説明

グルタチオンの製造方法

【課題】デンプンを炭素源として酵母を培養することにより、グルタチオンを生産する方法を提供する。
【解決手段】グルタチオン生産能を有する酵母にアミラーゼの遺伝子を導入し、アミラーゼを発現させるようにしてデンプン資化性を付与することにより、デンプンを炭素源としてグルタチオンを生産することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酵母によるデンプンからグルタチオンを製造する方法に関する。グルタチオンは、食品又は医薬品又は化粧品として有用であり、農業分野においても有用である。
【背景技術】
【0002】
グルタチオンは、システイン、グルタミン酸、グリシンの3つのアミノ酸から成るペプチドで、人体だけでなく、他の動物や植物、微生物などの多くの生体内に存在し、活性酸素の消去作用、解毒作用、アミノ酸の代謝など、生体にとって重要な化合物である。そのため医薬品、食品、化粧品産業で注目されている。また、近年、グルタチオンに植物の生長を促進する効果があることなどの知見も得られるなど、農業を含めたさまざまな分野での用途が期待されている。グルタチオンは、現在工業的には、酵母を用いた発酵法により生産されている。これまでにグルタチオン生産に使用する酵母への突然変異処理(特許文献1)、グルタチオンの合成に関与する酵素を遺伝子組換えにより導入することなどにより、酵母菌体中のグルタチオン含量を向上させることにより、生産性を向上させる試みがなされてきた。
【0003】
グルタチオンの発酵生産においては、炭素源としては主にグルコースが使用されるが、製造コスト削減に向け、グルコースを含有する糖蜜など比較的安価な炭素源の利用が試みられている。その一方、近年、バイオマスベースのバイオリファイナリー社会への転換が必要とされる中で、デンプンなどの糖質系バイオマスの利用が注目されている。しかし、酵母は、デンプンを直接分解、資化できないため、デンプンを炭素源として、グルタチオンを生産することは出来ない。
【0004】
尚、グルコアミラーゼやα−アミラーゼを酵母に発現させ、酵母にデンプンを分解し、資化可能なグルコースを生成する能力を付与することで、デンプンを炭素源として生育させ、エタノールを生産させた報告はある(特許文献2、3)。しかし、デンプンからグルタチオンが生産された報告はなく、微生物の代謝産物の多くは、炭素源を含めた培養条件により、その生産性が大きく影響を受けることが知られており、単にデンプンの資化性の付与により、デンプンを炭素源として培養した場合、グルタチオンが生産されるかは不明であった。たとえば、デンプンからのエタノール発酵では、嫌気的発酵により酵母にエタノールを生産させているが、グルタチオン発酵のような好気的発酵では嫌気的発酵よりもグルコースを資化し生育する速度が格段に大きく、アミラーゼによるデンプンの分解能が、好気的発酵条件における酵母の生育やグルタチオンの生産に十分であるかは不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−180509号広報
【特許文献2】国際公開第2002/042483号
【特許文献3】国際公開第2003/016525号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、豊富に存在するバイオマス資源であるデンプンを炭素源として培養することによりグルタチオンを生産する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意検討した結果、グルタチオンの生産能を有する酵母に、α−アミラーゼおよびグルコアミラーゼ発現能を付与することにより、デンプンから直接グルタチオンを発酵生産できることを見出した。また、驚くことに、デンプンから直接グルタチオンを発酵生産した場合、グルコースを炭素源とした場合よりも、グルタチオンの生産量が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、以下のとおりである。
[1]アミラーゼ遺伝子を有しデンプンを資化できる酵母を用いて、デンプンを炭素源として培養する工程を含むグルタチオンの製造方法。
[2]前記アミラーゼがグルコアミラーゼである、[1]に記載のグルタチオンの製造方法。
[3]前記アミラーゼがグルコアミラーゼおよびα−アミラーゼである、[1]に記載のグルタチオンの製造方法。
[4]前記アミラーゼが前記酵母の細胞表層に提示される、[1]〜[3]のいずれかに記載のグルタチオンの製造方法。
[5]前記アミラーゼが前記酵母の細胞外に分泌される、[1]〜[4]のいずれかに記載のグルタチオンの製造方法。
[6]前記グルコアミラーゼが細胞表層に提示され、前記α−アミラーゼが細胞外に分泌される、[5]に記載のグルタチオンの製造方法。
[7]前記酵母がSaccharomyces属、Candida属又はPichia属酵母である、[1]〜[6]のいずれかに記載のグルタチオンの製造方法。
[8]Saccharomyces属酵母がSaccharomyces cerevisiaeである、[7]に記載のグルタチオンの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、可溶性デンプン、さらには生デンプンからから直接グルタチオンを発酵生産することが可能となる。特に、好適な形態では、グルタチオンの生産性が、グルコースを炭素源として用いた場合に比べ良好である。本発明の方法により、グルタチオンの生産において糖質系バイオマスであるデンプンを利用することが可能となり、バイオマスベースのバイオリファイナリー社会への転換に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施例1に係る培養中の残存糖濃度および菌濃度の経時変化を示す図である。
【図2】本発明の実施例1に係る培養中のグルタチオン濃度の経時変化を示す図である。
【図3】本発明の実施例2に係る培養中の残存糖濃度の経時変化を示す図である。
【図4】本発明の実施例2に係る培養中のグルタチオン濃度の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のグルタチオンの製造方法は、アミラーゼ遺伝子を有しデンプンを資化できる酵母を用いて、デンプンを炭素源として培養する工程を含む。
【0012】
酵母はデンプンを直接分解、資化することが出来ないが、グルタチオン生産能を有する酵母にアミラーゼの遺伝子を導入し、アミラーゼを発現させるようにしてデンプンを資化できる性質を付与することにより、デンプンからグルタチオンを生産することが可能となる。
【0013】
酵母としては、糖を資化して、グルタチオンを生産する酵母であれば特に制限はなく、例えば、Saccharomyces属、Candida属、Pichia属の酵母が挙げられる。このうちでも、グルタチオンの生産性の観点から、Saccharomyces cerevisiae又はCandida utilisが好ましい。
【0014】
本発明において、アミラーゼとしては、特に限定されないが、例えば、グルコアミラーゼ、α−アミラーゼが挙げられる。
【0015】
グルコアミラーゼとは、グルカン1,4−α−グルコシダーゼ、1,4−α−D−グルカングルコヒドラーゼ、エキソ1,4−α−グルコシダーゼ、γ−アミラーゼ、リソソーマルα−グルコシダーゼあるいはアミログルコシダーゼとも呼ばれ、デンプンの非還元末端の1,4−α結合を分解してグルコースを切り離していくエキソ型の加水分解酵素である。このような活性を有していれば、その起源は限定されないが、微生物由来のグルコアミラーゼが好適に用いられ、例えば、RhizopusおよびAspergillusなどのカビ由来のグルコアミラーゼが好ましい。
【0016】
α−アミラーゼとは、1,4−α−D−グルカングルカノヒドラーゼ、グリコゲナーゼデンプンとも呼ばれ、デンプンのα1,4−グルコシド結合を分解して多糖ないしオリゴ糖生成するエンド型の加水分解酵素である。この活性を有していれば、その起源は限定されず、例えば、動物(唾液、膵臓)、植物(麦芽など)、および微生物由来のα−アミラーゼが用いられる。その起源は特に限定されないが、微生物由来のα−アミラーゼが好適に用いられ、例えば、Streptococcus bovis、Bacillus stearothermophilus由来のα−アミラーゼが好ましい。
【0017】
前記アミラーゼ遺伝子を有しデンプンを資化できる酵母としては、例えばアミラーゼをコードする遺伝子を導入して形質転換された酵母を使用することができる。また、細胞外に存在するデンプンを効率よく分解できる点で、アミラーゼを細胞表層に提示、または細胞外に分泌するように形質転換したグルタチオン生産能を有する酵母であることが好ましい。このような酵母は、アミラーゼを細胞表層に提示するように組換えられたDNA、またはアミラーゼを細胞外に分泌するように組換えられたDNAを、グルタチオン生産能を有する酵母に導入することにより得られる。また、アミラーゼとして、グルコアミラーゼとα−アミラーゼを導入する場合、α−アミラーゼは細胞外に分泌されることが好ましく、更には、グルコアミラーゼとα−アミラーゼともに細胞外に分泌されることが好ましい。
【0018】
本発明の製造方法で使用する酵母は、例えば、グルコアミラーゼを細胞表層に提示し、かつα−アミラーゼを分泌するように形質転換された酵母であってもよい。このような酵母は、グルコアミラーゼを細胞表層に提示するように組換えられたDNAと、α−アミラーゼを分泌するように組換えられたDNAとを酵母に導入することにより、得られる。
【0019】
また、本発明の製造方法で使用する酵母は、グルコアミラーゼおよびα−アミラーゼをともに分泌するように形質転換された酵母であってもよい。このような酵母は、グルコアミラーゼを分泌するように組換えられたDNAと、α−アミラーゼを分泌するように組換えられたDNAとを酵母に導入することにより、得られる。
【0020】
細胞表層に酵素を提示する一般的な方法について説明する。細胞表層に酵素を提示する方法には、(a)細胞表層局在タンパク質のGPIアンカーを介して酵素を細胞表層に提示する方法、および(b)細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインを介して酵素を細胞表層に提示する方法がある。1種の酵素を細胞表層に提示する場合は、(a)および(b)のいずれの方法を用いてもよい。なお、2種の酵素を細胞表層に提示する場合は、(b)の方法によって融合タンパク質と発現することが好ましい。
【0021】
用いられ得る細胞表層局在タンパク質としては、酵母の凝集性タンパク質であるα−またはa−アグルチニン、FLOタンパク質(例えば、FLO1、FLO2、FLO4、FLO5、FLO9、FLO10、およびFLO11)、アルカリホスファターゼなどが挙げられる。
【0022】
(a)GPIアンカーを利用する方法
GPIアンカーにより細胞表層に局在するタンパク質をコードする遺伝子は、N末端側から順に、分泌シグナル配列、細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質ドメイン)、およびGPIアンカー付着認識シグナル配列をそれぞれコードする遺伝子を有している。細胞内でこの遺伝子から発現された細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質)は、分泌シグナルにより細胞膜外へ導かれ、その際、GPIアンカー付着認識シグナル配列は、選択的に切断されたC末端部分を介して細胞膜のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後、PI−PLCにより、GPIアンカーの根元部が切断され、細胞壁に組み込まれて細胞表層に固定され、細胞表層に提示される。
【0023】
ここで、GPIアンカーとは、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれるエタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質をいい、PI−PLCとは、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼCをいう。
【0024】
GPIアンカー付着認識シグナル配列とは、GPIアンカーが細胞表層局在タンパク質と結合する際に認識される配列であり、通常、細胞表層局在タンパク質のC末端あるいはその近傍に位置する。GPIアンカー付着シグナル配列としては、例えば酵母のα−アグルチニンのC末端部分の配列が好適に用いられる。上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列のC末端側には、GPIアンカー付着認識シグナル配列が含まれるので、上記方法に使用する遺伝子としては、このC末端から320アミノ酸の配列をコードするDNA配列が特に有用である。
【0025】
従って、例えば、分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子−GPIアンカー付着認識シグナルをコードするDNA配列を有する配列において、この細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子の全部または一部の配列を、目的とする酵素の構造遺伝子の配列で置換することにより、GPIアンカーを介して目的の酵素を細胞表層に提示する組換えDNAが得られる。細胞表層局在タンパク質がα−アグルチニンである場合、上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列をコードする配列を残すように、目的の酵素遺伝子を導入することが好ましい。
【0026】
この目的とする酵素の構造遺伝子として、グルコアミラーゼ遺伝子を用いると、GPIアンカーを介して細胞表層にグルコアミラーゼを提示する組換えDNAが得られる。
【0027】
(b)糖鎖結合タンパク質ドメインを利用する方法
細胞表層局在タンパク質が糖鎖結合タンパク質である場合、その糖鎖結合タンパク質ドメインは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることが可能である。例えば、レクチン、レクチン様タンパク質などの糖鎖結合部位などが挙げられる。代表的には、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、凝集に関与していると考えられているドメインをいう。
【0028】
上記(a)または(b)の方法によって、細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)と目的の酵素とを結合することにより、細胞表層に酵素が提示される。目的の酵素の種類により、細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)の(1)N末端側に酵素を結合させる、(2)C末端側に酵素を結合させる、および(3)N末端側およびC末端側の両方に、同一または異なる酵素を結合させることができる。
【0029】
従って、例えば、
(1)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素の構造遺伝子−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子、
(2)分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする酵素の構造遺伝子、
(3)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素の構造遺伝子−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする他の酵素の構造遺伝子、
などのDNA配列を作製することにより、細胞表層に目的の酵素を提示する組換えDNAが得られる。凝集機能ドメインを利用する場合、GPIアンカーは細胞表層の提示には関与しないので、組換えDNA中に、GPIアンカー付着認識シグナル配列をコードするDNA配列は、存在してもよいし、存在しなくてもよい。
【0030】
この目的とする酵素の構造遺伝子として、グルコアミラーゼ遺伝子を用いると、糖鎖結合タンパク質ドメインを利用して、細胞表層にグルコアミラーゼを提示する組換えDNAが得られる。あるいは、糖鎖結合タンパク質ドメインのN末端およびC末端に、それぞれグルコアミラーゼ構造遺伝子とα−アミラーゼ構造遺伝子とを有する組換えDNAが得られ、融合タンパク質として両酵素を細胞表層に発現することもできる。
【0031】
上記組換えDNAに用いられる分泌シグナル配列は、細胞表層局在タンパク質の分泌シグナル配列を用いてもよいし、発現した酵素を細胞外へ導くことができる他の分泌シグナル配列を用いてもよい。例えば、グルコアミラーゼの分泌シグナル配列、酵母のα−またはa−アグルチニンの分泌シグナル配列、リパーゼの分泌シグナル配列が好適に用いられる。酵素活性に影響を及ぼさないのであれば、細胞表層提示後に分泌シグナル配列およびプロ配列の一部または全部がN末端に残ってもよい。
【0032】
酵母にアミラーゼ類(グルコアミラーゼ、α−アミラーゼなど)を分泌させる場合、上記分泌シグナル配列をコードするDNAに、グルコアミラーゼ、α−アミラーゼなどの目的の酵素の構造遺伝子を連結した組換えDNAを作製し、酵母に導入する。
【0033】
酵母においてアミラーゼを発現させるために使用するDNAの合成は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。例えば、分泌シグナル配列とグルコアミラーゼあるいはα−アミラーゼの構造遺伝子との結合は、部位特異的突然変異法を用いて行うことができる。この方法を用いることにより、正確な分泌シグナル配列の切断および活性を有するグルコアミラーゼあるいはα−アミラーゼの発現が可能である。
【0034】
上記の目的とする配列(組換えDNA)は、好ましくは、ベクターに組み込まれる。DNAの取得を容易にする点からは、大腸菌とのシャトルベクターであることが好ましく、例えば、酵母の2μmプラスミドの複製起点(Ori)とColE1の複製起点とを有し、さらに酵母選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、TRP、LEU2など)および大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子など)を有することがさらに好ましい。
【0035】
グルコアミラーゼあるいはα−アミラーゼ構造遺伝子を発現させるために、この遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節配列を含んでいることが望ましい。例えば、GAPDH(グリセルアルデヒド3’−リン酸デヒドロゲナーゼ)プロモーターとGAPDHターミネーターとを含むプラスミドpYGA2270またはpYE22m、あるいはUPR−ICL(イソクエン酸リアーゼ上流領域)配列とTerm−ICL(イソクエン酸リアーゼのターミネーター領域)配列とを含むプラスミドpWI3が挙げられる。
【0036】
酵母の細胞表層に酵素を提示する場合、最も好適には、プラスミドpYGA2270またはpYE22mのGAPDHプロモーターとGAPDHターミネーターの配列の間に、分泌シグナル配列をコードするDNAと、アミラーゼの構造遺伝子配列を有する配列と、α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸をコードする配列とを結合した配列を挿入すれば、酵母に導入するためのベクターが製造される。
【0037】
酵母菌体外に酵素を分泌する場合、最も好適には、プラスミドpGK406(J.Biochem.(2009)145:701−708)のPGKプロモーターとPGKターミネーターの配列の間に、分泌シグナル配列をコードするDNAと、アミラーゼの構造遺伝子配列を有する配列とを結合した配列を挿入すれば、酵母に導入するためのベクターが製造される。
【0038】
ベクターは、マルチコピー型および染色体組込み型がある。どの型のベクターにどの遺伝子を組込むかは、当業者が適宜決定すればよいが、目的とする配列(組換えDNA)は、酵母の染色体に組み込まれる方がプラスミドとして保持されるよりも安定である。また、コピー数が多い方が転写効率や翻訳効率が高いため、目的とする配列をベクター上でδ配列と結合させることがより好ましい。細胞表層に提示される酵素と分泌される酵素とは、同一のベクターに組込まれてもよく、それぞれ異なるベクターに組込まれてもよい。
【0039】
宿主の酵母としては、糖を資化してグルタチオン発酵能を有する酵母であれば、どのような酵母でもよい。非凝集性および凝集性の酵母が用いられる。非凝集性の酵母としては、特に制限はないが、例えば、Saccharomyces cerevisiae MT8−1などが挙げられる。凝集性の酵母としては、Saccharomyces diastaticus ATCC60715、同ATCC60712、Saccharomyces cerevisiae IFO1953、同CG1945、同HF7Cなどが挙げられる。本発明者らが取得した非凝集性酵母YPH499/pδWGPSBA,pδUPGGluR株は、グルコアミラーゼ構造遺伝子およびα−アミラーゼ構造遺伝子にδ配列を結合させることで、染色体に当該遺伝子がマルチコピーで安定的に保持され、さらに発酵能が非常に高い。従って、グルコアミラーゼおよびα−アミラーゼを分泌するように組換えられた非凝集性酵母YPH499/pδWGPSBA,pδUPGGluR株を用いた場合は、グルタチオンの生産性は非常に高くなる。
【0040】
本発明のグルコアミラーゼを細胞表層に提示し、かつα−アミラーゼを分泌する酵母、あるいはグルコアミラーゼおよびα−アミラーゼを分泌する酵母(以下、これらをまとめて本発明の酵母という)は、上記それぞれの酵素をコードするDNAを有する組換えDNA(ベクター)を、酵母に同時にまたは別々に導入することにより得られる。
【0041】
DNAの導入の方法には、形質転換、形質導入、トランスフェクション、コトランスフェクション、エレクトロポレーションなどの方法があり、具体的には、酢酸リチウムを用いる形質転換方法、プロトプラスト法などがある。
【0042】
組換えDNA(ベクター)が導入された酵母は、選択マーカー(例えばTRP、URA)で選択される。グルコアミラーゼが細胞表層に提示されていることは、細胞を洗浄した後に、例えば抗グルコアミラーゼ抗体とFITC標識抗体とを用いる免疫抗体法によって確認し得る。また、グルコアミラーゼあるいはα−アミラーゼが分泌されていることも、細胞を除去した培養液について、例えば抗グルコアミラーゼ抗体あるいは抗α−アミラーゼ抗体を用いる免疫抗体法によって確認し得る。
【0043】
アミラーゼを発現する酵母を使用することにより、デンプンを炭素源として培養し、グルタチオンを製造することができる。酵母の培養を行う際は、まず、好気的条件下でグルコースを炭素源として酵母を培養し、その数を増加させる。培地は、選択培地であっても非選択培地であってもよい。
【0044】
次いで、本発明の酵母を、好気的条件下でデンプンを炭素源として発酵させて、グルタチオンを生産させる。好気的条件下での培養で使用する培地成分としては、炭素源として、デンプンが使用される。培地中のデンプン濃度は特に限定されず、酵母の生育速度、培養時間に応じた濃度とすればよい。デンプンは炭素源として培地に含まれていればよく、他の炭素源と共に含まれていてもよいし、唯一の炭素源として含まれていてもよい。前記他の炭素源としては、通常の酵母の培養に用いられるグルコース、蔗糖、エタノール、糖蜜などが挙げられる。本発明の酵母は、デンプンを炭素源として生育可能であり、培養時の培地中のデンプン濃度は、約1〜約50g/l、好ましくは約2〜約40g/l、さらに好ましくは約10〜約20g/lである。
デンプンを炭素源として培養する工程で使用する培地には、無機塩類、窒素源などが含まれてもよい。無機塩類としては、カリウム、マグネシウム、亜鉛、銅、マンガン、鉄などが挙げられる。無機塩の具体例として、リン酸カリウム、リン酸アンモニウムなどのリン酸成分が挙げられる。窒素源として、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、硝酸アンモニウムなどの無機塩類、および酵母エキス、ペプトン、カゼイン、コーンスティープリカーなどの含窒素有機物などからなる群より選ばれる1種又は2種以上が使用される。
【0045】
培養時の培地のpHは、好ましくは約3.0〜約8.0、より好ましくは約4.0〜約6.0、最も好ましくは約5.0である。好気的培養時の培地への通気量は、培地1Lに対し、好ましくは0.2L/分以上、より好ましくは0.5L/分以上、さらに好ましくは1L/分以上である。また、2Lジャーファーメンターを使用して培養する場合、好気的培養としては、上記通気量に加え、攪拌数は、好ましくは200rpm以上、より好ましくは300rpm以上、さらに好ましくは400rpm以上である。また、培養時の温度は、約20〜約45℃、好ましくは約25〜約35℃、最も好ましくは約30℃である。培地中の初期細胞濃度(仕込み濃度)は、酵母の種類、培地中のデンプン濃度などにより異なるが、初期OD600は、0.01〜2.0、好ましくは、0.02〜1.0、より好ましくは0.1〜0.4である。
【0046】
発酵の進行とともに上記の発酵条件が変化するので、これらを一定の範囲に調節することが好ましい。発酵の経時変化は、例えば、HPLCなどの当業者が通常用いる手段でモニターすればよい。
【実施例】
【0047】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0048】
(製造例1:α−アミラーゼを分泌し、グルコアミラーゼを細胞表層提示する酵母Saccharomyces cerevisiae YPH499/pIU−GluRAG−SBAの作製)
Streptococcus bovis由来のα−アミラーゼを分泌し、Rhizopus oryzae由来のグルコアミラーゼを細胞表層に提示する活性を酵母に付与するプラスミドpIU−GluRAG−SBAは、非特許文献A(Enzyme.Microb.Technol.(2009)44:344−349)に記載のものを用いた。pIU−GluRAG−SBAを制限酵素StuIにて消化した。Saccharomyces cerevisiae YPH499を宿主酵母株とし、形質転換を行った。得られた形質転換体YPH499/pIU−GluRAG−SBAをα−アミラーゼのハローアッセイによるスクリーニングを行った。α−アミラーゼのハローアッセイでは、得られた形質転換体をブルーデンプンプレート(10g/L酵母エキストラクト(Difco laboratories製)、20g/Lポリペプトン(和光純薬(株)製)、20g/Lグルコース(ナカライテスク(株)製)、20g/L寒天(ナカライテスク(株)製)、2.5g/Lレマゾールブリリアントブルーデンプン(ナカライテスク(株)製))にスポット化し、30℃、1日間培養し、ハローを観察した。最も大きなハローを形成した菌体を最優秀株として選抜した。
【0049】
(実施例1:可溶性デンプンからのグルタチオン生産)
製造例1で取得した組換え酵母YPH499/pIU−GluRAG−SBAをSD培地(6.7g/L Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco laboratories製)、20g/Lグルコース)5mlで30℃、16時間振盪培養し、次にYPD培地(10g/L酵母エキストラクト(Difco laboratories製)、20g/Lポリペプトン(和光純薬(株)製)、20g/Lグルコース(ナカライテスク(株)製))30mlにOD600=0.1となるよう植菌し、30℃、22時間振盪することにより種母培養を行った。次いで、可溶性デンプンを単一炭素源とするYPSS培地(10g/L酵母エキストラクト(Difco laboratories製)、20g/Lポリペプトン(和光純薬(株)製)、20g/L可溶性デンプン(和光純薬(株)製))1Lを含む2Lジャーファーメンター(BMJ−02PI,Biott Corp.、東京)に、OD600=0.1となるよう植菌し、30℃、攪拌400rpm、通気2L/minの条件で培養を行った。培養液を経時的にサンプリングして、グルタチオン濃度、菌濃度(OD600)、培養液中の全糖濃度を測定した。
【0050】
培養液中の残存糖濃度および菌濃度(OD600)を図1に示す。
【0051】
培養中の培養液中のグルタチオン濃度(mg/L)を図2に示す。
【0052】
図1、図2からわかるように、α−アミラーゼ遺伝子およびグルコアミラーゼ遺伝子をグルタチオン生産能を有する酵母に導入することにより、デンプンを直接資化し、増殖し、培養96時間でグルタチオン63mg/Lが生産された。
【0053】
(グルタチオン濃度測定法)
サンプリングした培養液10mlを遠心分離により上清を除去した後、蒸留水で沈殿した菌体を懸濁、再遠心することにより洗浄した。本洗浄操作を2回繰返した後、遠心分離後に沈殿する菌体を−80℃で冷凍保管し、凍結乾燥後、得られる凍結乾燥物に5ml(移動層 3%(v/v)アセトニトリル、0.20%(w/v)1−ヘプタンスルホン酸Na,96.8%リン酸二水素カリウム緩衝液(pH 2.8))を添加、懸濁し、その1mlを85℃で5分間熱処理後に遠心分離し、その上清中のグルタチオンを高速液体クロマトグラフィーにて分析した。
【0054】
(糖濃度測定法)
サンプリング液を蒸留水にて200倍に希釈し、得られた希釈液200μlに5wt%フェノール200μlを添加後、濃硫酸1mlを素早く加え、攪拌し、室温で10分、30℃で20分静置後、波長490nmでの吸光度を測定し、スタンダードの吸光度と比較し、糖濃度を算出した。
【0055】
(菌体濃度)
菌体濃度は600nmの吸光度を測定することによって求めた。
【0056】
(製造例2:α−アミラーゼおよびグルコアミラーゼを分泌する酵母Saccharomyces cerevisiae YPH499/pδWGPSBA,pδUPGGluRの作製)
まず、非特許文献B(Appl.Microb.Biotechnol.(2010)85:1491−1498)に記載のグルコアミラーゼ遺伝子を含むプラスミドpIUPGGluRAGをテンプレートとし、プライマーとして5’−TATTGCTAGCATGCAACTGTTCAATTTGCCATTG−3’(配列番号1)および5’−TATTGAATTCTTAAGCGGCAGGTGCACC−3’(配列番号2)を用いてPCR増幅を行い、増幅物をEcoRIおよびNheIで消化して約1860bpのグルコアミラーゼ遺伝子EcoRI―NheI断片を得た。この断片は、グルコアミラーゼ構造遺伝子のN末端にグルコアミラーゼの分泌シグナル配列を含む。この断片を非特許文献C(J.Biochem.(2009)145:701−708)に記載のpGK406のEcoRI―NheI消化部位に連結し、グルコアミラーゼ分泌シングルコピープラスミドpIUPGGluRを得た。次にpIUPGGluRをNotIおよびXhoIで消化してグルコアミラーゼ遺伝子NotI―XhoI断片を得た。この断片は、グルコアミラーゼ構造遺伝子のN末端にグルコアミラーゼの分泌シグナル配列を含む。この断片を非特許文献B(Appl.Microb.Biotechnol.(2010)85:1491−1498)に記載のpδUのNotI―SalI消化部位に連結し、グルコアミラーゼ分泌マルチコピープラスミドpδUPGGluRを得た。
【0057】
得られたpδUPGGluRおよび非特許文献B(Appl.Microb.Biotechnol.(2010)85:1491−1498)に記載のαアミラーゼ分泌マルチコピープラスミドpδWGPSBAを制限酵素AscIにて消化した。Saccharomyces cerevisiae YPH499を宿主酵母株とし、形質転換を行った。得られた形質転換体YPH499/pδWGPSBA,pδUPGGluRをα−アミラーゼ活性およびグルコアミラーゼ活性の強い形質転換体のハローアッセイによるスクリーニングを行った。ハローアッセイでは、得られた形質転換体をブロモクレゾールパープルプレート(10g/L酵母エキストラクト(Difco laboratories製)、20g/Lポリペプトン(和光純薬(株)製)、20g/Lグルコース(ナカライテスク(株)製)、20g/L寒天(ナカライテスク(株)製)、0.04g/Lブロモクレゾールパープル(ナカライテスク(株)製))にスポット化し、30℃、1日間培養し、ハローを観察した。最も大きなハローを形成した菌体を最優秀株として選抜した。
【0058】
(実施例2:生デンプンからのグルタチオン生産)
(比較例1:グルコースからのグルタチオン生産)
製造例2で取得した組換え酵母YPH499/pδWGPSBA,pδUPGGluRをL−トリプトファンおよびウラシルを含まない適切なアミノ酸および塩基を補充したSD−U,W培地(6.7g/L Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco laboratories製)、2%グルコース、0.02g/L硫酸アデニン、0.02g/L L−ヒスチジン・HCl、0.03g/L L−ロイシン、0.02g/L L−リジン)5mlに植菌し、30℃、15時間、振盪培養し、次にSD−U,W培地60mlにOD600=0.2となるよう植菌し、30℃、24時間振盪することにより種母培養を行った。
【0059】
次いで、生デンプンを単一炭素源とするYPRS培地(10g/L酵母エキストラクト(Difco laboratories製)、20g/Lポリペプトン(和光純薬(株)製)、20g/L生デンプン(和光純薬(株)製))1Lを含む2Lジャーファーメンター(BMJ−02PI,Biott Corp.、東京)、および、グルコースを単一炭素源とするYPD培地(10g/L酵母エキストラクト(Difco laboratories製)、20g/Lポリペプトン(和光純薬(株)製)、20g/Lグルコース)1Lを含む2Lジャーファーメンター(同上)に、それぞれOD600=0.2となるように植菌し、30℃、攪拌400rpm、通気 2L/minの条件にて培養した。培養液を経時的にサンプリングして、グルタチオン濃度、糖濃度を測定した。
【0060】
培養液中の残存糖濃度を図3、グルタチオン濃度を図4に示す。α−アミラーゼおよびグルコアミラーゼを組込んだ酵母は生デンプンを効率的に資化した。また、グルコースを炭素源にした場合と比べ生デンプンを炭素源とした方がグルタチオンの生産量は高く、48時間目に74mg/Lのグルタチオンを生産した(グルコースを炭素源とした場合、グルタチオン生産量は48時間目で42mg/L)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミラーゼ遺伝子を有しデンプンを資化できる酵母を用いて、デンプンを炭素源として培養する工程を含むグルタチオンの製造方法。
【請求項2】
前記アミラーゼがグルコアミラーゼである請求項1に記載のグルタチオンの製造方法。
【請求項3】
前記アミラーゼがグルコアミラーゼおよびα−アミラーゼである請求項1に記載のグルタチオンの製造方法。
【請求項4】
前記アミラーゼが前記酵母の細胞表層に提示される、請求項1〜3のいずれかに記載のグルタチオンの製造方法。
【請求項5】
前記アミラーゼが前記酵母の細胞外に分泌される、請求項1〜4のいずれかに記載のグルタチオンの製造方法。
【請求項6】
前記グルコアミラーゼが細胞表層に提示され、前記α−アミラーゼが細胞外に分泌される、請求項5に記載のグルタチオンの製造方法。
【請求項7】
前記酵母がSaccharomyces属、Candida属又はPichia属酵母である、請求項1〜6のいずれかに記載のグルタチオンの製造方法。
【請求項8】
Saccharomyces属酵母がSaccharomyces cerevisiaeである、請求項7に記載のグルタチオンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−182644(P2011−182644A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−48019(P2010−48019)
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】