説明

ケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療剤

【課題】研究用及び医学的に使用可能なケトン体消費促進剤を提供すること、ならびにケトーシス又はケトアシドーシスの予防及び治療薬として有用な医薬組成物を提供する。
【解決手段】スタニオカルシン1(STC1)からなるケトン体消費促進剤、及びこれを含有するケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療用医薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケトン体消費促進剤、及びケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ケトン体は、脂肪酸の分解産物であり、アセト酢酸、β−ヒドロキシ酪酸、アセトンの総称である。脂肪酸は、肝臓でアセト酢酸を経てアセトン又はβ−ヒドロキシ酪酸に分解され、最終的には組織で酸化を受け二酸化炭素と水に代謝されるが、一部は血中を介して尿に排泄される。
【0003】
糖質の代謝が障害されると、血中グルコースの代わりに、生体内のエネルギー源として貯蔵されていた脂肪が使用され、肝臓では脂肪分解に伴うケトン体生成が亢進する。そのため、糖尿病による糖利用障害や、飢餓状態の際に、徐々に組織の処理能力の限界を超えてケトン体が血中に蓄積する。その結果、ケトン体は、ケトン血症(ケトーシス)といわれるアシドーシス状態(ケトアシドーシス)をもたらす。なお、本明細書においては、ケトーシスとケトアシドーシスとを厳密に区別せず、互換的な用語として使用する。
【0004】
したがって、ケトーシス又はケトアシドーシスは、糖質供給が不十分のとき(飢餓など)や、組織におけるグルコースの利用が障害されたとき(糖尿病など)をはじめ、妊娠悪阻、嘔吐、下痢、脱水、過脂肪食、甲状腺中毒症、消化吸収障害、小児自家中毒、糖原病などにより発症する。
【0005】
ケトーシス又はケトアシドーシスになると、意識障害や昏睡状態(例えば糖尿病性昏睡)に至り、最悪の場合は死に至る可能性があるため、ケトーシスの傾向が現れたら、すぐに対処することが望ましい。ケトーシス又はケトアシドーシスの治療としては、発症後にグルコースやアミノ酸類などの輸液療法や、インスリン投与が一般的に行われているが、ケトーシス又はケトアシドーシスに対する直接的に有効な予防又は治療薬は知られていない。
【0006】
スタニオカルシン1(STC1)は、魚類のエラから発見され、哺乳類にも分布する、2量体糖蛋白質ホルモンである。STC1は、リンやカルシウムの代謝のほか、ミトコンドリアの酸化的リン酸化促進や神経細胞及び心筋保護作用、骨代謝促進作用など、様々な生理活性を有することが知られている。
【0007】
具体的には、以下の知見が報告されている。STC1は、脱共役タンパク質2(UCP2)の誘導を介して細胞内ミトコンドリアの膜電位を低下させる(非特許文献1〜3)。このUCP2を介したミトコンドリア膜電位の低下は、細胞内過酸化物質(ROS)の低下につながり、ミトコンドリアのグルコース依存度の低下とミトコンドリアの脂質代謝上昇をもたらす(非特許文献1〜3)。また、STC1は、嫌気性代謝又は好気性代謝のどちらでもない、脱共役代謝(乳酸量増大、酸素消費量増大、脂質代謝量増大をもたらす)を誘導する。脱共役代謝は、飢餓時(あるいは障害環境)においては、より多くのエネルギーを消費可能で、過酸化ストレスも軽減するため、障害環境下では生存に有利と考えられている(非特許文献3、4)。
【0008】
間質系幹細胞(MSCs)は、様々な細胞と一緒に培養するとSTC1を大量に分泌する。これは障害環境下においてMSCsが周囲の細胞を保護するメカニズムである可能性がある(非特許文献3、5)。STC1は、虚血環境下において、神経細胞、心筋細胞のアポトーシスを抑制し、肺がん細胞死も抑制する(非特許文献5、7)。
また、STC1を過剰発現するトランスジェニックマウスは、過食であるが成長が遅延すること、体脂肪含有量が低いことが知られている(非特許文献8)。
【0009】
STC1は、このような種々の生理活性を有することが公知であり、脂肪細胞の分化又は成熟抑制活性、骨形成促進、神経保護作用などに基づいた医薬組成物としての利用が提案されてきた(特許文献1〜4)。しかし、ケトーシス又はケトアシドーシスに対する作用及びこれらの疾患に対する医薬としての可能性を示す先行技術は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2000−229880号公報
【特許文献2】特開平7−188051号公報
【特許文献3】再表02/004013号公報
【特許文献4】再表00/016795号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Cancer Res 2008, 68:(13)5198-5205
【非特許文献2】Cancer Res 2009, 69:(6)2163-2166
【非特許文献3】Tohoku University Global COE Network Medicine Winter Camp of GCOE 2010, Feb, 5th, 2011, Akiu, Sendai, Japan
【非特許文献4】Journal of Leukocyte Biology, 2009, 86:981-988
【非特許文献5】Stem Cells 2009, 27:670-681
【非特許文献6】Journal of Clinical Investigation, 10.1172 /JCI38942
【非特許文献7】Proc Natl Acad Sci USA 2000, 97(7):3637
【非特許文献8】Endocrinology 2002 143(3):868
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、研究用及び医学的に使用可能なケトン体消費促進剤を提供すること、ならびにケトーシス又はケトアシドーシスの予防及び治療薬として有用な医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、何らかの方法でUCP2上昇を誘導し、ミトコンドリアの膜電位を下げれば、脂質代謝及びケトン体利用亢進に結びつくであろうと考えた。そして、STC1は障害環境下ではUCP2依存性にエネルギー源としてのケトン体利用を促進すると仮説を立て、STC1がケトン体消費に及ぼす影響について調べた。その結果、STC1が代表的なケトン体であるヒドロキシ酪酸の消費量を培養細胞において増加させることを見出した。すなわち、本発明者は、STC1が細胞の遊離脂肪酸及びヒドロキシ酪酸(ケトン体)消費を濃度依存性に増強することを発見し、本発明を完成した。
【0014】
したがって、本発明によれば、
〔1〕 スタニオカルシン1(STC1)からなるケトン体消費促進剤;
〔2〕 前記〔1〕記載のケトン体消費促進剤を有効成分として含有する、ケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療用医薬組成物
が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、STC1がケトン体の消費を促進し、遊離脂肪酸及びケトン体の減少をもたらすことを明らかにした。同様の作用はイソプロテレノール等のカテコラミンも持つことが知られているが、その使用は、副作用の問題から制限される。これに対し、STC1は、効果の得られる投与量であって、想定している治療域の血中濃度50ng/ml〜100ng/ml、さらには200ng/ml程度では副作用が低く、利用価値が高いと考えられる。したがって、本発明は、初のケトーシス又はケトアシドーシス予防及び/又は治療用医薬組成物を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1A】図1は、STC1による細胞のケトン体(3-ヒドロキシ酪酸)消費量の増大を示す図である。パネルAは肺がん細胞株A549細胞を用いた結果を表す。「Iso」はイソプロテレノール、「rSTC1」はヒト細胞由来リコンビナントSTC1をそれぞれ表す。
【図1B】図1は、STC1による細胞のケトン体(3-ヒドロキシ酪酸)消費量の増大を示す図である。パネルBは非がん細胞(胎児線維芽細胞)株MRC5細胞を用いた結果を表す。「Iso」はイソプロテレノール、「rSTC1」はヒト細胞由来リコンビナントSTC1をそれぞれ表す。
【図2A】図2は、細胞のケトン体(3-ヒドロキシ酪酸)消費量の増大に関するイソプロテレノール(ISO)とSTC1との比較を表す図である。パネルAはISOを用いた結果を表す。
【図2B】図2は、細胞のケトン体(3-ヒドロキシ酪酸)消費量の増大に関するイソプロテレノール(ISO)とSTC1との比較を表す図である。パネルBはSTC1を用いた結果を表す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のケトン体消費促進剤、及びケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療用医薬組成物は、STC1を有効成分として含有することを特徴とする。本発明において使用されるSTC1としては、動物細胞又は組織等から得られる天然のSTC1分子又は天然のSTC1と同一のアミノ酸配列を有する組換え型STC1、遺伝子工学技術により改変されたSTC1遺伝子に基づいて産生される組換え型STC1、合成されたSTC1のほか、STC1の活性フラグメントなどの機能的等価物のいずれであってもよい。したがって 、本発明に関して用語「スタニオカルシン1」(STC1)は、特に示さない限り、これらの種々のスタニオカルシン1をも包含する意味で用いられる。
【0018】
本発明において使用されるSTC1としては、ヒト由来のアミノ酸配列を有するもの又はヒト由来のアミノ酸配列に基づいて機能を損なうことなく改変されたものが好ましい。ヒトSTC1のアミノ酸配列及び塩基配列は公知であり、登録番号NP_003146.1、NM_003155.2としてバンクに登録されている。ヒト以外の動物のSTC1についても、多くの動物由来のSTC1のアミノ酸配列及び塩基配列が知られており、これらはいずれも、ヒトのSTC1に対して、例えば魚類(ギンザケ)94%、鳥類(ニワトリ)95%、各種哺乳類100%の高い相同性を有することが知られている。
【0019】
【表1−1】

【0020】
【表1−2】

【0021】
したがって、本発明において使用可能なSTC1は、ヒトSTC1のアミノ酸配列に対して80%以上、好ましくは90%以上、最も好ましくは94%以上の相同性を有するものである。本発明においては、これらのスタニオカルシン1の1種又は2種以上を適宜選択して用いることができる。医薬組成物には、ヒトSTC1配列(例えば293細胞由来のヒトSTC1配列)と100%一致するアミノ酸配列を有する、天然又はリコンビナントSTC1を用いることが好ましい。
【0022】
本発明のケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療用医薬組成物は、スタニオカルシン1を唯一の必須成分とするが、所望により、製薬又は食品業界で公知の種々の成分などを含んでいてもよい。
例えば、グルコース輸液、リンゲル輸液の成分等、ケトーシスの改善に有効な作用を持つと考えられている成分を含むことができる。これらの他の有効成分をさらに含有させることによって、一層のケトーシス又はケトアシドーシス改善作用を期待できる。また、本発明のケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療用医薬組成物は、グルコース輸液、リンゲル輸液等と併用することができる。
なお、本発明に関してケトーシスの「改善」は、予防及び治療(軽快、治癒を含む)を包含する意味で用いられる。
【0023】
本発明のケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療用医薬組成物は、製剤化して投与することができる。投与経路は、公知のいずれの経口的又は非経口的経路であってもよく、例えば、経口、経皮、注射、経腸、直腸内等の任意の経路を選択することができる。好ましい投与経路としては、ホルモン製剤の場合のように、経口、又は注射もしくは点滴が挙げられる。
【0024】
したがって、医薬組成物の形態としては、注射用組成物、点滴用組成物、坐剤、経鼻剤、舌下剤、経皮吸収剤などが挙げられる。本発明のケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療用医薬組成物には、添加剤として、製薬産業において公知の賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤、界面活性剤、流動性促進剤、着色剤、安定剤、香料などを適宜添加して所望の剤型の医薬組成物とすることができる。
【0025】
例えば、注射用組成物の場合、塩化ナトリウムなどの等張剤や、燐酸塩又はクエン酸塩などの緩衝剤、pH調整剤、グルコースなどの糖類、安定化剤、可溶化剤など、一般的に注射剤に用いられる任意成分を用いることができる。注射剤として投与する場合、本発明の医薬組成物は、生理食塩水等の水性担体に溶解し、滅菌した液体を投与してもよく、あるいは、注射用粉末製剤を製造し、水性担体に溶解した溶液を用時調製して投与してもよい。
【0026】
また、例えば、粉末剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤等の経口剤は、デンプン、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチなどの糖類、及び無機塩類などを用いて常法によって製剤化することができる。これらの製剤には、前記のような賦形剤の他に、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、着色料、香料等を適宜使用することができる。
【0027】
このような各種製剤の製造方法は、当業者には充分公知である。なお、本発明に関して「医薬組成物」という場合、人間に対して適用するもののほか、ヒト以外の動物に対して適用するものをも含む。
【0028】
本発明の医薬組成物は、所定の血中濃度を維持するように投与することが望ましい。好ましい血中濃度は、20〜200ng/ml程度であることができ、50〜100ng/ml程度が好ましい。
【0029】
本発明の医薬組成物の投与量は、その製剤形態、投与方法、及び投与される対象の種類、年齢、体重、病状などによって異なり、それらに応じて各々に適した量で投与することができる。上記のような血中濃度を維持するためには、たとえば体重1kgあたり2mg/日以上とすることができる。ヒトに投与する場合、一般的には、有効成分量として、1日あたり80mg〜160mg、例えば、成人1人当たり1日120mg以上の量であることができる。このような1日あたりの用量を、一度に又は分割して、ケトーシス又はケトアシドーシスの予防又は治療が必要とされている対象に対し、投与することができる。
【0030】
STC1がケトーシス又はケトアシドーシスを改善するメカニズムは、以下のように考えられる。STC1は、UCP2をアップレギュレーションすることにより、ミトコンドリア膜電位を低下させる。これによって、過酸化物質量(ROS)を減少させるとともに脱共役呼吸を誘導し、エネルギー源として利用するために脂質代謝を亢進させ、ケトン体利用を促進する。その結果、ケトン体の蓄積が防止又は低減され、ケトーシス又はケトアシドーシスが改善される。これらの機序はSTC1の公知の活性の作用メカニズムとはまったく異なるものである。
【実施例】
【0031】
試験例1.STC1によるケトン体消費量増大作用
培養細胞として、肺がん細胞株A549及び胎児線維芽細胞MRC5を使用した。
【0032】
陽性コントロールとしてイソプロテレノール(Cayman Chemical社、カタログ番号10009951)を使用した。ヒトリコンビナント(r)STC1は、BioVender社により製造した。具体的には、293細胞にTAG構造を付加したヒト由来STC1遺伝子を導入し、TAG配列を用いてrSTC1を分離した。
【0033】
A549細胞及びMRC5細胞をそれぞれDMEM(10%FCS含有)培地で培養した後、96穴フラットウェルに10,000個/wellとなるように播いた。1日培養後、rSTC1を、DMEMで希釈して3.9ng/ml〜500ng/mlの濃度でウェルに加えた(n=3)。同様に、10μMのイソプロテレノールを添加したウェル(陽性コントロール)及びいずれも添加しないウェル(陰性コントロール)を用意した。
【0034】
さらに1日培養後、ケトン体として3−ヒドロキシ酪酸を初期濃度25nmol/well(260ng/well)で各ウェルに加えた。10時間後に、3−ヒドロキシ酪酸測定キット(カタログ番号「K632-100」、BioVision社)を添付の説明書にしたがって用いて、培地中のケトン体の残余濃度を測定した。
添加した初期濃度との差よりケトン体消費量を求めた。
【0035】
結果を図1に示す。
STC1は、陽性コントロールであるイソプロテレノールとほぼ同等のケトン体消費促進作用を持つことが示された。
【0036】
試験例2.STC1及びイソプロテレノールのケトン体消費量増大作用の比較
試験例1と同様にして、A549細胞及びMRC5細胞によるケトン体消費促進作用を測定した。ただし、この例においては、添加したSTC1及びイソプロテレノールの濃度範囲をそれぞれ1.8ng/ml〜2,000ng/mlとした。
【0037】
結果を図2に示す。イソプロテレノールの臨床上の使用域は2ng/ml以下である。イソプロテレノールのこれ以上の濃度は不整脈等の副作用があり、危険である。これに対し、STC1の治療域は25〜100ng/ml程度と考えられている(非特許文献5)。したがって、臨床上治療域ではSTC1の方が過剰ケトン体消費への作用が強くなると考えられる。
【0038】
また、STC1を過剰発現するトランスジェニックマウスにおいて、体脂肪量が低下することが知られている。このことを考え合わせると、培養細胞で得られた上記の結果と同様に、生体内においてもSTC1がケトン体の消費促進作用を有すると考えられる。
【0039】
すなわち、STC1を有効成分とする本発明の医薬組成物は、ケトーシス又はケトアシドーシスの改善(予防及び治療)に有効であると解釈される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スタニオカルシン1(STC1)からなるケトン体消費促進剤。
【請求項2】
請求項1記載のケトン体消費促進剤を有効成分として含有する、ケトーシス又はケトアシドーシス予防又は治療用医薬組成物。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【公開番号】特開2012−219065(P2012−219065A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−86926(P2011−86926)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】