説明

グリース組成物及び工作機械用転がり軸受

【課題】dmN100万を超え、接触面圧が1GPaを超えるような高速高荷重下でも良好に回転を維持し、メンテナンスフリーとした工作機械用転がり軸受、並びに前記工作機械用転がり軸受に好適なグリース組成物を提供する。
【解決手段】アルキルジフェニルエーテル油を基油全量の25質量%以上の割合で含む基油と、金属複合石けんとウレア化合物とを、金属複合石けん:ウレア化合物=10〜90:90〜10の割合で含む増ちょう剤と、を含有するグリース組成物、並びに前記グリース組成物が封入され、かつ、dmN100万を超える用途に使用される工作機械用転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、dmN(球回転直径と回転数との積)100万を超える用途に使用される工作機械用転がり軸受、並びに前記転がり軸受の潤滑に好適なグリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械の高性能化に伴って主軸は高速で回転されており、加えて様々な材料の加工を行えるように高荷重で回転されるようになってきている。高速回転する主軸の潤滑には、オイルミスト潤滑、オイルエア潤滑、ジェット潤滑等が採用されているが、これらの潤滑方式では圧縮空気を用いた吹付け装置や給油装置等の付帯設備が必要になり、初期投資及びランニングコストが高くなっている。
【0003】
また、潤滑のためにグリース組成物を封入することも行われており、低粘度の合成油を基油としたグリース組成物や、バリウム石けんで増ちょうしたグリース組成物が多用されている。グリース潤滑は、上記したオイルミスト潤滑やオイルエア潤滑、ジェット潤滑に比べてメンテナンスが少なくてすみ、初期投資及びランニングコストの面で有利である。しかしながら、これらのグリース組成物は、dmN100万を超え、接触面圧が1GPaを超えるような高速高荷重下では、早期に潤滑不良に陥るようになる。
【0004】
また、特許文献1のように、バリウム石けん系増ちょう剤と、リチウム石けん系増ちょう剤とを混合して用いることで、高速性を向上させることも行われている。しかしながら、バリウム石けん系増ちょう剤は、上記したように高速用途に実績があるものの、リチウム石けん系増ちょう剤はせん断安定性に劣るため、高速で、かつ高荷重下での使用には耐久性が懸念される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−328083号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、dmN100万を超え、接触面圧が1GPaを超えるような高速高荷重下でも良好に回転を維持し、メンテナンスフリーとした工作機械用転がり軸受、並びに前記工作機械用転がり軸受に好適なグリース組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために本発明は、下記を提供する。
(1)アルキルジフェニルエーテル油を基油全量の25質量%以上の割合で含む基油と、金属複合石けんとウレア化合物とを、金属複合石けん:ウレア化合物=10〜90:90〜10の割合で含む増ちょう剤と、を含有することを特徴とするグリース組成物。
(2)ウレア化合物が、脂環式ウレア化合物及び芳香族ウレア化合物の少なくとも一方であることを特徴とする上記(1)記載のグリース組成物。
(3)基油の40℃における動粘度が10〜80mm/sであることを特徴とする上記(1)または(2)記載のグリース組成物。
(4)上記(1)〜(3)の何れか1項に記載のグリース組成物が封入され、かつ、dmN100万を超える用途に使用されることを特徴とする工作機械用転がり軸受。
【発明の効果】
【0008】
本発明のグリース組成物は、増ちょう剤として金属複合石けんとウレア化合物とを用いる。金属複合石けんは、増ちょう性が小さいため、配合量が多くなり、高速環境下ではグリース漏れが起こり難くなる。また、離油性もそれほど高くないため、軸受の軌道面には少しずつ油が供給される。そのため、高速での発熱の原因となる油のせん断が生じ難く、安定した潤滑効果が得られる。
【0009】
一方、ウレア化合物は高荷重下での非常に厳しいせん断にも耐え得る。また、高速高荷重下では、転動体の遠心力が大きくなるため、一度接触域から弾かれると、戻ることが期待できない場合が殆どであるが、ウレア化合物は付着性に優れるため、グリース組成物が接触域近傍に留まるようになり、グリース組成物の巻き込みや油の供給を期待することができる。
【0010】
また、基油は耐熱性に優れるアルキルジフェニルエーテル油を必須成分として含有するため、高速・高温での耐久性にも優れる。
【0011】
このように、本発明のグリース組成物は、金属複合石けん及びウレア化合物による上記各効果が相乗的に得られ、更に基油の高速・高温での耐久性も相俟って、高速高荷重条件においても強固な油膜を長期にわたって形成することができる。
【0012】
また、本発明の工作機械用転がり軸受は、上記のグリース組成物を封入したため、高速高荷重下における転動体と軌道面とのメタルコンタクトを抑制でき、低発熱となり、長寿命となる。また、グリース組成物を封入した潤滑様式であるため、メンテナンスフリーにもなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】工作機械用転がり軸受の一例であるアンギュラ玉軸受を示す断面図である。
【図2】実施例で得られた基油粘度と寿命比との関係を示すグラフである。
【図3】実施例で得られた基油中のアルキルジフェニルエーテル油の比率と摩耗痕径との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0015】
(グリース組成物)
基油は、アルキルジフェニルエーテル油を基油全量の25質量%以上の割合で含む。工作機械では冷却して異常な温度上昇を防いでいるが、局所的には非常に大きな摩擦熱が発生していることが想定される。そこで、耐熱性に優れるアルキルジフェニルエーテル油を25質量%以上含有させて十分な耐熱性を付与する。
【0016】
アルキルジフェニルエーテル油と組み合わせ得る他の潤滑油としては、合成油及び鉱油が好ましい。鉱油としては、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油が挙げられ、特に減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を適宜組み合わせて精製したものが好ましい。合成油としては、炭化水素油、芳香族油、エステル油、エーテル油が挙げられる。炭化水素油としては、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンオリゴマー等のポリα−オレフィンまたはこれらの水素化物が挙げられる。芳香族油としては、モノアルキルベンゼンやジアルキルベンゼン等のアルキルベンゼン、モノアルキルナフタレンやジアルキルナフタレン等のアルキルナフタレン等が挙げられる。エステル油としては、ジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチル・アセチルシノレート等のジエステル油、トリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテート等の芳香族エステル油、トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネート等のポリオールエステル油、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油等が挙げられる。エーテル油としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテル等のポリグリコール等が挙げられる。これらの潤滑油はそれぞれ単独でも、2種以上を混合して使用することもできる。
【0017】
また、高速での異音発生やトルク上昇を抑えるために、基油の動粘度を10〜80mm/s(40℃)とすることが好ましい。基油の動粘度が10mm/s(40℃)未満では、油膜を形成しにくく、潤滑性が悪くなり、80mm/s(40℃)を超えると撹拌抵抗が大きく、発熱も多くなり好ましくない。このような不具合をより確実に防ぐためには、基油の動粘度は20〜40mm/s(40℃)がより好ましい。アルキルジフェニルエーテル油と他の潤滑油とを混合する場合は、混合油として前記動粘度となるように調整する。
【0018】
増ちょう剤には、高速性に優れる金属複合石けんと、耐荷重性に優れるウレア化合物とを混合して用いる。混合比は、金属複合石けん:ウレア化合物=10〜90:90〜10であり、この範囲から逸脱すると両者による相乗効果が得られない。好ましくは、金属複合石けん:ウレア化合物=30〜70:70〜30である。
【0019】
尚、金属複合石けんとしては、高速性により優れることからバリウム複合石けんが好ましい。また、ウレア化合物としては、より大きなせん断に耐え得ることから、脂環式ウレア化合物及び芳香族ウレア化合物が好ましく、それぞれ単独で、もしくは混合して使用する。
【0020】
また、増ちょう剤量は通常の範囲で構わないが、グリース全量の10〜40質量%とすることが好ましい。
【0021】
グリース組成物は、ちょう度がNLGIちょう度番号1〜2となるように調整することが好ましい。高速高荷重下では転動体と軌道面との隙間にグリース組成物が流入し難くなるため、グリース組成物を軟質にして隙間に流入しやすくする。
【0022】
グリース組成物には、性能を更に高めるために種々の添加剤を添加することができる。、中でも、熱に対する耐性を高めるために酸化防止剤を添加したり、工作機械は水との接触が多いことから防錆剤を添加することが好ましい。また、耐荷重性を付加するために、可能防止剤や極圧剤を添加することも好ましい。これら添加剤は何れも公知のもので構わず、添加量も通常の範囲で構わない。
【0023】
尚、グリース組成物を調製するには、基油を共通にし、金属複合石けんを増ちょう剤とする第1のグリースと、ウレア化合物を増ちょう剤とする第2のグリースとをそれぞれ用意し、両グリースを、前記した金属複合石けんとウレア化合物との混合比となるように混合すればよい。添加剤は、第1のグリース組成物と第2のグリース組成物の両方に半量ずつ添加してもよいし、何れか一方に全量を添加してもよい。
【0024】
(転がり軸受)
本発明の工作機械用転がり軸受は、上記のグリース組成物を封入したものであり、dmNが100万を超える高速高荷重での使用においても良好な回転を長期間保持できる。また、グリース封入であるため、メンテナンスフリーにもなる。また、グリースの封入量は、軸受空間の5〜40%が適当である。
【0025】
尚、軸受の種類には制限はなく、通常の工作機械に使用されるようなアンギュラ玉軸受や円錐ころ軸受等を例示することができる。例えば、図1はアンギュラ玉軸受10の一例を示す断面図であるが、カウンターボア11が内周面に形成された外輪12と内輪13との間に複数の玉14が保持器15を介して周方向に転動可能に介装されており、これら玉14と外輪12及び内輪13の各軌道面とは、所定の接触角をもって接触するようになっている。そして、上記のグリース組成物が充填され、シール16a,16bで封止される。
【実施例】
【0026】
以下に実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0027】
(実施例1〜11、比較例1〜9)
表1及び表2に示すように、基油及び増ちょう剤を含む試験グリースを調製した。尚、ちょう度は何れもNLGIちょう度番号で2に調整した。そして、各試験グリースについて、下記の(1)耐摩摩耗試験及び(2)軸受耐久試験を行い、評価した。
【0028】
(1)耐摩摩耗試験
シェル式の滑り四球試験機を用いた。下部固定試験球に1/2インチの鋼球を使用し、上部の回転試験球に1/2インチのセラミック球を用い、試験球が隠れるように試験グリースを満たし、回転数4000回転、常温にて30分間試験を行った。試験後の下部固定球3個の摩耗痕径を平均し、表1及び表2に併記した。
【0029】
(2)軸受耐久試験
アンギュラ玉軸受(内径70mm)に試験グリースを軸受空間の5%となるように封入し、定圧のアキシアル荷重1500Nを負荷し、内輪回転数13000min−1で回転させた。外輪は、冷却水により冷却した。そして、異常温度上昇を起こした時点を焼付き寿命とし、実施例1の焼付き寿命を1とする相対値を表1及び表2に併記した。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
実施例の試験グリースは何れも、基油がアルキルジフェニルエーテル油を25質量%以上の割合で含み、増ちょう剤がバリウム複合石けんとウレア化合物との混合物であり、増ちょう剤がバリウム複合石けんまたはウレア化合物の何れか一方である比較例1、2の試験グリースに比べて良好な耐摩耗性及び耐久性を示している。
【0033】
比較例3の試験グリースは、実施例の試験グリースと同様にアルキルジフェニルエーテル油、バリウム複合石けん及びウレア化合物を含有するものの、アルキルジフェニルエーテル油の粘度が本発明の範囲よりも高いため、高速での耐久性に劣っている。これに対し実施例4、5の試験グリースは実施例2の試験グリースにおいて基油粘度を変更した例であるが、本発明の範囲内であれば同様の耐摩耗性及び耐久性を示している。
【0034】
実施例6、7の試験グリースは、増ちょう剤のウレア化合物としてせん断安定性に優れる芳香族ジウレア化合物、あるいは芳香族ジウレア化合物及び脂環式ジウレア化合物を用いた例であるが、増ちょう剤をこのように変更しても耐摩耗性や耐久性に優れる。しかし、比較例4、5の試験グリースのように、増ちょう剤としてバリウム複合石けんと脂肪族ジウレア化合物、または金属石けん同士を組み合わせでも、耐摩耗性及び耐久性に劣るようになる。
【0035】
実施例8〜11の試験グリースは、基油としてアルキルジフェニルエーテル油と、ポリオールエステル、ポリαオレフィンまたは鉱油との混合油を用いた例であるが、アルキルジフェニルエーテル油を基油全量の25質量%以上含むことで、アルキルジフェニルエーテル油単独の場合と同様の耐摩耗性及び耐久性を示す。しかし、比較例9の試験グリースのように、アルキルジフェニルエーテル油が基油全量の25質量%未満では耐摩耗性及び耐久性に劣るようになる。また、比較例6〜8の試験グリースのように、アルキルジフェニルエーテル油以外の基油でも耐摩耗性及び耐久性に劣る。
【符号の説明】
【0036】
10 アンギュラ玉軸受
11 カウンターボア
12 外輪
13 内輪
14 玉
15 保持器
16a,16b シール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルキルジフェニルエーテル油を基油全量の25質量%以上の割合で含む基油と、
金属複合石けんとウレア化合物とを、金属複合石けん:ウレア化合物=10〜90:90〜10の割合で含む増ちょう剤と、
を含有することを特徴とするグリース組成物。
【請求項2】
ウレア化合物が、脂環式ウレア化合物及び芳香族ウレア化合物の少なくとも一方であることを特徴とする請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
基油の40℃における動粘度が10〜80mm/sであることを特徴とする請求項1または2記載のグリース組成物。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載のグリース組成物が封入され、かつ、dmN100万を超える用途に使用されることを特徴とする工作機械用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−87193(P2013−87193A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−228922(P2011−228922)
【出願日】平成23年10月18日(2011.10.18)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】