説明

グルタチオンの製造方法

【課題】発酵生産物の合成能が向上した微生物の取得と、その培養法を提供する。
【解決手段】発酵生産物の合成能を有する微生物の細胞表層に、酵素を提示させることにより、菌体の生育が向上し、同時に発酵生産物の合成能を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素を細胞表層に提示した微生物によりグルタチオンを生産する方法に関する。さらに詳しくは、該微生物が資化可能な栄養培地中でグルタチオンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グルタチオンは、グルタミン酸、システイン及びグリシンから成るペプチドであり、肝疾患の治療薬、あるいは試薬として広く利用されている重要な化合物である。従来、グルタチオンは、有機合成法や酵母から抽出する方法によって製造されている。しかし、有機合成法は反応工程の長さと工程の複雑さの点で、また酵母からの抽出方法においては菌体から抽出されるグルタチオンの量に限界があるという点で問題があった。
【0003】
これらの欠点を解決すべく、これまで数々の改良がなされてきている。酵母による生産方法において、例えば培地にシステイン等のアミノ酸を添加する方法(特許文献1)、亜鉛イオンを制限する方法(特許文献2)、通常よりも低い培養温度で培養する方法(特許文献3)などが挙げられる。また、突然変異処理により、エチオニン・亜硫酸塩耐性株(特許文献4)、ポリエン系抗生物質耐性株を取得する方法(特許文献5)などが挙げられる。しかしながら、これらの方法はグルタチオンの生産量の点で満足のいくものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭53−94089号公報
【特許文献2】特開2000−279164号公報
【特許文献3】特開昭60−156379号公報
【特許文献4】特開昭59−151894号公報
【特許文献5】特開2003−284547号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記の技術背景の下に、菌体内に多量のグルタチオンを保持した酵母および同酵母を培養することによるグルタチオンの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、酵素を細胞表層に提示するように組み換えられたDNAを有する酵母が、野生酵母よりも多量の菌体並びに発酵生産物を生産しうること、該酵母に資化可能なタンパク系バイオマスを加えることにより、発酵生産物の生産量を更に向上させうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、酵素を細胞表層に提示するように組換えられたDNAを有する微生物を、該微生物が資化可能な栄養源の存在下で培養する工程を含む発酵生産物の製造方法に関する。酵素はプロテアーゼであることが好ましい。微生物は酵母であることが好ましい。資化可能な栄養源にはタンパク系バイオマスが含まれることが好ましい。発酵生産物はグルタチオンであることが好ましい。
また、本発明は、プロテアーゼを細胞表層に提示する、遺伝子組換え微生物に関する。微生物は酵母であることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明の新規な微生物は、酵素を細胞表層に提示させることにより、菌体の生育および、発酵生産物の生産量を向上させることが出来る。またタンパク系バイオマス存在下で該酵母を培養することにより、発酵生産物の生産性を更に向上させることが出来る。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、酵素を細胞表層に提示するように組換えられたDNAを有する微生物を、該微生物が資化可能な栄養源の存在下で培養する工程を含む発酵生産物の製造方法に関する。
【0010】
発酵生産物は、微生物の発酵作用により生産されるものであれば限定されないが、酵素などの生理活性蛋白質、ペプチド、アミノ酸、ビタミン類、脂質、カロチノイド、有機酸などを挙げることができる。例えば、ペプチドとしてはグルタチオンが挙げられ、グルタチオンとしては、酸化型グルタチオン、又は還元型グルタチオンが挙げられる。
【0011】
発酵生産物は、酵素を細胞表層に提示するための組換え遺伝子を含む微生物を、該微生物が資化可能な栄養源の存在下で培養することにより得られる。遺伝子組み換えの対象となる微生物は、発酵生産物を生産できる微生物であれば限定されないが、酵母、カビ、細菌であることが好ましく、酵母であることがより好ましい。また、発酵生産物がグルタチオンである場合、グルタチオンを生産できる微生物であれば特に限定されないが、酵母が好ましい。酵母は、Saccharomyces属、Candida属、Pichia属が好ましく、Saccharomyces cerevisiae、Candida utilisがより好ましく、Saccharomyces cerevisiaeが最も好ましい。例えば、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)であるYPH499株を親株とし、遺伝子組み換えによって得られたYPH499−PRC1株が用いられ得る。
【0012】
表層提示する酵素はプロテアーゼであることが好ましい。プロテアーゼはタンパク質を加水分解するものであればいずれでも良く、エキソ型、エンド型いずれのプロテアーゼ(ペプチダーゼ)でもよい。また、酵母、バクテリア、細菌などの微生物、植物および哺乳類に由来するプロテアーゼであってもよく、好ましくは微生物由来のプロテアーゼであり、より好ましくは酵母由来のプロテアーゼである。プロテアーゼの一例として、PRC1遺伝子によってコードされる、酵母の小胞体に存在するカルボキシペプチダーゼY(CPY;EC 3.4.16.5)が挙げられる。
【0013】
次に、細胞表層に酵素を提示する一般的な方法について説明する。細胞表層に酵素を提示する方法には、(a)細胞表層局在タンパク質のGPIアンカーを介して酵素を細胞表層に提示する方法、および(b)細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインを介して酵素を細胞表層に提示する方法がある。1種の酵素を細胞表層に提示する場合は、(a)および(b)のいずれの方法を用いてもよい。なお、2種の酵素を細胞表層に提示する場合は、(b)の方法によって融合タンパク質と発現することが好ましい。
【0014】
用いられ得る細胞表層局在タンパク質としては、酵母の凝集性タンパク質であるα−またはa−アグルチニン、FLOタンパク質(例えば、FLO1、FLO2、FLO4、FLO5、FLO9、FLO10、およびFLO11)、アルカリホスファターゼなどが挙げられる。(a)および(b)の方法について、以下に説明する。
【0015】
(a)GPIアンカーを利用する方法
GPIアンカーにより細胞表層に局在するタンパク質をコードする遺伝子は、N末端側から順に、分泌シグナル配列、細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質ドメイン)、およびGPIアンカー付着認識シグナル配列をそれぞれコードする遺伝子を有している。細胞内でこの遺伝子から発現された細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質)は、分泌シグナルにより細胞膜外へ導かれ、その際、GPIアンカー付着認識シグナル配列は、選択的に切断されたC末端部分を介して細胞膜のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後、PI−PLCにより、GPIアンカーの根元部が切断され、細胞壁に組み込まれて細胞表層に固定され、細胞表層に提示される。
【0016】
ここで、GPIアンカーとは、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれるエタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質をいい、PI−PLCとは、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼCをいう。
【0017】
GPIアンカー付着認識シグナル配列とは、GPIアンカーが細胞表層局在タンパク質と結合する際に認識される配列であり、通常、細胞表層局在タンパク質のC末端あるいはその近傍に位置する。GPIアンカー付着シグナル配列としては、例えば酵母のα−アグルチニンのC末端部分の配列が好適に用いられる。上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列のC末端側には、GPIアンカー付着認識シグナル配列が含まれるので、上記方法に使用する遺伝子としては、このC末端から320アミノ酸の配列をコードするDNA配列が特に有用である。
【0018】
従って、例えば、分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子−GPIアンカー付着認識シグナルをコードするDNA配列を有する配列において、この細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子の全部または一部の配列を、目的とする酵素の構造遺伝子の配列で置換することにより、GPIアンカーを介して目的の酵素を細胞表層に提示する組換えDNAが得られる。細胞表層局在タンパク質がα−アグルチニンである場合、上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列をコードする配列を残すように、目的の酵素遺伝子を導入することが好ましい。
【0019】
この目的とする酵素の構造遺伝子として、プロテアーゼ(ペプチダーゼ)遺伝子を用いると、GPIアンカーを介して細胞表層にプロテアーゼ(ペプチダーゼ)を提示する組換えDNAが得られる。
【0020】
(b)糖鎖結合タンパク質ドメインを利用する方法
細胞表層局在タンパク質が糖鎖結合タンパク質である場合、その糖鎖結合タンパク質ドメインは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることが可能である。例えば、レクチン、レクチン様タンパク質などの糖鎖結合部位などが挙げられる。代表的には、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、凝集に関与していると考えられているドメインをいう。
【0021】
この細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)と目的の酵素とを結合することにより、細胞表層に酵素が提示される。目的の酵素の種類により、細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)の(1)N末端側に酵素を結合させる、(2)C末端側に酵素を結合させる、および(3)N末端側およびC末端側の両方に、同一または異なる酵素を結合させることができる。
従って、例えば、
(1)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素の構造遺伝子−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子、
(2)分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする酵素の構造遺伝子、
(3)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素の構造遺伝子−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする他の酵素の構造遺伝子、
などのDNA配列を作成することにより、細胞表層に目的の酵素を提示する組換えDNAが得られる。凝集機能ドメインを利用する場合、GPIアンカーは細胞表層の提示には関与しないので、組換えDNA中に、GPIアンカー付着認識シグナル配列をコードするDNA配列は、存在してもよいし、存在しなくてもよい。
【0022】
この目的とする酵素の構造遺伝子として、プロテアーゼ(ペプチダーゼ)遺伝子を用いると、糖鎖結合タンパク質ドメインを利用して、細胞表層にプロテアーゼ(ペプチダーゼ)を提示する組換えDNAが得られる。あるいは、糖鎖結合タンパク質ドメインのN末端およびC末端に、それぞれ異なる2種類のプロテアーゼ(ペプチダーゼ)遺伝子を有する組換えDNAが得られ、融合タンパク質として両酵素を細胞表層に発現することもできる。
【0023】
上記組換えDNAに用いられる分泌シグナル配列は、細胞表層局在タンパク質の分泌シグナル配列を用いてもよいし、発現した酵素を細胞外へ導くことができる他の分泌シグナル配列を用いてもよい。例えば、酵母のα−またはa−アグルチニンの分泌シグナル配列、リパーゼの分泌シグナル配列が好適に用いられる。酵素活性に影響を及ぼさないのであれば、細胞表層提示後に分泌シグナル配列およびプロ配列の一部または全部がN末端に残ってもよい。
【0024】
組換え遺伝子は、ベクターにより微生物に導入される。ベクターは、マルチコピー型および染色体組込み型がある。どの型のベクターにどの遺伝子を組込むかは、当業者が適宜決定すればよいが、目的とする配列(組換えDNA)は、酵母の染色体に組み込まれる方がプラスミドとして保持されるよりも安定であり、コピー数が多い方が転写効率や翻訳効率が高いため、目的とする配列をベクター上でδ配列と結合させることがより好ましい。細胞表層に提示される酵素と分泌される酵素とは、同一のベクターに組込まれてもよく、それぞれ異なるベクターに組込まれてもよい。
【0025】
プロテアーゼを細胞表層に提示するための、上述の組換え遺伝子を含む微生物は、培地に含まれるタンパク質成分をアミノ酸に加水分解することができ、栄養源の分解・摂取効率が高まるので、菌体の生育および、発酵生産物の生産量を大幅に改善することができる。発酵生産物がグルタチオンの場合、その構成成分であるグルタミン酸、グリシン、システインなどのアミノ酸が、プロテアーゼを細胞表層に提示することにより培地から効率的に供給されるので、グルタチオンの生産量が大幅に増加する。
【0026】
発酵生産物は、上記微生物を、資化可能な栄養源の存在下で培養することにより製造される。培養は、好気的に行われることが好ましい。資化可能な栄養源としては、炭素源、窒素源、無機塩類、及びタンパク系バイオマスから選択される1つ以上が挙げられる。
【0027】
炭素源としては、通常の微生物の培養に利用されるグルコース、蔗糖、酢酸、エタノール、糖蜜および亜硫酸パルプ廃液等からなる群より選ばれる1種または2種以上が使用される。
【0028】
窒素源としては、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウムもしくはリン酸アンモニウム等の無機塩、およびコーンスティプリカー(CSL)、カゼイン、酵母エキスもしくはペプトン等の含窒素有機物等からなる群より選ばれる1種または2種以上が使用される。
【0029】
更に、無機塩類として、リン酸成分、カリウム成分、マグネシウム成分を培地に添加してもよく、これらとしては、過リン酸石灰、リン安、塩化カリウム、水酸化カリウム、硫酸マグネシウム、塩酸マグネシウム等の通常の工業用原料でよい。亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等の無機塩を使用してもよい。その他、ビタミン、核酸関連物質等を添加しても良い。
【0030】
上述の炭素源、窒素源、無機塩類を含む栄養源としては、SD培地を使用することもできる。
【0031】
また、微生物が資化できるタンパク系バイオマスを培地組成として添加してもよい。バイオマスとは、地球生物圏の物質循環系に組み込まれた生物体又は生物体から派生する有機物の集積をいう(JIS K 3600 1258参照)。タンパク系バイオマスとはタンパク質を主要な有機成分とするバイオマスであり、その由来は植物、動物由来のどちらでもよい。植物由来のタンパク系バイオマスとしては、好ましくは大豆由来のタンパク系バイオマスであり、最も好ましくは大豆そのものまたは脱脂された大豆を乾燥して粉末化したものである。その他の植物由来のタンパク系バイオマスとしては、イネ科や大豆以外のマメ科由来のものが挙げられる。大豆以外のマメ科としては、エンドウなどが挙げられる。
【0032】
動物由来のタンパク系バイオマスとしては、ケラチン、コラーゲンが挙げられ、なかでもケラチンが好ましい。ケラチンとしてはトリ羽毛由来、ウシ由来が挙げられる。
【0033】
微生物の培養形式としては、回分培養、流加培養、あるいは連続培養のいずれでもよいが、工業的には流加培養あるいは連続培養が採用される。
【0034】
培養温度は、酵母を使用する場合、一般的な酵母の培養条件に従えばよく、例えば20〜40℃、好ましくは25〜35℃がよく、pHは3.5〜8.0、特に4.0〜6.0が望ましい。
【0035】
本発明の方法により高濃度グルタチオンを酵母菌体内に含有する培養物が得られるが、培養物からグルタチオンを含有する分画物を得てもよい。培養物からグルタチオンを含有する分画物を分画する方法としては、通常行われている方法であればいずれの方法でもよいが、熱水抽出、菌体破砕による抽出等を挙げることができる。また、得られた抽出物を担体に担持させることにより、グルタチオンを高濃度に含む画分に濃縮等することが可能となる。
【0036】
また、上記方法により培養した培養物から酵母エキスを調製してもよい。酵母エキスを調製する方法としては、通常行われている方法であればいずれの方法であってもよいが、自己消化法、酵素分解法あるいはアルカリ抽出法などが工業的に採用される。
【0037】
また、上記方法により培養した培養物から乾燥酵母菌体を調製してもよい。乾燥酵母菌体を調製する方法としては、通常行われている方法であればいずれの方法であってもよいが、工業的には、凍結乾燥法、スプレードライ法、ドラムドライ法が採用される。
【0038】
上記酵母変異株を好気的な条件で培養して得られる培養物、グルタチオンを含む前記培養物の分画物は飲食品に使用することもできる。 これらの飲食品としては、通常乾燥酵母、酵母エキスを添加しうる飲食品であれば何れでもよいが、例えばアルコール飲料、清涼飲料、発酵食品調味料、スープ類、一般食品、菓子類等を挙げることができる。
【実施例】
【0039】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0040】
(実施例1:プロテアーゼ提示酵母の作成方法)
非特許文献(J.Biotechnol.(2010)145:79−83)に記載のPGK1プロモーターおよびprepro−αファクターを含むプラスミドpFGK426を制限酵素XhoIおよびSalIにて消化した後、これらの断片を連結し、pRS406−PGK5’−preproを構築した。
【0041】
Saccharomyces cerevisiae BY4741のゲノムをテンプレートとし、プライマーとして5’−AAAAGTCGACGAATTCGCATGCAGATCTTCCGGAGGCGGAGGTTCCGACTACAAGGATGACGATGACAAGAGCGCCAAAAGCTCTTTTATCTCAACCACT−3’(配列番号1)および5’−AAAAGCGGCCGCTTTGATTATGTTCTTTTCTATTTGAATGAGATATGAGAGAG−3’(配列番号2)を用いてPCR増幅を行い、α−アグルチニンの3’部分およびSAG1ターミネーターを含む断片を増幅させた。この増幅断片およびプラスミドpRS406−PGK5’−preproを制限酵素NotIおよびSalIにて消化した後に連結し、pGK406AGを得た。
【0042】
次にプロテアーゼCPYをコードする遺伝子PRC1をSaccharomyces cerevisiae YPH499のゲノムをテンプレートとし、プライマーとして5’−TCCGCATGCCCATCTCATTGCAAAGACCG−3’(配列番号3)および5’−CCGGCATGCCTAAGGAGAAACCACCGTG−3’(配列番号4)を用いてPCRにより増幅した。PCR産物およびpGK406AGをSphIで消化した後に連結し、プロテアーゼCPY表層提示シングルコピープラスミドpGK406AG−PRC1を得た。得られたpGK406AG−PRC1を制限酵素AflIIにて消化し、Saccharomyces cerevisiae YPH499を宿主酵母株とし、形質転換を行った。
【0043】
(実施例2:グルタチオン生産)
実施例1で取得した組換え酵母をSD培地(6.7g/L Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco laboratories製)、20g/Lグルコース)5mlで30℃、16時間振盪培養し、種母培養とした。本種母培養液を、SD培地20mlにOD500=0.03となるよう植菌し、30℃、48時間振盪培養をおこない、グルタチオン濃度、菌濃度(OD600)を測定した。
【0044】
(実施例3:グルタチオン生産)
48時間の振盪培養に、SD培地に替えて、SD培地20mlに大豆タンパク粉末を3.44g/Lとなるように加えた培地を使用した以外は、実施例2と同様の操作を行った。
【0045】
(比較例1:グルタチオン生産)
酵母として、実施例1で取得した組換え酵母に替えて形質転換を行っていないSaccharomyces cerevisiae YPH499を使用した以外は、実施例2と同様の操作を行った。
【0046】
培養液中の菌濃度(OD600)、および培養液中のグルタチオン濃度(mg/L)を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
表1からわかるように、プロテアーゼ遺伝子を、グルタチオン生産能を有する酵母に導入することにより、菌体生育が向上しており、グルタチオン生産量に関しても培養48時間でグルタチオン10mg/Lが生産された。更に、大豆タンパク粉末を加えることでグルタチオン生産量は18mg/Lに達した。
【0049】
なお、グルタチオン濃度及び菌体濃度は、下記の方法により測定した。
(グルタチオン濃度測定法)
サンプリングした培養液10mlを遠心分離して上清を除去した後、蒸留水で沈殿した菌体を懸濁、再遠心することにより洗浄した。本洗浄操作を2回繰返した後、遠心分離後に沈殿する菌体を−80℃で冷凍保管し、凍結乾燥後、得られる凍結乾燥物に5ml(移動層 3%(v/v)アセトニトリル、0.20%(w/v)1−ヘプタンスルホン酸Na,96.8%リン酸二水素カリウム緩衝液(pH2.8))を添加、懸濁し、その1mlを85℃で5分間熱処理後に遠心分離し、その上清中のグルタチオンを高速液体クロマトグラフィーにて分析した。
【0050】
(菌体濃度測定法)
培養液の600nmにおける吸光度を測定することで菌体濃度を求めた。若しくは、培養液を80℃で12時間以上静置した後に重量を測定し、予め秤量した容器の重量を差し引くことで乾燥菌体重量を求めた。
【0051】
(実施例4:グルタチオン生産)
実施例1で取得した組換え酵母をSD培地(6.7g/L Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco laboratories製)、20g/Lグルコース)5mlで30℃、16時間振盪培養し、種母培養とした。本種母培養液を廃糖蜜培地(糖蜜120g/L 尿素3g/L 硫酸アンモニウム0.8g/L リン酸水素2アンモニウム0.4g/L 硫酸亜鉛7水和物5ppm)20mlにOD500=0.03となるよう植菌し、30℃、48時間振盪培養をおこない、上述の方法でグルタチオン濃度、菌濃度(乾燥菌体重量g/L)を測定した。
【0052】
(比較例2:グルタチオン生産)
酵母として、実施例1で取得した組換え酵母に替えて形質転換を行っていないSaccharomyces cerevisiae YPH499を使用した以外は、実施例4と同様の操作を行った。
【0053】
培養液中の菌濃度(g/L)、および培養液中のグルタチオン濃度(mg/L)を表2に示す。
【0054】
【表2】

【0055】
表2からわかるように、プロテアーゼ遺伝子を、グルタチオン生産能を有する酵母に導入することにより、廃糖蜜培地で培養した場合でも菌体生育とグルタチオン生産量が向上しており、培養48時間でグルタチオン濃度は40mg/Lに達した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素を細胞表層に提示するように組換えられたDNAを有する微生物を、該微生物が資化可能な栄養源の存在下で培養する工程を含む発酵生産物の製造方法。
【請求項2】
酵素がプロテアーゼであることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
微生物が酵母である請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
資化可能な栄養源にタンパク系バイオマスが含まれることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
発酵生産物がグルタチオンである、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
プロテアーゼを細胞表層に提示する、遺伝子組換え微生物。
【請求項7】
微生物が酵母である請求項6に記載の微生物。

【公開番号】特開2013−34391(P2013−34391A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−170166(P2011−170166)
【出願日】平成23年8月3日(2011.8.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 化学工学会第76年会研究発表講演要旨集(平成23年2月22日 化学工学会発行)、第13回化学工学会学生発表会[神戸大会(西日本地区)]研究発表講演要旨集(平成23年2月5日 化学工学会発行)、第13回化学工学会学生発表会[神戸大会(西日本地区)]プレゼンテーション資料(平成23年3月5日 化学工学会主催)、修士論文・卒業論文 研究発表講演要旨集(2010年度)(平成23年2月21日 神戸大学工学部応用化学科発行)、及び修士論文・卒業論文 研究発表講演 プレゼンテーション資料(平成23年3月3日 国立大学法人神戸大学工学部応用化学科主催)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】