説明

グルコースを主成分とする糖類の製造方法

【課題】少量の酵素により酵素糖化反応を行ってもグルコースを主成分とする糖類の生成量を増大することができるグルコースを主成分とする糖類の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明のグルコースを主成分とする糖類の製造方法は、セルロースおよび/またはヘミセルロースと、セルロース分解酵素の酵素水溶液とを混合させた後、反応槽内にて、セルロースおよび/またはヘミセルロースと、酵素水溶液の混合物に加える攪拌動力Y(W/m)と、酵素水溶液に対するセルロースおよび/またはヘミセルロースの添加率X(w/v%)が下記の式(1)の関係を満たすように、前記混合物を攪拌して混合しながら、セルロース分解酵素によって、セルロースおよび/またはヘミセルロースを糖化する酵素糖化反応を行うことを特徴とする。
Y≦−0.0125X+1.195X+23.25 ・・・(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマスに含まれるセルロースまたはヘミセルロースを酵素分解してグルコースを主成分とする糖類を生成する酵素糖化反応を用いたグルコースを主成分とする糖類の製造方法に関し、特に、少量の酵素により効率的な酵素糖化反応を行うことによってグルコースの生成量を増大することができるグルコースを主成分とする糖類の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、世界各国にて、セルロース系バイオマスを原料とするバイオエタノールの製造技術が研究開発されている。セルロース系バイオマスとは、木や草、農作物の残渣、古紙、製紙スラッジ、あるいは、綿繊維などのことであり、具体的には、建築廃材や間伐材、稲藁やバガス(サトウキビの搾りかす)、トウモロコシの茎や葉などが挙げられる。
【0003】
セルロース系バイオマスから生成した糖を発酵して生産するバイオエタノールの製造方法としては、濃硫酸法、希硫酸法、酵素法などの開発が行われている。
近年、これらの製造方法の中でも、特に、酵素法に注目が集まっている。
酵素法は、酵素によりバイオマスに含まれるセルロースとヘミセルロースを分解して糖類を生成し、その糖類を酵母菌などの発酵菌により発酵してエタノールを生成する方法である。
【0004】
セルロースはグルコースが脱水縮合した単純多糖類であるから、セルロースが酵素により加水分解(酵素分解)されるとグルコースが生成される。
また、ヘミセルロースはグルコース、キシロース、マンノースなどが脱水縮合した複合多糖類であるから、ヘミセルロースが酵素により加水分解(酵素分解)されるとグルコース、キシロース、マンノースなどが生成される。
そして、このようなセルロースまたはヘミセルロースの酵素糖化反応によって得られた糖類を含む溶液に発酵菌を添加して、糖類を発酵することによりエタノールが生成される。
【0005】
従来、セルロースまたはヘミセルロースの酵素糖化反応では、セルロースおよび/またはヘミセルロースを含むバイオマスと、酵素を含む水溶液(酵素水溶液)とを混合した混合溶液(スラリー)を調製し、撹拌あるいは振盪条件下でセルロースおよび/またはヘミセルロースの酵素分解を実施してきた。その際、使用する酵素量が少ないほど、この反応によるグルコースを主成分とする糖類の生成量が少なくなる傾向にあることが報告されている(例えば、非特許文献1〜4)。しかしながら、その原因や、それを改善するための対策方法は明らかにされていなかった。
酵素糖化プロセスを実用化させるためには、高価な酵素使用量を削減させることが絶対に必要な条件となり、それを実現させるために、従来は、酵素の活性を上げる研究開発や、バイオマスの構造やセルロースの結晶構造を変化させ、酵素が働きやすくする研究開発が行われてきた。
【0006】
それに対し、我々は、酵素とセルロースおよび/またはヘミセルロースを含むバイオマスとを反応させる反応方法を最適化することで、酵素使用量の削減が達成可能であることを見出した。それは、従来、酵素とセルロースおよび/またはヘミセルロースを含むバイオマスとを反応させる際、撹拌あるいは振盪条件下で行われてきたのに対し、撹拌や振盪を行わない状態、すなわち、静置状態、間欠的な撹拌あるいは振盪条件で酵素反応を進めることにより、使用酵素量を削減できる事を見出した(特願2009−287678)。
【0007】
なぜ、撹拌や振盪を行わない場合、酵素使用量が削減できるか説明する。従来の知見では、撹拌や振盪操作条件では、反応槽内の温度や濃度が均一になるため、酵素分解の反応速度が促進されると信じられてきた。そのため、従来、セルロースまたはヘミセルロースの酵素糖化反応では、セルロースおよび/またはヘミセルロースを含むバイオマスと、酵素を含む水溶液(酵素水溶液)とを混合した混合溶液(スラリー)を調製し、反応を促進するために、このスラリーを撹拌しながら反応を行っていた。その際、反応に最適な撹拌や振盪条件を見出すため、スラリーの撹拌条件や撹拌装置の研究事例が多数報告されており、例えば、スラリーの撹拌速度の影響、撹拌翼の形状、撹拌装置の構造などに関する研究事例が報告されている(例えば、非特許文献5〜8参照)。
【0008】
しかしながら、これら撹拌速度や撹拌装置構造に関する研究開発においては、酵素濃度の影響が考慮されていなかった。セルロースおよび/またはヘミセルロースを単糖に加水分解する酵素は、酵素に加わる撹拌や振盪などの物理的ストレスが大きくなると失活することは知られていた。しかし、酵素溶液濃度によって、失活に及ぼす撹拌や振盪などの物理的ストレスの影響度合いが大きく変化することは知られていなかった。我々は、今回、酵素濃度が高い場合、酵素溶液に撹拌等の物理的ストレスを加えても、酵素の失活割合は少なく、一方、酵素濃度が低い場合、同じ物理的ストレスを加えた場合でも、酵素失活割合が著しく多くなることを見出した(図4参照)。すなわち、従来方式では、酵素が失活しやすい低酵素濃度条件下でも、酵素濃度が高くて酵素が失活し難い条件下と同じ撹拌条件で撹拌操作を行っていた。そのため、低酵素濃度条件下では、酵素の著しい失活が起こり、酵素使用量を削減できなかった。なお、失活とは、加水分解機能を持つ酵素が、加水分解機能を失うこと、もっと具体的に言うと、セルロースやヘミセルロースを単糖に加水分解する機能を有する酵素が、その機能を失うことである。
【0009】
pH5に調整した50mM酢酸緩衝液100mLに酵素を混合し、酵素タンパク質濃度が、6g/Lおよび0.6g/Lになる酵素溶液をそれぞれ調整した。この酵素溶液を撹拌しない状態(静置状態)で保持した場合と、撹拌動力73W/mで撹拌した場合とにおける、失活した酵素の割合の時間変化を調べた。どちらも操作温度は50℃で一定とした。
その結果を図4に示す。図4の縦軸は、失活した酵素の割合を、横軸は操作時間を示している。この結果、酵素濃度が0.6g/Lの場合、酵素濃度が6g/Lの時に比較し、失活する割合が著しく高いことが分かる。また、同じ酵素濃度の場合、撹拌操作を行った場合には、静置状態の時よりも酵素の失活量が増大することが分かる。
【0010】
従来の撹拌速度や撹拌装置構造に関する研究開発は、酵素濃度が高い条件で行われており、撹拌などの物理的ストレスの影響で酵素が失活する割合が少ない状態であった。一方、酵素使用量を削減するため、酵素濃度を低くした場合、撹拌などの物理的ストレスにより酵素が失活する割合が増大し、低酵素濃度条件になるほど、失活の影響が大きくなる。そのため、低酵素濃度条件下で、撹拌や振盪を行うと、酵素の失活割合が増加し、セルロースおよび/またはヘミセルロースの分解効率が低下するため、酵素使用量の削減ができない原因となっていた。
【0011】
そのため特願2009−287678では、この課題を解決する手法として、酵素とセルロースおよび/またはヘミセルロースを含むバイオマスとを反応させる際、従来は、撹拌あるいは振盪条件下で行われてきたのに対し、撹拌や振盪を行わない状態、すなわち、静置状態で酵素反応を進めることにより、使用酵素量を削減できることを見出した。
【0012】
しかしながら、大型反応装置の実用化を考えた場合、撹拌や振盪を行わない場合、反応装置全体の温度や濃度を均一にすることが難しくなる。そのため、撹拌や振盪を行わないことによる利点である、酵素の失活を抑制するという効果に対して、温度や濃度が不均一になる負の効果が大きくなってしまう。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】W.Sattler,H.Esterbauer,O.Glatter,W.Steiner,“The Effect of Enzyme Concentration on the Rate of the Hydrolysis of Cellulose,” Biotechnology and Bioengineering,Vol.33,pp.1221−1234(1989)
【非特許文献2】Yanpin Lu,Bin Yang,David Gregg,John N.Saddler,Shawn D.Mansfield,“Cellulose Adsorption and an Evalution of Enzyme Recycle During Hydrolysis of Steam−Exploded Softwood Residues,”Applied Biochemistry and Biotechnology,Vols.98−100,2002
【非特許文献3】Farzaneh Teymouri,Lizbeth Laureano−Perez,Hasan Alizadeh,Bruce E.Dale,“Optimization of the ammonia fiber explosion(AFEX) treatment parameters for enzymatic hydrolysis of corn stover,”Bioresource Technology 96,pp.2014−2018,2005
【非特許文献4】Ming Chen,Liming Xia,Peijian Xue,“Enzymatic hydrolysis of corncob and ethanol production from cellulosic hydrolysate,”International Biodeterioration & Biodegradation 59(2007)85−89
【非特許文献5】M.Sakata,H.Ooshima,Y.Harano,“EFFECTS OF AGITATION ON ENZYMATIC SACCHARIFICATION OF CELLULOSE,”Biotechnology Letters,Vol.7,No.9,pp.698−694(1985)
【非特許文献6】Hanna Ingesson,Guido Zacchi,Bin Yang,Ali R.Esteghlalian,John N.Saddler,“The effect shaking regime on the rate and extent of enzymatic hydrolysis of cellulose,”Journal of Biotechnology 88,pp.177−182(2001)
【非特許文献7】Henning Jorgensen,Jakob Vibe−Pedersen,Jan Larsen,Claus Felby,“Liquefaction of Lignocellulose at High−Solids Concentrations,” Biotechnology and Bioengineering,Vol.96,No.5,pp.862−870,April 1,2007
【非特許文献8】櫻井督士、高畑保之、高橋幸司、「木質バイオマスの酵素糖化における撹拌操作」、ケミカル・エンジニヤリング、2009年3月号、第68−第72ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、セルロースおよび/またはヘミセルロースの酵素糖化反応に用いられる酵素は高価であるため、酵素を有効に活用して、より少量の酵素でグルコースを主成分とする糖類の生成量を増大する方法が望まれていたが、従来の撹拌や振盪条件では、酵素濃度が低くなるほど酵素の失活割合が増大し、少ない酵素量で効率的な酵素分解を達成することができなかった。
【0015】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、少量の酵素により酵素糖化反応を行ってもグルコースを主成分とする糖類の生成量を増大することができるグルコースを主成分とする糖類の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者等は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、低酵素濃度条件下で、酵素の失活を抑制しながら、撹拌や振盪が可能となる限界条件を見出し、本発明を完成するに至った。
【0017】
本発明のグルコースを主成分とする糖類の製造方法は、セルロースおよび/またはヘミセルロースを、セルロース分解酵素で分解してグルコースを主成分とする糖類の製造方法であって、セルロースおよび/またはヘミセルロースと、セルロース分解酵素の酵素水溶液とを混合させた後、反応槽内にて、前記セルロースおよび/またはヘミセルロースと、前記酵素水溶液の混合物に加える攪拌動力Y(W/m)と、前記酵素水溶液に対するセルロースおよび/またはヘミセルロースの添加率X(w/v%)が下記の式(1)の関係を満たすように、前記混合物を攪拌して混合しながら、前記セルロース分解酵素によって、前記セルロースおよび/またはヘミセルロースを糖化する酵素糖化反応を行うことを特徴とする。
Y≦−0.0125X+1.195X+23.25 ・・・(1)
【0018】
前記セルロースおよび/またはヘミセルロースを含むバイオマスとしては、前処理を施したものを用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明のグルコースを主成分とする糖類の製造方法によれば、酵素水溶液に含まれる酵素が過度に失活しないように、セルロース原料と酵素水溶液の混合物を、その混合物に加える攪拌動力が、混合物に含まれる基質(セルロースおよび/またはヘミセルロース)の濃度を基準とし、その濃度において酵素が失活する攪拌動力以下の範囲で攪拌混合しながら、その混合物の温度を調節することにより、酵素水溶液に含まれる酵素によってセルロース原料を酵素分解させるので、混合物中において、混合物を激しく攪拌混合したことによる酵素劣化(酵素の失活)が抑制される。したがって、酵素水溶液に含まれていた酵素を有効に活用することができるから、少量の酵素により酵素糖化反応を行ってもグルコースを主成分とする糖類の生成量を増大することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】セルロースおよび/またはヘミセルロース、並びに、酵素水溶液に対するセルロースおよび/またはヘミセルロースの添加率x(w/v%)と、その混合物に加えることができる最大の攪拌動力y(W/m)との関係を示すグラフである。
【図2】本発明のグルコースを主成分とする糖類の製造方法の実験例1〜6において、酵素分解の反応時間、生成されるグルコース濃度および酵素水溶液と基質であるろ紙の混合物に加えた攪拌動力の関係を示すグラフである。
【図3】本発明のグルコースを主成分とする糖類の製造方法の実験例1〜6において、最終的に得られるグルコース濃度と、酵素水溶液とろ紙の混合物に加えた攪拌動力との関係を示すグラフである。
【図4】攪拌操作時間と、酵素の失活割合との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明のグルコースを主成分とする糖類の製造方法の実施の形態について説明する。
なお、この形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0022】
本発明のグルコースを主成分とする糖類の製造方法は、セルロースおよび/またはヘミセルロースと、セルロース分解酵素の酵素水溶液とを混合させた後、反応槽内にて、セルロースおよび/またはヘミセルロースと、酵素水溶液の混合物に加える攪拌動力Y(W/m)と、酵素水溶液に対するセルロースおよび/またはヘミセルロースの添加率X(w/v%)が下記の式(1)の関係を満たすように、その混合物を攪拌して混合しながら、セルロース分解酵素によって、セルロースおよび/またはヘミセルロースを糖化する酵素糖化反応を行う方法である。
Y≦−0.0125X+1.195X+23.25 ・・・(1)
以下、セルロースおよびヘミセルロース、あるいは、セルロースを含むバイオマスを総称して、セルロース原料と言うこともある。
【0023】
本発明のグルコースの製造方法では、まず、反応槽(酵素分解槽)に、セルロース原料と、このセルロース原料の分解に適量のセルロース分解酵素を含む水溶液(酵素水溶液)とを入れ、セルロース原料と酵素水溶液を混合する(調製工程)。
【0024】
この調製工程において、使用する酵素に最も適したpH条件になるように、酵素水溶液のpHを調節する。さらには、使用する酵素に最も適した温度条件になるように、酵素水溶液の温度を調節する。
この調製工程では、セルロース原料と酵素水溶液の混合物のpHを、上記の酵素が活発に機能するように調節することが好ましく、具体的には、酵素水溶液のpHを4〜6に調節することが好ましい。
また、この調製工程では、上記の混合物の温度を、上記の酵素が活発に機能するように調節することが好ましく、具体的には、酵素水溶液の温度を50〜60℃に昇温することが好ましい。
【0025】
また、酵素水溶液に対してセルロース原料を添加する割合(酵素水溶液に対するセルロース原料の添加率)Xは、酵素水溶液100mLに対して、5g〜50gすなわち、5w/v%〜50w/v%であることが好ましく、より好ましくは酵素水溶液100mLに対して、10g〜40gすなわち、10w/v%〜40w/v%である。
【0026】
セルロースを分解するための酵素としては、セルラーゼが用いられる。
セルロース原料中にヘミセルロースが多く含まれる場合、セルラーゼ以外にヘミセルロースを分解するための酵素として、キシラナーゼやマンナナーゼを添加することが好ましい。
【0027】
セルロース原料としては、(1)バイオマス(木や草)に対して、これらに含まれるリグニンを破壊処理するとともに、セルロースの結晶構造を一部破壊する前処理を施して得られたもの、(2)古紙、段ボール、製紙スラッジなどのセルロースを主成分とする廃棄物系原料、(3)シャツやタオルなどの綿繊維廃棄物などが用いられる。
上記の前処理工程では、バイオマスにアルカリ処理、有機溶剤処理、希硫酸処理、熱水処理などを施す方法が用いられる。
なお、古紙、段ボール、製紙スラッジなどの廃棄物系原料や、シャツやタオルなどの綿繊維廃棄物は、前処理工程が不要となる場合もある。
【0028】
また、前処理後のセルロース原料におけるリグニンの含有量(残存量)は、15重量%以下であることが好ましく、より好ましくは5重量%以下である。
なお、本発明のグルコースを主成分とする糖類の製造方法では、前処理後のセルロース原料におけるリグニンの含有量(残存量)を上記の範囲内とすることによって、セルロース原料と酵素水溶液の混合物を、過度に酵素が失活しない条件で攪拌することにより、セルロースおよびヘミセルロースに対する酵素の添加量が少量(酵素溶液のタンパク質濃度が0.6g/L以下)であっても、酵素水溶液に含まれている酵素をより効率的に活用して、少量の酵素により、セルロースおよび/またはヘミセルロースを糖化する酵素糖化反応を行ってもグルコースを主成分とする糖類の生成量を増大することができ、酵素の使用量を大幅に削減可能となる。
【0029】
また、混合物の攪拌には、攪拌翼などが用いられる。混合物の振盪には、振盪機などが用いられる。
すなわち、本発明では、反応槽内にて、酵素水溶液に含まれる酵素が過度に失活しない程度に緩やかに、混合物を攪拌混合することにより、基質(セルロースおよび/またはヘミセルロース)を効率的に酵素糖化する。
【0030】
ここで、上記の酵素水溶液に対するセルロースおよび/またはヘミセルロースの添加率x(w/v%)と、その混合物に加えることができる最大の攪拌動力との関係を調べた結果を図1に示す。なお、混合物に加えることができる最大の攪拌動力とは、酵素水溶液に含まれる酵素が過度に失活することなく、混合物に加えることができる最大の攪拌動力のことである。
図1の結果から、上記の酵素水溶液に対するセルロースおよび/またはヘミセルロースの添加率x(w/v%)と、その混合物に加えることができる最大の攪拌動力y(W/m)との関係は、下記の式(2)で表される。
y=−0.0125x+1.195x+23.25 ・・・(2)
したがって、本発明では、最大の攪拌動力y(W/m)を超えない範囲で混合物に攪拌動力を加える、すなわち、上記の式(1)の関係を満たすように、混合物を攪拌して混合することにより、酵素を失活することなく、酵素糖化反応を効率的に行うことができる。
【0031】
混合物を攪拌する際、混合物に加えられる攪拌動力Y(W/m)が上記の式(1)の関係を満たさない、すなわち、その酵素水溶液に対するセルロースおよび/またはヘミセルロースの添加率x(w/v%)において許容される攪拌動力の最大値を超えると、反応槽内で物理的ストレスにより酵素が失活し、糖化性能が大きく低下する。一方、攪拌動力Y(W/m)が上記の式(1)の関係を満たしていれば、酵素の失活は抑制されるため、攪拌動力の下限は特に限定されない。
【0032】
また、この酵素糖化反応工程では、混合物の温度を、上記の酵素が活発に機能するように調節することが好ましく、具体的には、50〜60℃に保持することが好ましい。
【0033】
酵素糖化反応工程は、酵素によるセルロース原料の糖化が十分に進行して、それ以上反応が進行しなくなるまで行われるが、例えば、セルロース原料の酵素分解を、50〜60℃にて2日〜60日程度行う。
【0034】
ここで、酵素糖化反応工程において、低酵素濃度条件下(タンパク質濃度0.6g/L以下)で酵素水溶液に含まれる酵素が過度に失活しない程度に緩やかに、混合物を攪拌混合することにより、少量の酵素で効率的な酵素糖化が進行できる理由は、以下のように考えられる。
低酵素濃度条件下(タンパク質濃度0.6g/L以下)では、通常の撹拌混合条件では、酵素の失活割合が増大し、少量の酵素で効率的な酵素糖化の実現ができなかった。一方、低酵素濃度条件下(タンパク質濃度0.6g/L以下)で、セルロース原料と酵素水溶液の混合物を緩やかに攪拌混合することにより、混合物を激しく攪拌混合したことによる酵素劣化(酵素の失活)が抑制される。したがって、酵素水溶液に含まれていた酵素を有効に活用することができるから、少量の酵素により酵素糖化反応を行ってもグルコースを主成分とする糖類の生成量を増大することができる。また、反応槽内にて、混合物を緩やかに攪拌混合することにより、反応槽内の温度や濃度を均一化することができるので、大型反応装置においても、効率的に酵素糖化反応を行うことができる。
【0035】
以下、実験例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0036】
「実験例1」
内径130mm×高さ300mmの円筒状の反応槽に、セルラーゼ溶液5mLを含む50mM酢酸緩衝液(pH5)1Lを入れ、この酵素水溶液(セルラーゼのタンパク質濃度0.6g/L)中に、セルロースとして、ろ紙100gを浸漬した(セルラーゼタンパク質添加量6mg/g−ろ紙)。
この酵素水溶液に対するろ紙の添加率xは、10(w/v%)であった。
この酵素水溶液とろ紙の混合物に対して、温度50℃、撹拌をしない静置状態(撹拌動力0W/m)で酵素糖化反応を進行させ、酵素分解の反応時間と、生成されるグルコース濃度との関係を調べた。
酵素分解の反応時間、生成されるグルコース濃度および上記の混合物に加えた攪拌動力の関係を図2に示す。
また、最終的に得られるグルコース濃度と、上記の混合物に加えた攪拌動力との関係を図3に示す。
【0037】
「実験例2」
実施例1と同様の混合物を、攪拌動力4.6W/mで攪拌混合しながら、混合物の温度を50℃に調節することにより、酵素水溶液に含まれるセルラーゼによってろ紙の酵素分解を行った。
実験例1と同様にして、酵素分解の反応時間と、生成されるグルコース濃度との関係を調べた。
酵素分解の反応時間、生成されるグルコース濃度および上記の混合物に加えた攪拌動力の関係を図2に示す。
また、最終的に得られるグルコース濃度と、上記の混合物に加えた攪拌動力との関係を図3に示す。
また、この実験例2では、攪拌動力が4.6W/mであるので、上記の式(1)の関係を満たしていた。
【0038】
「実験例3」
実施例1と同様の混合物を、攪拌翼により、攪拌動力34W/mで攪拌混合しながら、混合物の温度を50℃に調節することにより、酵素水溶液に含まれるセルラーゼによってろ紙の酵素分解を行った。
実験例1と同様にして、酵素分解の反応時間と、生成されるグルコース濃度との関係を調べた。
酵素分解の反応時間、生成されるグルコース濃度および上記の混合物に加えた攪拌動力の関係を図2に示す。
また、最終的に得られるグルコース濃度と、上記の混合物に加えた攪拌動力との関係を図3に示す。
また、この実験例3では、攪拌動力が34W/mであるので、上記の式(1)の関係を満たしていた。
【0039】
「実験例4」
実施例1と同様の混合物を、攪拌翼により、攪拌動力73W/mで攪拌混合しながら、混合物の温度を50℃に調節することにより、酵素水溶液に含まれるセルラーゼによってろ紙の酵素分解を行った。
実験例1と同様にして、酵素分解の反応時間と、生成されるグルコース濃度との関係を調べた。
酵素分解の反応時間、生成されるグルコース濃度および上記の混合物に加えた攪拌動力の関係を図2に示す。
また、最終的に得られるグルコース濃度と、上記の混合物に加えた攪拌動力との関係を図3に示す。
また、この実験例4では、攪拌動力が73W/mであるので、上記の式(1)の関係を満たしていなかった。
【0040】
「実験例5」
実施例1と同様の混合物を、攪拌翼により、攪拌動力214W/mで攪拌混合しながら、混合物の温度を50℃に調節することにより、酵素水溶液に含まれるセルラーゼによってろ紙の酵素分解を行った。
実験例1と同様にして、酵素分解の反応時間と、生成されるグルコース濃度との関係を調べた。
酵素分解の反応時間、生成されるグルコース濃度および上記の混合物に加えた攪拌動力の関係を図2に示す。
また、最終的に得られるグルコース濃度と、上記の混合物に加えた攪拌動力との関係を図3に示す。
また、この実験例5では、攪拌動力が214W/mであるので、上記の式(1)の関係を満たしていなかった。
【0041】
「実験例6」
実施例1と同様の混合物を、攪拌翼により、攪拌動力452W/mで攪拌混合しながら、混合物の温度を50℃に調節することにより、酵素水溶液に含まれるセルラーゼによってろ紙の酵素分解を行った。
実験例1と同様にして、酵素分解の反応時間と、生成されるグルコース濃度との関係を調べた。
酵素分解の反応時間、生成されるグルコース濃度および上記の混合物に加えた攪拌動力の関係を図2に示す。
また、この実験例6では、攪拌動力が452W/mであるので、上記の式(1)の関係を満たしていなかった。
【0042】
図2および図3の結果から、混合物に加えた攪拌動力が73W/m以上の場合、混合物に加えた攪拌動力が34W/m以下の場合と比較して、生成されるグルコース濃度が低いことが確認された。すなわち、混合物に加えた攪拌動力が73W/m以上の場合、強い攪拌動力によって、酵素糖化反応が阻害されていると言える。この反応を阻害する原因は、強い攪拌動力によって、酵素の一部が失活するためであると考えられる。
また、混合物に加えた攪拌動力が34W/m以下の場合と、混合物に加えた攪拌動力が73W/mの場合とでは、生成されるグルコース濃度の差が大きいことから、上記の混合物にある一定以上の攪拌動力が加えられると、酵素の失活が急激に進み、糖化性能が大きく低下することが分かった。
さらに、混合物に加えた攪拌動力が73W/mの場合と、混合物に加えた攪拌動力が214W/mの場合とでは、生成されるグルコース濃度の差が小さい理由は、酵素はある攪拌動力(閾値)を超えると、急激に失活が進み、その後は、攪拌動力の増加に対して鈍感な反応を示すものと考えられる。
以上の結果から、低酵素濃度条件下(タンパク質濃度0.6g/L以下)で効率的な酵素糖化反応を維持するためには、酵素水溶液とろ紙の混合物を攪拌混合する際、混合物に加える攪拌動力を34W/m以下にする必要があることが分かった。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースおよび/またはヘミセルロースを、セルロース分解酵素で分解してグルコースを主成分とする糖類の製造方法であって、
セルロースおよび/またはヘミセルロースと、セルロース分解酵素の酵素水溶液とを混合させた後、反応槽内にて、前記セルロースおよび/またはヘミセルロースと、前記酵素水溶液の混合物に加える攪拌動力Y(W/m)と、前記酵素水溶液に対するセルロースおよび/またはヘミセルロースの添加率X(w/v%)が下記の式(1)の関係を満たすように、前記混合物を攪拌して混合しながら、前記セルロース分解酵素によって、前記セルロースおよび/またはヘミセルロースを糖化する酵素糖化反応を行うことを特徴とするグルコースを主成分とする糖類の製造方法。
Y≦−0.0125X+1.195X+23.25 ・・・(1)
【請求項2】
前記セルロースおよび/またはヘミセルロースを含むバイオマスとしては、前処理を施したものを用いることを特徴とする請求項1に記載のグルコースを主成分とする糖類の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−139144(P2012−139144A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293275(P2010−293275)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術開発機構「新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/酵素糖化・効率的発酵に資する基盤研究」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004411)日揮株式会社 (94)
【Fターム(参考)】