説明

グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶多形

【課題】グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の新規な結晶多形を提供する。
【解決手段】グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解してなる溶液を30℃±5℃の温度範囲において減圧濃縮し次いでろ過すること、該溶液から30℃±5℃の温度範囲において溶媒を減圧留去すること、または該溶液に0℃超5℃以下の温度範囲において貧溶媒を添加し次いでろ過することを含む方法によって、CuKα線にて測定される粉末X線回折パターンにおいて、8.5°、17.1°、17.4°、19.7°、23.5°、24.1°および28.1°の回折角(2θ)に特徴的な回折ピークを有するグルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶多形(B晶)を製造した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶多形およびグルタミン酸エステルN−無水カルボン酸の結晶多形の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
α−アミノ酸から得られるN−無水カルボン酸は、その酸基の活性から極めて有用な化合物である。N−無水カルボン酸の製造方法はいくつか知られており、また、その再結晶による精製方法も知られている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、前駆体となるグルタミン酸ベンジルエステルN−ベンジルオキシカルボニルを五塩化リンで脱ベンジルアルコール化、環化縮合して得られた粗無水カルボン酸を酢酸エチルに溶解し、四塩化炭素を加えて再結晶する方法が記載されている。ここに記載された再結晶方法には、使用された溶媒のみが記載されており、晶析温度については特に記載されていない。さらに、このようにして得られた結晶は、粉末X線回折パターンにおいて15.0°、17.3°、18.9°、19.9°、21.2°、23.2°、23.9°、25.0°および27.7°の回折角(2θ)に特徴的な回折ピークを有する結晶多形(A晶)と、粉末X線回折パターンにおいて6.5°、13.0°および19.5°の回折角(2θ)に特徴的な回折ピークを有する結晶多形(優先配向が異なるA晶)との混合物であった。
【0004】
特許文献1には、粗グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸を酢酸エチルに溶解し、ヘキサンを加えて再結晶化する操作を複数回繰り返したことが記載されている。特許文献1には、1回目から最終回直前の回までは室温でヘキサンを添加して再結晶を行い、最終回では0℃以下でヘキサンを添加して再結晶を行ったことが記載されている。このようにして得られた結晶はA晶と優先配向の異なるA晶との混合物であった。
【0005】
特許文献2には、γ−ベンジル−L−グルタメートを酢酸エチルに懸濁させ、冷却下にてホスゲンガスを吹込み、60℃に加温し減圧下で3時間反応させ、減圧下で蒸留し、加熱条件下でヘプタンを加え、その混合物を0℃に1時間冷却し、次いで析出した結晶を濾取して、目的とする無水カルボン酸の結晶を得たことが記載されている。通常の再結晶操作を考慮すると、ここに記載される方法においては、加熱条件下で貧溶媒であるヘプタンを添加した時点では結晶が析出しておらず、0℃に冷却した時点で結晶が析出していると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Chem. Soc., 1950, 3239
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−154768号公報
【特許文献2】特開2002−371070号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶多形としては、前述のように、A晶と、優先配向の異なるA晶が知られているが、他の結晶多形は知られていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解し、該溶液をある特定の温度範囲で減圧濃縮し次いで濾過すること; 該溶液からある特定の温度範囲で溶媒を減圧留去すること; または該溶液にある特定の温度範囲にて貧溶媒を添加し次いでろ過することによって、新規な結晶多形が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち本発明は、CuKα線にて測定される粉末X線回折パターンにおいて、8.5°、17.1°、17.4°、19.7°、23.5°、24.1°および28.1°の回折角(2θ)に特徴的な回折ピークを有するグルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶多形(B晶)に関する。
【0011】
また、本発明は、グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解してなる溶液を30℃±5℃の温度範囲において減圧濃縮し、得られたスラリーをろ過すること; グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解してなる溶液から30℃±5℃の温度範囲において溶媒を減圧留去すること;またはグルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解して成る溶液に0℃超5℃以下の温度範囲において貧溶媒を添加し、得られたスラリーをろ過することを含む、CuKα線にて測定される粉末X線回折パターンにおいて、8.5°、17.1°、17.4°、19.7°、23.5°、24.1°および28.1°の回折角(2θ)に特徴的な回折ピークを有するグルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶多形(B晶)の製造方法に関する。さらに、本発明は、前記製造方法において用いるエステル系溶媒が酢酸エチルである好ましい実施態様の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明のグルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸(以下、BLG−NCAと表記することがある。)の結晶は、新規な結晶多形(B晶)であり、従来の結晶よりも保存安定性に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1で製造されたBLG−NCA結晶の粉末X線回折パターンを示す図である。
【図2】実施例1で製造されたBLG−NCA結晶のIRスペクトルを示す図である。
【図3】実施例2で製造されたBLG−NCA結晶の粉末X線回折パターンを示す図である。
【図4】実施例2で製造されたBLG−NCA結晶のIRスペクトルを示す図である。
【図5】比較例1で製造されたBLG−NCA結晶の粉末X線回折パターンを示す図である。
【図6】比較例1で製造されたBLG−NCA結晶のIRスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るBLG−NCA結晶多形(B晶)の製造方法は、エステル系溶媒に溶解されたBLG−NCAを再結晶化することを含む。
【0015】
用いるエステル系溶媒は、BLG−NCAを溶解させることができるものであれば特に制限されない。例えば、酢酸エチル、酢酸ブチル等を挙げることができる。これらのうち酢酸エチルが好ましい。
BLG−NCAをエステル系溶媒に溶解させる量は、後述する結晶析出時の温度において溶解し得る量以下であることが好ましい。溶媒を加熱して高温度にすることによってBLG−NCAのエステル系溶媒への溶解量を増すことができるが、本発明に係る結晶多形を得るためにはそのようにBLG−NCAを多量に溶解させない方が好ましい。
また、BLG−NCAをエステル系溶媒に溶解させた後、後述する結晶析出時の温度において前記溶液をろ過するなどして不溶分を除去することが結晶多形(B晶)の純度を増すために好ましい。
【0016】
BLG−NCA結晶の析出方法としては、グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解してなる溶液を減圧濃縮し、析出物を濾取し、次いで濾取物を減圧乾燥することを含む方法; グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解してなる溶液から溶媒を減圧留去して乾固することを含む方法が挙げられる。減圧濃縮および減圧留去は、好ましくは5℃超55℃未満、より好ましくは10℃以上50℃以下、さらに好ましくは25℃以上35℃以下の温度範囲内で行う。減圧度は減圧濃縮または減圧留去の効率を考慮して適宜設定することができる。濾取の時および減圧乾燥の時における温度は特に限定されないが、好ましくは5℃超55℃未満、より好ましくは10℃以上50℃以下、さらに好ましくは25℃以上35℃以下である。
【0017】
また、BLG−NCA結晶の別の析出方法としては、グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解してなる溶液に貧溶媒を添加し、析出物を濾取し、濾取物を減圧乾燥することを含む方法が挙げられる。この手法における貧溶媒添加は、溶液の温度を、好ましくは0℃以上10℃以下、より好ましくは0℃超5℃以下にして行う。なお、濾取の時および減圧乾燥の時における温度は特に限定されないが、好ましくは5℃超55℃未満、より好ましくは10℃以上50℃以下、さらに好ましくは25℃以上35℃以下である。貧溶媒の添加量は、特に制限されないが、エステル系溶媒の1〜2倍の体積が好ましく、1.2〜1.6倍の体積が好ましい。
用いる貧溶媒としては、BLG−NCAの溶解度が低い溶媒であれば特に制限されないが、脂肪族炭化水素が好ましく、具体的には、ヘプタン、ヘキサン、ペンタン、石油エーテル等を例示することができる。貧溶媒は1種単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。添加時の貧溶媒の温度は、好ましくは0℃以上10℃以下、より好ましくは0℃超5℃以下である。
【0018】
本発明の製造方法を用いることにより、CuKα線にて測定される粉末X線回折パターンにおいて、8.5°、17.1°、17.4°、19.7°、23.5°、24.1°および28.1°の回析角(2θ)に特徴的な回折ピークを有する新規なBLG−NCA結晶多形(B晶)を得ることがきる。
【0019】
本発明に係るBLG−NCA結晶多形は、B晶のみからなるものが好ましいが、A晶、または優先配向の異なるA晶などのB晶以外の結晶多形が、本発明に係る結晶多形中に、好ましくは5質量%未満、より好ましくは1質量%未満で含まれてもよい。この範囲の含有量であれば、結晶の保存安定性が優れている。
【実施例】
【0020】
以下、実施例を示して本発明を詳細に説明するが、本発明は、実施例に限定されるものではない。
本実施例では、次の方法で物質の分析を行った。
<粉末X線回折>
結晶をガラス試験板の試料充填部に充填し、粉末X線回折装置(X' Pert PRO;スペクトリス製)を用いて測定した。X線源 :CuKα、出力 :1.8kW(45kV−40mA)、測定範囲 :2θ=4°〜60°
【0021】
<IR(赤外分光)分析>
KBr錠剤法にて測定試料を作製し、フーリエ変換赤外分光光度計(FT/IR−410;日本分光社製)を用いて、4000〜400cm-1の範囲で測定した。
【0022】

【0023】
製造例
L−グルタミン酸γ−ベンジルエステル237.27g(1.0mol)を酢酸エチル1315ml(1.3L/mol)に溶解した。反応系内を大気圧よりもわずかに減圧した状態にて、前記溶液に、1時間かけて室温から60℃に昇温しながらホスゲンガス137g(1.4当量)を吹き込み、さらに60℃で3時間45分かけてホスゲンガス518g(5.2当量)を吹き込み、反応を行った。
反応終了後、窒素を導入してホスゲンを除去した。その後、500ml(0.5L/mol)になるまで減圧下で酢酸エチルとホスゲンを留去した。
得られた溶液を60℃に加熱し、該溶液に60℃を維持しながらヘプタン1340ml(1.4L/mol)を1時間20分かけて滴下して結晶を析出させた。
該結晶を含むスラリーを5℃以下まで冷却し、次いで濾過し、減圧乾燥して目的とするL−グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸233.99g(収率89%)を得た。
【0024】
実施例1
製造例で得られたL−グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸1g(0.004mol)を25〜30℃の温度範囲で酢酸エチル20ml(5.3L/mol)に溶解し、不溶物を濾過によって取り除いた。この溶液を25〜30℃の温度範囲で減圧濃縮して結晶を析出させた。該結晶を25〜30℃の温度範囲で濾取し、濾取物を25〜30℃の温度範囲で減圧乾燥して、目的とするL−グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶1g(回収率100%)を得た。
【0025】
得られたBLG−NCA結晶の粉末X線回折パターンおよびIRスペクトルを図1および図2に示す。図1より、該BLG−NCA結晶は、回折角(2θ):8.5°、17.1°、17.4°、19.7°、23.5°、24.1°および28.1°に特徴的な回折ピークを有する結晶多形(B晶)であることがわかった。また、図2より、該BLG−NCA結晶は、波数3255cm-1、1780cm-1、1704cm-1、929cm-1、634cm-1および606cm-1に特徴的な吸収スペクトルを有することがわかった。
【0026】
実施例2
製造例で得られたL−グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸10g(0.04mol)を3℃にて酢酸エチル151ml(4.0L/mol)に溶解し、不溶物を濾過によって取り除いた。この溶液を3℃に維持し、これに3℃のヘプタン213ml(5.6L/mol)を添加して結晶を析出させた。得られた結晶を濾取し、減圧乾燥して、目的とするL−グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶6.3g(回収率63%)を得た。
【0027】
得られたBLG−NCA結晶の粉末X線回折パターンおよびIRスペクトルを図3および図4に示す。図3より、該BLG−NCA結晶は、回折角(2θ):8.5°、17.1°、17.4°、19.7°、23.5°、24.1°および28.1°に特徴的な回折ピークを有する結晶多形(B晶)であることがわかった。また、図4より、該BLG−NCA結晶は、波数3255cm-1、1781cm-1、1705cm-1、928cm-1、634cm-1および606cm-1に特徴的な吸収スペクトルを有することがわかった。
【0028】
比較例1
製造例で得られたL−グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸26.5g(0.1mol)を酢酸エチル50ml(0.5L/mol)に懸濁させ、60℃に昇温して溶解させた。その後、60℃を維持しながらヘプタン140ml(1.4L/mol)を添加し、次いで5℃以下まで冷却した。析出した結晶を濾取し、減圧乾燥して、目的とするL−グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶24.9g(回収率94%)を得た。
【0029】
得られたBLG−NCA結晶の粉末X線回折パターンおよびIRスペクトルを図5および図6に示す。図5より、該BLG−NCA結晶は、回折角(2θ):15.0°、17.3°、18.9°、19.9°、21.2°、23.2°、23.9°、25.0°および27.7°に回折ピークを有する結晶多形(A晶)と、回折角(2θ):6.5°、13.0°および19.5°に回折ピークを有する結晶多形(優先配向の異なるA晶)との混合物であることがわかった。また、図6より、該BLG−NCA結晶は、波数3335cm-1、1785cm-1、1721cm-1、934cm-1、611cm-1および594cm-1に特徴的な吸収スペクトルを有することがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CuKα線にて測定される粉末X線回折パターンにおいて、8.5°、17.1°、17.4°、19.7°、23.5°、24.1°および28.1°の回折角(2θ)に回析ピークを有するグルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶多形(B晶)。
【請求項2】
(1)グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解して成る溶液を30℃±5℃の温度範囲において減圧濃縮し、得られたスラリーをろ過すること、
(2)グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解して成る溶液から30℃±5℃の温度範囲において溶媒を減圧留去すること、または
(3)グルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸をエステル系溶媒に溶解して成る溶液に0℃超5℃以下の温度範囲において貧溶媒を添加し、得られたスラリーをろ過すること
を含む、
CuKα線にて測定される粉末X線回折パターンにおいて、8.5°、17.1°、17.4°、19.7°、23.5°、24.1°および28.1°の回折角(2θ)に回折ピークを有するグルタミン酸ベンジルエステルN−無水カルボン酸の結晶多形(B晶)の製造方法。
【請求項3】
エステル系溶媒が酢酸エチルである請求項2に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−214450(P2012−214450A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−66719(P2012−66719)
【出願日】平成24年3月23日(2012.3.23)
【出願人】(000004307)日本曹達株式会社 (434)
【Fターム(参考)】