説明

ケンペロールおよびケルセチンを含むヒアルロン酸の生成を促進するための組成物

ケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含むヒアルロン酸の生成を促進する組成物が開示されている。 本願発明によるケンペロールまたはケルセチンは、ヒト表皮の皮膚細胞株に存在するヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子の発現を増大させて、ヒト細胞においてヒアルロン酸の生成を促進する性質がある。 したがって、本願発明によるケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む組成物は、ヒアルロン酸の生成を促進する組成物は、皮膚の弾力性の増大や、皮膚の乾燥防止、または、皮膚の老化を防止するための化粧品組成物、または、変形性関節症を治療または予防するための薬学的組成物において有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、ケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含むヒアルロン酸の生成を促進する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、非硫酸化グリコサミノグリカンの一種で、グルクロン酸とN-アセチルグルコサミン残基が反復して鎖状に結合している線状の分子量200,000〜400,000の高分子物質である。 ヒアルロン酸は、細胞外の基質の主要構成成分であって、水分保持、細胞間の間隔保持、細胞成長因子、および、栄養成分の保存および拡散に関与するだけでなく、細胞の分裂と分化、移動などにも関与するとの報告がなされている。
【0003】
哺乳動物の生体内に存在するヒアルロン酸の50%以上が、皮膚、特に、表皮の細胞間と真皮の結合組織に分布すると報告されており、このようなヒアルロン酸は、主に角質形成細胞と繊維芽細胞によって合成されることが知られている。 ヒトの皮膚におけるヒアルロン酸の量は、老化に伴い減少すると報告されているが、皮膚におけるヒアルロン酸量の減少が、老化に伴う皮膚の弾力の低下および水分含有量の減少の直接的な原因の一つであると考えられている(Fleischmajer R. et al., Biochem Biophys Acta., 279、pp.265-275, 1972; Longas MO. et al., Carbohydr Res., 159, pp. 127-136, 1987; Ghersetich I. et al., Int.J. Dermatol., 33, pp. 119-122, 1994)。
【0004】
一方で、ヒトの関節嚢は、外側の繊維層と内側の滑膜層とから構成されているが、滑膜からなる滑液は、ヒアルロン酸と糖タンパク質とを含んでおり、この二つの成分は、関節を潤滑させる作用を奏する。 変形性関節症を発症すると、関節内の潤滑作用を奏するヒアルロン酸の生成が減少し、タンパク酵素による破壊が増大して、関節内のヒアルロン酸が減少することが報告されている。 すなわち、関節内のヒアルロン酸の減少に伴い、関節で外部衝撃の吸収や分散ができなくなるため、関節の損傷をも悪化しかねないのである。 そこで、ヒアルロン酸を関節に注入して関節炎を緩和させる方法が、1997年に米国のFDAで承認されており、現在も施術がなされている。 しかしながら、生体内のヒアルロン酸の合成を増大させる方法が、より良い効果をもたらすものと考えられる。
【0005】
培養下にある皮膚細胞でのヒアルロン酸の合成は、各種の成長因子とトランスレチノイン酸、N-メチルセリンなどによって増大するという報告(Heldin P. et al., Biochem. J., 258, pp. 919-922, 1989; Heldin P. et al., Biochem. J., 283, pp. 165-170, 1992; Suzuki M. et al., Biochem. J., 307, pp. 817-821, 1995; Tirone E. et al., J. Biol. Chem., 272, pp. 4787-4794, 1997; Tammi R. et al., J. Invest. Dermatol., 92, pp. 326-332, 1989; Akiyama H. et al., Biol. Pharm. Bull., 17, pp. 361-364, 1994; Sakai S. et al., Skin Pharmacol. Appl. Skin Physiol., 12, pp. 276-283, 1999)と、皮膚に塗布されたエストラジオールおよびその類似物質が、ヒアルロン酸の合成を増大させるという報告(Sobel H. et al., Steroids, 16, pp.1-3, 1970; Bentley JP. et al., J. Invest. Dermatol., 87, pp.668-673, 1986; Miyazaki K. et al., Skin Pharmacol. Appl. Skin Physiol., 15, pp.175-183, 2002)がなされているが、ヒアルロン酸の代謝に関する詳しいメカニズムは未だ解明されていない。 ヒアルロン酸の合成が、細胞膜の内表面でのヒアルロン酸合成酵素のみによって進行して、その合成中に細胞膜を突き破って、細胞外の基質に蓄積されることが知られている(Weigel PH. et al., J. Biol. Chem., 272, pp. 13997-14000, 1997)。
【0006】
哺乳動物でのヒアルロン酸合成酵素の遺伝子は、配列上の類似性の高いヒアルロナン合成酵素1(HAS1)、ヒアルロナン合成酵素2(HAS2)、および、ヒアルロナン合成酵素3(HAS3)の3種が報告されている。 これに関して、表皮成長因子(EGF)を、表皮細胞培養液に添加した時に、ヒアルロン酸合成酵素(HAS)の遺伝子発現が増大したとの報告がある(Pienimaki JP. et al., J. Biol. Chem., 276, pp. 20428-20435, 2001)。 しかしながら、実際のところは、細胞および組織におけるヒアルロン酸の分布、ヒアルロン酸に係る各種因子および酵素、例えば、ヒアルロン酸合成酵素(HAS)またはヒアルロン酸の活性を調節する因子に関する研究は不十分であると言わざるを得ない。
【0007】
そこで、ヒアルロン酸が奏する上記のような有用性に着目して、ヒアルロン酸を効率よく生産および注入し、または、生体内のヒアルロン酸の合成を増大させることができる方法に関する研究が盛んに進められているが、顕著な研究結果は、未だ得られていない。
【0008】
以下の化学構造(化1)を有するケンペロールと以下の化学構造(化2)を有するケルセチンは、そのいずれもが、フラボノイド類のフラボノールの一種であり、また、一般的な食用ポリフェノール化合物であって、これらは、食用植物に多く存在し、健康に重要な役割を果たすことが知られている。 一般的に、このようなジフェニルプロパン骨格を有するフラボノイド類は、抗癌作用、抗酸化作用および抗炎症作用、抗アレルギー作用などの効能を有することも知られている。
【0009】
【化1】

【0010】
【化2】

【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本願発明者らは、ヒアルロン酸をより効果的に生体内に供給することができる方法について鋭意研究した結果、抗癌作用、抗酸化作用および抗炎症作用、抗アレルギー作用などを奏することが知られているフラボノイド類に属するケンペロールとケルセチンが、上記した公知の効能のみならず、ヒト細胞でのヒアルロン酸合成酵素をコードする遺伝子の発現を増大させ、その結果、生体内のヒアルロン酸の生成を促進する効能を奏することを見出したのである。
【0012】
換言すれば、ケンペロールとケルセチンで、ヒト表皮の皮膚細胞株を処理すると、細胞によるヒアルロン酸の生成が促進され、生体内のヒアルロン酸の量が増大するため、ヒアルロン酸を利用する各種の用途、例えば、皮膚の弾力性の増大や、皮膚の乾燥防止、または皮膚の老化防止などの皮膚の改善、または、変形性関節症の治療または予防のような医薬用途にも利用できることを見出して、本願発明を完成するに至ったのである。
【0013】
したがって、本願発明の目的は、ケンペロールおよびケルセチンを有効成分として含むヒアルロン酸の生成を促進する組成物を提供することにある。
【0014】
本願発明のその他の目的は、上記したヒアルロン酸の生成を促進する組成物のヒアルロン酸合成酵素の効能を利用する様々な用途、例えば、皮膚の弾力性の増大や、肌の乾燥防止、または、皮膚の老化防止などの皮膚の改善、または、変形性関節症の治療または予防のような医薬用途でのケンペロールとケルセチンの利用可能性を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記した目的を達成するために、本願発明は、ケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含むヒアルロン酸の生成を促進する組成物を提供する。
【0016】
ヒアルロン酸の生成を促進する上記組成物は、ヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子の発現を増大させて、ヒアルロン酸の生成を促進する。
【0017】
加えて、本願発明のある実施態様によれば、ヒアルロン酸の生成を促進する上記組成物は、皮膚の弾力を増大させるための化粧用組成物である。
【0018】
さらに、本願発明のある実施態様によれば、ヒアルロン酸の生成を促進する上記組成物は、皮膚の乾燥を防止するための化粧用組成物である。
【0019】
加えて、本願発明のある実施態様によれば、ヒアルロン酸の生成を促進する上記組成物は、皮膚の老化を防止するための化粧品組成物である。
【0020】
また、本願発明のある実施態様によれば、ヒアルロン酸の生成を促進する上記組成物は、変形性関節症を治療または予防するための薬学的組成物である。
【0021】
加えて、本願発明のある実施態様によれば、ヒアルロン酸の生成を促進する上記組成物は、好ましくは、上記組成物の総重量の0.001〜99.9重量%の量のケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む。 これはすなわち、前記成分が、0.001重量%未満の濃度では、所定の効果の獲得が難しく、また、99.9重量%を超える濃度では、製剤の安定性に問題を招きかねず、また、不純物の存在によって、99.9重量%を超えることができないことによる。
【発明の効果】
【0022】
フラボノイド類であるケンペロールとケルセチンは、ヒト表皮の皮膚細胞株に存在するヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子の発現を増大させて、ヒト細胞におけるヒアルロン酸の生成を促進する性質があるため、本願発明によるケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む組成物は、ヒアルロン酸の生成を促進する組成物であって、皮膚の弾力性の増大や、皮膚の乾燥防止、または、皮膚の老化を防止するための化粧品組成物として、または、変形性関節症の治療または予防のための薬学的組成物として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本願発明によれば、フラボノイド類であるケンペロールおよびケルセチンのヒアルロン酸の生成を促進する効果を確認するために、ケンペロールおよびケルセチンで、ヒト表皮の皮膚細胞株、すなわち、角質形成細胞株であるHaCaT細胞を処理することで、ヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子の発現が増大し、そして、ヒアルロン酸の生成が増大することを確認した。 すなわち、ケンペロールおよびケルセチンで24時間処理したヒト表皮の皮膚細胞株であるHaCaT細胞は、非処理の細胞と比較して、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子の発現が増大することを確認した。 換言すれば、ケンペロールおよびケルセチンは、ヒト表皮の皮膚細胞内のヒアルロン酸合成酵素遺伝子の発現を促進する効能を奏する。 同時に、ヒト表皮の皮膚細胞株におけるヒアルロン酸の量が、ケンペロールおよびケルセチンで処理することによって、増大することを確認した。
【0024】
したがって、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子の発現を増大させ、ヒアルロン酸の生成を促進する性質を有するケンペロールおよびケルセチンは、ヒアルロン酸の有用性を利用する各種の皮膚外用剤の有効成分として用いることができる。 例えば、皮膚の弾力性の増大や、皮膚の乾燥防止、または、皮膚の老化防止を目的とする化粧品組成物に添加することができる。
【0025】
例えば、変形性関節症のような疾病を治療または予防するための薬学的組成物にも、ヒアルロン酸を添加することができる。 しかしながら、必ずしもこれらに限定されるものではない。
【0026】
本願発明によるケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む化粧品組成物は、上記した成分の他にも、本願発明の目的とする主要な効果を損なわない範囲内であれば、好ましくは、主要な効果に相乗効果を付与しえるその他の成分を取り入れることができる。
【0027】
加えて、上記した化粧品組成物は、溶液、エマルジョン、粘性混合物などの形態にすることができる。
【0028】
本願発明の化粧品組成物は、その剤形は、特に限定されないが、例えば、乳液、化粧水、クリーム、ローション、エッセンス、パック、ゲルのような皮膚粘着型の化粧品、パウダー、リップスティック、メーキャップベース、ファウンデーションのような形態の化粧品、シャンプー、リンス、ボディークレンザー、美容液、クレンジングフォーム、クレンジングクリーム、クレンジングウォーター、石鹸のような洗浄用化粧品の形態とすることができる。
【0029】
各形態の化粧品組成物において、ケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つ以外の成分を、その他の化粧料の形態または使用目的に応じて、当業者であれば容易に選択して利用することができる。
【0030】
また、本願発明の化粧品組成物は、水溶性ビタミン、油溶性ビタミン、高分子ペプチド、高分子多糖、スフィンゴ脂質、および、海草エキスからなるグループから選択された組成物を含むことができる。
【0031】
本願発明の化粧品組成物に対して、上記した必須成分と共に、必要に応じて通常の化粧料に配合されるその他の成分を配合してもよい。
【0032】
添加可能なその他の成分としては、油脂成分、保湿剤、エモリエント剤、界面活性剤、有機顔料および無機顔料、有機粉体、紫外線吸収剤、防腐剤、殺菌剤、酸化防止剤、植物抽出物、pH調整剤、アルコール、色素、香料、血行促進剤、冷感剤、制汗剤、精製水などがる。
【0033】
なお、添加可能なその他の成分は、これらに限定されるものではなく、また、上記したいずれの成分も、本願発明の目的および効果を損なわない範囲内で配合可能であるが、組成物の総重量に対して、好ましくは、0.01〜5重量%、より好ましくは、0.01〜3重量%の量で配合される。
【0034】
ケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む本願発明の薬学的組成物に、薬学的組成物の製造において普段利用されている適切な担体、賦形剤および希釈剤をさらに配合することができる。
【0035】
ケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む本願発明の薬学的組成物は、これらを薬学的に許容可能な塩の形態で用いてもよく、また、単独で、あるいは、その他の薬学的活性化合物と組み合わせて用いてもよい。
【0036】
ケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む本願発明の薬学的組成物は、通常の方法に従って、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、懸濁液、エマルジョン、シロップ、エアロゾルなどの経口投与剤や、ローション、軟膏、ゲル、クリーム、パッチ、噴霧剤のような経皮投与剤などの、製剤上好適な形態で調製することができる。
【0037】
本願発明の薬学的組成物の好ましい投与量は、年齢、性別、体重、症状、疾病の程度、薬物形態、投与経路、および投与期間によって異なるが、当業者であれば適宜選択することができる。 しかし、所望の効果を獲得するためには、本願発明の薬学的組成物を、0.01〜1,000mg/日の量で投与することが好ましい。 投与は、1日1回で行ってもよいが、数回に分けて行ってもよい。 また、その投与量は、年齢、性別、体重、疾病の程度、投与経路などに応じて加減することができる。 したがって、上記した投与量は、本願発明の範囲の限定を意図するものではない。
【0038】
本願発明のケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つは、ラット、マウス、家畜、ヒトなどの哺乳動物に対して、非経口投与や経口投与などの様々な経路から投与することができ、すべての投与形式が想定可能である。 例えば、経口、直腸または静脈、筋肉、皮下、子宮内硬膜または脳血管内注射を介して投与することができる。
【実施例】
【0039】
本願発明を、以下の試験例に沿って詳細に説明するが、本願発明が、これらの試験例に基づいて限定的に解釈されるべきものではない。
【0040】
試験例1;ヒト表皮の皮膚細胞株HaCaTにおけるヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子の発現を増大する効果
ケンペロールおよびケルセチンによって、ヒト表皮の皮膚細胞株HaCaTにおけるヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子の発現が増大する効果を確認するために、HaCaT細胞を、所定濃度のケンペロールおよびケルセチンで処理した後に、ヒアルロン酸合成酵素の遺伝子発現を、mRNAレベルで確認するために、ヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子を定量的逆転写PCRに付して、ケンペロールおよびケルセチンによるヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子の変化を、以下のように確認した。
【0041】
1-1.細胞培養
N.E. Fusenig博士(Deutsches Krebsforschungszentrum(DKFZ)、ハイデルベルグ、ドイツ)から得た自然発生的に不死化したヒトケラチノサイト細胞株HaCaTを用いた。
【0042】
まず、これら細胞を、10%ウシ胎児血清(HyClone社)、重炭酸ナトリウム3.6g/lおよび抗体(ストレプトマイシン100μgおよびペニシリン100IU/l)(Life Technologies社)を含むダルベッコの修飾イーグル培地(DMEM)において、適切な培養条件(37℃、5%CO2、95%空気)下で培養した。 この培地を、3日おきに新鮮な培地と交換し、そして、細胞の密度が最高値に達すると、1:5の分割比で、2次培養した。 ケンペロールまたはケルセチンで処理する72時間前に、組職培養フラスコ75cm2当たりに1×105個の細胞を分注し、10%ウシ胎児血清を含む培地にて、48時間培養を行った。 その後、無血清培地で、24時間培養し、0.1μM、1μM、10μMの濃度のケンペロールおよびケルセチンで処理して、24時間培養を行った。 対照群は、1:1,000に希釈され、媒体(ジメチルスルホキシド、DMSO)が補充された培地で培養した。 このような対照群の培養では、成長および分化に及ぼすDMSOの影響は、何も観察されなかった。
【0043】
1-2.RNAの調製
試験例1-1において培養したHaCaT細胞を、リン酸緩衝溶液(Life Technologies社)で2回洗浄し、すべての細胞のRNAを、製造メーカの指示に従ってトリゾール試薬(GibcoBRL Life Technologies社、グランドアイランド、ニューヨーク州)を用いて、分離を行った。 RNA濃度を、光度測定法で測定し、RNAを、アガロース・ゲル電気泳動で定性分析した。
【0044】
1-3.PCRによってヒアルロン酸合成酵素のmRNA合成に及ぼす影響の検定
定量的な逆転写PCRによって、ケンペロールおよびケルセチンが、3種のヒアルロン酸合成酵素のイソフォームであるヒアルロナン合成酵素1(HAS1)、ヒアルロナン合成酵素2(HAS2)、および、ヒアルロナン合成酵素3(HAS3)のmRNA合成に及ぼす影響を、以下のようにして検定した。
【0045】
まず、試験例1-2で製造して定量を行ったRNAを逆転写し、次いで、3種のヒアルロン酸合成酵素のイソフォームであるHAS1、HAS2およびHAS3に対して特異的プライマーの存在下で、各々の定量的なPCRを施した。 具体的には、4μgのRNAを、M-MuLV逆転写ポリメラーゼ(20U/μl、MBI Fermentas社)1μL、RNAse抑制剤(20U/μl)1μl、5×反応緩衝溶液4μl、10mM dNTPミックス2μl、オリゴ(dT)プライマー(0.5μg/μl)1μlを含む反応混合物2μlにおいて逆転写に付した(MBI Fermentas社の第一鎖cDNA合成キット#1612を用いて製造業者の指示に従って実施した)。 最初のRNAとオリゴ(dT)プライマーとDEPC-H2Oを混合して、総量を11μlにし、このものを、70℃で、5分間反応させてから氷中に入れる。 その後、5×反応緩衝溶液、RNAse抑制剤、dNTPを入れて、37℃で、5分間反応させた後、M-MuLVを入れ、再び、37℃で、60分間反応させて、逆転写を進める。 その後、70℃で、10分間加熱して逆転写酵素の活性を解消した。 次いで、上記した反応混合物の3μlを回収して、PCR反応に供した。 各々のPCRは、TaKaRa Ex Tag DNAポリメラーゼ(5U/μl、TaKaRa)、10×EX Tag緩衝溶液、MgCl2、dNTP混合物、および25pMの適切なセンスまたはアンチセンスPCRプライマー(下記の表1を参照されたい)を含む反応混合物20μlにおいて、Perkin-Elmer Cycler 9600(Perkin-Elmer Applied Biosystems社、フォスター、カリフォルニア州)を用いて行った。
【0046】
【表1】

PCR反応条件は、次の通りである。 94℃で、5分間、1回の変性サイクルを経た後に、94℃で、1分間、55℃で、1分間、および、72℃で、1分30秒間のサイクルを、30回繰り返した。 PCRの結果は、アガロースゲル電気泳動を行い、そして、エチジウムブロマイドで染色して観察した結果として、図1および図2に示した。 この際に、GAPDHを増幅した結果を、標準化のための基準とした。
【0047】
その結果、図1および図2に示すように、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子の内、HAS2において、対照群とケンペロールまたはケルセチン処理群の両方において発現が認められた。 また、HAS3にあっては、対照群では、ごく少量が検出されたものの、1μMと10μMの濃度のケンペロールまたはケルセチンで処理したHaCaT細胞では、対照群に比べて多少の増大が認められた。
【0048】
試験例2:ヒト表皮の皮膚細胞株HaCaT培養培地におけるヒアルロン酸の増大
ケンペロールおよびケルセチンによって、実際にヒアルロン酸の生成が促進されるかどうかを確認するために、ヒト表皮の皮膚細胞株HaCaT培養培地を、所定濃度のケンペロールおよびケルセチンで処理した後に、ヒアルロン酸合成を促進する培地に排出される量を、HA-ELISAキットを用いて確認し、また定量を行った。
【0049】
具体的には、ヒト表皮の皮膚細胞株HaCaTを、試験例1-1の細胞培養方法に従って培養を実施した後に、ケンペロールおよびケルセチンによって合成が促進され培地に分泌されたヒアルロン酸の量を確認するために、培地を回収して、ELISA(酵素免疫測定法)を実施した。 ELISAを実施するために、エシェロン社のヒアルロナン酵素-結合免疫吸着剤分析キット(HA-ELISA、製品番号:K-1200)を購入した。 上記した細胞培養によって回収された培地を、HA-ELISAキットを利用して、製造業者の指示に従って分析を行い、ケンペロールおよびケルセチンによってHaCaT細胞において合成されて、培地に排出されたヒアルロン酸の合成量を定量した。 対照群は、1:1,000で希釈し、媒体(ジメチルスルホキシド、DMSO)が補充された培地で培養を行ったが、これら対照群の培養では、成長および分化に関するDMSOによる影響は何も観察されなかった。 なお、その結果を、図3に示した。
【0050】
その結果、図3に示すように、ケンペロールの場合は、1μMと10μMのそれぞれにおいて、対照群に比べて95%の信頼度にて、統計的に有意な7%と8%の合成能の増大が認められた。 ケルセチンの場合は、1μMと10μMのそれぞれにおいて、対照群に比べて95%の信頼度にて、統計的に有意な11%と24%の合成能の増大が認められた。
【0051】
試験例3:ヒト表皮の皮膚細胞株HaCaTにおける所定濃度のケンペロールおよびケルセチンによる細胞毒性の確認
ヒト表皮の皮膚細胞株HaCaTにおけるケンペロールおよびケルセチンの濃度毎の細胞毒性を確認するために、HaCaT細胞を、所定濃度のケンペロールおよびケルセチンで処理した後に、細胞毒性をMTTアッセイによって定量を行って確認した。
【0052】
3-1.細胞培養
N.E. Fusenig博士(Deutsches Krebsforschungszentrum(DKFZ)、ハイデルベルグ、ドイツ)から得た自然発生的に不死化したヒトケラチノサイト細胞株HaCaTを用いた。 これら細胞を、10%ウシ胎児血清(HyClone社)、重炭酸ナトリウム3.6g/lおよび抗体(ストレプトマイシン100μgおよびペニシリン100IU/l)(Life Technologies社)を含むダルベッコの修飾イーグル培地(DMEM)において、適切な培養条件(37℃、5%CO2、95%空気)下で培養した。 この培地を、3日おきに新鮮な培地と交換し、そして、細胞の密度が最高値に達すると、1:5の分割比で、2次培養した。 ケンペロールまたはケルセチンで処理する72時間前に、組織培養フラスコ96ウェルプレートの各ウェルに1×104個の細胞を分注し、10%ウシ胎児血清を含む培地にて、48時間培養を行った。 その後、無血清培地で、24時間培養し、0.1μM、1μM、10μMの濃度のケンペロールおよびケルセチンで処理して、24時間培養を行った。 対照群は、1:1,000に希釈され、媒体(ジメチルスルホキシド、DMSO)が補充された培地で培養した。
【0053】
3-2.MTTアッセイ
試験例3-1で培養した細胞を、リン酸緩衝溶液で洗浄した後に、製造業者の指示に従って、MTT[臭化 3,(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)2,5-ジフェニルテトラゾリウム]アッセイを行い、その結果を図4に示した。
【0054】
その結果、図4に示すように、対照群の培養にあっては、成長および分化に及ぼすDMSO影響は何も観察されなかった。 ケンペロールおよびケルセチンの場合についても、対照群と比較して、95%の信頼度にて、統計的に有意なヒアルロン酸の合成評価濃度である0.1μMと1μM、10μMにおいて、細胞毒性が認められなかった。
【0055】
参考例1:統計分析
試験例1〜3のデータ分析で用いた対応標本t-検定は、SigmaStat(SPSS社、シカゴ、イリノイ州)を用いて実施した。 有意性は、p=0.05を基準として考慮され、データは、平均±標準誤差で示した。
【0056】
上記した結果から、ケンペロールおよびケルセチンで、ヒト表皮の皮膚細胞株を処理することで、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子の発現が増大し、結果として、ヒアルロン酸の生成が促進されることを確認することができた。
【0057】
以下に、上記した組成物を利用した製剤の例を説明するが、本願発明が、これら製剤例の開示に基づいて限定的に解釈されるべきではなく、これらは、単に例示的なものに過ぎないことを留意されたい。
【0058】
製剤例1:石 鹸
ケンペロール 1.00(%)
油 脂 適 量
水酸化ナトリウム 適 量
塩化ナトリウム 適 量
香 料 少 量
精製水を添加して、総量を100とし、上記配合比にて石鹸を調製した。
【0059】
製剤例2:ローション
ケルセチン 3.00(%)
L-アスコルビン酸-2-リン酸マグネシウム塩 1.00
水溶性コラーゲン(1%水溶液) 1.00
クエン酸ナトリウム 0.10
クエン酸 0.05
甘草エキス 0.20
1,3-ブチレングリコール 3.00
精製水を添加して、総量を100とし、上記配合比(%)にてローションを製造した。
【0060】
製剤例3:クリーム
ケンペロールおよびケルセチン 1.00(%)
モノステアリン酸ポリエチレングリコール 2.00
自己乳化型モノステアリン酸グリセリン 5.00
セチルアルコール 4.00
スクアレン 6.00
トリ2-エチルヘキサン酸グリセリル 6.00
スフィンゴ糖脂質 1.00
1.3-ブチレングリコール 7.00
精製水を添加して、総量を100とし、上記配合比(%)にてクリームを調製した。
【0061】
製剤例4:パック
ケンペロール 2.00(%)
ポリビニールアルコール 13.00
L-アスコルビン酸-2-リン酸マグネシウム塩 1.00
ラウロイルヒドロキシプロリン 1.00
水溶性コラーゲン(1%水溶液) 2.00
1,3-ブチレングリコール 3.00
エタノール 5.00
精製水を添加して、総量を100とし、上記配合比(%)にてパックを調製した。
【0062】
製剤例5:美容液
ケルセチン 2.00(%)
ヒドロキシエチレンセルロース(2%水溶液) 12.00
キサンタンゴム(2%水溶液) 2.00
1,3-ブチレングリコール 6.00
濃グリセリン 4.00
ヒアルロン酸ナトリウム(1%水溶液) 5.00
精製水を添加して、総量を100とし、上記配合比(%)にて美容液を調製した。
【0063】
製剤例6:散 剤
ケンペロール 100mg
乳 糖 100mg
タルク 10mg
上記成分を混合し、気密パックに充填して散剤を調製した。
【0064】
製剤例7:錠 剤
ケルセチン 50mg
トウモロコシ澱粉 100mg
乳 糖 100mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
上記成分を混合した後、通常の錠剤の調製方法に従って打錠して、錠剤を調製した。
【0065】
製剤例8:カプセル剤
ケンペロールおよびケルセチン 50mg
トウモロコシ澱粉 100mg
乳 糖 100mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
通常のカプセル剤の調製方法に従って上記成分を混合し、そして、ゼラチンカプセルに充填してカプセル剤を調製した。
【0066】
製剤例9:注射剤
ケンペロールおよびケルセチン 50mg
注射用滅菌蒸溜水 適 量
pH調整剤 適 量
通常の注射剤の調製方法に従って、1アンプル(2ml)当たりに、上記成分含有量になるように調製した。
【0067】
製剤例10:液 剤
ケルセチン 100mg
異性化糖 10g
マンニトル 5g
精製水 適 量
通常の液剤の調製方法に従って、精製水に各々の成分を添加して溶解させ、レモン香料を適量加えてから、上記成分を混合する。 その後、精製水を加えて総量100mlに調整した後に、それらを、褐色瓶に充填して滅菌させて、液剤を調製した。
【産業上の利用可能性】
【0068】
フラボノイド類に属するケンペロールおよびケルセチンは、ヒト表皮の皮膚細胞株に存在するヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子の発現を増大させ、ヒト細胞においてヒアルロン酸の生成を促進する性質を有している。 したがって、本願発明によるケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む組成物は、ヒアルロン酸の生成を促進する組成物であって、皮膚の弾力性の増大や、皮膚の乾燥防止または皮膚の老化防止のための化粧品組成物、または、変形性関節症の治療または予防のための薬学的組成物として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】ケンペロールによるヒアルロン酸合成酵素の発現をmRNAレベルで確認するために、ヒト表皮の皮膚細胞株、すなわち、角質形成細胞株HaCaT細胞にケンペロールを所定濃度で処理した後に、ヒアルロン酸合成酵素(HAS)の遺伝子を定量的逆転写PCRで定量した結果を示す図である。
【図2】ケルセチンによるヒアルロン酸合成酵素の発現をmRNAレベルで確認するために、ヒト表皮の皮膚細胞株、すなわち、角質形成細胞株HaCaT細胞にケルセチンを所定濃度で処理した後に、ヒアルロン酸合成酵素(HAS)の遺伝子を定量的逆転写PCRで定量した結果を示す図である。
【図3】ケンペロールおよびケルセチンによるヒアルロン酸の生成を促進する性質を確認するために、ケンペロールおよびケルセチンで、ヒト表皮の皮膚細胞株、すなわち、角質形成細胞株HaCaT細胞を、それぞれ0.1μM、1μM、10μMの濃度で処理した後、ヒアルロン酸生成の増大をELISA(酵素免疫定量法)で確認して、それを定量した結果を示す図である。
【図4】ケンペロールおよびケルセチンの細胞毒性を確認するために、ケンペロールおよびケルセチンで、ヒト表皮の皮膚細胞株、すなわち、角質形成細胞株HaCaT細胞を、それぞれ 0.1μM、1μM、10μMの濃度で処理した後、MTT[臭化 3,(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)2,5-ジフェニルテトラゾリウム]アッセイを用いて、これら濃度での細胞毒性に及ぼす影響を確認して、それを定量した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む、ヒアルロン酸の生成を促進するための組成物。
【請求項2】
ヒアルロン酸合成酵素(HAS)遺伝子の発現を増大させて、ヒアルロン酸の生成を促進する請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
皮膚の弾力を増大させるための化粧用組成物である請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
皮膚の乾燥を防止するための化粧用組成物である請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
皮膚の老化を防止するための組成物である請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
変形性関節症を治療または予防するための薬学的組成物である請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
前記組成物の総重量の0.001〜99.9重量%の量のケンペロールおよびケルセチンの少なくとも一つを含む請求項1に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2010−500282(P2010−500282A)
【公表日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−549230(P2007−549230)
【出願日】平成17年5月30日(2005.5.30)
【国際出願番号】PCT/KR2005/001592
【国際公開番号】WO2006/070978
【国際公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【出願人】(505118718)アモーレパシフィック コーポレイション (21)
【氏名又は名称原語表記】AMOREPACIFIC CORPORATION
【Fターム(参考)】