【0045】
さまざまな実施形態において、同一のグリカンファミリ由来である場合に、2つのグリカンは類似している。さまざまな実施形態において、グリカンの質量が互いに±20%以内(±15%以内、±10%以内、±5%以内など)である場合、2つのグリカンは類似している。さまざまな好ましい実施形態では、同一のグリカンファミリ由来であり、グリカンの質量が互いに±20%以内(±15%以内、±10%以内、±5%以内など)である場合、2つのグリカンは類似している。
【0046】
グリカンファミリの例としては、(a)単糖、(b)多糖、(c)分岐鎖グリカン、(d)直鎖グリカン、(e)N−結合型グリカン、(f)O−結合型グリカンなどがあげられるが、これに限定されるものではない。さまざまなN−結合型グリカンファミリの例としては、(a)A2ファミリ(ジシアリル化、二分岐N−結合型オリゴ糖;A1グリカン(モノシアリル化、二分岐N−結合型オリゴ糖)、NA2グリカン(アシアロ−二分岐N−結合型オリゴ糖)を含む;NGA2グリカン(アシアロ−、アガラクト−二分岐N−結合型オリゴ糖);M3N2グリカンなど);(b)A2Fファミリ(ジシアリル化、二分岐N−結合型オリゴ糖(コアフコースあり);A1Fグリカン(モノシアリル化、二分岐N−結合型オリゴ糖(コアフコースあり))、NA2Fグリカン(アシアロ−二分岐N−結合型オリゴ糖(コアフコースあり))NGA2Fグリカン(アシアロ−、アガラクト−二分岐N−結合型オリゴ糖(コアフコースあり))などを含む);(c)A3ファミリ(非還元末端ガラクトシル残基で完全にシアリル化されたが、2,3および2,6結合シアリル残基およびガラクトースの結合の1つ(linkage one)などが異なるグリカン;NA3(A3グリカン由来のアシアロ三分岐N−結合型オリゴ糖)およびNGA3グリカン(NA3グリカン由来のアガラクト−三分岐N−結合型オリゴ糖)など)を含む;(d)A4ファミリ(四分岐N−結合型オリゴ糖由来のグリカン;NA4グリカン(アシアロ−四分岐N−結合型オリゴ糖)を含む;NA4グリカン由来のNGA4グリカン(アシアロ−、アガラクト−四分岐N−結合型オリゴ糖)など);(e)オリゴマンノース(oligmannose)ファミリのグリカン(Man−5、Man−6、Man−7、Man−8、Man−9などのグリカンなど)があげられるが、これに限定されるものではない。
【0047】
たとえば、2つの類似したA3グリカンであるNeuAc FucGal Man GlcNAcスルフェート複合N−グリカン(図3A)およびNeuAc FucGal Man GlcNAc複合N−結合型グリカン(図3B)の図3Aと図3Bの質量スペクトルを比較する。図3Aおよび図3Bの挿入画像に示されるように、どちらのグリカンもA3構造であり、特に、NGA3Fファミリ構造である。また、2つのグリカンが表示され、質量は互いに約7%以内である。
【0048】
さまざまな実施形態では、グリカン混合物の一部を質量分析法で分析し、硫酸化グリカン由来であると同定された質量ピークを2つ以上の分析次元に供してイオウの存在を判断する。さまざまな実施形態において、硫酸化グリカンであると同定された質量ピークを、たとえば衝突解離(CID)を用いてMS/MS分析し、イオウの存在を判断する。
【0049】
本発明の方法は、MALDI−TOF−MS、MALDI−TOF−TOF−MS、LC−MS、LC−MS/MS、直接注入ESI−MSによるものなどを含むがこれに限定されるものではない、広範囲にわたる質量分析機器および技法で実施可能なものである。分解能が約1amuよりも優れているなど、高分解能の質量分析計を使用することが好ましい。
【0050】
マトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)およびエレクトロスプレーイオン化(ESI)を含むがこれに限定されるものではない、広範囲にわたる技法を用いて、グリカン混合物の分子を分析用にイオン化することが可能である。一般に、質量分析計のソースで硫酸基の切断が実質的に起こらないようにイオン化源と条件を選択すると好ましい。
【0051】
本開示の方法は、治療製剤および生物学的試料を含むがこれに限定されるものではない、広範囲にわたるソースから得られるグリカンに適用可能なものである。本明細書で使用する場合、「生物学的試料」という用語は、組織培養、人間または動物の組織、植物、果物、野菜、単細胞微生物(細菌および酵母など)、多細胞生物を含むがこれに限定されるものではない、何らかの生きた細胞または生物体から得られる、排泄される、あるいは分泌される、あらゆる固体試料または流体試料を示す。たとえば、生物学的試料は、血液、血漿、血清、尿、胆汁、精液、脳脊髄液、房水または硝子体液などから得られる生物流体あるいは、分泌液、浸出液、滲出液(膿瘍または他の任意の感染部位または炎症部位から得られる流体など)または関節(正常な関節またはリウマチ性関節炎、変形性関節炎、痛風性関節炎または敗血症性関節炎などの疾患に羅患した関節)から得られる流体であってもよい。また、生物学的試料は、臓器または組織(生検組織または剖検標本を含む)から得られる試料などであってもよく、細胞(一次細胞であるか培養細胞であるかを問わない)、細胞、組織または臓器で調節した培地、組織培養を含むものであってもよい。
【0052】
さまざまな実施形態において、低濃度で混合物に存在する硫酸化グリカン構造を検出しやすくなる。たとえば、さまざまな実施形態で、低フェムトモル(fmol)域に存在する硫酸化グリカン構造を検出することが可能である。
【0053】
さまざまな実施形態において、本開示の方法を利用して、硫酸化グリカンの検出用に質量分析法のダイナミックレンジを拡大することが可能である。たとえば、さまざまな実施形態で、この方法を用いて、試料のグリカン濃度全体に比して4桁低い濃度で存在する製薬または治療薬における1つ以上の望ましくない産物または汚染物質の存在を検出することができる。さまざまな実施形態において、この方法を用いて、製薬または治療用調製プロセスを監視し、望ましくない硫酸化グリカンが製薬または治療薬を汚染する前などに、これを低濃度で検出することができる。さまざまな実施形態では、この方法を用いて、1種類以上の特定の硫酸化グリカンおよび/またはこのようなグリカンの濃度の経時的変化を検出することで、治療不能または治療しにくい症状に対する徴候が現れるおよび/または疾患状態が進行する前に疾患状態などを示すバイオマーカーを検出することが可能である。
【0054】
用途
多岐にわたる用途のいずれにも本明細書に記載の技法を利用できることは明らかであろう。通常、これらの技法は、硫酸化グリカンの構造的な特性決定を伴う用途、特に、硫酸化グリカンを他のグリカンと区別することが望ましい場合に有用である。
【0055】
本開示の方法は、治療製剤および生物学的試料を含むがこれに限定されるものではない、広範囲にわたる供給源から取得したグリカンに適用可能なものである。本開示による分析の前または後に、生物学的試料に1以上の分析および/または精製ステップをほどこしてもよい。いくつかの例をあげると、いくつかの実施形態では、生物学的試料を1種類以上のプロテアーゼおよび/またはエキソグリコシダーゼで処理する(グリカンが放出されるようにするなど)。いくつかの実施形態では、生物学的試料のグリカンを、たとえば質量分析またはNMRによる分析を容易にできる1つ以上の検出可能なマーカーまたは他の作用剤で標識する。本開示によって多岐にわたる分離ステップおよび/または単離ステップのいずれを生物学的試料に適用してもよい。
【0056】
本開示の方法を利用して、たとえば遊離グリカン、複合糖質(糖ペプチド、糖脂質、プロテオグリカンなど)、細胞関連グリカン(核関連グリカン、細胞質関連グリカン、細胞膜関連グリカンなど);細胞、細胞外、細胞内および/または細胞内(subcellular)成分に関連したグリカン(タンパク質など);細胞外間隙のグリカン(細胞培養液など)などを含む、多岐にわたる状態のいずれでもグリカンを分析することが可能である。
【0057】
本開示の方法を、治療用または他の商業的に関連のある目的の糖タンパク質製造用のプロセス開発の1つ以上の段階に使用してもよい。本開示の方法を採用可能なこのようなプロセス開発段階の非限定的な例としては、細胞選択、クローン選択、培地の最適化、培養条件、プロセス条件および/または精製手法があげられる。当業者には他のプロセス開発段階も分かるであろう。
【0058】
また、たとえば特定の所望のグリコシル化パターンを実現または特定の望ましくないグリコシル化パターンの発生を回避する目的で、本開示を利用して、特定の細胞培養物で起こっているグリコシル化の程度および/またはタイプを監視し、これによって培養の調節または場合によっては終了できるようにすることも可能である。
【0059】
さらに、本開示を利用して、(たとえば、細胞または細胞系を操作して糖タンパク質を産生あるいは糖タンパク質を商業的に関連のあるレベルで産生する前であっても)特定の所望の糖タンパク質の製造で検討対象となっている細胞または細胞系のグリコシル化の特徴を評価することも可能である。
【0060】
たとえば、標的糖タンパク質が1つ以上の国で法令による審査があるなどの治療用糖タンパク質である場合、培養を監視して、厳密に同一の経路で製造されるか否かを問わず、グリコシル化パターンがすでに確立された医薬製品のグリコシル化パターンにできるだけ近い産物が生成される尤度を評価すると望ましいことが多い。本明細書で使用する場合、「近い」とは、すでに確立された医薬製品のグリコシル化パターンに対して少なくとも約75%、80%、85%、90%、95%、98%または99%相関するグリコシル化パターンを示す。このような実施形態では、相対的なグリコシル化を評価するために、産生培養の試料は一般に、複数の時点で採取され、確立された標準または対照培養と比較される。
【0061】
本開示のいくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンが一層広範囲におよぶ。たとえば、いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンは、グリコシル化部位の占有率が高い(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも高いなど)。いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンは、分岐度が高い(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも多くの三または四分岐型構造を有するなど)。
【0062】
本開示のいくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンがそれほど広範囲にはおよばない。たとえば、いくつかの実施形態では、所望の細胞表面グリコシル化パターンは、グリコシル化部位の占有率が低い(約50%、約45%、約40%、約35%、約30%、約25%、約20%、約15%、約15%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも少ないなど)および/または分岐度が低い(約20%、約15%、約10%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも少ない三または四分岐型構造を有するなど)。
【0063】
いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンが、いくつかの態様では一層広範囲におよび、他の態様ではそれほど広範囲にはおよばない。たとえば、長い未分岐のオリゴ糖鎖のある糖タンパク質を産生しやすい細胞系を用いると望ましいことがある。あるいは、短い高度分岐オリゴ糖鎖のある糖タンパク質を産生しやすい細胞系を用いると望ましいこともある。
【0064】
いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンが特定タイプのグリカン構造で富化される。たとえば、いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンは、低レベル(約20%、約15%、約10%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも低いなど)のマンノースまたはハイブリッド構造、高レベル(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも高いなど)の高マンノース構造、高レベル(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも高いなど;たとえば糖タンパク質1つあたり少なくとも1つ)のリン酸化高マンノースまたは低レベル(約20%、約15%、約10%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも低いなど)のリン酸化高マンノースを有する。
【0065】
いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンが少なくとも約1つのシアル酸を含む。いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンは、高レベル(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも高いなど)のシアリル化末端を含む。いくつかの実施形態では、シアリル化を含む所望のグリコシル化パターンは、少なくとも約85%、約90%、約95%、約98%、約99%またはそれよりも多くのN−アセチルノイラミン酸および/または約20%、約15%、約10%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも少ないN−グリコリルノイラミン酸を呈する。
【0066】
いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンは、分岐鎖の伸長度に特異性がある(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも多くの伸長物がα1,6マンノース分岐鎖にあるか、約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも多くの伸長物がα1,3マンノース分岐鎖にある)。
【0067】
いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンが、低レベル(約20%、約15%、約10%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも低いなど)または高レベル(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも高いなど)のコアフコシル化を含む。
【0068】
いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンが、低レベル(約20%、約15%、約10%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも低いなど)または高レベル(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも高いなど)の硫酸化グリカンを含む。
【0069】
いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンが、低レベル(約20%、約15%、約10%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも低いなど)または高レベル(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも高いなど)のリン酸化グリカンを含む。
【0070】
いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンが、低レベル(約20%、約15%、約10%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも低いなど)または高レベル(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも高いなど)のN−アセチルグルコサミン結合シアル酸を含む。
【0071】
いくつかの実施形態では、所望のグリコシル化パターンが、低レベル(約20%、約15%、約10%、約5%、約1%未満、あるいはそれよりも低いなど)または高レベル(約60%、約65%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%、約98%、約99%を超える、あるいはそれよりも高いなど)のアセチル化グリカンを含む。
【0072】
特定の標的タンパク質の産生を品質制御目的で監視するか否かを問わず、本開示を利用して、たとえば、特定の発達段階で、あるいは特定の成長条件下で、グリコシル化を監視することができる。
【0073】
いくつかの特定の実施形態では、本明細書に記載の方法を使用して、治療用産物の品質を特性決定および/または制御または比較することが可能である。一例をあげると、本方法論を使用して、治療用タンパク質産物を産生する細胞でのグリコシル化を評価することが可能である。特に、グリコシル化が治療用タンパク質産物の活性やバイオアベイラビリティまたは他の特徴に影響し得ることが多いとすれば、このような治療用タンパク質産物の産生時に細胞グリコシル化を評価するための方法が特に望ましい。とりわけ、本開示は、治療用タンパク質の産生系でのグリコシル化のリアルタイム分析を容易にし得るものである。
【0074】
本開示によって産生および/または品質を監視可能な代表的な治療用糖タンパク質産物としては、たとえば、多岐にわたる血液作用剤(たとえば、エリスロポエチン、血液凝固因子など)、インターフェロン、コロニー刺激因子、抗体、酵素およびホルモンがあげられる。
【0075】
代表的な市販の糖タンパク質産物としては、たとえば、以下のものがあげられる。
【0076】
【表1】

【0077】
【表2】

【0078】
【表3】

【0079】
【表4】

いくつかの実施形態では、本開示は、異なる供給源または試料からのグリカン同士を比較する方法を提供するものである。このようないくつかの例では、同一の供給源から時間をかけて複数の試料を取得し、グリコシル化パターン(ならびに、特に細胞表面グリコシル化パターン)の変化を監視する。いくつかの実施形態では、試料のうちの1つが経時試料または経時試料の記録である。
【0080】
いくつかの実施形態では、1つ以上の選択されたパラメータ(細胞型、培養のタイプ[連続供給対バッチ供給など]、培養条件[培地のタイプ、特定培地の特定の成分の存在または濃度(a)、モル浸透圧濃度、pH、温度、タイミングまたは1つ以上の成分のシフトの度合い、たとえばモル浸透圧濃度、pH、温度など]、培養時間、単離ステップなど)は異なるがそれ以外は同じ条件下で調製した、異なる細胞培養試料からのグリカン同士を比較するため、選択されたパラメータがN−グリコシル化パターンにおよぼす影響を判断できる。特定の実施形態では、選択された単一のパラメータがグリコシル化パターンにおよぼす影響を判断できるように、選択された単一のパラメータが異なる条件下で調製した、異なる細胞培養試料からのグリカンを比較する。よって、その他の用途として、本明細書に記載したような技法を用いることで、特定のパラメータが細胞のグリコシル化パターンにおよぼす影響を判断しやすくできるのである。
【0081】
いくつかの実施形態では、目的の糖タンパク質(治療用糖タンパク質など)の異なるバッチからのグリカン同士を、同一の方法で調製するか異なる方法で調製するかを問わず、かつ、同時に調製するか別々に調製するかを問わず、比較する。このような実施形態では、本開示は、糖タンパク質調製物の品質制御を容易にするものである。上記の他にまたは上記に加えて、このような実施形態のいくつかは、目的の糖タンパク質を産生する特定の培養の進行の監視を容易にするものである(異なる時点で培養から試料を除去し、分析して互いに比較する場合)。いくつかの例では、同一の供給源から時間をかけて複数の試料を取得し、グリコシル化パターンの変化を監視できるようにする。いくつかの実施形態では、約30秒間、約1分間、約2分間、約5分間、約10分間、約30分間、約1時間、約2時間、約3時間、約4時間、約5時間、約10時間、約12時間または約18時間の間隔、あるいはそれよりも長い間隔で、グリカン含有試料を除去する。いくつかの実施形態では、グリカン含有試料を不規則な間隔で除去する。いくつかの実施形態では、グリカン含有試料を5時間間隔で除去する。
【0082】
本開示の方法を、治療用または他の商業的に関連のある目的の糖タンパク質製造用のプロセス開発の1つ以上の段階に使用してもよい。本開示の方法を採用可能なこのようなプロセス開発段階の非限定的な例としては、細胞選択、クローン選択、培地の最適化、培養条件、プロセス条件および/または精製手法があげられる。当業者には他のプロセス開発段階も分かるであろう。
【0083】
これらの実施形態のいずれにおいても、グリカン分析の特徴を、たとえば品質制御記録に記録することが可能である。上述したように、いくつかの実施形態では、比較が、糖タンパク質の事前または標準的なバッチの履歴記録および/または参照試料との間で実施されるものである。
【0084】
特定の実施形態では、本開示を研究に利用して、細胞のグリコシル化の特徴を改変し、たとえば1つ以上の望ましいグリコシル化の特徴を有する細胞系および/または培養条件を確立してもよい。必要があれば、このような細胞系および/または培養条件をさらに利用し、当該グリコシル化の特徴が有益であると想定される特定の標的複合糖質(糖タンパク質など)を産生することが可能である。
【0085】
特定の実施形態では、本開示の技法は、細胞の表面に存在するグリカンに適用される。このようないくつかの実施形態では、分析したグリカンが実質的に非細胞表面グリカンを含まないものである。このようないくつかの実施形態では、分析したグリカンが、細胞表面に存在する場合、1つ以上の細胞表面複合糖質(糖タンパク質または糖脂質など)との関連で存在する。
【0086】
いくつかの特定の実施形態では、1つ以上の目的の標的糖タンパク質を評価するために、特に、このような標的糖タンパク質が細胞表面糖タンパク質でない場合に、細胞表面グリカンを分析する。いくつかの実施形態では、糖タンパク質自体を単離せずに、標的糖タンパク質のグリコシル化を監視することが可能である。特定の実施形態では、本開示は、細胞表面グリカンを、目的の発現糖タンパク質のグリカン構造のリードアウトまたは代用として利用するための方法を提供するものである。特定の実施形態では、このような方法として、事後処理、バッチ、スクリーニングまたは産物の品質の「インライン」測定があげられるが、これに限定されるものではない。このような方法は、産生された糖タンパク質の破壊を必要とせずに、産生反応の副生物(細胞など)を利用して、産生された目的の糖タンパク質のグリコシル化パターンを独立して測定できるようにするものである。さらに、本開示の方法では、産物の単離に必要な労力と、単離時に必要となる場合もある産物糖型選択の可能性とを排除することが可能である。
【0087】
特定の実施形態では、本開示の技法を細胞から分泌されるグリカンに適用する。このようないくつかの実施形態では、分析したグリカンが、複合糖質(糖タンパク質または糖脂質など)に関連して細胞で産生されるものである。
【0088】
本開示によれば、本明細書に記載の技法を用いて、望ましいグリカンまたは望ましくないグリカンを検出し、たとえば産物中の1種類以上の汚染物質を検出または定量化あるいは、1種類以上の活性種または所望の種の存在を検出または定量化することが可能である。
【0089】
さまざまな実施形態では、この方法を用いて、存在または濃度(絶対濃度であるか相対濃度であるかを問わない)が特定の疾患状態(特定の疾患への羅患性を含む)と関連している可能性のある1種類以上の特定のグリカンおよび/またはこのようなグリカンの濃度の経時的変化を検出することで、治療不能または治療しにくい症状に対する徴候が現れるおよび/または疾患状態が進行する前に疾患状態などを示すバイオマーカーを検出することが可能である。
【0090】
特定の実施形態では、本明細書に記載の方法は、供給源(生物学的試料、グリカン調製物など)に極低濃度で存在するグリカンの検出を容易にする。このような実施形態では、グリカン集合体に、約10%未満、5%未満、4%未満、3%未満、2%未満、1.5%未満、1%未満、0.75%未満、0.5%未満、0.25%未満、0.1%未満、0.075%未満、0.05%未満、0.025%未満または0.01%未満の濃度で存在するグリカンの濃度を検出および/または任意に定量化することが可能である。いくつかの実施形態では、0.1%から5%、たとえば0.1%から2%、たとえば0.1%から1%のグリカン調製物を含むグリカンの濃度を検出および/または任意に定量化することが可能である。特定の実施形態では、約0.1fmolから約1mmolの間の細胞表面グリカンの濃度を検出および/または任意に定量化することが可能である。
【0091】
いくつかの実施形態では、本明細書に記載の方法は、グリカン集合体に低濃度で存在する特定の結合の検出を可能にするものである。たとえば、本方法は、10%未満、5%未満、4%未満、3%未満、2%未満、1.5%未満、1%未満、0.75%未満、0.5%未満、0.25%未満、0.1%未満、0.075%未満、0.05%未満、0.025%未満または0.01%未満の濃度でグリカン集合体に存在する特定の結合の検出を可能にするものである。
【0092】
いくつかの実施形態では、本明細書に記載の方法は、グリカン集合体中の個々のグリカン種の相対濃度の検出を可能にするものである。たとえば、液体クロマトグラフの各ピークの下にある面積を測定し、全体に対する割合として表すことができる。このような分析をすることで、グリカン集合体における各グリカン種の量の相対的な比率が分かる。
【0093】
いくつかの実施形態では、本明細書に記載の技法を、グリカンまたは複合糖質を検出、分析およびまたは単離するための1つ以上の他の技術と組み合わせてもよい。たとえば、特定の実施形態では、1つ以上の利用可能な方法を用いて本開示に基づいてグリカンを分析する(いくつかの例をあげると、Anumula,Anal.Biochem.350(1):1,2006;Klein et al.,Anal.Biochem.,179:162,1989;および/またはTownsend,R.R.Carbohydrate Analysis”High Permofrmance Liquid Chromatography and Capillary Electrophoresis.,Ed.Z.El Rassi,pp 181〜209,1995を参照のこと(各々その内容全体を本明細書に援用する)を参照のこと)。たとえば、いくつかの実施形態では、クロマトグラフによる方法、電気泳動法、核磁気共鳴法、およびこれらの組み合わせのうちの1つ以上を用いて、グリカンを特性決定する。このような方法の例として、たとえば、NMR、質量分析、液体クロマトグラフィ、二次元クロマトグラフィ、SDS−PAGE、抗体染色、レクチン染色、単糖定量化、細管式電気泳動、蛍光標識糖質電気泳動(FACE)、ミセル動電クロマトグラフィ(MEKC)、エキソグリコシダーゼ処理またはエンドグリコシダーゼ処理、およびこれらの組み合わせがあげられる。当業者であれば、本明細書に記載のIMAC法と一緒にグリカンの特性決定に利用可能な他の方法も分かるであろう。
【0094】
いくつかの実施形態では、液体クロマトグラフィ(LC)、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)、超高速液体クロマトグラフィ(UPLC)、薄層クロマトグラフィ(TLC)、アミドカラムクロマトグラフィ、およびこれらの組み合わせを含むがこれに限定されるものではない、クロマトグラフによる方法で、グリカンの構造および組成を分析することが可能である。
【0095】
いくつかの実施形態では、タンデムMS、LC−MS、LC−MS/MS、マトリクス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI−MS)、フーリエ変換質量分析(FTMS)、イオン移動度質量分析(IMS−MS)、電子移動解離(ETD−MS)、およびこれらの組み合わせを含むがこれに限定されるものではない、質量分析(MS)および関連の方法で、グリカンの構造および組成を分析することが可能である。
【0096】
いくつかの実施形態では、細管式電気泳動(CE)、CE−MS、ゲル電気泳動、アガロースゲル電気泳動、アクリルアミドゲル電気泳動、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)に続いて特定のグリカン構造を認識する抗体を用いるウェスタンブロッティング、およびこれらの組み合わせを含むがこれに限定されるものではない、電気泳動法で、グリカンの構造および組成を分析することが可能である。
【0097】
いくつかの実施形態では、一次元NMR(1D−NMR)、二次元NMR(2D−NMR)、相関分光磁気角スピニングNMR(COSY−NMR)、全相関分光NMR(TOCSY−NMR)、異種核一量子コヒーレンスNMR(HSQC−NMR)、異種核多重量子コヒーレンス(HMQC−NMR)、回転系での核オーバーハウザー効果分光NMR(ROESY−NMR)、核オーバーハウザー効果分光法(NOESY−NMR)、およびこれらの組み合わせを含むがこれに限定されるものではない、核磁気共鳴(NMR)および関連の方法で、グリカンの構造および組成物を分析することが可能である。
【実施例】
【0098】
実施例1:混合物における硫酸化グリカンの同定
さまざまな実施形態において、本開示の方法をグリカンの混合物に適用することができる。たとえば、好適な緩衝液、酸などを含有してもよいメタノール:水キャリア溶媒を用いて、ESI用にグリカンの混合物を調製する。続いて、液体クロマトグラフィまたは質量較正標準を伴う低注入(low injection)を用いるなどして実質的に連続してグリカン混合物をESI−MS装置(MDS Sciex/Applied Biosystems API−IIIまたはAPI QSTAR(商標)機器、ThermoFinnigan LCQ(商標)Classic機器など、正イオンモードで動作)に供給する。生成される質量スペクトルを多重荷電について解析し、解析後のスペクトルをピーク検出ソフトウェアで分析する。目的の質量ウィンドウを選択し、理論的に予測したグリカン質量と比較することでピークを潜在的なグリカンシグナルとして同定する。特定の閾値を上回る各グリカンピークについて、[M+2]でのピークのシグナルを求め、比[M+2]/[M]を計算する。1つ以上の他の類似のグリカンよりも[M+2]/[M]比が大きいグリカンピークを硫酸化グリカンとして同定する。
【0099】
図3Aおよび図3Bは、このようなデータと比較の一例を示すものである。約2265amuから約2297amuの質量ウィンドウに現れる硫酸化グリカン(NeuAc FucGal Man GlcNAcスルフェート複合N−グリカン)のグリカンピークの[M+2]/[M]比を、約2430amuから約2462amuの質量ウィンドウでの非硫酸化グリカン(NeuAc FucGal Man GlcNAc複合N−結合型グリカン)のグリカンピークの[M+2]/[M]比と比較する。硫酸化グリカンの[M+2]/[M]比は約0.091(すなわち91%)であり、類似の非硫酸化グリカンでは約0.75(75%)であった。また、硫酸化グリカンの[M+2]/[M]比は、非硫酸化[M+2]/[M]比よりも約0.16だけ大きく、かつ約1.2倍大きいことから、約2265amuから約2297amuのグリカンを硫酸化グリカンとして同定する。
【0100】
参考文献
(1) Jiang, Hui; Irungu, Janet; Desaire,Heather. “Enhanced detection of sulfated glycosylation sites in glycoproteins,”J. Amer. Soc. Mass Spectrom. (2005), 16(3), pp. 340-348.
(2) Irungu, Janet; Dalpathado, Dilusha S.;Go, Eden P.; Jiang, Hui; Ha, Hy-Vy; Bousfield, George R.; Desaire, Heather.Method for Characterizing Sulfated Glycoproteins in a Glycosylation Site-Specific Fashion, “Using Ion Pairing and Tandem Mass Spectrometry,” Anal.Chem. (2006), 78(4), pp. 1181-1190.
(3) Balagurunathan Kuberan, Miroslaw Lech,Lijuan Zhang, Zhengliang L. Wu, David L. Beeler, and Robert D. Rosenberg, “Analysis of Heparan Sulfate Oligosaccharides with Ion Pair-Reverse Phase Capillary High Performance Liquid Chromatography-Microelectrospray Ionization Time-of-Flight Mass Spectrometry” J. Am. Chem. Soc. (2002), 124,pp. 8707-8718.
(4) Shi, D.-H. Stone, Hendrickson,Chistopher L., and Marshall, Alan G., “Counting individual sulfur atoms in a protein by ultrahigh-resolution Fourier transform ion cyclotron resonance massspectrometry: Experimental resolution of isotopic fine structure in proteins,”Proc. Natl. Acad. Sci., (1998), 95, pp. 11532-11537.
特許、特許出願、論文、書籍、文書およびウェブページを含むがこれに限定されるものではない、本出願で引用した文献および同様の資料は、このような文献および同様の資料の形式を問わず、その内容全体を明示的に援用するものである。援用した文献および同様の資料のうちの1つ以上が、定義した用語、用語の用法、説明した技法などを含むがこれに限定されるものではない本出願とは異なるまたは矛盾する場合、本出願が優先する。
【0101】
本明細書で用いる章見出しは、構成上の目的だけのためのものであり、ここに記載の主題を何ら限定すると解釈されるものではない。
【0102】
本開示についてさまざまな実施形態および実施例を参照して説明したが、本発明をこのような実施形態または実施例に限定することを意図するものではない。反対に、本開示は、当業者ならば明らかであろうように、さまざまな代替物、改変例、等価物を包含する。
【0103】
以上、本開示について、具体的な例示としての実施形態を参照して特に図示し説明したが、本開示の主旨および範囲を逸脱することなく、形態および詳細をさまざまに変更できる旨を理解されたい。したがって、本開示の範囲および主旨の範囲内にあるすべての実施形態ならびにその等価物を権利請求することを意図している。本開示の方法、システムおよびアッセイの特許請求の範囲、説明、図面は、特段の明記がないかぎり、説明した要素の順序に限定されるものとして読むべきものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリカンの混合物についての質量スペクトルを提供するステップと、
2つの質量単位[M]および[M+2]だけ離れた、質量スペクトルにおける複数の質量ピークのペアについて、各ペアのシグナル強度比[M+2]/[M]を求めるステップと、
少なくとも第1のグリカンに関連する[M+2]/[M]比が1つ以上の類似のグリカンに対応する質量ピークに関連する[M+2]/[M]比よりも選択された閾値だけ大きい場合に、第1のグリカンに関連する質量ピークを硫酸化グリカンの質量ピークとして同定するステップと、を含む、グリカンの混合物における硫酸化グリカンを同定するための方法。
【請求項2】
グリカンの混合物が、遊離グリカン、誘導体化グリカン、酵素処理したグリカン、切断産物グリカン、および実質的に無傷のタンパク質、ペプチドまたは脂質に結合されたグリカン、ならびにこれらの組み合わせを含む混合物のうちの1つ以上を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
グリカンの混合物が硫酸化グリカンおよびリン酸化グリカンを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
少なくとも特定のグリカンの質量ピークに関連する[M+2]/[M]比が1つ以上の類似のグリカンに対応する質量ピークに関連する[M+2]/[M]比よりも選択された閾値だけ大きい場合に、目的の特定のグリカンの存在を同定することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
1つ以上の類似のグリカンが、第1のグリカンと実質的に同一のグリカンファミリからのものである、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
1つ以上の類似のグリカンの質量が、第1のグリカンの質量の約±20%以内である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
1つ以上の類似のグリカンが、第1のグリカンと実質的に同一のグリカンファミリからのものであり、その質量が第1のグリカンの質量の約±20%以内である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
選択された閾値が、1つ以上の類似のグリカンの[M+2]/[M]比の約1.1倍よりも大きい第1のグリカンに関連する[M+2]/[M]比である、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
選択された閾値が、1つ以上の類似のグリカンの[M+2]/[M]比の約1.2倍よりも大きい第1のグリカンに関連する[M+2]/[M]比である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
選択された閾値が、1つ以上の類似のグリカンの[M+2]/[M]比の約1.5倍よりも大きい第1のグリカンに関連する[M+2]/[M]比である、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
選択された閾値が、1つ以上の類似のグリカンの[M+2]/[M]比よりも約0.02だけ大きい第1のグリカンに関連する[M+2]/[M]比である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
選択された閾値が、1つ以上の類似のグリカンの[M+2]/[M]比よりも約0.04だけ大きい第1のグリカンに関連する[M+2]/[M]比である、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
グリカンが、治療製剤、体液(血清、血漿、唾液、精液、尿、脳脊髄液など)、細胞表面物質、細胞外マトリクス、細胞内物質、組織培養、バイオリアクター、人間または動物の組織、植物、果物または野菜などの試料に由来する糖タンパク質、プロテオグリカン、および糖脂質から遊離または放出され、直鎖または分岐鎖の糖質(単糖または多糖)として定義される、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
シグナル強度を、質量ピークの強度、質量ピーク下の総面積または質量ピーク下の面積の割合として定義する、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
グリカンの混合物についての質量スペクトルを提供するステップと、
2つの質量単位[M]および[M+2]だけ離れた、質量スペクトルにおける複数の質量ピークのペアについて、各ペアのシグナル強度比[M+2]/[M]を求めるステップと、
少なくとも3つ以上の類似のグリカンについての[M+2]/[M]比の分布に基づいて、質量ピークを硫酸化グリカンに由来するものとして同定するステップと、を含む、グリカンの混合物における硫酸化グリカンを同定するための方法。
【請求項16】
質量ピークを硫酸化グリカン由来として同定するステップが、3つ以上の類似のグリカンについて[M+2]/[M]比の二峰性分布で値が大きいほうの最頻値に[M+2]/[M]比のある質量ピークを硫酸化グリカンとして同定することを含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
グリカンの混合物が、遊離グリカン、誘導体化グリカン、酵素処理したグリカン、切断産物グリカン、および実質的に無傷のタンパク質、ペプチドまたは脂質に結合されたグリカン、ならびにこれらの組み合わせを含む混合物のうちの1つ以上を含む、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
グリカンの混合物が硫酸化グリカンおよびリン酸化グリカンを含む、請求項15に記載の方法。
【請求項19】
少なくとも特定のグリカンの質量ピークに関連する[M+2]/[M]比が、1つ以上の類似のグリカンに対応する質量ピークに関連する[M+2]/[M]比よりも選択された閾値だけ大きい場合に、目的の特定のグリカンの存在を同定することを含む、請求項15に記載の方法。
【請求項20】
1つ以上の類似のグリカンが、第1のグリカンと実質的に同一のグリカンファミリに由来する、請求項15に記載の方法。
【請求項21】
1つ以上の類似のグリカンの質量が、第1のグリカンの質量の約±20%以内である、請求項15に記載の方法。
【請求項22】
1つ以上の類似のグリカンが、第1のグリカンと実質的に同一のグリカンファミリに由来し、その質量は第1のグリカンの質量の約±20%以内である、請求項15に記載の方法。
【請求項23】
グリカンの混合物における硫酸化グリカンを同定するための方法であって、グリカンの混合物についての質量スペクトルを提供するステップと、2つの質量単位[M]および[M+2]だけ離れた、質量スペクトルにおける少なくとも1つのペアの質量ピークについて、シグナル強度比[M+2]/[M]を求めるステップと、グリカンに関連する少なくとも[M+2]/[M]比が、理論的な硫酸化グリカンに対してコンピュータ生成した質量スペクトルの[M+2]/[M]比と類似する場合に、グリカンに関連する質量ピークを硫酸化グリカンの質量ピークとして同定するステップと、を含む方法。
【請求項24】
求めた質量比とコンピュータ生成した質量比が互いに約±20%以内にある場合に、グリカンに関連して求めた[M+2]/[M]比が理論的な硫酸化グリカンに対してコンピュータ生成した質量スペクトルの[M+2]/[M]比と類似する、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
求めた質量比とコンピュータ生成した質量比が互いに約±10%以内にある場合に、グリカンに関連して求めた[M+2]/[M]比が理論的な硫酸化グリカンに対してコンピュータ生成した質量スペクトルの[M+2]/[M]比と類似する、請求項23に記載の方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【公表番号】特表2010−525327(P2010−525327A)
【公表日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−504184(P2010−504184)
【出願日】平成20年4月15日(2008.4.15)
【国際出願番号】PCT/US2008/060334
【国際公開番号】WO2008/128221
【国際公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【出願人】(504346293)モメンタ ファーマシューティカルズ インコーポレイテッド (13)
【Fターム(参考)】