説明

グリセリンの液相酸化反応用触媒及びその触媒を用いたグリセリンの酸化反応方法

【課題】 グリセリンの液相酸化反応において、触媒の担体にイオン交換樹脂を担体に用い、高い転化率でグリセリン酸及び/又はタルトロン酸を製造する方法を提供する。
【解決手段】触媒の存在下、酸素を酸化剤とし、グリセリンの液相酸化反応によりタルトロン酸及びグリセリン酸を製造する方法において、前記触媒として、陰イオン交換樹脂に金とパラジウムの2成分からなるナノ粒子を担持させた触媒を用いることにより、高い転化率で、グリセリン酸及び/又はタルトロン酸を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリセリンの液相酸化反応用触媒、特に、イオン交換樹脂に固定化された金とパラジウムを含有するナノ粒子触媒及びそれを用いたグリセリンの液相酸化反応に関する。
【背景技術】
【0002】
グリセリンは、化学式C338であらわされる有機化合物であり、石鹸を製造する際などに油脂類とアルカリ剤の反応によりに副生する。近年は地球温暖化の緩和策の一つとして導入が促進されているカーボンニュートラルなバイオディーゼル燃料の製造の際にも大量に副生成物として製造されるので、その有効利用方法が課題となっている。
グリセリンは保湿効果を持つので、そのまま化粧品類などの成分の一つとして利用することも可能であるが、上記のバイオディーゼル燃料のように大量に余剰資源として生成してくる場合においては、化学的変換による有効利用方法の開発が必須である。
【0003】
現在グリセリンを化学的に変換して有効利用するための有力な方法は、次の5つにまとめることができる。
(1)燃焼して熱エネルギー源としての利用、(2)分解ガス化して水素の製造や燃料電池等で利用、(3)水素と反応させてOH基を還元してプロパンジオール等を製造して利用、(4)脱水反応で分子内の脱水を行い、アクロレイン等を製造して有効利用、(5)酸素に代表される酸化剤と反応させOH基を酸化し、カルボン酸類、ケトン類、アルデヒド類を製造する方法、などがよく知られて、盛んに研究開発が行われている。
本発明は、上記の(5)の、グリセリンを酸化剤と反応させてOH基を酸化することにより、グリセリン酸、タルトロン酸に代表される酸化生成物を得る方法に関するものである。
【0004】
生成物であるグリセリン酸は、用途として、化粧品、メッキ浴、防蝕剤、生分解性樹脂、セリン合成原料、脱臭剤、インクジェット用インクなどの用途が期待されている高付加価値生成物である。タルトロン酸は、洗剤用ビルダー、中和剤、ポリマー原料、角質溶解化粧料、メソキサル酸(ケトマロン酸)合成中間体、酸素補足剤、試薬、放射性物質除染用有機酸等の用途が期待されている高付加価値生成物である。また、キュウリに含まれているタルトロン酸は、炭水化物が体内で脂肪に変わるのを抑制する作用があり、ダイエットに効果があるといわれているので、ダイエット用サプリメントの含有成分や愛玩動物の健康維持のためのペットフードへの添加物としての用途も期待できる。
【0005】
グリセリンのOH基の酸化により、グリセリン酸及び/又はタルトロン酸を製造する方法については種々の方法があり、特に、触媒を用いた液相酸化反応においては、例えば、特許文献1、2及び非特許文献1に示されているとおり、炭素系の担体を用いて、これに、白金、パラジウム或いは金などの貴金属を単独又は組み合わせて担持させたものが主である。
しかしながら、反応物や生成物から触媒を分離するプロセスを考慮すると、微粉末状の担体よりも、直径が大きなビーズ状、粒状の担体が取り扱い性に優れているので、そのような粒子サイズが容易に実現する担体として、高分子担体を用いることが望まれており、酸化反応用触媒において、金属のナノ粒子触媒を高分子に担持させた触媒が報告されている。高分子担体は、表面および内部に固定化した貴金属のナノ粒子の溶出、流出もなく優れた担体の一つである。
【0006】
例えば、特許文献3では、金のナノサイズクラスターをスチレン系高分子に担持させて成る酸化反応用高分子担持金クラスター触媒の製造方法、およびこの高分子担持金クラスター触媒を用いれば、酸化反応、特に、酸素分子によるアルコールの酸化反応を効果的に触媒し、カルボニル化合物を効果的に合成することが可能になるとされている。
ここで用いられている、樹脂はイオン交換樹脂ではなく、かつ、金のナノサイズクラスターとの複合化方法がイオン交換操作によるものではない。
【0007】
また、特許文献4では、触媒などとして有用な、貴金属ナノ粒子が表面に分散・固定された固体高分子材料を、加熱条件あるいは還元剤の添加なく室温で簡便に製造するための手法が示されている。その手法は、第一級、第二級または第三級アミノ基、第四級アンモニウム基などの還元性官能基を有する固体高分子材料と貴金属化合物水溶液を攪拌することにより、室温下において固体高分子材料表面に20nm以下の平均粒子径を有する貴金属ナノ粒子が分散・固定されるものである。固体高分子材料としては、陰イオン交換樹脂が好ましく、また、陰イオン交換樹脂を金化合物水溶液と接触させる前に、陰イオン交換樹脂を水酸化アルカリ水溶液で前処理し、その際穏やかに粉砕しておくことにより、貴金属ナノ粒子の粒径を小さくでき、かつ液層反応における触媒活性が向上するとしている。
ここでは、イオン交換樹脂に貴金属イオンをイオン交換法で導入したのちそのまま撹拌するだけで超微粒子上の触媒が製造できると述べられており、水素化ホウ素ナトリウムのような還元作用のある薬品を作用させたり、水素を吹き込んだりという還元操作については述べられていない。また、貴金属と述べられているが、金について述べられているのみで、その他の貴金属類すべてについて、網羅的かつ詳細な検討例を示していない。特に、2成分以上の原料を用いて複合金属触媒を製造する手法に関しては一切検討がなされていない。
【0008】
さらに非特許文献2では、金のナノ粒子の製造方法として、種々の樹脂に担持した結果とその触媒特性について解説されている。これまでに学術文献等で公知となっている代表的な例について、担体、金のナノ粒子のサイズ、適用可能な反応について整理されている。
しかしながら、この文献では、Auのみが用いられており、AuとPdを同時に使用することは述べられていない、また、アルコールやアミンなどの反応原料についての結果が述べられているが、グリセリンの酸化反応については一切述べられていない。
【0009】
また、非特許文献3では、金をイオン交換法にてイオン交換樹脂に導入し、還元剤の添加を行わない場合とNaBH4を添加した場合について二種類の方法により金のナノ粒子触媒を調製している。また、これらの触媒を1−フェニルエタノールおよびグルコースの酸化反応に用いて好ましい反応結果を得ている。
しかしながら、この文献では、イオン交換樹脂に担持されているナノ粒子化された貴金属は金のみであり、パラジウムのような金属については言及されていない。また、酸化反応は1−フェニルエタノールおよびグルコースの酸化反応についてのみ言及されており、グリセリンの酸化に関する記述はない。
【0010】
さらに、非特許文献4では、金のナノ粒子触媒を陰イオン交換樹脂に担持した触媒を調製して、バッチ式および固定床流通式でグリセリンの酸化反応活性を測定した結果が記述されている。また、固定床反応器を用いて連続的に反応を行う手法についても検討が行われており、原料の転化率では最大40%、グリセリン酸とタルトロン酸を合わせた選択率は57%、また、グリセリン酸とタルトロン酸を合わせた選択率が最大である64%を示している条件での転化率は22%であると記述されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平6−279352号公報
【特許文献2】特開平8−151345号公報
【特許文献3】特開2007−237116号公報
【特許文献4】特開2008−239801号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Journal of Catalysis 250 (2007) 264-273
【非特許文献2】Angewandte Chemie International Edition, Volume 46 (2007), Issue 38, 7154-7156.
【非特許文献3】Applied Catalysis A: General, Volume 353, Issue 2, 1 February 2009, Pages 243-248
【非特許文献4】Applied Catalysis B: Environmental 96 (2010) 541-547
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前述のとおり、酸化反応用の触媒において、担体として、イオン交換樹脂を用いることが提案されているが、いずれも、イオン交換樹脂に担持されているナノ粒子化された貴金属は金のみであり、パラジウムのような金属については言及されていない。特に、前述の非特許文献4では、グリセリンの酸化反応グリセリンの酸化反応において、金のナノ粒子触媒を陰イオン交換樹脂に担持した触媒が用いられているが、その転化率は低く、充分とはいえないものである。
本発明は、こうした従来技術を鑑みてなされたものであって、グリセリンの液相酸化反応において、触媒の担体にイオン交換樹脂を担体に用い、高い転化率でグリセリン酸及び/又はタルトロン酸を製造する方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成すべく検討した結果、陰イオン交換樹脂に、金とパラジウムの2成分からなるナノ粒子を担持させた触媒を用いることにより解決しうるという知見を得た。
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]触媒の存在下、酸素を酸化剤とし、グリセリンの液相酸化反応によりタルトロン酸及びグリセリン酸を製造する方法であって、前記触媒として、陰イオン交換樹脂に金とパラジウムの2成分からなるナノ粒子を担持させた触媒を用いることを特徴とするタルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
[2]前記触媒は、陰イオン交換樹脂に塩素を配位子として配位した金イオン及びパラジウムイオンをイオン交換により固定化した後、還元処理して金属状態としたものであることを特徴とする[1]に記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
[3]前記陰イオン交換樹脂に担持されているナノ粒子の直径が、0.5〜50nmであることを特徴とする[1]又は[2]に記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
[4]水溶性のアルカリ金属塩を添加剤として用いることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
[5]前記水溶性のアルカリ金属塩が、水酸化ナトリウムであることを特徴とする[4]に記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
[6]加熱又は保温の機能を有する管状反応器に前記触媒を充填し、酸素ガスと水溶性のアルカリ金属塩を含有するグリセリン水溶液を、前記管状反応器の一端より同時に連続的に供給して管状反応器内の触媒と接触させ、反応後の溶液とガスを他端から連続的に取り出すことを特徴する[4]又は[5]に記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
[7]グリセリンの液相酸化反応によるタルトロン酸及びグリセリン酸の製造用触媒の製造方法であって、
塩化金酸水溶液とハロゲン化パラジウムの塩酸溶液の混合溶液と、陰イオン交換樹脂を分散させた水溶液とを混合してイオン交換を行った後、還元処理を行うことを特徴とする触媒の製造方法。
[8]還元処理した後、水酸基を有する化合物の水溶液で処理することにより、陰イオン交換樹脂の陰イオン交換サイトに残存する塩化物イオンを取り除くことを特徴とする[7]に記載の触媒の製造方法。
[9]前記水酸基を有する化合物の水溶液が、水酸化ナトリウム水溶液であることを特徴とする[8]に記載の触媒の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高い転化率で、グリセリン酸及び/又はタルトロン酸を製造することができる。また、担体として陰イオン交換樹脂を用いているため、反応修了後の、反応物や生成物から触媒を分離するプロセスを容易に行うことができる。また、イオン交換樹脂を担体に用いることで、流通式反応装置における効率的な連続反応も容易に可能となり、大量のグリセリンを連続的に酸化して、グリセリン酸及び/又はタルトロン酸を生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例4の酸化反応に使用した触媒の電子顕微鏡観察像(×111,000)
【図2】実施例4の酸化反応に使用した触媒の電子顕微鏡観察像(×222,000)
【図3】実施例7に用いた固定床流通式反応器の構成を示す概略図
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の詳細について述べる。
本発明の方法で得られる触媒は、金とパラジウムの両者を必須成分として含有するナノ粒子が、イオン交換樹脂に固定化されたことを特徴とするものである。
本発明において、ナノ粒子のサイズは、好ましくは直径0.5〜50nmであり、特に好ましくは1〜20nmである。
【0018】
本発明に用いるイオン交換樹脂は、陰イオン交換樹脂が適している。容易に入手可能な市販品の例をあげれば、アンバーライト(IRA-402-BL、IRA-400-J、IRA-404-J、IRA-900-J、IRA-904、IRA-458、オルガノ株式会社)やアンバーリスト(A21、オルガノ株式会社)などが挙げられる。
陽イオン交換樹脂は、塩化金酸を水に溶解した時に得られるAuCl4-イオンを陰イオン交換で樹脂上に固定化することが出来ないので不向きである。
金属の前駆体は、塩化金酸(HAuCl4)と塩化パラジウム(PdCl2)を用いる。塩化パラジウムは容易に水にとけないので、少量の濃塩酸に溶解し、それを適切な濃度の水溶液になるまで希釈して用いることが好ましい。塩化金酸と塩化パラジウムの濃塩酸溶液から、AuCl4-とPdCl42-イオンが生じ、これらの陰イオンが陰イオン交換樹脂のイオン交換サイトのCl-やOH-と交換することにより、樹脂上に固定化される。
【0019】
イオン交換する貴金属の最大量は初期状態のわずかに湿潤状態にあるイオン交換樹脂に対しておおよそ3〜5重量%であり、触媒反応に適した担持量である0.5〜2重量%であれば問題なく可能である。
金とパラジウムが溶け込んでいる水溶液は黄色〜橙色に着色しているが、金属のイオン交換操作により金属イオンが樹脂内に取り込まれた後には無色透明となり、イオン交換が適切に行われたことが肉眼で容易に確認できる。
【0020】
イオン交換により金属を担持したイオン交換樹脂は、水素ガスやホウ素化水素ナトリウムなどの還元剤を用いて金属成分を還元することにより高い触媒活性を示すようになる。この際に樹脂の色が黄色〜橙色から、黒色または褐色に変化し金属が還元されていることが確認できる。
イオン交換樹脂中の使われずにある陰イオン交換サイトに存在する塩化物イオン(Cl-)は生成物中に残留して悪影響を及ぼすことがありうるので、塩化物イオンを取り除くために水酸化ナトリウムのような陰イオンにOH-を持つ化合物の水溶液で処理することが好ましい。
得られた触媒は空気中で乾燥させた後の乾燥状態、または、イオン交換水を含んだ湿潤状態で安定的に保管することが出来る。
【0021】
触媒は粉末状、ビーズ状、ペレット状などが触媒反応に適した形状として知られているが、いずれの形態でも反応に有効に働くので、反応器の大きさ、形状に応じて適切な状態のものを選択して使用することが出来る。市販のイオン交換樹脂は、0.5mm程度のビーズ状の形態で市販されていることが多いが、そのまま用いることもできるし、粉砕や成形などの処理を行い適切な形状にしてから用いることもできる。
【0022】
次いで、本発明におけるグリセリンの液相酸化反応について述べる。
本発明の方法は、前述の触媒の存在を用い、酸素を酸化剤とし、グリセリンの液相酸化反応により、タルトロン酸及びグリセリン酸を得る方法である。
なお、反応の際に、タルトロン酸及びグリセリン酸の両物質が同時に生成しても、液体クロマトグラフィー技術を応用したカラム分離法などにより容易に高純度で精製できるので、それぞれが単独で高純度で生成しても、同時に生成して混合物になったとしても、高付加価値生成物が効率よく得られるので特に問題はない。
【0023】
原料であるグリセリンは、通常容易に入手可能な化学原料や試薬のみならず、バイオディーゼル燃料や石鹸の製造の際に生じる副生成物なども使用可能である。バイオディーゼル燃料や石鹸の製造の際に混入する不純物成分は出来る限り除去することが望ましいが、多少の残留成分は反応には影響しない。グリセリンの濃度はいかなる濃度でも効率的に反応を進行させることが可能であるが、高濃度のグリセリンにおいては粘度が高いために取り扱い性が良くないので、水で希釈し流動性を高めて取り扱い性を向上させた状態で使用する方が好ましい。その濃度は、0.1〜50重量%、好ましくは1〜10重量%である。
【0024】
原料のグリセリンに対して、添加される前述の触媒の量については、触媒の反応活性が高いのでいかなる量でも効率的に反応が進行するが、バッチ式反応器の場合について例示すれば、好ましくは反応用原料溶液(希釈後のグリセリン溶液)100mLに対して1.0mg〜5.0gであり、特に好ましくは10mg〜1.0gである。前記の触媒量を用いると10分〜5時間程度の反応時間内に生成物が十分な転化率で得られるので、効率的なグリセリン酸およびタルトロン酸の製造が可能になる。
【0025】
また、本発明の方法においては、反応の際、反応を促進するためにアルカリ金属塩を反応原料に溶解させることが必要である。好ましいアルカリ金属塩の例として、アルカリ金属の水酸化物塩、アルカリ金属の炭酸塩、アルカリ金属の硝酸塩などが例示されるが、特に好ましく用いることが出来る化合物は水酸化ナトリウムである。また、リン含有化合物の添加は一切不要であるので、反応後の廃液処理等が容易である。
添加されるアルカリ金属塩の量は、反応がアルカリ性の下で進行するように、適宜調節され、いかなる添加量でも効果的に反応が進行するが、通常、希釈液中に含有される原料であるグリセリンに対して、モル比でグリセリンに対して0.1倍〜10倍程度の添加量が好ましく、特に好ましくはモル比でグリセリンに対して1倍〜5倍である。
【0026】
反応に用いる酸化剤は、酸素含有ガスを用いる。酸素のみでも使用できるし、空気や不活性ガスとの混合ガスでも良い。本発明の方法は、酸素のみを酸化剤とするので、公知文献において酸化反応の際に混合する例が多い還元剤としての水素の混合が不要であり、かつ、過酸化水素や有機ハイドロパーオキサイド類などコストのかかる酸化剤が不要になる利点がある。反応時の酸素の圧力はいかなる圧力でも反応が効率的に進行するが、好ましくは0.1MPa〜10MPa、特に好ましくは0.3MPa〜2.0MPaの範囲である。
【0027】
反応温度は、0℃〜100℃の範囲内で好ましく進行する。0℃を下回ると反応速度の低下や反応に用いる水溶液の凍結等が起こりやすくなり、100℃を上回ると水溶液の水分が蒸発しやすくなり、反応圧の急激な上昇などによる危険性が高まったり、酸化反応が過度に進行しすぎることにより副生成物の増加やCO2まで完全酸化されたりするなどの弊害が生じる場合が多い。特に好ましい反応温度は30℃〜80℃である。
【0028】
上述した本発明の液相酸化反応は、公知である各種の反応器の形式を用いることが出来るが、好ましい反応器の例を2つ示す。
第一に、液相のバッチ式反応器(回分式反応器)である。反応器は加圧された酸素の圧力を安全に保持し、また、反応原料や触媒、酸素に接触する内表面が反応に影響せず、反応溶液の塩基性条件下でも腐食、溶出等が起こりにくいことが重要であるので、ステンレス製、または耐圧加工を施したガラス製反応器が好ましい反応器として例示される。反応器には密封状態を保持したまま反応溶液や触媒を効率的に撹拌するための撹拌翼が付属していることが好ましい。撹拌翼を用いて、反応中の触媒を含む溶液を撹拌する際には毎分350回転以上の撹拌速度が好ましく、特に好ましくは毎分500回転以上である。高速で撹拌することにより、反応原料と触媒表面が効率的に接触する、さらに、気体である酸素ガスが溶液中に効率的に溶け込んで、触媒上の反応活性点に作用しやすくなるなどの利点が生じる。撹拌翼の形状はプロペラ型や、平型など公知の各種形状を好ましく用いることができる。撹拌翼の大きさも特に限定されないが、反応容器の内径に比して幅が50〜80%程度、高さが翼の幅に対して20〜200%程度の大きさが好ましい。また、バッチ式(回分式)反応器を用いた場合における反応時間は、いかなる反応時間でも効率的に反応が進行し、生成物を得ることが出来るが、時間が特に長すぎる場合には原料の過剰な酸化による二酸化炭素までの完全酸化や分解反応が起こりやすいので、1分〜24時間程度が好ましく、特に好ましくは、10分〜5時間である。
【0029】
第二に、流通式反応器が挙げられる。触媒充填層に触媒を充填させ、温度を一定に保つためにヒーターでの加熱や熱媒の循環などを行い、反応器の一方から、アルカリ金属塩を溶解した反応原料水溶液と酸素含有ガスを供給し、もう一方の出口から、触媒と接触し反応が終了した反応後の溶液とガスが排出される。この方法はグリセリン酸とタルトロン酸を連続的に生産する場合に特に適した手法であり、大量生産、大量合成に向いた方法である。この場合は、触媒の粒子が微粉末状の場合には水分を含んで固まるなどして反応管の閉塞等の危険性が高まるため、あらかじめビーズ状、ペレット状である粒子を用いるか、適した状態に成形等を行った粒子を用い、ガスと液が効率よく管内を流通できるようにすることが好ましい。陰イオン交換樹脂は直径0.3〜1.0mm程度のビーズ状の状態で市販されていることが多いので、その場合は、そのまま市販の商品を好ましく用いることが出来る。流通式反応器を用いた場合は原料流速と触媒量によって定められる接触時間(反応管中の触媒充填部分の体積(mL)÷原料溶液の流速(mL/分))がいかなる範囲においても効率的に反応が進行するが、1秒〜2時間程度の範囲が好ましく、特に好ましくは10秒〜30分である。

【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0031】
(実施例1:触媒の調製方法)
市販の陰イオン交換樹脂であるアンバーライト(商標登録)IRA402BLCL(オルガノ株式会社製)を5.0g電子天秤にて秤量し200mLのイオン交換水に分散させた。塩化金酸(化学式:HAuCl4)をイオン交換水に溶解し黄色透明な溶液を得た(溶液A)。
一方、塩化パラジウム(化学式:PdCl2)を濃塩酸20mLに溶解し、橙色透明な溶液を得た(溶液B)。
溶液Aと溶液Bを混合しイオン交換水を追加して全量を300mLに希釈した(溶液C)。
イオン交換樹脂を分散させたイオン交換水200mLをビーカー中で撹拌しながら、溶液Cを素早く加えて混合し20分程度撹拌してイオン交換処理を行った。約20分後撹拌を停止し上澄み液が無色透明であることを確認した。この際、イオン交換樹脂が橙色に着色していることも同時に確認された。これにより、溶液に溶解していた金属陰イオンの色がイオン交換樹脂に移り陰イオン交換反応が行われ、ほぼすべての金属イオンが樹脂上に固定化されたことを確認できた。
その後、デカンテーションまたは濾過などを繰り返しイオン交換水でイオン交換樹脂を十分に洗浄した。
洗浄後の金属イオンを含有するイオン交換樹脂をイオン交換水に分散し、撹拌を行いつつ還元剤である水素化ホウ素ナトリウム(化学式:NaBH4)を少量(約0.005g〜0.01g)ずつ数回に分けて添加した。30秒ほど撹拌を続けていると、イオン交換樹脂の色が褐色〜黒褐色、または黒色に変色し、その後、色の変化が停止し安定化したので十分に還元処理が行われたことが確認できた。
その後、デカンテーションまたは濾過などを繰り返しイオン交換水で還元処理後のイオン交換樹脂を洗浄し樹脂上に付着している余剰のホウ素成分などを除去した。
イオン交換樹脂上にあるイオン交換サイトの陰イオンをOH-とするために、水酸化ナトリウム溶液に分散し2時間撹拌した。その後、イオン交換樹脂をイオン交換水で十分に洗浄し濾過を行い空気中にて40℃で12時間の乾燥処理を行った。
【0032】
(実施例2:グリセリンの酸化反応)
グリセリン原料は市販の試薬のグリセリン(和光純薬製)を用いた。グリセリン27.6gを全量が1Lになるように蒸留水で希釈して0.3mol/Lの溶液を得た。反応容器は、耐圧硝子工業株式会社製のステンレス製の耐圧容器で、内径50mm、深さ170mmのものを用いた。前述のグリセリンの希釈溶液を100mL、メスシリンダーで量り取り、反応容器に入れ、アルカリ金属塩として水酸化ナトリウムを4.8g溶解し、そこに、実施例1に記述した方法で製造した触媒粒子を0.5g分散させ、テフロン(登録商標)パッキンを用いて容器を密封した。酸素ガスで容器内を十分に置換し、室温での初期酸素圧1.0MPaとした。反応温度である60℃の温水を満たした恒温槽に反応容器を浸して反応を行った。その後、容器内の温度が目標温度に達した時点を反応開始時とみなした。撹拌は反応容器に付属の撹拌羽根で行い、回転数は毎分750回であった。所定の時間経過後、反応容器を氷水に浸して、急激に温度を低下させるとともに、弁を開放し内部の酸素圧を大気圧まで低下させて反応を停止した。
【0033】
(実施例3:反応生成物の分析)
生成物は、硫酸で中和処理を行い生成物である有機酸類のナトリウム塩を有機酸状態に戻した後に、10倍に希釈し分析に適した濃度にして、液体クロマトグラフィー装置を用いて分析を行った。分析用カラムはICSep COREGEL-107H(東京化成工業(株))で、移動相として、市販の10%硫酸をさらに200倍に希釈し濃度を0.018規定とした希硫酸溶液を用いた。カラム温度は50℃、移動相流速は毎分0.4mLとした。物質の同定と定量は、市販の高純度試薬を標準物質として用いて作成した検量線を元にして行った。
【0034】
(実施例4:グリセリンの酸化反応の結果1)
触媒中の貴金属の総量が0.5重量%となるように定め、含有貴金属の原子比において、金が50原子%、パラジウムが50原子%となるように実施例1の手法で調製した触媒を用いて、実施例2、および3の方法で酸化反応および分析を行った。その結果、1時間の反応時間で原料の転化率は88.5%、グリセリン酸とタルトロン酸を合わせた選択率は85.8%と優れた反応結果であった。
【0035】
(実施例5:グリセリンの酸化反応の結果2)
触媒中の貴金属の総量が2.0重量%となるように定め、含有貴金属の原子比において、金が50原子%、パラジウムが50原子%となるように実施例1の手法で調製した触媒を用いて、実施例2、および3の方法で酸化反応および分析を行った。その結果、1時間の反応時間で原料の転化率は95.7%、グリセリン酸とタルトロン酸を合わせた選択率は80.8%と優れた反応結果であった。また。1回目の反応終了後に触媒を回収しイオン交換水を用いて洗浄後もう一度同様の反応と分析を行った結果、1時間の反応時間で原料の転化率は91.5%、グリセリン酸とタルトロン酸を合わせた選択率は80.1%と優れた反応結果をほぼ維持した。
【0036】
(実施例6:触媒の電子顕微鏡観察)
図1,2に、実施例4の触媒反応に用いた触媒の透過電子顕微鏡(TOPCON EM002B型)による観察結果(それぞれ、111,000倍、及び222,000倍)を示す。
図1,2に示すとおり、一部に元素分析でパラジウムが主体であると判明している10〜20nm程度の凝集粒子が少数観察されるほかは、1〜5ナノメートルの貴金属のナノ粒子がほぼ均一に分散担持されている様子が観察された。
【0037】
(実施例7:固定床流通式反応器を用いた連続的製造方法)
図3は、本実施例に用いた固定床流通式反応器の構成を示す概略図である。
図に示すとおり、原料溶液(A)は、送液ポンプ(B)にて流量を制御し送液される。ガス流量調節器(C)において、酸化剤である酸素含有ガス(E)の流量を調節し一定流速で送られる。原料溶液と酸素含有ガスは、T字型継ぎ手(E)で合流し、ガラス製反応管(F)へ送られる。ガラス製反応管(F)は、耐圧性が高い材質でできており、内部に触媒粒子(G)が充填される。ガラス製反応管には、温水循環用のジャケット(H)が装着され、反応温度が一定に保たれる構造になっている。ジャケット内に熱媒としての温水を流すために低温温水循環装置(I)が用いられ、ジャケットへの配管により温水循環が行われて温度制御がなされる(J)。反応管内で反応終了した原料は、反応管出口より流出し、ガラス製サンプル採取瓶などを用いて生成物が採取され(K)、分析定量または必要な純度まで分離精製を行う。
【0038】
この概略図をもとにして作成した装置を使用して連続酸化反応の実験を行った。実施例4で用いた触媒を、直径8mm長さ100mmのガラス製耐圧反応管に詰めた。触媒重量は2.0gであった。流量調節器(マスフローコントローラー)を用いて酸素を毎分1.86mLの供給速度で流し、送液ポンプを用いてグリセリン濃度が0.3mol/Lの溶液に水酸化ナトリウム/グリセリンの値(モル比)が4になるように水酸化ナトリウムを溶解したグリセリンと水酸化ナトリウムの混合溶液を毎分0.14mLの供給速度で送液した。酸素ラインと原料ラインはそれぞれ1/8インチの樹脂製の管にて配管され、合流部はT字型継ぎ手により接続し、合流後の配管をガラス製反応管の入口に接続した。先述したガラス製反応管はジャケットを用いて60℃の温水を定温温水循環装置を用いて循環させて保温して反応温度である60℃を保った。出口より排出される反応後の溶液をガラス製サンプル捕集瓶に1時間おきにとり、実施例3に示した手法により分析定量を行った。反応初期の系内が安定化するまでに要した時間である1.5時間を除いた反応時間4時間の間、転化率が79.9〜81.6%とほぼ安定に推移した。その際、グリセリン酸の選択率は54.2〜61.6%、タルトロン酸の選択率は19.5〜27.3%と高い数値を維持した。その後、引き続き同じ触媒、同じ反応装置を継続して使用して、反応条件を、酸素流速を毎分1.79mLに変化させ、送液量を毎分0.21mLに変化させた。系内が安定化するまでに要した時間である30分を除き、反応時間5時間の間、転化率が71.8〜73.3%と高い値でほぼ安定に推移した。その際、グリセリン酸の選択率は53.6〜54.1%、タルトロン酸の選択率は24.8〜25.2%と高い数値を安定的に維持した。
この結果は、本発明の触媒が流通式反応装置による連続的酸化反応にも極めて効果的であることを示す例である。
【0039】
(比較例1)
パラジウムを用いずに金のみを用いて触媒を調製した。触媒中の金の総量が0.5%になるように実施例1の手法で調製した触媒を用いて、実施例2、および3の方法で酸化反応および分析を行った。その結果、1時間の反応時間で原料の転化率は50.7%、グリセリン酸とタルトロン酸を合わせた選択率は75.5%と、実施例4に示した金とパラジウムの両方を用いて調製した触媒の反応結果に劣る結果になった。
【0040】
(比較例2)
金を用いずにパラジウムのみを用いて触媒を調製した。触媒中の金の総量が0.5%になるように実施例1の手法で調製した触媒を用いて、実施例2、および3の方法で酸化反応および分析を行った。その結果、1時間の反応時間で原料の転化率は22.4%、グリセリン酸とタルトロン酸を合わせた選択率は82.4%と、実施例4に示した金とパラジウムの両方を用いて調製した触媒の反応結果に劣る結果になった。
【0041】
(比較例3)
金やパラジウムに代えて酸化反応に有効な触媒活性成分といわれている白金を用いた触媒を調製して反応に用いた。白金の原料には塩化白金酸を用いた。触媒中の白金の総量が2.0%になるように実施例1の手法で調製した触媒を用いて、実施例2、および3の方法で酸化反応および分析を行った。その結果、1時間の反応時間で原料の転化率は32.8%、グリセリン酸とタルトロン酸を合わせた選択率は72.9%と実施例3と実施例4に示した金とパラジウムの両方を用いて調製した触媒の反応結果に劣る結果になった。
【0042】
(実施例8)
実施例7に使用した装置を用いて連続的酸化反応実験を実施した。高圧に耐える材質のガラス製反応管は内径8mm、長さ300mmのものを使用したほかは同一の装置を用いた。実施例7に使用したものと同一の触媒を7.1g充填して使用した。原料溶液は実施例7で使用したものと同じグリセリン濃度が0.3mol/Lの溶液に水酸化ナトリウム/グリセリンの値(モル比)が4になるように水酸化ナトリウムを溶解したグリセリンと水酸化ナトリウムの混合溶液を使用した。実施した連続的酸化反応の結果を表1に示す。
時間は生成物採取用ガラス瓶に採取を開始した時間と終了した時間の中間の時間を示している。採取時間は60分間とした。また、原料溶液とガスの供給速度や反応温度などの条件変更を行った後には、系内を安定化させるために30分の安定化時間を設けた。1740分間にわたり、種々の反応条件のもとで安定した転化率を示し、かつ、高いタルトロン酸とグリセリン酸の選択率を安定的に示した。これは、この触媒が種々の反応条件で長時間にわたって高い活性、選択性が安定的に得られる優れた触媒であることを示す実験結果である。
【0043】
【表1】

【符号の説明】
【0044】
A:原料溶液
B:送液ポンプ
C:ガス流量調節器
D:酸素含有ガス
E:T字継ぎ手による接続
F:ガラス製反応管
G:触媒粒子
H:温水循環用ジャケット
I:定温温水循環装置(温度制御用)
J:温水循環による管内の温度制御
K:生成物の採取



【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒の存在下、酸素を酸化剤とし、グリセリンの液相酸化反応によりタルトロン酸及びグリセリン酸を製造する方法であって、前記触媒として、陰イオン交換樹脂に金とパラジウムの2成分からなるナノ粒子を担持させた触媒を用いることを特徴とするタルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
【請求項2】
前記触媒は、陰イオン交換樹脂に塩素を配位子として配位した金イオン及びパラジウムイオンをイオン交換により固定化した後、還元処理して金属状態としたものであることを特徴とする請求項1に記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
【請求項3】
前記陰イオン交換樹脂に担持されているナノ粒子の直径が、0.5〜50nmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
【請求項4】
水溶性のアルカリ金属塩を添加剤として用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
【請求項5】
前記水溶性のアルカリ金属塩が、水酸化ナトリウムであることを特徴とする請求項4に記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
【請求項6】
加熱又は保温の機能を有する管状反応器に前記触媒を充填し、酸素ガスと水溶性のアルカリ金属塩を含有するグリセリン水溶液を、前記管状反応器の一端より同時に連続的に供給して管状反応器内の触媒と接触させ、反応後の溶液とガスを他端から連続的に取り出すことを特徴する請求項4又は5に記載の、タルトロン酸及びグリセリン酸の製造方法。
【請求項7】
グリセリンの液相酸化反応によるタルトロン酸及びグリセリン酸の製造用触媒の製造方法であって、
塩化金酸水溶液とハロゲン化パラジウムの塩酸溶液の混合溶液と、陰イオン交換樹脂を分散させた水溶液とを混合してイオン交換を行った後、還元処理を行うことを特徴とする触媒の製造方法。
【請求項8】
還元処理した後、水酸基を有する化合物の水溶液で処理することにより、陰イオン交換樹脂の陰イオン交換サイトに残存する塩化物イオンを取り除くことを特徴とする請求項7に記載の触媒の製造方法。
【請求項9】
前記水酸基を有する化合物の水溶液が、水酸化ナトリウム水溶液であることを特徴とする請求項8に記載の触媒の製造方法。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−35805(P2013−35805A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174995(P2011−174995)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】