説明

ケイ素およびカルシウム溶出性炭酸カルシウム及びその製造方法

【課題】水溶液中にケイ素およびカルシウムを迅速に溶出させることができる炭酸カルシウムおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る15wt%以上のポリ乳酸、1.5wt%以上のケイ素を含有するバテライト相からなる炭酸カルシウム粒子は、アセトン、メタノール、水、ポリ乳酸、消石灰およびγ-アミノプロピルトリエトキシシランを混合した懸濁液中に炭酸ガスを吹きこむことで得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟骨修復材料として有用な生体活性材料に関し、特に生分解性高分子の機能性フィラーおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の軟骨治療研究に関する動向を見ると、自家軟骨移植などの外科的療法で問題視される移植片の採取量限界、採取に伴う患者の負担を解決することを目的として、軟骨細胞の増殖足場となる高分子材料に軟骨成長促進剤を組み合わせた、軟骨修復用の生体材料が盛んに研究されている(非特許文献1)。しかしながら、成長促進剤として用いられるサイトカインや成長促進タンパクは高価であり、実用化には一つの障壁となる。
【0003】
近年、ケイ素、カルシウムが軟骨細胞に遺伝子的に働きかけ、軟骨再生が促進されるとの報告がなされている(非特許文献2)。また、これらが継続して働いた場合、骨化が促進するとの報告もある。これらのことから、ケイ素、カルシウムを迅速かつ短期間に溶出する機能を有する粒子が、新たな軟骨用の成長促進剤として求められている。
【0004】
バテライトは熱力学的に最不安定な結晶構造を有する炭酸カルシウムであり、ケイ素と複合化することで、ケイ素、カルシウムの迅速な溶出に適した素材になると考えられる。ケイ素と炭酸カルシウムとの複合化に関しては、シリカ−炭酸カルシウム複合粒子の製造方法(特許文献1、2)、沈降炭酸カルシウムとケイ素化合物との複合顔料の製法(特許文献3)、安価で簡便な製法によって樹脂補強用として最適なカップリング剤処理済炭酸カルシウム(特許文献4)が提供されている。
【0005】
しかしながら、これらの成分が水溶液浸漬の直後から即座に溶出される、軟骨再生促進に最適な炭酸カルシウム粒子、およびその製造方法は提案されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】C.Chung, J.A.Burdick, “Engineering cartilage tissue”, Advanced Drug Delivery Reviews, 60, 243-262 (2008)
【非特許文献2】A.Asselin, S.Hattar, M.Oboeuf, D.Greenspan, A.Berdal, and J.M.Sautier, “The modulation of tissue-specific gene expression in rat nasal chondrocyte cultures by bioactive glasses”, Biomaterials, 25, 5621-5630 (2004)
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003-063821公報
【特許文献2】特開2005-272215公報
【特許文献3】特表2003-535184公報
【特許文献4】特開2006-137781公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、水溶液中においてケイ素、カルシウムを迅速に溶出する炭酸カルシウム粒子及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るケイ素およびカルシウム溶出性炭酸カルシウムは、消石灰の有機溶媒懸濁液に炭酸ガスを吹込み反応させるに際し、重量平均分子量が40kDa以下のポリ乳酸および有機ケイ素化合物を含ませることで得ることができる。そして得られた粒子は、ポリ乳酸・ケイ素含有バテライト粒子で、均一な粒子形状を有し、水溶液中に浸漬した際、迅速にケイ素およびカルシウムを溶出するという特性を有していることを見出した。すなわち、本発明によれば、以下の炭酸カルシウムおよび炭酸カルシウムの製造方法が提供される。
【0010】
[1] 15wt%以上のポリ乳酸、1.5wt%以上のケイ素を含有するバテライト相からなる炭酸カルシウム粒子。
【0011】
[2] アセトン、メタノール、水、ポリ乳酸、消石灰およびγ-アミノプロピルトリエトキシシランを混合した懸濁液中に炭酸ガスを吹きこむ炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【0012】
[3] 重量平均分子量が9〜40kDa以下のポリ乳酸を用いた前記[2]に記載の炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るケイ素およびカルシウム溶出性炭酸カルシウムは、軟骨形成に有効なケイ素およびカルシウムを迅速に溶出することで、生体材料などの分野で様々な応用が期待される。この粒子を含有する軟骨修復材料を軟骨欠損部に埋植した際、患部の体液と反応し溶出するケイ素、カルシウム成分が軟骨細胞を刺激し、軟骨組織の再建を促進する。また、これらの溶出が迅速に行われることにより、軟骨再生を促進するとされるケイ素、カルシウムを軟骨組織の再建時期を集中させることができる。また、本研究に係るケイ素およびカルシウム溶出性炭酸カルシウムの製造方法によれば、ケイ素およびカルシウム溶出性炭酸カルシウムを容易かつ効率良く製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る炭酸カルシウムの製造方法の実施例1により得られた試料1の走査電子顕微鏡写真である。
【図2】本発明に係る炭酸カルシウムの製造方法の比較例1により得られた試料2の走査電子顕微鏡写真である。
【図3】試料1、2のX線回折パターンを示す図である。
【図4】試料1、2の赤外分光スペクトルを示す図である。
【図5】試料1、2のトリス緩衝溶液へのケイ素溶出特性を示す図である。
【図6】試料1、2のトリス緩衝溶液へのカルシウム溶出特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0016】
以下、本発明のケイ素およびカルシウム溶出性炭酸カルシウムの製造方法について詳細に説明する。まず、アセトン、メタノール、ポリ乳酸、水、消石灰およびγ−アミノプロピルトリエトキシシランを配合した懸濁液を調製する。この際、メタノール:100mlに対してアセトン:15〜200mlの比率で配合する。アセトン量をこの配合範囲より減量すると、溶液中にポリ乳酸が析出し生産効率が低下する。メタノール:100mlに対してアセトン:80〜120mlを配合することがより好ましい。ポリ乳酸は、重量平均分子量が9〜40kDaのものを用いる。ポリ乳酸の分子量がこの範囲より低い場合はカルサイトが析出しやすく、逆に高い場合はアセトン、メタノールへの溶解が困難となる。重量平均分子量が25〜30kDaのポリ乳酸を用いることがより好ましい。メタノール:100mlに対して水の添加量は0〜15mlの比率で配合するが、水の量の減少に伴い炭酸ガス吹込過程に要する時間が増加するため、水8〜12mlを添加することがより好ましく、10mlを添加することが特に好ましい。
【0017】
次に、アセトン、メタノール、ポリ乳酸、水、消石灰およびγ−アミノプロピルトリエトキシシランを混合し、撹拌されている40oC以下の懸濁液:約210mlに対して、2L/minで炭酸ガスを吹込む。懸濁液がゲル化するに伴い、撹拌および炭酸ガスの吹込みを停止する。この際、吹込時間は10〜60minが好ましい。吹込時間がこの範囲より少ないと懸濁液がゲル化せず、また吹込60min以内にゲル化が完了するため、これ以降の吹込みはゲル化に関与しない。炭酸ガスの吹き込み時間は30〜50minがより好ましい。この際、ゲル化が生じたことは懸濁液の粘度が徐々に上昇し、流動性の無い乳白色の寒天状に固化することで確認できる。
【0018】
炭酸ガスの吹込工程を20oC未満で行った場合、懸濁液のゲル化が生じず、40oC超で行った場合、アセトン、メタノールの蒸発が生じる。よって、炭酸ガスの吹込み工程は20〜30oCの温度下で行われることが好ましい。
【0019】
炭酸ガス吹込停止後、室温下(18〜27℃)にて12〜24h静置することによりゲルの崩壊が生じる。その後、生成物を吸引ろ過により回収し、さらに乾燥させることにより粉末状のポリ乳酸・ケイ素含有バテライトが得られる。
【0020】
本発明に係るケイ素およびカルシウム溶出性炭酸カルシウムをpH7.4のトリス緩衝溶液(TBS)に浸漬すると、液中にケイ素およびカルシウムが迅速に溶出する。なお、本明細書において「迅速に溶出」とは、「ケイ素およびカルシウム溶出性炭酸カルシウムを10倍量のTBS(36.5oC)中に浸漬した際、3h以内においてケイ素およびカルシウムの顕著な溶出が確認できること」と定義する。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0022】
以下に記載の実施例、および比較例では以下に示す原料を使用した。
・ アセトン:特級アセトン(試薬)純度99.5% キシダ化学株式会社
・ メタノール:特級メタノール(試薬)純度99.8%以上 キシダ化学株式会社
・ ポリ乳酸(PLA):LACEA H-100 重量平均分子量約140kDa 三井化学
・ 消石灰:ミクロスターT 純度96%以上 矢橋工業株式会社
・ γ‐アミノプロピルトリエトキシシラン:TSL8331 純度98%以上 Momentive Performance Materials Inc.
・ 炭酸ガス:高純度液化炭酸ガス 純度99.9% 大洋化学工業株式会社
【0023】
粒子形態は走査型電子顕微鏡(SEM)JSM-6301(日本電子株式会社)により観察した。また、結晶相の同定にはX線回折装置(XRD)X’pert-MPD(PANalytical)で得られたX回折パターンを用いた。炭酸カルシウム中のポリ乳酸は赤外分光高度計(FT-IR)FT/IR-4000(日本分光)により確認した。炭酸カルシウムのSi、Ca含有量は、任意量の炭酸カルシウムを1mol/Lの硝酸水溶液中に溶解し、溶液中のSi、Ca濃度を高周波プラズマ発光分析装置(ICP)ICPS-7000(島津製作所)により測定することで算出した。ポリ乳酸含有量は、示唆熱天秤(TG-DTA)Thermoplus TG8120(RIGAKU)にて1000 oCまで昇温時の重量減少値、ならびに先述のケイ素、カルシウム含量から算出したAPTES、バテライトの重量を全試料重量から差引くことにより算出した。ケイ素、カルシウム溶出挙動は、10mlのトリス緩衝溶液(pH7.4)中に炭酸カルシウム1gを浸漬し、36.5oCにて所定期間保持した後、溶液中のSi、Ca濃度を高周波プラズマ発光分析装置(ICP)ICPS-7000(島津製作所)により測定することで評価した。
【0024】
(実施例1)
ポリ乳酸(PLA)を250oCにて3h加熱処理し、重量平均分子量を26kDaにまで低下させた。処理後のPLA:5g、アセトン:100ml、メタノール:100ml、蒸留水:10ml、消石灰:15g、γ‐アミノプロピルトリエトキシシラン:6ml(対消石灰38wt%)を混合した懸濁液(20oC)にタービン羽根で撹拌(周速度約2.2m/s)しながら炭酸ガス(2L/min)を45min吹き込んでゲル化させた。ゲル化に伴い炭酸ガスの吹込と撹拌を停止した。ゲル崩壊後の懸濁液を保留粒子径7μmのろ紙により吸引ろ過し、生成物を回収し、約50oCで乾燥させて試料1を得た。SEM写真を図1に、XRDパターンを図3、FT-IRスペクトルを図4に示す。得られた試料は直径1.9μm、厚さ0.7μmの赤血球様の形態を有しており、XRDパターンではバテライトに起因するピークが見られた。FT-IRスペクトルからは、1757および1182cm-1にポリ乳酸中のエステル結合に起因するピークが見られた。ICPより算出した試料1のSiおよびCa含有量はそれぞれ1.6wt%および30.1wt%であった。また、ポリ乳酸の含有量は18.4wt%であった。これらより、試料1はポリ乳酸・ケイ素含有炭酸カルシウムであることが確認された。試料1:1.0gとTBS:10mlを混合した懸濁液を36.5oCに保持した恒温器中にて振盪した。所定期間浸漬させた後、懸濁液を固液分離して液中のSiおよびCa濃度をICPにて測定した。3時間経過後のTBS中のSi、Ca濃度はそれぞれ2173および40mg/Lであった。図5および図6にTBSへのSiおよびCa溶出特性を示す。ケイ素とカルシウムの両方が迅速に溶出していく傾向が認められる。
【0025】
(比較例1)
アセトン:100ml、メタノール:100ml、蒸留水:10ml、消石灰:15g、γ‐アミノプロピルトリエトキシシラン:6ml(対消石灰38wt%)を混合した懸濁液(20oC)にタービン羽根で撹拌(周速度約2.2m/s)しながら炭酸ガス(2L/min)を45min吹き込んでゲル化させた。ゲル化に伴い炭酸ガスの吹込と撹拌を停止した。ゲル崩壊後の懸濁液を保留粒子径7μmのろ紙により吸引ろ過し、生成物を回収し、約50oCで乾燥させて試料2を得た。SEM写真を図2に、XRDパターンを図3、FT-IRスペクトルを図4に示す。得られた試料は直径1.9μm、厚さ0.7μmの赤血球様の形態を有しており、XRDパターンではバテライトに起因するピークが見られた。SiおよびCa含有量はそれぞれ2.0wt%および36.4wt%であり、試料2はケイ素含有炭酸カルシウムであることが確認された。試料2:1.0gとTBS:10mlを混合した懸濁液を36.5oCに保持した恒温器中にて振盪した。所定期間浸漬させた後、懸濁液を固液分離して液中のSiおよびCa濃度をICPにて測定した。3時間経過後のTBS中のSi、Ca濃度はそれぞれ2299および6mg/Lであった。図5および図6にTBSへのSiおよびCa溶出特性を示す。ケイ素のみが迅速に溶出していく傾向が認められる。
【0026】
以上、実施例1と比較例1とのTBSへの溶出特性の相違は、実施例1では粒子中にポリ乳酸を含有しバテライトの溶解が促進され、とくにCa2+イオンの溶出量が多くなっているのに対し、比較例1ではポリ乳酸が含有されていないことに起因してCa2+イオンの溶出量は実施例1の20%程度に留まっており、ポリ乳酸による溶解促進が行われないことによると推測される。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は軟骨組織の修復・再建のための生体活性材料等に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5wt%以上のポリ乳酸、1.5wt%以上のケイ素を含有するバテライト相からなる炭酸カルシウム粒子。
【請求項2】
アセトン、メタノール、水、ポリ乳酸、消石灰およびγ-アミノプロピルトリエトキシシランを混合した懸濁液中に炭酸ガスを吹きこむ炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【請求項3】
重量平均分子量が9〜40kDa以下の前記ポリ乳酸を用いた請求項2に記載の炭酸カルシウム粒子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−53048(P2013−53048A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−193418(P2011−193418)
【出願日】平成23年9月6日(2011.9.6)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】