説明

グルコサミン系高分子ナノチューブ及びその製造方法

【課題】 グルコサミンあるいはキトサンを骨格とする一つの独立した形態のナノチューブ構造体を合成することによって、これらの材料に新たな物理的、化学的性質を付与し、これによってキチン、キトサンあるいはグルコサミンの利用、活用範囲を一段と広げ、促進しようというものである。
【解決手段】 グルコサミンまたはその塩酸塩と、ホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマーを重合させ、ついで、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム等のアルキルベンゼンスルホン酸塩よりなる群から選択された界面活性剤1種を含む水溶液に滴下混合し、撹拌条件下で反応させることによって、グルコサミン重合体ナノチューブを合成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチック強化材・改質材、高性能分離剤、吸着剤、抗菌剤、防臭剤、化粧品基材などとして使用される、キトサンの主成分であるグルコサミンとホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマーとの共重合体を骨格成分とする新規なナノチューブ状高分子複合体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カニやエビの骨格成分であるキチンをアルカリ処理して得られるキトサンは、グルコースの水酸基の一つをアミノ基で置き換えたグルコサミンの高分子量重合体であり、免疫増強剤、抗菌剤などの薬効成分、あるいは抗がん剤等の薬剤の徐放材、ゲルろ過材、汚泥凝集剤、化粧品基材などの機能性マトリックス材として幅広く利用されている(非特許文献1)。
【0003】
しかしながら、マトリックス材としてのキトサン構造内あるいはその膨潤構造中に形成される細孔は、構造の無定形性のために、そのサイズが均一ではなく、細孔径に相当程度の分布を伴うことは避けられない。そのため、高分子組織体の細孔分布を狭くし、高精度の物質分離・分析への応用を可能にする技術の創出が望まれている。
【0004】
また、繊維、プラスチック等の高分子材料分野においては、近年の地球規模での環境問題の昂進に伴い、環境負荷の小さい高分子材料が求められるようになり、ポリ乳酸等の生分解性プラスチックの開発に期待が集まっている。
しかしながら、これら人工あるいは天然の動植物類を原料として得られる新規素材は、従来のエンジニアリングプラスチック類に比べると、強度等の特性に劣っているのが現状である。そのため、同じく生分解性素材とのコンポジット化等による物性の改善が望まれている。
【0005】
一方、ナノスケールの均一な細孔を有するポーラス材料の合成法は、無機材料分野において初めて開発された。1992年、Mobil社は界面活性剤を鋳型として2〜8nmのハニカム状メソ細孔を有するメソボーラスシリカを創製することに成功した(非特許文献2)。その後、同様の手法により、シリカ以外の種々の金属酸化物や硫化物を骨格成分とする多種類のメソ多孔体が相次いで合成された(非特許文献3)。
【0006】
また、その構造体が、外径が数nm〜数百nm、内径が十分の数nm〜数十nmの中空管状の形態をもつ粒子は、ナノチューブと呼ばれ、天然にもこのような構造体が産出していることが知られている。クリソタイル、イモゴライト等の珪酸塩鉱物がその例であり、ナノチューブ構造を有してなるものであることが報告されている。
人工の無機ナノチューブの最初の例は、1991年にアーク電極の析出物として発見されたカーボンナノチューブである(非特許文献4)。以後、同様な高温反応により窒化ホウ素やB−C−Nなどの窒化物(非特許文献5)、硫化タングステン(非特許文献6)や硫化モリブデン(非特許文献7)などの硫化物系ナノチューブの合成例が報告されている。
【0007】
さらに、最近、前述した鋳型合成法が無機ナノチューブの合成にも応用され、酸化バナジウム(非特許文献8)、シリカ(非特許文献9)、チタニア(非特許文献10)などの酸化物系ナノチューブが相次いで報告されている。また、本発明者においても、ドデシル硫酸イオンを鋳型として尿素を用いる均一沈澱法の反応条件を拡張適用することにより、希土類酸化物ナノチューブの合成に成功している(非特許文献11)。
【0008】
有機物質系についても、円筒状細孔が主として六方状に配列したハニカム構造体と独立したチューブ状構造体の両方が知られている。
Dーアミノ酸とL−アミノ酸が交互に結合したD,L−ポリペプチド分子は、螺旋状に巻いたβ−へリックス構造をとり、例えば、内径約0.33 nmの中空構造を形成する(非特許文献12)。環状のD,L−α−ペプチドも、逆平行β構造型の水素結合により上下につながった円筒状ユニットが集合して、0.7〜0.8nmあるいは1.3nmの細孔径をもつハニカム構造を形成することが報告されている(非特許文献13、14)。直線分子のオリゴフェニールアセチレンは、螺旋状に折れ曲がり、直径約0.4nmの円筒状空洞が配列したハニカム構造を形成し(非特許文献15)、大環状分子のヘキサフェニールアセチレンは、細孔径約0.9nmのハニカム構造を形成することが報告されている(非特許文献16)。
【0009】
鋳型法を用いた合成例も報告されている。安息香酸のm,m’,p位を末端にアクリル基を付加したアルコキシ基で置換した扇形分子とベンゾトリイミダゾールを反応させて液晶様メソ複合体とし、ついでUV照射によりアルキル鎖を架橋後、ベンゾトリイミダゾール核をメタノール/塩酸混合溶液で溶解除去することにより、a=3.78nmの六方構造多孔体が得られたことが報告されている(非特許文献17)。さらに、骨格にAlを導入したメソポーラスシリカAl−MCM−48を鋳型として、細孔構造を有するフェノール/ホルムアルヒド樹脂が合成されたことが報告されている(非特許文献18)。また、カチオン界面活性剤であるセチルトリメチルアンモニウムイオン集合体を鋳型とする同系の反応により、層状構造ならびにやや乱れた六方構造を有するフェノール/ホルムアルヒド高分子複合体が得られているが、多孔質化には至っていない(非特許文献19)。
【0010】
他方、独立したナノチューブとしては、内径0.6〜0.9nmのシクロデキストリン分子を頭−頭、尾−尾結合で交互につないだチューブ状ポリマーが合成されている(非特許文献20)。イソプレン、シンナモイルエチルメタクリル酸、t−ブチルアクリル酸の1:1:6トリブロックコポリマーでできた円筒状ミセルにUV照射後、その中心核のイソプレンをオゾン分解することにより、外径22nmおよび65nm(内径不祥)のチューブが得られている(非特許文献21)。
【0011】
本発明者も、塩基性縮合剤の存在下で、フェノールとフルフラールを重合させ、ついで強塩基を作用させた後、フェノール、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド等のアルキルアンモニウム塩を含む水溶液に滴下混合し、撹拌条件下で反応させることによりフェノール系高分子ナノチューブを合成するのに成功した(特許文献1)。また、グルコースを親水基、長鎖フェノールを疎水基とする界面活性剤分子を反応させ、内径10〜15nm、外径40〜50nmの脂質ナノチューブが合成されたことが報告されている(非特許文献22)。
【0012】
以上に加えて、カーボンナノチューブ及びグラファイト化した炭素粒子の合成方法(特許文献2)や、カーボンナノチューブを均一に分散することによって高分子フィルムや繊維等高分子素材に強度−高弾性、導電性、あるいは帯電防止性を付与する、カーボンナノチューブの利用技術にかかる提案(特許文献3)、カーボンナノチューブの製造装置とその製造方法にかかる提案(特許文献4)がなされているが、このいずれにも本発明の狙いとするグルコサミン系高分子ナノチューブについて記載はおろか、示唆する記載もない。
【0013】
【非特許文献1】「キチン、キトサンの応用」、キチン、キトサン研究会編(1990)技報堂出版
【非特許文献2】C.T.Kresge ほか4名、Nature、359、710−712(1992)
【非特許文献3】木島 剛 ほか1名、J.Soc.Inorg.Mater、8、3−16(2001)
【非特許文献4】S.Iijima、Nature、364、56−58(1991)
【非特許文献5】E.J.M.Hamolton ほか5名、Science、260、659−661(1993)
【非特許文献6】R.Tenne ほか3名、Nature360、444−446(1992)
【非特許文献7】Y.Feldman、Science、267、222−225(1995)
【非特許文献8】M.E.Spahr ほか5名、Angew.Chem.Int.Ed、37、1263−65(1998)
【非特許文献9】M.Adachi ほか2名、Langmuir、15、7097−7100(1999)
【非特許文献10】H.Imai ほか4名、J.Mater.Chem、9、2971(1999)
【非特許文献11】M.Yada ほか4名、Adv. Mater.、14、309−313(2002)
【非特許文献12】P.Desantis,Macromolecules,7,52(1974)
【非特許文献13】M.R Ghadiri ほか4名,Nature, 366,324−327(1993)
【非特許文献14】K.Khazaonovic,J.Am.Chem.Soc.,116,6011(1994)
【非特許文献15】J.C.Nelson ほか3名,Science, 277,1793−1796(1997)
【非特許文献16】D.Venkataraman ほか3名,Nature,371,591−593(1994)
【非特許文献17】K.Kim ほか6名,Angew.Chem.Int.Ed.,40,2669−2671(2001)
【非特許文献18】J.Lee ほか4名、Chem.Commun.,2177(1999)
【非特許文献19】I.Moriguchi ほか5名、Chem.Lett.、1171−1172(1999)
【非特許文献20】A.Harada ほか1名,Nature,364, 516−518(1993)
【非特許文献21】S.Stewart ほか1名,Angew.Chem.,Int.Ed.,39,340−344(2000)
【非特許文献22】G.John ほか4名、Adv.Mater.,13,715−718(2001)
【特許文献1】木島 剛、特開2004−99779号公報
【特許文献2】浜田 悦男ほか1名、特開平9−268006号公報
【特許文献3】松生 勝ほか3名、特開2004−143276号公報
【特許文献4】飯島 澄男ほか1名、特許第3077655号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
以上のようにナノチューブ構造に代表されるナノ構造体の合成例、成功例は多数報告されているが、有機物系ナノ構造体(多孔体)は、多くが円筒状細孔が六方状に一体に配列したハニカム構造体を呈しており、一つの独立した状態のチューブ状構造体として得られたとの報告例は限られた成分組成、ないしは限られた製作プロセスによる報告例があるにすぎず、一般的に得られたとの報告は少ない。キチン、あるいはキトサンあるいはキトサンの主成分であるグルコサミンとそれらの誘導体に限っていえば、現在までのところこれらの成分についてナノチューブ構造体を合成したとの報告は、各種研究報文を精査しても、まだない。
本発明は、グルコサミンあるいはキトサンを骨格とする一つの独立した形態のナノチューブ構造体を合成することによって、キチン、キトサンあるいはこれらの主成分であるグルコサミン材料に新たな物理的、化学的性質、例えば生分解性プラスチック材料の材料設計において、より強い強度を付与したり、あるいは、吸着材料設計において特定の大きさの分子に対して、選択的吸着特性を有する、といった物理的、化学的性質を付与することが期待でき、これによってキチン、キトサンあるいはグルコサミンの利用、活用範囲を一段と広げ、促進しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
そのため発明者らにおいては、界面活性剤の存在下で、キトサンの主成分であるグルコサミンと各種アルデヒドを組み合わせて共重合反応を進行させると共に、界面活性剤の円筒状ミセルによる鋳型作用により、チューブ状構造体が形成されるのではとの着想のもとに、グルコサミン系高分子ナノチューブの創製を実現すべく、反応に用いるグルコサミン、共モノマー、触媒及び界面活性剤の種類ならびに反応条件について鋭意研究を進めた結果、グルコサミンの共モノマーとしてホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマー、界面活性剤としてドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムを用いることにより、重合反応が温和に進行し、その結果、グルコサミン/アルデヒド高分子を骨格とするナノチューブ状粒子が成長することを知見、究明した。
本発明は、この知見に基づいてなされたものであり、その構成は以下(1)ないし(6)に記載のとおりである。
【0016】
(1) グルコサミンと、ホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマーとの共重合体を骨格成分とし、外径5〜10nm、内径約1.5〜5nm、肉厚1.5〜3nm、長さ10nm以上のチューブ状形態を有することを特徴とする、グルコサミン重合体ナノチューブ。
(2) グルコサミンまたはその塩酸塩と、ホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマーを重合させ、ついで、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム等のアルキルベンゼンスルホン酸塩よりなる群から選択された界面活性剤すくなくとも1種を含む水溶液に滴下混合し、撹拌条件下で反応させることを特徴とする、前記(1)記載のグルコサミン重合体ナノチューブの製造方法。
(3) 前記(1)に記載するグルコサミン重合体ナノチューブを繊維または高分子材料設計における配合材料として使用することを特徴とする、繊維または高分子用コンポジット材。
(4) 該繊維または高分子材料設計における配合材料が専ら生分解性配合材料として使用されるものであることを特徴とする、前記(3)記載の繊維または高分子用コンポジット材。
(5) 該繊維または高分子材料が、専ら医療用に使用される繊維または高分子材料であることを特徴とした、前記(3)に記載の繊維または高分子用コンポジット材。
(6) 該医療用に使用される繊維または高分子材料が、専ら手術用糸として使用されることを特徴とする、前記(5)に記載の繊維または高分子用コンポジット材。
(7) 該手術用糸が生分解性手術用糸として使用されることを特徴とする、前記(6)に記載の繊維または高分子用コンポジット材。
(8) 前記(1)に記載するグルコサミン重合体ナノチューブを吸着分離操作における吸着剤として使用することを特徴とする吸着分離剤。
(9) 該吸着分離剤が、吸着分離後専ら貯蔵材として使用されることを特徴とする前記(8)に記載の吸着分離剤。
(10) 前記(1)に記載するグルコサミン重合体ナノチューブを専ら医薬品用基材として使用することを特徴とする、医薬品用基材。
(11) 該医薬品用基材の中には化粧品基材として使用する態様を含んでいることを特徴とする前記(10)に記載の医薬品基材。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、キトサンの高分子ナノチューブが前述のような組成と構造になっているため、次のような効果が奏せられ、期待できる。
(1)繊維、プラスチックなどの高分子、特に生分解性ポリマーとのコンポジット材として用いた場合、その構造がチューブ状であることにより通常の線状高分子に比べて力学特性に優れ、かつ組成的に生分解性を兼ね備えているため、生分解性ポリマーの材料設計において、強度を飛躍的に向上、改善することが期待できる。
(2)また、繊維、プラスチックなどの高分子のコンポジット材として用いた場合、その構成単位であるグルコサミンが抗菌性などの薬効性を有するため、高分子材料に抗菌性、薬効性を賦与することが期待できる。
(3)分離剤、吸着剤または貯蔵剤として用いた場合、その内径2〜5nmより小さい分子やイオンのみがチューブ内部に侵入できるため、ノニールフェノール、フタル酸エステル等の内分泌撹乱物質やアミノ酸のような比較的サイズの小さい物質とタンパク質等の高分子量物質との選択的分離が可能となり、分子レベルの選択的分離材として大いに機能することが期待される。また、本発明で対象とするキチン、キトサンおよびキトサンの主成分であるグルコサミンは、それ自体食品材料、医薬品材料、化粧料等に使用されるものであり、人体に対して有用な成分でもあり、そのナノチューブ内に抗ガン剤等薬効成分を貯蔵、担持し、医薬として服用することにより、薬剤の徐放効果が期待される。さらに、遅効性が要求される各種反応においても同様の作用により、極めて有効な反応調整剤としての効果も期待される。
(4)化粧品基材として用いた場合、その構造がチューブ状であることにより保水性に優れ、かつその構成単位であるグルコサミンが抗菌性などの薬効性を有するため、高機能性の化粧品基材として機能することが期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明を実施するにあたって好ましい態様は、以下の通りである。
本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブは、グルコサミンと、ホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマーとの共重合体を骨格成分とし、外径5〜10nm、内径約1.5〜5nm、肉厚1.5〜3nmのチューブ状形態を有することを特徴としている。
【0019】
本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブは、さらに、上記厚さが2〜3nmである構成がより好ましい。
【0020】
本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブは、さらに、長さが少なくとも10nm以上の長さを有するものであることがより好ましい。
【0021】
本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブは、さらに、繊維、プラスチックとのコンポジット材として用いられる構成がより好ましい。
【0022】
本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブは、さらに、分離剤、吸着剤または貯蔵剤として用いられる構成がより好ましい。
【0023】
本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブは、さらに、医用基材、化粧品基材として用いられる構成がより好ましい。
【0024】
本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブの製造方法は、グルコサミンまたはその塩酸塩と、ホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマーを重合させる重合工程と、上記重合工程で得られた前駆体を、グルコサミンまたはその塩酸塩とドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム等のアルキルベンゼンスルホン酸塩よりなる群から選択された界面活性剤1種を含む水溶液に滴下混合し反応させる反応工程を含むことを特徴としている。
【0025】
本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブの製造方法は、さらに、上記重合工程と上記反応工程では、上記水溶液を撹拌しながら重合あるいは反応する方法がより好ましい。
【0026】
本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブの製造方法は、さらに、上記重合工程と上記反応工程では、上記水溶液の液温を40〜100℃の範囲内にすることがより好ましい。
【実施例】
【0027】
この出願の発明は、以上の特徴を持つものであるが、以下、本発明を実施例及び添付した図面に基づいて説明する。ただし、これらの実施例等は、あくまでも本発明を容易に理解するための一助として開示するものであって、本発明を限定する趣旨ではない。本発明のねらいとするところはグルコサミン系高分子を主要成分として組織された、内径約1.5〜5nm、肉厚1.5〜3nm、長さ10nmのチューブ状形態を有する化合物を提供するところにあることは、前述したとおりである。その含有成分と構造は、グルコサミンと1種以上のアルデヒド類との共重合体を骨格成分とする特定寸法のナノチューブであり、その構成成分は、グルコサミンとアルデヒド類に関しても、組成的に多様な組み合わせを許容するものであることに加え、付加反応等の操作により骨格組織中に容易に他の置換基を導入することができることから、本発明はこれらの態様も含め多様な組み合わせ、態様を含むものである。
【0028】
また、製造方法の骨子は、グルコサミンとアルデヒド類1種類以上を反応させてできる共重合体をグルコサミンと少なくとも1種類の界面活性剤を含む水溶液に加え、鋳型存在下での重合反応をさらに進行させることによって特定寸法のナノチューブを誘導するものであり、ナノチューブを構築するための各段階での最適反応温度や反応混合物組成も対象とするモノマー種や用いる界面活性剤の特性によって多様に変化する。以下に示す各実施例は、このような多様な態様を含む本発明に対して、あくまでも一つの態様例を示すものであり、本発明は、これらの実施例によって限定されない。
【0029】
図3a、図3bおよび図3cは、以下に示す実施例1〜3で得られた本発明のグルコサミン系高分子ナノチューブの透過形電子顕微鏡による観察写真であるが、これらのデータを仔細に検討した結果、本発明の高分子組織は極肉薄または肉厚、末端閉鎖型で中空のチューブ状構造を呈していることが判った。この図3に基づく観察結果も含め本発明のグルコサミン系高分子ナノチューブの製造方法とこの製造方法によって合成された高分子組織の構造や、各種機器分析の結果を以下に記載する実施例において明らかにする。
【0030】
実施例1;
グルコサミン塩酸塩(Wako Co.Ltd.製)をホルムアルデヒド溶液(Wako Co.Ltd.製)に加えた後、撹拌下、80℃で14時間反応させ(重合工程)、グルコサミン塩酸塩、ホルムアルデヒド、水、メタノールの混合モル比1:2:50:0.4の前駆反応混合物を調製した。ついで、この反応混合物を、同じく80℃に保持したグルコサミン塩酸塩、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムおよび水のモル比0.1:x:80(x=0.1、0.2)の混合溶液に滴下して、撹拌下、その温度で6時間反応させた(複合化工程)。
ここで、前段の重合工程と後段の複合化工程を総括したグルコサミン塩酸塩、ホルムアルデヒド、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、水およびメタノールの混合モル比を1.15:2:x:85:0.4(ただし、x=0.1、0.2)に調整した。生成した固相を遠心分離した後、洗浄し、減圧乾燥を行うことにより、固体生成物を得た。また、得られた固体生成物を粉砕し、薄茶色の粉末を得た。
前段の重合工程では、前躯反応混合物を減圧乾燥した試料1は、走査型電子顕微鏡像より、直径5〜50μmの球状粒子が生成していることが分かった(図1a)。GPC分析によると、この球状粒子は、分子量1.3×106以上の高分子であり、さらにCHN元素分析により、組成(C7.914.85.9N・(HCl)0.4nのグルコサミン塩酸塩/ホルムアルデヒド共重合体であると同定された。また、その構造は非晶質であることもX線回折測定により確認された(図2a)。
複合化工程で得られたx=0.1の最終生成物2aは、走査型顕微鏡による観察によれば、不定形の破片状形態を呈していた(図1b)。しかし、透過型電子顕微鏡で観察すると、この不定形粒子は内径約2nm、外径約6nm、長さ数百nmのナノチューブ粒子の凝集体であることが確認された(図3a)。また、同試料のXRDパターンは、低角度域にヘキサゴナル構造に起因するd=3.4nmの長周期ピーク、2θ=18°付近にd=0.49nmのドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムのベンゼン環に起因するブロードな回折ピークを与えた(図2b)。FT−IR吸収スペクトルによる分析では、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムのアルキル鎖とスルホン酸基に帰属される吸収ピークが、各々2950cm-1と1193cm-1付近に、グルコサミン環に帰属される吸収ピークが1193cm-1付近に観測された(図4b)。一方、x=0.1の生成物2aと同様な手順で得られたx=0.2の生成物2bでは、ナノチューブの生成は認められないが、ヘキサゴナル構造に起因するd=3.2nmの回折ピークの強度が著しく増大した(図2c)。これは、鋳型となる界面活性剤の添加量を増やすと、円筒状ミセルが融合しやすくなり、ナノチューブ構造体よりもヘキサゴナル構造体の生成が促進されることを示している。以上の結果は、本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブを得るには、界面活性剤の添加量xをx=0.1程度またはそれ以下にすることが好ましいことを示している。
【0031】
実施例2;
実施例1と同一の手順、同一の条件で調製した反応前駆溶液を、約25℃に保持したグルコサミン塩酸塩、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムおよび水のモル比0.1:0.1:80の混合溶液に滴下した後、再び80℃に加熱し、撹拌下、その温度で6時間反応させた(複合化反応)。この場合も、前段の重合反応と後段の複合化反応を総括したグルコサミン塩酸塩、ホルムアルデヒド、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、水およびメタノールの混合モル比を1.15:2:0.1:85:0.4に調整した。生成した固相を遠心分離した後、洗浄し、減圧乾燥を行うことにより、固体生成物を得た。
このようにして得られた固体生成物3aは、透過型電子顕微鏡による観察の結果、内径約2nm、外径約10nm、壁厚4nm、長さ数百nmで、末端が閉じたナノチューブの凝集体であることが確認された(図3b)。これは、約25℃という比較的低い温度で前駆体高分子溶液と界面活性剤を混合したため、実施例1の場合に比べて、界面活性剤分子がつくる円筒状ミセルの外表面に析出する高分子の量が増加したため、チューブの壁厚がより厚くなり、さらには末端が閉じたチューブが生成するのである。
また、X線回折より、ヘキサゴナル構造体の生成も認められるが、実施例1に比べてピーク強度はむしろ低下している(図2d)。これより、壁厚の増大はチューブ構造を安定化するため、チューブ構造体が増え、ヘキサゴナル構造体の生成が抑制されることがわかる。
【0032】
実施例3;
実施例1と同一の手順、同一の条件で調製した反応前駆溶液を、40℃に保持したグルコサミン塩酸塩、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムおよび水のモル比0.1:0.1:80の混合溶液に滴下した後、同温度で撹拌下、6時間反応させた(複合化反応)。この場合も、前段の重合反応と後段の複合化反応を総括したグルコサミン塩酸塩、ホルムアルデヒド、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、水およびメタノールの混合モル比を1.15:2:0.1:85:0.4に調整した。生成した固相を遠心分離した後、洗浄し、減圧乾燥を行うことにより、固体生成物を得た。このようにして得られた固体生成物は、透過型電子顕微鏡による観察より、内径約2nm、外径約6nm、長さ数百nmのナノチューブ粒子の凝集体であることが確認された(図3c)。
【0033】
本発明は、以上、実施例でも記載したように、2段階反応によってキトサンの主成分であるグルコサミン重合体ナノチューブを得ているが、前段の重合反応によって得られる反応混合物は、重合体が反応媒体溶液に溶解した状態で得られていることが次工程の複合化反応を行う上において必要である。前段の重合反応はこのことに留意して行う必要がある。すなわち、後段の複合化反応は、界面活性剤から成る円筒状ミセルにポリマー分子が結合して複合化する反応であり、ミセル表面のスルホン酸基に、重合体のポリマー分子を構成するグルコサミン環のアンモニウム基が化学的に結合し、複合体を形成する。この反応によって重合体分子が円筒状に配列し、高分子ナノチューブが形成される。このため、前段の重合反応工程で生成する重合体生成物は固相に析出する状態は避けるべきである。高分子の重合反応は、基本的には前段の反応でほぼ終了する。ただし、上記実施例1では、後段の複合反応でグルコサミンを微量加え、この添加によって後段の複合化工程でも重合反応が僅かに進行するが、その意義はポリマーを補強するものである。
重合反応は、基本的には前述したように前段のみでよく、後段で行う必要はない。本発明は、後段の複合反応工程において重合反応を伴わない態様、すなわち、グルコサミンを添加しない態様を含むものである。
【0034】
本発明は、以上の実施例に加え、多岐にわたる実験例を積み重ね、得られたデータを整理した結果、グルコサミン系高分子からなるナノチューブ構造とその内径、外径、厚み、長さ等が特定されたものである。すなわち、本発明にかかるグルコサミン系高分子ナノチューブは、グルコサミンと、ホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマーとの共重合体を骨格成分とし、外径5〜10nm、内径約1.5〜5nm、肉厚1.5〜3nmのチューブ状形態を有することが特定され、確認されたものである。
【0035】
なお、有機系材料において独立したナノチューブ構造体を作製した事例としては、内径10〜15nm、外径40〜50nmの脂質ナノチューブを合成した報告例(非特許文献22)、ならびに界面活性剤のアルキルアンモニウム塩存在下で反応させことにより外径5〜9nm、内径約1.5〜5nm、フェノール系高分子ナノチューブを合成した例(特許文献1)があるが、これらは、本発明で意図するものとは構成する成分を全く異にし、あるいはナノチューブを作製する手法を異にしているものである。これに対し、本発明は、天然に大量に産し、食品分野、医薬、各種医療材料、農業等、各種技術分野において近年特に注目されている、キチン、キトサンの主成分であるグルコサミンを原料として、グルコサミンあるいはその塩をアルデヒド類と共重合し、全く新しい形態であるナノチューブ状高分子複合体とその製造方法並びにその用途を提供するもので、上記先行技術とは全く異質な発明であることは、明白である。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明は、近年、各種技術分野において様々な用途に供され、かつ着目されているキチン、キトサンの主成分である、グロコサミンあるいはその塩を、特定のプロセス、条件の下で重合し、複合化させることによって、新規な形態のグルコサミン重合体のナノチューブ構造体を提供するものであり、これによって特有な力学特性、吸着特性を有する新しい重合体を提供するもので、特有な作用効果を奏することが期待され、従来の利用技術分野のみならず、前述した利用分野、すなわち、生分解性ポリマー、抗菌性材料、吸着材料、医用・化粧料用材料等をはじめ各種技術分野における材料として利用され、これによって産業の発展に大いに寄与することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明のチューブ状化合物およびその前駆物質の走査型電子顕微鏡写真による観察図。 図中(a)は実施例1で前駆体として調製された高分子、(b)は実施例1のx=0.1の条件で得られた高分子ナノチューブの外形を示す。
【図2】本発明のチューブ状化合物およびその前駆物質のX線回折を示す図。図中(a)は実施例1で前駆体として調製された高分子、(b)は実施例1においてx=0.1の条件で得られたチューブ状生成物、(c)は実施例1においてx=0.2の条件で得られた生成物、dは実施例2においてx=0.1の条件で得られたチューブ状生成物の回折データを示す。
【図3】本発明のチューブ状化合物の透過形電子顕微鏡写真による観察図。図中(a)は実施例1においてx=0.1の条件で得られたチューブ状生成物、(b)は実施例2においてx=0.1の条件で得られたチューブ状生成物、(c)は実施例3で得られたチューブ状生成物を示す。
【図4】本発明のチューブ状化合物およびその前駆物質の赤外吸収スペクトルを示す図。図中(a)は、実施例1で前駆体として調製された高分子、(b)は実施例1においてx=0.1の条件で得られたチューブ状生成物を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコサミンと、ホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマーとの共重合体を骨格成分とし、外径5〜10nm、内径約1.5〜5nm、肉厚1.5〜3nm、長さ10nm以上のチューブ状形態を有することを特徴とする、グルコサミン重合体ナノチューブ。
【請求項2】
グルコサミンまたはその塩酸塩と、ホルムアルデヒド、フルフラール等のアルデヒド類の中から選択された1種以上のモノマーを重合させ、ついで、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム等のアルキルベンゼンスルホン酸塩よりなる群から選択された界面活性剤すくなくとも1種を含む水溶液に滴下混合し、撹拌条件下で反応させることを特徴とする、請求項1記載のグルコサミン重合体ナノチューブの製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載するグルコサミン重合体ナノチューブを繊維または高分子材料設計における配合材料として使用することを特徴とする、繊維または高分子用コンポジット材。
【請求項4】
該繊維または高分子材料設計における配合材料が専ら生分解性配合材料として使用されるものであることを特徴とする、請求項3記載の繊維または高分子用コンポジット材。
【請求項5】
該繊維または高分子材料が、専ら医療用に使用される繊維または高分子材料であることを特徴とした、請求項3記載の繊維または高分子用コンポジット材。
【請求項6】
該医療用に使用される繊維または高分子材料が、専ら手術用糸として使用されることを特徴とする、請求項5記載の繊維または高分子用コンポジット材。
【請求項7】
該手術用糸が生分解性手術用糸として使用されることを特徴とする、請求項6記載の繊維または高分子用コンポジット材。
【請求項8】
請求項1に記載するグルコサミン重合体ナノチューブを吸着分離操作における吸着剤として使用することを特徴とする吸着分離剤。
【請求項9】
該吸着分離剤が、吸着分離後専ら貯蔵材として使用されることを特徴とする請求項8記載の吸着分離剤。
【請求項10】
請求項1に記載するグルコサミン重合体ナノチューブを専ら医薬品用基材として使用することを特徴とする、医薬品用基材。
【請求項11】
該医薬品用基材の中には化粧品基材として使用する態様を含んでいることを特徴とする請求項10記載の医薬品用基材。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−45254(P2006−45254A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−223810(P2004−223810)
【出願日】平成16年7月30日(2004.7.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年3月11日 社団法人日本化学会発行の「日本化学会第84春季年会 講演予稿集1」に発表
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】