説明

グルコラファニンを高含有するダイコン系統の作出方法

【課題】 食材としての利用価値に極めて優れた植物であるダイコンについて、;化学的処理や外来遺伝子導入処理を経ることなく、発ガン抑制作用を有するグルコラファニンを高含有するダイコン植物体を低コストで提供することを目的とする。
【解決手段】 植物体におけるグルコエルシン含有量が、10μmol/g(乾燥重)以上であり、且つ、4-methylthio-3-butenyl glucosinolate含有量が、グルコエルシン含有量の1/5以下である、ダイコン個体を選抜し、当該ダイコン個体に対して、自殖操作を1回以上行うことにより、スプラウトにおけるグルコラファニン含有量が、5μmol/g(乾燥重)以上である系統を選抜することを特徴とする、種子、スプラウト、および幼苗にグルコラファニンを高含有するダイコン系統の作出方法、を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種子、スプラウト、および幼苗においてグルコラファニンを高含有するダイコン系統の作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イソチオシアネートの一種である「スルフォラファン」は、体内の代謝過程で生じる発ガン物質の活性化を打消す第二相解毒酵素を強く誘導する作用があり、ガン予防に重要な役割を果たすことが明らかにされている(非特許文献1参照)。
【0003】
一般的にブロッコリーを主とするアブラナ科アブラナ属のオレラセア種(Brassica oleracea L.)のスプラウトや種子には、スルフォラファンの前駆体グルコシノレート(GSL)である「グルコラファニン」が豊富に含まれる。また、当該植物の組織中に含まれるグルコラファニンは、組織が破壊されると内在性の酵素ミロシナーゼにより加水分解され、スルフォラファンを生じることが知られている(特許文献1,2、非特許文献2参照)。また、グルコラファニンを単独摂取した場合においても、腸内細菌の働きによって、スルフォラファンに変換されて、腸管から吸収されると考えられる。
そこで、これらの植物のスプラウトを発ガンリスク低減食品として利用する方法が世界的に注目されている。
しかし、ブロッコリー等のスプラウトは、サイズが極めて小さく、食感なども劣り、食材としての利用場面が限られたものとなっている。
【0004】
一方、ダイコンは、アブラナ科ダイコン属のサティバス種(Raphanus sativus L.)に属するものであり、アブラナ科植物の中でも特に食材として利用価値の高い植物の一つである。特に、根や葉は、食材として極めて重要な部位であるが、発芽直後のスプラウト(カイワレ大根)や幼苗期の葉(ベビーリーフ)についても、食材としての利用価値が高いものと認められている。
しかし、ダイコンにグルコラファニンが利用可能な程度で高含有されるという報告はこれまでにない。ダイコンに含まれるグルコシノレートの主成分は、4-methylthio-3-butenyl glucosinolate(4MTBG)である。当該物質がミロシナーゼによって加水分解されると、イソチオシアネートである4-methylthio-3-butenyl isothiocyanate(4MTBI)が得られるが、この物質は生理条件下や加工食品製造過程で不安定なために分解が早く、強い発ガン予防作用等の生理活性をあまり期待できないとされてきた。
【0005】
そこで、ダイコンを利用する方法としては、4MTBGから生成されるグルコラフェニン(グルコラファニンの構造類似体のグルコシノレート)に水酸化反応を介した化学的工程を施してグルコラファニンに変換して利用する方法(特許文献3)がある。
しかし、当該化学的工程を施してグルコラファニンに変換する方法は、グルコラフェニンの抽出操作を行うことに加えて、水酸化反応を行うための特殊な反応装置を必要とするため、生産レベルではコスト的に大きな問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3359642号公報
【特許文献2】特表2002−519043号公報
【特許文献3】特開2008−189652号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 91: 3147-3150 (1994)
【非特許文献2】J. Agric. Food Chem., 52: 916-926 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では、上記課題を解決し、食材としての利用価値に極めて優れた植物であるダイコンについて、;化学的処理や外来遺伝子導入処理を経ることなく、発ガン抑制作用を有するグルコラファニンを高含有するダイコン植物体を、低コストで提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、国内外のダイコン遺伝資源650品種系統の中から、ダイコンにおけるグルコシノレートの主成分である4MTBGの代わりに、「グルコエルシン」を含有するダイコン個体(系統)を見出した。
さらに発明者らは、このグルコエルシンを含有する個体に対して、自殖操作を行うことによって、種子および発芽後の幼苗期に「グルコラファニン」を高含有する系統が得られることを見出した。
なお、ダイコンにおいて、グルコラファニンを含有する品種系統は、これまでに作出されていない。
【0010】
このようにして得られたダイコン系統の植物体(種子、スプラウト、幼苗)は、グルコラファニンを高含有するものであり、特にスプラウトや幼苗期の葉は、グルコラファニンを高含有する食材(カイワレ大根、ベビーリーフ)として、利用価値の高いものである。
【0011】
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
即ち、〔請求項1〕に係る本発明は、以下の(a)及び(b)の工程を順に行うことを特徴とする、種子、スプラウト、および幼苗にグルコラファニンを高含有するダイコン系統の作出方法、に関するものである。
(a):植物体におけるグルコエルシン含有量が、10μmol/g(乾燥重)以上であり、且つ、4-methylthio-3-butenyl glucosinolate含有量が、グルコエルシン含有量の1/5以下である、ダイコン個体を選抜する工程。
(b):前記(a)で選抜されたダイコン個体に対して、自殖操作を1回以上行うことにより、スプラウトにおけるグルコラファニン含有量が、5μmol/g(乾燥重)以上である系統を選抜する工程。
また、〔請求項2〕に係る本発明は、前記(a)の工程における選抜が、ダイコン品種「西町理想」からの選抜である、請求項1に記載のダイコン系統の作出方法、に関するものである。
また、〔請求項3〕に係る本発明は、前記(a)の工程における選抜が、ダイコン品種群「東北地大根」に属する辛味大根のダイコン系統からの選抜である、請求項1に記載のダイコン系統の作出方法、に関するものである。
また、〔請求項4〕に係る本発明は、前記(b)の工程におけるグルコラファニン含有量を指標とした選抜が、20μmol/g(乾燥重)以上である、請求項1〜3のいずれかに記載のダイコン系統の作出方法、に関するものである。
また、〔請求項5〕に係る本発明は、前記(b)の工程の後、;請求項4に記載の前記(b)の工程で選抜された系統に対して、前記自殖操作をさらに1回以上行うことにより、当該選抜系統よりもグルコラファニン含量が高められた系統を選抜することを特徴とする、;請求項4に記載のダイコン系統の作出方法、に関するものである。
また、〔請求項6〕に係る本発明は、請求項1〜5のいずれかの方法により作出されたダイコン系統、に関するものである。
また、〔請求項7〕に係る本発明は、請求項6に記載のダイコン系統の種子を発芽させて得られた、グルコラファニンを高含有するカイワレ大根、に関するものである。
また、〔請求項8〕に係る本発明は、請求項6に記載のダイコン系統の種子を発芽させ、発芽後40日まで生育した幼苗から得られた、グルコラファニンを高含有するベビーリーフ、に関するものである。
また、〔請求項9〕に係る本発明は、請求項6に記載のダイコン系統の種子、;当該種子を発芽させたスプラウト、;当該スプラウトを生育させた発芽後40日までの幼苗、;および成熟した本葉、;から選ばれる1以上を抽出原料として用いることを特徴とする、グルコラファニンの製造方法、に関するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、外来遺伝子導入処理を経ることなく、発ガン抑制作用を有するグルコラファニン(機能性成分)を高含有するダイコン系統を作出することを可能とする。
また、本発明では、ダイコン植物体を化学的処理することなく、グルコラファニンを高含有するダイコン植物体を提供することが可能となる。
【0013】
これにより、本発明により、グルコラファニンを高含有するダイコン植物体の食材(特にカイワレ大根、ベビーリーフ)を、安全性が高く且つ低コストで提供することが可能となる。なお、本発明におけるカイワレ大根は、従来のブロッコリーのスプラウト食品に比べて、大きさや食味などが大きく異なるものであり、食材としての消費者の需要は、極めて高いものである。
また、本発明におけるダイコン植物体(種子、スプラウト、幼苗、成熟した本葉)は、グルコラファニンの抽出製造原料として用いることができるため、医薬成分や栄養助剤(サプリメント)の有効成分を安価に提供することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】推定された2種類のアリファティック系GSLの生合成経路を示す図である。図中の‘実線’は通常のダイコン品種系統を、‘破線’は本発明の作出系統における生合成経路を示す。 (A) ジホモメチオニンからグルコエルシンを経ることなく、4MTBGが合成される場合の生合成経路図。(B) ジホモメチオニンからグルコエルシンを経て、4MTBGが合成される場合の生合成経路図。
【図2】実施例1において、グルコエルシン含有個体と4MTBG含有個体のGSL組成を比較したHPLCの結果を示す図である。
【図3】実施例2,3において作出された、グルコラファニン高含有系統の写真像図である。(A):「西町理想」から作出されたNMR系統。(B):「東北地大根」に属する辛味大根から作出されたTZ系統。
【図4】実施例4において、親世代の根部グルコエルシン含有量と子世代のスプラウトのグルコラファニン含有量の関係を示した図である。
【図5】実施例8において、スプラウトの成長に伴うGSL組成の経時変化を示した図である。
【図6】実施例9において、in vitro(ラット肝由来RL34細胞)におけるグルコラファニン高含有ダイコン系統スプラウトのGST誘導活性を示した図である。
【図7】実施例9において、in vivo(マウス経口摂取後の肝臓)におけるグルコラファニン高含有ダイコン系統スプラウトのGST誘導活性を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、種子、スプラウト、および幼苗においてグルコラファニンを高含有するダイコン系統の作出方法に関する。
【0016】
〔ダイコンGSLの主要成分〕
本発明における‘ダイコン’とは、アブラナ科ダイコン属のサティバス種(Raphanus sativus L.)に属する植物を指すものである。
ダイコンは、現在、世界中で1000以上の品種系統が存在するが、そのほとんど全ての品種系統は、GSL(グルコシノレート)の主要成分として4MTBG(4-methylthio-3-butenyl glucosinolate、別名:グルコラファサチン)を有するものである。
4MTBGは、以下の化学式(1)に示す構造からなる化合物であり、アリファティック系GSLの生合成経路において、ジホモメチオニンから4MTBGが合成されるものである。
また、4MTBGは、ダイコンの内在性酵素のミロシナーゼの働きによって、イソチオシアネートの一種である4MTBI(4-methylthio-3-butenyl isothiocyanate、別名:ラファサチン)に加水分解され、辛味成分の一つとなることが知られている。
【0017】
【化1】

【0018】
〔グルコエルシン含有個体の選抜:(a)工程〕
本発明では、まず、GSLの主成分として、グルコエルシンを含有するダイコン個体を選抜する工程を行うことを要するものである。
ここで‘グルコエルシン(Glucoerucin)’とは、以下の化学式(2)に示す構造からなる化合物であり、4MTBGに存在する二重結合が1つ存在しない点で構造が異なる。
【0019】
【化2】

【0020】
・母集団の選抜
本工程では、ダイコンの品種系統において網羅的にスクリーニングを行う場合、同一品種系統内の複数の個体をサンプルとして混合し、一つのサンプルとしたものから、グルコエルシンを含有する個体が含まれる品種系統を最初に選抜することが、選抜効率を向上できる点で有効である。
【0021】
膨大な数のダイコンの品種系統のうち、グルコエルシン含有個体を見出すことができる品種系統としては、具体的には、品種「西町理想」、品種群「東北地大根」に属する辛味大根のわずか2品種系統を挙げることができる。
なお、これら2品種系統は、お互いの類縁関係が遠く、国内では異なる品種群に属する品種系統である。
ここで、品種「西町理想」は、根形は尻部がやや太いつまり状で、根長は30〜50cm、根径6〜10cmと細長い根形を示し、根重は600〜1200g程である。肉質は緻密で柔らかく、煮食や、たくあん漬に適した品種である。
また、品種群「東北地大根に属する辛味大根」とは、当該品種群に含まれる辛味大根の系統を指すものである。ここで、‘辛味大根’とは、根形は腰高〜長円錐を示し、根長は10〜15cmで、根径は7〜10cm、根重は200〜400g程である。肉質は硬く(水分含量が少なく)、辛味成分(通常のダイコン品種系統では4MTBGから生成される4MTBI)が多く含まれるため、大根おろしや薬味等に適した種類である。
【0022】
これらの2品種系統を当該選抜工程の母集団とすることによって、1/10〜1/50程度の頻度(少なくとも1/100程度よりは高い頻度)で、グルコエルシンをGSLの主要成分とする個体を選抜することが可能となる。なお、これらの品種系統以外のものを母集団とした場合、グルコエルシンを含有する個体を得ることはできないか、もしくは極めて膨大な探索実験が必要となる。
【0023】
・選抜基準
ここで選抜基準(指標)となるグルコエルシンの含有量としては、植物体の乾燥重量に対して、10μmol/g以上、好ましくは15μmol/g以上、さらには30μmol/g以上、特には50μmol/g以上、を挙げることができる。
なお、当該選抜したグルコエルシン含有個体は、4MTBGやその誘導体(グルコラフェニン等)を全く含有しないか、もしくは微量(多くともグルコエルシン含有量の1/5以下、好ましくは1/10以下、さらには1/50以下)しか含有しない個体である。
これは、当該選抜個体では、アリファティック系GSLの生合成経路において、A) ジホモメチオニンから4MTBGが合成されずにグルコエルシンが合成されるようになったためか、B) グルコエルシンから4MTBGへの代謝が阻害されているためと考えられる(図1:推定された生合成経路図、参照)。
【0024】
当該グルコエルシンと4MTBG含有量の測定部位は、植物体のいずれの発育段階における部位や組織(例えば、種子、スプラウト、幼苗、成熟根、成熟した本葉、花茎)であってもよい。
ここで、‘スプラウト’とは、子葉と胚軸(および根)からなる発芽直後の芽の状態のものを指すものである。
また、ここで‘幼苗’とは、若い本葉が出てから発芽後40日目までの植物体を指すものである。
なお、当該工程で選抜される個体のグルコエルシンは、発育が進むにつれて含有量が高くなる傾向がある。また、種子や発育が未熟な段階では植物体全体に含まれるが、成熟するにつれて特に根部に多く含まれる傾向がある。
そこで、本工程における具体的な測定部位として、グルコエルシンが高含有される観点から、スプラウトや成熟根で測定することが望ましい。
なお、組織や部位が容易に入手できるという点では、幼苗や成熟した本葉を測定に用いることが望ましい。これらの部位で上記基準値の条件を満たしていた場合は、スプラウトや成熟根においても上記基準値を満たしているものと認められる。
また、植物体の一部(例えばスプラウトの場合は子葉の一枚)を測定に用いた場合は、残りの部位を生育させることで個体を維持することができる。
【0025】
なお、グルコエルシンの含有量を測定する手段としては、グルコエルシンを検出定量することができる方法であれば、如何なる方法(例えば、HPLC、ガスクロマトグラフィー、など)も採用することができる。具体的には、ダイコン植物体からGSLを抽出して、HPLCを行うことで測定することができる。
【0026】
なお、本工程で選抜されたグルコエルシン含有個体の中から、グルコラファニン含有量が下記の基準値の条件を満たす個体が直接見出される場合もある。
しかし本発明では、その場合であっても、下記(b)工程の自殖操作を1回以上行い、グルコラファニンを高含有する形質を固定化することを要する。
【0027】
〔グルコラファニン高含有系統の選抜:(b)工程〕
本発明では、前記(a)工程によって選抜されたダイコン個体(系統)に対して自殖操作を行い、得られた子世代からグルコラファニンを高含有する系統を選抜する工程を行うものである。
ここで、‘グルコラファニン(Glucoraphanin)’は、以下の化学式(3)に示す構造からなる化合物である。
グルコラファニンは、アブラナ科の植物が有する内在性酵素ミロシナーゼの働き(または腸内細菌の働き)によって、イソチオシアネートの一種であるスルフォラファンに加水分解されると、発ガン物質の活性化を打消す第二相解毒酵素として機能することが知られている。
【0028】
【化3】

【0029】
・自殖操作
本工程では、前記(a)工程の選抜個体について、自殖操作を行うものである。
ダイコンは、自然状態では他殖によって生殖を行うことが多い植物であり、多くの場合は開花した後は自家不和合性機構を有する。そのため、確実に自殖を行うためには、人為的な操作が必要となる。
具体的には、開花前の蕾段階において、人為的に受粉させることによって行うことができる。なお、自家不和合性機構が弱い品種系統については、袋がけ操作によって自殖を行うことができる。
【0030】
本工程では、前記(a)工程の選抜個体を母集団として、自殖操作を行うことによって、その子世代から、グルコラファニンを高含有する個体を選抜することが可能となる。
なお、グルコエルシンを含有しない個体(前記(a)工程の選抜個体でない個体)に対して自殖操作を行った場合は、グルコラファニンを含有する個体を得ることはできない。
これは、アリファティック系GSLの生合成経路において、A) ジホモメチオニンからグルコエルシンが合成されずに4MTBGが合成されるためか、B) グルコエルシンが合成されても4MTBGに代謝されるためと考えられる(図1:推定された生合成経路図、参照)。
また、前記(a)工程の選抜個体の全てからグルコラファニンを高含有する個体が得られるわけではない。
これは、グルコエルシンからグルコラファニンが合成されるために必要な質的な遺伝子と、グルコラファニン含量に関わる量的な遺伝子が異なるためと考えられる。
【0031】
本工程においては、当該自殖操作を1回行うことにより、グルコラファニン高含有個体(系統)が得られる可能性がある。
しかし、グルコラファニンを高含有するという形質が、その系統に固定されたかどうかを判別するためには、さらに自殖操作を繰り返して(最初の自殖操作と合わせて計2回以上)を行うことが望ましい。
【0032】
・選抜基準
本工程において選抜基準(指標)となるグルコラファニンの含有量としては、スプラウトの乾燥重量に対して、5μmol/g以上、好ましくは10μmol/g以上、さらには15μmol/g以上、さらには20μmol/g以上、さらには30μmol/g以上を挙げることができる。
当該選抜された個体(系統)のグルコラファニンは、グルコエルシンにGSLオキシダーゼが作用して合成されるものと考えられる(図1:推定された生合成経路図、参照)。
【0033】
本工程で選抜したグルコラファニン高含有個体は、前記(a)工程で得られたグルコエルシン含有個体から選抜したものであるので、グルコエルシンを必ず含有するものとなる。
また、当該選抜したグルコラファニン高含有個体は、4MTBGやその誘導体(グルコラフェニン等)を全く含有しないか、もしくは微量(多くてもグルコエルシン含有量の1/5以下、好ましくは1/10以下、さらには1/50以下)しか含有しない個体である。
【0034】
前記選抜基準となるグルコラファニン含有量は、‘スプラウト’の含有量によって判断するものである。
なお、当該工程で選抜される個体のグルコラファニン含有量は、種子で最も含量が多く、発育ステージが進むにつれて含有量が少なくなる傾向がある。また、種子や発芽後生育初期段階では植物体全体に含まれるが、成熟するにつれて根ではほとんど含有されなくなり、葉にわずかに含まれるようになる。
そこで、本工程においては、具体的な測定部位として、スプラウト(本工程での基準部位)で測定することが望ましいが、幼苗の各部位や成熟した本葉を用いることができる。なお、幼苗の各部位や成熟した本葉において上記基準値の条件を満たしていた場合は、スプラウトにおいても上記基準値を上回っているものと認められる。
また、植物体の一部(例えばスプラウトの場合は子葉の一枚)を測定に用いた場合は、残りの部位を生育させることで個体を維持することができる。
【0035】
なお、グルコラファニンの含有量を測定する手段としては、グルコラファニンを検出定量することができる方法であれば、如何なる方法(例えばHPLC、ガスクロマトグラフィー、など)も採用することができる。具体的には、ダイコン植物体からGSLを抽出して、HPLCを行うことで測定することができる。
【0036】
〔グルコラファニンのさらなる高含有化〕
本発明では、前記(b)工程で選抜された個体(系統)のうちグルコラファニン含有量が高いもの(例えば、スプラウトの乾燥重量に対するグルコラファニン含有量が、20μmol/g以上、好ましくは30μmol/g以上、のもの)に対して、さらに自殖操作を行うことによって、得られた子世代からグルコラファニン含有量がさらに高められた個体(系統)を得ることが可能である。
これは、グルコラファニンの‘合成量’の調節は、量的遺伝子によって制御されているためと考えられる。
また、根部のグルコエルシン含有量を指標として、当該含有量の高い個体に対して自殖操作を行うことによっても、その子世代のスプラウトにおけるグルコラファニン含有量が高い個体(系統)を得ることが可能である。
【0037】
〔作出されたダイコン系統とその利用〕
・作出系統
上記により得られたダイコン系統は、種子、スプラウト、および幼苗の植物体にグルコラファニンを高含有するものである。
ここで、グルコラファニンを高含有する幼苗としては、具体的には発芽後40日迄(特には35日迄)のものを挙げることができる。
また、当該作出系統の植物体は、個体の成熟につれてグルコラファニン含量は低くなる傾向にあるが、成熟した植物体においても、根や葉にわずかにグルコラファニンが含まれる。
【0038】
当該ダイコン系統として、具体的には、品種「西町理想」から作出されたNMR154N(安濃5号、安濃6号)、NMR366N、NMR333H-3Nなど、;品種群「東北地大根」に属する辛味大根から作出されたTZ50N(安濃7号、安濃8号)、TZ47N、TZ19N、TZ48Nなど、;を挙げることができる。
【0039】
・高機能食材としての利用
当該系統の種子を発芽させて得られたスプラウトは、‘カイワレ大根’として提供することで、食材としての利用価値が極めて高いものとなる。
また、前記幼苗についても、‘ベビーリーフ’として提供することで、食材として利用することができる。
なお、当該食材を用いた食品として摂取した場合、植物組織中のミロシナーゼの働きにより、グルコラファニンから‘スルフォラファン’への変換が起こりやすく、機能性成分の摂取形態としてはより好適である。
【0040】
・機能性食品や医薬としての利用
また、当該系統の植物体における前記グルコラファニンを高含有する部位や組織(特にスプラウト)は、乾燥粉末等にすることで、抗発ガン作用を有する栄養助剤(サプリメント)や医薬品の形態とすることもできる。
剤の形態としては、粉末状、細粒状、顆粒状、などとすることができ、カプセルに充填する形態の他、水に分散した溶液の形態、賦形剤等と混和して得られる錠剤の形態とすることもできる。
また、種々の飲食品(例えば、ビスケット、ドリンク、スープ、ゼリー、キャンディ等)の原料に添加することで、機能性飲食品として利用することもできる。
【0041】
・グルコラファニン抽出原料としての利用
当該系統の種子、スプラウト、幼苗、成熟個体の本葉は、グルコラファニンを製造するための抽出原料として利用することができる。なお、グルコラファニン含有量の観点から、前記グルコラファニンを高含有する部位や組織(特には、種子、スプラウト)を用いることが好適である。
グルコラファニンの抽出としては、当該植物体原料を、細片化、破砕、擂潰、粉末化等の処理を行った後、有機溶媒(メタノール、エタノール等)や熱水抽出することで、グルコラファニンを含むGSLの粗抽出物を得ることができる。
また、上記破砕等の操作を行った原料に、水分を加えて静置等することで、内在性ミロシナーゼの活性により、グルコラファニンをスルフォラファンに変換することもできる。
その後、合成吸着樹脂担体等によるカラム精製により、高純度化を行うことができる。また、ODSカラムクロマトグラフィーなどによって、グルコラファニンやスルフォラファンを精製単離することもできる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0043】
〔実施例1〕 グルコエルシンを含有するダイコン個体の選抜
(1)網羅的解析
国内外のダイコン遺伝資源650品種系統に対して、グルコシノレート(GSL)の一種であるグルコエルシンを含有する個体を網羅的に探索した。
上記種子を暗黒条件下(24℃)で水耕栽培し、播種から6日目のスプラウト(子葉、胚軸)を1品種に付き20本程度サンプリングした。
得られたスプラウト約20本分の子葉及び胚軸の混合サンプルに、70%メタノールを加えて75℃ウォーターバス内で加熱することによって、酵素ミロシナーゼを失活させた。その後、組織を破砕してGSLをメタノール抽出した。
抽出した粗GSL溶液を定法により脱硫化し、デスルホグルコシノレートとした。デスルホグルコシノレートは定法に従ってHPLC分析した。分離された各デスルホグルコシノレートは内部標準であるシニグリン換算で定量化することで、GSL組成を解析した。
【0044】
その結果、分析した650品種系統のうちの品種「西町理想」、品種群「東北地大根」に属する辛味大根において、約20個体のスプラウト中に1〜2個体のグルコエルシンを含有する個体(系統)が含まれていることが示唆された。
なお、これら2品種系統以外の全ての品種系統(648種)からは、グルコエルシンを含有する個体の存在を見出すことはできなかった。
【0045】
(2)特定品種系統からのグルコエルシン含有個体の選抜
そこで、グルコエルシン含有個体の存在が示唆された品種「西町理想」、品種群「東北地大根」に属する辛味大根の系統に注目し、これらを母集団にして、グルコエルシン含有個体の選抜を行った。
当該2品種系統の種子を改めて圃場に播種し、生育した成熟根(肥大根)をサンプリングした。サンプリングした成熟根は、液体窒素で凍結した後に凍結乾燥させ、粉末化した後、上記(1)に記載の方法と同様にしてHPLCによりGSL組成を解析した。そして、グルコエルシンを含有する個体の存在を調べた。結果を表1に示す。
【0046】
その結果、品種「西町理想」の373個体から11個体、品種群「東北地大根」に属する辛味大根の54個体から5個体に、グルコエルシン含有個体を見出した。なお、これらのグルコエルシン含有量は、いずれも根において10μmol/g(乾燥重)以上であった。
また、これらの個体には、GSLの主成分として4MTBGを全く含まないか、多くてもグルコエルシン含有量の1/5倍量未満のものであった。これらのうち、西町理想から得られた個体と通常の品種系統個体のGSL組成の違いを示すHPLCの結果を、図2に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
〔実施例2〕 グルコラファニン含有ダイコン系統(NMR系統)の選抜
(1)グルコラファニン含有系統の選抜
実施例1で選抜された西町理想からのグルコエルシンを含有する各個体について、自殖操作を4回行って各世代(S1〜S4世代)の種子を得た。
なお、これら西町理想からの系統の自殖操作は、開花した後では自家不和合成機構が働くため、開花前の蕾段階で人為的に受粉させることによって行った。
【0049】
得られた種子は、播種して暗黒条件下(24℃)で4日間水耕栽培し、その後16時間日長下(24℃)で同様の栽培を行った。播種から6日目、スプラウト(子葉、胚軸)を各系統につき20本程度サンプリングした。そして、各スプラウト1gあたりのGSL組成(各GSL含量)を、実施例1に記載の方法と同様にしてHPLCにより解析し、グルコラファニン(GRAHA)、グルコエルシン(GER)、4MTBG、グルコシノレート(GSL)の総量を測定した。結果を表2に示す。
【0050】
その結果、西町理想からのグルコエルシンを含有する各個体(系統)を自殖させることで、グルコラファニンを高含有する3系統(NMR154N、NMR366N、NMR333H-3N)が得られた。
これらの系統は、さらに自殖操作を繰り返しても、子世代の個体(系統)にグルコラファニンを含有する形質が安定して受け継がれることから、当該形質が固定化されていることが示された。なお、当該NMR系統の写真像図を図3Aに示す。
【0051】
【表2】

【0052】
(2)品種登録
上記により得られた系統のうち、NMR154Nを「安濃5号」と命名した。当該系統は品種登録する予定である。
【0053】
〔実施例3〕 グルコラファニン含有ダイコン系統(TZ系統)の選抜
(1)グルコラファニン含有系統の選抜
実施例1で選抜された「東北地大根」に属する辛味大根からのグルコエルシンを含有する各個体について、実施例2に記載の方法と同様にして、自殖操作を5回行って各世代(S1〜S5世代)の種子を得た。
得られた種子は、実施例2に記載の方法と同様にして、発芽させてスプラウトをサンプリングし、グルコラファニン(GRAHA)、グルコエルシン(GER)、4MTBG、グルコシノレート(GSL)の総量を測定した。結果を表3に示す。
【0054】
その結果、東北地大根に属する辛味大根からのグルコエルシンを含有する各個体(系統)を自殖させることで、グルコラファニンを高含有する4系統(TZ50N、TZ47N、TZ19N、TZ48N)が得られた。
これらの系統は、さらに自殖操作を繰り返しても、子世代の個体(系統)にグルコラファニンを含有する形質が安定して受け継がれることから、当該形質が固定化されていることが示された。なお、当該TZ系統の写真像図を図3Bに示す。
【0055】
【表3】

【0056】
(2)品種登録
上記により得られた系統のうち、TZ50Nを「安濃7号」と命名した。当該系統は品種登録する予定である。
【0057】
〔比較例1〕 4MTBG含有品種系統での比較検討
GSLの主成分として4MTBGを含有する品種系統について、実施例2,3と同様の操作を行った場合に、グルコラファニン含有個体が得られるかを検討した。
(1)東北地大根に属する辛味大根の4MTBG含有系統
品種群「東北地大根」に属する辛味大根のうち、実施例1(2)で選抜されなかった4MTBG含有系統について、実施例2に記載の方法と同様にして、自殖操作を6回行って各世代(S1〜S6世代)の種子を得た。
得られた種子は、実施例2に記載の方法と同様にして、発芽させてスプラウトをサンプリングし、グルコラファニン(GRAHA)、グルコエルシン(GER)、4MTBG、グルコシノレート(GSL)の総量を測定した。結果を表4に示す。
【0058】
その結果、東北地大根に属する辛味大根であっても、4MTBG含有系統(TZ26H、TZ37H)については、自殖操作を繰り返してもグルコラファニンを含有する系統を得ることができなかった。
【0059】
【表4】

【0060】
(2)他の4MTBG含有品種
実施例1(1)で選抜されなかった4MTBG含有品種についても同様の検討を行った。
品種「天安紅心」について、実施例2に記載の方法と同様にして、自殖操作を3回行って各世代(S1〜S3世代)の種子を得た。
また、品種「新八州」、「耐病総太り」、「秋まさり2号」については、交雑により得られたF1世代の種子を購入し、このF1世代について自殖操作を5回行って、各世代(F2〜F6世代)の種子を得た。
得られた種子は、実施例2に記載の方法と同様にして、発芽させてスプラウトをサンプリングし、グルコラファニン(GRAHA)、グルコエルシン(GER)、4MTBG、グルコシノレート(GSL)の総量を測定した。結果を表5に示す。
【0061】
その結果、他の4MTBG含有品種(天安紅心、新八州、耐病総太り、秋まさり2号)について自殖操作を繰り返しても、グルコラファニンを含有する系統を得ることができなかった。
【0062】
【表5】

【0063】
〔実施例4〕 親世代の根部グルコエルシン含有量と子世代のスプラウトのグルコラファニン含有量の関係
実施例2,3で得られた各NMR系統及びTZ系統の‘S3世代’及び‘S4世代’の各個体について、‘根部’のグルコエルシンの含有量を測定した。GSL組成(各GSL含量)の解析は、実施例1に記載の方法と同様にして行った。
そして、S3世代及びS4世代の子世代である‘S4世代’及び‘S5世代’の‘スプラウト’におけるグルコラファニン含有量(実施例2,3参照)との相関を調べた。結果を図4に示す。
【0064】
その結果、親世代(S3世代及びS4世代)の根部のグルコエルシン含量が多い個体からは、その子世代(S4世代及びS5世代)のスプラウトにおいてグルコラファニン含量が多い個体が得られやすいことが示された。
このことから、根部のグルコエルシン含量を指標にしてさらに選抜を行うことで、スプラウトのグルコラファニン含有量が高められた系統が作出しやすいことを示唆された。
【0065】
〔実施例5〕 グルラファニンをさらに高含有する系統の作出
実施例3で得られたTZ50N系統のS5世代個体の8個体(表6に詳細を示す)のうち、グルコラファニン含量が特に高い個体(系統)であるTZ50N-16-2-1-1(39.4μmol/g)とTZ50N-16-1-11-2(34.1μmol/g)を選抜した。
【0066】
【表6】

【0067】
そして、これら選抜個体に対して、実施例3に記載の方法と同様にして自殖操作を行い、S6世代の種子を得た。
得られた種子は、実施例2に記載の方法と同様にして、発芽させてスプラウトをサンプリングし、グルコラファニン(GRAHA)、グルコエルシン(GER)、4MTBG、グルコシノレート(GSL)の総量を測定した。結果を表7に示す。
【0068】
その結果、TZ50N系統のS5世代からグルコラファニン含有量の高さを指標に選抜して自殖操作を行うことで、さらにグルコラファニン含有量が高められた個体(S6世代)が得られることが示された。
また、各個体間において、当該含有量のばらつきが極めて少ないことから、グルコラファニン含有量を制御する機構は、安定した形質であることが示唆された。
【0069】
【表7】

【0070】
〔実施例6〕 遺伝解析
実施例2で得られたNMR154N系統について遺伝解析を行って、GSL合成に関わる生合成経路を推定した。
(1)F2雑種の解析
まず、NMR154N系統と通常の4MTBG品種である「秋まさり2号」を親(それぞれをP1, P2)として、交雑を行ってF1雑種を得た。そして、得られたF1雑種について自殖操作を行い、F2種子を得た。
得られたF2種子は、実施例1(2)に記載の方法と同様に、圃場に播種して肥大した成熟根をサンプリングし、GSL組成(各GSL含量)を解析した。
なお、当該解析において、「グルコエルシン(グルコラファニン)高含有個体」とは、‘4MTBG含有量が0μmol/g(乾燥重)の個体’、あるいは、‘4MTBG含有量/グルコエルシン含有量の値が1/5以下の個体’と定義した。
また、「4MTBG高含有個体」とは、‘4MTBG含有量/グルコエルシン含有量の値が1/5より大きい個体’と定義した。結果を表8に示す。
【0071】
その結果、F2解析集団におけるGSL組成の分離比は、グルコエルシン高含有個体:4MTBG高含有個体が、1:3の割合で出現することが有意に示された。
【0072】
(2)戻し交雑による解析
上記F1雑種に、NMR154N系統(P1)を戻し交雑することで、BC1種子を得た。
得られたBC1種子は、実施例2に記載の方法と同様にして、発芽させてスプラウトをサンプリングし、GSL組成(各GSL含量)を解析した。結果を表8に示す。
その結果、当該交雑体におけるGSL組成の分離比は、グルコエルシン(グルコラファニン)高含有個体:4MTBG高含有個体が、1:1の割合で出現することが有意に示された。
【0073】
以上の結果から、NMR154N系統は、アリファティック系GSL合成経路の4MTBG合成に関わるある経路が、一対の劣性遺伝子に支配されている系統であると推測された。なお、図1(推定された生合成経路図)において、当該劣性遺伝子が支配していると考えられる経路を「×」印で示した。
【0074】
【表8】

【0075】
〔実施例7〕 種子及び発芽後幼苗におけるGSL組成
(1)種子におけるGSL組成
実施例3で得られたTZ50N系統の子世代の系統(TZ50N-16-1)の‘種子’について、GSL組成を解析した。GSL組成(各GSL含量)の解析は、破砕した種子サンプルを実施例1に記載の方法と同様にしてHPLCにより解析し、グルコラファニン(GRAHA)、グルコエルシン(GER)、グルコラフェニン(GRAHE)、4MTBG、グルコシノレート(GSL)の総量を測定した。
なお、比較対照としては、通常のカイワレ大根に用いる品種「四十日大根」の種子を解析した。また、陽性対照としては、ブロッコリーのスプラウトであるカイワレ用ブロッコリー(中原採種場(株))の種子、ブロッコリー品種「マラソン」(サカタのタネ(株))の種子についても解析した。結果を表9に示す。
【0076】
その結果、TZ50N-16-1の種子には、ブロッコリーの種子と比較して、2.5倍以上のグルコラファニンが含まれることが示された。なお、通常のカイワレ大根(四十日大根)種子には、グルコラファニンは全く含まれていなかった。
【0077】
【表9】

【0078】
(2)スプラウトにおけるGSL組成
上記各種子を播種して暗黒条件下(24℃)で4日間水耕栽培し、その後14時間日長下(24℃)で同様の栽培を行った。播種から6日目、‘スプラウト’(子葉、胚軸)を各系統に付き20本程度サンプリングした。そして、各スプラウト1gあたりのGSL組成(各GSL含量)を、実施例2に記載の方法と同様にしてHPLCにより解析し、グルコラファニン(GRAHA)、グルコエルシン(GER)、グルコラフェニン(GRAHE)、4MTBG、グルコシノレート(GSL)の総量を測定した。
なお、比較対照としては、通常のカイワレ大根に用いる品種「四十日大根」(中原採種場(株))のスプラウトを解析した。また、陽性対照としては、ブロッコリーのスプラウトであるカイワレ用ブロッコリー(中原採種場(株))のスプラウト、ブロッコリー品種「マラソン」(サカタのタネ(株))のスプラウトについても解析した。結果を表10に示す。
【0079】
その結果、TZ50N-16-1のスプラウトには、ブロッコリーのスプラウトと同程度のグルコラファニンを含有することが示された。また、TZ50N-16-1のスプラウトは、グルコエルシンを高含有することが示された。
なお、通常のカイワレ大根(四十日大根)のスプラウトには、グルコラファニンは全く含まれず、代わりにグルコラフェニンが含まれることが示された。
【0080】
【表10】

【0081】
(3)幼苗におけるGSL組成
実施例3で得られたTZ50N系統の子世代の系統(TZ50N-8)の種子を、上記(2)に記載の方法と同様にして発芽させ、スプラウトの栽培を行った。そして、さらに栽培を継続し、播種から28日目、‘幼苗’全体(本葉、胚軸、根)をサンプリングした。
そして、本葉におけるGSL組成(各GSL含量)、並びに、胚軸及び根におけるGSL組成(各GSL含量)を、実施例2に記載の方法と同様にしてHPLCにより解析し、グルコラファニン(GRAHA)、グルコエルシン(GER)、グルコラフェニン(GRAHE)、4MTBG、グルコシノレート(GSL)の総量を測定した。
なお、比較対照としては、通常のダイコンである青首大根の品種「耐病総太り」(タキイ種苗(株))、二十日大根の品種「イザベル」(カネコ種苗(株))の幼苗を解析した。結果を表11に示す。
【0082】
その結果、TZ50N-8の幼苗には、種子やスプラウトよりは含有量が低いものの、グルコラファニンを含有することが示された。
なお、通常の青首大根(耐病総太り)や二十日大根(イザベル)の幼苗には、グルコラファニンは全く含まれないことが示された。
【0083】
【表11】

【0084】
(4)考察
TZ50N(実施例3から作出されたグルコラファニン高含有ダイコン系統)では、種子、スプラウト、幼苗と、生育ステージが進むにつれて、主要なGSLが、グルコラファニンからグルコエルシンに変化することが示唆された。
また、グルコエルシン含有量は葉よりも胚軸や根の方に多く含まれる傾向にあった。
【0085】
〔実施例8〕 スプラウトの成長におけるGSL組成の経時変化
実施例3で得られたTZ50N系統の子世代の系統(TZ50N-P)について、発芽後からスプラウトの成長におけるGSL組成の経時変化を詳細に解析した。
TZ50N-Pの種子を播種して暗黒条件下(24℃)で4日間水耕栽培し、その後14時間日長下(24℃)で同様の栽培を行った。その後、スプラウト(子葉、胚軸部)を経時的にサンプリングした。そして、各スプラウト1gあたりのGSL組成(各GSL含量)を、実施例2に記載の方法と同様にしてHPLCにより解析し、グルコラファニン(GRAHA)、グルコエルシン(GER)、グルコラフェニン(GRAHE)、4MTBG、グルコシノレート(GSL)の総量を測定した。結果を図5に示す。
【0086】
その結果、種子の発芽後、組織に含まれるグルコラファニン含有量は次第に減少し、グルコエルシン含有量は増加することが示された。
なお、緑化がおこる播種後6日目でのグルコラファニン含有量が、約30μmol/g(乾燥重)、10日目でも約10μmol/g(乾燥重)と、高い含有量が維持されることから、グルコラファニン含有系統のスプラウトをカイワレ大根として出荷した後も、グルコラファニンが高含有されることが示された。
【0087】
〔実施例9〕 生理機能の検討
グルコラファニン高含有ダイコン系統のスプラウトについて、肝細胞の第二相解毒酵素GST(グルタチオン-S-トランスフェラーゼ)誘導活性を指標として、発ガン抑制作用を検討した。
【0088】
(1)ラット培養肝細胞におけるGST誘導活性(in vitro)
実施例1で得られたTZ50N-Pのスプラウト(播種後6日目の子葉と胚軸部)について、スプラウト重量(g)の10倍量の水(mL)を添加後、1分間ミキサーにてホモジナイズした(10,000 rpm)。そして、10分間、室温でそのまま放置した(内在性ミロシナーゼ処理)。
5分間放置後、総体積(mL)の約2/3量のジクロロメタンを加えて再び1分間ホモジナイズした。この溶液を遠心分離(4℃、1,000gx10分)して、下層(ジクロロメタン層)を得た。残った上層(水層)に再び約1/3量のジクロロメタンを加えて同様に下層を得た。
得られたジクロロメタン層を混合し、無水硫酸ナトリウム添加にて一晩脱水後、エバポレーターを用いて乾燥物(抽出物)を調製した。
【0089】
一方、ラット肝由来RL34細胞を、当該抽出物が2.5μg/mlとなるように培地に添加して24時間培養し、GST誘導活性を測定した。なお、当該活性は、DMSO(測定対照)のみを添加して測定した値を1とした時の比活性として求めた。
なお、ブロッコリーのスプラウトであるカイワレ用ブロッコリー(中原採種場(株))のスプラウト、ブロッコリー品種「マラソン」(サカタのタネ(株))のスプラウトについても同様に解析した。また、陽性対照としては、GST誘導活性が認められる‘t-BHQ’を用いて解析した。結果を図6に示す。
【0090】
その結果、TZ50N-Pのスプラウト抽出物は、ブロッコリースプラウト抽出物やt-BHQに比べて、同じ濃度(2.5μg/ml)で添加した場合に、肝細胞に対するGST誘導活性が顕著に高いことが示された(有意差有り、p < 0.01)。
なお、当該GST活性は、内在性ミロシナーゼ処理によりグルコラファニンから生成されたスルフォラファンによって、発揮されたものであると考えられる。
【0091】
(2)マウス経口摂取後の肝臓におけるGST誘導活性(in vivo)
実施例3で得られたTZ50N-Pのスプラウト(播種後6日目の子葉と胚軸部)について、洗浄後、急冷にて凍結し、そのまま凍結乾燥機にセットして3日間凍結乾燥した。乾燥後、乳鉢にて均一な粉末とし、凍結乾燥物(粉末)を調製した。
そして、ICRマウス(雌)6匹/群に対して、当該乾燥物を50mg/kg体重/日となるように
0.9%生理食塩水にて溶解し、胃内強制投与(ゾンデ投与)を毎朝4日間行った。
その後、5日目の朝に屠殺し、肝臓におけるGST誘導活性を測定した。なお、当該誘導活性は、生理食塩水のみをゾンデ投与した群(未投与群)の活性を1とした時の比活性として求めた。
なお、ブロッコリーのスプラウトであるカイワレ用ブロッコリー(中原採種場(株))のスプラウト、ブロッコリー品種「マラソン」(サカタのタネ(株))のスプラウトについても同様に解析した。図7に示す。
【0092】
その結果、TZ50N-Pのスプラウト乾燥物は、ブロッコリースプラウト乾燥物に比べて、同じ量を経口摂取した場合に、肝臓に対するGST誘導活性が顕著に高いことが示された(有意差有り、p < 0.01)。
なお、当該GST活性は、マウスの腸内細菌によりグルコラファニンから生成されたスルフォラファンによって、発揮されたものであると考えられる。
【0093】
(3)考察
以上の結果から、グルコラファニン高含有系統のスプラウトは、ブロッコリースプラウトよりも有意に強いGST誘導活性が認められたことより、グルコラファニン高含有系統のスプラウトには高い発ガン抑制作用が期待されることが示され、機能性食材として有効に利用できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明によって作出された系統のカイワレ大根は、機能性成分を高含有する高付加価値食材として、;種苗開発会社での新品種育成、;種苗販売会社での種子販売、;カイワレ生産業者におけるカイワレ大根の製造販売、;中食・外食産業、野菜飲料メーカーに対する新たな健康野菜食材の提供、;など、広く種苗関係や飲食産業に利用されることが期待される。
また、ベビーリーフについても、同様の分野での利用が期待できる。
【0095】
また、本発明におけるダイコン植物体は、グルコラファニンを有効成分とした医薬や栄養助剤(サプリメント等)の原料として、ブロッコリースプラウトを原料とした場合よりも安価に供給できることが期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)及び(b)の工程を順に行うことを特徴とする、種子、スプラウト、および幼苗にグルコラファニンを高含有するダイコン系統の作出方法。
(a):植物体におけるグルコエルシン含有量が、10μmol/g(乾燥重)以上であり、且つ、4-methylthio-3-butenyl glucosinolate含有量が、グルコエルシン含有量の1/5以下である、ダイコン個体を選抜する工程。
(b):前記(a)で選抜されたダイコン個体に対して、自殖操作を1回以上行うことにより、スプラウトにおけるグルコラファニン含有量が、5μmol/g(乾燥重)以上である系統を選抜する工程。
【請求項2】
前記(a)の工程における選抜が、ダイコン品種「西町理想」からの選抜である、請求項1に記載のダイコン系統の作出方法。
【請求項3】
前記(a)の工程における選抜が、ダイコン品種群「東北地大根」に属する辛味大根のダイコン系統からの選抜である、請求項1に記載のダイコン系統の作出方法。
【請求項4】
前記(b)の工程におけるグルコラファニン含有量を指標とした選抜が、20μmol/g(乾燥重)以上である、請求項1〜3のいずれかに記載のダイコン系統の作出方法。
【請求項5】
前記(b)の工程の後、;請求項4に記載の前記(b)の工程で選抜された系統に対して、前記自殖操作をさらに1回以上行うことにより、当該選抜系統よりもグルコラファニン含量が高められた系統を選抜することを特徴とする、;請求項4に記載のダイコン系統の作出方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかの方法により作出されたダイコン系統。
【請求項7】
請求項6に記載のダイコン系統の種子を発芽させて得られた、グルコラファニンを高含有するカイワレ大根。
【請求項8】
請求項6に記載のダイコン系統の種子を発芽させ、発芽後40日まで生育した幼苗から得られた、グルコラファニンを高含有するベビーリーフ。
【請求項9】
請求項6に記載のダイコン系統の種子、;当該種子を発芽させたスプラウト、;当該スプラウトを生育させた発芽後40日までの幼苗、;および成熟した本葉、;から選ばれる1以上を抽出原料として用いることを特徴とする、グルコラファニンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−110238(P2012−110238A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−259297(P2010−259297)
【出願日】平成22年11月19日(2010.11.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、農業生物資源研究所委託事業「農業生物資源ジーンバンク事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(305013910)国立大学法人お茶の水女子大学 (32)
【出願人】(594103149)中原採種場株式会社 (2)
【Fターム(参考)】