説明

グルコース感受性により改変されたインスリンを分泌する不死化肝細胞株

本発明は、ヒト成熟膵島β細胞にかわり、グルコース濃度依存的にインスリンを発現することができ、かつ需要に見合った細胞数を容易に確保することができる細胞株を提供する。本発明はまた、糖尿病治療に用いる細胞製剤を提供する。本発明の細胞株は、タモキシフェン誘導性Cre組換え酵素をコードするヌクレオチド配列およびグルコース感受性プロモーターの制御下にインスリンをコードするヌクレオチド配列を、一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を含有するヒト不死化肝細胞株FERM BP−7498の染色体に組み込ませることにより得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、グルコース感受性インスリン分泌細胞株に関する。詳しくは、本発明は、可逆的に増殖可能なグルコース感受性インスリン分泌肝細胞株に関する。さらに、本発明は、糖尿病治療に用いる細胞製剤に関する。
【背景技術】
2000年にカナダ、エドモントンのアルバータ大学から臨床膵島移植7症例についての報告がなされた(Shapiro AM,Lakey JR,Ryan EA,et al.,N Engl J Med 343:230−238,2000参照)。のちに「エドモントン・プロトコール」と呼ばれる免疫抑制剤の斬新な使用法によって、膵島移植を受けた全ての1型糖尿病症例で日常的なインスリン投与から離脱することができたというものである。膵島移植はインスリン依存型糖尿病患者にとって現在もっとも理想に近い治療法である。
後腹膜に存在する膵臓は、外分泌腺と内分泌腺から構成されている。膵臓全容積の98%以上を外分泌腺が占め、内分泌腺は2%以下である。1869年ランゲルハンスによって見いだされた内分泌腺組織は、膵島と呼ばれる。膵島は内分泌細胞の集団であり、α細胞、β細胞、PP細胞、δ細胞などからなっている。体内のホルモンで唯一血糖を下げる作用をもつインスリンは膵島のβ細胞から分泌される。この膵島を膵臓から単離し、インスリン依存型糖尿病の患者に移植することにより、一旦廃絶した血糖降下システムの置換再生を目指すのが膵島移植である。
膵島単離成功の是非は、単離に用いる膵臓自体の善し悪しにかかっている。良好な膵島単離のためには外分泌腺組織の状態も良い必要がある。膵島単離を目的とした膵臓摘出には想像以上の繊細さが要求される。例えば、膵臓にさわって圧力をかけるだけでも、膵外分泌細胞はその含有酵素である蛋自分解酵素を放出するため、自己融解がはじまる。また、遠隔地で膵臓が摘出された場合、単離施設までの輸送中の保存についても充分な配慮が必要となる。
糖尿病は、インスリン活性の低下の原因に基づき、1型糖尿病(若年型糖尿病)と2型糖尿病とに大きく分類される。インスリンの分泌がある程度保たれている2型糖尿病に対してインスリンがほとんど分泌されていない1型糖尿病では、インスリン療法による血糖調節が非常に困難であるため、膵島移植が最も有効な治療法と考えられている。2型糖尿病においても病期が進むと糖毒性やβ細胞の疲弊によってインスリンの不足を来すが、2型糖尿病は現在のところ膵島移植の適応とはなっていない。理由は、2型糖尿病はその病態の基盤にインスリン抵抗性をもつため、膵島移植の効果が懸念されるためである。また、2型糖尿病でも血糖の厳格な調節は予後に良好に働くが、移植膵島の不足という厳然たる事実があるため、1型糖尿病のみが膵島移植の対象となっている。将来、移植膵島を多量に供給し得る状況となった場合には、インスリン抵抗性を契機としたインスリン依存型糖尿病もその適応となる可能性は充分にある。
インスリン療法が開発された当時、インスリン療法によって1型糖尿病は完全に制御可能な疾患になったかのように思われたが、網膜症、神経障害、腎症などの長期合併症の存在が判明し、1型糖尿病は慢性疾患という新たなかたちで患者に苦悩をもたらすものとなった。インスリン療法は1型糖尿病において速やかな死という緊急の問題を解決し、現在どの患者に対しても提供され得るものであるという点においてその果たしている役割は非常に大きい。しかし、一方で1型糖尿病に対する根本的治療法とはなりえず、低血糖の危険性、長期合併症といった非常に困難な問題が残っている。
1型糖尿病は自己免疫の異常によって、インスリンを産生する膵β細胞が特異的に破壊されることで発症する(Atkinson MA,Maclaren NK.,N Engl J Med 331:1428−1436,1994参照)。その根本的治療には、膵β細胞の再生置換療法のひとつである移植が考えられる。移植には膵臓移植と膵島移植があり、これら二つの移植の目的は、非常に厳格な血糖調節を可能とし、低血糖さらには長期合併症の発症を回避することである。単にインスリン療法による日常の煩わしさから患者を開放し生活の質(QOL)を向上させる事だけが目的ではない。移植療法はインスリン依存性糖尿病を治癒という最終目標に向かわせる手段として、インスリン療法よりは遙かに潜在能力を有する治療法である。しかしながら、膵臓移植では手術侵襲が大きいこと、また付随して移植される外分泌腺による合併症が重度となりうるなどの問題がある。膵島移植では、免疫抑制剤の使用による安全性の問題がある。さらに、膵臓・膵島単離に要する脳死体からの摘出膵はそれを必要とする患者数に対して圧倒的に少なく、今後解消される見込みはないという問題もある。
現在、ヒト成熟膵島β細胞にかわる細胞の供給源として、ヒトES細胞、組織幹細胞などが活発に研究されている。分化誘導で一部の細胞(マウスES細胞や肝幹細胞)でインスリン発現が認められたとの報告があるが、どの段階で、どの遺伝子を導入すれば効果的にインスリンが分泌されるか未だに不明である。また、こうした幹細胞の使用は多分化能と活発な増殖能をもつこと自体に由来する制御の困難さを本質的に内包しており、実用化には今後かなりの時間を要するものと考えられる。
また、ブタ組織・細胞を利用した研究が進む一方、人畜共通感染症、生体組織適合性や倫理的問題も浮上してきた。とくにウイルスの潜在的危険性が大きな問題となってきた。たとえば、ブタの臓器、細胞が保有するブタ由来のウイルスがレシピエントに感染して病気を起こす危険性(とりわけ、内因性ブタ特異的レトロウイルス(porcine endogenous retrovirus;PERV)は、染色体に組み込まれているために排除は不可能である)、それが家族や医療スタッフに感染を広げ、さらに社会に新しいウイルス感染を広げる危険性などである。
したがって現在、ヒト成熟膵島β細胞にかわる、質的および量的(数的)に好ましい細胞の供給源が強く望まれている。
本発明の課題は、従来の問題点を解消することであって、グルコース濃度依存的にインスリンを発現することができ、かつ需要に見合った細胞数を容易に確保することができる細胞株を提供することである。また、糖尿病治療に用いる細胞製剤を提供することも、本発明の課題である。
【発明の開示】
前記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、本発明者らにより樹立された可逆的に増殖可能な肝細胞株FERM BP−7498にCre組換え酵素の発現ベクターを導入した場合、グルコース濃度依存的にL型ピルビン酸キナーゼ(LPK)を産生する能力を維持する細胞株が得られることを見出した。このような事実に基づき、LPKプロモーターの制御下にあるインスリン遺伝子発現ベクターを該細胞株に導入したところ、得られた細胞はグルコース濃度依存的にインスリンを産生することができ、かつ糖尿病に有効な細胞製剤となることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち本発明は、タモキシフェン誘導性Cre組換え酵素をコードするヌクレオチド配列およびグルコース感受性プロモーターの制御下にインスリンをコードするヌクレオチド配列を、一対のLoxP配列に挟まれたヒトテロメラーゼ逆転写酵素遺伝子(以下、「hTERT遺伝子」と略称する)を含有するヒト不死化肝細胞株FERM BP−7498の染色体に組み込ませることにより得られる、不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株に関する。
本発明はまた、不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株FERM BP−8127に関する。
本発明は、前記不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株から一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を除去することにより得られるグルコース感受性インスリン分泌肝細胞に関する。
さらに本発明は、前記不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株から一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を除去することにより得られる細胞からなる糖尿病用治療剤に関する。
【図面の簡単な説明】
図1は、ノザンブロッティングの結果を示す図である。
図2は、グルコース感受性インスリン分泌肝細胞にグルコースを添加し、グルコース依存的なインスリンの発現を免疫染色法にて検出した結果を示す図である。図2において3は細胞質、4は細胞核を示す。
図3は、腎皮膜下への細胞移植を実施した糖尿病マウスの血糖値を示すグラフである。
図4は、腹腔内への細胞移植を実施した糖尿病マウスの血糖値を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明の不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株、および該細胞から一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を除去することにより得られる細胞からなる糖尿病治療剤について詳細に説明する。
本発明の不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株(以下、「不死化インスリン分泌肝細胞」と略称する)は、一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を含有するヒト不死化肝細胞株FERM BP−7498の染色体に、タモキシフェン誘導性Cre組換え酵素をコードするヌクレオチド配列およびグルコース感受性プロモーターの制御下にインスリンをコードするヌクレオチド配列を組み込ませることにより得られる細胞株である。
前記ヒト不死化肝細胞株FERM BP−7498は、一対のLoxP配列に挟まれた正常なhTERT遺伝子を、ヒト肝細胞の染色体に導入することによって不死化された肝細胞株である。FERM BP−7498は、腫瘍原性が無く、正常肝臓細胞に近い形態を呈し、肝特異的機能を比較的保持し、特別な培養条件を必要とせず短期間に増殖することができる。さらに、FERM BP−7498は、正常な細胞と同様に、血糖値を感知して血液中のグルコースを細胞内に取り込む能力、およびグルコース濃度依存的にL型ピルビン酸キナーゼ(LPK)を産生する能力をも維持している。
前記LoxP配列は、Cre組換え酵素によって認識される公知の部位特異的組換え配列であり、この配列間でDNA鎖の切断、鎖の交換、および結合という相同組換えを行なう特異的配列である。LoxP配列は、「ATAACTTCGTATAGCATACATTATACGAAGTTAT(配列番号1)」の34塩基から成る。同一のDNA分子上に同方向の一対のLoxP配列が存在する場合は、その間に挟まれたDNA配列が切り出されて環状分子となる(切り出し反応)。
前記hTERT遺伝子は正常細胞のTERT遺伝子由来である。hTERT遺伝子は、血液、皮膚、腸管粘膜、子宮内膜など、生涯にわたり再生を繰り返している臓器の幹・前駆細胞、および特定の抗原に暴露するたびにクローン増殖しているリンパ球では自然と発現増強している遺伝子である。一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を含有するFERMBP−7498細胞株は、免疫不全マウスに移植しても腫瘍性がない点、無血清培地において培養が可能である点、および、倍化時間が48時間であるために容易に大量培養ができる点で、非常に優れた細胞株である。
本明細書において、タモキシフェン誘導性Cre組換え酵素は、エストロゲン受容体のホルモン結合ドメイン(HBD)とCre組換え酵素との融合タンパク質である。タモキシフェン誘導性Cre組換え酵素において、Cre酵素のアミノ末端側およびカルボキシル末端側の双方にHBDが融合されていることが好ましい。細胞におけるタモキシフェン誘導性Cre組換え酵素は、融合タンパク質内のHBDとタモキシフェンとが結合しない条件下では不活性状態にあり、HBDにタモキシフェンが結合した場合に活性化される。
当該エストロゲン受容体のHBDは、タモキシフェンに結合するエストロゲン受容体内の領域を意味し、タモキシフェンと結合することによってタモキシフェン誘導性Cre組換え酵素を活性化し得る領域である限り、限定されるものではない。エストロゲン受容体のHBDとしては、マウスに由来する場合、たとえばアミノ酸281残基〜599残基の領域を用いることができる。本発明に用いるとくに、525番目のグリシンをアルギニンに置換したマウスのエストロゲン受容体のHBDは、生体内に存在する17β−エストラジオールには結合せず、タモキシフェン特異的に結合するため(Nucleic Acids Research,1996,Vol.24,No.4,543−548)、Cre酵素の活性制御が容易となることから、さらに好ましい。
前記タモキシフェンとしては、タモキシフェン(たとえばシグマ社(Sigma)製)およびヒドロキシタモキシフェン(たとえばシグマ社製)などが挙げられる。本発明の不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株からLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を除去するためのヒドロキシタモキシフェンの添加量としては、50nM〜5000nMが好ましく、500nMがさらに好ましい。ヒドロキシタモキシフェンの添加量が50nM未満の場合はhTERT遺伝子を除去する効果が不充分となる傾向があり、500nMを超える場合は細胞傷害を引き起こす可能性がある。タモキシフェンの添加量としては、1mM〜100mMが好ましく、10mMがさらに好ましい。タモキシフェンの添加量が1mM未満の場合はhTERT遺伝子を除去する効果が不充分となる傾向があり、100mMを超える場合は細胞傷害を引き起こす可能性がある。
本明細書において、Cre組換え酵素は、LoxP配列を特異的に認識する公知の組換え酵素であり、LoxP配列に挟まれたヌクレオチド配列を切り出すことができる限り限定されるものではない。本発明においては、ヒト不死化肝細胞株の染色体上に存在するLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を切り出すために、Cre組換え酵素を使用する。LoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を不死化肝細胞の染色体上から切り出すことにより得られた細胞は、癌化の危険性がなく安全であり、細胞移植に適する。
本明細書において、グルコース感受性プロモーターは、グルコース濃度に依存してインスリン遺伝子を発現するために用いられる。グルコース感受性プロモーターとしては、たとえば、解糖系および糖新生系において糖濃度に相関して転写レベルでの制御を受けることが知られている酵素遺伝子のプロモーターを用いることが好ましい。具体的には、たとえば、LPKプロモーター(たとえばラットLPK遺伝子のプロモーター(−3193〜+18ヌクレオチド配列))、ホスホエノールピルビン酸カルボキシナーゼ(PEPCK)プロモーターなどを用いることができる。
前記インスリン遺伝子としては、筋や脂肪組織、肝臓などの細胞膜表面にあるインスリン受容体に特異的に結合してそのチロシン残基特異的な酵素活性を上昇させることで、糖の取り込みおよび利用の促進、グリコーゲンの合成促進、糖新生の抑制などの作用を行うタンパク質をコードするヌクレオチド配列を用いることができる。肝細胞FERM BP−7498株にはプロインスリンをインスリンに変換するポロホルモン変換酵素のPC2およびPC1/3が存在しないために、プロインスリンをコードするヌクレオチドを使用した場合は生理活性の低いプロインスリンが分泌されてしまう。したがって、本発明においては、インスリンのCペプチドをターン形成ペプチド配列(たとえばGly−Gly−Gly−Pro−Gly−Lys−Arg(配列番号2))に置換してインスリンのA鎖およびB鎖を融合させた組換えタンパク質をコードするヌクレオチド配列を、インスリン遺伝子として使用することが好ましい。そのような組換えタンパク質をコードするヌクレオチド配列としては、配列番号3のヌクレオチド配列が挙げられる。
タモキシフェン誘導性Cre組換え酵素をコードするヌクレオチド配列およびグルコース感受性プロモーターの制御下にインスリンをコードするヌクレオチド配列を細胞の染色体に組み込ませる方法としては、公知の方法を用いることができる。所望のヌクレオチド配列を細胞内の染色体に導入する方法としては、たとえば、リン酸カルシウム法およびDEAEデキストラン法などのウイルスを使わない方法、ならびに組換えウイルスベクターまたは膜融合リポソームなどを使用する方法などを挙げることができ、これらに限定されるものではない。
本発明の糖尿病用治療剤は、前記不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株から一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を除去することにより得られる細胞からなる。本発明の糖尿病用治療剤は、hTERT遺伝子を除去することにより得られる細胞とともに、薬学的に許容し得る公知の賦形剤などを含有してもよい。
本発明における該治療剤は、たとえば、ハイブリット型人工臓器のソースとして、または細胞移植のソースとして、門脈内に移植することができる。該治療剤の投与量(移植量)は、たとえば1×10〜1×1011細胞個/個体が好ましく、1×10〜1×1011細胞個/個体がさらに好ましく、1×10〜1×1010細胞個/個体が最も好ましい。
以下の実施例によって、本発明のペプチド化合物をさらに詳細に説明するが、本発明はその趣旨と適用範囲に逸脱しない限りこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
525番目のグリシンがアルギニンに置換されたマウスエストロゲン受容体の281〜599アミノ酸残基(MerG525R)をコードするヌクレオチド配列、Cre組換え酵素の1050bpのコーディング配列およびMerG525Rをコードするヌクレオチド配列の順に融合したタモキシフェン誘導性Cre組換え酵素の発現ベクターを、レス(Reth)博士の論文(Nucleic Acids Research,1996,vol,24,No.4)にしたがい作製した。
つぎに、前記ベクターからタモキシフェン誘導性Cre組換え酵素をコードするヌクレオチド配列を切りだし、CAGプロモーター(サイトメガロウイルスのエンハンサー、ニワトリβ−アクチンのプロモーターおよびウサギβ−グロビンのポリAシグナルを含有するプロモーター)およびピューロマイシン(Pur)耐性遺伝子を有する発現ベクターに挿入することにより、CAGプロモーターの制御下でタモキシフェン誘導性Cre組換え酵素を発現する発現ベクター(pCAG−Mer−Cre−Mer−Pur)を作製した。なお、pCAG−Mer−Cre−Mer−PurはPur耐性遺伝子を含有しているため、当該ベクターを導入された細胞をピューロマイシンにより選択することができる。
FuGENE(登録商標)6トランスフェクションリージェント(ロッシュ ダイアグノスティクス社(Roche Diagnostics)製)を使用し、前記pCAG−MerCre−Mer−PurをFERM BP−7498細胞株に形質導入した。すなわち、
(1)40μlの滅菌水および10μlのCAG−MerCre−Mer−Pur(0.4μg/μl)を、滅菌した1.5mlエッペンドルフチューブに添加し、合計50μlとした(溶液1)。
(2)88μlの無血清培地(ダルベッコ改変イーグル基本培地(DMEM))および12μlのFuGENEを、滅菌した1.5mlエッペンドルフチューブに添加し、合計100μlとした(溶液2)。
(3)溶液2に溶液1を添加してタッピングにより混合し、得られた混合液を30分間室温で静置した。
(4)10%ウシ胎児血清を補充したDMEM(DMEM+10%FBS)においてFERM BP−7498細胞株を70%密集となるまで培養したのち、培養フラスコから培養液を約1ml残して吸引し、ついで、前記(3)で得られた混合液を細胞表面に均等に滴下した。
(5)フラスコをわずかに傾けることにより混合液を細胞表面に拡散させ、ついで2mlのDMEM+10%FBSを添加し、細胞を一晩培養した。
つぎに、細胞の選択を行った。すなわち、培地を新鮮な培地に交換し、さらに一日間培養した。ついで、培地を新鮮な500nMピューロマイシン含有DMEM+10%FBSに交換し、リングクローニング法を用いて培養を続けることによりTTNT−16−T−3細胞株を樹立した。
前記TTNT−16−T−3細胞株にグルコース感受性のインスリン分泌能を付加するために、前記同様にFuGENE(登録商標)6トランスフェクションリージェントを使用することにより、プラスミドベクターpLPK−Alb−SIA−Zeo(L型ピルビン酸キナーゼプロモーター(−3193〜+18ヌクレオチド配列)の制御下でインスリン分泌を促進する72bpのアルブミンリーダーと組換えインスリン遺伝子(SIA)との融合タンパク質を発現するベクターであって、かつ薬剤ゼオシン耐性遺伝子(Zeo)を含有するベクター(Nature,408:483−487,2000))をTTNT−16−T−3細胞株に形質導入した。
つぎに、細胞の選択を行った。すなわち、培地を新鮮な培地に交換し、さらに一日間培養した。ついで、培地を新鮮な100μg/mlゼオシン含有DMEM+10%FBSに交換し、リングクローニング法を用いて培養を続けることにより不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株を樹立した。当該細胞株は、茨城県つくば市東1丁目1番地中央第6の独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託した(受託番号FERM BP−8127)。
試験例1
(グルコース濃度の変動に伴うLPK遺伝子の発現)
10cmシャーレ5枚にFERM BP−8127細胞株(1×10細胞個)を播種し、1μg/mlゼオシンおよび100mg/dlグルコースを含有したダルベッコ改変イーグル基本培地(DMEM)を用いて、細胞が80%密集となるまで培養した。ついで、培地を、500nMタモキシフェン(シグマ社製)、1μg/mlゼオシンおよび100mg/dlグルコースを含有したDMEMと交換し、1週間培養した。つぎに、培地を、400mg/dlグルコース、1μg/mlゼオシンおよび500nMタモキシフェンを添加したDMEM培地と交換し、さらに24時間培養した。その結果、シャーレ1枚あたり1×10個の細胞が得られた。
培養終了後、細胞を回収し、ついでそれらの細胞から全RNAを抽出した。得られたRNAを電気泳動により分離し、LPKに対するプローブを用いるノザンブロッティングを実施した。なお、コントロール細胞としては、グルコース添加を行わないほかは前記同様の条件で播種および培養を実施した細胞を用いた。また、ノザンブロッティングにおいては28SrRNAを内性コントロールとし、エチジウムブロマイド染色によって検出した。
ノザンブロッティングの結果を図1に示す。図1において、レーン1はコントロール細胞の結果であり、レーン2はグルコースを添加したグルコース感受性肝細胞の結果である。FERM BP−8127からタモキシフェン添加にてTERT遺伝子を除去した細胞では、グルコースの添加によりLPK遺伝子の発現が増強された。一方、コントロール細胞では、LPK遺伝子の発現増強はみられなかった。
試験例2
(グルコース濃度の変動に伴うインスリンの発現)
10cmシャーレ5枚にFERM BP−8127細胞株(1×10細胞個)を播種し、1μg/mlゼオシンおよび100mg/dlグルコースを含有したダルベッコ改変イーグル基本培地(DMEM)を用いて、細胞が80%密集となるまで培養した。ついで、培地を、500nMタモキシフェン(シグマ社製)、1μg/mlゼオシンおよび100mg/dlグルコースを含有したDMEMと交換し、1週間培養した。つぎに、培地を、400mg/dlグルコース、1μg/mlゼオシンおよび500nMタモキシフェンを添加したDMEM培地と交換し、さらに24時間培養した。その結果、シャーレ1枚あたり1×10個の細胞が得られた。
培養終了後、インスリン抗体を用いる免疫染色法にて、細胞におけるインスリンの発現を検討した。なお、コントロール細胞としては、グルコース添加を行わないほかは前記同様の条件で播種、培養およびTERT遺伝子の除去を実施した細胞を用いた。
その結果、グルコース濃度の増加により、FERM BP−8127からTERT遺伝子を除去した細胞では高濃度のインスリンの発現が確認された(図2)。一方、グルコースを添加されなかったコントロール細胞では、インスリンが検出されなかった。
試験例3
(糖尿病マウスにおけるグルコース感受性インスリン分泌肝細胞の腎皮膜下移植効果)
10cmシャーレ5枚にFERM BP−8127細胞株(1×10細胞個)を播種し、1μg/mlゼオシンおよび100mg/dlグルコースを含有したDMEMを用いて、細胞が80%密集となるまで培養した。ついで、培地を、500nMタモキシフェン(シグマ社製)、1μg/mlゼオシンおよび100mg/dlグルコースを含有したDMEMと交換し、1週間培養した。つぎに、培地を、400mg/dlグルコース、1μg/mlゼオシンおよび500nMタモキシフェンを添加したDMEM培地と交換し、さらに24時間培養した。その結果、シャーレ1枚あたり1×10個の細胞が得られた。
薬剤のストレプトゾシン(210mg/kg)をマウスに投与することで糖尿病マウスを作製した。血糖値が400mg/dl以上になった時点で糖尿病と判定し、開腹後腎臓の皮膜下に前記細胞1×10個を移植した(n=5)。細胞移植後血糖値を測定して細胞移植の効果を判定した。なお、本試験においては、細胞移植を実施しなかった糖尿病マウスをコントロールAとした。
細胞移植の結果を図3に示す。図3において、C1〜C5は腎皮膜下細胞移植を実施した各糖尿病マウスを示す。腎皮膜下細胞移植を実施した糖尿病マウスは、いずれも血糖の下降を認めた。細胞移植を施行しなかったコントロールAは血糖値が常に400mg/dl以上を呈していた。当該結果は、移植された細胞が血糖値に反応してインスリンを分泌していることを示している。
試験例4
(糖尿病マウスにおけるグルコース感受性インスリン分泌肝細胞の腹腔内移植効果)
10cmシャーレ9枚にFERM BP−8127細胞株(1×10細胞個)を播種し、1μg/mlゼオシンおよび100mg/dlグルコースを含有したDMEMを用いて、細胞が80%密集となるまで培養した。ついで、培地を、500nMタモキシフェン(シグマ社製)、1μg/mlゼオシンおよび100mg/dlグルコースを含有したDMEMと交換し、1週間培養した。つぎに、培地を、400mg/dlグルコース、1μg/mlゼオシンおよび500nMタモキシフェンを添加したDMEM培地と交換し、さらに24時間培養した。その結果、シャーレ1枚あたり1×10個の細胞が得られた。
薬剤のストレプトゾシン(210mg/kg)をマウスに投与することで糖尿病マウス作製した。血糖値が400mg/dl以上になった時点で糖尿病と判定し、開腹後腹腔内に前記細胞3×10個を移植した(n=2)。細胞移植後血糖値を測定して細胞移植の効果を判定した。なお、本試験においても試験例3と同様に細胞移植を実施しなかった糖尿病マウスをコントロールAとした。また、前記細胞3×10個を用いて腹腔内移植を実施した正常マウスを、コントロールBとした。
細胞移植の結果を図4に示す。図4において、D1およびD2は腹腔内細胞移植を実施した各糖尿病マウスを示す。腹腔内細胞移植を実施した糖尿病マウスは、いずれも血糖の下降を認めた。細胞移植を施行しなかったコントロールAは血糖値が常に400mg/dl以上を呈していた。また、コントロールBにおいては、血糖値が低下することはなかった。当該結果は、移植された細胞が血糖値に反応してインスリンを分泌していることを示している。
【産業上の利用可能性】
本発明により、グルコース濃度依存的にインスリンを発現することができ、かつ需要に見合った細胞数を容易に確保することができる、不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株を提供した。また、一対のLoxPに挟まれたhTERT遺伝子を当該細胞株から除去して得られる細胞は、扱いが容易でなく量的にも不足するヒト成熟膵島β細胞にかわり、糖尿病治療において非常に有用である。とくに、本発明の不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株FERM BP−8127は、免疫不全マウスに移植した際に腫瘍性がみられないうえに、肝細胞特異的遺伝子発現が保たれているため、非常に優れた細胞株である。
さらに、本発明の細胞を基に、拡散チャンバー型、マイクロカプセル型、中空糸型のモジュール(デバイス)と分離・培養細胞を組み合わせたハイブリッド型などのバイオ人工膵臓の開発が可能である。
【配列表】


【図1】

【図2】

【図3】

【図4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
タモキシフェン誘導性Cre組換え酵素をコードするヌクレオチド配列およびグルコース感受性プロモーターの制御下にインスリンをコードするヌクレオチド配列を、一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子によりヒト不死化肝細胞株FERM BP−7498の染色体に組み込ませることにより得られる、不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株。
【請求項2】
前記不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株が、受託番号FERM BP−8127である請求の範囲第1項記載の不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株。
【請求項3】
請求の範囲第1項または第2項記載の不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株から一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を除去することにより得られるグルコース感受性インスリン分泌肝細胞。
【請求項4】
請求の範囲第1項または第2項記載の不死化グルコース感受性インスリン分泌肝細胞株から一対のLoxP配列に挟まれたhTERT遺伝子を除去することにより得られる細胞からなる糖尿病用治療剤。

【国際公開番号】WO2004/031372
【国際公開日】平成16年4月15日(2004.4.15)
【発行日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−541183(P2004−541183)
【国際出願番号】PCT/JP2002/010244
【国際出願日】平成14年10月2日(2002.10.2)
【出願人】(599173538)
【出願人】(599173516)
【出願人】(503194015)
【出願人】(503192664)
【出願人】(503193993)
【出願人】(503192675)
【Fターム(参考)】