説明

グルコースデヒドロゲナーゼの熱安定性を向上する方法

【課題】本発明は、可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)を含む組成物の熱安定性を向上する方法に関するものである。
【解決手段】可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物において、該組成物に加温処理を施す工程を含む、該酵素の安定性を向上させる方法。本発明による熱安定性の向上は、グルコース測定試薬、グルコースアッセイキット及びグルコースセンサー作製時の酵素の熱失活を低減して、該酵素の使用量低減や測定精度の向上を可能にする。また、保存安定性に優れたGDHを用いた血糖値測定試薬の提供を可能にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼ(以下グルコースデヒドロゲナーゼをGDHとも示す)を含む組成物の安定性を向上させる方法に関する。また、安定性が向上したGDHを用いたグルコースの測定方法およびグルコースセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
血糖自己測定は、糖尿病患者が通常の自分の血糖値を把握し治療に生かすために重要である。血糖自己測定に用いられるセンサにはグルコースを基質とする酵素が利用されている。そのような酵素の例としては例えばグルコースオキシダーゼ(EC 1.1.3.4)が挙げられる。グルコースオキシダーゼはグルコースに対する特異性が高く、熱安定性に優れているという利点を有していることから血糖センサ用酵素として古くから利用されており、その最初の発表は実に40年ほど前に遡る。グルコースオキシダーゼを利用した血糖センサにおいては、グルコースを酸化してD−グルコノ−δ−ラクトンに変換する過程で生じる電子がメディエーターを介して電極に渡されることで測定がなされるが、グルコースオキシダーゼは反応で生じたプロトンを酸素に渡しやすいため溶存酸素が測定値に影響してしまうという問題があった。
【0003】
このような問題を回避するために、例えばNAD(P)依存型グルコースデヒドロゲナーゼ(EC 1.1.1.47)あるいはPQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼ(EC1.1.5.2(旧EC1.1.99.17))が血糖センサ用酵素として用いられている。これらは溶存酸素の影響を受けない点で優位であるが、前者のNAD(P)依存型グルコースデヒドロゲナーゼは安定性の乏しさや補酵素の添加が必要という煩雑性がある。一方後者のPQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼは、基質特異性に乏しく、マルトースやラクトースといったグルコース以外の糖類にも作用するため測定値の正確性を損ねてしまうという欠点がある。
【0004】
また、特許文献1にはアスペルギルス属由来フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼが開示されている。本酵素は基質特異性に優れかつ溶存酸素の影響を受けない点で優位である。熱安定性については50℃15分処理で89%程度の活性残存率であり安定性についても優れているとされている。しかし、センサーチップ作製の工程において加熱処理を要する場合があることを考えれば決して十分な安定性とはいえない。
【特許文献1】WO 2004/058958
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、上述のような公知の血糖センサ用酵素の安定性に関する欠点を克服し、より実用面において有利な血糖値測定用試薬を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、これまでのPQQGDHの研究で、該酵素の基質特異性を改善した多重変異体を多数取得したが、その一部には、野生型PQQGDHと比べて熱安定性が低減した変異体が見られた。そこで、この課題を解決するため、その原因について鋭意研究したところ、本特許で提示した該酵素の加温処理を施すことにより、PQQGDHの立体構造が安定に維持され安定性が改善できることがわかった。
これまでPQQGDHの安定性を向上する方策に関する報告としては特許文献2があり、その中では遺伝子レベルでのPQQGDH改変手段を用いた検討が報告されているが、酵素の改変を用いずに安定性を増大させる手段については、その可能性すら触れられていなかった。
【特許文献2】WO02/072839
【0007】
本発明者らは、過去の方策とは異なる視点から、より簡便な安定性の改良策を探ることとし、さらなる鋭意研究を実施した結果、GDH組成物を加温処理することによりGDH自体の安定性を増大できることを明らかにして、遂に本発明を完成するに到った。
【0008】
すなわち、本発明は以下のような構成からなる。
[項1]
可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物において、該組成物に加温処理を施す工程を含む、該酵素の安定性を向上させる方法。
[項2]
補酵素がピロロキノンキノリンまたはフラビン化合物である項1に記載の安定性を向上させる方法。
[項3]
加温処理温度が酵素の大きな熱失活が発生する温度が発生する温度以下である項1,2に記載の安定性を向上させる方法。
[項4]
可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物において、該組成物に加温処理を施す工程を含む方法により製造された、熱安定性が向上した可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物
[項5]
項4の組成物を用いたグルコース濃度の測定方法。
[項6]
項5の組成物を含むグルコースセンサ。
[項7]
可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物において、該組成物に加温処理を施す工程を含む、安定性が向上した可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物を製造する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明による熱安定性の向上は、グルコース測定試薬、グルコースアッセイキット及びグルコースセンサー作製時の酵素の熱失活を低減して、該酵素の使用量低減や測定精度の向上を可能にする。また、保存安定性に優れたGDHを用いた血糖値測定試薬の提供を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
GDHは、以下の反応を触媒する酵素である。
D−グルコース + 電子伝達物質(酸化型)
→ D−グルコノ−δ−ラクトン + 電子伝達物質(還元型)
D−グルコースを酸化してD−グルコノ−1,5−ラクトンを生成するという反応を触媒する酵素であり、由来や構造に関しては特に限定するものではない。
【0011】
本発明の方法に適用することができるGDHは、可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)であれば特に限定されない。
補酵素としては、例えばピロロキノンキノリンまたはフラビン化合物またはニコチン酸アミドアデニンジヌクレオチド(NAD)などをとることができる。
【0012】
本発明の方法に適用することができる、補酵素としてピロロキノンキノリンをとるGDH(PQQGDH)としては、特に限定されるものではないが、例えば、アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)LMD79.41由来のもの(A.M.Cleton−Jansenら、J.Bacteriol.,170,2121(1988)およびMol.Gen.Genet.,217,430(1989))、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)由来のもの(A.M.Cleton−Jansenら、J.Bacteriol.,172,6308(1990))、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)由来のもの(Mol.Gen.Genet.,229,206(1991))、及び、特許文献1で報告されているアシネトバクター・バウマンニ(Acinetobacter baumanni) NCIMB11517由来のものなどが例示できる。
ただし、エシェリヒア・コリなどに存在する膜型酵素を改変して可溶型にすることは困難であり、起源としてはアシネトバクター・カルコアセティカスもしくはアシネトバクター・バウマンニなどの可溶性PQQGDHを選択することが好ましい。
なお、アシネトバクター・バウマンニ(Acinetobacter baumannii)NCIMB11517株は、以前、Acinetobacter calcoaceticusに分類されていた。
【0013】
本発明の方法に適用することができるPQQGDHは、グルコースデヒドロゲナーゼ活性を有する限り、上記に例示されたものにさらに他のアミノ酸残基の一部が欠失または置換されていてもよく、また他のアミノ酸残基が付加されていてもよい。
このような改変は当該技術分野における公知技術を用いて当業者であれば容易に実施することが出来る。例えば、蛋白質に部位特異的変異を導入するために当該蛋白質をコードする遺伝子の塩基配列を置換または挿入するための種々の方法が、Sambrookら著、Molecular Cloning; A Laboratory Manual 第2版(1989)Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkに記載されている。
【0014】
これらのPQQGDHは、たとえば東洋紡績製GLD−321など市販のものを用いることが出来る。あるいは、当該技術分野における公知技術を用いて当業者であれば容易に製造することが出来る。
【0015】
例えば、上記のPQQGDHを生産する天然の微生物、あるいは、天然のPQQGDHをコードする遺伝子をそのまま、あるいは、変異させてから、発現用ベクター(多くのものが当該技術分野において知られている。例えばプラスミド。)に挿入し、適当な宿主(多くのものが当該技術分野において知られている。例えば大腸菌。)に形質転換させた形質転換体を培養し、培養液から遠心分離などで菌体を回収した後、菌体を機械的方法またはリゾチームなどの酵素的方法で破壊し、また、必要に応じてEDTAなどのキレート剤や界面活性剤等を添加して可溶化し、PQQGDHを含む水溶性画分を得ることができる。または適当な宿主ベクター系を用いることにより、発現したPQQGDHを直接培養液中に分泌させることが出来る。
【0016】
上記のようにして得られたPQQGDH含有溶液を、例えば減圧濃縮、膜濃縮、さらに硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウムなどの塩析処理、あるいは親水性有機溶媒、例えばメタノール、エタノール、アセトンなどによる分別沈殿法により沈殿せしめればよい。また、加熱処理や等電点処理も有効な精製手段である。また、吸着剤あるいはゲルろ過剤などによるゲルろ過、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィーを行うことにより、精製されたPQQGDHを得ることができる。該精製酵素標品は、電気泳動(SDS−PAGE)的に単一のバンドを示す程度に純化されていることが好ましい。
【0017】
本発明におけるPQQGDHの濃度は特に制約がない。
【0018】
本発明の方法に適用することができる、補酵素としてFADをとるGDH(FAD依存型GDH)としては、特に限定されるものではないが、例えば、真核生物の範疇に属する糸状菌のペニシリウム(Penicillium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属などの微生物に由来するものが挙げられる。これら微生物菌株は各菌株保存機関より分譲を依頼することにより容易に入手することができる。例えば、ペニシリウム属のペニシリウム・リラシノエキヌラタムは、寄託番号NBRC6231として製品評価技術基盤機構・生物資源部門に登録されている。
【0019】
上記微生物を培養する培地としては、微生物が生育しかつ本発明に示すGDHを生産しうるものであれば特に限定しないが、より好適には微生物の生育に必要な炭素源、無機窒素源及び/または有機窒素源を含有するものがよく、さらに好ましくは通気攪拌に適した液体培地であるのがよい。液体培地の場合、炭素源としては例えばグルコース、デキストラン、可溶性デンプン、蔗糖などが、窒素源としては、例えばアンモニウム塩類、硝酸塩類、アミノ酸、コーンスティープリカー、ペプトン、カゼイン、肉エキス、脱脂大豆、バレイショ抽出液などが例示される。また所望により他の栄養素(例えば塩化カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、塩化マグネシウム等の無機塩、ビタミン類等)を含んでいてもよい。
【0020】
培養方法は、当分野において知られている方法に従う。例えば上記栄養素を含む液体培地に微生物の胞子もしくは生育状態の菌体を植菌し、静置もしくは通気攪拌により菌体を増殖させるが、好ましくは通気攪拌により培養するのがよい。培養液のpHは好ましくは5〜9であり、さらに好ましくは6〜8である。温度は通常14〜42℃、より好ましくは20℃〜40℃で行うのがよい。通常は14〜144時間培養を継続するが、好ましくは各々の培養条件においてGDHの発現量が最大となる時点で培養を終了するのがよい。このような時点を見極める方策としては、培養液のサンプリングを行って培養液中のGDH活性を測定することでその変化をモニタリングし、経時的なGDH活性の上昇がなくなった時点をピークとみなして培養停止すればよい。
【0021】
上記の培養液からGDHを抽出する方法としては、菌体内に蓄積したGDHを回収する場合にあっては遠心分離もしくはろ過等の操作によって菌体のみを集め、この菌体を溶媒、好ましくは水もしくは緩衝液に再懸濁する。再懸濁した菌体は公知の方法により破砕することで菌体中のGDHを溶媒中に抽出することができる。破砕方法としては、溶菌酵素を用いることもでき、また物理的破砕方法を用いてもよい。溶菌酵素としては、真菌細胞壁を消化する能力を有するものであれば特に限定しないが、適用可能な酵素の例としてはシグマ社製「Lyticase」等が挙げられる。また、物理的破砕の方法としては例えば超音波破砕、ガラスビーズ破砕、フレンチプレス等が挙げられる。破砕処理後の溶液は、遠心分離もしくはろ過により残渣を取り除いてGDH粗抽出溶液を得ることができる。
【0022】
また本発明における培養方法としては固体培養によることもできる。好ましくは温度や湿度等を適宜制御の上で小麦等のふすま上に本発明のGDH生産能を有する真核微生物を生育させる。このとき、培養は静置により行ってもよく、また培養物を攪拌する等して混合してもよい。GDHの抽出は、培養物に溶媒、このましくは水もしくは緩衝液を加えてGDHを溶解させ、遠心分離もしくはろ過により菌体やふすま等の固形物を取り除くことでなされる。
【0023】
GDHの精製は、GDH活性の存在する画分に応じて通常使用される種々の分離技術を適宜組み合わせることにより行うことができる。上記GDH抽出液から、例えば塩析、溶媒沈殿、透析、限外ろ過、ゲルろ過、非変性PAGE、SDS−PAGE、イオン交換クロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相高速液体クロマトグラフィー、等電点電気泳動などの公知の分離方法を適当に選択して行うことができる。また、抽出したGDHもしくは精製したGDH溶液中に各種安定化剤等を添加することもできる。このような物質の例としては例えばマンニトール・トレハロース・スクロース・ソルビトール・エリスリトール、グリセロール等に代表される糖・糖アルコール類・グルタミン酸・アルギニン等に代表されるアミノ酸、牛血清アルブミン・卵白アルブミンや各種シャペロン等に代表されるタンパク質・ペプチド類等を挙げることができる。
【0024】
また本発明のGDHは液状で供することもできるが、凍結乾燥、真空乾燥あるいはスプレードライ等により粉末化することができる。このとき、GDHは緩衝液等に溶解したものを用いることができ、さらに賦形剤あるいは安定化剤として糖・糖アルコール類、アミノ酸、タンパク質、ペプチド等を添加するのが好ましい。また、粉末化後さらに造粒することもできる。
【0025】
上記に示すGDHの抽出・精製・粉末化、および安定性試験に用いる緩衝液の組成は特に限定しないが、好ましくはpH5〜8の範囲で緩衝能を有するものであればよく、例えばホウ酸、トリス塩酸、リン酸カリウム等の緩衝剤や、BES、Bicine、Bis−Tris、CHES、EPPS、HEPES、HEPPSO、MES、MOPS、MOPSO、PIPES、POPSO、TAPS、TAPSO、TES、Tricineといったグッド緩衝剤が挙げられる。
これらのうち1種のみを適用してもよいし、2種以上を用いてもよい。さらには上記以外を含む1種以上の複合組成であってもよい。
また、これらの添加濃度としては、緩衝能を持つ範囲であれば特に限定されないが、好ましい上限は100mM以下、より好ましくは50mM以下である。好ましい下限は5mM以上である。
凍結乾燥物中においては緩衝剤の含有量は、特に限定されるものではないが、好ましくは0.1%(重量比)以上、特に好ましくは0.1〜30%(重量比)の範囲で使用される。
これらは、種々の市販の試薬を用いることが出来る。
【0026】
これらのバッファーは測定時に添加してもよいし、後記するグルコース測定用試薬、グルコースアッセイキットあるいはグルコースセンサーを作製するときに予め含有させておくこともできる。なお、その際には、液体状態、乾燥状態などの形態は問われず、測定時に機能するようにしておけばよい。
【0027】
本発明でいう安定性の向上とは、GDH酵素を含む組成物をある一定の温度で、一定時間熱処理した後、維持されているGDH酵素の残存率(%)が増大することを意味する。例えば、本願発明では、ほぼ完全に活性が維持されると4℃保存のサンプルを100%として、これと55℃,1時間熱処理後のGDH溶液の活性値を比較して、その酵素の残存率を算出している。この残存率が加温処理を実施していないものと比べて増大していた場合、GDHの熱安定性が向上したと判断した。
安定性が向上しているかどうかの判断は、次のように行った。
後述のGDH酵素活性の測定方法に記載の活性測定法において、4℃,16時間処理後のPQQGDH活性値(a)と、熱処理後のGDH活性値(b)を測定し、測定値(a)を100とした場合に対する相対値((b)/(a)×100)を求めた。この相対値を残存率(%)とした。そして、該加温処理の実施の有無を比較して、実施により残存率が増大した場合、熱安定性が向上したと判断した。
なお、上記説明における「熱処理」は、酵素の安定性を確認する試験のための処理のことを言い、本発明の「加温処理」とは異なることを、念のため付記する。本段落以外での説明においても同様である。
【0028】
加温処理は、加温処理を施す前後で、少なくとも50%以上の活性が維持されている必要があり、好ましくは80%以上の活性が維持されており、さらに好ましくは90%以上の活性が維持されていることが望ましい。
本特許における酵素の大きな熱失活が発生する温度とは、幾つかの異なる処理温度で酵素の残存活性を調べた時に、連続する3点以上のデータから得られる近似式の傾きの絶対値が2倍以上に変化する点(処理温度)を意味している。例えば、図1では、0、30、40℃での近似式の傾きの絶対値は、0.233であり、40、50、60℃での近似式の傾きの絶対値は、3.63である。よって、この熱処理条件では、40℃が大きな熱失活が発生する温度となる。
あるいは、本特許における酵素の大きな熱失活が発生する温度とは、幾つかの異なる温度で熱処理したときの酵素の残存活性が80%以下となる温度である。
本発明においては、上記の2通りの方法で得られた温度のうち、低いほうの温度を「酵素の大きな熱失活が発生する温度」とする。一方の方法でしか決められない場合は、その方法で決定した温度を「酵素の大きな熱失活が発生する温度」とする。
【0029】
この、大きな熱失活が発生する温度は、酵素の種類により異なり、また、同じ酵素でも、検討に用いる酵素濃度により異なる。例えば、本特許の検討で用いたPQQGDH改変体では、酵素濃度5U/mlで検討した場合には、大きな熱失活が発生する温度は、40℃であったが(図1)、20〜30U/mlで検討した場合には、55℃であった。そこで、酵素濃度20〜30U/mlの検討では、該温度以下で安全サイドを考え、50℃以下で加温処理を検討している。また、加温処理条件の検討の結果、大きな熱失活が発生する温度以下では、処理時間を長くしても大きな熱失活は見られず、90%以上の活性が維持されていた。大きな熱失活が発生する温度よりも少し低い温度(5℃程度)で長い時間処理することが最も有効であると思われた。
【0030】
本発明の効果は、メディエーターを含む系においてより顕著なものとなる。本発明の方法に適用できるメディエーターは特に限定されないが、フェナジンメトサルフェート(PMS)と2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(DCPIP)との組み合わせ、PMSとニトロブルーテトラゾリウム(NBT)との組み合わせ、DCPIP単独、フェリシアン化物イオン(化合物としてはフェリシアン化カリウムなど)単独、フェロセン単独などが挙げられる。中でもフェリシアン化物イオン(化合物としてはフェリシアン化カリウムなど)が好ましい。
これらの各メディエーターは感度に様々な違いが存在するために、添加濃度を一律に規定する必要性はないが、一般的には1mM以上の添加が望ましい。
これらのメディエーターは測定時に添加してもよいし、後記するグルコース測定用試薬、グルコースアッセイキットあるいはグルコースセンサを作製するときに予め含有させておくこともできる。なお、その際には、液体状態、乾燥状態などの形態は問われず、測定時に反応時に解離してイオンの状態になるようにしておけばよい。
【0031】
本発明においてはさらに必要に応じて種々の成分を共存させることが出来る。例えば、界面活性剤、安定化剤、賦形剤などを添加しても良い。
例えば、カルシウムイオンまたはその塩、およびグルタミン酸、グルタミン、リジン等のアミノ酸類、さらに血清アルブミン等を添加することによりPQQGDHをより安定化することができる。
例えば、カルシウムイオンまたはカルシウム塩を含有させることにより、PQQGDHを安定化させることができる。カルシウム塩としては、塩化カルシウムまたは酢酸カルシウムもしくはクエン酸カルシウム等の無機酸または有機酸のカルシウム塩などが例示される。また、水性組成物において、カルシウムイオンの含有量は、1×10-4〜1×10-2Mであることが好ましい。
カルシウムイオンまたはカルシウム塩を含有させることによる安定化効果は、グルタミン酸、グルタミンおよびリジンからなる群から選択されたアミノ酸を含有させることにより、さらに向上する。グルタミン酸、グルタミンおよびリジンからなる群から選択されるアミノ酸は、1種または2種以上であってもよい。ここにさらに卵白アルブミン(OVA)を含有させてもよい。
あるいは、(1)アスパラギン酸、グルタミン酸、α−ケトグルタル酸、リンゴ酸、α−ケトグルコン酸、α−サイクロデキストリンおよびそれらの塩からなる群から選ばれた1種または2種以上の化合物および(2)アルブミンを共存せしめることにより、GDHを安定化することができる。
【0032】
本発明においては以下の種々の方法によりグルコースを測定することができる。
本発明のグルコース測定用試薬、グルコースアッセイキット、グルコースセンサは、液状(水溶液、懸濁液等)、真空乾燥やスプレードライなどにより粉末化したもの、凍結乾燥など種々の形態をとることができる。乾燥法としては、特に制限されるものではなく常法に従って行えばよい。本発明の酵素を含む組成物は凍結乾燥物に限られず、乾燥物を再溶解した溶液状態であってもよい。
本発明においては以下の種々の方法によりグルコースを測定することができる。
【0033】
グルコース測定用試薬
本発明のグルコース測定用試薬は、典型的には、GDH、緩衝液、メディエーターなど測定に必要な試薬、キャリブレーションカーブ作製のためのグルコース標準溶液、ならびに使用の指針を含む。本発明のキットは、例えば、凍結乾燥された試薬として、または適切な保存溶液中の溶液として提供することができる。好ましくは本発明のGDHはホロ化した形態で提供されるが、アポ酵素の形態で提供し、使用時にホロ化することもできる。
【0034】
グルコースアッセイキット
本発明はまた、本発明に従うGDHを含むグルコースアッセイキットを特徴とする。本発明のグルコースアッセイキットは、本発明に従うGDHを少なくとも1回のアッセイに十分な量で含む。典型的には、キットは、本発明のGDHに加えて、アッセイに必要な緩衝液、メディエーター、キャリブレーションカーブ作製のためのグルコース標準溶液、ならびに使用の指針を含む。本発明に従うGDHは種々の形態で、例えば、凍結乾燥された試薬として、または適切な保存溶液中の溶液として提供することができる。
【0035】
グルコースセンサ
本発明はまた、本発明に従うGDHを用いるグルコースセンサを特徴とする。電極としては、カーボン電極、金電極、白金電極などを用い、この電極上に本発明の酵素を固定化する。固定化方法としては、架橋試薬を用いる方法、高分子マトリックス中に封入する方法、透析膜で被覆する方法、光架橋性ポリマー、導電性ポリマー、酸化還元ポリマーなどがあり、あるいはメディエーターとともにポリマー中に固定あるいは電極上に吸着固定してもよく、またこれらを組み合わせて用いてもよい。典型的には、グルタルアルデヒドを用いて本発明のGDHをカーボン電極上に固定化した後、アミン基を有する試薬で処理してグルタルアルデヒドをブロッキングする。
【0036】
グルコース濃度の測定は、以下のようにして行うことができる。恒温セルに緩衝液を入れ、メディエーターを加えて一定温度に維持する。作用電極として本発明のGDHを固定化した電極を用い、対極(例えば白金電極)および参照電極(例えばAg/AgCl電極)を用いる。カーボン電極に一定の電圧を印加して、電流が定常になった後、グルコースを含む試料を加えて電流の増加を測定する。標準濃度のグルコース溶液により作製したキャリブレーションカーブに従い、試料中のグルコース濃度を計算することができる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明する。
実施例1 :PQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子の発現プラスミドの構築
野生型PQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼの発現プラスミドpNPG5は、ベクターpBluescript SK(−)のマルチクローニング部位にアシネトバクター・バウマンニ(Acinetobacter baumannii) NCIMB11517株由来のPQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼをコードする構造遺伝子を挿入したものである。その塩基配列を配列表の配列番号2に、また該塩基配列から推定されるPQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列を配列表の配列番号1に示す。
【0038】
実施例2:変異型PQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼの作製
野生型PQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換えプラスミドpNPG5と変異導入部位のアミノ酸をコードするトリプレットを中央に含む40mer程度の合成オリゴヌクレオチドを基に、QuickChangeTM Site−Directed Mutagenesis Kit(STRATAGENE製)を用いて、そのプロトコールに従って変異処理操作を順次行い、Q168A,169Y,L169P,A170L,E245D,M342I,N429D,430Pの変異を導入した、基質特異性が改善された変異型PQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼをコードする組換えプラスミド(pNPG5−Q168A+169Y+L169P+A170L+E245D+M342I+N429D+430P)を取得した。得られた候補株の塩基配列を決定して、配列番号1記載のアミノ酸配列の168番目のグルタミンがアラニンに、169番目のロイシンがプロリンに、170番目のアラニンがロイシンに、245番目のグルタミン酸がアスパラギン酸に、342番目のメチオニンがイソロイシンに、429番目のアスパラギンがアスパラギン酸に置換され、168番目の後ろにチロシンと429番目の後ろにプロリンが挿入された変異型PQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼをコードしていることを確認した。
該組換えプラスミドにて大腸菌コンピテントセル(エシェリヒア・コリーJM109;東洋紡績製)を形質転換して、形質転換体を取得した。
【0039】
実施例3:シュードモナス属細菌で複製できる発現ベクターの構築
実施例2で得た組換えプラスミドpNPG5−Q168A+169Y+L169P+A170L+E245D+M342I+N429D+430PのDNA5μgを制限酵素BamHIおよびXhoI(東洋紡績製)で切断して、変異型PQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼの構造遺伝子部分を単離した。単離したDNAとBamHIおよびXhoIで切断したpTM33(1μg)とT4DNAリガーゼ1単位で16℃、16時間反応させ、DNAを連結した。連結したDNAはエシェリヒア・コリDH5αのコンピテントセルを用いて形質転換を行った。得られた発現プラスミドをpNPG6−Q168A+169Y+L169P+A170L+E245D+M342I+N429D+430Pと命名した。
【0040】
実施例4:シュードモナス属細菌の形質転換体の作製
シュードモナス・プチダTE3493(微工研寄12298号)をLBG培地(LB培地+0.3%グリセロール)で30℃、16時間培養し、遠心分離(12,000rpm、10分間)により菌体を回収し、この菌体に氷冷した300mMシュークロースを含む5mMK−リン酸緩衝液(pH7.0)8mlを加え、菌体を懸濁した。再度遠心分離(12,000rpm、10分間)により菌体を回収し、この菌体に氷冷した300mMシュークロースを含む5mMK−リン酸緩衝液(pH7.0)0.4mlを加え、菌体を懸濁した。
該懸濁液に実施例3で得た発現プラスミドpNPG6−Q168A+169Y+L169P+A170L+E245D+M342I+N429D+430Pを0.5μg加え、エレクトロポレーション法により形質転換した。100μg/mlのストレプトマイシンを含むLB寒天培地に生育したコロニーより、目的とする形質転換体を得た。
【0041】
実施例5:PQQ依存型GDH標品の調製
500mlのTerrific brothを2L容坂口フラスコに分注し、121℃、20分間オートクレーブを行い、放冷後別途無菌濾過したストレプトマイシンを100μg/mlになるように添加した。この培地に100μg/mlのストレプトマイシンを含むPY培地で予め30℃、24時間培養したシュードモナス・プチダTE3493(pNPG6−Q168A+169Y+L169P+A170L+E245D+M342I+N429D+430P)の培養液を5ml接種し、30℃で40時間通気攪拌培養した。培養終了時のPQQ依存型グルコースデヒドロゲナーゼ活性は、前記活性測定において、培養液1ml当たり約30U/mlであった。
上記菌体を遠心分離により集菌し、20mMリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁した後、超音波処理により破砕し、更に遠心分離を行い、上清液を粗酵素液として得た。得られた粗酵素液をHiTrap−SP(アマシャム−ファルマシア)イオン交換カラムクロマトグラフィーにより分離・精製した。次いで10mM PIPES−NaOH緩衝液(pH6.5)で透析した後に終濃度が1mMになるように塩化カルシウムを添加した。最後にHiTrap−DEAE(アマシャム−ファルマシア)イオン交換カラムクロマトグラフィーにより分離・精製し、精製酵素標品を得た。本方法により得られた標品は、SDS−PAGE的にほぼ単一なバンドを示した。
このようにして取得した精製酵素をPQQ依存型GLD評価標品として使用した。
【0042】
試験例1:GDH活性の測定方法
測定原理
D−グルコース+PMS+PQQGDH → D−グルコノ−1,5−ラクトン + PMS(red)
PMS(red) + DCPIP → PMS + DCPIP(red)
フェナジンメトサルフェート(PMS)(red)による2,6−ジクロロフェノール-インドフェノール(DCPIP)の還元により形成されたDCPIP(red)の存在は、600nmで分光光度法により測定した。また、基質特異性の検討では、D−グルコースの部分を他の糖類に変更して、それぞれの基質に対する特異性を測定した。
単位の定義
1単位は、以下に記載の条件下で1分当たりDCPIP(red)を1.0ミリモル形成させるPQQGDHの酵素量をいう。
方法
試薬
A.D−グルコース溶液:1.0M(1.8g D−グルコース(分子量180.16) /10ml H2O)
B.PIPES−NaOH緩衝液, pH6.5:50mM(60mLの水中に懸濁した 1.51gのPIPES(分子量302.36)を、5N NaOHに溶解し、2.2 mlの10% Triton X−100を加える。5N NaOHを用いて25℃で pHを6.5±0.05に調整し、水を加えて100mlとした。)
C.PMS溶液:24mM(73.52mgのフェナジンメトサルフェート(分子量81 7.65)/10mlH2O)
D.DCPIP溶液:2.0mM(6.5mgのニトロテトラゾリウムブルー(分子量8 17.65)/10mlH2O)
E.酵素希釈液:1mM CaCl2, 0.1% Triton X−100, 0. 1% BSAを含む50mM PIPES−NaOH緩衝液(pH6.5)

手順
1. 遮光ビンに以下の反応混合物を調製し、氷上で貯蔵した(用時調製)
4.5ml D−グルコース溶液 (A)
21.9ml PIPES−NaOH緩衝液(pH6.5) (B)
2.0ml PMS溶液 (C)
1.0ml DCPIP溶液 (D)
【0043】
上記アッセイ混合物の反応液中の濃度は次のとおり。
PIPES緩衝液 36mM
D−グルコース 148mM
PMS 1.58mM
DCPIP 0.066mM
【0044】
2. 3.0mlの反応混合液を試験管(プラスチック製)に入れ、37℃で5分間予備 加温した。
3. 0.1mlの酵素溶液を加え、穏やかに反転して混合した。
4. 600nmでの水に対する吸光度の減少を37℃に維持しながら分光光度計で4〜 5分間記録し、曲線の初期直線部分からの1分当たりのΔODを計算した(ODテ スト)。
同時に、酵素溶液に代えて酵素希釈液(E)加えることを除いては同一の方法を 繰り返し、ブランク(ΔODブランク)を測定した。
アッセイの直前に氷冷した酵素希釈液(E)で酵素粉末を溶解し、同一の緩衝液で0.05−0.10U/mlに希釈した(該酵素の接着性のためにプラスチックチューブの使用が好ましい)。
基質特異性を評価する目的には、上記活性測定操作はグルコース溶液の代わりにマルトース溶液を基質として実施した。

計算
活性を以下の式を用いて計算する:
U/ml={ΔOD/min(ΔODテスト− ΔODブランク)×Vt×df}/(16.8×1.0×Vs)
U/mg=(U/ml)×1/C
Vt:総体積(3.1ml)
Vs:サンプル体積(0.1ml)
16.8:上記測定条件でのDCPIPのミリモル分子吸光係数(cm2/マイクロモル)
1.0:光路長(cm)
df:希釈係数
C:溶液中の酵素濃度(c mg/ml)
【0045】
実施例6:FAD依存型GDH標品の調製
FAD依存型GDH生産菌としてAspergillus terreus亜種とPenicillium lilacinoechinulatum NBRC6231(独立行政法人製品評価技術基盤機構より購入)を用い、それぞれのL乾標本をポテトデキストロース寒天培地(Difco製)に植菌し25℃でインキュベートすることにより復元した。復元させたプレート上の菌糸を寒天ごと回収してフィルター滅菌水に懸濁した。2基の10L容ジャーファーメンター中に生産培地(1%麦芽エキス、1.5%大豆ペプチド、0.1%MgSO4・7水和物、2%グルコース、pH6.5)6Lを調製し、120℃15分オートクレーブ滅菌後に上記の菌糸懸濁液をそれぞれ投入、培養を開始した。培養条件は、温度30℃、通気量2L/分、攪拌数380rpmで行った。培養開始から64時間後に培養を停止し、ヌッチェろ過器を用いて吸引ろ過によりろ紙上にそれぞれの菌株の菌体を集めた。培養液5Lを分子量10,000カットの限外ろ過用中空糸モジュールで1/10量に濃縮し、濃縮液にそれぞれ硫酸アンモニウムを終濃度が60%飽和(456g/L)となるように添加、溶解した。続いて日立高速冷却遠心機で8000rpm15分遠心し残渣を沈殿させたのち、上清をOctyl−Sepharoseカラムに吸着させ、硫酸アンモニウム濃度0.6〜0.0飽和でグラジエント溶出してGDH活性のある画分を回収した。得られたGDH溶液を、G−25セファロースカラムでゲルろ過を行ってタンパク質画分を回収することで脱塩を行い、脱塩液に0.6飽和相当の硫酸アンモニウムを添加して溶解した。これをPhenyl−Sepharoseカラムに吸着させ、硫酸アンモニウム濃度0.6〜0.0飽和でグラジエント溶出してGDH活性のある画分を回収した。さらに、得られたGDH溶液を、G−25セファロースカラムでゲルろ過を行ってタンパク質画分を回収し、取得した精製酵素をFAD依存型GLD評価標品として使用した。
【0046】
本発明のグルコース測定用組成物、グルコースアッセイキット、グルコースセンサー、あるいはグルコース測定方法に用いるメディエーターは、特に制限されるものではないが、好ましくは、2,6−dichlorophenol−indophenol(略称DCPIP)、フェロセンあるいはそれらの誘導体(例えばフェリシアン化カリウム、フェナジンメトサルフェートなど)を用いるのがよい。これらのメディエーターは市販のものを入手することができる。
【0047】
試験例2
本発明において、FAD依存型GDHの活性測定は以下の条件で行う。
<試薬>
50mM PIPES緩衝液pH6.5(0.1%TritonX−100を含む)
14mM 2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(DCPIP)溶液
1M D−グルコース溶液
上記PIPES緩衝液15.8ml、DCPIP溶液0.2ml、D―グルコース溶液4mlを混合して反応試薬とする。
【0048】
<測定条件>
反応試薬2.9mlを37℃で5分間予備加温する。GDH溶液0.1mlを添加しゆるやかに混和後、水を対照に37℃に制御された分光光度計で、600nmの吸光度変化を5分記録し、直線部分から1分間あたりの吸光度変化(ΔODTEST)を測定する。盲検はGDH溶液の代わりにGDHを溶解する溶媒を試薬混液に加えて同様に1分間あたりの吸光度変化(ΔODBLANK)を測定する。これらの値から次の式に従ってGDH活性を求める。ここでGDH活性における1単位(U)とは、濃度200mMのD−グルコース存在下で1分間に1マイクロモルのDCPIPを還元する酵素量として定義している。

活性(U/ml)=
(−(ΔODTEST−ΔODBLANK)×3.0×希釈倍率)/(16.3×0.1×1.0)

なお、式中の3.0は反応試薬+酵素溶液の液量(ml)、16.3は本活性測定条件におけるミリモル分子吸光係数(cm2/マイクロモル)、0.1は酵素溶液の液量(ml)、1.0はセルの光路長(cm)を示す。
【0049】
実施例7:PQQ依存型GDHの至適温度と熱安定性の検討
実施例1〜5で得たPQQ依存型GDHを用いて、至適温度と熱安定性を調べた。
至適温度は、50mM PIPES−NaOH(pH6.5)緩衝液中で最大活性を示した温度(40℃)を100%として、各温度における相対活性(%)を算出した(図1)。検討に用いたPQQ依存型GDHは、40〜45℃が至適温度であった。
熱安定性は、50mM PIPES−NaOH(pH6.5)、1mM CaCl2組成にて5.0U/mlのPQQ依存型GDHを30、40,50,60,70℃で、30分間熱処理した後に残存するGDH活性を、4℃保存していたサンプルの活性値と比較して、各温度における残存活性(%)を算出した(図2)。熱処理温度40℃までは、あまり活性低下が見られず、50℃処理にて大きく失活する傾向が見られた。熱安定性は、溶液の組成、酵素濃度により、変動するものと思われる。例えば、酵素濃度が高くなれば、大きな熱失活が見られる温度は高く推移する(50℃以上になる)ものと思われる。

実施例8:加温処理によるPQQ依存型GDHの安定性に及ぼす影響
実施例1〜5で得たPQQ依存型GDHを用いて、加温処理前後でホロ型酵素の安定性が変化しないか検討した。PQQ依存型GDH溶液を20mM PIPES緩衝液(pH6.5)、1mM CaCl2を用いて20〜30U/mlの活性となるよう希釈し、この希釈液をヒートバスにて50℃,1時間加温処理行った。加温処理後に、熱失活が起こる条件(55℃,1時間)にて処理した後、加温処理前後のPQQ依存型GDH活性(試験例1)を比較した。加温処理前の熱処理後の残存活性は31%であったが、加温処理後の熱処理後の残存活性は後42%であった。加温処理により、PQQ依存型GDHの安定性が増大することが明らかとなった(表1)。加温処理を行うことにより該酵素のホロ化率が増大しており、これが安定性の増大に繋がっているものと思われた。
表1は、加温処理が及ぼす熱安定性効果の検討結果である。加温処理後に4℃にて保存したサンプルの活性値を100%として残存活性を算出した。
【0050】
【表1】

【0051】
次に、表1と同様の操作方法にて加温処理条件について広く検討した(表2)。処理温度35℃で、30分程度の処理を施した場合でも、微弱ながら安定性が向上する効果が認められた。しかしながら、処理温度35℃では、長時間処理を行っても十分な効果は見られなかった。また、加温処理温度50℃で、16時間行った場合でも、安定性が損なわれることがなく、GDHの安定化には、該酵素が変性するよりも若干低い温度で、長時間処理することが最も有効であると思われた。なお、今回の実験では、加温処理効果が判り易いように、あえてアミノ酸変異により安定性が損なわれたPQQ依存型GDH変異体を用いているが、野生型のPQQ依存型GDHを用いても、加温処理にて安定性が向上することは確認できている。特に変異体は構造の歪みにより、PQQの保持能が低下しており、加温処理を施すことによりホロ型酵素の構造が校正され、ホロ型酵素自体の安定性が向上しているものと推測する。加温処理以外でも、該酵素に何らかのエネルギーを加えることにより、同様の効果が得られる可能性があると思われる。
表2は、加温処理条件の検討(温度x時間)結果である。加温処理後に4℃にて保存したサンプルの活性値を100%として残存活性を算出した。
【0052】
【表2】

【0053】
また、加温処理(50℃、16時間)後に、再度加温処理(50℃、16時間)を施すことにより、熱安定性(55℃、1時間熱処理)がどのように推移するのか検討した(表3)。加温処理が不十分な場合、再度、加温処理をすることにより熱安定性が増大することが確認できた。これらの検討から、加温処理の効果は温度と時間に比例するが、一定以上は増大しないことが明らかとなった。
表3は、加温処理後の再加温処理における効果の検討結果である。加温処理後に4℃にて保存したサンプルの活性値を100%として残存活性を算出した。
【0054】
【表3】

【0055】
本発明の組成物は、可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物において、該組成物に加温処理を施す工程を含む方法により製造された、熱安定性が向上した可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物であり、その製造過程に特徴を持つ発明である。
一般に、ある組成物についてそれが加温処理工程を経たものであるかを判別することは困難であるが、本発明の組成物においては上記表3の結果から、50℃、16時間で2回目の加温処理を行ったときに、(1回目55℃、1時間熱処理後の活性残存率)÷(2回目55℃、1時間熱処理後の活性残存率)の値が60%を越えるときは、加温処理したと推定できる目安となる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明によれば、GDH組成物を加温処理することにより、GDH自体の安定性を増大でき、グルコース測定試薬の製作時に加温処理を施すことにより、保存安定性の高い試薬を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】PQQ依存型GDHの至適温度
【図2】PQQ依存型GDHの熱安定性

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物において、該組成物に加温処理を施す工程を含む、該酵素の安定性を向上させる方法。
【請求項2】
補酵素がピロロキノンキノリンまたはフラビン化合物である請求項1に記載の安定性を向上させる方法。
【請求項3】
加温処理温度が酵素の大きな熱失活が発生する温度が発生する温度以下である請求項1,2に記載の安定性を向上させる方法。
【請求項4】
可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物において、該組成物に加温処理を施す工程を含む方法により製造された、熱安定性が向上した可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物
【請求項5】
請求項4の組成物を用いたグルコース濃度の測定方法。
【請求項6】
請求項5の組成物を含むグルコースセンサ。
【請求項7】
可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物において、該組成物に加温処理を施す工程を含む、安定性が向上した可溶性の補酵素結合型のグルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物を製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−129966(P2007−129966A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−327281(P2005−327281)
【出願日】平成17年11月11日(2005.11.11)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】