説明

グルコース脱水素酵素

【課題】 グルコースに対する選択性が高い改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素を提供すること。
【解決手段】配列番号1で表されるピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素(PQQGDH)の99番目のアミノ酸残基Gまたは配列番号3で表されるピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素(PQQGDH)の100番目のアミノ酸残基Gが、アミノ酸配列:TGZN(式中、ZはSX、SまたはNであり、Xは任意のアミノ酸残基である)で置き換えられている、改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素が開示される。本発明の改変型PQQGDHはさらに、Q192G、Q192AまたはQ192S;L193X;E277X;A318X;Y367A、Y367FまたはY367W;G451C;およびN452X(Xは任意のアミノ酸残基である)からなる群より選択される1またはそれ以上の変異をさらに含んでいてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は,日本特許出願2007−163858(2007年6月21日出願)に基づく優先権を主張しており,この内容は本明細書に参照として取り込まれる。
【0002】
本発明はピロロキノリンキノンを補酵素とするグルコース脱水素酵素(PQQGDH)の製造、およびグルコースの定量におけるその使用に関する。
【背景技術】
【0003】
血中グルコース濃度は、糖尿病の重要なマーカーである。グルコース濃度の測定法の1つとして、PQQGDHを用いる方法が既に実用化されている。
【0004】
PQQGDHは、ピロロキノリンキノンを補酵素とするグルコース脱水素酵素であり、グルコースを酸化してグルコノラクトンを生成する反応を触媒する。PQQGDHには、膜結合性酵素と水溶性酵素があることが知られている。膜結合性PQQGDHは、分子量約87kDaのシングルペプチド蛋白質であり、種々のグラム陰性菌において広く見いだされている。一方、水溶性PQQGDHはAcinetobacter calcoaceticusのいくつかの株においてその存在が確認されており、その構造遺伝子がクローニングされアミノ酸配列が明らかにされている(GenBank 受託番号X15871; Mol. Gen. Genet. (1989), 217: 430-436)。Acinetobacter calcoaceticus由来の水溶性PQQGDHのX線結晶構造解析の結果が報告され、活性中心をはじめとした本酵素の高次構造が明らかとなった。(A.Oubrie et al., J. Mol. Biol., 289, 319-333(1999);A. Oubrie et al., The EMBO Journal, 18(19) 5187-5194 (1999); A. Oubrie et al. PNAS, 96(21), 11787-11791 (1999))。また、Acinetobacter baumannii由来の水溶性PQQGDHも同定されている(GenBank 受託番号E28183)。
【0005】
PQQGDHはグルコースに対して高い酸化活性を有していること、およびPQQGDHは補酵素結合型の酵素であるため電子受容体として酸素を必要としないことから、グルコースセンサーの認識素子をはじめとして、アッセイ分野への応用が期待されている。しかしながらPQQGDHはグルコースに対する選択性が低いことが問題であった。特に、マルトースを含有する輸液を投与中の患者では、マルトースに対しても高い活性を示すPQQGDHを用いると正確な測定ができない。この場合、みかけの血糖値は実際の血糖値より高くなるため、その測定値を基に患者にインスリンが投与されて低血糖を起こすという危険がある。したがって、血糖値の測定用に使用する酵素としては、マルトースと比較してグルコースに対する選択性が高いPQQGDHが望ましい。
【0006】
本発明者は、これまでに、グルコースに対する選択性が高められているいくつかの改変型PQQGDHを報告してきたが(WO00/66744、特開2001-346587、WO2004/005499など)、さらに高い選択性および/または高い酵素活性を有する改変型PQQGDHが求められている。
【0007】
本明細書において引用される参考文献は以下のとおりである。これらの文献に記載される内容はすべて本明細書に参照として取り込まれる。これらの文献のいずれかが、本明細書に対する先行技術であると認めるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO00/66744
【特許文献2】特開2001-346587
【特許文献3】WO2004/005499
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Mol. Gen. Genet. (1989), 217:430-436
【非特許文献2】A. Oubrie, et al. (1999) J. Mol. Bio. , 289, 319-333
【非特許文献3】A. Oubrie, et al. (1999) The EMBO Journal, 18(19), 5187-5194
【非特許文献4】A. Oubrie, et al. (1999), PNAS 96(21), 11787-11791
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、グルコースに対する選択性が高い改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、水溶性PQQGDHの特定の位置に所定の配列を有する4アミノ酸または5アミノ酸からなるペプチドフラグメントを挿入することにより、グルコースに対する選択性が高まることを見いだした。
【0012】
本発明は、配列番号1で表されるピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素(PQQGDH)の99番目のアミノ酸残基G、または配列番号3で表されるPQQGDHの100番目のアミノ酸残基Gが、アミノ酸配列:TGZN(式中、ZはSX、SまたはNであり、Xは任意のアミノ酸残基である)で置き換えられており、かつ、配列番号1の1−98番目のアミノ酸残基および100−478番目のアミノ酸残基、または配列番号3の1−99番目のアミノ酸残基および101−480番目のアミノ酸残基の1〜10個が任意に他のアミノ酸残基で置き換えられていてもよい、改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素を提供する。本発明の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素において、好ましくはZはSXであり、特に好ましくはZはSNである。
【0013】
好ましくは、本発明の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素はさらに、以下のアミノ酸置換:
Q192G、Q192AまたはQ192S;
L193X(Xは任意のアミノ酸残基である);
E277X(Xは任意のアミノ酸残基である);
A318X(Xは任意のアミノ酸残基である);
Y367A、Y367FまたはY367W;
G451C;および
N452X(Xは任意のアミノ酸残基である)
からなる群より選択される1またはそれ以上の変異をさらに含む。
【0014】
別の観点においては、本発明は、本発明の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素をコードする遺伝子、該遺伝子を含有する組み換えベクター、ならびに該組み換えベクターで形質転換した形質転換体または形質導入体を提供する。本発明はまた、本発明の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素をコードする遺伝子を含有する組み換えベクターで形質転換した形質転換体を培養して、該培養物からピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素を採取することを特徴とする、改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素の製造方法を提供する。
【0015】
さらに別の観点においては、本発明は、本発明の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素を含むことを特徴とするグルコースのアッセイキットを提供する。本発明はまた、本発明の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素が装着されている酵素電極、ならびに該酵素電極を作用極として用いることを特徴とするグルコースセンサーを提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素は、グルコースに対して高い選択性を示し、かつグルコースに対して高い酸化活性を有していることから、グルコースの高選択的かつ高感度の測定に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明の改変型PQQGDHのグルコースおよびマルトースに対する酵素活性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
改変型PQQGDHの構造
本発明の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素は、配列番号1で示される水溶性PQQGDHの99番目のアミノ酸残基Gまたは配列番号3で表されるPQQGDHの100番目のアミノ酸残基Gが、アミノ酸配列:TGZN(式中、ZはSX、SまたはNであり、Xは任意のアミノ酸残基である)で置き換えられていることを特徴とする。なお、本明細書においては、水溶性PQQGDHのアミノ酸配列中のアミノ酸の位置は、開始メチオニンを1として番号付けする。
【0019】
配列番号1で表されるPQQGDHは、Acinetobacter calcoaceticus由来のPQQGDH(GenBank 受託番号X15871)であり、配列番号3で表されるPQQGDHは、Acinetobacter baumannii由来のPQQGDH(GenBank 受託番号E28183)であり、これらはアミノ酸配列レベルで約92%のホモロジーを有している。2つの配列のアラインメントを下記に示す。
【0020】
【表1】

これらの2つのPQQGDHは、類似する二次構造を有しており、対応するアミノ酸残基の置換により酵素の性質、例えば熱安定性や基質特異性が同様に変化することが知られている。
【0021】
本発明の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素において、好ましくはZはSXであり、特に好ましくはZはSNである。すなわち、配列番号1の99番目のアミノ酸残基Gまたは配列番号3の100番目のアミノ酸残基Gの代わりに、アミノ酸配列:TGSXN、好ましくはTGSNN、特に好ましくはTGSKN、TGSRNまたはTGSWNが挿入されている。また好ましくは、このアミノ酸残基Gの代わりに、TGSNまたはTGNNが挿入されている。
【0022】
本発明の改変型PQQGDHは、天然の水溶性PQQGDHと比較してグルコースに対して高い選択性を有する。好ましくは本発明の改変型PQQGDHは、グルコースに対する反応性と比べて、マルトースに対する反応性が野生型より低下している。より好ましくは、グルコースに対する反応性を100%とした場合、マルトースに対する活性が50%以下であり、より好ましくは30%以下であり、さらに好ましくは20%以下であり、最も好ましくは10%以下である。
【0023】
本発明の改変型PQQGDHは、配列番号1の99番目または配列番号3の100番目のアミノ酸残基の変異に加えて、さらに別の変異を有していてもよい。例えば、配列番号1の1−98番目のアミノ酸残基および100−478番目のアミノ酸残基の1またはそれ以上、または配列番号3の1−99番目のアミノ酸残基および101−480番目のアミノ酸残基の1またはそれ以上、例えば1〜10個が任意に他のアミノ酸残基で置き換えられていてもよい。
【0024】
本発明の好ましい態様においては、本発明の改変型PQQGDHは、
Q192G、Q192AまたはQ192S;
L193X(Xは任意のアミノ酸残基である);
E277X(Xは任意のアミノ酸残基である);
A318X(Xは任意のアミノ酸残基である);
Y367A、Y367FまたはY367W;
G451C;および
N452X(Xは任意のアミノ酸残基である)
からなる群より選択される1またはそれ以上、好ましくは1〜10個、例えば、1,2,3,4、5または6個の変異をさらに含む。なお、ここで例えば「Q192G」との表記は、配列番号1の192番目のグルタミンまたはこれに対応する配列番号3の193番目のグルタミンがグリシンに置き換えられていることを表し、他の置換変異も同様にして表される。
【0025】
本発明の特に好ましい態様は、以下のいずれかのアミノ酸の変異の組み合わせ:
G99(TGSXN)+Q192G+L193E;
G99(TGSXN)+Q192S+N452P;
G99(TGSXN)+Q192G+L193E+N452P;
G99(TGSXN)+Q192S+N452P;
G99(TGSNN)+N452P;
G99(TGSNN)+Q192G+L193E+N452P;
G99(TGSNN)+Q192S+N452P;
G99(TGSNN)+Q192G+N452P;
G99(TGSNN)+L193E+N452P;
G99(TGSNN)+Q192S+L193M+N452P;
G99(TGSNN)+A318Y+N452P;
G99(TGSNN)+Q192G;
G99(TGSNN)+Q192S;
G99(TGSNN)+Q192A;
G99(TGSNN)+Q192G+L193E;
G99(TGSNN)+Q192S+L193X;
G99(TGSNN)+Q192S+L193M;
G99(TGSNN)+Q192S+L193T;
G99(TGSNN)+Q192S+E277X;
G99(TGSNN)+Q192S+N452X;
G99(TGSNN)+Q192S+L193X+A318Y+N452P;
G99(TGSNN)+Q192S+A318X+N452P;
G99(TGSNN)+Q192G+L193E+A318X+N452P;
G99(TGSKN)+Q192S+N452P;
G99(TGSRN)+Q192S+N452P;
G99(TGSWN)+Q192S+N452P;
G99(TGSN)+Q192S+N452P;
G99(TGSN)+Q192G+L193E;
G99(TGSN)+Q192S+L193M;
G99(TGNN)+Q192S+N452P;
G99(TGNN)+Q192G+L193E;または
G99(TGNN)+Q192S+L193M
を含む改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素である。上記式中、Xは任意のアミノ酸であり、例えば、G99(TGSXN)とは、配列番号1で表されるPQQGDHにおいて99番目のGがTGSXNで置き換えられていることを示す。
【0026】
本発明の別の好ましい態様は、以下のいずれかのアミノ酸の変異の組み合わせ:
G99(TGSXN)+Q192G+L193E;
G99(TGSXN)+Q192S+N452P;
G99(TGSNN)+Q192G+L193E+N452P;
G99(TGSNN)+Q192S+L193M+N452P;
G99(TGSNN)+Q192G+L193E+A318K+N452P;または
G99(TGSNN)+Q192G+L193E+A318Q+N452P;
を含む改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素である。
【0027】
192番目のグルタミン残基、193番目のロイシン残基および452番目のアスパラギン残基がPQQGDHによる基質の認識および結合に関与することは、WO04/005499に開示されている。しかし、一般的には、異なるドメインに存在するアミノ酸残基に同時に変異を導入することにより、基質の選択性や酵素活性がどのように変化するかについては、全く予測することができない。場合によっては、酵素活性が全く失われることもある。したがって、本発明において、これらのアミノ酸残基の置換と、配列番号1の99番目のアミノ酸残基または配列番号3の100番目のアミノ酸残基の挿入変異とを同時に導入することによりグルコースの選択性のさらなる向上が得られたことは、予測されないことであった。
【0028】
改変型PQQGDHの製造方法
Acinetobacter calcoaceticus 由来の天然の水溶性PQQGDHをコードする遺伝子の配列は配列番号2で、Acinetobacter baumannii由来の天然の水溶性PQQGDHをコードする遺伝子の配列は配列番号4で規定される。本発明の改変型PQQGDHをコードする遺伝子は、天然の水溶性PQQGDHをコードする遺伝子において、置換すべきアミノ酸残基をコードする塩基配列を、所望のアミノ酸残基をコードする塩基配列に置換することにより構築することができる。このような部位特異的塩基配列置換のための種々の方法は、当該技術分野においてよく知られており、例えば下記の実施例に記載されるように、適切に設計されたプライマーを用いるPCRを用いることができる。
【0029】
このようにして得た変異遺伝子を遺伝子発現用のベクター(例えばプラスミド)に挿入し、これを適当な宿主(例えば大腸菌)に形質転換する。外来性蛋白質を発現させるための多くのベクター・宿主系が当該技術分野において知られており、宿主としては例えば、細菌、酵母、培養細胞などの種々のものを用いることができる。
【0030】
本発明の改変型PQQGDHにおいては、所望のグルコースデヒドロゲナーゼ活性を有する限り、さらに他のアミノ酸残基の一部が欠失または置換されていてもよく、また他のアミノ酸残基が付加されていてもよい。このような部位特異的塩基配列置換のための種々の方法が当該技術分野においてよく知られている。
【0031】
上述のようにして得られた、改変型PQQGDHを発現する形質転換体を培養し、培養液から遠心分離などで菌体を回収した後、菌体をフレンチプレスなどで破砕するか、またはオスモティックショックによりペリプラズム酵素を培地中に放出させる。これを超遠心分離し、改変型PQQGDHを含む水溶性画分を得ることができる。あるいは、適当な宿主ベクター系を用いることにより、発現した改変型PQQGDHを培養液中に分泌させることもできる。得られた水溶性画分を、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、HPLCなどにより精製することにより、本発明の改変型PQQGDHを調製することができる。
【0032】
酵素活性の測定方法
本発明の改変型PQQGDHは、PQQを補酵素として、グルコースを酸化してグルコノラクトンを生成する反応を触媒する作用を有する。酵素活性の測定は、PQQGDHによるグルコースの酸化にともなって還元されるPQQの量を酸化還元色素の呈色反応により定量することができる。呈色試薬としては、例えば、PMS(フェナジンメトサルフェート)−DCIP(2,6−ジクロロフェノールインドフェノール)、フェリシアン化カリウム、フェロセンなどを用いることができる。
【0033】
グルコースに対する選択性
本発明の改変型PQQGDHのグルコースに対する選択性は、基質として、2−デオキシ−D−グルコース、マンノース、アロース、3−o−メチル−D−グルコース、ガラクトース、キシロース、ラクトースおよびマルトース等の各種の糖を用いて上述のように酵素活性を測定し、グルコースを基質としたときの活性に対する相対活性を調べることにより評価することができる。
【0034】
本発明の改変型PQQGDHは野生型酵素と比較して、グルコースに対する選択性が向上しており、特にマルトースに対する反応性と比較してグルコースに対する反応性が高い。したがって、本発明の改変型PQQGDHを用いて作成されたアッセイキットあるいは酵素センサーはグルコース測定に関して選択性が高く、マルトースを含有する試料を用いた場合でも高感度でグルコースが検出できるという利点を有する。
【0035】
グルコースアッセイキット
本発明はまた、本発明に従う改変型PQQGDHを含むグルコースアッセイキットを特徴とする。本発明のグルコースアッセイキットは、本発明に従う改変型PQQGDHを少なくとも1回のアッセイに十分な量で含む。典型的には、キットは、本発明の改変型PQQGDHに加えて、アッセイに必要な緩衝液、メディエーター、キャリブレーションカーブ作製のためのグルコース標準溶液、ならびに使用の指針を含む。本発明に従う改変型PQQGDHは種々の形態で、例えば、凍結乾燥された試薬として、または適切な保存溶液中の溶液として提供することができる。好ましくは本発明の改変型PQQGDHはホロ化した形態で提供されるが、アポ酵素の形態で提供し、使用時にホロ化することもできる。
【0036】
グルコースセンサー
本発明はまた、本発明に従う改変型PQQGDHをが装着されている酵素電極、ならびにこの酵素電極を用いるグルコースセンサーを特徴とする。電極としては、カーボン電極、金電極、白金電極などを用い、この電極上に本発明の酵素を固定化する。固定化方法としては、架橋試薬を用いる方法、高分子マトリックス中に封入する方法、透析膜で被覆する方法、光架橋性ポリマー、導電性ポリマー、酸化還元ポリマーなどがあり、あるいはフェロセンあるいはその誘導体に代表される電子メディエーターとともにポリマー中に固定あるいは電極上に吸着固定してもよく、またこれらを組み合わせて用いてもよい。好ましくは本発明の改変型PQQGDHはホロ化した形態で電極上に固定化するが、アポ酵素の形態で固定化し、PQQを別の層としてまたは溶液中で提供することもできる。典型的には、グルタルアルデヒドを用いて本発明の改変型PQQGDHをカーボン電極上に固定化した後、アミン基を有する試薬で処理してグルタルアルデヒドをブロッキングする。
【0037】
グルコース濃度の測定は、以下のようにして行うことができる。恒温セルに緩衝液を入れ、PQQおよびCaCl2、およびメディエーターを加えて一定温度に維持する。メディエーターとしては、フェリシアン化カリウム、フェナジンメトサルフェートなどを用いることができる。作用電極として本発明の改変型PQQGDHを固定化した電極を用い、対極(例えば白金電極)および参照電極(例えばAg/AgCl電極)を用いる。カーボン電極に一定の電圧を印加して、電流が定常になった後、グルコースを含む試料を加えて電流の増加を測定する。標準濃度のグルコース溶液により作製したキャリブレーションカーブに従い、試料中のグルコース濃度を計算することができる。
【0038】
本明細書において明示的に引用される全ての特許および参考文献の内容は全て本明細書に参照として取り込まれる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
実施例1
改変型PQQGDHをコードする遺伝子の構築
配列番号2に示されるAcinetobacter calcoaceticus由来水溶性PQQGDHの構造遺伝子をもとに、変異の導入を行った。簡単には、野生型水溶性PQQGDH全長用のフォワード側のプライマーと変異導入領域のリバース側のプライマーとを用いてPCRを行い、一方で、全長用のリバース側のプライマーと変異導入領域のフォワード側のプライマーとを用いてPCRを行い、これらのPCR産物を混合して、全長用のフォワードプライマーおよびリバースのプライマーを用いてPCRを行うことにより、変異が導入された全長PQQGDHをコードする遺伝子を作製した。次に、シークエンシングにより目的とする変異が正しく導入されていることを確認した。
【0041】
全長増幅用プライマーの配列は以下のとおりである:
フォワード:AACAGACCATGGATAAACATTTATTGGC(配列番号5)
リバース:ACAGCCAAGCTTTTACTTAGCCTTATAGG(配列番号6)
【0042】
また、変異導入用のプライマー(F:フォワード、R:リバース)の配列は下記の表に示されるとおりである。
【0043】
【表2】

【0044】
その他の置換変異、例えば、Q192G、L193Eなどの変異の導入は、WO00/66744に記載されているようにして、慣用の部位特異的変異導入法を用いて行った。また、複数の部位の変異を組み合わせて有する改変型PQQGDHは、それぞれの変異に対応した複数のプライマーを用いる部位特異的変異導入法により、または制限酵素を利用した組換え法により作製した。
【0045】
実施例2
改変型PQQGDHの調製
野生型または上記のようにして調製した改変型PQQGDHをコードする遺伝子を、E.coli用の発現ベクターであるpTrc99A(ファルマシア社)のマルチクローニングサイトに挿入し、構築されたプラスミドをE.coliに形質転換した。これを450mlのL培地(アンピシリン50μg/ml、クロラムフェニコール30μg/ml含有)で37℃で一晩振とう培養し、1mM CaCl2、500μMPQQを含む7lのL培地に植菌した。培養開始後約3時間でイソプロピルチオガラクトシドを終濃度0.3mMになるように添加し、その後1.5時間培養した。培養液から遠心分離(5000×g、10分、4℃)で菌体を回収し、10mM MOPS(pH7.0)150μlに懸濁した。体積の1/2〜2/3量のガラスビーズ(バクテリア用0.105〜0.125mm)を加え、4℃で20分間ボルテックスした。各サンプルに10mM MOPS(pH7.0)1mlを加え、遠心分離(15000rpm、20分間、4℃)し、上清を回収した。これを粗精製酵素標品として以下の実施例において用いた。
【0046】
実施例3
酵素活性の測定
実施例2で得られた野生型および各改変型PQQGDHの粗精製酵素標品100μlに、10mM MOPS(pH7.0)+1mM PQQ+1mM CaCl2ホロ化液900μlを加え、静置(室温、暗所、30分以上)してホロ化を行った。10倍希釈したホロ化済み酵素試液150μlに、各濃度の基質(グルコースまたはマルトース)、PMS(フェナジンメトサルフェート)0.6mM、DCIP(2,6−ジクロロフェノールインドフェノール)0.3mM、いずれも終濃度)50μlを加え、計200ulで室温で反応させた。基質としては、グルコースおよびマルトースを、それぞれ終濃度0,1,2,4,10,20,40mMで用いた。DCIPの600nmの吸光度変化を分光光度計を用いて追跡し、その吸光度の減少速度を酵素の反応速度とした。このとき、1分間に1μmolのDCIPが還元される酵素活性を1ユニットとした。また、DCIPのpH7.0におけるモル吸光係数は16.3mM-1とした。蛋白質濃度は市販の蛋白質測定キット(BioRad)を用いて測定した。
【0047】
代表的な結果として、4mMグルコースへの活性に対する4mMマルトースへの活性の比(%)を以下の表に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
【表4】

【0050】
【表5】

【0051】
【表6】

【0052】
【表7】

【0053】
【表8】

【0054】
【表9】

【0055】
【表10】

【0056】
【表11】

【0057】
【表12】

【0058】
【表13】

【0059】
【表14】

【0060】
【表15】

【0061】
【表16】

【0062】
【表17】

【0063】
【表18】

【0064】
【表19】

【0065】
上記の表から明らかなように、本発明の改変型PQQGDHはいずれも、マルトースに対する反応性と比較してグルコースに対する高い反応性を示した。
【0066】
実施例4
酵素センサーの作製および評価
5ユニットの本発明の改変型PQQGDHにカーボンペースト20mgを加えて凍結乾燥させた。これをよく混合した後、既にカーボンペーストが約40mg充填されたカーボンペースト電極の表面だけに充填し、濾紙上で研磨した。この電極を1%のグルタルアルデヒドを含む10mM MOPS緩衝液(pH7.0)中で室温で30分間処理した後、20mMリジンを含む10mM MOPS緩衝液(pH7.0)中で室温で20分間処理してグルタルアルデヒドをブロッキングした。この電極を10mM MOPS緩衝液(pH7.0)中で室温で1時間以上平衡化させた。電極は4℃で保存した。
【0067】
作製した酵素センサーを用いてグルコース濃度の測定を行った。本発明の改変型PQQGDHを固定化した酵素センサーを用いて、0.1mM−5mMの範囲でグルコースの定量を行うことができた。
【0068】
実施例5
精製酵素標品を用いた酵素活性の測定
実施例2で得られた野生型および各改変型PQQGDHの粗精製酵素を、それぞれ10mMリン酸緩衝液pH7.0で平衡化した陽イオン交換クロマトグラフィー用充填カラムTSKgel CM−TOYOPEARL 650M(東ソー株式会社)に吸着させた。このカラムを10mMリン酸緩衝液pH7.0、750mlで洗浄した後、0−0.2M NaClを含む10mMリン酸緩衝液pH7.0を用い、酵素を溶出させた。流速は5ml/minで行った。GDH活性を有する画分を回収し、10mM MOPS−NaOH緩衝液(pH7.0)で一晩透析した。このようにして電気泳動的に均一な改変型PQQGDH蛋白質を得た。得られた精製酵素標品について、実施例4と同様にしてグルコースおよびマルトースに対する酵素活性を測定した。代表的な結果を以下の表に示す。
【0069】
【表20】

【0070】
また、TGSNN+Q192G+L193E+N452Pの変異を有する改変型PQQGDHのグルコースおよびマルトースに対する酵素活性を図1に示す。
【0071】
実施例6
従来技術の改変型PQQGDHとの比較
実施例2で得られた野生型および各改変型PQQGDHの粗精製酵素、ならびに対照としてPQQGDHの99番目のアミノ酸残基Gには変異が導入されていないが、他の位置で1または2以上のアミノ酸置換を有する従来技術の改変型PQQGDHの酵素活性について、実施例4と同様にしてグルコースおよびマルトースに対する酵素活性を測定した。
【0072】
代表的な結果として、99GがTGSNNで置き換えられている本発明の改変型PQQGDHと、99Gの変異以外は同じ変異を有する対照PQQGDH、ならびに野生型PQQGDHについて、4mMまたは10mMグルコースに対する酵素活性、およびグルコースに対するマルトースの活性の比(%;マルトース4mM;グルコース4mMあるいは10mM:10mM)を以下の表に示す。
【0073】
【表21】

【0074】
上記の表に示されるように、本発明にしたがってTGSNNの配列を挿入した改変型酵素の活性は、グルコースに対する酵素活性が上昇するかあるいは保たれていた。さらに、グルコースに対するマルトースの活性比は1/2から1/5の程度まで減少し、グルコースに対する選択性が向上した。例えば、Q192GとL193Eとの二重変異を有する改変型PQQGDHは、基質選択性が高まることがこれまでに報告されているが、この2つの変異だけでは、4mMグルコースに対する活性は6.1U/mgであり、4mMグルコースに対する4mMマルトースの活性比は9%であった。これに対して、さらにTGSNNを挿入すると、4mMグルコースに対する活性は10.63U/mgと約1.7倍向上し、4mMグルコースに対する4mMマルトースの活性比は4.2%となり、2.14倍基質特異性が向上した。
【0075】
これらの結果から示されるように、本発明の改変型PQQGDHは、グルコースに対する高い酵素活性を有し、かつ、グルコースに対してマルトースと比較して高い基質選択性を有する。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、グルコース濃度の測定、特に血糖値の測定に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で表されるピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素(PQQGDH)の99番目のアミノ酸残基G、または配列番号3で表されるPQQGDHの100番目のアミノ酸残基Gが、アミノ酸配列:TGZN(式中、ZはSX、SまたはNであり、Xは任意のアミノ酸残基である)で置き換えられており、かつ、配列番号1の1−98番目のアミノ酸残基および100−478番目のアミノ酸残基、または配列番号3の1−99番目のアミノ酸残基および101−480番目のアミノ酸残基の1〜10個が任意に他のアミノ酸残基で置き換えられていてもよい、改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素であって、以下のアミノ酸置換:
Q192G、Q192AまたはQ192S;
L193X(Xは任意のアミノ酸残基である);
E277X(Xは任意のアミノ酸残基である);
A318X(Xは任意のアミノ酸残基である);
Y367A、Y367FまたはY367W;
G451C;および
N452X(Xは任意のアミノ酸残基である)
からなる群より選択される1またはそれ以上の変異をさらに含む、改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素。
【請求項2】
ZがSX(Xは任意のアミノ酸残基である)である、請求項1記載の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素。
【請求項3】
ZがSNである、請求項1記載の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素。
【請求項4】
請求項1−3のいずれかに記載の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素をコードする遺伝子。
【請求項5】
請求項4に記載の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素をコードする遺伝子を含有する組み換えベクター。
【請求項6】
請求項5に記載の組み換えベクターで形質転換した形質転換体または形質導入体。
【請求項7】
請求項6に記載の形質転換体を培養して、該培養物からピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素を採取することを特徴とする改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素の製造方法。
【請求項8】
請求項1−3のいずれかに記載の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素を用いることを特徴とするグルコース分析方法。
【請求項9】
請求項1−3のいずれかに記載の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素を含むことを特徴とするグルコースのアッセイキット。
【請求項10】
請求項1−3のいずれかに記載の改変型ピロロキノリンキノングルコース脱水素酵素が装着されている酵素電極。
【請求項11】
作用極として請求項10に記載の酵素電極を用いることを特徴とするグルコースセンサー。

【図1】
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【公開番号】特開2012−210212(P2012−210212A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−120738(P2012−120738)
【出願日】平成24年5月28日(2012.5.28)
【分割の表示】特願2009−520344(P2009−520344)の分割
【原出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(503195850)有限会社アルティザイム・インターナショナル (31)
【出願人】(000141897)アークレイ株式会社 (288)
【Fターム(参考)】