説明

ゲル化剤、その製造方法およびそれを用いた固化・分離方法

【課題】製造が容易であり、種々の物質に対し少量の添加量でゲル化または固化でき、環境に対する負荷が少ないゲル化剤およびその利用法を提供する。
【解決手段】水に、オレイン酸のアルカリ金属塩、ラウリン酸のアルカリ金属塩、パルミチン酸のアルカリ金属塩、ステアリン酸のアルカリ金属塩の群から選ばれるいずれか一つの化合物およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩の群から選ばれるいずれか一つの化合物を混合することにより、ゲル化させることを特徴とするゲル化剤の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲル化剤、その製造方法およびそのゲル化の利用に係るもので、特に、脂肪族カルボン酸系陰イオン界面活性剤とアミノカルボン酸型キレート剤の組み合わせからなるゲル化に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲルは、高分子が架橋されて三次元の網目をつくり、それが水などの溶媒を吸って膨潤したもので、有機液体のゲル化剤としては、有機低分子材料を使うものと有機高分子化合物を採用するものとがあるが、前者は比較的に開発が遅れていると言えども各種のゲル化剤が提案されている。ゲル化剤または固化剤は、化粧品、香料、医薬品、インク、潤滑油、塗料、および樹脂、高分子、ゴム、金属、電池の電解質等の加工などを含む産業分野において、流動性の制御、液の蒸発防止、粘度調節などとして利用されている。 また、効率良くかつ容易な回収処理や廃溶剤の再利用などの固化剤として用いられている。
【0003】
ゲル化または固化の有機液体類は、前記用途や処理対象に応じて種々のものが利用されているが、動植物油、エステル、ポリオール、エーテル、アルコール、炭化水素が主に各分野において採用されている。
有機低分子ゲル化剤または固化剤として、ひまし油を原料として得られる12−ヒドロキシステアリン酸を挙げることができる(例えば、特許文献1参照)。これは安価であるが、ゲル化または固化できる有機液体の種類が少なく、得られるゲルの軟化温度が低いという問題点がある。また、水に溶解しない油性基材、特に化粧料のゲル化剤として、グルタミン酸誘導体を利用する技術が知られている(例えば、特許文献2参照)。しかし、そのグルタミン酸誘導体はその合成が確立されたものではなく、環境負荷も従来のものと変わらず、工業的にはまだ利用できる程度にはない。
【特許文献1】特公昭60−54092号公報
【特許文献2】特開2002−316971号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、製造が容易であり、種々の物質に対し少量の添加量でゲル化または固化でき、環境に対する負荷が少ないゲル化剤およびその利用法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
グルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム(GLDA)、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四ナトリウム(ASDA)等は天然化合物由来のキレート剤であり、代表的なキレート剤であるエチレンジアミン四酢酸(EDTA)と比較して環境に対する負荷が極めて少ない。一方オレイン酸ナトリウム(OleNa)、パルミチン酸ナトリウム(PalNa)等は天然脂肪酸の塩であり、界面活性剤、食材、化粧品の成分、石けんやシャンプーの洗浄成分であるとともに、乳化剤としても用いられている。
発明者らは課題を解決するために鋭意検討した結果、簡易かつ安価な方法を提供するうえで工業的にありふれたものより選択できることを求め、グルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム(GLDA)水溶液とオレイン酸ナトリウム(OleNa)水溶液を混合すると、溶液が白く固化することを見出した。同様に、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二ナトリウム(HIDA)、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四ナトリウム(ASDA)等の水溶液とラウリン酸ナトリウム(LauNa)、パルミチン酸ナトリウム(PalNa)、ステアリン酸ナトリウム(SteNa)等の水溶液を混合すると、溶液が白く固化することが分かった。これは、グルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム(GLDA)とオレイン酸ナトリウム(OleNa)の場合、水中でGLDAとOleNaが複合体を作り、それが自己集合したためと考え、それを透過型電子顕微鏡(TEM)、小角X−線散乱法(SAXS)を用いてその構造を解明し、本発明を成すに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、
(1)水に、オレイン酸のアルカリ金属塩、ラウリン酸のアルカリ金属塩、パルミチン酸のアルカリ金属塩、ステアリン酸のアルカリ金属塩の群から選ばれるいずれか一つの化合物およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩の群から選ばれるいずれか一つの化合物を混合することにより、ゲル化させることを特徴とするゲル化剤の製造方法、
(2)オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合することにより、ゲル化させることを特徴とするゲル化剤の製造方法、
(3)前記水、オレイン酸ナトリウム(以下、OleNaと表記)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム(以下、GLDAと表記)の混合比が、図1の相図に示すA(OleNa1.5%、GLDA1.5%、水95.2%)、B(OleNa0.7%、GLDA3.3%、水93.8%)、C(OleNa0.5%、GLDA7.1%、水87.5%)、D(OleNa1.0%、GLDA6.8%、水83.0%)、E(OleNa6.9%、GLDA2.5%、水83.0%)、F(OleNa2.5%、GLDA1.3%、水93.6%)(比率は、質量%を表す)で囲まれる領域であることを特徴とする(1)または(2)記載のゲル化剤の製造方法、
(4)前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の製造方法で得られるゲル化剤、
(5)被処理物に、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)を付与した後に、グルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を付与するか、または、グルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を付与した後に、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)を付与することにより、被処理物をゲル化させることを特徴とするゲル化方法、
(6)被処理物に、水と、オレイン酸のアルカリ金属塩、ラウリン酸のアルカリ金属塩、パルミチン酸のアルカリ金属塩、ステアリン酸のアルカリ金属塩の群から選ばれるいずれか一つの化合物およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩の群から選ばれるいずれか一つ化合物とからなる組成物を付与することにより、被処理物をゲル化させることを特徴とするゲル化方法、
(7)疎水性物質に、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合しゲル化させ固定することを特徴とする疎水性物質の固定方法、
(8)前記疎水性物質が芳香成分または消臭成分であることを特徴とする(7)記載の疎水性物質の固定方法、
(9)前記疎水性物質が油であることを特徴とする(7)記載の疎水性物質の固定方法、
(10)オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合することにより、ゲル化させることを特徴とする微生物または高等生物の細胞培養ゲルの製造方法、
(11)疎水性物質に、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合しゲル化させた後に、当該ゲル化物を分離させることを特徴とする疎水性物質の分離方法、
(12)前記疎水性物質がタンパク質であることを特徴とする(11)記載の疎水性物質の分離方法、
(13)オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合することにより、ゲル化させることを特徴とする薬物伝送システムの製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明のゲル化剤は、オレイン酸のアルカリ金属塩、ラウリン酸のアルカリ金属塩、パルミチン酸のアルカリ金属塩、ステアリン酸のアルカリ金属塩のいずれか一つおよびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩のいずれか一つをそのまま水溶液とするか、それぞれの水溶液を混合するのみの簡易な手段で製造することができ、その使用量も低容量でゲル化機能を示す。そして、このゲル化剤は、疎水性物質の固定化や分離に利用でき、さらに細胞溶媒ゲルの製造や薬物伝送システムの製造に利用できる。特に、オレイン酸ナトリウム等およびグルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム等は、天然物に由来するものであるので、安全性が高く、使用後の廃棄物等の環境負荷が低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のゲル化の好ましい実施の態様について、詳細に説明する。
本発明においては、オレイン酸のアルカリ金属塩、ラウリン酸のアルカリ金属塩、パルミチン酸のアルカリ金属塩、ステアリン酸のアルカリ金属塩を使用することができ、これらのアルカリ金属塩のうち、ナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩を使用するのが好ましく、その中でも入手容易性の点からナトリウム塩がさらに好ましい。これらの金属塩は、ほぼ同様に機能し、同様の作用効果を持つものであるので、オレイン酸ナトリウムで代表して記載する。
また、グルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩は、同様にナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩だけでなく、2価の金属塩を適宜使用することができ、入手容易性の点から、特に、グルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウムが好ましい。したがって、この場合も、これらを代表してグルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウムで記載する。
【0009】
オレイン酸ナトリウム(以下、OleNaと記載する場合がある)と次の分子構造を有するグルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム(以下、GLDAと記載する場合がある)の混合溶液を調製して放置しておくと、白く固化した。
【0010】
【化1】

【0011】
これは濃度が低いと、粘性のあるゲル状の液体となった。この白く固化する領域を検討したところ、図1に示す3成分系の相図で表して、A、B、C、D、E、Fで囲まれる部分でゲル化が良好に生起することが分かった。A〜Fの各値は、A(OleNa1.5%、GLDA1.5%、水95.2%)、B(OleNa0.7%、GLDA3.3%、水93.8%)、C(OleNa0.5%、GLDA7.1%、水87.5%)、D(OleNa1.0%、GLDA6.8%、水83.0%)、E(OleNa6.9%、GLDA2.5%、水83.0%)、F(OleNa2.5%、GLDA1.3%、水93.6%)(比率は、質量%を表す)である。
この得られた3.4質量%[GLDA:OleNa=4:1]ゲルをTEMで観察したところ、図2に示すように200nmから1μmの直径を有する繊維状の分子集合体が絡み合っている様子が観察された。
【0012】
さらに、この白いゲルを機械的に振動させるか、または加熱することによって、白く固化したゲルからゾルに転移でき、このゾル状態を放置すると、再びゲルに戻ることが観察された。3.4%のOleNa水溶液、3.4%のGLDA水溶液、それらの1:1混合物のそれぞれの小角X線散乱法(SAXS)でそのプロフィールを調べた結果、図3に示す特徴が得られた。この結果から、1:1混合ゲルは、単独の水溶液とは異なり、q=1.38nm−1で鋭い一次ピークが、q=2.76nm−1で二次ピークが観察された。一次ピークと二次ピークとのピーク位置の比率が1:2となることより、ゲル繊維は層間距離4.5nmのラメラ構造をもつものと考えられる。
【0013】
比較として、GLDAに代えエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を用いて同様の試験を行ったが、EDTAの場合白く固化するにはGLDAの20倍近く濃度を上げる必要があることが分かった。
N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二ナトリウム(HIDA)の場合には、GLDAよりも添加濃度を高く、4.2〜13質量%程度にしなければゲル化が起こらないが、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四ナトリウム(ASDA)は、GLDAと同等の濃度もしくはそれより低い1.2〜7.5質量%程度においてもゲル化が生起した。
また、OleNaの代わりにラウリン酸ナトリウムを用いても同様のゲル化が生起した。ただし、それぞれのキレート剤(GLDA、HIDAおよびASDA)への添加濃度はOleNaよりも高い濃度1.3〜10質量%でしかゲル化しなかったが、生成したゲルは、OleNaから生成されたゲルよりも色は白く強固なゲルが生じた。
したがって、本発明の特定の脂肪酸ナトリウム−特定のキレート剤−水系では、天然由来の化合物のみでアクアゲルを極めて低濃度で生成でき、単にそれぞれの水溶液を混合するか、あるいはそれぞれの化合物を水に加え撹拌・混合すればよいので、簡易な優れたゲル化剤の製造方法であると言える。
【0014】
本発明のゲル化剤は、被処理物に付与して被処理物表面にゲル化層を設けるのに使用できる。ゲル化剤の使用量は被処理物表面にゲル化層が形成されるのであれば特に制限はない。
本発明の被処理物への付与は、添加、混合、噴霧、塗布等のいずれの手段でも行うことができるが、水溶液であるので、噴霧、塗布が好ましく、塗布するのがさらに好ましい。被処理物をゲル化させるには、被処理物にOleNaの水溶液(A液)およびGLDAの水溶液(B液)を付与するが、その付与順序は、OleNaの水溶液(A液)を付与した後GLDAの水溶液(B液)を付与しても、また、GLDAの水溶液(B液)を付与した後OleNaの水溶液(A液)を付与してもどちらでもよい。
その場合の濃度は適宜選択することができ、OleNaの水溶液(A液)、GLDAの水溶液(B液)の濃度はともに6.5〜65wt%の範囲内で使用するのが好ましい。
噴霧、塗布による方法では、前者の方が水溶液の浸透性が良好であるのでゲル化には好ましい。さらに、ゲル化をさせるには、OleNaおよびGLDAの両者を含む水溶液を付与する方法でも良い。
被処理物は、ゲルによるコーティングを利用して、粉塵の捕集、土砂・砂利の飛散防止、産廃集積地や工事現場等の土埃防止など、粉状体を含む固体であっても良い。
もちろん、これら被処理物は、本発明のゲル化され固定する方法の対象物でもある。
【0015】
さらに、本発明は、疎水性物質にオレイン酸ナトリウム水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム水溶液(B液)を混合し、ゲル化させ固定する疎水性物質の固定方法である。
この疎水性物質として、リモネン、メントール、ヒノキチオール等のテルペノイド系化合物、バニリン、サリチル酸メチル等のフェノール系芳香物質、マツタケアルコール、青葉アルコール等のアルコール類、またはエステル類、エッセンシャルオイル等の芳香成分や消臭成分を使用することができる。本発明のゲル化し、固定したものは蒸散機構が優れた基剤となるゲルであり、空間に効率よく芳香成分、消臭成分等を揮散させることができ、保持性も良好であるので、優れた芳香剤や消臭剤を得ることができる。
ステアリン酸ナトリウム、炭化水素化合物、香料、アルコール類、水から構成されている従来の石鹸ゲルは、水の割合が多いとゲル化しないため、脂肪酸塩の割合を多くしなければならない。しかし、本発明のゲル化・固定では、脂肪酸塩の割合が極めて低いゲルで同様の効果を奏することができ、工業的にも好ましい。
【0016】
また、本発明のオレイン酸ナトリウムとグルタミン酸−N,N−二酢酸四ナトリウムの混合水溶液でゲル化できる疎水性物質には、鉱物油、合成油、動植物油、加工油等の油がある。
例えば、12−ヒドロキシステアリン酸を主原料とした公知の廃油処理剤は、調理が終わった後、12−ヒドロキシステアリン酸の融点以上の熱い油に処理剤を投入して撹拌後、40℃以下に冷却して固化した油をはがして棄てるというものであるが、本発明のゲル化を利用することにより、前記の廃油処理剤を用いる処理よりも利用後の環境に対する負荷の低い処理剤とすることができる。
また、タンカーが座礁して重油等が海洋に流出し、沿岸部を覆い尽くした場合、海水の蒸散の低下に伴って降水量が著しく低下するため、環境が大きく変化することが懸念されている。そこで、本発明のゲル化により、海水表面を覆い尽くした油を固定して、油を含むゲル塊にすることで、海水表面を覆う油層を破壊することができる。
【0017】
本発明のゲル化は、各種の動物や植物のような高等生物のほか、微生物の細胞培養ゲルの製造にも利用できる。
細胞溶媒ゲルは、表面がゲル化した物理的に安定した形状を有し、同時にゲル内の溶媒の保持性および溶質の拡散性や透過性が求められるものである。現在、哺乳類由来細胞の培養にI型コラーゲンゲル、アガロースゲル、マトリゲル(マウスEHS腫瘍の基底模様構造体の粗抽出物をゲル状に再構成した会合体)などの細胞培養ゲルが利用され、微生物、植物の培養には、アガー、ゲランガムなどが利用されるが、本発明のゲル化は、いずれの生物細胞の培養にも応用可能である。
【0018】
本発明は、OleNa水溶液(A液)およびGLDAの水溶液(B液)を混合し、ゲル化させる細胞培養ゲルの製造方法である。得られるゲルを細胞培養基質として用い、ゲル中やゲル上に種々の所望の動物、植物または微生物細胞を播種することができ、細胞の培養日数に伴う変化を観察することができる。
本発明においては、前記のOleNa水溶液(A液)およびGLDAの水溶液(B液)を混合するだけでも細胞培養ゲルを製造することができるが、コラーゲンまたはアガロースにOleNa水溶液(A液)およびGLDAの水溶液(B液)を混合し、ゲル化させることにより細胞培養ゲルを製造してもよい。
本発明で製造したゲルでは、ゲルサイズ、ゲル中でのゲル構成成分の密度等が容易に測定できるので、例えば、繊維芽細胞を培養する場合、繊維芽細胞の表面積、繊維芽細胞の増殖とDNA合成能、タンパク質の合成、繊維芽細胞の形態変化の速度、成長因子への応答能、細胞の運動、移動等を測定・把握することが可能である。
【0019】
本発明のゲル化は、疎水性物質の分離に利用できる。
分離の対象とする疎水性物質としては、疎水性を有するものであれば特に制限はないが、例えばタンパク質をはじめとする各種の生体高分子または有機化合物等を好適なものとして挙げることができる。これらを含む被処理物、例えばヘモグロビン溶液またはメチレンブルー溶液に、OleNa水溶液(A液)およびGLDAの水溶液(B液)を混合し、ヘモグロビンまたはメチレンブルーをゲル化させる。ゲル化したヘモグロビンまたはメチレンブルーは、強固なゲルを形成しているので、混合物中からろ過、遠心分離、沈澱などの分離手段により容易に分離することができる。分離物には不純物がほとんど含まれていなので、有効な分離方法である。
【0020】
さらに、本発明のゲル化は、薬物伝送システム(DDS)の製造方法に利用できる。なお、本発明においては、薬物は通常の薬剤のほか、農薬等を含むものである。
ゲルが薬物伝送システムに使われる場合には、薬物の貯蔵、放出速度の調節および放出の駆動の機能を果たす必要がある。しかし、現状では、ゲルが使われているのは主に除放性製剤である。経口投与では、テオフィリンマイクロカプセル、イオン性薬物を被膜イオン交換樹脂に封入した製剤が多い。そして、経皮吸収製剤であるパップ剤の基材として、ゼラチン、キトサン−ゼラチンブレンドゲルが用いられているに過ぎない。
【0021】
本発明は、オレイン酸ナトリウム水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム水溶液(B液)を混合することにより、ゲル化させる薬物伝送システムの製造方法である。
また、本発明においては、でんぷん、アラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、寒天、ゼラチン、デキストリン、トラガント、カゼイン、セラック、メチルセルロース、エチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリエチレングリコールの群から選ばれる少なくとも1種に、オレイン酸ナトリウム水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム水溶液、(B液)を混合することにより、ゲル化させる薬物伝送システムの製造方法である。
本発明の薬物伝送システムの製造方法は、装置、操作等が簡単であり、得られるゲルが強固であるので薬物の貯蔵性能に優れている上、緩効性により容易に調節できるので、薬剤の放出速度の制御および放出の駆動が可能である。
【実施例】
【0022】
次に、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに制限されるものではない。
【0023】
実施例1
水にオレイン酸ナトリウム3.0gを溶解し、15 wt%のオレイン酸ナトリウム水溶液を調製し、これに20 wt%のN−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二ナトリウム溶液を4.5g添加し、混合液を調製し、撹拌・混合し、しばらく放置しておくと白く固化した。白く固化した形状によりゲルであることが確認できた。
【0024】
実施例2
ロックウールからなるブランケットに10wt%オレイン酸ナトリウム水溶液を噴霧し、続いて10wt%GLDA水溶液を噴霧した。ロックウールブランケットの表面がゲル化し、表面からのロックウール繊維の飛散が長時間抑制できた。
【0025】
実施例3
メントール50mgを50μlのエタノールに溶解し、2mlの水、1mlの20wt%ラウリン酸カリウム、1mlの40wt%GLDAを添加し、素早く撹拌し均一にした後、水分を濾紙で取り除き、容器に充填し、ゲル芳香剤を作製した。
作製した芳香剤を開放気相中で蒸散させ、官能試験により長時間の芳香保持能力を確認した。この実施例によるものは従来のものに比べ時間による芳香強度の変化が少なく、かつ安定した蒸散性をより長時間示した。
【0026】
実施例4
家庭で揚げ物料理をした後の廃油2ccに、ラウリン酸ナトリウム濃度36wt%水溶液とGLDA濃度40wt%溶液の1:1混合液を0.46g投入して撹拌後、固まった油をはがして廃棄できた。
【0027】
実施例5
植物培養用ムラシゲ・スクーグ液体培地30mlを80℃まで加熱し、10mlの20wt%ラウリン酸カリウム、10mlの40wt%GLDAを添加し、素早く撹拌し均一にした後、直径9センチのプラスチックシャーレ3枚に流し込み、温度の低下に伴うゲル化を利用し、植物培養ゲルを作製した。得られたゲルは、一般に用いられる寒天の培地よりも硬い表面構造を持ち、また寒天の培地よりも迅速に固形の培地を作成することができた。
【0028】
実施例6
タンパク質の分離例として、赤色を識別しやすいヘモグロビン0.15mgを0.55mlのりん酸緩衝生理食塩水に溶かし、50μlの70wt%オレイン酸ナトリウム水溶液と400μlの40wt%GLDA水溶液を加えて撹拌し、ゲル化させた。遠心分離器にかけたところ、ゲルが液面の上部を覆うペレット状に凝縮し、その部分に全てのヘモグロビンの赤色が移行した。水溶液は無色透明になった。
【0029】
実施例7
有機化合物の分離例として、青色を識別しやすいメチレンブルーを500μMになるよう1mlの水に溶かし、50μlの70wt%オレイン酸ナトリウム水溶液と200μlの40wt%GLDA水溶液を加えて撹拌し、ゲル化させた。遠心分離器にかけたところ、ゲルが液面の上部を覆うペレット状に凝縮し、その部分に殆どのメチレンブルーの青色が移行した。水溶液は無色透明になった。
【0030】
実施例8
半径1.8cm(断面積10.2cm)の容器に海水を入れ、その表面に油2mLの層を形成した。その油層にラウリン酸ナトリウム濃度36wt%水溶液とGLDA濃度40wt%溶液の1:1混合液を0.46g投入して撹拌後、油を含むゲル塊と海水中に分散する藻状のゲルが生成した。したがって、海水表面を覆う油層を本発明のゲルによる油固定化技術で破壊することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の3成分系のゲル化領域を示す相図である。
【図2】本発明の3.4%水溶液の混合ゲルのTEM写真である。
【図3】GLDA3.4%、OleNa3.4%水溶液、その1:1混合ゲルの小角X−線散乱法(SAXS)によるプロフィール図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水に、オレイン酸のアルカリ金属塩、ラウリン酸のアルカリ金属塩、パルミチン酸のアルカリ金属塩、ステアリン酸のアルカリ金属塩の群から選ばれるいずれか一つの化合物およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩の群から選ばれるいずれか一つの化合物を混合することにより、ゲル化させることを特徴とするゲル化剤の製造方法。
【請求項2】
オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合することにより、ゲル化させることを特徴とするゲル化剤の製造方法。
【請求項3】
前記水、オレイン酸ナトリウム(以下、OleNaと表記)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸ナトリウム(以下、GLDAと表記)の混合比が、図1の相図に示すA(OleNa1.5%、GLDA1.5%、水95.2%)、B(OleNaA0.7%、GLD3.3%、水93.8%)、C(OleNa0.5%、GLDA7.1%、水87.5%)、D(OleNa1.0%、GLDA6.8%、水83.0%)、E(OleNa6.9%、GLDA2.5%、水83.0%)、F(OleNa2.5%、GLDA1.3%、水93.6%)(比率は、質量%を表す)で囲まれる領域であることを特徴とする請求項1または2記載のゲル化剤の製造方法。
【請求項4】
前記請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法で得られるゲル化剤。
【請求項5】
被処理物に、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)を付与した後に、グルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を付与するか、または、グルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を付与した後に、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)を付与することにより、被処理物をゲル化させることを特徴とするゲル化方法。
【請求項6】
被処理物に、水と、オレイン酸のアルカリ金属塩、ラウリン酸のアルカリ金属塩、パルミチン酸のアルカリ金属塩、ステアリン酸のアルカリ金属塩の群から選ばれるいずれか一つの化合物およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩の群から選ばれるいずれか一つ化合物とからなる組成物を付与することにより、被処理物をゲル化させることを特徴とするゲル化方法。
【請求項7】
疎水性物質に、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合しゲル化させ固定することを特徴とする疎水性物質の固定方法。
【請求項8】
前記疎水性物質が芳香成分または消臭成分であることを特徴とする請求項7記載の疎水性物質の固定方法。
【請求項9】
前記疎水性物質が油であることを特徴とする請求項7記載の疎水性物質の固定方法。
【請求項10】
オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合することにより、ゲル化させることを特徴とする微生物または高等生物の細胞培養ゲルの製造方法。
【請求項11】
疎水性物質に、オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合しゲル化させた後に、当該ゲル化物を分離させることを特徴とする疎水性物質の分離方法。
【請求項12】
前記疎水性物質がタンパク質であることを特徴とする請求項11記載の疎水性物質の分離方法。
【請求項13】
オレイン酸のアルカリ金属塩水溶液、ラウリン酸のアルカリ金属塩水溶液、パルミチン酸のアルカリ金属塩水溶液、ステアリン酸のアルカリ金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(A液)およびグルタミン酸−N,N−二酢酸金属塩水溶液、N−2−ヒドロキシエチルイミノ二酢酸二金属塩水溶液、L−アスパラギン酸−(N,N)−二酢酸四金属塩水溶液の群から選ばれるいずれか一つの水溶液(B液)を混合することにより、ゲル化させることを特徴とする薬物伝送システムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−131715(P2007−131715A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−325463(P2005−325463)
【出願日】平成17年11月9日(2005.11.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)社団法人 高分子学会、高分子学会予稿集 54巻1号 1287頁 平成17年5月10日発行 (2)社団法人 高分子学会主催、「第54回高分子学会年次大会」(平成17年5月25日〜27日)において文書をもって、平成17年5月27日発表。 前記(1)がこの事実を証明する。
【出願人】(000165996)株式会社古河テクノマテリアル (23)
【出願人】(501172235)シャボン玉石けん株式会社 (3)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】