説明

グリース組成物及びそのグリース組成物が封入された車輪支持用転がり軸受ユニット

【課題】回転トルクの荷重感受性を下げつつ、車輪支持用転がり軸受ユニットに必要な性能を維持し、良好な潤滑状態を長時間維持できるグリース組成物、及びそのグリース組成物を封入した車輪支持用転がり軸受ユニットを提供する。
【解決手段】基油と、増ちょう剤と、防錆剤と、摩耗防止剤とを含有し、上記基油が鉱油、合成油又これらの混合油であり、上記鉱油と上記合成油との混合比(質量比)が0:100〜20:80であり、上記基油の40℃における動粘度が70〜150mm/sであり、上記基油の流動点が−40℃以下であるグリース組成物及びそのグリース組成物を封入した車輪支持用転がり軸受ユニットである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリース組成物及びそのグリース組成物が封入された車輪支持用転がり軸受ユニットに関し、特に、転動体と軌道面が高転動体荷重(高接触面圧)で使用される軸受に封入され、高転動体荷重下でも軸受の回転トルク(転がり摩擦抵抗)を低く抑えることのできるグリース組成物、及び自動車の懸架装置に対して車輪を回転自在に支持するための車輪支持用転がり軸受ユニットに関する。
【背景技術】
【0002】
車輪支持用転がり軸受ユニットとして、例えば、特許文献1には図4に示すような構造が記載されている。この車輪支持用転がり軸受ユニット100は、所謂第3世代の内輪回転型従動輪用ユニットであり、静止輪である外輪102の外径側には図示しない懸架装置に外輪102を固定するためのフランジが形成され、内径側に、回転側軌道輪であるハブ107を、それぞれが転動体である複数の玉105,105により、回転自在に支持している。
なお、転動体105,105としては、図4では玉を例示しているが、重量の嵩む車両用の車輪支持用転がり軸受にあっては、ころが適用される場合もある。
【0003】
このために、上記外輪102の内周面にそれぞれが静止側軌道面である複列の外輪軌道110a,110bを、上記ハブ107の外周面にそれぞれが回転側軌道面である第1の内輪軌道121及び第2の内輪軌道122を、それぞれ設けている。
このハブ107は、ハブ本体103と内輪104とを組み合わせてなる。これらのうち、ハブ本体103の外周面の外端部に車輪を支持するための取付フランジ111を、同じく中間部内端寄り部分に、上記第1の内輪軌道121を形成した部分よりも小径である小径段部125を、それぞれ設けている。
【0004】
なお、本明細書中で、軸方向に関して「内」とは、車両への組み付け状態で車両の幅方向中寄りとなる側を言い、例えば図4の右側を言う。これに対して、図4の左側で、車両の幅方向外寄りとなる側を、軸方向に関して「外」と言う。
そして、この小径段部125、及び外周面に断面円弧形状である上記第2の内輪軌道122を設けた上記内輪104を外嵌している。
【0005】
更に、上記ハブ本体103の内端部を径方向外方に塑性変形させてなる加締め部126により、上記内輪104の内端面を押さえ付けて、この内輪104を上記ハブ本体103に対して固定すると共に、背面(DB)組合せの構造である軸受ユニットに予圧を与え、モーメント荷重として負荷される路面反力に対し、高い剛性を維持している。
なお、加締め部126に代わり、ハブ本体103の内端部に雄ネジを形成し、ナットで内輪104の内端面を押さえ付けて固定する場合もある。
【0006】
上記外輪102の外端部内周面と上記ハブ本体103の中間部外周面との間には、シールリング106を、また、外輪102の内端面にはキャップ108aを設けて、上記外輪102の内周面と上記ハブ107の外周面との間で上記各玉105,105を設けた内部空間117と、外部空間とを遮断している。
この内部空間117内にはグリースを封入して、上記各外輪軌道輪110a,110b及び上記第1の内輪軌道121及び第2の内輪軌道122と上記各玉105,105との転がり部の潤滑を行うようにしている。
【0007】
以上、いわゆる第3世代の従動輪用ユニットを例に、車輪支持用転がり軸受ユニット100の説明を行ったが、ハブ本体103の中心部に等速ジョイントのスプラインと嵌合可能な雌スプラインを形成し、上記キャップ108aをシールリングに置き換えた、第3世代の駆動輪用ユニットも広く適用されているし、いわゆる第1世代及び第2世代の車輪支持用転がり軸受ユニットも使用されている。
【0008】
このような軸受は、近年における省エネルギ化の流れを受けて改良が望まれており、例えば、特許文献1には、100℃での動粘度が5.0×10−6〜9.0×10−6/s(5〜9cSt)のグリースを使用することで、転がり接触部の転がり抵抗を低減して、回転トルクを低減し、加速性能や燃費性能を中心とする車両の走行性能を向上させた車輪支持用転がり軸受ユニットが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−239999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、車両支持用転がり軸受ユニットは、数百rpmレベルの低速回転(例えば、800rpm≒100km/h)で重荷重(例えば、旋回加速度0.8G程で軸受の静定格荷重相当の転動体荷重(接触面圧)に達する)を支承するアプリケーションであるため、流体潤滑となる十分な油膜厚さを確保し難く、通常は境界潤滑で使用されているため、特許文献1に記載のグリース(基油が従来よりも低粘度)は、高速直進条件のように、低荷重高回転の走行条件での低トルク化にはある程度有効であるものの、通常の使用条件(中低速、あるいは軽旋回条件)では、かえって油膜厚さを減らしてしまい、必ずしもトルクの低減に繋がらないばかりか、軌道面や転動体の面荒れにより異音が発生する虞があった。
【0011】
また、車輪支持用転がり軸受ユニットは、車輪を介して車体の質量を支えると共に、車両の走行状態に応じ、タイヤ接地点から入力される路面反力(ラジアル、スラスト、モーメントなどの変動荷重)を負荷している。
車輪支持用転がり軸受ユニットの剛性が低いと、路面反力の変動に伴い、キャンバ角が変化し、操安性(操縦性、安定性)が悪化(不安定)になる虞があるため、車輪支持用転がり軸受ユニットは、背面組合せの上、予圧が付与されることで、高い剛性を持たせている。
【0012】
近年、車両の高性能化と高速道路の延伸などにより、車輪支持用転がり軸受ユニットに求められる剛性は高まる傾向にあり、それに伴い予圧も高めの設定をされることが増え、回転トルクは増加傾向である。
一方、自動車は地球環境保護の観点から省資源、省エネルギが求められ、許容される車輪支持用転がり軸受の質量(サイズ)、回転トルクは減少を求められる傾向であり、高剛性と、小型化及び低トルクという、相反する課題を解決する必要に迫られている。
【0013】
その他にも、車輪支持用転がり軸受ユニットは、車両に組み付け後、車輪は回らず振動だけ受ける状態で、長距離の新車輸送が行われることがある。
そのため、図4に示すように、転動体105,105と外輪軌道110a,110b、第1の内輪軌道121、及び第2の内輪軌道122との間にフォールスブリネリングと呼ばれる、玉と軌道面のフレッチング摩耗現象が発生しやすい。
【0014】
フォールスブリネリングが発生すると、軸受ユニットの寿命が低下したり、不快な振動や騒音を発生したりする。フォールスブリネリングの第1の対策としては、軸受ユニットの予圧を高め、振動による接触楕円の面積の変化を抑え、玉と軌道面との間に発生する微小滑りを抑制することが挙げられる。しかし、前述のように、予圧の増加は回転トルクの増加に繋がり、また、著しい予圧の増加は軸受寿命の低下に繋がるため、あまり予圧を大きくすることはできない。
【0015】
一方、フォールスブリネリングの第2の対策としては、従来、ホイール用グリース(あるいはシャシグリース)として一般的であったリチウム系グリースより基油分離の多いウレア系グリースを使用し、その分離した基油で玉と軌道面との間を潤滑することが挙げられる。しかし、あまり基油を分離させてしまうと、シールからの油漏れが発生したり、グリースとしても潤滑性が低下するという問題があった。
【0016】
そこで、本発明は上記の問題点に着目してなされたものであり、その目的は、車輪支持用転がり軸受ユニットの回転トルクの荷重感受性を下げ(転動体荷重とトルクとの相関係数を下げ)、低トルク化しつつ、車輪支持用転がり軸受ユニットに必要な性能(例えば、耐フレッチング性や耐水性、耐漏洩性)を維持し、良好な潤滑状態を長時間維持できるグリース組成物、及びそのグリース組成物が封入された車輪支持用転がり軸受ユニットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するため、本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、主として基油と、増ちょう剤との好適な組合せを規定することにより、車輪支持用転がり軸受ユニットの回転トルクの荷重感受性を下げ(転動体荷重とトルクとの相関係数を下げ)、低トルク化しつつ、車輪支持用転がり軸受ユニットに必要な性能(例えば、耐フレッチング性や耐水性、耐漏洩性)を維持し、良好な潤滑状態を長時間維持できることを知見した。
【0018】
本発明は、本発明者らによる上記知見に基づくものであり、上記課題を解決するための本発明の請求項1に係るグリース組成物は、少なくとも、特定配合の基油と、増ちょう剤と、防錆剤と、摩耗防止剤とを含有するグリース組成物であって、
上記基油が鉱油、合成油又これらの混合油であり、上記鉱油と上記合成油の混合比(質量比)が0:100〜20:80であり、
上記基油の40℃における動粘度が70〜150mm/sであり、
上記基油の流動点が−40℃以下であることを特徴とする。
【0019】
上記増ちょう剤は当該グリース組成物全量に対して10〜40質量%含有された下記一般式(I)、又は、当該グリース組成物全量に対して10〜30質量%含有された下記一般式(II)で表されたジウレア化合物であり、
上記防錆剤が、カルボン酸系防錆剤、カルボン酸塩系防錆剤、及びアミン系防錆剤を含み、
上記摩耗防止剤が、トリフェニルホスホロチオエートである。
【0020】
−NHCONH−R−NHCONH−R・・・・・・一般式(I)
(一般式(I)中のRは炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基、R及びRは炭素数6〜12の芳香族系炭化水素基を示す。R及びRは同一であっても異なっていてもよい。)
【0021】
−NHCONH−R−NHCONH−R・・・・・・一般式(II)
(一般式(II)中のRは炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基、R及びRは炭素数6〜20の脂肪族炭化水素基、炭素数6〜12のシクロヘキシル誘導体基を示し、R及びRの全量中に占めるシクロヘキシル誘導体基の割合が、50〜90モル%であり、R及びRは同一であっても異なっていてもよい。)
【0022】
請求項1に係る発明によれば、流動点が−40℃以下であり、動粘度が70〜150mm/sであり、鉱油と合成油との混合比(質量%)が0:100〜20:80である基油と、ジウレア化合物からなる増ちょう剤からなり、10〜40質量%の含有量の増ちょう剤とを含むことにより、低温流動性と摩耗特性が良好なので、低温フレッチング性、低トルク性に優れたグリース組成物を提供することができる。
【0023】
また、請求項2に係る発明によれば、上記一般式(I)で表された芳香族系ジウレア化合物を含む増ちょう剤が当該グリース組成物全量に対して10〜40質量%含有されたことにより、軸受に封入した際の低漏洩性に優れ、防錆剤としてカルボン酸系防錆添加剤、カルボン酸塩系防錆添加剤及びアミン系防錆剤の3種及び摩耗防止剤としてトリフェニルホスホトチオエートを配合することにより、強固な表面保護膜を形成させ、耐剥離性、耐摩耗性、耐フレッチング性及び耐腐食性に優れたグリース組成物を提供することができる。
【0024】
また、車両に組み付けられた車輪支持用転がり軸受ユニットとしての使用温度(例えば、−40℃〜160℃)の範囲で、玉と軌道面との金属接触を極力避けることで、耐久性、耐摩擦性を保ちつつ、低トルク性を実現できる。
また、新車輸送時の雰囲気温度(例えば、−40℃〜50℃)の範囲で、耐フレッチング性及び耐摩耗性を発揮し、フォールスブリネリングの発生を防止する。さらには、泥水環境で使用される車輪支持用転がり軸受ユニットにとって必須の特性である耐水性能に優れたグリース組成物を提供することができる。
【0025】
請求項3に係る発明によれば、上記一般式(II)で表された脂環式ジウレア化合物及び脂肪族ジウレア化合物の少なくともいずれかのジウレア化合物を含む増ちょう剤が当該グリース組成物全量に対して10〜30質量%含有されたことにより、低温フレッチング性低トルク性に優れたグリース組成物を提供することができる。また、カルボン酸系防錆添加剤、カルボン酸塩系防錆添加剤及びアミン系防錆剤の3種及び摩耗防止剤を配合することにより、耐剥離性、耐摩耗性、及び耐腐食性に優れたグリース組成物を提供することができる。
【0026】
さらに、本発明の請求項4に係る車輪支持用転がり軸受ユニットは、請求項1〜3のいずれかに記載のグリース組成物が封入されたことを特徴とし、回転トルクの荷重感受性を下げつつ、車輪支持用転がり軸受ユニットに必要な性能を維持し、良好な潤滑状態を長時間維持できる車輪支持用転がり軸受ユニットを提供することができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、回転トルクの荷重感受性を下げつつ、車輪支持用転がり軸受ユニットに必要な性能を維持し、良好な潤滑状態を長時間維持できるグリース組成物、及びそのグリース組成物を封入した車輪支持用転がり軸受ユニットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係る車輪支持用転がり軸受ユニットを、第3世代のハブユニット軸受として適用した形態の断面図である。
【図2】本発明に係る車輪支持用転がり軸受ユニットを、第1世代のハブユニット軸受として適用した形態の断面図である。
【図3】本発明に係る車輪支持用転がり軸受ユニットを、第2世代のハブユニット軸受として適用した形態の断面図である。
【図4】従来の車輪支持用転がり軸受ユニットの一例としての、第3世代の従動輪用ハブユニット軸受の断面図である。
【図5】本発明に係る車輪支持用転がり軸受ユニットの実施例1における防錆剤配合量と全酸価との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明に係るグリース組成物、及びそのグリース組成物を封入した車輪支持用転がり軸受ユニットの実施形態について図面を参照して説明する。
(第1の実施形態)
本実施形態のグリース組成物は、基油と、ジウレア化合物からなる増ちょう剤と、防錆剤と、摩耗防止剤とを含有する。
【0030】
<基油>
上記基油としては、鉱油、合成油又はこれらの混合油が用いられる。
上記基油における鉱油と合成油の混合比(質量比)は、0:100〜20:80である。合成油の混合比が80質量%以下であると、良好なトルク特性と耐熱性が維持できない。また、上記基油の40℃における動粘度は70〜150mm/sである。また、上記基油の流動点は、−40℃以下である。
上記鉱油の具体例としては、減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を、適宜組み合わせて精製したパラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油が挙げられる。
【0031】
また、上記合成油としては、炭化水素系油、芳香族系油、エステル系油、エーテル系油等が挙げられる。ここで、本実施形態の基油は、合成油の中でも、炭化水素油を採用することが、トルク特性が良好であるとともに、軸受ゴムシール(車輪支持用転がり軸受ユニットにはニトリルゴムや弗素ゴムが好適に使用される)の適合性が良好である点で好ましい。
【0032】
炭化水素系油の具体例としては、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンコオリゴマー等のポリ−α−オレフィンまたはこれらの水素化物等が挙げられる。
上記芳香族系油としては、モノアルキルベンゼン、ジアルキルベンゼン等のアルキルベンゼン、あるいはモノアルキルナフタレン、ジアルキルナフタレン、ポリアルキルナフタレン等のアルキルナフタレン等が挙げられる。
【0033】
上記エステル系油の具体例としては、ジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチル・アセチルシノレート等のジエステル油、あるいはトリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテート等の芳香族エステル油、更にはトリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンベラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネート等のポリオールエステル油、更にはまた、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油等が挙げられる。
【0034】
上記エーテル系油の具体例としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテル等のポリグリコール、あるいはモノアルキルトリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、モノアルキルテトラフェニルエーテル、ジアルキルテトラフェニルエーテル等のフェニルエーテル油等が挙げられる。
【0035】
上記基油については、上記鉱油及び合成油が適宜選択可能であるが、前述のように、車輪支持用転がり軸受ユニットが高負荷高面圧で使用されることを考慮すれば、圧力粘度係数が低く、高圧粘度が小さい合成油を用いることで、低トルクを得やすくなるので、合成油の混合比が高いほうが好ましく、100%合成油とすればなおよい。特に、柔軟性を持つアルキル基を分枝構造としてもつ低分子量のポリ−α−オレフィンは、アルキル基が様々なコンフォーメーションを取るため、分子鎖の秩序だった整列が難しく、高圧下でも容易には結晶化・固体化せず、粘稠な液体状態を保つことができるので好ましい。
【0036】
[動粘度]
また、上記基油は、低温起動時の異音発生や、高温重荷重での焼付きを避けるために、境界潤滑にあっても、少しでも油膜厚さを厚くするような動粘度を選ぶ必要がある。40℃における動粘度を70〜150mm/sとすれば、軸受温度が−40℃〜160℃の範囲で上記不具合の発生を避けることができる。また、40℃における動粘度を70〜130mm/sとすれば、低温起動時の軌道面の損傷がなくなるので好ましく、40℃における動粘度を70〜100mm/sとすれば、低温起動時の常温に対するトルクの増加も抑えられるため、さらに好ましい。
【0037】
[流動点]
上述のように、車輪支持用転がり軸受ユニットとしての使用温度は、例えば、−40℃〜160℃と想定されるので、上記基油は、流動点が−40℃以下のものが用いられる。上記基油の流動点が−40℃以上であると、低温時のフレッチング摩耗が劣る。
[圧力粘度係数]
前記基油の40℃における、下記So−Klausの推算式を用いて算出した圧力粘度係数αを33GPa−1以下、さらに好ましくは27GPa−1以下とする。前記基油の40℃における圧力粘度係数αが33GPa−1を超えると、軸受トルクが高くなる。具体的には、基油の40℃における圧力粘度係数αは、下記のSo−Klausの推算式を用いて算出することができる。
【0038】
なお、下記式において、νは、40℃における基油の動粘度、mはWalterの式(ν=(10AT−m0−0.7)の定数、ρは40℃における基油の密度である。
(数1)
α=1.030+3.509(logν3.0627+2.412×10−45.1903(logν1.5976−3.387(logν3.0975ρ0.1162
【0039】
<増ちょう剤>
上記増ちょう剤には、ジウレア化合物が好適に使用できる。例えば、脂肪族ジウレア、脂環式ジウレア、芳香族ジウレアが使用できる。好ましくは、運転に伴う振動により生じるフレッチング摩耗を考慮して、芳香族ジウレアが用いられる。
上記増ちょう剤は、具体的に、下記一般式(I)又は一般式(II)で表されたジウレア化合物である。
【0040】
[芳香族ジウレア化合物]
前記増ちょう剤として用いられる芳香族ジウレアは、具体的に、下記一般式(I)で表されたジウレア化合物である。なお、下記一般式(I)において、Rは炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基、R及びRは炭素数6〜12の芳香族系炭化水素基を示す。R及びRは同一であっても異なっていてもよい。
−NHCONH−R−NHCONH−R・・・・・・一般式(I)
ここで、上述したように、上記一般式(I)で表されたジウレア化合物の含有率が10質量%未満であると、グリース状態を維持することが困難になってしまうため、好ましくない。一方、上記一般式(I)で表されたジウレア化合物の含有率が40質量%を超えると、グリース組成物が硬くなりすぎて、潤滑状態を十分に発揮することができなくなってしまうため、好ましくない。
【0041】
[脂肪族ジウレア、脂環式ジウレア]
前記増ちょう剤として用いられる脂肪族ジウレア、又は脂環式ジウレアは、具体的に、下記一般式(II)で表されたジウレア化合物である。なお、下記一般式(II)において、Rは炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基、R及びRは炭素数6〜20の脂肪族炭化水素基、炭素数6〜12のシクロヘキシル誘導体基を示し、R及びRの全量中に占めるシクロヘキシル誘導体基の割合が、50〜90モル%であり、R及びRは同一であっても異なっていてもよい。
【0042】
ここで、下記一般式(II)で表されたジウレア化合物の含有率が10質量%未満であると、グリース状態を維持することが困難になってしまうため、好ましくない。一方、下記一般式(II)で表されたジウレア化合物の含有率が30質量%を超えると、グリース組成物が硬くなりすぎて、潤滑状態を十分に発揮することができなくなってしまうため、好ましくない。
−NHCONH−R−NHCONH−R・・・・・・一般式(II)
【0043】
上記増ちょう剤については、上記ウレア系増ちょう剤が使用可能であるが、前述のように、車輪支持用転がり軸受ユニットが高負荷高面圧で使用されることを考慮すれば、中炭素鋼、浸炭鋼あるいは軸受鋼等の熱処理硬化された鋼材からなる軌道面や、やはり熱処理硬化された鋼材からなる玉と、基油との関係において、油膜厚さがなるべく厚くなる組合せを選択する必要がある。
ここで、特に考慮すべきことは、基油及び増ちょう剤の極性の有無である。
上記基油及び増ちょう剤は共に、所謂、有機高分子であるが、芳香族系等の極性を持つ高分子と、脂肪族系や脂環族系等の無極性の高分子とがある。
【0044】
一般に、潤滑油は、極性を持たせ、極性基を金属(鋼材)表面に吸着させることで潤滑性を得ている。
しかし、グリースの場合には、基油と増ちょう剤との金属表面との三角関係となるため、基油及び増ちょう剤の両方に極性を持たせてしまうと、例えば、基油及び増ちょう剤のそれぞれの極性基が金属表面に吸着され、残りの部分が反発しあうので、基油と増ちょう剤との親和性が悪くなる、というような問題が発生する。
したがって、基油及び増ちょう剤の一方に極性を持たせ、他方を無極性とすることが好ましい。
【0045】
車輪支持用転がり軸受ユニット用グリース組成物の場合、高面圧低速回転のアプリケーションであり、十分な油膜形成を期待できない、また、全く油膜形成の期待できない静止状態でのフレッチング摩耗(フォールスブリネリング)の防止性能も要求されるため、増ちょう剤に極性を持たせ、基油を無極性にすることが好ましい。
ここでいう増ちょう剤は、ジウレア化合物、言い換えれば、ウレア樹脂であるため、増ちょう剤自体に金属接触を防ぎ、潤滑する効果を持っている。
このジウレア化合物を、芳香族系炭化水素基を持つものとし、軌道面、及び玉に吸着させて、金属接触を防ぎ(実質的に油膜が厚くなった状態と同じ効果が得られる)、基油を極性のない炭化水素系油、例えば、ポリ−α−オレフィン等とすれば、より好適な車輪支持用転がり軸受ユニット用グリース組成物を得ることができる。
【0046】
<防錆剤>
上記防錆剤は、カルボン酸系防錆剤、カルボン酸塩系防錆剤、及びアミン系防錆剤の3種の防錆剤を含む。これら3種の防錆剤を組み合わせることで、これまでよりも耐水性(防錆性能)を向上させることができるので、泥水環境で使用され、高面圧のために錆による面荒れや水素脆性の感受性の高い車輪支持用転がり軸受ユニットに封入されるグリースとして好ましい。
【0047】
上記防錆剤のグリース組成物全量に対する含有量は、カルボン酸系防錆剤及びカルボン酸塩系防錆剤はグリース組成物全量に対してそれぞれ0.1〜5質量%である。添加量が0.1質量%未満では十分な効果は得られず、5%を超えて添加しても効果の向上がない。これらを考慮すると、添加量は0.5〜3質量%が好ましい。アミン系防錆剤の添加量はグリース全量の0.1〜3質量%である。添加量が0.1質量%未満では十分な効果は得られず、3%を超えて添加しても効果の向上がない上、軸受部材表面への吸着量が多くなりすぎ、封入グリースに由来する酸化膜等の生成を阻害する恐れがでてくる。
【0048】
[カルボン酸系防錆剤]
上記カルボン酸系防錆剤としては、モノカルボン酸では、ラウリン酸、ステアリン酸等の直鎖脂肪酸、並びにナフテン核を有する飽和カルボン酸が挙げられる。また、ジカルボン酸では、コハク酸、アルキルコハク酸、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸ハーフエステル、コハク酸イミド等のコハク酸誘導体、ヒドロキシ脂肪酸、メルカプト脂肪酸、ザルコシン誘導体、並びにワックスやペトロラタムの酸化物等の酸化ワックス等が挙げられる。中でも、コハク酸ハーフエステルが好適である。
【0049】
[カルボン酸塩系防錆剤]
上記カルボン酸塩系防錆剤としては、脂肪酸、ナフテン酸、アビエチン酸、ラノリン脂肪酸、アルケニルコハク酸、アミノ酸誘導体の各金属塩等が挙げられる。なお、上記金属塩の金属元素としては、コバルト、マンガン、亜鉛、アルミニウム、カルシウム、バリウム、リチウム、マグネシウム、銅等が挙げられる。中でも、ナフテン酸亜鉛が好適である。
[アミン系防錆剤]
上記アミン系防錆剤としては、アルコキシフェニルアミン、脂肪酸のアミン塩、二塩基性カルボン酸の部分アミド等を挙げることができる。中でも、脂肪酸のアミン塩が好適である。
【0050】
<摩耗防止剤>
上記摩耗防止剤としては、硫黄−リン系(SP系)化合物が用いられる。硫黄−リン系(SP系)化合物としては、トリフェニルフォスフェート系化合物やジチオフォスフェート系化合物が挙げられるが、本実施形態では、下記一般式(III)で表されるトリフェニルホスホロチオエート(TPPT)が好適である。
【0051】
【化1】

【0052】
上記摩耗防止剤の含有量は、グリース組成物全量に対して、0.1〜5質量%が好ましい。含有量が0.1質量%未満では十分な効果は得られず、5%を超えても効果の向上がない。
【0053】
<その他の添加剤>
本実施形態のグリース組成物には、各種性能を更に向上させるために、所望によりその他の添加剤を添加してもよい。例えば、酸化防止剤、極圧剤、油性向上剤、金属不活性化剤等をそれぞれ単独で、あるいは2種以上を混合して添加することができる。
これらその他の添加剤の含有量(添加量)は、本発明の効果を損なわない範囲であれば制限はないが、通常はグリース組成物全量の0.1〜20質量%である。添加量が0.1質量%未満では添加効果が十分ではなく、20質量%を超えて添加しても効果が飽和するとともに、基油の量が相対的に少なくなるため潤滑性が低下するおそれがある。
【0054】
[酸化防止剤]
上記酸化防止剤は、アミン系酸化防止剤、フェノール系酸化防止剤、硫黄系酸化防止剤、ジチオリン酸亜鉛等が挙げられる。
アミン系酸化防止剤の具体例としては、フェニル−1−ナフチルアミン、フェニル−2−ナフチルアミン、ジフェニルアミン、フェニレンジアミン、オレイルアミドアミン、フェノチアジン等が挙げられる。
また、フェノール系酸化防止剤の具体例としては、p−t−ブチル−フェニルサリシレート、2,6−ジ−t−ブチル−p−フェニルフェノール、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−t−オクチルフェノール)、4、4’−ブチリデンビス−6−t−ブチル−m−クレゾール、テトラキス〔メチレン−3−(3’,5’−ジ−t−ブチル−4’−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタン、1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン、n−オクタデシル−β−(4’−ヒドロキシ−3’,5’−ジ−t−ブチルフェニル)プロピオネート、2−n−オクチル−チオ−4,6−ジ(4’−ヒドロキシ−3’,5’−ジ−t−ブチル)フェノキシ−1,3,5−トリアジン、4、4’−チオビス(6−t−ブチル−m−クレゾール)、2−(2’−ヒドロキシ−3’−t−ブチル−5’−メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾール等のヒンダードフェノール等が挙げられる。
【0055】
[極圧剤]
上記極圧剤としては、例えば、有機モリブデン等が挙げられる。
[油性向上剤]
上記油性向上剤としては、オレイン酸やステアリン酸等の脂肪酸、ラウリルアルコールやオレイルアルコール等のアルコール、ステアリルアミンやセチルアミン等のアミン、リン酸トリクレジル等のリン酸エステル、動植物油等が挙げられる。
[金属不活性化剤]
上記金属不活性化剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール等が挙げられる。
【0056】
<グリース組成物の製造方法>
上記各成分を含有する本実施形態のグリース組成物の製造方法は、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択されるが、一般的には上記基油中で上記増ちょう剤(芳香族ジウレア化合物、又は脂肪族ジウレア及び脂環式ジウレア)の原料を反応させた後、上記防錆剤及び上記摩耗防止剤をそれぞれ定量添加し、ニーダやロールミル等で十分に攪拌し、均一分散して得られる。なお、この処理に際し、加熱することも有効である。また、その他の添加剤を添加する場合は、上記防錆剤と同時に添加することが工程上好ましい。
【実施例】
【0057】
以下に、上記第1の実施形態におけるグリース組成物に基づく実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
(実施例1〜17、比較例1〜13)
表1及び表4に示す組成のグリース組成物を調製し、各グリース組成物について、スクリーニングテストとして、下記に示す(1)軸受トルク試験、(2)摩擦試験、(3)高速四球試験(耐摩耗性試験)、(4)耐フレッチング試験、(5)転がり四球試験(耐水性試験)、(6)軸受漏洩試験、(7)低温フレッチング試験、(8)高温放置試験を行った。上記(1)〜(8)の各試験の概要を下記に説明すると共に各試験結果を表1〜表4に併記する。
【0058】
ここで、表1〜表4中の「基油」の欄のうち、「鉱油A」は、40℃における動粘度が30mm/sである鉱油である。また、「鉱油B」は、40℃における動粘度が70mm/sである鉱油である。また、「鉱油C」は、40℃における動粘度が75mm/sである鉱油である。また、「鉱油D」は、40℃における動粘度が100mm/sである鉱油である。また、「鉱油E」は、40℃における動粘度が130mm/sである鉱油である。また、「鉱油F」は、40℃における動粘度が150mm/sである鉱油である。
【0059】
また、表1〜表4中の「基油」の欄のうち、「ポリαオレフィン油G」は、40℃における動粘度が30mm/sの合成油である。また、「ポリαオレフィン油H」は、40℃における動粘度が70mm/sの合成油である。また、「ポリαオレフィン油I」は、40℃における動粘度が75mm/sの合成油である。また、「ポリαオレフィン油J」は、40℃における動粘度が100mm/sの合成油である。また、「ポリαオレフィン油K」は、40℃における動粘度が130mm/sの合成油である。また、「ポリαオレフィン油L」は、40℃における動粘度が150mm/sの合成油である。また、「ポリαオレフィン油M」は、40℃における動粘度が160mm/sの合成油である。
また、表1〜表4中の「基油」の欄のうち、「エステル油N」は、40℃における動粘度75mm/sの合成油である。また、「エーテル油O」は、40℃における動粘度75mm/sの合成油である。
【0060】
また、表1〜表4中の「増ちょう剤」の欄のうち、「芳香族ジウレア」は、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートとp−トルイジンとの反応で生成したジウレア化合物である。また、「脂環式ジウレア」は、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートとシクロヘキシルアミンとの反応で生成したジウレア化合物である。また、「脂肪族ジウレア」は、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートとステアリルアミンとの反応で生成したジウレア化合物である。
なお、表1〜表4中の各グリース組成物のちょう度は、NLGI(米国グリース協会規格:National Lubricating Grease Institute) No.2に調整した。
【0061】
(1)軸受トルク試験
非接触シ−ル付きの単列深溝玉軸受(内径17mm、外径40mm、幅12mm)に、表1〜表4に示す各グリース組成物を充慎して、供試軸受を作製した。そして、供試軸受を、回転数450r/min、アキシアル荷重392N、ラジアル荷重29.4Nにて600秒間回転させた後、回転トルクを測定した。評価基準は、比較例1に対する相対トルク値であり、この相対トルク値が1.0未満である供試軸受に充填されたグリース組成物を合格とした。評価結果を表1〜表4に示す。
【0062】
表3及び表4に示すように、比較例1,3〜6,8〜13の供試軸受は何れも1.0以上であるのに対して、表1及び表2に示すように、実施例1〜17の供試軸受は何れも相対トルク値が1.0未満であり、上記合格基準を満たしている。
また、40℃における圧力粘度係数αが33GPa−1以下の基油を用いたグリース組成物はトルク特性が優れ、さらに、40℃における圧力粘度係数αが27GPa−1以下の基油を用いたグリース組成物は特にトルク特性が優れることがわかった。
【0063】
(2)摩擦試験
ボールオンディスク試験機で各グリース組成物のすべり摩擦係数を測定した。試験片には、ボールに3/8インチ、ディスクに鏡面仕上げをしたSUJ2を用いた。試験条件は、ディスクに各グリース組成物を厚さ0.5mmで塗布し、垂直荷重500g、すべり速度1m/sとし、試験開始1秒後から2秒後までの1秒間の摩擦係数の平均を各グリース組成物の摩擦係数とした。評価基準は、比較例1に対する相対摩擦係数であり、この相対摩擦係数が1.0未満であるグリース組成物を合格とした。評価結果を表1〜表4に示す。
表3及び表4に示すように、比較例1,3〜6、8〜13の各グリース組成物は何れも1.0以上であるのに対して、表1及び表2に示すように、実施例1〜17の各グリース組成物は何れも相対摩擦係数が1.0未満であり、上記合格基準を満たしている。
【0064】
(3)高速四球試験(耐摩耗性試験)
ASTM D2596に規定された高速四球試験により、各グリース組成物の耐摩耗性を評価した。即ち、各グリース組成物で充満された試験容器に3個の固定球を正三角形状に固定し、3個の鋼球で形成される窪みに、回転軸に取り付けた1個の回転球を置き、ある荷重を加えながら1770rpmで10秒間回転させ、そのときに固定球に生じた摩耗痕を測定した。そして、摩耗痕の平均直径がASTM D 2596に記された補償摩耗痕径値より小さくなるときの荷重(最大非焼付き荷重)を求めた。また、回転球を同様にして回転させ、溶着が生じたときの荷重(溶着荷重)を求めた。
耐摩耗性は最大非焼付き荷重(L.N.S.L:Last Non−seizure Load)及び溶着荷重(W.P.:Weld Point)により評価し、最大非焼付き荷重は490N以上、溶着荷重は1236N以上をそれぞれ合格(Good)とした。評価結果を表1〜表4に示す。
【0065】
(4)耐フレッチング試験
各グリース組成物について、ASTM D4170に規定された試験方法により耐フレッチング試験を行い、試験前後の質量差を測定し、下記3ランクに分類した。自動車用としてはAランク及びBランクが好ましいとされており、本試験でもAランク及びBランクを合格とした。評価結果を表1〜表4に示す。
Aランク:質量減が3mg以下
Bランク:質量減が3mg超5mg未満
Cランク:質量減が5mg以上
【0066】
(5)転がり四球試験(耐水性試験)
転がり四球試験により、各グリース組成物の耐水性を評価した。即ち、直径15mmの軸受用鋼球を3個用意し、底面の内径36.0mm、上端部の内径31.63mm、深さ10.98mmの円筒状容器内に正三角形状に置き、各グリース組成物に水を20%混入させたものを20g塗布し、更に3個の鋼球で形成される窪みに直径5/8インチの軸受用鋼球を1個置き、室温で、直径5/8インチの軸受用鋼球を面圧4.1GPaの負荷を加えながら1000min−1で回転させた。これにより、3個の直径15mmの軸受用鋼球も自転しながら公転するが、剥離が生じるまで連続回転させた。剥離が生じた時点の総回転数を寿命とした。評価結果を表1〜表4に示す。
【0067】
(6)軸受漏洩試験
各グリース組成物について、非接触シール付の単列深溝玉軸受(内径25mm、外径62mm、幅17mm)に封入すると共に、外輪温度80℃、アキシアル荷重98N、ラジアル荷重98N、回転速度5000rpmにて20時間連続回転させ、回転前後のグリース組成物の質量差からグリース組成物の漏洩率(軸受漏洩試験)を測定した。評価結果を表1〜表4に示す。なお、軸受漏洩試験の評価は、表3及び表4に示す組成の比較例1のグリース組成物の軸受漏洩試験の結果(グリース組成物の漏洩率)を1とした相対漏洩率が2.0以下を合格とし、相対漏洩率が2.0未満を不合格とした。
【0068】
(7)低温フレッチング試験
各グリース組成物について、SNR−FEB2試験(荷重:8000N,5時間、揺動角:6°、揺動サイクル:24Hz、温度:−20℃)により低温フレッチング試験を行い、試験前後の質量差を測定し、下記3ランクに分類した。自動車用としてはAランク及びBランクが好ましいとされており、本試験でもAランク及びBランクを合格とした。評価結果を表1〜表4に示す。
Aランク:質量減が20mg以下
Bランク:質量減が20mg超50mg未満
Cランク:質量減が50mg以上
【0069】
(8)高温放置試験(熱安定性試験)
各グリース組成物を金属板に厚さ2mmで塗布し、150℃の恒温槽に200時間放置した。その後、水酸化カリウムで全酸価を測定し、恒温放置していない当該グリース組成物の全酸価との差を計算した。この値はグリースの酸化が進んでいるほど大きな値を示し、劣化が進んでいるということができる。本実施例では、全酸価が減少したもの(負の値)を合格とした。評価結果を表1〜表4に示す。
【0070】
【表1】

【0071】
【表2】

【0072】
【表3】

【0073】
【表4】

【0074】
表1及び表2に示すように、流動点が−40℃以下であり、動粘度が70〜130mm/sであり、鉱油と合成油との混合比(質量%)が0:100〜20:80である基油と、芳香族系ジウレア化合物からなり、10〜40質量%の含有量の増ちょう剤とを含むグリース組成物は、低温フレッチング性、低トルク性、及び軸受に封入した際の低漏洩性が優れることがわかる。これに対し、表3及び表4に示すように、基油が上記条件を満たさないか、又は増ちょう剤の含有量が上記条件を満たさないグリース組成物は、潤滑性が劣るため、トルク特性、耐摩耗性、耐焼付性、及び軸受に封入した際の低漏洩性のいずれかが劣る結果となっていることがわかる。
【0075】
また、表1及び表2に示すように、カルボン酸系防錆添加剤、カルボン酸塩系防錆添加剤及びアミン系防錆剤の3種及び摩耗防止剤を配合したグリース組成物は、耐剥離性、耐摩耗性、耐フレッチング性及び耐腐食性に優れることがわかる。これに対し、表3及び表4に示すように、カルボン酸系防錆添加剤、カルボン酸塩系防錆添加剤及びアミン系防錆剤の3種を配合せずに、防錆剤としてバリウムスルホネートを配合したグリース組成物は、十分な耐剥離性及び耐腐食性を得られないことがわかる。特に、カルボン酸系防錆添加剤、カルボン酸塩系防錆添加剤及びアミン系防錆剤には、全酸価増加を抑制する機能があることがわかった。表1〜表4の結果を元に、図5に示すように、防錆剤の含有量と全酸価増加量との関係を明確にした結果、全酸価が減少するグリース組成物、すなわち、熱安定性の高いグリース組成物を提供するためには、防錆剤の含有率(質量%)がグリース組成物全量に対して1質量%以上である必要があることがわかった。また、摩耗防止剤を配合しないグリース組成物では十分な耐摩耗性が得られていないこともわかる。また、増ちょう剤として脂肪族ウレア化合物を便用したグリース組成物は耐フレッチング性に劣ることもわかる。
以上、本発明の実施の形態について説明してきたが、本発明はこれに限定されずに、種々の変更、改良を行うことができる。
【0076】
(第2の実施形態)
以下に、本発明に係る車輪支持用転がり軸受ユニットにおける実施形態について説明する。なお、本実施形態の説明においては、本発明に係るグリース組成物を適用可能な車輪支持用転がり軸受ユニット及びその車輪支持用転がり軸受ユニットを使用したアクスル構造の例に関して説明する。
図1は、本実施形態の車輪支持用転がり軸受ユニットが適用可能な第3世代のハブユニット軸受の構成を示す断面図である。図1(a),(b)は、ハブ本体3の中心部に等速ジョイントのスプラインと嵌合可能な雌スプラインを形成し、図4に示すキャップ108aをシールリング6,6に置き換えた、第3世代の駆動輪用軸受1である。
【0077】
図1(a)に示すハブユニット軸受1は、図4と同様に、内輪4は加締め固定されている。これに対し、図1(b)に示すハブユニット軸受1は、図1(c)に示すように、内輪4の端面に等速ジョイント7の肩部9が当接され、ハブ本体3のパイロットキャビティ内で等速ジョイント7の軸部8を締結する等速ジョイント7のナット10の軸力で内輪4は固定されている。
ここで、周知のように、ネジの締結トルクと軸力との関係は、バラツキが大きい(結果的に予圧のバラツキが大きい)ので、本発明のグリース組成物は、図1(b)の形式のハブユニット軸受に適用すれば、より効果が大きくなる。
【0078】
一方、図1(d)は、外側列のPCD(Pitch Circle Diameter)が大きな従動輪用の
第3世代のハブユニット軸受の例を示した断面図である。図1(d)に示すような構造においては、軸受の剛性が高まり、自動車の操安性が高まる反面、封入されたグリースが外側列方向に移動し、その結果、内側列の潤滑がプアーになったり、外側列の発生トルクが大きくなったり、外側列側のシールからグリースが漏れやすくなるという問題が発生しやすくなる。
このような場合でも、耐久性、耐摩耗性を保ちつつ、低トルク性を実現でき、耐漏洩性能に優れる本発明のグリース組成物が有効に機能する。
【0079】
図2(a)〜(e)は、本実施形態の車輪支持用転がり軸受ユニットが適用可能な第1世代のハブユニット軸受の構成を示す断面図である。図2(a)、(b)は、所謂、第1世代ハブユニット軸受であり、「駆動輪用ハブユニット軸受」を表す図2(c)、及び「従動輪用ハブユニット軸受」を表す図2(d),(e)に示すように、外内輪とも締り嵌めでナックル、ハブ等の実機部品と組み合わされ、ナットで固定され使用される。
ここで、図2(a)、(b)に示す第1世代のハブユニット軸受においては、嵌め合いやナットの軸力が予圧に影響するため、車両組付け後の軸受予圧の範囲はかなり大きなものとなり、それに伴い、回転トルクのバラツキも大きくなる。
【0080】
本願発明のグリース組成物は、車輪支持用転がり軸受ユニットの回転トルクの荷重感受性を下げる(転動体荷重とトルクとの相関係数を下げる)ので予圧レンジの広い第1世代のハブユニット軸受に安定した低トルクをもたらす。
また、図2(e)に示すように、本実施形態の車輪支持用転がり軸受ユニットを適用した第1世代のハブユニット軸受は、外輪回転でも使用される。
【0081】
一般に、軸受を外輪回転で用いる場合は、遠心力によりグリースが外輪側に集まり、面圧の高い内輪側の潤滑状態が悪化するが、本発明のグリース組成物は、実質的に油膜を厚くするのと同様な効果があるため、外輪回転にも好適に使用できる。
さらに、図2(b)に示すように、軸受が円錐タイプの場合、ころ(転動体5)の頭部と大鍔部4aとの間に滑り接触が発生するが、このような場合、本発明のグリース組成物による、実質的に油膜を厚くするのと同様の効果が、焼き付き防止に効果を奏する。
【0082】
図3(a)〜(h)は、本実施形態の車輪支持用転がり軸受ユニットが適用可能な第2世代のハブユニット軸受の構成を示す断面図である。図3(a)〜(e)は、所謂、第2世代ハブユニット軸受であり、「従動輪用ハブユニット軸受」を表す図3(f),(g)、及び「駆動輪用ハブユニット軸受」を表す図3(h)に示すように、第1世代のハブユニット軸受に実機部品の一部を取り込んだ構造をしているため、第1世代のハブユニット軸受に比べれば、予圧範囲は狭くなるものの、第3世代のハブユニット軸受に比べれば予圧範囲は大きく、外輪回転でも使用されるため、第1世代のハブユニット軸受同様の効果が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と、増ちょう剤と、防錆剤と、摩耗防止剤とを含有するグリース組成物であって、
前記基油が鉱油、合成油又これらの混合油であり、前記鉱油と前記合成油との混合比(質量比)が0:100〜20:80であり、
前記基油の40℃における動粘度が70〜150mm/sであり、
前記基油の流動点が−40℃以下であることを特徴とするグリース組成物。
【請求項2】
前記増ちょう剤が当該グリース組成物全量に対して10〜40質量%含有された下記一般式(I)で表された芳香族系ジウレア化合物を含み、
前記防錆剤が、カルボン酸系防錆剤、カルボン酸塩系防錆剤、及びアミン系防錆剤を含み、
前記摩耗防止剤が、トリフェニルホスホロチオエートであることを特徴とする請求項1に記載のグリース組成物。
−NHCONH−R−NHCONH−R・・・・・・一般式(I)
(一般式(I)中のRは炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基、R及びRは炭素数6〜12の芳香族系炭化水素基を示す。R及びRは同一であっても異なっていてもよい。)
【請求項3】
前記増ちょう剤が当該グリース組成物全量に対して10〜30質量%含有された下記一般式(II)で表された脂環式ジウレア化合物及び脂肪族ジウレア化合物の少なくともいずれかのジウレア化合物を含み、
前記防錆剤が、カルボン酸系防錆剤、カルボン酸塩系防錆剤、及びアミン系防錆剤を含み、
前記摩耗防止剤が、トリフェニルホスホロチオエートであることを特徴とする請求項1に記載のグリース組成物。
−NHCONH−R−NHCONH−R・・・・・・一般式(II)
(一般式(I)中のRは炭素数6〜15の芳香族系炭化水素基、R及びRは炭素数6〜20の脂肪族炭化水素基、又は炭素数6〜12のシクロヘキシル誘導体基を示す。R及びRの増ちょう剤全量中に占めるシクロヘキシル誘導体基の割合が50〜90モル%であり、R及びRは同一であっても異なっていてもよい。)
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載のグリース組成物を封入したことを特徴とする車輪支持用転がり軸受ユニット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−82882(P2013−82882A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−130636(P2012−130636)
【出願日】平成24年6月8日(2012.6.8)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】