説明

ケラチンフィルムを用いた熱による毛髪損傷度測定方法

【課題】測定値のばらつきが少なく、熱による毛髪への影響を簡便に測定することができ、しかも精度に優れた測定方法を提供する。
【解決手段】本発明にかかる熱による毛髪損傷度の測定方法は、80〜160℃の熱処理を行ったケラチンフィルムを蛍光色素化合物で染色し、洗浄及び乾燥後、蛍光輝度又は蛍光強度により、該ケラチンフィルムにおける酸化蛋白質量を測定することを特徴とする。
また、前記測定方法において、蛍光色素化合物が、Fluorescein−5−thiosemicarbazideであることが好適である。
また、前記測定方法において、ケラチンフィルムを80〜160℃で熱処理する時間が、5〜20分間であることが好適である。
また、前記測定方法において、さらに、上記熱処理したケラチンフィルムを、蛋白質の変性剤及び還元剤を含む溶液に浸し、該溶液中に溶出した蛋白質を定量することが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケラチンフィルムを用いた熱による毛髪損傷度測定方法、特にその診断能の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
毛髪を損傷させる要因として、紫外線照射、大気中の埃、ドライヤーの熱、コーミングによる摩擦、過度の洗髪、パーマ、染色・染毛剤の使用等が挙げられる。近年、種々の要因によって引き起こされる毛髪の損傷に関する研究が盛んに行われており、その損傷度を測定することが求められている。
毛髪は簡単に採取できる生体試料であり、加工・処理も容易であることから、毛髪損傷度を測定する手法としては、毛髪の損傷に伴う毛髪の物理特性の変化を測定するものが多い。中でも、毛軸方向への伸長応力は、損傷により低下する毛髪強度の指標として有効であり、引っ張り強度試験として汎用されている。(例えば特許文献1を参照)。この手法を用いた損傷度の測定は、初期値もしくは比較対象となる損傷の少ない健常毛髪を入手し、この毛髪に対し、損傷処理を行い、引っ張り強度にて損傷度を定量化するというものである。さらに改善した手法としては、毛髪を長手方向に沿って引き裂いて、引き裂き強度を求め、該引き裂き強度に基づいて毛髪の損傷度を評価する方法も開発されている(例えば、特許文献2)。
しかしながら、これらの測定法は、毛髪の物理特性変化を測定することから、大きな物理特性変化を伴う損傷に限定されてしまい、物理特性変化を伴わない微細な初期損傷を検出することができないという課題があった。
【0003】
これらを解決するために本発明者らは、毛髪の物理特性以外の指標として、毛髪損傷に伴い溶出していく蛋白質の量の変化を測定する手法(例えば、特許文献3)を開発している。本手法は物理特性変化に反映しない毛髪の初期ダメージを検出するのに有効である。しかしながら、本手法は、毛髪構成蛋白質の変性によって起こる二次的な現象を検出するものであるため、より直接的な損傷検出が望まれていた。
【0004】
そこで本発明者らは、毛髪内部で発生する蛋白質変性を直接的に検出する手法として、毛髪損傷に伴い発生する毛髪内のカルボニル基の定量を蛍光色素を用いて測定する方法を提案している(例えば、特許文献4)。この手法は、毛髪物理特性に反映しないような初期損傷を定量でき、蛍光色素を用いるため高感度な損傷度の定量法であった。
【0005】
しかしながら、これらの手法はいずれも初期値もしくは比較対象となる健常毛髪が必要であることから、測定法の感度以前に、初期値もしくは比較対象となる健常毛髪のダメージ履歴や個体差に依存したばらつきが問題となっていた。毛髪は外観でダメージをどれくらい受けているかを判別する方法がなく、検出感度が上がれば上がるほど損傷程度の同じ毛髪を準備する必要がある。しかしながら、実際のところこれを制御する方法はなく、毛髪構成蛋白質を維持しながら、ダメージ履歴や個体差を均一化する処理方法の開発が課題となっていた。
【0006】
前述の問題を解決するものとして、既に本発明者らは、効率性がよく、ありのままに近い状態での解析に適したケラチン蛋白質の抽出法に関し報告している(例えば、特許文献5)。すなわち、還元剤共存下で特定の尿素系の化合物で毛髪を処理し、毛髪コルテックス部位を構成するミクロフィブリルと、細胞間充物質であるマトリックスのケラチンと、その関連蛋白質を溶出させて採取し、この溶出後の残渣から形状を維持したキューティクル部位を採取するものである。さらに本発明者らは、この方法をさらに改良し、採取したケラチンとその関連蛋白質から構成されたフィルム、ゲル等の成形品の製造方法をも提供している(例えば、特許文献6を参照)。ケラチンとその関連蛋白質から構成されたフィルム、すなわちケラチンフィルムは、毛髪構成蛋白質を変性させることなく保持していることが確認されている(例えば、非特許文献1)。さらに、本発明者らは、前記ケラチンフィルムの界面活性剤及びヘアカラー剤処理による溶出蛋白質の測定から、毛髪処理剤によるダメージを評価している(特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平3−10899号公報
【特許文献2】特開2002−282240号公報
【特許文献3】特許第3862665号公報
【特許文献4】WO2005/057211号公報
【特許文献5】特開2002−114798号公報
【特許文献6】特開2002−332357号公報
【特許文献7】特開2009−300191号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本香粧品学会誌 Vol.30、No.1、pp.5−9(2006)
【非特許文献2】フレグランスジャーナル 2010−11、pp.45−50
【非特許文献3】J.Cosmet.Sci.、54、pp.353−366、(July/August 2003)
【非特許文献4】J.Cosmet.Sci.、55、pp.13−27、(January/February 2004)
【非特許文献5】J.Cosmet.Sci.、49、pp.223−244、(July/August 1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、毛髪ケラチンフィルムを用いた熱による毛髪損傷度の測定方法に関する具体的な報告は未だされていない。特に、熱による毛髪損傷度の評価は、現在のところ、毛髪ストランドを用いた前記毛髪の物理特性の変化によるものが主である(例えば、非特許文献2〜5)が、熱による損傷は知見も少なく定量化が難しく、また、受けた損傷を検出・測定できる方法が、毛髪の処理温度によって異なるという問題があった。特に、低温の熱ダメージでは、毛髪の外観や物理特性にはほとんど変化が生じないため、その損傷を検出することは困難であった。そのため、熱処理のムラや検体の髪質によるデータのバラつきの少ない、高精度の測定手法に対する要求は高く、同時に毛髪の処理温度に適した毛髪損傷度の測定方法を特定する必要もあった。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、測定値のばらつきが少なく、熱による毛髪への影響を簡便に測定することができ、しかも精度に優れた測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を達成するため、本発明者らが鋭意研究を重ねた結果、ケラチンフィルムが熱処理によって毛髪と同様の影響を示し、また、該フィルムを熱処理の適用対象として用いることによって、熱による毛髪の損傷度を明瞭に測定できることを見出し、本発明を発明するに至った。
すなわち、本発明にかかる熱による毛髪損傷度の測定方法は、80〜160℃の熱処理を行ったケラチンフィルムを蛍光色素化合物で染色し、洗浄及び乾燥後、蛍光輝度又は蛍光強度により、該ケラチンフィルムにおける酸化蛋白質量を測定することを特徴とする。
また、前記測定方法において、蛍光色素化合物が、Fluorescein−5−thiosemicarbazideであることが好適である。
また、前記測定方法において、ケラチンフィルムを80〜160℃で熱処理する時間が、5〜20分間であることが好適である。
また、前記測定方法において、さらに、上記熱処理したケラチンフィルムを、蛋白質の変性剤及び還元剤を含む溶液に浸し、該溶液中に溶出した蛋白質を定量することが好適である。
【0012】
また、本発明にかかる熱による毛髪損傷度の測定方法は、110〜170℃で熱処理したケラチンフィルムを、蛋白質の変性剤及び還元剤を含む溶液に浸漬し、該溶液中に溶出した蛋白質を定量することを特徴とする。
また、前記測定方法において、蛋白質の変性剤及び還元剤を含む溶液が、50mM Tris−HClをベースとした8M尿素・50mMジチオスレイトール溶液であることが好適である。
また、前記測定方法において、110〜170℃で熱処理したケラチンフィルムを、蛋白質の変性剤及び還元剤を含む溶液に浸漬する時間が、1時間以上であることが好適である。
また、前記測定方法において、ケラチンフィルムを110〜170℃で熱処理する時間が、60分以下であることが好適である。
【0013】
また、本発明にかかる熱による毛髪損傷度の測定方法は、180℃以上で熱処理したケラチンフィルムの、熱処理前後における色差を測定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明にかかる方法によれば、測定値にバラつきを生じることなく、簡便に熱処理による毛髪損傷度を測定することができる。これにより、熱に対する毛髪の耐久性や、毛髪への影響を高精度で試験することが可能となるため、関連の化粧品、医薬品、医薬部外品等の開発及び研究における著しい貢献が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】(A)及び(B)は、140℃で0分(コントロール)、1分、3分、5分、7.5分、10分、20分、30分間処理したケラチンフィルム(図1(A))及び毛髪(図1(B))のサンプルを、それぞれ50mM Tris−HClをベースとした8M尿素・50mMジチオスレイトール溶液に0〜5時間浸漬した後の、溶液中の蛋白質溶出量(mg/ml)を示し、(C)は、図1(A)及び(B)における、50mM Tris−HClをベースとした8M尿素・50mMジチオスレイトール溶液に5時間浸漬させたケラチンフィルム及び毛髪サンプルの熱処理時間に対する蛋白質溶出量の変化を示したグラフである。
【図2】白髪の毛髪と、ケラチンフィルムとを、80〜200℃に10分間曝した後の外観写真である。
【図3】白髪の毛髪と、ケラチンフィルムとを、200℃に10〜60分間曝した後の外観写真である。
【図4】各温度で熱処理したケラチンフィルムに対する、蛍光強度を示すグラフである。
【図5】各温度で熱処理したケラチンフィルム及びヒト毛髪に対する、蛋白質溶出量を示すグラフである。
【図6】各温度で熱処理したケラチンフィルムに対する、熱処理前後の色差ΔEを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
本発明にかかる熱による毛髪損傷度の測定方法は、熱された毛髪の損傷度を評価するために用いられる。
また、本発明において、「毛髪」は、ヒトの毛髪以外に、動物の体毛、羽毛を含むものとする。また、ケラチン蛋白質を含む爪や皮膚等に本発明にかかる測定方法を適用することも可能である。
最初に、本発明にかかる測定方法に用いるケラチンフィルムについて説明する。
【0017】
<ケラチンフィルムの調製>
毛髪から、それを構成するケラチン蛋白質群を抽出するために、蛋白質変性剤を用いる。蛋白質変性剤としては、尿素系の化合物が好ましく、例えば、尿素、チオ尿素、及びこれらの誘導体等が挙げられる。これらの尿素系蛋白質変性剤の1種又は2種以上を混合して用いることが好ましい。より好ましくは、尿素とチオ尿素を混合して用いることである。尿素とチオ尿素を混合して用いる場合には、混合質量比が5:1〜1:2(尿素:チオ尿素)であることが好ましい。チオ尿素の混合比が前記範囲より少ないと、蛋白質の変成作用が劣る場合があり、また前記範囲を超えると、ケラチン蛋白質群の抽出率が低下する傾向がある。
【0018】
前記蛋白質変性剤は、毛髪サンプル処理液中の濃度が30〜70質量%であることが好ましい。30質量%未満であると、ケラチン蛋白質群の抽出率が低下する傾向があり、また、70質量%を越えて用いても増量による抽出率向上の効果は認められないばかりか、毛髪サンプル処理液の粘性が高くなり、作業性が低下する場合がある。ここで、「毛髪サンプル処理液」とは、毛髪サンプルと蛋白質変性剤からなる毛髪ケラチン蛋白質溶解液、及び後述する還元剤等を含み、ケラチン蛋白質群を抽出する製造過程での混合溶液を意味する。前述のように蛋白質変性剤を用いることにより、温和な条件で効率よくケラチン蛋白質群を毛髪から溶解させて抽出することが可能となる。
【0019】
また、本発明に用いるケラチンフィルムを調製するにあたり、前記蛋白質変性剤と共に還元剤を併用する。還元剤としては、例えば、2−メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、チオグリコール酸等のチオアルコール類が挙げられる。これらの1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
還元剤を前記蛋白質変性剤と併用することにより、ケラチン蛋白質群の抽出率をさらに向上させることができる。これは、強固なケラチン線維構造を蛋白質変性剤が変性させ、続いて還元剤がケラチン蛋白質間の強固なS−S結合を効率よく解離させ、さらに毛髪サンプル処理液中での再結合が起こり難くするためと考えられる。
【0020】
前記還元剤を蛋白質変性剤と併用する場合、毛髪サンプル処理液中0.5〜40質量%の濃度で含有させることが好ましく、より好ましくは1〜20質量%である。ただし、前記濃度は、用いる還元剤の毛髪サンプル処理液中における溶解性により適宜決定することができる。
還元剤の濃度が0.5質量%未満であると、ケラチン蛋白質間の強固なS−S結合の還元切断が十分に行われない傾向があり、また、40質量%の濃度を越えて使用すると毛髪処理液中でのケラチン蛋白質群の溶解性が悪くなる場合がある。
【0021】
毛髪ケラチン蛋白質溶液を得るための処理時間は、処理温度にも左右されるが、1〜4日間であることが好ましい。また、処理温度は、20〜60℃であることが好ましい。20℃未満であると反応の進行が遅くなり効率が悪く、60℃を越えると、毛髪サンプル処理液がアルカリ性を呈しているため、ペプチド結合の切断や置換基変換、架橋等の副反応を伴う場合がある。
また、毛髪サンプルと毛髪サンプル処理液の比は、1〜100mg毛髪サンプル/ml毛髪サンプル処理液であることが好ましい。
毛髪サンプル処理液は、ケラチン蛋白質が十分に抽出された後、ろ過により末抽出毛髪を除き、毛髪ケラチン蛋白質溶液を得ることができる。
【0022】
蛋白質変性剤と還元剤とを併用して毛髪サンプルを処理し、ろ過した後に得られる毛髪ケラチン蛋白質溶液の固体化又はゲル化のため、展開用溶液を接触させる。この固体化又はゲル化により、本発明にかかる測定方法に適した形態であるフィルムとして成形される。
展開用溶液としては、例えば、トリクロロ酢酸、グアニジン塩酸、過塩素酸、及びそれらの誘導体等の変性剤と、水、生理食塩水、低級アルコール等の溶媒を混合して得られる変性剤溶液、塩酸、硫酸、酢酸、リン酸及びそれらの塩等の酸性物質からなる酸性溶液が挙げられ、これらの1種又は2種以上を用いることができる。本発明で用いるケラチンフィルムの調製においては、展開用溶液としてグアニジン塩酸、過塩素酸の変性剤又は酢酸と水を混合して得られる過塩素酸溶液、グアニジン塩酸溶液、酢酸緩衝液、酢酸溶液から選択される1種又は2種以上であることが好ましい。特に好ましくは、酢酸緩衝液(pH4.0)及び/又は酢酸溶液である。
【0023】
前記展開用溶液として用いる前記変性剤溶液の濃度は、10〜60質量%であることが好ましい。また、前記展開用溶液として用いる酸性溶液の濃度は、10〜500mMであることが好ましい。
前記展開用溶液は、前記毛髪ケラチン蛋白質溶液のイオン強度を下げる作用を有し、これにより、毛髪サンプル処理液中蛋白質変性剤、還元剤の溶解性の低下を招く。その結果、ケラチン蛋白質群の溶解性が低下し、それに伴いケラチン蛋白質間のS−S結合が解離して−SH状態であったものが、S−S結合を再形成し、短時間にケラチン蛋白質の固体化が進行することになる。
【0024】
本発明で用いるケラチンフィルムを調製する場合、Post−cast法又はPre−cast法を適用することができる。
Post−cast法としては、シャーレ等の容器に予め前記展開用溶液を満たしておき、これに毛髪ケラチン蛋白質溶液をキャストする方法(フォワード法)、又は、毛髪ケラチン蛋白質溶液を予め添加したシャーレ等の容器に、展開用溶液をキャストする方法(リバース法)が挙げられる。
Pre−cast法とは、予め毛髪ケラチン蛋白質に展開用溶液を混合し、水を張ったシャーレ等の容器へ前記混合溶液をキャストする方法である。
本発明においては、前記Post−cast法及びPre−cast法のいずれの適用によっても、熱による毛髪損傷度の測定に適した均一性に優れたケラチンフィルムを調製することができる。
特に、Pre−cast法による展開用溶液としては、酢酸溶液が好適に使用され得る。Post−cast法においては、酢酸緩衝液が展開用溶液として好適である。
また、還元剤としては、2−メルカプトエタノールがPost−cast法での使用に適し、ジチオスレイトールがPre−cast法での使用に適している。
また、展開用溶液は毛髪ケラチン蛋白質溶液に対し、10〜10000倍の質量比で用いることが好ましい。前記範囲内で展開用溶液を毛髪ケラチン蛋白質溶液に接触させることにより、適度な薄さを呈する薄膜を調製することができる。
【0025】
シャーレ内に形成された薄膜状の毛髪ケラチン蛋白質成形品を前記展開用溶液で洗浄する。洗浄の回数は特に限定されないが、1〜5回程度であることが好ましい。洗浄後、溶液を取り除き、シャーレ上の毛髪ケラチン蛋白質成形品を乾燥させ、ケラチンフィルムを得ることができる。乾燥の方法は特に限定されないが、埃が付かない室温下で静置することなどが挙げられる。
【0026】
ケラチンフィルムの調製に用いる毛髪サンプルは、油分が多く含まれているものも有り、処理前に予め脱脂しておいてもよい。脱脂の方法は限定されないが、例えば、クロロホルムとメタノールの混合溶媒で処理することなどが挙げられる。
【0027】
<熱による毛髪損傷度の測定>
続いて、本発明に係る熱による毛髪損傷度の測定方法について説明する。
熱によって毛髪が受ける損傷の種類や程度は、温度によって異なると考えられる。したがって、本願においては、熱によるダメージを、温度によって大まかに低温、中温、高温に分けて表すことがある。低温とは100℃未満を指し、例えば、日光、サウナ、車内、ドライヤーなどによって受ける熱に相当する。中温は、100〜180℃を指し、ドライヤーやヘアアイロンなどによって受ける熱に相当する。高温は180℃超過を指し、ヘアアイロンなどによって受ける熱に相当する。下限及び上限は測定の必要性に応じて設定すればよいが、毛髪損傷の検知精度の面から、下限を80℃程度、上限を220℃程度とすることが好ましい。ただし、これらの温度区分は、単に毛髪が受け得る熱ダメージに係る温度範囲の目安であり、以下に説明する各測定法に好適な熱ダメージ温度領域を制限するものではない。
【0028】
低〜中温によるダメージ測定法
本発明に係る毛髪損傷度の測定方法において、特に低〜中温の熱によるダメージを測定する方法として、酸化蛋白質の検出による評価が挙げられる。
蛋白質のカルボニル化修飾は、蛋白質の酸化損傷による生成物として知られており、カルボニル化蛋白質のカルボニル基に、蛍光色素化合物であるFluorescein−5−thiosemicarbazide(5−FTSC)やダンシルヒドラジン等のヒドラジン基を結合させることにより、酸化蛋白質を蛍光検出により測定することが可能である。
【0029】
熱処理を行った上記ケラチンフィルムは、毛髪と同様に、処理温度によって蛍光輝度、すなわち生成酸化蛋白質量が上昇するため、毛髪損傷度を評価することができる。本発明のケラチンフィルムによる測定においては、特に、80〜160℃の低〜中温域でフィルムを処理した場合、温度に応じた蛍光輝度の変化を明確に測定することができる。他の温度域で処理を行ったケラチンフィルムについても酸化蛋白質を検知することは可能であるが、処理温度が160℃を超えると、80〜160℃における変化に比べ、測定値にばらつきが生じることがある。したがって、本測定は、80〜160℃の熱による毛髪損傷度の測定に適用することが好ましい。また、ケラチンフィルムに前記熱処理を行う時間は、5〜20分間とすることが好ましい。
なお、ケラチンフィルムの蛋白質は全て毛髪由来であるため、該フィルムにおける酸化蛋白質生成度合いの測定の結果は、毛髪における測定結果に対応すると考えられる。
【0030】
以下に酸化蛋白質の具体的な測定方法を挙げるが、これは本発明を限定するものではない。
まず、ケラチンフィルムに80〜160℃の熱処理を施す。ケラチンフィルムに熱処理を行う手段は、毛髪(ケラチンフィルム)に与える影響を調査する対象に応じて適宜選択すればよい。
次に、熱処理を行ったケラチンフィルムに対し、蛍光色素化合物を用いて染色を行う。蛍光色素化合物としては、前述の5−FTSCやダンシルヒドラジンが挙げられ、本発明においては特に5−FTSCの使用が好適である。
【0031】
染色のために、まず染色液を調製する。例えば、蛍光色素化合物として5−FTSCをジメチルスルホキシド溶液に溶解させ、5mMの5−FTSC溶液を調製する。次に、水酸化ナトリウムを用い、pH5.5に調整した0.1MのMES(2−Morpholino ethanesulfonic acid,monohydrate)に、先に調製した5mMの5−FTSC溶液を溶解させ、20μMの5−FTSC/0.1MのMES−Na(pH5.5)染色液を調製する。染色方法は、20μMの5−FTSC/0.1MのMES−Na(pH5.5)染色液を、ケラチンフィルムを含むシャーレ上に注ぎ、室温で15分間静置してケラチンフィルムを染色する。
【0032】
染色が十分になされた後は、染色液の除去のために、次のような洗浄操作を行う。シャーレから染色液を廃棄した後、初めに2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ、室温で5分間静置する。この操作を、洗浄液を替えて再度繰り返す。次に、0.2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ、50℃で20分間静置する。この操作を、洗浄液を替えて再度繰り返す。その後、蒸留水を注ぎ、室温で2分間静置する。この操作を、蒸留水を替えて全部で6回繰り返す。なお、上記染色液の調製、染色、洗浄の工程は、全て遮光下において行うことが好ましい。
【0033】
さらに、洗浄したケラチンフィルムは、乾燥させることが好ましい。乾燥手段は特に限定されないが、例えば、デシケーター内に置いて減圧乾燥させること等が挙げられる。
十分に乾燥させたケラチンフィルムは、蛍光輝度の測定に供される。蛍光輝度の測定装置としては、例えば、落射蛍光顕微鏡や実体蛍光顕微鏡等を用いることができる。前記装置より490nmの励起光を対象に照射すると、対象中の蛍光色素化合物が520nmの蛍光を発する。この蛍光を画像で取り込み、画像解析ソフトで処理し、蛍光色素化合物の発色に関するピクセル単位の輝度のヒストグラムから平均輝度を得る。毛髪損傷度は、熱処理したケラチンフィルムの平均輝度を比較する他、例えば、熱処理したケラチンフィルムの輝度から未処理のケラチンフィルムの輝度を差し引いたものとして数値化することができる。なお、蛍光分光光度計により蛍光強度を測定し、同様に毛髪損傷度を表すことも可能である。蛍光輝度又は蛍光強度が高いほど、蛍光色素化合物に結合する酸化タンパク質の含量が多く、毛髪損傷度が高いという評価になる。
【0034】
中温によるダメージ測定法
本発明に係る毛髪損傷度の測定方法において、特に中温の熱によるダメージを測定する方法として、蛋白質溶出量による評価が挙げられる。
毛髪のケラチン蛋白質は熱変性により硬化することが知られている。そのため、熱による損傷が大きくなるほど、毛髪のケラチン蛋白質は硬化が進み、溶出し難くなる。したがって、熱処理後のケラチンフィルムから溶出させた蛋白質を定量し、熱処理を行わなかった場合に対する溶出量変化の検討、あるいは単に溶出量の減少から、ケラチンフィルムによって熱による毛髪損傷度を測定することが可能となる。ただし、このように熱による毛髪損傷度を測定する場合、熱処理温度が低く、熱による損傷が小さすぎると、ほとんど全てのケラチン蛋白質がフィルムから溶出されてしまい、熱処理を行わない場合と有意な差が認められない、すなわち蛋白質溶出量から熱変性の度合いを評価できないことがある。また、一方で、熱処理温度が高く、熱による損傷が大きすぎると、蛋白質が過度に硬化してほとんど溶出しなくなり、蛋白質溶出量から熱変性の度合いを評価できないことがある。 したがって、本発明の測定方法では、中温に含まれる温度領域である110〜170℃での熱処理サンプルについて、蛋白質溶出量による毛髪損傷度の評価を好適に行うことができる。
【0035】
蛋白質の溶出量は、例えば、ケラチンフィルムを変性剤と還元剤を含む溶液に浸してフィルムの蛋白質を溶出させた後、溶液中の蛋白質を定量して得ることができる。
前記変性剤としては、例えば、界面活性剤、尿素、チオ尿素、塩酸グアニジン、イソチオシアン酸カリウム、グアニジンイソチオシアネート、ヨウ化カリウム等が挙げられるが、本発明においては、特に尿素の使用が好ましい。
遊離した蛋白質を還元する還元剤としては、例えば、ジチオスレイトール(DDT)が挙げられ、本発明において好適に使用し得る。
上記変性剤及び還元剤は、pHが8.5となるように調整した50mM Tris−HCl等の緩衝液に溶解させて用いられる。本発明において特に好ましい変性剤・還元剤溶液は、50mM Tris−HClをベースとした8M尿素・50mMジチオスレイトール溶液である。
【0036】
図1(A)及び(B)は、140℃で0分(コントロール)、1分、3分、5分、7.5分、10分、20分、30分間処理したケラチンフィルム(図1(A))及び毛髪(図1(B))のサンプルを、それぞれ50mM Tris−HClをベースとした8M尿素・50mMジチオスレイトール溶液に0〜5時間浸漬した後の、溶液中の蛋白質溶出量(mg/ml)を示している。熱処理しなかったコントロールに対し、熱処理を行ったサンプルは、処理時間が大きくなるにつれ、蛋白質溶出量が減少した。特に、熱処理時間を1〜5分間としたサンプルにおいて、蛋白質溶出量の顕著な減少が認められた。また、サンプルの50mM Tris−HClをベースとした8M尿素・50mMジチオスレイトール溶液への浸漬時間(Incubation time)は、1時間程度で溶出量の差が明らかとなるが、各サンプルの蛋白質溶出量は5時間で最も安定した。
【0037】
図1(C)は、図1(A)及び(B)における、50mM Tris−HClをベースとした8M尿素・50mMジチオスレイトール溶液に5時間浸漬させたケラチンフィルム及び毛髪サンプルの熱処理時間に対する蛋白質溶出量の変化を示したグラフである。図1(C)に示すとおり、熱処理時間10分ほどで、溶出量は安定化した。
上記結果が示すように、ケラチンフィルムは、毛髪のサンプルと同様の蛋白質溶出傾向を示したが、溶出量が毛髪よりも多く、熱による損傷を明確に表すことが可能である。また、変性剤・還元剤への浸漬は、1時間以上が好ましく、熱処理時間は60分以下とすることが好ましい。
【0038】
なお、回収した溶液中の蛋白質の定量は、紫外線吸収法、Bradford法、Lowry法、BCA法などの分光光度計を用いた公知の比色定量法により行うことができる。本発明においては、特に、Bradford法に準じ、回収した溶液又はその上清の595nmにおける吸光度を測定し、予め作成しておいた検量線にて蛋白質量に換算することが好ましい。
【0039】
中〜高温によるダメージ測定法
本発明に係る毛髪損傷度の測定方法において、特に中〜高温の熱によるダメージを測定する方法として、色差(ΔE)による評価が挙げられる。
図2は、白髪の毛髪と、上記ケラチンフィルムとを、80〜200℃に10分間曝した後の外観写真である。図2に示すように、毛髪は熱処理により変色し、その度合いは処理温度が高くなるほど著しくなる。したがって、この変色を利用し、熱処理前後の毛髪の色差を比較することで、熱による毛髪損傷度を評価することができる。しかしながら、前記変色を毛髪上で確認する場合、図2に示すように、白髪を用いないと検出することが難しい。そのため、毛髪を用いて損傷度を測定するには、化学処理をしていない白髪を都度入手することが必要となる。また、処理温度による毛髪の変色度合いは極めて小さく、毛髪間で感受性も異なるため、データにばらつきが生じることがある。そこで、本発明においては、ケラチンフィルムを使用するのである。
図2に示すように、ケラチンフィルムを熱処理した場合も、処理温度上昇に従って変色が認められる。このケラチンフィルム変色の度合いは、同じ処理温度の毛髪(白髪)の変色の度合いに対応しているため、熱処理前後の色差については、該フィルムを用いても毛髪と同様の結果を得ることができる。しかも、ケラチンフィルムの場合、毛髪に比べて変色が均一に起こり、サンプルによるばらつきが生じることもないため、より精密な毛髪損傷度の測定データを得ることができる。
【0040】
ケラチンフィルムの熱処理試験において、色差(ΔE)により毛髪損傷度を測定する場合、熱処理温度が180℃以上であると、処理前後のフィルムの色差(ΔE)の値が、一般に明確に感知できるとされる3以上となる。したがって、本発明の測定は、180℃以上の中〜高温域の熱処理を行う毛髪損傷度測定試験に適用することが好ましい。
また、本測定方法は、熱処理時間による損傷度の評価にも適している。図3は、白髪の毛髪と、上記ケラチンフィルムとを、200℃に10〜60分間曝した後の外観写真である。図3によれば、熱処理時間が長くなるに従い、毛髪もケラチンフィルムも変色の度合いが高くなっている。したがって、熱による経時の毛髪損傷度についても、ケラチンフィルムを用い、色差によって測定することができる。なお、その場合も、熱処理温度は、180℃以上とすることが好ましい。
【0041】
以下に色差の具体的な測定方法を挙げるが、これは本発明を限定するものではない。
まず、ケラチンフィルムを測色する。測色方法に特に制限はないが、分光測色計等を用いて、L、ハンターLab、Lh、XYZ、Yxy、Lu’v’,JIS Z 8721等の表色系に数値化することが好ましい。
その後、前記ケラチンフィルムに180℃以上の熱処理を施す。ケラチンフィルムに熱処理を行う手段は、毛髪(ケラチンフィルム)に与える影響を調査する対象に応じて適宜選択すればよい。
【0042】
次に、熱処理を行ったケラチンフィルムに対し、再度測色を行う。この際の測定方法及び測定野は、熱処理前の測色と同様とする。
測色後、熱処理前後における測定値間の色差(ΔE)を求める。なお、処理前後における測定値は、それぞれ1つの測定値であっても、2以上の測定値の平均であってもよい。
色差の算出には、採用した表色系に応じた公知の計算方法を用いることができる。また、色差を求めることのできる器機、コンピュータ等を用いてもよい。
例えば、ハンターの表色系に基づき測色した2つの測定値(L、A、B)、(L、A、B)から、その色差ΔEを求める場合、ΔE={(L−L+(A−A+(B−B1/2として求められ、ΔEが大きいほど、2つの測定値間の色変化が大きいことを示す。すなわち、ΔEが大きいほど、ケラチンフィルムが熱処理により変色しており、熱による毛髪損傷度が高いという評価となる。
【0043】
上記のごとく得られたケラチンフィルムを用いた各測定データは、美容、薬学、医学、食品等の分野における開発及び研究において、熱による毛髪損傷度を測定するために用いることができる。毛髪損傷度の測定結果の評価やその利用は、それぞれの開発及び研究内容に応じて行われるものであり、本発明の目的を損ねるものでない限り、特に限定されない。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、実施例中の数値は、特に記載のない限り質量%を示す。
まず、本実施例に用いたケラチンフィルムの調製方法を示す。
(ケラチンフィルムの調製例)
15歳女性の毛髪600gを、尿素30質量%、チオ尿素30質量%、ジチオスレイトール5質量%、25mMトリス−塩酸緩衝液(pH8.5)8mlを含む混合液に浸漬して毛髪サンプル処理液とし、これを50℃にて1〜4日間保持して、毛髪ケラチン蛋白質を溶解させた。この液からろ過により末抽出毛髪を取り除き、毛髪ケラチン蛋白質溶解液とした。この蛋白質溶液3.5mgへ100mM酢酸水溶液6mlを添加、混合し、この混合溶液を水を満たしたシャーレ(直径35mm)へ静かにキャストした。毛髪ケラチン蛋白質が固体化した後、蒸留水を含む展開用溶液を数回交換して、ゲル中の溶液を蒸留水に置換した。最後に蒸留水を除き、シリカゲルを含む箱内で十分に乾燥し、シャーレに固定された形態のケラチンフィルムを得た。
【0045】
<酸化蛋白質量による毛髪損傷度の測定例>
上記ケラチンフィルムを80、90、100、110、120、130、140、150、160、170、180、190、200℃下に10分間静置し、各温度の熱処理サンプルを得た。
5−FTSCをジメチルスルホキシド溶液に溶解させ、5mMの5−FTSC溶液を調製する。次に、水酸化ナトリウムを用い、pH5.5に調整した0.1MのMES(2−Morpholino ethanesulfonic acid,monohydrate)に、先に調製した5mMの5−FTSC溶液を溶解させ、20μMの5−FTSC/0.1MのMES−Na(pH5.5)染色液を調製した。この染色液を、各温度の熱処理サンプルを含むシャーレ上に注ぎ、室温に15分間静置した。
その後、シャーレから染色液を除去し、2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ、室温で5分間静置した。この操作を、洗浄液を替えて再度繰り返した。次に、0.2×SSC−0.1%SDS溶液を注ぎ、50℃で20分間静置した。この操作を、洗浄液を替えて再度繰り返した。その後、蒸留水を注ぎ、室温で2分間静置した。この操作を、蒸留水を替えて全部で6回繰り返した。これらの工程は、全て遮光下において行った。
洗浄したサンプルは、デシケーター内で減圧乾燥させ、蛍光/発光マイクロプレートリーダ(Fluoroskan Ascent FL、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)により蛍光強度を測定した。
なお、コントロールとして、熱処理を行わないケラチンフィルムについても同様に染色
及び測定を行った。結果を図4に示す。
【0046】
図4に示すとおり、蛍光強度は熱処理温度に応じて上昇し、熱処理温度が高いほど酸化蛋白質の生成が増え、毛髪損傷が大きくなることが明らかである。特に、熱処理温度が80〜160℃の場合において、毛髪損傷度の変化が安定していた。熱処理温度が170℃以上になると、蛍光強度の変化が頭打ちになり、それ以上の温度では正確な毛髪損傷度の変化が測定できないと考えられた。
したがって、本発明においては、ケラチンフィルムを用い、80〜160℃の熱処理における毛髪損傷度の評価を酸化蛋白質量の測定によって行うことができる。
【0047】
<蛋白質溶出量による毛髪損傷度の測定例>
上記ケラチンフィルムと、ヒト毛髪(化学処理の履歴がない複数人から採取した毛髪)を80、90、100、110、120、130、140、150、160、170、180、190、200℃下に10分間静置し、各温度の熱処理サンプルを得た。
50mM Tris−HClをベースとした8M尿素・50mMジチオスレイトール溶液を、各温度の熱処理サンプルを含むシャーレ上あるいは試験管内に注ぎ、ケラチンフィルム及びヒト毛髪を該溶液中に5時間浸漬した後、溶液を回収し、溶液に含まれる蛋白質量をBradford法にて定量した。
なお、コントロールとして、熱処理を行わないケラチンフィルム及びヒト毛髪についても、同様に浸漬及び測定を行った。結果を図5に示す。
【0048】
図5に示すとおり、蛋白質溶出量は、熱処理温度に応じて低下した。これは、熱処理温度が高いほど、毛髪蛋白質が硬化する損傷が進み、蛋白質が溶出し難くなることを示していると考えられた。この蛋白質溶出量の低下は、特に、熱処理温度が110〜170℃において安定的に認められた。熱処理温度が110℃に満たないサンプル及び170℃を超えるサンプルでは、蛋白質溶出量に変化がなく、温度による損傷度を評価することは困難であった。
蛋白質溶出量に関する上記挙動は、ケラチンフィルムとヒト毛髪のいずれにおいても同様であったが、全体的な蛋白質溶出量及び測定値の安定性については、ケラチンフィルムが優れていた。
したがって、本発明においては、ケラチンフィルムを用い、110〜170℃の熱処理における毛髪損傷度の評価を蛋白質溶出量の測定によって行うことができる。
【0049】
<色差による毛髪損傷度の測定例>
上記ケラチンフィルムを分光測色計(CM−2500d、コニカミノルタセンシング株式会社製)にて測色した。
測色したケラチンフィルムを、それぞれ80、90、100、110、120、130、140、150、160、170、180、190、200℃下に10分間静置し、各温度の熱処理サンプルを得た。
各熱処理サンプルについて、再度分光測色計で測色を行い、熱処理前の測定値との色差ΔEを算出した。結果を図6に示す。
【0050】
図6に示すとおり、色差は、熱処理温度に応じて増大した。特に、顕著な上昇は180℃以上から認められ、色差が3を越えるこの温度領域においては、色の変化が肉眼でも明確に感知可能であった。色差が3に満たない80〜170℃の熱処理温度では、色差が小さすぎ、感知することは難しかった。
したがって、本発明においては、ケラチンフィルムを用い、180℃以上の熱処理における毛髪損傷度の評価を色差の測定によって行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
80〜160℃の熱処理を行ったケラチンフィルムを蛍光色素化合物で染色し、洗浄及び乾燥後、蛍光輝度又は蛍光強度により、該ケラチンフィルムにおける酸化蛋白質量を測定することを特徴とする、熱による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項2】
蛍光色素化合物が、Fluorescein−5−thiosemicarbazideであることを特徴とする、請求項1に記載の熱による毛髪損傷度の測定方法。
【請求項3】
ケラチンフィルムを80〜160℃で熱処理する時間が、5〜20分間であることを特徴とする、請求項1又は2のいずれかに記載の熱処理による毛髪損傷度測定方法。
【請求項4】
さらに、上記熱処理したケラチンフィルムを、蛋白質の変性剤及び還元剤を含む溶液に浸し、該溶液中に溶出した蛋白質を定量することを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の熱による毛髪損傷度測定方法。
【請求項5】
110〜170℃で熱処理したケラチンフィルムを、蛋白質の変性剤及び還元剤を含む溶液に浸漬し、該溶液中に溶出した蛋白質を定量することを特徴とする、熱による毛髪損傷度測定方法。
【請求項6】
蛋白質の変性剤及び還元剤を含む溶液が、50mM Tris−HClをベースとした8M尿素・50mMジチオスレイトール溶液であることを特徴とする、請求項5に記載の熱による毛髪損傷度測定方法。
【請求項7】
110〜170℃で熱処理したケラチンフィルムを、蛋白質の変性剤及び還元剤を含む溶液に浸漬する時間が、1時間以上であることを特徴とする、請求項5又は6に記載の熱による毛髪損傷度測定方法。
【請求項8】
ケラチンフィルムを110〜170℃で熱処理する時間が、60分以下であることを特徴とする、請求項5〜7のいずれかに記載の熱処理による毛髪損傷度測定方法。
【請求項9】
180℃以上で熱処理したケラチンフィルムの、熱処理前後における色差を測定することを特徴とする、熱による毛髪損傷度測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−242151(P2012−242151A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−110177(P2011−110177)
【出願日】平成23年5月17日(2011.5.17)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】