説明

ケーブルへの張力導入方法

【課題】多数のストランドを束ねてなるケーブルに張力を導入するに際し、各ストランドの張力を均等にする。
【解決手段】マスターストランドに設定張力を導入して仮定着した後、2本目以降のストランドの緊張に際してはその時点でのマスターストランドの張力をそのつど計測してその計測値相当の張力を各ストランドへの導入張力として設定し、各ストランドに設定張力を順次導入して定着していき、前工程を順次繰り返して最後のストランドを定着した後にマスターストランドを定着する。マスターストランドへの導入張力の設定に際して温度補正を行う。2本目以降のストランドへの導入張力の設定に際してはストランドの自重およびセットロスを見込んだ補正を行う。ケーブルへの張力導入を1次緊張工程と2次緊張工程の2段階に分けて行う場合、少なくとも1次緊張工程を本発明により行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多数のストランドを束ねた構成のケーブルを対象としてそれに張力を導入するための方法、特にたとえば数十本以上ものストランドを束ねた大断面のケーブルを長支間の斜張橋における斜材として架設する際に適用して好適なケーブルへの張力導入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種のケーブルへの張力導入は各ストランドを1本ずつ順次緊張して定着していくことが一般的であるが、その際、各ストランドの張力が最終的に均等になるようにそれぞれのストランドへの導入張力を厳密に管理することが重要であり、そのための手法としてたとえば特許文献1に示される方法が提案されている。
【0003】
これは、まず最初に緊張する1本目のストランド(マスターストランド)を設定張力まで緊張してロードセルを備えた定着具により仮定着する。次いで、2本目のストランドを緊張する際にはマスターストランドの張力は減少していくので、ロードセルを監視して双方の緊張力が均等になるまで2本目のストランドを緊張し、その状態で2本目のストランドを定着する。3本目のストランドの緊張の際にはマスターストランドおよび2本目のストランドの張力が減少していくので、同様にロードセルを監視して3本目のストランドの張力がマスターストランドの張力と均等になるまで緊張する。同様の操作を最後のストランドまで1本ずつ繰り返していき、最後にマスターストランドを緊張調整して定着する。
【特許文献1】米国特許第5083469号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来の手法によれば多数のストランドへの導入張力を最終的にほぼ均等にできるが、各ストランドへの張力導入作業は刻々と減少していくマスターストランドの張力と比較しながら行わねばならず、かつ双方の張力が均等になった時点で確実に緊張を終了しなければならないからそのタイミングを厳密に管理する必要があり、それらを監視し制御するための高度のシステムと装置類を必要とする。
したがって上記従来方法は必ずしも簡易に実施できるものではなく、より簡易に実施し得る有効適切な手法が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、多数のストランドを束ねてなるケーブルを対象として、各ストランドを順次緊張して定着していくことにより該ケーブルに所定張力を導入するためのケーブルへの張力導入方法であって、最初に張力を導入するべきマスターストランドへの導入張力を設定して、該マスターストランドに設定張力を導入して仮定着し、2本目以降のストランドの緊張に際しては、その時点でのマスターストランドの張力をそのつど計測してその計測値相当の張力を各ストランドへの導入張力として設定して、各ストランドにその設定張力を順次導入して定着し、前工程を順次繰り返して最後のストランドを定着した後にマスターストランドを定着することを特徴とする。
【0006】
本発明においては、マスターストランドへの導入張力の設定に際しては、ケーブル全体への張力導入の前後における温度変化を考慮した温度補正を行うことが好適である。
【0007】
また、本発明においては、2本目以降のストランドへの導入張力の設定に際しては、その時点におけるマスターストランドの張力の計測値に対して、ストランドの自重およびストランドを定着する際のセットロスを見込んだ補正を行うことが好適である。
【0008】
さらに、本発明においては、ケーブル全体への張力導入を1次緊張工程と2次緊張工程の2段階に分けて行うとともに、それら1次緊張工程と2次緊張工程の双方あるいは少なくとも1次緊張工程のみを請求項1,2または3記載の方法により実施し、かつ、2次緊張工程の開始時点においてマスターストランドに既に導入されている張力を計測して、その計測値と1次緊張工程においてマスターストランドに最初に導入した張力とを比較することによって張力低下率を求め、その張力低下率に基づいて2次緊張工程におけるマスターストランドへの導入張力の設定を行うことが好適である。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、最初にマスターストランドへの導入張力を設定してその設定張力をマスターストランドに導入した後は、各ストランドを順次緊張していくに際してその時点のマスターストランドの張力をそのつど計測し、その計測値相当の張力を次に緊張するべきストランドへの導入張力として設定して各ストランドを緊張していけば良く、それにより各ストランドへの導入張力を最終的にほぼ均等な目標値とすることができる。
したがって本発明によれば、各ストランドへの導入張力を厳密に合致させるための高度の張力管理や、緊張終了のタイミングを厳密に管理するための複雑な制御を必要とせず、張力を管理し制御するためのシステムの簡略化が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
「第1実施形態」
図1〜図2を参照して本発明の基本的な第1実施形態を説明する。
ケーブル全体に最終的に導入するべき張力がPであり、ケーブルを構成するストランドがn本である場合、理論的には各ストランドに導入するべき張力Tは T=P/n であるが、各ストランドを1本ずつ順次緊張していく場合には後続のストランドの緊張に伴って先行して緊張したストランドの張力は漸次低下していくから、各ストランドを緊張する時点ではその導入張力を後段での張力低下を見越して予め大きく設定する必要がある。
すなわち、先行ストランドを所定張力となるように緊張して定着した後に後続ストランドを緊張すると、ケーブルを架設している構造体相互間の距離が弾性変形により縮んで先行ストランドが緩んで張力が低下し、また後続ストランドの緊張によりケーブル全体の撓み(ザグ)が減少することに起因して先行ストランドが緩んで張力が低下するから、仮に前者による張力低下分をaとし、後者による張力低下分をbとすると、ストランドに導入するべき張力Tはそれらの低下分を見越して T=P/n+a+b として設定する必要がある。
【0011】
そこで、本実施形態では、最初に緊張する1本目のストランド(マスターストランド)への導入張力T1を、上記のような張力低下分a,bを見越して T1=P/n+a+b として設定する。また、マスターストランドには導入された張力を計測するためのロードセルをセットしておく。
【0012】
マスターストランドを緊張してその設定張力T1を導入したらそれを仮定着し、次いで2本目のストランドを緊張するが、その2本目のストランドへの導入張力の設定はその時点でマスターストランドに導入されている張力T1に基づいて行い、実質的にそれと同等とする。そのためには、2本目のストランドの緊張に先だってマスターストランドに実際に導入されている張力をロードセルにより計測し、その計測値を2本目のストランドの導入張力として設定すれば良い。
そして、図1に示すように2本目のストランドにマスターストランドと同様に張力T1を導入し、その状態で2本目のストランドを定着すればマスターストランドの張力は低下し(低下後の張力をT2とする)、したがってこの時点ではマスターストランドと2本目のストランドの張力に誤差が生じるが、この時点では特に支障はない。
【0013】
次に3本目のストランドを緊張するが、その3本目のストランドへの導入張力の設定はその時点でのマスターストランドの張力T2に基づいて行い、基本的にはそれと同等とする。つまり、その時点でのマスターストランドの張力T2をロードセルにて再計測し、その計測値を3本目のストランドへの導入張力として設定し、3本目のストランドに張力T2を導入して定着する。
これに伴い、マスターストランドの張力はさらに低下し(低下後の張力をT3とする)、また2本目のストランドの張力も低下する。
【0014】
以降は、同様の手順を最後(n本目)のストランドまで繰り返す。つまり、N本目のストランドの緊張に際してはその時点でのマスターストランドの張力をロードセルにて計測し、その計測値をN本目のストランドに対する導入張力として設定し、N本目のストランドにその設定張力を導入して定着すれば良い。それに伴い、先行して緊張した各ストランドの張力はいずれも漸次低下していき、かつ各ストランド間の張力誤差は次第に小さくなっていく。
【0015】
以上のようにして最後のストランドまで張力を導入した後、マスターストランドを本定着する。これにより、各ストランドの張力はいずれも自ずと目標値T=P/n に収斂してそれらの間の誤差は殆どなくなり、それらの総和としてケーブル全体に所望の張力Pを導入することができる。
図2は上記工程におけるマスターストランドの張力の変動状態、つまり最初に張力T1を導入してから最後のストランドを緊張した時点での張力Tnがほぼ目標値T=P/nに達するまでの張力の低下の状況を示す。この図に示されるように、初期段階ではケーブル全体のザグによる張力ロスが大きいために張力低下の度合いが大きいが、次第にザグの影響は小さくなって構造体の弾性変形のみの影響により線形に低下するような挙動となる。
なお、各ストランドに最終的に導入された張力と目標値との誤差は5%程度以内とすることが好ましい。
【0016】
以上のように、本実施形態の方法によれば、マスターストランドに設定張力T1を導入した後は、各ストランドを順次緊張していくに際して各ストランドをその時点のマスターストランドの張力まで緊張すれば良く、そのためにはマスターストランドの張力をそのつどロードセルにて計測してその計測値を次に緊張するべきストランドへの導入張力として設定すれば良く、それによって最終的に各ストランドへの導入張力を自ずとほぼ均等な目標値とすることができる。
したがって本実施形態の方法によれば、特許文献1に示される従来の手法のように各ストランドへの導入張力を厳密に合致させるための高度の張力管理や、緊張終了のタイミングを厳密に管理するための複雑な制御を必要とせず、張力を管理し制御するためのシステムの簡略化も可能である。
【0017】
なお、各ストランドへの導入張力の設定は実質的にその時点のマスターストランドの張力(具体的にはロードセルによる計測値)と同等とすることで通常は充分であるが、必要に応じて設定値に適宜の補正を加えても勿論良い。
たとえば、各ストランドを定着する際には若干の張力低下(セットロス)が生じることが不可避であるので、導入張力の設定にはそのセットロス分を見込むことが好ましい。
また、張力を導入するべきケーブルを斜張橋における斜材として主塔と橋桁との間に傾斜状態で架設する場合には、ロードセルは主塔側に設置し、張力導入は橋桁側から行うことが一般的であり、その場合にはケーブルの自重によりロードセルの計測値に対して誤差が生じるので、それに対する補正も考慮することが好ましい。
そのような補正を行う場合の具体例としては、セットロスに対する補正値をcとし、ケーブル自重による上下端での張力比をγとした場合、任意のストランドに対する設定張力TNはその時点のロードセル値TLを基準として TN=TL×γ+c として設定すれば良い。
【0018】
「第2実施形態」
次に、図3〜図4を参照して第2実施形態を説明する。これは、ケーブル全体への張力導入を1次緊張工程と2次緊張工程の2段階に分けて行い、最終的に導入するべき張力Pの大半(たとえば70%)を1次緊張工程において導入し、残余を2次緊張工程でさらに導入する場合の適用例であって、それら1次緊張工程と2次緊張工程の双方をそれぞれ上記第1実施形態と同様にして行うようにしたものである。
併せて、本第2実施形態では緊張前後の温度変化の影響を考慮し、さらに2次緊張工程におけるマスターストランドへの導入張力の設定に際してはこのケーブルを架設する構造物の剛性も考慮した張力低下率を用いるようにしている。
【0019】
本第2実施形態では、最終的にケーブル全体に導入するべき張力Pに対し、まず1次緊張工程によりその70%の1次張力P1(P1=0.7P)を導入することを基本とする。
また、1次緊張工程においては、設計基準温度と実際の気温との温度差の影響による誤差を補正するべく、マスターストランドへの導入張力の設定に際して温度補正値ΔPeを考慮し、1次緊張工程においてケーブル全体に実際に導入するべき1次張力P’を
P1’=P1+ΔPe=0.7P+ΔPe とする。したがって、1次緊張工程において各ストランドに導入するべき張力の目標値Tは T=P1’/n となる。
ここで、温度補正値ΔPeは、斜張橋における斜材としてのケーブルの場合には、全体温度の影響のみならずケーブルや床版、主塔の温度に対する影響も考慮して予め設定されるものである。
そして、第1実施形態の場合と同様に、1次緊張工程において最初に緊張するべきマスターストランドへの導入張力の設定値T11は、目標値 T=P1’/n に対し、後続のストランドを緊張することに伴う張力低下分(構造体の弾性変形による影響分aと、ケーブルのザグの減少による影響分b)を見越して T11=P1’/n+a+b とする。
【0020】
図3は1次緊張工程を上記の第1実施形態と同様の工程により行った場合のマスターストランドの張力の変動状態を示すものであり、マスターストランドに当初に導入した張力T11が漸次低下していき、最後のストランドを緊張した時点での張力T1nは自ずとほぼ目標値 P1’/n になり、全てのストランドの張力もほぼその目標値に収斂する。
但し、1次緊張工程は1日がかりの作業となることが通常であって2次緊張工程は翌日以降の作業となることが通常であるから、主としてその間の温度変化に起因して各ストランドに導入された張力T1nは2次緊張工程を開始する時点までに若干変動する場合がある(図3ではその変動後の張力をT1n’として示している)。
【0021】
以上で1次緊張工程が終了したので、引き続き2次緊張工程に移行する。2次緊張工程においても、図4に示すように最終的にケーブル全体に導入するべき張力P2’を温度補正を考慮して P2’=P+ΔPe となるようにし、したがって各ストランドに最終的に導入するべき張力の目標値は T=P2’/n となる。
【0022】
また、2次緊張工程の実施に際しては、図3に示したような1次緊張工程全体におけるマスターストランドの張力変動の状況から、このケーブルが架設される構造物の実際の剛性を考慮した張力低下率ωを求め、その張力低下率ωに基づいて2次緊張工程の開始時点でマスターストランドに導入するべき張力T21の設定を行う。
すなわち、ケーブルを緊張することに伴う張力低下率ωは構造計算により算出できるのであるが、実際の構造物の剛性と構造計算上の剛性とは多少なりとも誤差が生じるので、その誤差に基づいて張力低下率の算定精度は必ずしも高くはないことが通常であることから、本実施形態ではそのための補正を行うこととする。
具体的には、1次緊張工程の開始時点でマスターストランドに導入した張力T11(図3にAとして示す)と、2次緊張工程の開始時点においてマスターストランドに実際に導入されている張力T1n’(同、Bとして示す)との比 ω=B/A を構造物の実際の剛性を加味した張力低下率として、そのωを用いて2次緊張工程において導入するべき張力T21を次のように決定する。
T21={P2’/n−B}/ω+B
【0023】
そして、図4に示すようにマスターストランドを緊張して上記の設定値T21を導入した後、1次緊張工程と同様にして各ストランドを順次緊張していくことにより、最終的には全てのストランドの張力を目標値 T=P2’/nにほぼ収斂させることができる。
【0024】
なお、本第2実施形態においても、第1実施形態と同様に、各ストランドの緊張に際してはその導入張力をその時点でのマスターストランドの張力(ロードセルによる計測値)に基づいて設定すれば良く、実質的にその時点のロードセル値を次のストランドの緊張の際の設定張力とすれば良いが、必要に応じて第1実施形態の場合と同様にセットロスやケーブル自重に対する補正を行えば良い。
また、上記のように1次緊張工程と2次緊張工程の双方を第1実施形態と同様の工程で行う(つまり本発明方法を1次緊張工程と2次緊張工程として2回繰り返して実施する)ことでも良いが、本発明方法により1次緊張工程を実施することで各ストランドの張力を充分に均等にできることから、2次緊張工程においては各ストランドを一律に緊張することでも良い。つまり、本発明方法を1次緊張工程に適用するに留めて、2次緊張工程は任意の工程により実施することでも良い。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の張力導入方法の基本的な実施形態を示すもので、各ストランドへの導入張力の設定手法と、各ストランドの緊張に伴う張力の変動状況を示す説明図である。
【図2】同、張力導入の開始から終了までの間のマスターストランドの張力の変動状況を示す図である。
【図3】本発明の張力導入方法により1次緊張工程と2次緊張工程を実施する場合の実施形態を示すものであって、1次緊張工程の開始から終了までの間のマスターストランドの張力の変動状況を示す説明図である。
【図4】同、2次緊張工程の開始から終了までの間のマスターストランドの張力の変動状況を示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数のストランドを束ねてなるケーブルを対象として、各ストランドを順次緊張して定着していくことにより該ケーブルに所定張力を導入するためのケーブルへの張力導入方法であって、
最初に張力を導入するべきマスターストランドへの導入張力を設定して、該マスターストランドに設定張力を導入して仮定着し、
2本目以降のストランドの緊張に際しては、その時点でのマスターストランドの張力をそのつど計測してその計測値相当の張力を各ストランドへの導入張力として設定して、各ストランドにその設定張力を順次導入して定着し、
前工程を順次繰り返して最後のストランドを定着した後にマスターストランドを定着することを特徴とするケーブルへの張力導入方法。
【請求項2】
請求項1記載のケーブルへの張力導入方法であって、
マスターストランドへの導入張力の設定に際しては、ケーブル全体への張力導入の前後における温度変化を考慮した温度補正を行うことを特徴とするケーブルへの張力導入方法。
【請求項3】
請求項1または2記載のケーブルへの張力導入方法であって、
2本目以降のストランドへの導入張力の設定に際しては、その時点におけるマスターストランドの張力の計測値に対して、ストランドの自重およびストランドを定着する際のセットロスを見込んだ補正を行うことを特徴とするケーブルへの張力導入方法。
【請求項4】
ケーブル全体への張力導入を1次緊張工程と2次緊張工程の2段階に分けて行うとともに、それら1次緊張工程と2次緊張工程の双方あるいは少なくとも1次緊張工程のみを請求項1,2または3記載の方法により実施し、
かつ、2次緊張工程の開始時点においてマスターストランドに既に導入されている張力を計測して、その計測値と1次緊張工程においてマスターストランドに最初に導入した張力とを比較することによって張力低下率を求め、その張力低下率に基づいて2次緊張工程におけるマスターストランドへの導入張力の設定を行うことを特徴とするケーブルへの張力導入方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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